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52:non amo te, Sabidi, nec possum dicere quare

 ここはどこだ。辺りを良く見回して、その視界の低さ狭さから……城の一室の寝台下だとユーカーは察する。

 それでも一応この場が何処かを正確に把握しておくべきだろう。イグニスの方を振り返ると、埃まみれになりながら不敵に笑う小憎たらしい少女が見えた。


(おい、クソ神子クソ教皇クソ聖下)

(はい何ですかクソ騎士様)


 笑顔でろくでもない切り返ししやがった。苛立ちで、ひくと口の端が痙攣する。


(くそっ……兎に角ここはなんだ?)

(パルシヴァル君にも彼が攫われる前に、部下に入手させた四つ葉のブローチを与えておきました。ついでに細工を施して、あれに発信器的な数式を隠して刻んであります)

(……つまり?)

(要するに、ここは彼が閉じ込められている部屋のベッドの下ですね)

(ピンポイント過ぎるだろうがぁあああ!)

(はい、そう思ったので隣室のベッドの下です。ここに隣室への隠し通路があるという情報があったので)

(……じゃ、隣室は……おっさんの部屋だったところか?)

(そうなりますね)


 どこから抜け出してくるのかと思えば、自分の部屋から抜け道作ってたのかあの人。しかも繋がる先が隣室って意味がないだろ。脱走計画だってもう少し頭捻るだろ。それとも逆に?そんな意味ない逃走経路だからこそ、感づかれなかったとか?そうだとしてもここにもう一箇所隠し通路がなきゃ、機能しねぇだろ。

 ここから動く前にそれを探しておくべきか。俺が寝台下から這い出ようとするのを、どういうわけか教皇が妨害する。


(しっ、静かに。今はまだ待機です)

(時間がねぇんだろ?それならそんな悠長なこと……)


 俺達が諍いを始めようとしたその刹那、部屋の窓が開く音。そして室内に何者かが降り立つ気配と同時に、キーンと断続的に響く耳鳴り。


 「さてっと。出発前に倉庫でも漁るかな。この辺には掘り出し物がありそうだ」


 それはこんな埃っぽい部屋にありながら、明るい調子の声だった。聞くからに男の声。


(この、緊張感のない投げやりな感じ……)


 何だ、俺はこいつを知ってる気がする。瞬時に嫌な汗が浮かぶのも、奴の正体への心当たりがあるからで。


(おい神子……)


 確かこの女は、俺に何と言った?何故こんな格好で送り込んだ?誰のためだって?


(って、居ねぇえええ!!あの野郎!!自分だけ数術で姿消しやがったな!?)


 振り返ればあの女が見えない。それがある意味で答えだった。


(間違いねぇ!この声、レクス!?)


 なんでこの男がこんな所に!?いや、南下したのは確かだし、居ても無理はないのかもしれねぇが、なんだってこんなに俺は運が悪いんだ!半分以上はあの女に仕組まれた感がなきにしもあらずだが……味方が味方じゃないって本当そろそろ俺泣いても良いんじゃないだろうか?いい加減奴の所為でこの審判を生き抜くことより貞操を守りきることの方が難しく思えてならない。どうして俺はこんなについてないんだ。


 「ん、なんだこの布。小綺麗な……売ったら高そう」


 早速目敏く寝台下から覗くドレスの裾に気が付いて、あの男がぐいと引っ張る。いっそ服を脱ぐか切り離すかしてこの場をやり過ごすかとも思ったが、それはそれで危険な気がする。諦めた俺はその場に踏みとどまった。そうすることであいつも何かに気付いたようだ。


 「っかしーな。何処かに引っかかって……」


 寝台下を覗き込んだレクスの表情が固まる。引き攣った笑みで俺も迎える。このまま黙っていれば俺だって気付かないんじゃないかなとか甘い考えで。


 「……おおお!セレスじゃねぇか!!いや奇遇だな!」

 「ド畜生っ!なんで解んだよっ!」

 「安心しろ、長髪もなかなか悪くないぜ!」

 「全く俺は嬉しくねぇっ!!」


 変態の視覚スキルは侮れない。この服は一応視覚数術効果付いてるはずだろう!?あのクソ神子の手下が施したそれを、こんな純血が破ったって言うのか!?


(相変わらず底が知れねぇ……)


 こんな男をどうにかしろだと?あのクソ神子め。無茶を言いやがる。


(俺がこいつを引き離してる間にパー坊助けるくらいしろよなくそっ!)

 「照れるな照れるな。俺の嫁になる気が出来たんだろ?そんなに着飾って。よしよし」


 姿を消した教皇へ心の中で悪態を吐く俺。その苛立ちなど物ともせずに、黒髪の男は朗らかに笑う。そして手早く人を寝台下から引き摺り出し、何をするかと思えば奴がまずやったことは、人を埃っぽい寝台の上に転がすことだ。


 「いや、何してんのお前」


 呆気にとられていた俺も流石に我に返った。こんな動きづらい格好。探した扉は棚や積み荷で塞がっていて、レクスが現れた窓くらいな物。隠し通路の存在をこいつは知らないようだしそれを探して教えるような真似は出来ない。窓に向かうにはこの男を越えなければならないのだが、嫌な感じの笑みを浮かべたこの男を越え易しとは思わない。何たって相手はコートカードのキングなんだ。


 「いや。タロックにはこんな言葉があってだな。据え膳食わぬは男の恥って」

 「ぎゃああああああっ!!」

 「はっはっは!色気のない悲鳴も俺の妹そっくりだ。可愛い可愛い」

 「お前はおかしい!絶対おかしい!頭の中身がどうかしてるっ!」

 「そんな騒ぐと人が来るぞ?窓は開いてるんだ。初回から公開多人数とは随分と高尚な趣味を持ってるんだな」

 「馬鹿野郎っ!もうお前も本当嫌っ!頭の中どうしてそんなに卑猥なんだよ!!」

 「おっと。ちょっと静かにしろよ」

 「ぎゃあああ、むぐっ!」


 半泣きになった俺に覆い被さり、手で口を覆ったレクス。本格的に俺はあの女を呪おうかと思ったところで、それ以上が何もないことに気が付いた。


(大人しくしろよ。今丁度面白いところだ)

(は?)

(はじまるぜ、3、2、1!)


 レクスがにやっと笑ったその後に、廊下から物凄い大絶叫。


 「双陸ぅうううううの馬鹿ぁああああああっ!」

 「ま、待てエルス!これには深い訳があってだな!」

 「知らない知らない知らない知らないっ!双陸の馬鹿っ!双陸の変態っ!双陸のショタコンっ!ペド野郎っ!」

 「ちょっ、ぐはっ!待てっ!おい!落ち着けエルス!」


 何かが飛び交う衝撃音。たぶん通路に飾られている銅像とか花瓶とか、装飾品が暴れているのだろう。


(何だ、あの痴話喧嘩……あの声、エルス=ザインだろ?)


 面白い事ってあれが?この男が何を企んでいるのかまるで解らず、俺は目を瞬いた。


(どうやらあの呪術師ちゃんは、あの堅物騎士にお熱らしい)

(……は?あいつ男だろ)


 いや、エルス=ザインって女みたいな面してやがるが男じゃねぇのか?いや、クソ神子の例もあるから混血は外見で性別判断するわけにはいかないが。


(まぁ、確かめた訳じゃねぇからなんとも。多分そうだと思うが。それなら何か問題が?)

(問題しかねぇよ!)

(カーネフェルの奴らは心が狭いな。そもそもセレス、お前だって他人事でもないと思うがな。あの長髪の兄ちゃんもお前にぞっこんじゃねぇか)

(あいつは……もう良いんだよ)

(ふーん……そっかそっか)


 一度笑ってレクスが身体を退ける。俺の横に腰を下ろして今度は何事かを含み笑った。


 「じゃ、ひとつ面白い話をしてやろう」


 廊下の痴話喧嘩はまだしばらく終わりそうにない。それを察してか、抑え気味だった声のトーンも元に戻した。


 「面白い話?」

 「あの堅物……双陸って男は、元々タロック王須臾の小姓だった男だ。それが天九騎士、第四師団長まで出世した。エルスちゃんも天九騎士で師団長だが、今も小姓みたいな立ち位置にある」


 俺達の所で言うと、アルト王に仕えた俺やランスみたいなものか。そう納得しかけ、レクスの続く言葉に吹き出した。


 「ま、要するにエルスちゃんは狂王の現・愛妾ってことだな」

 「がはっ!!」

 「おい、あんま大声は出すなよ」

 「ど、どうなってんだよお前らの国は!!男しかいない誰得トライアングルだそれっ!!」

 「男社会のうちじゃよくあることなんだよ、気にするな」

 「気にするわっ!!」

 「いや、面白くね?あの双陸って男の忠誠心は本物だ。あいつ狂王のために身内殺しまでしたって噂だぜ?そんな男があんな可愛子ちゃんにたじろいてる。人間は見た目によらねぇなぁ」

 「お前、悪趣味だぜ」


 エルスと双陸が敵とはいえ、どうもレクスの言葉に賛同できない。レクスは今、俺にあいつらの弱点を教えてくれているのかもしれないが、こんな風に手に入れた情報で相手を陥れるなんて……気分が悪い。俺はこれ以上聞きたくないと告げてやる。それでもレクスは黙る気がないようだ。


 「お前も気にならねぇか?忠誠心の塊が、最後に何を選ぶのか」

 「……てめぇっ!?」


 こいつ、ランスの事を言っているのか?双陸って男の話をしながらランスのことを俺に示唆している。ギロと睨めば怒るなと、レクスが俺の肩を軽く叩いた。


 「お前の所の美形兄ちゃんと違うところはあれだな。双陸も満更じゃねぇって所か」


 この違いがどう出るか、観察してみるのも悪くはないだろ。そう言ってレクスが傍観者を気取った。俺はそれを悪趣味と言ったが、こいつの覗き趣味が何処までこいつ自身の物かは怪しいところ。それが仕事である可能性も捨てきれない。こいつが仕えているというタロック王族。そいつが情報収集に当たらせているのはまず間違いない。俺の考えを察したレクスは、取引を持ちかけるような言葉を俺に溢す。


 「お前がここに何しに来たかは大体解るぜ。あの可愛い子を取り戻しに来たんだろ?それでその格好。変装かつ、もし俺に見つかったら適当に誘惑して助力を願おうって腹だ。お前が自分からそんな策を願い出るとは思わないから、適当に乗せられたんだろうな他の誰かに」

 「否定する言葉が見つからねぇほどその通りだ」

 「んじゃ、交渉成立だ。俺もそろそろこの城から出なきゃなんねぇ。この城出るまで俺達は共犯だ。あの子助けるの手伝ってやるよ」


 笑ったレクスから差し出された手。迷いながらその手を掴もうとしたところで、奴はろくでもない言葉を続ける。


 「まずは信頼関係を深めるためにここらで一発決め込もうぜ!」

 「それは断るっ!」


 伸ばした手で思い切りその手を叩いてやると、苦笑しながらレクスが不満をたれる。


 「相変わらず身持ちが堅いな。まぁ、それも悪くない。他の男にもそうであってくれよセレス」

 「まずその仮定がおかしいからな」


 互いに不平を口にしながら、カードの宿った拳を打ち付け合う。レクスと一時協力関係になれたのは大きい。奴の幸福値があればパルシヴァルを救い出すのも大分容易になるはずだ。


 「レクス、協力の礼だ。何か一つ俺に聞けよ。じゃねぇとフェアじゃねぇ」

 「馬鹿だな。こういう時は素知らぬ顔で利用するもんだぜ?」

 「借りはさっさと返す主義だ」

 「ったく……釣った魚には餌をやらない方がいいと思うんだがな」


 ふっと息を漏らしたレクスが、今宵初めて仕事らしい顔に戻って俺を見た。


 「んじゃ一つ。先王の妃についてを聞きたい」

 「王妃様について?」

 「ああ。お前はどの程度知っている?」

 「……彼女の名前はジュヌヴィエーヴ。カーネフェリアの遠縁の家から嫁いだ美しい女性だ。でもアルドール以外のカーネフェリアは全員死んだ。戦が始まってすぐに王は逃がしたが、その途中で逆賊に捕まって死んだって訃報があった」

 「ああ、そういう噂を流した奴が居たらしいな」

 「らしいって?」

 「アロンダイト卿って男だ。あっちの格好いい兄ちゃんじゃねぇぞ。おっさんの方だ」

 「…………」

 「俺が思うにあのおっさん、王妃様に気があるんだと思うぜ」


 この聞き方。まさかレクスは……レクスの主はランスの出生の情報も手に入れているのか?その上で俺を揺さぶっている?いや、そんな馬鹿な。そんなことがあるとしたら、誰かがこいつに情報を流したとしか。


(でも……アルドールが死ねば、カーネフェリアはランスしかいない。あいつがこの国の王になる)


 自分の崇める相手を王にしたくはないかと言われているのか。タロックに頭を垂れればランスがこの国の王になる。そう、そうなれば……


(審判が進めばランスは死ぬ。それでも……アルドールとジャンヌが結婚をする前にアルドールが死んだなら)


 ランスがジャンヌと結婚できる。国のためという大義名分と、あいつ自身の願いを叶えられる。死ぬ前の一時……幸せを感じさせてやることが出来るかも知れない。


(……くそっ)


 不意に思い出したのは、何故だろう。ランスじゃない。ここに来る前、当たってしまったアルドール。

 あいつは俺に言ったんだ。俺が死んだら泣くって。それなのに俺は、あいつを死なせるための算段を練っている。どうして俺に懐くんだ。どうして俺にもたれ掛かる。俺じゃなくても良いはずだ。ランスにそうしてやれって何度も言った。傷をなめ合う趣味はねぇ。お前の痛みが俺の痛みだなんて俺は間違わない。俺とお前は違うじゃねぇか。分かり切ったようなことを口にしやがって!何の権利があって俺に近付く!?俺を知ろうとするな!俺はお前なんか要らないんだよ。ランスさえ、ランスさえ守れればそれで。それで良かったはずなんだ。

 全然似ていない。そう思ったのに。時々吃驚するくらい、アルドールはあの人に重なって見える。目の色髪の色じゃない。その目の中に浮かぶ物。俺やランスを見る温かいあの目。ずっと昔からあいつは俺達を知っていたんじゃないかって、錯覚しそうになるあの空気。アルドールは俺とランスをどうこうしようと考えない。引き離さないし割り込まないし、唯……見守るだけ。傷付いたら守ろうとか助けようとか、自分が弱いことも忘れて飛び出すけれど。

 あの野郎はどうして、ここに現れた?あいつさえいなければこんなことにはならなかった。俺はあいつにさえ出会わなければ、もっと簡単にパルシヴァルもトリシュのことも見捨てられたんだ!関係ないってそう言って、ランスだけ助けて逃げるつもりだったのに。

 誰かを守ることがこんなに辛いなんて思わなかった。あの人が死んだ今、俺はランスだけの騎士になる。誰より自由な騎士になる。誰より多くを救うのがランス。そんなあいつを助けるのが俺の仕事だったはず。


(どうしたんだよ、ランス……)


 助けてくれよ。トリシュのことも、パー坊も。何でも出来る凄いお前に出来ないならきっと誰にもそれは出来ない。じゃ、諦めようぜ?そうどうして腹を括れない!?


(俺は……俺は、何かおかしくなってる)


 出来ると、思って……しまっている。ランスに出来なくても、カードの力を命を削れば。俺にはあいつに出来ないことが出来ると思い上がっている。それは事実で、だから感覚が麻痺していく。俺が助けないと。ランスに助けられない奴も俺が助けないと。そうやって手を伸ばした相手が枷になる。それは何時から?嗚呼、アルドール。お前って奴が現れてから!!

 俺はあれから後悔ばかりしている。俺がランスを選び続けたから。俺は目の前で随分と死なせてしまった。ルクリース、フローリプ。マリアージュに山賊レーヴェ。

 女子供を死なせてしまった。殺してしまった。俺が手を伸ばせば、命を削れば救えたかも知れない奴ら。俺がもっと早くに世界を広げ、ランス以外を選べたら……まだここにいたかもしれない奴が居る。

 俺はあいつの弱さに感化されて居るんだ。だからこんなおかしなことになる。ランスさえ守れればそれで良かったのに、見捨てた奴らが今も重くのし掛かる。そんな俺を知って、アルドールは俺がお前と同じだと、勝手に親近感を覚えて来るのだから堪らない。


(アルドール……)


 あいつは笑って過去を言う。俺なんかとてもじゃないが話せない。それでも同じようなこと。あっけらかんと奴は言う。今も消えない傷跡を、笑って語れるあいつの愚かさがどうしても俺は受け入れられないのだ。そうは出来ない俺を、お前が笑っているように思えてならないのだ。


(お前は、俺じゃない)


 分かり切ったことだろう。だから俺にお前を重ねるな。自己憐憫なんて馬鹿丸出しだ。それでもそれが全くない人間なんていないだろう。誰だって自分が可哀想だと思ってるんだよある程度。それを言葉にするかしないか、認められるかられないかの違いはあっても。


(お前を哀れむわけにはいかない)


 もしお前の境遇を哀れんだなら、俺は自分と重ねてしまう。親の愛を知らず、体罰ばかり与えられ……親友に重ねた依存はどこかが間違っている。目の色はこんなにも違うというのに、俺は「俺の望んだ目を持って生まれた俺」がそうなったかもしれない姿を見せつけられているのだ。

 あいつはまだジャンヌを愛していない。自分の心を認められない。あの日の俺と同じだ。押し付けられて与えられる関係を受け入れられない。彼女が嫌いなわけではない。むしろ好感を覚えているのに。家の道具になりたくない俺、国の道具に……いいや、イグニスと離れることを不安に思っているあいつ。

 聖職者であるあの女は誰かと結婚なんか出来ない。アルドールの葛藤は、アスタロットが死んだ後、ランスが俺に言ってくれた言葉に近い。大事な友が孤独なのに、自分だけ恋人なんか作って良いのだろうか?否。

 アルドールは恋愛事よりもイグニスとの友情を本当に大切だと思っている。それでもそうもたれかかり依存することで、対等な関係にはなれない。話して貰えなかったこと。教会の闇を垣間見て、アルドールは一人で立ち上がる。イグニスが望んだ通りの決別だ。それでもそこでジャンヌをしっかり見つめるような器量があの男にあるだろうか?それが出来なければランスがやきもきして苦しむだけだし、逃げの戯れなんかもっとあいつが怒るはず。


(アルドールの野郎は、……クソ神子に惚れてると思ったが)


 どうやらそうではないらしい。必死になる彼奴の目。ジャンヌを犠牲に策を練るイグニスへの反発だけじゃない。ジャンヌに誰を重ねている?守れなかった者、全て?そこまで必死に重ねるのは何故?今ある彼女を見ているつもりで見ようとしない。そいつは、逃げだ。


(あいつは、自分がジャンヌに惹かれていることを認められない)


 その先でジャンヌを失えば……アルドールは、本格的に俺と重なる。アルドールを俺にしないためには、あいつに自分自身の心を気付かせればいい。それでもジャンヌとアルドールが上手くいくってことは、ランスを悲しませることだ。


(ああ、くそっ!何でなんだよ!!)


 どうして俺がアルドールなんかを心配しなきゃいけないんだ。もっと割り切れ!ドライに生きろっ!あんな奴死んだって、俺にとってはどうでもいいことのはずだろ!?


(……アルト、様)


 アルドールは狡い。俺に似ている癖に、どうしてアルト様と重なる?

 俺とあの人は全然似ていないのに。アルドールが俺にもたれ掛かる度、俺が死なせてしまったあの人を思い出す。あの人もああやって、いつも俺の所へ逃げてきた。俺はアルト様を二度も、裏切れるのか?死なせられるのか?アルト様に救われたこの命……どう費やせば、良いのだろう。


 「セレス」


 レクスの呼び声にはっとした。辛そうに顔を歪めている俺を見て、俺の葛藤を読み取ったのか?あいつは再び俺に手を差し伸べる。


 「セレス。この城を出た後も俺と来ないか?」


 ああ、その呼び方。アルト様と同じだ。そうだ。アルドールが俺を名前で呼ぶ奴で良かった。


 「……何を、企んでやがる?」

 「そいつを知りたきゃ俺と来るしかねぇと思うんだがな」

 「…………」

 「……冗談だよ。教えてやろう」


 横目で睨んだ俺を見て、降参だ笑ったレクスが手を上げる。


 「俺はこれからザビル大河に陣を構える。そこで北部のカーネフェル軍を迎え撃つ。そこで橋の完成した部分の南側から、王妃様を川の神の生贄にでも捧げようって話だな」

 「お前ら王妃様の身柄を!?それも人柱になんてっ……!!」


 ランスとアルドールのことで気を取られていた所為だ。簡単なことに気付けなかった。

 こいつらは死んだはずの王妃様を手中に収めている。それをランスを攻めるための切り札に用いるつもり。忠誠心の塊が、最後に何を選ぶのか。その問いがここに掛かっていたなんて。


 「タロックじゃそういう風習もあったりするんだよな……ってのはまぁ、嘘ではないが、目的としては炙り出しだ。王妃の命が惜しければ、降伏してカーネフェル王を差し出せっていうな」

 「そんな話……あいつらが聞くわけが」

 「ああ、無いな。だが、あの人の良さそうな少年王とその取り巻きの騎士様らが、先王の妃を見捨てたともなれば……進軍の出鼻を挫かれる。違うか?」

 「……ぐっ」

 「運良く都を取り戻したとしても、少年王への不信は消えないぜ?特にあの……格好いい兄ちゃんはな」


 実の母を救えない。アルドールを選ぶことでランスは王妃様を見捨てる。あいつは必ずそれを選ぶ。だけど苦しまないはずがない。

 カーネフェルは、二つに割れる。ランスとアルドール……二人のカーネフェリアが対立する未来。先読みの力などない俺でも、それが容易に想像できる。王妃様を死なせてはならない。それがランスのためなんだ。


(それでも……)


 俺がレクスに従い北上すれば、都を挟撃には出来ない。北部の軍勢だけで河を越えタロック軍と戦うなんて無謀。教皇がシャトランジアから援軍を引っ張ってくるまで持ちこたえられるかどうか。そもそもシャトランジアの力で勝っても意味がない。カーネフェルがカーネフェリアが都を取り戻さなければ、民の信頼は得られない。やはり俺が南下して親父に頭を下げてでも、南部の民を率いて挟撃しなければ……国が割れる以前に、カーネフェルがランスの希望が滅んでしまう。


(くそっ……!)


 誰だ?一体誰がこんな面倒事を起こしやがった。誰が王妃様とランスの関係を暴露しやがった。あのことを知っているのは俺とヴァンウィック……あの叔父しかいないはず。それか王妃様自身?


 「ふっ、まぁそういうことだな。だが今の顔からして……セレス。お前はランスっていうあの兄ちゃんが、カーネフェリアだってことを知っているんだな?」


 ランスに入れ込んでいたのはそういうわけかとレクスが深く頷いた。


 「ち、違う!俺はあいつがカーネフェリアだから、だからあいつの傍にいたんじゃないっ!」

 「そうですよ!セレスさんはそんな人じゃありません!」

 「ああ、そうだ!……って、え?」


 突然の賛同に息を意を取り戻す俺。しかし妙に懐かしいその口調。おそるおそる振り返る。誰もいない。それでも直ぐに思い出し、俺は視線を下げる。


 「ぱ、パルシヴァル……!」

 「会いたかったですセレスさん!」

 「あー、凄いなそのリボンちゃん。こっちの部屋に通路があるの気付いてたのか。俺でさえ気付けなかったのに」


 これから助けに行こうとしていた相手が、ベッド下から現れた。これには流石のレクスも感嘆の声。パルシヴァルは監視があったから抜け出せなかっただけで、監視さえなければ自力で脱出できたのか。つくづくこいつの才能は恐ろしい。視覚数術破ったレクスの上を更に行く。純血でこの才能とは……将来本気でこいつはランスを越える騎士になりかねない。


 「お、おう……いや、あの」

 「やっぱり貴方が僕のヒーローです!こうしてまた、僕を助けに来てくれるなんてっ!」


 涙ながらに抱き付いて、無邪気な憧れで俺を見る。その真っ直ぐな瞳に浮上した、罪悪感が半端ない。


 「悪い、パー坊。俺は……そんなつもりでここに来たんじゃない。俺はお前のことをいつも一番に考えてたわけじゃないんだ。今だって……」


 俺が助けたとは言い難い。バツが悪そうに目を背けた俺を、それでもパルシヴァルは強く見つめる。


 「それでも僕は会いたかったんです……今、貴方に会えて良かった。もう、どうしたらいいか……解らなくて。セレスさんに聞いて欲しいこと、相談したいこと!いっぱいあって……もう頭の中ぐるぐるで!」

 「わ、わかったわかった!落ち着け、な?今騒ぐと大変だから」

 「はい……」


 ああもう、くそ!どうしてこいつはこんなに可愛いんだ。久々に会ったが癒される。こいつが傍にいてくれるだけで、心の濁った部分が浄化されていくようだ。パー坊の肩を掴んだ俺の手が、わなわなと感動に打ち震える。

 同じ年下でもアルドールや教皇にはこんな可愛さはないぞ。教皇は心が汚れていやがるし、アルドールは外見が平凡だから別に可愛くはない。アルドールの心根はパルシヴァルほどではないにせよ、人間らしくねぇって意味では純粋な部類に入る。だがあいつがパルシヴァルと同じ事をしたって、可愛いか可愛くないかで言うならうざいだけだな。

 久々に撫でた弟分の髪はサラサラの艶々だ。何だこのキューティクル。俺なんか手入れしないとすぐボサボサなるのに。タロックの奴ら、髪の手入れまでさせてたのかよ!至れり尽くせりだな!くそっ!

 王の偽者として連れてこられたんだから、それらしい格好をさせられているがそれがよく似合っている。やっぱり外見が良いと、こういう上品な服も似合うな。アルドールなんかよりずっと良い。教皇の思惑通りにも成らないし、このまま見栄えの良いこいつが即位しても良いんじゃないかな。いや、ランスが嫌がるから駄目か。


 「おいセレス?早く逃げないといい加減隣の部屋が空なの見つかるぜ?」


 パルシヴァル分を補給していた俺の背後から抱き付くレクス。俺が蹴り飛ばす前に、パルシヴァルがレクスを睨む。その視線にたじろいだわけではないだろうが、レクスがぱっと後ずさる。


 「おっと!」

 「貴方、さっきからセレスさんに馴れ馴れしくないですか?」


 俺の可愛い弟分が、なんかついこの間までのランスみたいな目をしてる。あれ、何この既視感。一瞬そうは思ったが、どうやらこれには何か理由があるらしい。


 「僕は貴方が信用できません。さっき僕に毒盛って眠らせたじゃないですか。あと僕の意識が朦朧とした辺りでお尻触って来ませんでした?」

 「お前、パルシヴァルまで……嫁に」

 「おいおい、誤解するなよセレス。俺はその子の一人称が僕の時点でストライクから外れてるって」


 まさかこの男、パルシヴァルまで勧誘改め姦遊もとい手籠めにしようとしていたのか。不審の目で奴を睨めば、悪びれなくレクスはお前だけだと笑って居るが、この野郎どこまで本気なんだ。


 「さっきまでは可愛かったのになぁ……いやいや、セレスお前面倒臭い男ばっかに好かれるな」

 「その中の一人にお前も当然入っているわけだが」

 「しかしあれを破るかー。とっておきの翌朝までぐっすりブレンド睡眠薬だったんだけどな。その回復速度、回復精度。火であるはずがない!さてはハートカードの水属性か」


 そう言えばパルシヴァルはシャトランジアの関係者。カードは水の可能性がある。水と聞いて思い出すのは教皇とトリシュ。あいつらハートカードだった。どうしよう。どっちに似てもろくな人間にならない。突如、俺の弟分の未来に暗雲が立ち籠める。


(でも、回復数術持ちってことはランスと同じ。オールマイティになれるが、攻撃特化型じゃない。精霊のサポートでもないとって話じゃなかったか?)


 そうだ。そのはずなのに……なんだこの耳鳴り。俺に抱き付いているパルシヴァル。至近距離から耳をつんざくような激しい超音波。あまりの音にその場に立っていられなくなる。

 倒れ転がる俺から離れ、パルシヴァルは窓へと近づき外を指差した。


(これで、壱って……嘘だろ?)


 それもこいつはペイジ。エフェトスのようにナイトとして覚醒もしていない。今でこれって、覚醒したらどうなっちまうんだ?俺が手も足も出なかったレクス相手に、びびらせてやがる。


 「待てって!数術は使うなよ?あいつらに逃げたことがバレちまうぜ?」


 ばれたらばれたなら、自分の力で突破してやる。そんな反発心から、パルシヴァルは数術を完成させる。それは強い怒りをぶつけたような……気が遠くなるような不協和音の洪水だ。

 式の完成に伴い、あいつに従うように黒々と怪しくなっていく雲。雲はあっと言う間に膨らんで、激しい雷雨が始まった。敵がレクスが一歩でも外に出れば、あの雷で射殺すつもり?こんな雨の中じゃ剣は使えない。矢だって飛ばない。数術も使えない奴じゃ、どうしようもないじゃねぇか。

 レクスはこの城から逃げられない。他の奴らだってそう。無事にここから逃げられるのは、この雷を操るパルシヴァル。それからパルシヴァルから見逃して貰えそうな俺くらいなもんだ。

 激しい雨の音を聞きながら、俺は半分意識が飛んでいた。雷の音でようやくフラフラと立ち上がり、俺が見たレクスは……この場に似合わぬ顔をしていた。


 「おいおい、やってくれたな」


 そう言いながらレクスは愉快そうに口の端を吊り上げる。片手を頭に当てて呆れたと言うか、やられたと感嘆の意を示すようでありながら……その口は笑っていた。思惑通りに事が進んだと言わんばかりに。そう、やってくれたのまえに……よくという言葉が入っていそうな感じがする。


 「レクス……?」


 こいつはさっき何と言った?王妃様を生贄として捧げる、だったか?


(しまった!それが狙いかあの野郎っ!)


 不味い。俺の予想通りなら、夥しい数の死者が出る。その恐ろしい想像に、俺は意識をしっかり持ち直す。近付くほど強くなる耳鳴りの中、数式を紡ぐパルシヴァルに近付いた。


 「パルシヴァル、今すぐ雨を止めろ!」

 「え?」


 言われてそうしようとするも、すぐに困ったように俺を見る。さっきまでの威圧感もどこえやら、いつもの可愛らしい弟分に逆戻り。


 「くそっ……まだ制御が出来ないのか」


 自分の才能を持て余しているんだ。今の数術は、こいつの感情が引き起こしたこと。怒鳴って不安にさせた所為か、ますます雨脚は強まっている。何とか落ち着けさせないと。


(にしたって、どうすりゃいいんだ)


 俺は辺りを見回して、硝子窓に映った自分の姿を思い出す。パルシヴァルは親元を離れて久しい。母恋しさもあるはずだ。こうなりゃやけだ。視覚数術を持ったこのドレスの力を使えば、この場を乗り切ることも出来るはず。


 「パルシヴァル……」


 なるべく穏やかに優しい声を出し、優しくパルシヴァルを抱きしめる。こいつの会いたがっている、母親を演じてやれば良い。そう思ったのだが……逆効果!余計にパルシヴァルは取り乱す。


 「か、母様……そんな目で、僕を見ないでっ!!嫌だ……僕は、僕は立派な騎士に!セレスさんみたいにっ!!でも……でも、立派な騎士って……人を殺さないと、立派な騎士には立派な騎士には」

 「ぱ、パルシヴァル?」

 「母様の言った通りなんだ……酷い死に方、殺し方。あの人を殺さなきゃ、僕はセレスさんを助けられない!僕は……騎士様になれない!」


 まずい。本当にこの騒ぎ、外に知られたら。どうすればいい。狼狽えた俺の耳元に、小生意気な子供の声。


 「やれやれ、また面倒事を起こしてくれましたねセレスタイン卿」

 「お、お前……!」


 振り向けばエフェトスを操るイグニスが、思いっきり怠そうな目で俺を睨んだ。


 「いいですか?この場はひとまず退散です。空間転移、行きますよ!」


 エフェトスが空間転移の式を紡いだのと時を同じくして……


 「双陸の馬鹿ぁあああああああああああっ!死ね変態っ!」

 「落ち着けエルス!」


 廊下から聞こえた数術の大爆発。それが室内を半壊させる。此方の様子に気付いたエルス達が、痴話喧嘩を装い攻撃をしかけて来たのだ。しかしパルシヴァルの周りに吹いた風。それが廊下からの攻撃、瓦礫を跳ね返す。

 砂埃から目を開けると、もうそこは外。傍にはイグニス一人。レクスはあの場に置き去りにしたのだろうが、肝心のもう一人が見当たらない。


 「パルシヴァル!?」

 「彼はアルドール達の所に転送しました。風の精霊も一緒ですし、河渡りの時に便利でしょう」

 「あいつは水のカードだろ!?相性良くねぇじゃねぇか」

 「ええ。ですからあの子は周りに風属性、火属性のカードがいればやる気出します。僕らが前に船を使った時は、僕の命令もありましたし炎カードが三枚もありましたからね」


 この腐れ狸が。憑依されているエフェトス自体は悪くないのだと知っていても、あのクソ神子が乗り移っているだけでこいつまで腹立たしく思えてならない。


 「だ、だいたい今のあいつを誰かに預けるなんてっ!あいつは俺の弟分……」


 あんな精神状態のまま、ランスやアルドールの所に連れて行って大丈夫なのか?心配だと言う俺に、イグニスは明後日の方向を見上げて言う。


 「大丈夫ですよ。アルドールは泣いてる相手の対応はなかなか上達してきました。ここらで少しはパルシヴァル君とも仲良くなって貰わないと困ります」


 いざという時にアルドールより貴方を選ばれては困りますからねと、そういう含みが聞こえた気がした。こいつ、ジャンヌだけじゃねぇ。パー坊の命も食い潰す気でいやがる。審判から逃れられるペイジでいさせはしない。必ずやナイトに覚醒させて、戦力にする気でいる。


 「てめぇっ……」


 胸倉を掴んでも、教皇は涼やかな顔。何処からその余裕が来るのか全く解らない。それでも預言者は、絶対の確信を持って俺を見る。俺がこいつを殴れないことを知っていて……


 「殴りますか?僕は痛くもかゆくもありませんが」

 「くそっ……」


 そう、エフェトスという少年にはなんの罪もないのだ。この教皇がどんなに腹立たしい存在なのだとしても。だから俺は握った拳を解くしかない。行き場のない怒りを内に貯め込み空を見上げた。ここらの空は綺麗だ。もうすぐ夜が明けそうではあるが雨雲一つ無い……


 「おい、ここって何処だ?」


 薄暗い街並み。それでも北部では見ない花。懐かしさを感じる森と空気と水の匂い。それでも拭えない、恐怖と嫌な思い出が浮かび上がるこの感じ。


 「おやおや、ご自分のご実家もお忘れですか?若年性痴呆にでも掛かりましたか?」

 「せ、セレスタイン領だと!?」


 俺はまだこんな格好なのにどういうともりだと睨んでも、教皇は笑うだけ。


 「その辺はご安心を。ちゃんと別の服を用意してありますよ」


 何故だろう。その笑顔に全く安心できないのは。俺がそう尋ねたところでこいつはきっと「それは貴方の人間性と人格に問題があるんでしょうね」としか言わないだろう。ああ、預言してやるよ。

トリシュが書きづらくなってちょっと困ってましたが、よく考えたら今回トリシュ出てないから別に良いかと、時間見つけて書きました。

最近休日しか暇がない。

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