47:dulce est desipere in loco
ジャンヌと共にブランシュ領の城に戻った俺を迎えたのは、笑顔のランス、げっそりと疲れたようなユーカー。それから何時の間に湧いて出たのか解らないヴァンウィック……が、縛られて天上から吊されている。彼は猿轡もされていたわけなんだけど、ふごふごと何を言っているかは大体解ってしまった。たぶんあれ、縛り方に文句付けてるんだ。どうせ縛るなら亀甲縛りとかなんとかって言ってるんだろう。あの人変態だし。いや、そんなことより、もっと良い物がある。食堂には長テーブルに収まりきらないような料理の数々。単純計算、半分はランスが作ったはずなのに、美味しそうに見えるからなんだか怖い。どうしたのランス?風邪でも引いた?
「お帰りなさいアルドール様」
「え、ええとうん、只今」
どこからツッコミを入れるべきなのかアルドールは戸惑った。こうしている間にもいつぞやのおかんルックになったランスがご飯をよそい始めそうだ。ちらと視線を逸らした先で、溜息を吐くユーカーが見える。よし、ユーカー辺りなら話しかけやすそう。
「なんかユーカー、やつれてない?」
「うっせー、ほっとけ」
無視しないで反応してくれる辺り、これはユーカーの優しさだよね。なんて理解を示し始めた俺に苛つく素振りで彼は舌打ち。うん、これは別に怒ってない。
「でもさランス、こんなに一杯の料理どうしたの?」
「我々はこれから進軍しなければなりません。新しくカーネフェル軍に加わった、ブランシュ領の人々と交流を図る意味と、兵を労うためにこういう催しはどうかと思いまして」
「ま、親睦会ってこった」
「それは良いですね!お二人とも名案です!」
ランスとユーカーの返答に、パンと両手を合わせ、目を輝かせてジャンヌが喜んだ。ランスだけではなくあのユーカーでさえ、その喜びように目を奪われて、その場に固まっている。こんなに喜んでくれると思わなかったのだろう。
「私の失敗をここまで持ち直してくださった上、そんな粋な計らい!素晴らしいですランス様!」
「じ、ジャンヌ様!?」
がしっと友情の握手を望んだジャンヌにランスが戸惑っている。一方的に籠手の上から掴まれた手が離れるのを、ランスが何とも言えない表情で見送った。
(ランス……?)
どうしたんだろう。今の反応。一瞬、この世の不幸と幸福を一度に背負わされたみたいなプレッシャーを感じたけど。気のせいかな。もう一度見直すといつものランスだ。俺が見ていることに気付いた彼は、何時も通りの優しい笑みを返してくれる。
「アルドール様?」
「う、ううん!何でもないよ」
ぶんぶんと首を横に振りながら、俺はユーカーの方へと逃げる。他にも気になっていることを口にしながら。
「ユーカー、あのさ、イグニスは?」
「明日の準備と部下への指示出し。仕事が忙しいってさ。他の連中はトリシュが呼びに行ってる」
「そっか」
残念みたいな安心みたいな、俺も何だか変な気持ちだ。壁際で話す俺達の向こう……テーブルと料理の前でランスとジャンヌが再び歓談。一通り料理を見てきたジャンヌが彼に近寄って行ったのだ。
「そうですか、それではこの料理はあなた方が勝負した物だったんですね?」
「ええ」
「それではどちらが?」
「それは食べていただいた方々から判定を頂こうかと。負けた方はそうですね、罰ゲームに一発芸でも」
「おい、聞いてねぇぞ馬鹿っ!」
ランスの爆弾発言に、負ける気があったらしいユーカーが飛びついた。いつも助けて貰っているし、たまには俺もユーカーの肩でも持つかと着いて行く。
「そうだよランス。ユーカーの一発芸なんて女装くらいしかないじゃないか。それにあんな事があった後だし控えるべきだよ」
「そうだそうだ!つか俺が負ける前提で言うな!」
ユーカーが俺を振り向き睨む。その向こうでジャンヌが、再び両手を合わせにこりと笑う。
「まぁ!」
「まぁ?」
その笑顔に嫌な予感があったのか、ユーカーがじりじり後ずさっている。
「良いですねそれ!」
「……は?」
「実は軍内からも不満の声が上がっていたんです。王都での女装男装祭りに参加できなかった者、見物できなかった層から」
「え、ええと……あの、ジャンヌ?」
俺もユーカーに続いて後ずさる。壁際まできてユーカーと俺は意識が通じ合った気さえした。彼の目は言う。このまま壁ぶちやぶればまだまだ向こうに後ずされるよな、と。俺もうんそうしようと頷いて、現実逃避。そのアイコンタクトは僅か0,2秒辺りの出来事だったと思う。そんなコンマ何秒かの世界から俺を引き戻したのは、更なるジャンヌの暴走だった。
「それでは勝負に敗れた方が、簡易コンテストに参加と言うことで如何ですか?」
「いやいやいや!不味いよジャンヌ!」
やばい、火の粉が飛んで来た。ユーカー一人だけじゃなくて、このままだと何人も参加させられることになりそう。それはいけない!
「そうは言いますがアルドール。カーネフェル軍の男女比率はご存知でしょう?たまにはこういう息抜きでも無いといけませんよ。ちなみに私がいた頃の聖十字では、月に一度男装選手権がありました。優勝者への金一封のために頑張る者もいましたが、それで変装技術を切磋琢磨したものです」
「えええええ!?いやいやいや、それもどうなの!?い、息抜きって言ったって……ねぇ?」
「仕方ないんですよアルドール。女性が多い職場ですから。美女コンテストなんかしてしまったら殺伐としてしまうでしょう?」
「数世紀前までのステレオタイプの教会って、変装とかに煩くなかったっけかなぁ……うーん。事実は小説よりも奇なり、か」
「それでは決行と言うことで……?」
「いやいやいやっ!でも、そんなのやったってうち今火の車だろ?優勝賞品とか出しようが無いって言うかさ。出せるとしても精々うちで一番の美形騎士のランスの膝枕とかそんなもんだよ。明日からまた大変なんだから、あんまり今日は騒がず、ご飯会だけでお終いにしようよ」
「誰が喜ぶんだそれ?」
「少なくとも俺が勝つ意味は無くなったな」
俺の発言に、今度は騎士二人が何やら通じ合っていた。勝つ意味も参加する意味もねぇなと言う意味で。
「そうですね……衣装も無いですし、やはり無謀でしたか。男女で服を貸し合えば、やれると思ったのですが」
俺達の駄目出しに、少し残念そうなジャンヌ。その顔を見て人の良いランスは動揺……いや、ランスって人良かったっけ?まぁ、……悪くはないよね。割と他人に無関心なところあるけど、騎士の鏡だった人だし親切だよ。
(だけどあそこまで狼狽えるなんて珍しいな、それもユーカー以外のことで)
中止になりそうでほっと安堵の息を吐いているユーカー。対照的にランスは何か挙動不審で頬まで赤い。今の言葉の何処かに何か問題発言でもあっただろうか?俺が記憶を辿ろうとする前に、天井からヴァンウィックが降ってくる。
それを見て、自分で縄抜けできたのに今までしなかった辺り、こいつそっち方面も行ける口の変態なんだなとユーカーが納得したように頷いていた。
「話は聞かせて貰ったよ!それは良い!親睦を深めるために是非やり給え!そうだな、背丈もそこまで大きな差があるわけでもない。お嬢さん、うちの倅と交換してやってくれるといいでしょう!そうなさい!」
「え?ランス様参加されるんですか?」
料理勝負の敗者、と言う話だったのにとジャンヌが首を傾げるも、ヴァンウィックは押していく。
「ふっ、うちの馬鹿息子とセレス君は互いを生涯のライバルと認め合った親友にして大の負けず嫌い。解りますか?一敗で引き下がれる男ではないのですよあやつらは!」
「なるほど!男の友情という奴ですね!解ります!確かに負けっぱなしは嫌ですね!」
いや、女装するくらいなら俺負けで良い。そんな言葉が顔に書いてあるユーカーだが、涙目になりながらも必死に言葉を飲み込んでいる。何が彼にそうさせるのか。彼がそんな風に頑張る以上、それはランスのためなんだろうけど。今年の女装祭りでランスは女装できなかったしなー……もしかしたら少しはやりたかったのかもしれないな。ランスはユーカーを女装させたいと言うよりも、自分ばかりをさせて逃げていたユーカーにむかついてたって感じだし、二人共参加で二人とも楽しめればそれでもハッピーって感じに見えるけどどうなんだろう?
いや、でもそんなユーカー同様、ランスも涙目な辺り、やっぱり参加したくないんだろうか?いいや、どっちかって言うと感涙っぽい。二人で祭り参加が何年ぶりだろってアルトさんがいた頃の昔を思い出しているのか。
「まぁ、とりあえずご飯冷めるし食べながら考えたらどうですか?」
「あ、キール君」
ちゃっかりしてるなぁこの子。何時の間に食堂に来ていたのか、胡弓引き達は既に料理を装って着席している。昔のイグニスを思い出して、嫌いじゃないよ。弟と妹の皿にも装ってあげてる兄弟思いな所も得点高いね。
「チェスター卿は?」
「病み上がりのシール様には刺激が強いでしょうから、料理だけ運びました。其方は僕らが時折顔を出すのでお気になさらず」
「うん、そうだよねありがとう」
食堂には既にトリシュも来ていた。女装したユーカーを前にすると亡き妻を重ねてしまうチェスター卿がここにいるのは不都合だ。良い仕事してくれたなキール君。食堂の話を音楽数術か何かで聞いていたんだろうか?
「それじゃあそろそろ始めようか。折角作ってもらった料理が冷えたら勿体ないしね。あっちのテーブルがランスで、こっちがユーカーだっけ?」
ユーカーの料理はなんだろう、豪快な男の料理って感じの物と、意外と繊細なお袋の味って言うか……家庭料理みたいな感じの物とで分かれていた。いつもの彼と、セレスちゃんって感じに似てる。強がってたり弱かったり、実際強かったりする彼の二面性らしいって言えばらしいかな。対するランスの料理は、まぁ不気味だ。何時もと違う。いつものグロ成分が皆無。見るも鮮やか、食べる前に目で食べられるというか、楽しめる料理。粗探しも出来ない、完璧な料理だ。敢えて言うなら、欠点がないのが欠点だと……かつて言われた彼のよう。完璧すぎて鼻につくかな。それくらいだ。いや、食べてみたら案外不味いとかそういうこともあるかも……あ、はい、すいません。実際美味しいからやっぱり欠点なんてなかったわけなんだけど。
「これは甲乙付けがたいな……好みで評価が分かれる感じ?あれ、どうしたのトリシュ?」
お代わりをしに行った俺の前で、料理を前に立ち止まっているトリシュがいた。
「この味付け……僕はこれを知っている?だけど僕は……あれは、誰?」
アロンダイト領でのこと。焚き火での出来事。それを忘れても、料理の匂い、味までは忘れていない。同じ香辛料を使った料理にトリシュが頭を痛めている。
(不味い……)
俺はジャンヌの席へと近付いて、彼女を廊下に連れ出した。
「やっぱり駄目だよジャンヌ。今のトリシュにセレスちゃんを見せちゃ駄目だ」
無理に無くした記憶に触れて、トリシュに何かあったらどうするの?あれは精霊に食われたって話だから俺のそれとは違うんだろうけど、過去の記憶に触れることは、今の自分に作用するかもしれない危ないことだってことは変わりないはず。そう訴える俺に、ジャンヌは落ち着いた視線を送るだけ。
「アルドール、都攻めに貴方は誰を連れて行くのですか?」
「え?」
「私はトリシュ様とは友人のつもりです」
そうか、ジャンヌは……俺がユーカーとトリシュを別々の場所に配置するだろうことを、既に感知していたのだ。ジャンヌがこの催し物に食い付いたのは、自分の趣味だけではなく……トリシュのため?
「これから先の戦い、何があるかも解りません。そんな中彼がセレスタイン卿とあのように仲違いしたままで良いとはどうしても思えないのです」
「ジャンヌ……でも、数術代償で失った記憶が甦ることなんか」
「ええ、それは無いかも知れません。それでも彼の心まで、無くなったのだとは思えない。思い出せなくても、新しい思い出を作ることは出来ます。だから……こんなことでも、いつか……昔馬鹿やったなって、笑い合える過去になるのかも」
「ジャンヌ……」
それはトリシュのためだけじゃない。これから戦いに行く、死ぬかもしれない……そして生き残るかもしれない全ての人に。何があるか解らないから、親しくならない。大事な人を作らない。そうじゃないだろうと彼女は言う。これから何があっても、誰を失っても……楽しかった過去が、思い出が……自分を支えてくれるはずだから。だから今を精一杯生きるべき。悲しむ暇もないくらい、がむしゃらに頑張るべき。それが空回りでも、馬鹿なことだったとしても……いつかは美化され思い出になる。
「私、ライルとエティとは……よく三人で馬鹿やったんです。彼らがもう居なくても、その思い出までは死なない。殺させません。どんな悪人だって、誰も過去までは汚せないんです」
彼女の言葉に思い出す。姉さん、ルクリース、フローリプ。彼女たちはもう居ない。だけど俺は覚えてる。何時も強がっていた姉さん。明るかったルクリース。俺を慕ってくれたフローリプ。いつかは捨てようとした物。今はその一つだって、欠けてはならない思い出だ。無くしたことを悲しみ立ち止まり、蹲る。その内にまた同じ失敗をして大切な人を失うことがあってはならない。今を過去にしてはならないのだ。そうしなくてもそれはいつかそうなるのだから。今から目を背けることだけは、してはいけないとジャンヌは言った。
「唯、食事を終えて部屋に帰るより……同じ馬鹿騒ぎを共有し、記憶に留めること。それを私は無意味だとは思いません。そういう馬鹿の積み重ねが、立ち止まった時……人を支えてくれる物。そう思うから」
「ジャンヌ……」
確かにそうだ。俺はまだ覚えてる。カルディアの砦でも、こんな馬鹿騒ぎをやったっけ?あの時いた人、いない人……色々違ってしまったけど、あの時と違うと否定するんじゃない。否定して、今ここにあるものまで無くしたなら、俺は今度はそれを嘆くんだろう?それはとても愚かなことだ。
神様が言うには生きてる限りは無意味なんだろ、全部。死んで意味になるのなら。俺がこれは無意味、これは意味があるって決めるのもおかしい。意味のないこと何て無い。意味は今見えなくてもいつか見つかる。どんなくだら無いと思えることにも意味はあるはず。
「明日を作るために、今を作りましょう。今から逃げずに、戦いましょうアルドール!私は頑張ります!だから、貴方も……」
「……うん」
がしっと掴まれた手に手を重ねる。今日何回目だろう。そう思いながら握り替えした。そこで先程のランスの反応を思い出し、俺も納得した。確かにこれ、我に返ると気恥ずかしいや。そう言えば俺、廃墟でもこんな反応してしまったような。
「全く、青春だねぇ青少年王」
「うわっ!」
アロンダイト卿ヴァンウィックに覗き込まれて、俺達は急いで手を離す。
「び、吃驚させないでくださいよ」
「はっはっは。それは失礼アルドール様。しかしお二人はまったく色気がありませんな」
「そんなこと言われても」
「というわけで、着替えてください。間もなく催し物が始まりますぞ」
「え?」
何だこの流れは。何処から持ってきたのか、女物の服を俺に押し付けようとするヴァンウィックに俺は抵抗する。
「いや、俺審査員ですし。俺はやりませんよ。大体騎士のみんなに俺が混じったら俺が駄目すぎて浮きます」
ランスにユーカー、トリシュまで参加するって話だし俺が参加する意味なんか無い。ネタ要員として放り込まれるのは勘弁して欲しい。
「いいえ、アルドール!」
「げっ……」
ジャンヌの目が輝いてらっしゃる。これは不味い。
「貴方はこれから戦いに望む方。変装して姿を隠すこともあるでしょう。そのためにも変装技術を磨いておいて損はありません!」
「いや、そんなこと言われても」
「私の着替えが終わったらすぐに手伝って差し上げますから!しばしお待ちを!」
朗らかに笑って走り去るジャンヌ。今の隙に俺逃げて隠れてもいいんじゃないかな。そろそろと忍び足を始めた俺の襟首を掴んだヴァンウィックがにんまりをほくそ笑む。これはランスに睨まれたユーカー!蛇に睨まれた蛙みたいな雰囲気だ!
「アルドール様、人を隠すなら人の中でございます。いえ、変な意味ではありませんとも」
*
「で、結局女装させられた訳か」
「ユーカーだって使った作戦じゃんか……」
ヴァンウィックに無理矢理女装をさせられた俺は泣く泣く会場に戻る。これから女装させられる相手が既に女装しているとは思うまい。確かに一理あるけどさ。
「何泣いてんだよ。あの変態に服ひん剥かれたくれーで……いや、それは泣くか」
ユーカーが何か納得し始めた。何か誤解されている?いや脱がせられたのは事実だけどもその憐れみの眼差しは何だ。
「ユーカーは結局やらないの?」
「あいつの不戦勝で良いんだよ。こんなことで勝っても嬉しかねぇし」
着替えもせずに男のままでいるユーカーは、ランスの料理を頬張っている。参加する気が皆無のようだ。
「料理の方、ユーカーのも美味しかったけど?」
どっちも負ける気なのかと問えば、彼は肩をすくめて俺を見る。
「俺が負けたって思ってんのに、俺が勝てるわけねぇだろ。そんくらい解れ。つか、その格好で俺に寄るな」
「何で?」
「そのシスター服。教皇から借りたのか?」
「え。これはヴァンウィック……あ」
この服、そうだ。ユーカーが最初に第二聖教会で変装した時の服と同じ。これをユーカーが着ていたら大変なことになっていた。トリシュに記憶のフラッシュバックで廃人化とかなったら取り返しが付かなかった。
(イグニス、何考えてるんだ)
そうしなければトリシュが危なかったんだとしても、大丈夫なのかなトリシュ。フローリプの時みたいにならないってことは、まだ多少は幸福値が残ってるってことなんだろうけど。他の記憶を食べさせていれば、トリシュはユーカーから離れないから万が一幸福値が尽きてもトリシュは暫く保っただろう。それこそべったりしていれば、少なくともユーカーが死ぬまでは……
(いや……)
それだとユーカーが二倍早く死んでしまったのか?人は生きながら幸福値を消費する。それなら二人分の幸福消費が掛かったユーカーの負担が増すところだった。俺はフローリプの時もユーカーに頼っていた。数日分彼の寿命を俺が削ったような物。本当に申し訳ないことをしたんだ。俺の我が儘に、彼を付き合わせて。
「駄目だなぁ……俺」
「何だ、突然?」
「俺がユーカーにしてやれることって、何も無いんだなって思って」
「……寝惚けてんのかお前?眠いならさっさと部屋に引っ込めよ」
「うん……」
「話聞いてるか?」
「うん……」
「お前阿呆だろ」
「うん……」
「おい阿呆ドール」
「ぎゃっ!」
不意に頭を叩かれた。犯人は言うまでもなくユーカーだ。
「何すんだよもう!」
「話題振ってシカト扱く奴が悪い」
「だって俺、いつもユーカーに助けて貰ってるのに。何も返せて無いじゃないか」
「俺は一度だってお前を助けた記憶が無いんだが」
「それでも俺は感謝してるんだよ、ありがとう」
「俺に言う余裕があるなら、俺じゃなくてあいつに言ってやれ」
「無理」
「無理って……お前そんなに参加したくないからって」
「そうじゃなくて、それもあるけど!今のランス美人過ぎて話しかけられるわけないじゃないか!」
「美人?」
何言ってんだお前と、ユーカーが俺の指差した方へ視線を向ける。そして石化してしまった。ジャンヌの服を借りたと言うが、ジャンヌが着ているのを見たことがない服だ。ジャンヌでもスカートとか持ってたんだなと感心させられてしまう。ランスの傍で騎士服を着こなしたジャンヌが「私より似合ってます!」と大絶賛。絶賛のあまり俺を見つけることを忘れているようでそれは安心。でも……
「大丈夫なのかな、あれ。ランス綺麗だし、金髪も綺麗だし、回復数術使えるし」
トリシュの記憶がリセットされた今、新たに運命の人としてランスに惚れる可能性だってなきにしもあらずなんだよね。ちょっと心配して口にすれば、ユーカーが険しい顔になる。
「おい」
「何?」
「ちょっと、こっち来い」
「え?な、何?」
「てめーにしてもらうことが、見つかった」
俺はユーカーに引っ張られ、引き摺られて会場を遠離る。ユーカーの言っていることを何となく察した俺は、ヴァンウィックは流石ランスの父親だと思ってしまった。頭が切れるのは事実らしい。彼にはこうなることが解っていたのだ。
息抜きと掘り下げと伏線。カーネフェルはいっつも悲惨なのに空気読まずに空元気。




