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56:Arma virumque cano.

 「いやいや、ご苦労なこった」


 レクスは対岸を眺めて笑う。大雨の中、現れたのはたった一人の男。白馬と共にそいつが現れたのは間もなく日も暮れるという頃。

 ブランシュ領は北部でもかなり北西。そこからザビル河まで至るには四、五日掛かる距離がある。早馬を使ったところで到着できるの僅か。それだって三日は必要。歩兵も含めた軍を率いるなら最低でも十日は掛かるだろう。


(しばらくは暇出来ると思ったんだが……)


 だからこそセレスを攫ってきたかった。その間の暇つぶしにもなるし口説く作業も行えた。その代わりにエルスちゃんを連れてきたのは、それもそれで理由がある。


(ペイジはナイトになる。少しは仲良くしておかねぇと)


 二段階覚醒したジャックほど役には立たないだろうが、あって損はない。俺より先に到着していたエルスは、橋の工事の指示を出していた。噂通りの人柄ならばもっと遊んでいそうな物だが、真面目に仕事をするなんて……よっぽどあの男を気に入ったのか。

 半日以上口説いてみたが色よい返事は貰えず、俺まで建設作業に回された。まぁ、こういうガテン系の仕事嫌いじゃねぇからやってみたがな。北部のカーネフェル軍も、流石に今日中には現れないか。今日の作業は切り上げさせようと思って居た頃に、その男はやって来た。そいつはあのおっかない雨雲を背負うように現れて、そいつの登場で大河の水も増していく。

 あのリボンちゃんを送り返した時、術者に付いていくようにあの雨雲は消えた。術者も連れずにそれをわざわざ引っ張って来るなんざ、純血の癖におっかない数術使いがいたもんだ。全く惚れ惚れしちまうくらい、恐ろしい才能だぜ。


(まぁ、情報通りか)


 元々この作戦はこのおっかねぇ兄ちゃんを呼び出すためのものだ。教皇が去った今、カーネフェルの頭脳はあの男だけ。そいつを始末しちまえば、あとは烏合の衆。後はどうにでもなるだろうってね。


 「おーおー、あれが俗に言う水も滴るなんとやらって奴か。いや、エルスちゃん的にはどうよ?俺も案外イケてたりするわけ?」


 とはいうものの、正直あの男とはあんまりやり合いたくねぇな。勝ったらセレスくれるってんなら考えるけど。正面からぶつかるのは得策ではない。


 「妖怪のボクから言わせればどっちも論外なんだけど」


 混血数術使いの立場から見てはどうなのかと聞いてみるも、エルスちゃんは臆さない。混血レベルからすれば別に大したことはないレベルの数術なのか。なるほど、エルスちゃんも恐ろしい子なわけだ。


 「俺から言わせりゃ俺はさておき、あっちの兄ちゃんは色んな意味で人格ぶっ飛んでるし人外臭するんだけどな」


 堅物純血って意味では双陸も対岸の金髪色男も大差ないと思うのだが、この混血っ子の趣味はよく分からない。ま、一途なのは良いことだ。ここでエルスちゃんがカーネフェルに付いても困るしな。今ので個人的にエルスちゃんの好感度アップしたぜ。


(しかし……な。双陸とエルスと言えば、城内じゃ犬猿の仲って話だってのに)


 世の中わからんこともあるもんだ。本人達はどうだか知らんが、狂王の寵愛を争って対立していたと噂される二人があんなにベッタベタに仲睦まじくなってようとは、俺のご主人様だって驚きだろう。


(まぁ、弱みは握るに越したことはねぇ)


 この鬼子を連れてきたのは訳がある。あっちは偵察のつもりでこの子を俺に付き添わせたのだろうが、このレクス様はそんなに甘くはないんだぜ。


 「で、結局エルスちゃん。お前らまた喧嘩してなかったか?」


 俺の尻尾を捕まえるって意味での喧嘩ならもうする必要もねぇだろうに。出立前この二人はまた喧嘩をやらかした。喧嘩するほど何とやら……って時期も通り過ぎた感があったのに。これまた策の一環だろうか?いや、そうとも限らない。なんたってあの堅物「流石に城を壊し過ぎだ」と文句を垂れ、エルスちゃんの機嫌を損ねていた。

 「貴方がやれって言ったのに!」

 「それにしても限度があるだろう!橋の修繕だってまだなのにこれを直すのだって税収が……こんなことでカーネフェルの民から反感を買ってどうする!」などと……あの堅物の正論に、エルスちゃんはブチ切れた。多少は双陸を心配する気持ちがあったのか、俺に付いていくと決めた後もちらちら奴の方を振り返っていた。後腐れ無く旅立てるように発破を掛けたのだとしたら、あの男……不器用にも程がある。


 「貴方には関係ないことです」

 「へいへい」


 どこまでそっちの計算かは知らんが、それでこの子後悔しないといいんだけどな。エルスちゃん、顔だけなら可愛いし胸ねぇし。これで男装で一人称が俺だったら、もうちょい気に掛けてやったんだが残念だ。これ以上仕事に私情は入れられない。一応俺も天九騎士の頭はってる身分なわけだ。手を抜くにしたって、限度がある。たまには真面目に働かねぇと。セレスの勧誘ばっか勤しんで、仕事手を抜きすぎて疑われたら元も子もない。俺はジャックを他国、狂王側に渡すわけにはいかないんだから。

 などとほんの少し愛らしい同僚をからかう内に、対岸の男が数術を発動。


 「おーおー、考えたな。流石セレスが入れ込むだけはある」


 どうやってこの河を渡るのか。気になっては居たが、アロンダイト卿ランスと言う男が水の精霊に愛されているってのは、どうやら本当のことらしい。奴は精霊の加護を得て、馬を船のように浮かせ、荒れ狂う波の中此方に向かってくる。自分たちの傍だけ海流の流れを止めているのか、あれは。


(だが、甘い)


 あんたの二つ名は、湖の騎士……だったか?情報通りだと、こいつは淡水の精霊しか操れない。引き連れてきた雨雲。あれは内陸から生じた水の元素。そこから発生する元素は淡水由来のもの。あの雨で海水、海の精霊の力を中和させているだけなのだ。


 「やったれ、エルスちゃん!」

 「夏の悪魔(アエスタス)!」


 数術使いが精霊の名を呼べば、夏の乾いた風が吹く。その風はみるみる雨雲を遠くへ追いやって……海水精霊の力を増していく。あの色男は炎と水の数術しか使えない。風使いのエルスちゃんとやり合うには、流石に相性が悪かった。


 「!?」


 突然頼りの精霊達が弱体化。馬は激流に飲まれ暴れ出す。

 水使いとは言え、夏場に溶けない氷を作るのは難しい。天才でも相手は純血。限界はある。エルスちゃんのオールマイティさには敵うはずもない。炎使いでも、この河を蒸発させるのは流石に無理だろ?命懸けならまだしも。


 「……っ、うあああああああああっ!!!」

 「何!?」


 暴れる白馬の下から現れる、もう一頭!その黒馬、なんつー馬力だ!


(いや、馬だけじゃねぇ!)


 あの騎士、水の数術を後方に打ちやがった!一度や二度?違う、出し惜しみなく連続で後ろから馬を押している。


(化け物かよ……)


 流石の俺もドン引きだわ。このザビル河を馬と生身の人間で渡りきってしまうとは。ていうか今の今まであの黒馬どこに隠していやがった。

 不可視数術、だって!?おいおい、マジかよ。あの騎士が使えるって情報はあったが、俺やエルスちゃんで見破れないレベルだと?

 聖教会が手を引いた今、この騎士は自分一人の力で戦っている。誰の支援もない。精々精霊くらい。


 「エルスちゃん、あいつ……何憑けてるんだ?」

 「精霊自体はそこまで大したことはないよ。あんな女精霊、僕の精霊達には余裕で劣るし」


 問題は馬の方だとエルスちゃんは言う。


 「あれ、馬じゃない」

 「いや、馬だろ」

 「不可視数術の上に更に視覚数術掛けてる。あっ!そっか!聴覚数術!音声数術の一派……」

 「つまりなんだ。あの雨は……音自体が絡繰りだったって?」


 黒馬が見えなかったのは、俺達が雨の音を聞いていたから。耳を塞がなければ不可視数術を敗れない、だと?発動の条件と効果を別の器官に関連づけることで、俺達の意識をそこから退けた。


(聴覚数術使える時点でまずやばいんだけどな)


 あの馬は何者だ?……ってのは置いといて。


 「ランス、アロンダイト……か」


 つくづく恐ろしい男だ。数術使いとしては混血に劣っていても、この作戦を思いついた時点で化け物だよあんた。作戦思いついたら一人で突っ走りそうなイメージあったんだけどな。


 「まさか、胡弓弾き三人連れ出すとは思わなかったぜ」


 そう。カードなのは一人だけ。残りの二人までこんな最前線に借り出すとは鬼畜もいいところだ。あの少年王やセレスなら、絶対に行えない策だ。

 やっと解った。雨の音は他の音を隠すため。視覚数術を破ったことで、ようやく見えて来た者がある。対岸には胡弓弾き弟、妹の姿。そうか、彼奴らも混血だった。教皇が帰った、胡弓弾き達はブランシュ領の守り。そう聞いていた情報の裏を突きやがった。この男は、情報がこっちに流れていることに気付いていたのか。


 「怖い奴だな、あんた。普通自分の身内って無条件で信じるもんじゃねぇ?」

 「俺が何年あの男の子をやっていたと思っている?」


 さしずめ馬は胡弓弾き長男キールか。あの河を渡りきったところから見て水属性のハートカード。


 「弓兵!構えっ!それから可愛いエルスちゃん!風を対岸へ思い切り吹かせてくれ!」

 「か、可愛い……?」


 貴方に言われても嬉しくないんだけど的な雰囲気と僅かな戸惑いを示しつつも、エルスちゃんは応えてくれる。


 「ミストラル、シルフィード!」


 主の命令に応え、精霊達は数式の展開を急ぐ。それを察知し最も焦ったのは……ランスという男ではない。


 「逃げろ!カミュル!コルチェット!」


 弓兵達の狙いが対岸の胡弓弾きに向かったところで、最も狼狽え背後を振り返るのは、まさかの黒馬!ここまで騎士を運んだ馬が喋った。そんなはずがねぇ。


 「やっぱりそいつが胡弓弾きか」

 「くっ……」


 正体を見破ってもまだ俺にはそいつが白馬に見えている。よっぽど強い視覚数術を施されているらしい。それでも正体が分かれば弱みも握れる。


 「お前が三人の中で一番優れた聴覚数術の使い手だな」


 長男の胡弓弾きキール。他の奴らはカードではないが、こいつはカードだ。ナンバーについての情報だけまだ此方に届いていなかったが、キングもいないカーネフェル陣営に敗れたんだ。俺と同じキングって線はねぇだろう。


 「他の二人は一般人。カード以外でも殺せる」

 「……あの男で俺を止められないと知り、彼らを人質にする気か?」


 普段の優男顔が吹き飛ぶような、鋭い眼差しのアロンダイト卿ランスが俺を睨んだ。それでも違う意味で見栄えがするのだから、本当に顔のいい男なんだなこの野郎。うちの部下のそれなりの数が、「嫌だこの男ちょっと良いかも」とか「かなり良いかも」とかときめいてそうだぞどうしてくれる。年取るとセクハラおっさんに進化するかもよと教えて考え直させるか。


 「まぁ、無理だろうな。だからあんたにはもう一つ用意してるんだよ。急ぎすぎて見えてなかったろ?」


 俺が指差してやるのは、先程の雨で水かさの増えた河……そこに建てられた柱の一つに縛られた女の姿。


 「あ、あれは……」


 その美しい女性の姿に見覚えがあるのだろう、男の顔がみるみる青冷める。


 「色男さんの親父がこっちに付いたのは、そういうわけだ。それで、あんたはどうするんだ?」

 「……っ、俺は!」


 どうせもう投降する。そう思って近付いた俺に、そいつは得物を抜いて斬りかかる。流石にこれは、俺も油断していた。


 「俺は、アルドール様……っ、カーネフェル王の騎士!」

 「っ……、やるなぁ……あんた!」


 流石に感嘆の声が出た。咄嗟に避けたがそれでも手傷を負っちまう。キングの俺にここまでやるとは。そうだな、この男とはカードになる前に手合わせしたかったな。だって、今はどうあっても俺が勝ってしまう。ほら、こんな風に。


 「まぁ、堅物騎士ならそう言うよね」


 呆れたような子供の声。振り返る敵さん達はそこで身体が動かない。麻痺毒にやられたのだ。

 エルスちゃんって意外と使える子なんだぜ?危ない目に遭いかけた俺が言うんだ。間違いない。子供だから気分で働きの落差が大きいって言うのか?ま、今のは流石だぜ。

 精霊の名を二つ呼んだのはそう言うわけか。対岸に弓を送る追い風だけじゃない。一匹の精霊にはその支援をする振りで、微力な風で毒を流させていたのだ。こういうせこくて狡い騙し討ちの才はなかなかだ。それとも双陸の傍にいたから、似た系統のこの騎士の弱点にも気付いたのかもな。


 「さてっと。さっさと殺すか」

 「待ち給え、レクス君」


 この期を逃したら、俺ではこの男を殺せない気がする。剣を振りかざした俺の背に、優雅な男の声が掛かった。振り向けば、痺れて動けなくなった色男に似た面影の中年男。某所で俺が勧誘した相手だ。


 「ヴァンのおっちゃん、今更尻込みか?」

 「ははは!まさか!まぁ、そんなんでも私の息子なのでね、最後に別れの挨拶くらいさせて貰えないだろうか?冥土の土産に話しておきたいこともある。処刑は明朝辺りでどうだい?」

 「えー、さっさと殺そうよ」


 契約代償チャージしたいと不満垂れるエルスちゃん。そんな可愛らしくふて腐れられるとついついそうしてやりたくなるが、この子も本当に物騒だなぁ。


(しかしなぁ……)


 「やれやれ。身内って単語を言われると俺も弱いぜ」


 「それにセレスに恩も売りたいしな。今晩くらいは見逃してやるよ」


 今晩中に助けが来なかったなら、横に数術使いがいる癖に、助けに来られなかったセレスが悪いのだ。こうして俺は、ちゃんと隙を与えてやっている。これで嫌われて勧誘できなくなっては俺が困る。


 「えええ!」


 俺の決定にエルスちゃんがぶー垂れる。さっさと殺して都に帰りたかったのだろう。ホームシックか、可愛いな。それでも手柄を引き渡すため、彼に名案を授けてやった。


 「一晩掛けて最高の処刑方法考えてみたらどうだ?このイケメン騎士様の殺しはエルスちゃんに一任する」


 よし、こう言うことでセレスに怨まれることも回避。そして万が一逃げられても責任は俺ではなくエルスちゃん、エルスちゃんの保護者に収まってるあの双陸に行く。我ながら見事な采配だって惚れ惚れしちまうぜ。


 「まぁ、そう言うことなら……うん、そうだね!どうせならアルドールとかセレスタイン卿の前で殺してやりたいし!」


 これで納得しちまうんだから、エルスちゃんも可愛いもんだ。半分皮肉でそう思う。


 「カーネフェルの名将さんの、今後の采配に期待しようじゃねぇか」


 動けずに、それでも俺を未だに睨み付けてくる色男に向かって、俺は小さく笑ってやった。



 *



(本当にこれで、大丈夫なんでしょうねっ!?僕の弟と妹は無事なんですか!?)

(その辺は心配ないさ。俺の馬が二人を運んで逃げてくれたはずだ)


 牢に連行されながら、ランスは念話数術でキールと会話を行う。キールの協力を取り付けるのは、存外容易いものだった。

 まず弟のカミュルは、先の一戦でユーカーに心酔した。妹のコルチェットは例の媚薬の一件で、どうやら俺に好意を抱き始めた。それを計算の内に入れるのは鬼畜だと自分でも思うが、そうも言っていられない。


 「南に行ったユーカーの働きに報いるためにも、俺達に協力して欲しい!」


 この一言で、まずカミュルが落ちた。


 「俺には貴女の力が必要なんです、コルチェットさん」


 次にこう言えば、「さん付けは止めて」との一言で彼女も落ちた。言葉巧みに二人を口説き落とせば、弟妹思いのキールは俺に着いて来ざるを得なくなる。


(何、問題はない)


 こうして囚われるのも策の一種だ。まさか王妃様がいるとまでは思わなかったが、父の裏切りの理由もこれで合点がいった。最愛の王妃の命を盾に取られては、父はカーネフェルを裏切るしかなくなる。父のその行動で、俺は心が決まった。


(俺はあの男とは違う。アルドール様を、この国を裏切りはしない!)


 例えジャンヌ様を盾に取られても、俺はこの国を……アルト様の国を見捨てない。どんなに心が胸が痛んでも、俺はこの誓いを破らない。それを破る日が来るとすれば、それはこの剣が折れるか、俺が死ぬ日のことだろう。


(イグニス様は、俺に二枚のカードを残してくれた)


 それがここを攻略するための鍵だった。

 俺が思い出すのは、ここに来る前のこと……。それはアルドール様を謀って、ブランシュ領を飛び出す前のこと。



 *



 最高の数術使いである、教皇の数術を破った。それは一つの自信に代わる。見えない物が見えて来る。与えられた部屋へと戻り、ランスは卓上の地図を見つめて考えを巡らせる。引っかかることがあった。それさえ今まで気付かなかった。


(いや……)


 ランスはそれを即座に否定する。

 気付こうとしなかった。気付けなかった。それは何時もあの男に乗せられていたから。


(あの男は何時も……俺が取り乱すようなことを口にした)


 それは臨機応変に。大事な友のことであったり、心酔する女性のことであったりだ。それを口にされたのなら、俺は取り乱す。気付かなければならないことから注意が逸れる。それが奴の狙いだった。


 「父さん……」


 疑いが浮上したのは、イグニス様が去った後。おかしいと思った。一度そう思ったら、これまでの出来事全てに疑問が生じる。


(イグニス様は父さんに伝言を頼んだ。だがその必要はなかった)


 彼女には空間転移を行える部下が居る。現に、あのルキフェルというシスター……旧チェスター領からこのブランシュ領まで何時の間にか移動してきていた。それも此方側に気付かれることなく。それならば、厨房に現れた父さんは……何のために現れた?


(そもそも父さんは、空間転移なんかできない)


 以前解毒数術をやってのけたが、父は精霊が見えない。父には精霊も憑いていない。視覚開花も成らずに加護もなしにそんな芸当は出来ない。それなら父は、……一般人でも使える数術効果のアイテムを所持していたと考えられる。

 それはどこで手に入れた?まさか、あの時点から既に……敵と通じていた?いや……しかし父はあまりに神出鬼没。あれはもはや変態だからの一言では済ませられないレベルになっている。父の傍には空間転移を使える人間の影がある。父はその者の命令で、こちらの様子を盗聴していたとしか考えられない。


(うちの領地でも……おかしかったんだ)


 マリアージュは死んだ。それでも父だけ生き残った。怪我は負ったが、生き残ってピンピンしている。父の動きがより怪しくなったのは、あれからだと思う。あの時、敵に何か取引を持ちかけられたと見るべきか。


 「お心は決まりましたか?」

 「……イグニス様から、聞いていたんですか?」

 「いいえ。でも神子様は知っていました」


 青髪のシスター……彼女が俺から三メートルほど離れた場所から聞いてくる。


(アルドール様には話せないことがある)


 イグニス様が置いていった配下の存在。アルドール様は全員シャトランジアに帰ったとばかり思っているがそうじゃない。

 アロンダイト領には父さん。それからイグニス様の部下のシャルルスという少年。旧チェスター領にはパルシヴァルを向かわせる。そしてこのブランシュ領には胡弓弾きの三兄弟。カードであるのが長男キール一人というのは心許ない。だからこそ、ここにイグニス様が残してくれたカードがあった。


 「ルキフェルさん」


 俺を警戒してか彼女は更に距離を置き、部屋の隅から俺を見る。共にシャトランジアに帰るためにブランシュ領に呼ばれたとばかり思っていた彼女の機嫌は悪い。イグニス様が彼女をここに呼び寄せたのは、このブランシュ領の守りのためだ。主君の願いとあれば、置いて行かれたことに腹を立てられるはずもなく、こうして不満そうな顔をするに留める。まだ迷いを捨てられない俺を見て、「まだ決心付かないのかこの顔だけへたれ野郎」という悪態が、彼女の表情から伝わってくる。いや、小声でそっくりそのまま呟かれてもいるようだ。


 「ははは、……手厳しいな」

 「私、顔の良い男って信用できないんです」


 ぷいっとそっぽ向く冷たい素振り。何故だろう、思いの外可愛く映る。昔のユーカーを思い出したからかも知れない。笑っている俺を見て、彼女は不思議そうに此方を伺っていた。そんな様子もとても可愛らしくはあるのだが、ジャンヌ様を前にしたときのように取り乱すこともない。


 「何、笑ってるんですか?」

 「失礼、貴女が俺の友人にちょっと似ていて」


 嘘を吐く必要もないだろう。正直にそれを伝える。

 室内は防音数式を施してある。この少女も不可視数術で自分の存在を外には気取られないように気をつけている。さしあたって彼女の存在は問題にはならない。


 「あの……それってあの、カーネフェリア……アルドール様のこと?」

 「アルドール様?」


 この少女とアルドール様が似ているだって?奇妙なことを言い出す娘だなぁと思ったが、言われてみれば……この子の瞳も青だ。アクアマリンによく似た瞳。透き通る水色。純血にも青い瞳はあるが、こんな透度の色はない。


 「いや、違うけれど……主君を友だなんて、恐れ多い」

 「そう……ですか。そうですよね。それは私もよく分かります」


 暫し、二人で無言になった。彼女も主君……つまりはイグニス様に対して敬意を重んじているらしいことは感じ取れた。彼女もそうなのだろう。俺に対する拒絶精神が、ほんの少し和らいだように思える。俯く彼女は悲しげに虚空を見上げて、彼女の名前を呟いた。


 「イグニス様……」


 イグニス様の忠臣と言うことは、厳密には味方とは言えない。それでもルキフェルさんの忠誠心に俺はある種の共感を抱いた。いや、哀れみか?


(アルト様に置いて行かれた時の、俺みたいだ)


 アルト様はいつもユーカーばかり連れ歩いて、俺は留守番だ。案外似たもの同士なのかも。そう思うと彼女の心も察することが出来るようになって来る。


 「置いて行かれるのって、寂しいものですよね」

 「え?」

 「俺も良く、主に置いていかれるんです。優秀だから安心して留守を任せられるって」

 「な、何ですか?自画自賛?これだから顔だけの男はナルシスト入ってて……」

 「貴女のことですよ。ルキフェルさん」


 貴女は優秀だからここを任せられたのでしょう。そう彼女に告げて見るも、彼女の地雷だったのだろうか?涙を浮かべたアクアマリンに睨まれる。


 「き、気安く名前を呼ばないで!神子様でも無い癖に!」

 「失礼……ラトゥールさん」

 「……ふん」


 俺に背を向け、カーテンで鼻をかむ彼女。照れ隠しにしては随分と性悪だなこの女性……。うん、俺の城じゃないし好きにしてくれて良いと思うよ。しかし、イグニス様の部下は皆、一癖も二癖もある子ばかりなのだろうか?扱いに困った俺が軽く唸ったところで、ラトゥールさんがぽつりと溢す。


 「私、全然優秀じゃない。守れなかった……アルドール様の、お姉さん」

 「アルドール様の……?」


 トリオンフィ家のご令嬢。フローリプさんの姉君。アルドール様の話では確か……アージンと言う名の聖十字兵。会ったこともない女性のことだ。顔など思い起こせるはずもないが、フローリプさんを大人にした感じの方だろうか?それでも聖十字という言葉から、ジャンヌ様の姿が脳裏に蔓延る。


 「私の力っ……もっと強かったら!あんな奴に負けなかったのにっ!!」

 「ラトゥールさん……」


 彼女は不安なのだ。自分の力を信じられず、守り抜けるか自信がない。

 アージンさんの死に様は、それは酷い物だったらしい。アルドール様が未だに人の死に脅えているのはそれが原因か。その一部始終を目撃していたこの少女にとっても、それはトラウマなのだろう。

 それは大事な主から頼まれた任務を遂行できなかったこと?それだけではない。この子は仕事と私情を完全に切り離せては居ない。外見的に大人びて見えるから勘違いしてしまいがちだが、彼女は俺よりも子供なのだ。仕事で会った保護対象のことを引き摺るくらいだ。イグニス様が彼女に外の仕事をさせたくないはずだ。


(それでも、彼女の能力は強力だ)


 留守を守って貰うためにも、ひとまず彼女に落ち着いて貰わなければ。

 イグニス様も、彼女を完成させるため……精神的に成長させるため場数を踏ませようとトリオンフィ邸、それから今回ここに残したのだろう。しかし、そこまでは割り切って考えられず詳細を理解していないラトゥールさんは、こうして落ち込んでいるわけか。


 「貴方っ、この国一番の騎士なんでしょ!?貴方みたいな人が、私のこと解った風に言わないでっ!」

 「……そうだな。確かにその通りだ」


 取り繕うのは逆効果。彼女の言葉に真正面から傷付くことを受け入れる。こうやって聞けば正論だ。彼女の言葉が突き刺さり、俺もなんだか悲しくなった。


 「貴女はイグニス様に信頼されている。俺はアルドール様に……まだ信頼できていないしして貰えていない。比べること自体失礼でした、すみません」

 「ごめんなさい。少し……ほんのちょっとだけ言い過ぎましたアロンダイト様。……でも神子様を気安く名前で呼ぶのは許せない」

 「は、ははは」

 「……あ、私ったら。ごめんなさい、いつもの癖で」


 視線を逸らしつつ、ラトゥールさんが小さく頭を下げた。そしてもう随分前に感じられる話題を掘り起こす。取り繕うため、だったのか?


 「イグニス様が……時々私のことを“僕の友達に似ている”って」

 「ああ……なるほど」


 それはこの子がイグニス様を盲信……もとい好いているところがアルドール様に似ているという意味だろう。そんな風に常日頃言われていたこの少女は、アルドール様を他人とは思えず、アージンさん警備の仕事を張り切った。それが失敗、こうして凹む。その償いも兼ねて、アルドール様の力になりたいとも思ってくれている。


(言われてみれば)


 ほんの少し、この子はアルドール様に似ているかも知れない。自分に関係のない物事まで、自分のことのように感じてしまうところが。


(流石はイグニス様)


 彼女を残したもう一つの理由が、それか。この子を通じてアルドール様を理解し、アルドール様との接し方に慣れろという訳か。


 「ラトゥールさん。貴女は貴女を信じるべきです。貴女を信頼してここに配置したイグニス様を疑いたくないのなら」

 「……アロンダイト、様」

 「あなた方、聖教会の協力……感謝いたします。それを知らない主に代わって」


 彼女に握手を申し出れば、おずおずと……カーテンの陰から手が伸ばされる。手袋は外してくれなかったが、今回の任務のことは受け入れてくれたようだ。


 「では、此方はお願いします。ここに配置する胡弓弾き……キールは強いカードではありません。貴女の力が必要です。彼らには貴女のことを話しておきました。アルドール様達が出発した後でしたら、城内を自由に出歩いていただいて構いません」

 「もう、出掛けるんですか?」


 一時間。アルドール様にはそう告げた。それでも……


 「旧チェスター領に戻れと言ったのは父です。イグニス様ではありません」


 向こうの城に、父が何か仕掛けたのだとしても、ジャンヌ様と一緒ならばアルドール様もひとまずは大丈夫。パルシヴァルも向こうに配置するという口実で共に行動させる。コートカードが二枚有れば問題はないだろう。そう考えよう。都を取り戻すまでは兵として数えろと、アルドール様から命令があったのだから。俺はそれを受け入れる。その上で策を練った。


 「ザビル河へは俺が行きます」


 俺がそれを見越すことを見越して、父は湖城に戻れと言った。父は俺だけに南下を求めたとも言える。


 「でも、それが向こうの狙いなんじゃないですか?」


 俺は弱いカード。ラトゥールさんの力が必要な部類の人間だ。


 「貴方、さっき攻めの作戦練れって言われたんでしょう?」

 「ええ。ですからそれを盗み聞きした父は、海上から北部に兵を回すように情報を流すはず。相手に先手を打たせるために、アルドール様には一時間を無駄に費やして貰います」


 父はあの話を聞いていた。確信がある。


 「盗聴数術は、アルドール様に付けられていました。アルドール様の衣装を用意したのは父です。あの服の中に発信器を付けたのでしょう」

 「でも今朝はもう着替えていたのでは?」

 「巧妙なのはそこです」


 仕掛けていたのは服だけじゃない。父はアルドール様の髪を二つに結ったのだ。その時に、いつも一つしか使わないアルドール様の青いリボン。これは変装中は使わなくなる。使わないリボンが着替え部屋に置き去りになる。その内に青いリボンにも盗聴装置を仕掛けたのだ。


(後はそれきり此方に戻らなければ……仕掛けに気付かれたところで痛くも痒くもないわけだ)


 父は、今回の件で完全に……カーネフェルを裏切るつもりだったのだ。しかし、その裏切りが教えてくれたことがある。タロックには、エルス=ザイン以外にも……空間転移を執り行える数術使いが居る。それが今回のことで明らかになった。


 「ルキフェルさん……?」


 俺の思考を邪魔しないようにか、すっかり黙り込んだ混血の少女。彼女はイグニス様の身を案じるように暗雲に包まれた空を見る。そしてその雨雲を見ていた彼女は目を瞬かせるのだ。


 「どうかしましたか?」

 「あの雨……」


 彼女はそう言うや否やさっとゴーグルを装着し、窓の外を凝視する。


 「アロンダイト卿、あれ数術です」

 「数術!?」


 あの大雨が数術だって?いや、思い返してみればトリシュが津波を起こした前例もある。その気になればその位は出来るだろうが、あれでトリシュは大分幸福値を消費した。

 イグニス様の企みで、視覚開花はかなりの所まで進んだが、自然現象と人為的自然現象の違いまでは流石に気付けなかった。


 「……確かに妙だ」


 昨日はあんな空模様ではなかったのに。そう思うとそれは何時から?夜中にパルシヴァルが戻ってきたとは聞いたが、あれはその頃から……


 「そうか!」

 「アロンダイト様?」

 「ラトゥールさん!作戦変更です!俺はいますぐ胡弓弾きを口説きます!」

 「く、口説くぅう!?やっぱり貴方変態っ!あの兄弟には男もいるのにっ!!混血には指一本触れさせませんよ!!教会の正義の鉄槌を食らえぇええええっ!」

 「お、落ち着いてください!椅子を振り回さないでっ!」


 俺は必死に彼女を宥めつつ、作戦内容を伝えてみる。


 「父に盗聴されていた!だからカードの配置を変えます!貴方は至急、シャルルスさんを呼び寄せて!」

 「シャルを……?」

 「イグニ……いえ、教皇様から彼の力のことも聞きました。彼が唯の変装の名人でも無いことをっ!」

 「……では、何を?」

 「俺に、考えがあります」


 詳細を伝えたところ、彼女は納得した模様。なるほどと手を打って仲間との通信を執り行った。

 唯のカーネフェル人を装っていたが、イグニス様の部下が唯のカーネフェル人のはずがない。呼べばすぐに彼は空間転移で部屋の中へと現れる。

 如何に位置情報がルキフェルさんから伝えられたとは言え、俺の数術を破ることなく結界内に正確に出現できる。彼も唯者ではない。彼の視覚数術は本当に強力だ。


 「あの、アロンダイト卿。流石に向こうの守備ががら空きになるのはどうかと思うんですけど」

 「問題有りません。それに今は守備に人を割いていられる状況ではない」


 心配そうにそう告げてくる彼の言葉を遮って、俺は俺の言葉を伝える。


 「お優しいアルドール様では決断できない。俺のことを考えて、悩んで隙を作る。ならば……身内の不始末は身内で始末すべき。今回の事は俺が処理します」

 「でも……それってまた喧嘩とかになりませんか?」

 「いいえ」


 山賊達の始末の件は、彼方にも伝わっているのだろう。不安げな少年の声を、俺はきっぱり否定した。


 「アルドール様は俺に一任すると言ってくれました。俺はその言葉を信じ、最善の行動を取るまで」

 「……でも」

 「シャルルスさん、アルマさん。俺に貴方達の力を貸して下さい」


 俺は少年をじっと見据えて、彼と彼女にそう言った。

というわけでランスが運命の輪使いつつ、両親との決着付ける模様。

ルキフェルちゃんは、本編では16章まで出すの止めようかと思っていた時期もありました。

でもマリアージュちゃんが、私の予定より早く死んでしまったので。

(本当は都攻めの最後で、アルドールの影武者として殺すつもりだった。だから終盤がマリアージュ編になるはずだった)


でもレーヴェを仲間に引き込めなかったことで、その辺の流れも変わってしまいました。

マリアージュ殺した時点で、レーヴェの仲間化フラグは折れてしまっていたんだなぁ。

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