49:Aegrescit medendo.
(どうしよう……)
ユーカーを怒らせてしまった。唯一話が出来そうなのが彼だったのに。廊下に出たアルドールは、深い溜息を吐いていた。こういう時に相談できる相手が居ないなんて。今更それを痛感する。
いつもはそれがイグニスだった。それ以外はルクリース。だけど彼女はもういない。イグニスにだって頼れない。
(別に嫌いになったわけじゃない。それでも……)
それでも俺は、俺の力不足のために教えて貰えないことがあるのが嫌だし、俺が知らない所で誰かが犠牲になるのが嫌なんだ。王として責任を背負うのならば、隠されず誤魔化されずに全てを知っておきたい。それって俺の我が儘なんだろうか?
(それに。ヴァンウィックは、どうして……)
俺には無数の傷がある。肌をあまり露出させられないのは、トリオンフィ家での虐待による傷跡が残っているからだ。
彼はどうして俺の傷を知っていたんだ?着替えの時は見られていない。旅の仲間達にだって、これまで機会を逃して言えて来なかった。俺は相手の事情に深入りする癖に、自分のことを話して来なかった。信用なんて、して貰えるわけがないんだ。ユーカーが俺を嫌うのも解るよ。話す機会を逃した、だって?それだって言い逃れだよな。
俺はみんなが自分に興味を持ってくれていないのを知っている。誰にだって優先事項はある。例えばトリシュならセレスちゃん、ユーカーならランス。だからその一番についてを常に話題にしていれば、俺は話題の中心から外れる。聞かれたくないことを聞かれずに済む。そうやって相手のことを立てるだけなら、少なくとも嫌われはしないと思った。
イグニスには多分気付かれてたんだと思う。彼女は混血の数術使いだから、目に見えないことも情報として知れるはず。
それでも俺が言わなかったのは、俺の傷を……ギメルとイグニスに負い目として背負わせたくなかったから。イグニスが昔、俺なんかと出会わなければ良かった……そう言ったように、俺の傷だって養母さんの折檻だって、二人と出会わなければここまで酷い物にはならなかった。俺がそう思っているんじゃないかって、思わせてしまうこと自体を俺は避けたかった。イグニスにこれを話せないとなると、身の回りの世話をしてくれたルクリース……彼女になら話す機会もあっただろうに、俺はそれも出来なかった。ルクリースとフローリプが仲良くなったことでそれは余計に。ルクリースの正体を知った今では、話さずにいて正解だったとさえ思う。メイドの手も借りずに入浴する俺の態度から、彼女は薄々感づいてはいただろうけど、それでも聞かずにいてくれた。俺が言うまで気付かぬふりをしてくれた。彼女の優しさに俺は甘えていた。
だけど実際それを言葉にすれば、それは彼女とトリオンフィ家の溝をもっと深めたことだろう。そうなればルクリースはフローリプを嫌ったはずだ。フローリプは養母さんの俺への折檻も、地下室の存在も知っていたんだから。それを考えるなら、仮にルクリースがここにいてくれたって、俺は彼女に打ち明けられはしなかった。そうなると、消去法で俺が頼れるのはやっぱり……ユーカー。
(俺って、嫌な奴)
彼の事情に深入りして、心を許されたつもりになってた。そうじゃないよね。そう言う俺がユーカーは煩わしかったんだよ。どうやったら人から好かれる人間になれるのか解らない。俺は俺のためだったかも知れないけど、彼の力になりたいのは本当なのに。いつも助けて貰っているから、俺が助けたかったのも事実なのに。
人に嫌われるってやっぱり凹む。現実的に考えて、誰からも好かれる人間なんていないんだし、嫌われるのは仕方ない。それは解る。俺はランスみたいに格好良くもないし、イグニスみたいに可愛くないし、普通顔だし……そうなると内面で好きになって貰うしかない。その内面すら駄目駄目なんだから、お手上げだ。嫌われて当然だ。
(でも、面と向かって嫌いって言われると流石に俺でもなんだか凹むよ)
涙を誤魔化すために視線を天井に向ける。そのまま食事には戻れない。どうしたものかとそのまま食堂を通り過ぎようとした。その時、食堂から出て来た人にぶつかってしまう。俺が謝るその前に、その人が俺に謝罪する。その声は何処かで……
「失礼っ……あ、アルドール様?」
「え?」
見上げれば、見惚れるような金髪美人。すぐにそれがランスと気付き、俺は左右を見回した。傍にジャンヌが居たら大変だ!こんな精神的に参ってる時に彼女のあのテンションにはついていけない。
狼狽える俺にランスは小さく微笑んで、大丈夫ですと頷いた。彼に言われるとどうしてか、見ている此方が安心してしまう。
「ご心配なく。ジャンヌ様には、アルドール様はお加減が優れないと言うことで退室をと伝えておきました」
やっぱりあの時からバレてたんだな。ユーカーとのやりとりが彼には茶番に映っただろう。でも助かったのは事実だ。お礼を言わないと。
「あ、ありがとう」
グッジョブランス!言いたかったけど、彼とはまだそこまでフランクに話せる気がしない。固まりつつも俺は彼に礼を言う。そんな俺の様子をランスはじっと凝視する。
「ど、どうかした?」
「少し風に当たりませんか?」
「え、コンテストは?」
「あいつがいないんじゃ俺の不戦勝とのことで、参加は取り止めました」
「あ、ああ」
見ていないのに、その情景が目に浮かぶようだ。確かに軍のお姉さん達はイケメンのランスの女装に黄色い悲鳴で票入れてそう。それで催し物は満場一致で終わってしまうだろう。
「まもなく男装部門とのことで、ジャンヌ様も多忙の様子でしたよ」
「そっか」
バルコニーに出るや、おもむろにウィッグを外して暑がるランス。夜風に彼も涼みたかったのだろう。彼はそこそこ長身だから、長いウィッグを外すとあんまり女装っぽくはもう見えない。それでも見た目は良いからまだ小綺麗な格好が似合っているような、ちょっと不揃いなような何とも微妙な感じだ。それがおかしくて少し笑ってしまった俺を見て、ランスも何だか満足そう。身体張った甲斐がありましたと言わんばかりのその表情がなんだか可愛い。年上の男捕まえて俺は一体何を言っているんだろうなと思うんだけど、実際こういう顔をする時のランスって妙に子供っぽいんだ。精神年齢が低いわけではないのに不思議だな。世俗に染まっていないって言うんだろうか?
「それで、何事かお悩みですか?」
「うん……俺またユーカーに嫌われちゃって」
「あいつが、ですか?」
意外なことを聞いたと言った表情で、ランスが軽く目を見開いた。
「お言葉ですがアルドール様。あいつが本当に嫌うなら、彼と彼の実家のことを思い出してください。あいつは徹底的に嫌なこと嫌いなことからは避けて逃げる男です。面と向かって嫌われるくらいなら嫌われてはいませんよ」
少なくとも関心は持たれていると教えられるも、ぬか喜びは出来そうもない。
「それはあれだよ。俺のじゃなくてユーカーの美徳だから。ユーカーはなんだかんだ言ってお人好しで優しいから、一旦関わった人間をどうでもいいって思えないだけだって」
「そ、そんなことは……」
ランスも否定できずに口籠もる。多分そう言うことなんだ。気まずい空気が嫌になり、俺は作り笑顔で話題を変えた。
「そう言えばさランス。どうして俺が俺だって解ったの?そんなに俺の変装分かり易い?」
「それは、数値の感じがアルドール様らしかったので」
「ああ、そっか。ランスも優秀な数術使いだったもんな」
「いえ、俺はイグニス様の足元にも及びません。純血の割りには、と言う程度です」
「それでも人の数値が解るんだろ?十分凄いよ、俺そういう情報探査は全然だから」
流石ランスと褒めてみて、思い出したことがある。
(そういえば……)
数日前、この城で戦ったとき。俺の怪我を治してくれたのって……もしかしなくてもランスだよね?ユーカーが怒ってたのってそれもあるのかも。それでランスの寿命が削られてたら苛々するのも解るよ!俺全然解ってなかった!最低だ!
「あ、あのさランス!!」
「はい」
「お、俺のこと治してくれたよね!?ランスは大丈夫!?」
じっと彼を見つめて見るも、俺には数値がそこまではっきりとは見えない。正確性も解らないし、どれが何を意味するのかだって多くは解っていない。唯何となく、直感であれがあれじゃないかとか、切羽詰まったときは感じ取りやすくなるだけ。フローリプやルクリースが死んだときは、全部が零に変わっていくから知りたくないことが解っただけ。
取り乱した俺に、ランスはバツが悪そうに視線を逸らした後、首に下げられた何かを見せる。
「申し訳ありませんアルドール様」
「あ、それって」
水入り水晶の首飾り。俺がランスから借りたはずの触媒だ。色々あって今の今まで忘れていたが、確かに俺が借りた物。見当たらないなとは思ったけど、ランスが持っていたのか。
「よ、良かった。俺無くしたのかと」
「治療の際に返していただきました。これを持っていれば幸福値の消費も大分軽減されるようです」
「そっか。それならランスが持ってた方が良いよ。俺なんかより凄い数術一杯使えるんだから。それに俺と水の触媒じゃ、相性あんまり良くないかもだし」
「はい、ありがとうございます」
そこで一旦会話が途切れる。気まずい。ランスとも少しは打ち解けたと思ったのに、この間が辛い。例えるなら再婚相手の連れ子と二人っきりにされた養父の気分だ。親になったことも再婚したことも、そもそもまだ結婚式すら挙げてないけど不意にそんな例えが浮かんだ。
「あ、あのさ……ランス」
「はい」
ヴァンウィックのこと、実の息子であるランスに聞くのは気が引ける。だけどランスも数術使い。イグニスみたいに触れただけで何もかも曝く力はないだろうけど、それでも俺の不穏な感情数くらいは気付いている。だから彼は待って居るんだ。俺が残りの悩みを打ち明けるのを。
「ランスは回復する時、何処まで見た?」
虐待の傷は治されていなかった。知らなかったのか、手遅れだったのか、手が及ばなかったのか、治す価値もなかったのか、そのどれか。それでも聞いておくべきだろう。
「何処まで、とは?」
「い、いや下着とか見た?とか聞いてるんじゃなくて」
「お、俺は父さんとは違いますっ!気を失った主を脱がせるなどお、恐れ多い!緊急事態でも無いのにそこまでは……」
「あ、そんなに俺の怪我大したことなかったもんね、ははは」
しまった。ランスはヴァンウィックが嫌いだった。墓穴掘ったな俺。余計気まずいよ。
(仕方ない……)
ランスをもっと信頼してやれ。ユーカーはそう言っていた。俺としては十分そのつもりなんだけど、俺はランスを怖がったり見惚れたり、緊張してばかり居る。彼と俺は親しい相手として打ち解けられてはいないのだ。頼っていることを分かり易く伝えるためには、俺がユーカーに頼もうと思っていたこと、話そうと思っていたことを彼に話してみよう。人には言えない秘密の共有って、信頼の証らしくはあるもんね。
「あのさ、ランス……今まで黙っててごめん」
「アルドール様?」
「これからも俺はランスを頼って、回復して貰うことがあると思うんだ。その時に、驚かれても困るから……言っておきたいことと見て欲しい物があるんだけど」
「は、はい。何なりと」
「えっと、じゃあこの手袋……それから袖をまくってくれないかな?」
俺は片手を彼に差し出し、苦笑い。ランスは恭しく膝を折り、それに応える。いや、そんな風に格好付けないでくれていいんですけどね。見ているこっちが恥ずかしい。俺こんな情けない格好だし。それは相手も何だけど、イケメンはイケメン補正が掛かってるから絵面的に問題なく見えるのが狡いよね。
などと変なことを考えている内に、彼の目に傷の一部が映ったようだ。ランスは言葉を失っている。
「ええと、ランスの目にはどう見える?古い情報とか?」
「は、はい……これが二年前、これが半年前……こっちのが五年前、六年前。鞭、針、蝋燭……炎で焼いた跡。戦場も知らない貴方が、こんなに傷付いていたなんて……」
手の傷に触れられる。痛みはないが、震える彼の手がくすぐったい。笑いを堪える俺の傍で、ランスは怒りに震えていた。
「アルドール様……申し訳ありませんっ!!俺はこれまで貴方にお仕えして来たと言うのにっ、人より見えると思い上がっておりました!貴方の手に触れたことはあったのにっ!!こうして貴方の傷に触れるまでっ、俺は貴方の痛みに気付きもしなかったっ!!」
自分が自分で情けないと悔しさに彼は涙ぐむ。そんな大げさなと慌てる俺を彼は制止して、大げさじゃありませんと強く言い放った。
「今すぐ治しますっ!」
「あ、あのさランス!これは良いんだ!」
「良いはずがありません!」
「俺はこういうの、慣れてるから!だからちょっとの怪我なら平気なんだって、そう言いたかったんだよ」
「そんなことなら貴方がそれを隠すことは無かったはず!夏場だというのに貴方が長袖ばかり着ている理由を、俺は考えたこともありませんでした!貴方にそこまで関心を持っていなかったと言っているようではありませんか!!現にそうだったとはいえ、今は違いますっ!臣下として俺は、俺が許せません!」
「ランスっ!」
ピシャリと打つような声で名前を呼んだ。それだけじゃない。それだけで彼の目を覚まさせることが出来るとは思わなかった。だけど彼を打つことなんて出来ないし、その頬に手で触れ此方を向かせてやった。
「アルドール……様?」
「イグニスの真似、なんだけどね」
俺の数術代償は体温。数術を使えば体温が下がる。消えていた近場の燭台に灯を灯し、指先の温度をそれで低くして、冷たい指で彼に触れてみたのだ。柄だけになったトリオンフィはまだ、体温調節の機能だけは働いているようだから、身体から離しておくことも忘れない。
「……ユーカーはさ、右目がそんなに嫌なら目を移植するとか隠す以外にも方法があったんだと思うんだ。でも彼はそうしなかった。確かに数術の力を借りれば、俺の古傷だって治せるのかも知れない。だけど俺も、そういうのは狡いと思うんだ」
俺の言わんとしているところを察そうと、ランスが考え込んでいる。ランスは頭が良いのに、変なところがで鈍いんだなぁ。
「これを見られて怖がられたり可哀想って思われるのが嫌なだけでさ、俺……傷自体は恥ずかしいとはそんなに思わなくなったんだ。シャトランジアから外に出て……色んな人に会って、色々思うところがあって」
みんな過去を持っている。人に話せること、話せないこと。色々ある。それでもその全てを無かったことにしたならば、俺は出会えなかった人もいるだろうし、出会っても全く違うことを感じた人もいるんだろう。もしそうだったら、俺の感じた今は無い。何処にも無くなってしまうんだ。
「俺はこの傷含めてアルドール。そういう風に胸を張れる人間になりたいんだ。そりゃあ無理はするし、出来れば嫌われたくないけどさ。……騙すような嘘まで吐いて、好かれたいとは思わないから」
この傷を消したら、俺が俺じゃなくなってしまうような気がする。そう伝えると、やっとランスは解ってくれたようだった。
「……確かに、あいつはあの目だから……俺のユーカーです」
俺の後に「俺の(知ってる)」が省略されてるんだとは思うんだけど、この人が真顔で言うと何か問題発言に聞こえてしまうから困る。いや、割と真面目な話をやっていた時にこんな考えが浮かぶ俺もどうかしてるんだけどさ。でもこの人達、割と普段が普段だから油断できないって言うか……うん。
「……アルドール様、貴方はとても真っ直ぐな人です」
「ど、どうしたの突然?」
「どうしたら、貴方みたいにやれるんでしょうね」
「……ランス?」
「自分を偽らずに居られる貴方が、俺は少し羨ましい」
この人は何を言っているんだろう。俺なんか、ランスに敵うところなんか一つもないよ。羨ましいなんて言われてもお世辞か嫌味にしか聞こえない。それでもそれを語る彼の目は優しく真剣……そして苦しく、悲し気だ。
そんな目をされると、俺は彼が心配になる。次に俺は俺が心配になる。俺はまた、ランスを傷付けるようなこと、嫌われるようなことを言ってしまったのかと不安になる。
「ありのまま生きる貴方を好く人は、ありのままの貴方を見、貴方に惹かれるだけで良い。それは貴方にとってもその者にとっても幸せなことだと思います」
「……あ、あはは。そういう風に言われると、俺はランスにも嫌われてるみたいでちょっと凹むなぁ」
誤魔化すように笑ったが、彼は笑ってくれなかった。誤魔化しの言葉のはずが、的を射過ぎていたのだろう。ランスの言葉は彼と俺の物じゃない。ランスの反応がそれを裏付けている。俺も彼も幸せじゃない。彼は俺には惹かれていない。俺は彼の主として魅力的な人間、王ではないのだ。
(どうしよう……困った)
とっておきの秘密を共有したって言うのに、彼との溝が益々深まったようにしか思えない。
「アルドール様。俺は貴方を人として気に入っています。王としても俺は貴方に感謝しています。貴方を守ることにもう、なんら躊躇いはありません」
遅すぎる否定の言葉。それでも彼は真摯に自分の心を伝えてくれる。そこに嘘は感じられない。
「むしろ貴方の美徳を知ったからこそ、俺は貴方が羨ましいと思うのです。俺では貴方のようには出来ませんから」
「そんな、……ランスは色々出来るじゃないか!俺に出来ないことだって、全部!俺は貴方を……」
尊敬している、言おうとした言葉が咽に詰まった。俺を見る彼の目が、とても恐ろしかったから。この目は、ランスが山賊達を殺した時と同じ目だ。
「アルドール様。貴方まで、あいつのようにならないで下さい」
「あ……ご、ごめん」
ランスを立派な騎士と神格化してはならない。一人の人間として見てあげなければならない。そうしなければ彼の心に負担を強いる。やっとユーカーがそうではなくなったのに、俺がこの間までのユーカーみたいにランスを仰いだら、それはランスにとって迷惑だ。
騎士の仕事は、守ること。その表裏一体、殺すこと。ランスの栄光は、ランスの罪業だ。それはユーカーとかトリシュも同じだ。誰より光り輝くこの騎士は、誰より血の汚れを知っているのだ。それを知って、一端とは言えこの眼で見ておきながら……尊敬などとは口が裂けても言えるまい。彼の瞳はそう語る。
(そっか)
話すだけでも、駄目なんだ。それで信頼は得られない。
俺のことを知って貰いたい。俺の秘密を打ち明けて……それだけでは重いだけ。彼のことを知り、俺のことを知って貰わなければ意味がない。俺は彼のことを、やっぱり深くは理解していなかった。北部に来て、彼の故郷、彼の家族に会って、知ったつもりになったけど、理解はしていなかったのだ。だからまだ、見えない壁が俺達二人の間を隔てる。
でもどうしたらいいんだ?どうすれば俺はランスとの距離を埋められる?もっと普通に主従らしくなれるんだ?もっと自然に俺が彼を頼れて、彼も自然に胸の内を語ってくれるようになるには。
「でも俺……ランスのこと好きだよ」
騎士としての彼は苦手だ。でも人間として。そうだ、一人の人間としては嫌いじゃない。何でも出来て、何にも出来ない。器用貧乏な彼を助けてあげたいと思うのも烏滸がましいことなのだろうか?
「俺なんかを羨ましいって言うならさ……俺に出来ることがあるなら、何だって力になりたい」
「アルドール様……」
もう一度触れた頬。今度は温かいままの手で。数術なんか使っていないから、だから何も解らない、そこから読み取れない。
もしもさ、俺がイグニスみたいに……こうして触れるだけで、彼の秘密を知れたなら。彼も俺を信用してくれるんだろうか?もっと俺が数術もちゃんと使えたら……
イグニスは頼れない。ユーカーは俺が嫌いだ。トリシュは記憶を失っている。パルシヴァルは攫われたし、ルクリースとフローリプはもういない。ジャンヌをルクリースの二の舞にはしたくないけど、俺では力不足で守れない。不安を数えればキリがない。誰にそれを吐露すればいいのか。
「俺、弱いけど頑張るよ!頑張って立派な王になるから!ランスが俺を守ってくれること、無駄じゃなかったって思えるような王になるから!だから……」
精一杯の強がりも、強がりきれず弱音が顔を覗かせる。
隔たりはある。それでもこんな俺をお前が王と呼ぶのなら。ランスは、俺を見捨てたりしないよな?ちゃんと付いて来てくれるよな?
続ける言葉は嗚咽に消えた。それでも彼は俺より出来る数術使い。多分察してくれたんだ。
「……はい、俺は貴方の剣。天上まででも奈落でも。どこまでもお供いたします」
カードの宿る俺の手をとり跪き、彼はいつもの微笑を浮かべ笑う。そんな彼を見て俺も気付いた。嗚呼、彼も不安だったんだな。何となく、漠然と。それだけは俺も理解した。どうしてだとか理由はまるで見えなかったけど。
アルドールとランスの関係を書くのは難しい。
人としては互いに好意的なんだけど、王と騎士ってなると話は別でぎこちない。
そこには他の連中との横の繋がりが関係してるわけですが……
分かったつもりになったのに、実際何も分かっていない。
ランスは本心明かすのはユーカー相手ばかり、アルドールもそれがイグニスやユーカーなので、こいつら二人はやっぱり微妙な空気が流れる。
本人いないところだと「ランスも可愛いところあるよね」とか言えるアルドールも、本人に「分かったようなこと言わないで下さい!」とか言われると「すみませんでした」としか言えないわけで。
こいつらが一番仲良くできてたのって初対面時のような気がしてきた。どうでもいい見知らぬ相手の方が優しくできるのがランスって男なんでしょう。親しくなると割と酷い扱い受けるっていう……