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51:noctuas Athenas ferre

 「トリシュは参加しないのか?」


 ランスが僕に尋ねたのは、食事が始まってまもなくのこと。


 「私が参加したら、どこぞの性悪騎士に馬鹿にされますからね」


 敢えて誰とは言わないが……唯でさえ女顔なのに女の格好なんかしやがって、この変態!とかカマ野郎!とか罵られるのは目に見えている。友人であるランスの言葉に辞退を示し、僕は料理を皿に装い始める。しかし、流石にランスの料理は美味。暫く見ない内に料理の腕を上げている。まず味は勿論のこと、見た目も良い。


(それに比べて、彼の料理のなんと貧相なこと!まるで彼の人間性のようですね!)


 豪快で大味な料理。それから庶民的な家庭臭さのある料理。彼は辺境地の生まれですし、貴族とはいえ片田舎出身じゃ、こんなものかもしれませんね。都で暮らすことも出来ず、カルディアなんて砦に住まっていたから上品さも洗練されることがなかったというわけです。


 「しかし、よくあんな野蛮な男の料理が食べられますね、ちゃんと手を洗って調理しているかも怪しいものです」

 「流石はトリシュ兄さん、相変わらず頭も性格も悪いんですね。尊敬してしまいますよ」


 胡弓弾きのキールは、セレスタイン卿の料理が気に入ったようだ。妹のコルチェットはランスの料理に向かっていって、弟のカミュルも此方。男ばかりの票が入るとは、悲しい男だなぁ彼は。兵士の大半は女なんだから、女性票が入らなければ負けは濃厚なのに。そんなんだから彼は女っ気が無いんですよ。確実に僕の方が女性から言い寄られたことが多いですね、断言できます。


(……あれ?)


 粗探しをするために、皿に装った料理。口に入れてみると、不味くはない。いや、むしろ美味しい部類に入る。いや、そんなはずがあるまい!再び料理に向かって歩き出し……先客のアルドール様に声を掛けられる。


「これは甲乙付けがたいな……好みで評価が分かれる感じ?あれ、どうしたのトリシュ?」


 彼の深い色の目を見ていると、自然と心が落ち着く。そこに映し出される自分の中に、何かが隠れているようで、自分でも意外な言葉が飛び出して来る。


「この味付け……僕はこれを知っている?だけど僕は……あれは、誰?」


 僕の言葉にアルドール様も驚かれて、さささと僕から離れ出す。どうしたのだろうか?振り返ったところには胡弓弾きのキールとカミュル。


 「トリシュ兄さん、邪魔です。退いてください。退かないなら或いは死んでくれても良いんですよ」


 相変わらずこの胡弓弾き兄は、僕に対して陰湿だ。その度合いが増しているのはきっと、陰湿な男の料理を食べたからに違いない。


 「ふん、そんな料理の何処が良いんです?」

 「何処か懐かしい味……可哀想な人ですねトリシュ兄さん。貴方は生まれが良いから、実の両親の手料理なんて物を知らない。料理人の作った料理しか知らないから、この料理の良さが解らないんです」


 キールの後ろでうんうんと頷くカミュルが僕に向かってぼそっと「死ねばいいのに」と呟いている。性格が悪いのはお前の弟の方じゃないか!


 「な、……っ!?何ですかその物言いはっ!!」

 「父を思わせる豪快な男の料理、そして……決して上品ではありませんが、母を思わせる愛情と心配りが行き届いた料理。一口サイズに丁寧に切り分けられた野菜、肉。魚はきちんと骨を取り除き、食べる人のことをよく考えてあります」

 「こっちが姉さんの料理、あっちがキール兄さんの料理」


 男っぽい料理を指差して姉さん、お袋料理に兄さんと言うカミュルには、キールも顔を赤くし止めに行く。


 「しーっ!恥ずかしいこと言わないで、カミュル!」

 「よく分かりませんが、あなた方の姉さんという人は余程がさつな人だったんですね」


 なるほど、死んだ姉とやらのがさつさに、セレスタイン卿がダブって見えたのか。だからこのシスコン共はあの男贔屓になったと。本当にあの男、男ばかりに人気ですね。ははは!いい気味です!


(いい、気味……?)


 嫌いな人間の不幸を嘲笑ってみるも、何か咽に小骨が引っかかるような違和感。骨はそのまま胸へと落ちて、ちくちくと妙な痛みを発し出す。


 「ディー姉さんを馬鹿にするな!それ以上言うなら決闘を申し込むっ!」

 「良いでしょう、いい加減目障りなんですよ」

 「まぁまぁ、二人とも。折角一緒に戦うことになったんだから、喧嘩は止めよう。どうしてもって言うなら……お前達も参加しないか?」


 僕を睨んだキール。その場の空気が緊迫していく。それを穏やかな笑みで打ち破ったのはランス。


 「何をして居るんだ君は」


 思わず素の声が出てしまった。何時の間にこの男は変装なんかしてきたのだろう?顔の良いランスのことだ。綺麗だし女装は違和感なく似合っているが、流石にそろそろ身長的に厳しいだろう。


 「ははは、やっぱり俺だってすぐに解った?」

 「解るも何も、王都の祭りで毎年見てたじゃないか」

 「それもそうだ。やはりユーカーのようにはいかないか」

 「セレスタイン卿が何か?」


 心底嫌そうな顔をした僕を見て、ランスが曖昧に微笑む。


 「まぁ、二人とも喧嘩するならどうせだし、変装コンテストに参加しないか?親睦も兼ねて平和的に白黒付けるのも有りじゃないかな」

 「下らない、こんな事で決着を付けて何が楽しいんですか?」

 「私も彼に同感です」

 「い、いいえ!トリシュ様っ!キール君っ!お二人ともきっと良く似合うと思うんです!それに騎士様や楽師の皆さんが、ノリの良い方だと兵達に知って貰うのは、これから共に戦う上で、打ち解けるためにも必要なのでは!?」


 ジャンヌ様が目を輝かせていらっしゃる。これは危険だ。何か本能的に退避しなければならないような気がする。


 「おっと、いけない!そろそろ叔父さんに食事を届けないとっ!」

 「そ、それは僕の役目ですっ!」

 「白くてきめ細かい肌……混血の子ってどうしてみんな、こんなに可愛いんでしょう!天の御使い様みたいっ!もう、庇護欲が半端ありませんっ!」

 「ち、ちょっと!何なんですか貴女はっ!や、止めて下さい!」


 ペタペタとキールの頬を触って、うっとりするジャンヌ様。暴走しておられる。何が怖いって、その背後でとんでもない殺気を纏うランスが怖い。あの男がセレスタイン卿以外のことでこんな殺気を纏うなんて、明日は槍でも降るのだろうか?

 かと思えば、暴走するジャンヌ様を見つめて嬉しそうな顔をしてみたり。この様子から察するに、ランスは彼女に気があるようだ。いや、そんなことを思い返さなくても、確かそういう記憶は僕にはある。あるにはあるが、いつ頃、どんな風にかを思い出そうとすると、頭痛が始まる。どうやらその出来事は、僕の記憶の不備と並行して行われた物事のようなのだ。


 「ランス様!ランス様はトリシュ様の着替えの手伝いをお願いしますね!」

 「は、離して下さい!」


 キールは、押しの強いお姉さんに弱いのか。さっさと逃げ出した弟妹らは助けにも来ず、向こうのテーブルでお代わりを貪り始めている。キールのカードはまだ解らないが、ジャンヌ様に押し負けている以上、コートカードでは無いだろう。そのままずるずると引き摺られていき、控え室に連れ込まれていた。


 「トリシュ、俺達は友達だよな?」


 ジャンヌ様を見送って、にこりと貼り付けたような笑みで振り向くランス。ジャンヌ様からのお願い事は断れないとか、そんな理由で僕にまで女装を強要するか君は!友達甲斐のない男だな!


 「協力してあげたいのは山々ですが、僕はあの男の前でだけは女装なんかしたくありません!」


 この苦境を共に分かち合ってくれ、さぁ!と迫るランスから距離を置き、僕はじりじり後退。それに何だか都合の良い時だけ友達扱いされているようで、急にむかっ腹が立つ。この男が一度だって、セレスタイン卿より僕を優先してくれたことがあっただろうか?僕はランスの中の友人格付けであの男に劣っているのだ。それだけでも我慢ならないのに。


 「大丈夫だよトリシュ、ユーカーはそんなことで人を馬鹿にしない。自分があれだけやっといて、非難出来るような厚顔無恥さは流石にないさ」

 「それでも嫌な物は嫌です!失礼っ!叔父さんの所に行かなければっ!」

 「っち!逃がすかっ!」


 ランスはすぐさま愛馬を召喚。何だこの既視感。何処かで……ああ、第一聖教会でだ。北部に旅に出る前に。あの男、以前は口笛で呼んだのに、今度は数術で召喚か!?下らないことにあんな大技使ってどうする!?っていうか何時の間にあんな技覚えた!?あれって空間転移の一派だろう!?ハイレベルの高等数式じゃないか。


(なんて感心してる場合じゃない!)


 あの男、ああなったら最後、地獄の淵まで追って来るぞ。あの時追われたのは僕ではないが、それだけは何だか解る。


(くそっ!)


 僕も数術を使って煙に巻くか?だけど、僕の幸福値をこんな馬鹿げたことには使いたくない。物陰に身を隠し、様子を窺う僕の耳元に、吹きかけられる息。ぞぞぞと鳥肌が立ち、悲鳴を上げそうになった口を、両手で押さえ抑え込む。


(や!お困りのようだねトリシュ君)

(師匠っ!こんな暗がりの物陰で一体何をなさっていたんですか?)


 振り返れば、僕のすぐ傍にあのランスの父親、アロンダイト卿ヴァンウィック。あれ……?どうして僕は彼を師匠だなんて呼んでいたんだろう。解らないが口から吐いて出た。


(この場は私が何とかしよう。あのカミュル君辺りを生贄にすればランスも君を諦めるだろう。その辺私が上手くやるから、君は上へと逃れるが良い。流石に作戦を練っておられる教皇聖下の近くまで、あの馬鹿は追わないはずだ)

(そうか、腐っても仕事人間!あの男なら一理ありますね!ありがとうございます!)


 奴から逃れるためなら藁でも縋る。僕は師匠がランスの方に向かっていくのを見送って、上の階へと避難した。


(折角だし、シール叔父さんの所に顔を出そうか)


 久々にゆっくり話をしてみたい。会話になるかは解らないけど……誰かと約束をした気がするんだ。僕の竪琴と叔父さん……養父さん、キール達のヴァイオリンで、曲を奏でる約束を。


 「叔父さん、起きてますか?」

 「トリシュか」


 ノックした扉の内から声はする。僕を確認し、躊躇うような沈黙後、内側から鍵が外された。


 「食事をお持ちしましたが、食べられますか?」

 「食べさせる気が無いのだろう。こんな堅そうなパンだけとは老人いびりか」

 「いや、他にもスープとかあったんですけど……」


 皿の上に残っているのはパン類だけ。というのも言わずもがな、ランスに追われて逃げる際、ぶちまけてしまったのだ。服にも染みが出来ている。


 「……冗談だ。最近お前は帰省せんかったからな。反抗期と言う奴か、嫌われたのだと思っていたのだ」


 拗ねていただけだと笑う叔父は、昔みたいに優しい笑み。僕が蟠りを解けば、昔のように家族に戻れる。僕はこの人を父さんと呼んでも……許される。


(でも……)


 まだ駄目だ。この人が僕の本当の父さんを殺したのは本当だ。この人がそれを忘れても、その事実は変わらない。僕は僕が幸せになりたいがために、そのことから目を背けて良いのだろうか?それともそれこそがこの人のため?


 「父さん……久しぶりに僕にもヴァイオリンを教えてくれませんか?」

 「はっはっは!何年ヴァイオリンから離れた?楽器はそんなに易くはないぞ。お前は琴でも奏でてみよ」


 どの程度上達したか聞いてやると彼は笑った。僕が父さんと呼んだことに、気をよくしたのだろうな。


 「はい……では」


 ポロンポロンと一曲奏でたところで、叔父さんは難しい顔つきで僕を見た。


 「トリシュ……曲に迷いが出て居るぞ」

 「迷い、ですか?」

 「曲は捧げる相手があって初めて響き合う。宛のない曲など中身も無い凡作以下の駄作に過ぎぬ。お前は都で一体何をして来たのだ。演奏技術だけ上がっても、何の意味もない」


 恋の一つもして来いと溢した叔父は、自分の言葉がツボに嵌って笑い転げた。愛想笑いも浮かべられない僕を見て、彼は深刻そうな目を向ける。


 「あの娘は、お前の恋人ではないのか?」

 「あの娘……?」

 「お前がイズーと呼んだ娘だ」

 「イズー……?」


 妙に懐かしい響き。それもそのはず。僕の大事な本の中に出てくる、女性の名前がそれだ。胡弓弾き達と和解できたのはその娘のお陰だと、叔父は嬉しそうに頷いている。


 「何処に行ってしまったのかのぅ。儂もまた会いたいと思っていたのだが、儂が手を出すとでも思っているのか?まったく、偏狭な息子を持つと苦労する」

 「いや、あの……」

 「曲に色艶がない。駆け落ちまでしておきながら、まだ手を出していないと見える。痴れ者が!そんな奥手でどうする!?その内に他の男に奪われたらどうするのだ!」


 経験者は何とやら。その辺呆けていても叔父の言葉は説得力がある。でも駆け落ちって?父さんと母さん?え?僕が、誰かと?


 「忙しくて見てなどいなかったが、この領地にもこんな物が届いておったぞ」


 叔父から手渡されたはがきには、確かに僕と一人の乙女……二人が馬に跨り逃避行を図る姿が描かれている。


 「イズー……この人が、僕の」


 ズキズキと頭が痛む。この写真を見ていられない。それでも再び見たくなる。それを繰り返せば、本格的に頭が痛くなってきた。これ以上頭痛が続くと目の裏まで痛んで来そう。

 僕はそのはがきを借りて、今日はもう休むことにした。早く寝室まで帰ろう。いや、でも一応ランスを警戒して空き室に。確かこの辺りの部屋は余っていたはずと、空き部屋を探すため、扉を一部屋一部屋試していくが、なかなか見つからない。通路の突きあたり近くまで来たところ、何者かの影が映る。一瞬幽霊かと思って脅えたが、良く見ればそれは若い娘の物のよう。窓に映る彼女の横顔は、悲しみに暮れていて、見ているこちらの胸が張り裂けそうになる。


「其方のお嬢さん、お加減でも悪いのですか?」

「……!」


 放っておけずに近付くと、驚いたらしい彼女がこちらを振り返る。


(あ……)


 たった今、写真で見た少女にそっくりだ。薄暗いが解る、綺麗な金髪。薄い色素の目。写真では隻眼で短髪だったけど、今は両目が見えて髪も長い。それでもそれが彼女だと解る。


 「イズー……?」


 口から飛び出た言葉に、彼女がびくりと肩を震わせる。すぐにその子は僕を恐れるように後ずさる。


 「まっ、待って!逃げないでください!」


 その子は女の子の割りに足が速い。彼女が逃げ込んだ部屋に僕も飛び込めば、そこは部屋の中じゃない。


 「え……?」


 どういうこと?ここは確か会議室だったはずなのに、何処からどう見てもここは屋外だ。


(どこか、だって?)


 路地裏とは言え見覚えのある街並み。僕はここを知っている。


 「ここ、ローザクアじゃなむぐっ!」


 大声を出した僕の口を拳で塞ぐその少女。可憐な外見に似合わずなかなか凶暴だ。


(な、何をするんですか!?)

(いいから黙れっ!もう仕方ねぇからお前は黙れっ!)


 僕のすぐ近くで聞こえる囁き。聞き覚えのあるその声に、僕は再び大声を上げかけ彼女に……彼に殴られた。


(せ、セレスタイン卿!?)

(だったら悪いか)


 今度は一回蹴られたが、嫌だと感じない自分が何だか嫌だ。どうして僕はこんな男に足蹴にされているのに、それを屈辱だと思わないんだ?いつもの嫌味も出て来ない。おかしい。こんな僕は何かがおかしい。おかしいと言えばこの動悸息切れ目眩は何だ。


(い、いえ……い、いや……その、毎年女装祭から逃げていたのは、そう言うわけだったんですね)


 まさかこんな男に変装の才があったなんて思わなかった。意外過ぎて、驚いている。驚きのあまり僕の調子も狂い出す。


(い、良いと思います!凄くっ!)


 僕は何を言っているんだ。自分で自分が解らない。それでもフォローをせずにはいられなかった。だけど彼も「お前何言ってんの?」といつものように嫌そうな顔。


(お前、悪趣味だ)


 それでもそう吐き捨てる声は、いつもより僅かに柔らかい。そう思うのは僕の気の所為?


(待って!)


 僕に背を向けた彼の服を引く。バランスを崩して倒れかけた彼が、僕をキッと睨み付けた。


(急に引っ張んな!転けるところだったじゃねぇか!)

(あ、すみません……でも、あの……その、もしかして、貴方にはお姉さんか妹さんでもいらっしゃいませんか?それも今の貴方にそっくりな!)

(は……?)


 今度こそこいつは何を言っているんだと彼は僕を呆れ見る。


(こ、これを見てください!これは今の貴方によく似た女性!貴方の身内の方ではないのですか!?)

(いや、確かに実家には姉が居るが)

(セレスタイン卿っ!僕と貴方の仲じゃありませんか!彼女をどうか、僕に紹介してくださいっ!)

(……はぁ?俺とお前の仲って何だよ)


 友人の友人。犬猿の仲である同僚。どちらにせよ好ましい間柄ではない。それは僕も熟知している!それでも一目惚れなんだ!彼女にもう一度会いたいんだ!失った記憶の分も、新しく……!


(これまで貴方に酷い対応をしてきたのは謝ります!安全な場所に行ったら土下座でもしますっ!ですから何卒、彼女との仲介をっ!!)


 がしっと彼の両手を握りしめ、僕は僕の熱意を伝える。


(駄目、ですか?)


 目を逸らした彼の、こめかみがぴくぴくと震えている。変な方向に釣り上げられた口の端も、同様だ。怒っている?いや、それだけでもない。とんでもなく困っているような……


(貴方がご実家と疎遠なのも知っています!ですが僕に出来ることなら何でもしますから!どうかっ!お姉様と僕との恋の仲立ちをっ!!この通りっ!)


 *


 どうしたもんか。ユーカーはそればかりを考える。

 今日はそればかり考えていたような気もするが、その一位二位を争う勢いで今は考えていた。俺としたことが、あのクソ神子改めクソ教皇にまんまと乗せられた。


(写真の女が、俺の姉貴だって?)


 記憶の不備があるのだ。仕方ないとはいえ、何だこれ。折角俺が恥辱を飲んで正体明かしてやったってのに、トリシュの阿呆も何だって、ぶっとんだ答えに行き着くんだ。さてはこいつをセレスタイン領行きの道連れにするために、わざと俺をいたぶりやがったなあの女!俺が廊下に逃げ出すのも、また会議室に逃げ込むのもあいつの計算の内っ!そこで空間転移させたのだ。しかもブランシュ領まであの暑中見舞いをバラ撒きやがるとは!


(しかし……パー坊を取り戻すため……親父を説得するため、こいつの力は必要か?)


 城に忍び込むには、都貴族と縁のあるトリシュが居るのは心強い。親父の協力要請も、こいつの間違った熱意を利用すれば追い風にもなるか?こんなんでもトリシュは南部ではランスに次いで有名な騎士。

 この男を再び利用するのは気が引けると気に病んだ俺が馬鹿だった。こんな勘違いをかます男のために、どうして俺が気に病まねぇといけないんだくそっ!こんな男より、今はパー坊の方が大切だ。ああ、そうだとも!


 「俺はこれからパー坊取り戻しに行く。これはそのための変装だ。エフェトス、だったか?居るんだろ?出て来い」


 イグニスが貸し出すと行っていたカードを思い出し、俺は声を発した。城に忍び込むもう一つの方法。神子と同じ力が使えるのなら、トリシュなんかの力を借りないでも城に忍び込めるはず。こいつはここに捨て置こう。


 「……」


 俺の声に、物陰から姿を現す混血少年。青髪のそいつはとことこと俺の方へと歩み寄り、虚無の瞳でじっと俺を見上げてくる。


 「お父、さん?」

 「……おう。こんな格好で悪いな」


 パー坊にしてやるように、なるべく怖がらせないよう俺は笑った。腰をかがめて頭を優しく撫でてやれば、エフェトスは無表情からぱぁあと明るい笑みになる。その直後に、エフェトスは、人が変わったように嫌味な笑みを浮かべた。


 「ふぅ……ご苦労様ですセレスタイン卿」

 「クソ神子か」


 ランスから聞いてはいた。この少年の問いかけ。それに応じることは一種の合言葉。条件を満たす必要はあるようだが、それにより被憑依数術が展開するらしいとのこと。俺達の元を去った時は既にあの虚ろな目だった。その前はイグニスを演じていた。その後イグニスに肯定されることで、トリシュに切り替わったらしい。試してみたが正解だった。


 「さて、トリシュ様。貴方の提案も魅力的ではありますが、都貴族が僕らを売らないとは限らない。本当に信用できる方はいらっしゃいますか?」

 「そ、それは……」

 「それが難しいのなら、やはり僕の数術で忍び込むのが一番でしょう」


 金と権力のためならば、味方にも敵にもなるのが都貴族だとイグニス(に乗り移られたエフェトス)は言う。万が一、裏切らない貴族の力を頼れても、これから都を取り戻した際に良く取り計らってくれと付け入られる隙を作る。それは宜しくないと言う教皇の言葉はもっともだ。


 「それではイグニス様、私は何を……?」

 「トリシュ様は、ローザクアでかなりの人気がありましたね?」

 「え、ええ……まぁ、それなりには」

 「この都では我々、特にアルドールの評判が地に落ちた。彼を偽の王だと信じている者も多いでしょう。そこで貴方は吟遊詩人を演じ、北での我々の活躍を都で広めて欲しいのです。勿論僕も部下に頑張らせていますが、決め手に欠けます。情報操作も大事ですが、もっと人の心に訴えかける方法が必要だと思いました。それで貴方にやって貰いたいのです」


 これはその衣装ですと、教皇がトリシュに手渡すは……旅芸人らしい粗末な代物。如何に顔は小綺麗なトリシュでも、地味なマントと帽子を被れば……元が立派な騎士には見えない。


 「しかしイグニス様、私は作詞は苦手で……評判はあまり良くありません」

 「歌詞は用意してきました。これです」


 教皇がトリシュに手渡した紙には、歌詞とおぼしき文字の羅列。しかしそれがこの女のイメージとはあまりにかけ離れている。 


 「これは……ジャンヌ様の、歌ですか?」

 「これ、お前が書いたのかよ」


 この女が机に向かって作詞をしている様を思い浮かべて吹き出す俺に、神子はさっと回り込み、容赦なく膝の裏を蹴って来た。


 「煩いですね、僕じゃありません!僕の部下の一人にやらせました!」

 「じゃあ何で蹴るんだよ!?」

 「何だか苛ついたんですよ!」

 「つか、こんなん歌って大丈夫なのか?」

 「おや、トリシュ様が心配ですか?」


 ようやく蹴りを止めたかと思えば、教皇は皮肉を言ってくる。


 「歌詞はカーネフェル語です。それも北部の訛りを入れました。都の人間でも辛うじて解るレベルの高等技術、それがタロック人なんかに詳細を理解できるとお思いで?万が一捕まったとしても、そうなる前にこの都を解放出来れば問題はありませんとも」


 確かにタロック陣営に、カーネフェル人は居ない。ならばその意味を理解できる人間はいないか。


 「けどよ、タロックに与した都貴族がそれを不快に思えば」

 「ええ。良いあぶり出しになりますね、売国奴共の」

 「お前なぁ……」

 「やっていただけますよねトリシュ様。この仕事が上手く行った暁には、実は隠れシスコンであるセレスタイン卿秘蔵のイズー様アルバムを貴方に横流しさせますよ。ちなみに袋とじも吃驚!お宝ショットも満載のむふふな仕上がりです」

 「やりますっ!」

 「即答すんなっ!」


 思わずトリシュをどついたところで、奴が不可解な目で俺を見る。


 「何故貴方が僕を殴るんですか?」

 「何となくだっ!」


 俺の言葉に、やはり隠れシスコンかと理解を示すような視線は止めろお前ら。クソ神子、お前は事情に通じてるどころかお前が仕組んだことなのに、そういう反応マジで止めろ。俺だけ馬鹿みたいな扱いするんじゃねぇ。


(……しかし、となるとセレスタイン領までトリシュは連れて行かないってことか)


 イグニスの野郎、俺の姉貴に実際会わせればあれが嘘だとトリシュにバレるから誤魔化すつもりだな。領地から連れてきた俺の姉貴って設定で、また俺に変装させるつもりなんだろ、クソが!


(ていうか何で俺、こんなにあんな女の企み理解してんだ)


 その企みを知ってて共謀しているみたいで気分が悪い。憎々しげに奴を睨んで、それでも正確には身体はエフェトスっていう無関係の人間だと思うと、俺が大人げないことをしている風に感じてしまう。人の良心抉るような、小狡い手を使いやがって。俺は北部にいるであろう、神子本体を睨み付けるべく夜空を睨んだ。


 「では、トリシュ=ブランシュ!行って参ります!」

 「あ、トリシュ様。呉々も偽名でシュトリとかシュブランとかは止めて下さいね、古典的で一発でバレますから」

 「解りました。ではタントリスとでも名乗ります」

 「トリシュ様、それならせめてトリスタンとかスタンリーとかにしませんか?」


 何でだろう。余計に一発でバレそうな気がするのは。でも突っ込んだら負けな気がする。どうなっても俺は知らないからな。俺は関与してねぇからな。この後の展開の責任は一切負わないからな!それでも良いんだな!?くそっ!

 宙に足が付かないようなあの浮つきっぷり。闇夜を颯爽と走り去るトリシュが心配だ。主に頭の中が。


 「大丈夫かよ、あいつ」

 「まぁ、彼の使い道とかはあの位しかありませんからね」


 居なくなったら掌返したように毒吐くな、この女。


 「何のために配置したのかよく分からない、事態を引っかき回す役も必要でしょう。彼方が目立てば此方や北部の動きも多少は隠せます」

 「計算の中に、進んで狂いを投じるか」

 「ええ。その位の方が良いんですよ。正確に読める奴ほど戸惑うでしょうし」


 トリシュが見えなくなったところで、イグニスはくるりと背を向けた。色々言いたいことはあるが、今は時間がない。悔しいが後回しだ。


 「では急ぎましょう。まだ大きな仕事が二つも残っていますよ」

 「城の中には数術で?」

 「ええ。僕の読みではそろそろ大きな数術反応がある。そこで同時に飛び込めば、あの程度の数術使いなら情報探知もまず無理です。来ました、行きますよ!」

 「早ぇえよ馬鹿っ!」


 急激な数術展開に生じた耳鳴りに、俺は耳を塞いで蹲る。ぎゅっと瞑った目を開けば……久しぶりの城内だ。懐かしい空気。昔を思い出してる場合じゃないが、感傷的な気分にもなる……予定だったのだが、そこまで懐かしさを覚えない。


(ていうか、ここ何処だ?)


 全く記憶にない。ここは薄暗く、狭いし埃っぽい。視界はかなり低位置で、そこから得られる情報は僅か。俺のすぐ傍で、あの女が小さく笑う気配があった。ああ、どうせまたろくなことじゃないだろう。数術の使えない俺でも、それくらいの予想は付いた。

意味は「アテネにフクロウを運ぶ」なんだとか。

意味のないこと、無駄なことをするって意味みたいですね。


今回の話では大体トリシュのこと。迷走してますね、彼。

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