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46:post equitem sedet atra cura

 「パルシヴァル、お前は森から出てはいけません」

 「何故ですか、母様!」

 「騎士なんて、今時なっても命を棒に振るだけ。お前はここでじっとしていれば……お前は死なずに済む」

 「騎士様はそんなに危険なお仕事なんですか?」

 「ええ!そうですとも!私が知っている騎士も……それは酷い死に方をしました。あんなもの、なる必要なんてない。お前は一生、普通に……私の子として生きてさえいてくれればいいのです」

 「それじゃあ……」

 「解ってくれましたか?」

 「それじゃあ、セレスさんを助けないと!」

 「何を馬鹿なことを」

 「だって母様今、言いました!騎士様はみんな危険な仕事をさせられていて、酷い死に方をさせられるんでしょう?それならそうならないために、今度は僕が助けるんですあの人を!」

 「パルシヴァル……お前は、どうして、どうして母を悲しませるようなことばかり口にするのですっ!」

 「母様、僕に普通の人になれって言いました。でも普通の人は、ずっとこの森で暮らすんですか?助けて貰ったのに何のお礼もしないんですか?それって普通じゃないと思います」

 「……どうしても行くと言うのなら、この母を斬ってからお行きなさい!お前が人殺しになりたいと言うのなら、この私を殺してみせなさい!さぁ!」

 「母様、解りました」


 僕は剣を構える。扉を背で守った母様が目を伏せる。だけどその隙に僕は窓に向かって走り出す。手にした剣は窓を破るために繰り出した。


 「僕の憧れた騎士様は、殺すための人じゃない!守るための人なんだ!」


 意気揚々と僕は走り出した。自由に向かって駆け出した。だけど森は……母様の怨念のように薄暗く、深い。僕の決意も飲み込むような緑。日が落ちれば一面の黒。生い茂った木々は何の光も映さない。見上げた先に空さえ見えない。右も左もわからない。方角だってわからない。ここは何処?住み慣れたはずの森が、今は得体の知れぬ場所。怖かった。僕はこのまま死んでいくんじゃないかって。飛び出した家。もう後には引けない。

 あの日見上げた空。僕が憧れた空。それさえ今は見えない。だけど、あの人を追いかけて僕は家を出たんだ。

 方角なんか気にするな!ずっと走ればいつかは終わりが来る。唯、真っ直ぐ進んでいけばいい。


(真っ直ぐ、真っ直ぐ……)


 僕は何時だってあの人を、空を見つめてきた。だけど今は……空も見えない。


 *


 それでも立ち止まってなんか居られない。僕だってあの人と同じ物になったんだから。憧れと現実は別物だと知った。だからこそ思う。守られるんじゃなくて、誰かを守る者になりたい。それが本当の騎士なんだって。こうして囚われの身になって何日が過ぎただろう。パルシヴァルは考える。


(僕は、立派な騎士になるんです!セレスさんみたいに!)


 いや……セレスさんみたいじゃなくても、セレスさんに並べるような……追い越せるような。今度は僕が誰かの憧れになれるように頑張るんだ。僕はあの人が憧れるランスさんみたいにじゃなくて、僕は僕として……あの人に何か一つでも、憧れて貰えるような騎士になる。それであの日僕が貰ったような、夢とか希望とか……そんな気持ちを返したいんだ。


(僕は騎士なんだ。騎士になったんだ!)


 誰かの助けを待っているなんて何も変わらない。セレスさんに出会う前の僕と同じ。閉じた世界の中で暮らす。そんな世間知らずのままは嫌。僕は僕の世界を広げたい。知りたいこと、一杯ある。こんな子供扱い、お姫様扱い、騎士にとっては屈辱だって、セレスさんならそう言うはずだ。僕だって、そう思う。

 お城の中は仕事で何度も入ったことがある。セレスさんにはお使いだって笑われたけど、その分僕は城の細かい部分は知って居るんだ。王様が作った抜け道とか、壊れた鍵の在処とか。だけど問題は……


 「何処へ行くつもりですかカーネフェル王」

 「僕は王様じゃありません!」


 そう、問題はこの人。タロックの騎士だという双陸さん。ランスさんみたいで最初はちょっと苦手だなと思ったけど、ランスさんよりはまだ付き合いやすいタイプの人だ。僕が泣いたり子供っぽい表情を見せると目に見えて優しくなる。悪い人ではないんだと思うけど、僕はカーネフェルの騎士なんだから、仲良くするのもおかしな話だと思う。だって彼はこのお城を都を乗っ取った人なんだから。


 「……貴方はお仕事、良いんですか?」


 病人の手当てに乗り出してくれれば、僕も脱走の時間を稼げるのに。


 「最近は城下も落ち着いて来た。私の仕事は専ら判子押しになりつつある」


 そうは言うけど、書類に判子を押しながらも僕への監視も緩めない。この人後ろにも目があるんじゃないだろうか?


(どうしよう、風のお姉さん)


 イグニスさんから貸して貰った精霊に話しかけてみるけれど、こっちに来てから彼女は何だか冷たい。僕が何かをしたというよりは、イグニスさんから離れたことで、取り立てて何かをする義理もなくなったみたいな感じがする。風の性質は気紛れって聞いたことがあるけど、こんなに目に見えてがらっと変わるものなのかなぁ。

 このお姉さんが協力してくれれば、ここから逃げ出すことだって出来るかもしれないのに。


(いや、駄目だ!)


 こんな風に誰かを頼る事を考えているから、僕はいつまで経っても子供扱いされるんだ!僕が一人で何かを達成出来なきゃ……


(そうだ)


 ある。一つだけ、ある。

 不意にこれまで考えたこともないような策が思い浮かんだ。この騎士は僕の側から離れない。だけどこの人は日々多忙。疲れていないはずがない。この人が僕から離れる時は別の騎士が来る。その人の時は、もっと僕は逃げるのが難しい。あの人は優しいけど、この人以上に隙が無いんだ。この人ならまだ何とかなりそうな気がする。だからこの人が居るときの方が、多分チャンスなんだ。僕はふて腐れた表情で、その辺の床に寝転がる。それで後は居眠りをした振りをすればいい。

 暫くすると近付いてくる足音。苦笑するような気配。彼が僕を寝台まで連れて行き、ブランケットを掛けてくれる。日差しは傾き、間もなく夕暮れ。暫くすれば、夜になる。彼もいつかは眠るはずだ。僕は武器を取り上げられたけど、彼は帯刀している。それを奪えば……僕は逃げられるはず。僕は目を閉じたまま、唯ひたすらに夜が来るのを待った。

 それは随分と長かった。だけどその時は来た。衣擦れの音。ソファーの方から聞こえる。ソファーの沈む音もする。後は彼の寝息がするまで待てばいい。彼が泥のように眠るまで待てばいい。


(そろそろかな)


 耳を澄ませる。静寂の中に、微かに寝息が聞こえた。今だと僕は寝台から抜け出して、忍び足でソファーに近付く。彼が枕の下に置いた剣。それを引き抜き、腹に乗り、動きを封じる。


(これで、この人を殺せば……)


 狙うは心臓?それとも咽?この人に追いかけられたり叫ばれたりしたら困る。だけど、どっちの方が苦しくないだろうか?どっちだって痛いだろう。そう思うと躊躇いはある。


(それでも……)


 窓の外から聞こえるんだ。嘘の言葉が飛び交うのを。みんなが王様を悪く言う。偽者だって、自分たちを騙したんだって。王様に仕えるセレスさんやトリシュさん、ランスさんを悪く言う。僕は、そんな嘘を流す、この人達が許せない。何も知らない癖にって、沸々と湧き上がる怒りがある。


(タロックの王様は、悪い人だった)


 あんな悪い人に仕えるこの人だって、本当は悪い人なんだ。僕に親切にするのだって、何か下心があってのことに違いない。自分で言ってておかしいと思う。だけどその矛盾から目を背けなければ……僕はずっとここで囚われの身だ。ずっと誰かの足手纏い!


(母様……)


 もうあんな思いは嫌なんだ。現実逃避のように、僕は彼へと剣を突き付ける!そこで突然開かれた赤。眠っていたはずの彼が、僕の殺気に目を覚ます。


 「……何のつもりだ?」

 「っ……、僕は、カーネフェル王の騎士なんだ!」


 ここで返り討ちにあって死んだとしても、そっちの方が騎士らしい。


 「手が震えている。子供が強がるな」

 「僕は、子供じゃない!」


 武器を納めろと、彼は言う。本気にしていないんだ。僕が人を殺したことがないから。馬鹿にして居るんだ。僕だってその気になれば。セレスさんだってやったんだ。僕だってやれる。この人を殺せば、都を取り戻せるかもしれない。みんなが、王様が喜んでくれます。セレスさんだって褒めてくれるかも……


(違う)


 セレスさんは、僕を帰らせようとした。僕に人殺しをさせたくないと言っていた。王様との試合で僕は勝った。だけど、これが実戦なら死んでいたのは僕だって怒られた。虫一匹の命を気にするような僕に、どうして人が殺せるだろう?彼はそう窘めた。だけど……


(僕は……)


 こんな風に、子供だって馬鹿にされたくないから人を殺して良いんだろうか?こんなことで僕は大人だって、立派な騎士様だってあの人は認めてくれる?違う、あの人はきっと悲しい顔をする。だけどどうすればいい?どうすれば僕は騎士になれる?あの人みたいに……何かを守れる人になれるんだ?


 「僕は……僕は、子供じゃ……ありま、せん」


 ぐすぐすと泣きだした僕を見て、双陸さんが慌て出す。こんな風に泣き出した以上、僕は情けないし子供丸出しだ。それが悲しくて僕は余計にしくしく泣き出した。


 「す、すまない。君は子供じゃない。俺が悪かった。本当にすまない」

 「貴方の所為じゃ、ありません……」


 どさくさに紛れて得物まで奪われてしまった。それが余計に情けなく、いよいよ僕は大泣きだ。


 「す、すまない。ほら、あれだ。俺も……私もこれが仕事である以上、こうするしかなくてだな。君のような年頃の子供がこんな部屋に軟禁されていては辛いだろう。ああ、本当に済まない。今度何か君の好きな料理でも玩具でも持って来させよう。だからお願いだ、泣きやんでくれ」


 取り乱したタロック騎士がおろおろと僕に何やら言っている。それでも泣き喚く僕の耳には半分くらいしか聞こえない。


 「おいおい、夜中に何の騒ぎだよ。おーい堅物君ー!鍵開けろって!」


 騒がしくなる扉の前。もう一人の騎士が来たのだろう。


 「こ、断る!唯の夜泣きだ!立ち去ってくれ第一騎士殿!」

 「へぇ、夜泣きねぇ。そっかー……うんうん、タロックじゃ珍しいことじゃねぇもんな。俺そう言う方面には理解あるし。だけどちょっとお稚児趣味過ぎじゃねぇ?双陸、お前が手籠めにしたのってその金髪美少年と、エルスちゃんだろ?」

 「何故そんな話に!?俺は彼にも呪術師殿にも手など出してはいない!」

 「へぇー、じゃ何もやましいこと無いならここ開けられるだろ?」


 僕はそんなこともお構いなしに、ただただ力の限り泣き喚いた。


 *


 どうしよう。困ったことになった。双陸は己の不運を嘆く。

 ようやく本日の仕事を終え、仮眠に入った。そこで命を狙われるわ、諭したはずが泣かれてしまうし、良い感じの慰め言葉が出て来ない。狼狽える内に、苦手な同僚が現れた。このまま騒ぎが広まれば、城中の人間がここに集まるぞ。この状況、奴が面白がって吹聴しないかが心配だ。一つの醜聞で、これまで俺達が王都で築いた信頼も、実績も吹き飛ぶかもしれん。そんなことはあってはならない。しかしどうすれば泣きやんでくれるのか。


(ええい!実力行使しかあるまい!すまない少年っ!)


 泣き喚く少年を押さえ付け、その口を手で覆う。後はこのまま睡眠毒でも嗅がせ、眠らせてしまおう。そう、思った時だ。


 「双陸ぅううううう!須臾が馬鹿なこと言い出して、ボクもうほんとどうしたらいいのかっ!」


 突然部屋に現れる、もう一つの涙声。はっとしたところで今度は背中に衝撃が。空中から誰かが降ってきた。空間転移で落ちて来た。抱き付いて来た。


 「え、エルス!?」

 「須臾が那由多那由多ってボクのこと馬鹿にするんだ!ボク頑張ってあいつのこと守ってやったのに!あいつボクのこと全然見てないんだもん!腹立つよね!?もうやっぱりあいつ殺しても良いと思わない!?ムシャクシャしてあっちで処刑祭りして来たよ!これで数術代償は確保したし、アルドール達に今度こそ目に物を見せてくれてやるんだから!ね?双陸もそう思うでしょ!?」

 「いや、あの……そうだな、ええと」

 「双陸……」

 「はい」


 俺に随分気を許してくれるようになったエルスだが、一変して甘え声が辛辣さを帯びてくる。


 「何、やってたの?」

 「いや、あの」


 何を固まって居るんだ俺は。別にやましいことなど無い。無いのだが……これでは。得物を取り戻してしまった今では、俺がパルシヴァルを脅して何やら迫っていたように、見えなくもない。相手は泣いているし、俺は彼の口を塞いで押し倒している。エルスが汚物を見るような目で俺を見ている。いや、初登場時のお前だって大概だったと俺は思うぞ。何故俺がこんな目に遭わなければならないのか。そもそもお前は俺の理解できぬような、そういう人間の屑と連むのが好きだったのではないか?それが何故今俺をそんな目で見るのだ。


 「ふぅん……貴方ってそういう趣味があったんだ」

 「い、いやこれは」

 「所詮貴方もそう言う人だったんだ!須臾と同じなんだ!みんなボクを誰かの代わりに見てるだけで、別にボクじゃなくたっていいんでしょ!?」

 「だ、だから」

 「貴方なんか、貴方なんか……ボクに気を許させて、この仕打ち。ボクは貴方なんかより、もっとレーヴェを省みれば良かったんだ」

 「え、エルス?」

 「ボクが、貴方の所に料理なんか作りに来てなければ……レーヴェをちゃんと、守れたのに……っ、ひっく……ひっく、うわぁあああああああああああん」

 「え、エルス!お前まで何を……うっ!さ、酒臭っ!さ、さては酔っているのか!?」


 我が主に晩酌でも付き合わされたのだろう。それでまた、那由多王子と間違えられて色々言われたんだろう。それでエルスも堪忍袋の緒が切れて、こっちに飛んで来たわけだ。


 「しゃあんるぅううのばかぁあああ!あなたなんかだいっきらいなんだから!しんじゃえ!」

 「解った解った、ひとまず落ち着け。水でもどうだ?」

 「うん……」

 「びぇえええええええええええええええええん」

 「くそっ、今度はあっちか」


 エルスを宥める内に、今度はパルシヴァルが騒ぎ出す。なんだここは。託児所か何かか?ちょっと待て。俺にそんなものは務まらんぞ。実の弟も守れなかった俺に、こんな子供達を面倒見切れるか。


 「おいおい、真面目な奴かと思ったら何だ?泥酔させて関係迫るとは、……真面目そうな顔した奴ほど実は変態なんだな」

 「歩く変態予備軍が何を言う!お前の噂は此方にもかなり聞こえてきたぞ!お前はカーネフェルの騎士を口説いたそうじゃないか!」

 「それは聞き捨てならねぇな。俺は確かに変態かもしれない。だが男なんてものはまず全員が何らかの変態だ。俺はそれを自覚し認め弁えている分、俺は良い変態だ!」

 「変態に良いも悪いもあるかっ!社会の毒がっ!歩く18禁とでも呼んでやろうか!?」

 「どっちかっていうと走る18禁とか走れ18禁!とか迸る18禁とかの方が語感的に響きが良くないか?」

 「どこに同意しろと言うのだ!?」

 「まぁまぁ。これ以上誰か来る前に、ここ開けてくれよ。こんな事もあろうかと、抜かりねぇ。騒ぎを聞きつけた時から防音数術紡いでやってたんだから。感謝の意味でもここ通せ。酒の肴に美少年二人手玉にとって遊ぶ色男の夜伽姿でも見物させてくれや」

 「そんな物は実演してなどいないが、入りたいのなら……入れ」


 本当に外は安全なんだろうな?廊下を確認するためにも俺は扉を開ける必要があった。渋々鍵を外せば、するりと室内に侵入する第一騎士レクス。奴はそのままパルシヴァルの方へ近寄って、慣れた様子で綾し始める。奴には弟か妹でも居たのだろうか?すんなりと、あっと言う間に眠ってしまった。睡眠毒を嗅がせたのだろう。

 ひとまず室内が落ち着いたことにほっと息を吐きながら、俺は外の様子を確かめる。見たところ、確かに廊下は静かな物だ。


 「驚いた。本当にお前は数術が使えたのか」

 「まぁ、結果的にはそうだ」

 「結果的には?」

 「そっちのリボンちゃんだろ」

 「リボンちゃん?」

 「パルシヴァル、だっけ?その髪リボンで縛ってる子。そいつがお前に騒がれないようにって防音数術使ったんだろ、本人が何処まで理解してるか怪しいが。そもそも俺はあれ聞いて駆けつけたわけじゃねぇ」

 「何だって?」

 「俺はお前に情報届けに来たんだよ」


 よくよく見ればレクスの腕には一羽の鷹がいる。その足に括り付けて届けられた手紙の内容。それをこの男は伝えに来たらしい。


 「北部に残したスパイからの知らせだ。カーネフェル軍は明日にでも南下を行う。この都に攻め入るだろうが、橋の方はどうなんだ?」

 「まだ完成はしていない。三割、と言った具合だ」

 「なるほど、この短期間なら上出来だ。しかしそうなると、連中は船をメインで攻めてくる。シャトランジアも腰を上げた以上、良い船でやって来るだろうな」

 「しかし、このローザクアまでシャトランジアの船が来るまでまだ数日は掛かる。その間に軍勢が馬と徒歩で南下。ザビル河周辺で合流、か」

 「ああ。だがあんたはもう一つ策を仕込んでいたな?」

 「……無策で迎え撃つのは愚か者のすべきこと。そこまで愚かになったつもりは俺にはない」


 この男をどこまで信用して良いものか。それでも使えるのは事実。コートカードが不足しているタロックとしても、この男の存在は易々とは切れない。だが、少々不気味でもあるのだ。どこからそんな情報を見つけてくるのだと尋ねても、大抵は煙に巻かれる。あの情報だってそうだ。


 「しかし……カーネフェリアは全て、六月の戦で死んだと伝えられたが」

 「そりゃ王家は滅んだ。表舞台から逃れた遠縁くらいは残ったかもしれねぇし、それがあのアルドールって少年王だろ?だが先代の王妃はうちで言う親藩だろ?カーネフェリアの血はあっても、外に出た家の出身。伝手を頼って早々に逃れさせられた。王の子でも居たなら確かに脅威。陛下が俺に探させたのも無理ねぇよ」


 嫁入りした女は王家の人間に含まれていないのだとレクスは言う。それもそうか。王家の血を持った女とは言え、その血は薄まっている。王が死に、他の男と再婚したとしても、生まれたそれはカーネフェル王とはならないだろう。


 「探してみて、見つけ出した女の腹に子供はなかった。王家の血は途絶えたのだとうちの兵共が宣告して回ったのはその情報があったから」

 「それでは彼女の身柄を押さえる意味はあるのか?」


 タロックの貴族と結婚させ、傀儡の王を新たに作らせるには……問題がある。外部の血を取り入れる異民族宥和政策。侵略のためにはそれも本来使える手ではあるが、タロック人とカーネフェル人が交われば混血が生まれる。それは須臾王の望む所ではないだろう。そうなれば前王の妻など、何の役に立つだろう?


 「それが、立つんだよ。堅物のあんたにゃわからないかもしれねぇけどな」


 へらへらと笑う男が、その時だけは真面目な目をした。それは解ったが、奴の言う意味を俺は理解できなかった。この男は一体何を言いたいんだ?


 「あんたは都の守りを。俺は大河で奴らを迎え撃つ。そのために王妃様を借りて行くが、良いよな?」

 「……ああ、構わない」

 「よし、じゃあ都のことは任せたぜ」


 にたりと一度だけ笑って、レクスが部屋から出て行った。それを見計らい、エルスが鍵を掛けに行く。静かだったからエルスも眠っていたのだとばかり思っていたので驚いた。


 「双陸……」


 エルスも平静を取り戻したようで、先程までの混乱は見られない。僅かに赤みがかった顔が酒の名残を感じさせるが、それだけだ。


 「やっぱり、これ返す」

 「どうした、突然?」


 俺のような人間の武器を持ってもいたくなくなったかと問えば、違うと首を左右に彼は振る。


 「数術で何があったか大体解ったから」


 丸腰になって危ないところだったと知ったのか。もし脇差しでも残っていれば。そう、心配されていたんだ、俺は。山賊レーヴェを失ったエルスは、また誰かが死ぬのを恐れている。初対面時からは想像できないほど、人間くさい物言いだった。そんな姿を見せられると、やはり心配になるのは此方の方だ。エルスは……以前より、弱くなった。そんな風に感じてしまう。


 「まだ持っておけ。これはまだお前の役には立っていないのだろう?」

 「……うん」

 「何が不安だ?」


 まだ曇り顔のエルスに問えば、小さくエルスが呟いた。


 「あの男、防音数術に気付いてた」

 「それが何か?」

 「この子、廊下まで聞こえるように防音数式、張ったのかな?僕ならそんなことしない。数術の名残だってそう見える。あいつは扉の外にいたのに、扉の内側の声、聞こえてたんだよね?」

 「!?」


 そうだ。言われて気付く。確かにおかしい。


 「あいつが数術に理解がある奴と親交があるのは間違いない。だけど視覚数術とは違うんだ。気付いたら破れるって式じゃない。気付いたって聞こえない物は聞こえないんだ。防音数術を破るには、それ以上の情報探査数術とかそう言った力が必要なのに……」

 「それじゃあ、まさか」

 「双陸、あいつこの部屋入れたことあるでしょ?その時に盗聴数式か何かの道具を仕込まれたんだよ。待ってて。探して壊してあげるから」

 「いや、まさか奴に限ってそんなことはあるまい。あれでもタロックの騎士。数術ならお前より深い知識などあるはずもない」


 俺は声だけでエルスの言葉を否定する。仕掛けられているのが聞こえるだけ、ならば……見える物は関係ないはず。俺は身振りで視線でエルスに頼むと訴える。


 「もう!貴方なんかどうなっても知りませんから!」

 「ああ、今宵は俺も疲れた。そろそろ休ませてくれ」


 ふて寝するようなエルスと人質に毛布を掛けて、そこから俺も床へ着く。

 しかしエルスは数術使い。俺の感情を、訴えたい事を上手い具合に察してくれた。そこから俺に話を合わせつつ、一人で探査を開始。その破壊に成功したのだろう、むくりと寝台から起き上がる。


 「見て、双陸」


 差し出されたのは、俺があの子供のために貰ってきた、クマのぬいぐるみだった。パルシヴァルはクマが嫌いなのか、全く興味を示さなかったが。そんなぬいぐるみなのだが、エルスが示すのは縫い直したような縫い目。僅かに針の穴がずれている。誰かが一度開けて縫い直したのだ。そのクマを引き裂くと、中から文字を刻んだ木札が出てくる。エルスが解除したためか、それは焼け焦げていた。玩具ならあの男も幾つか持ってきたが、それにはない。自分が持ってきた物ならば安全。そう思わせておいて、そこに罠を仕込むとは。


 「盗聴数式が刻まれてる。何がスパイだってのさ。自分がスパイなんじゃないか」

 「エルス、他には?」

 「ううん、今はこれだけ。でもこの城も怪しい。あいつを早く外へ追い出して、その内にボクが仕掛けを排除してみる。そのためにもボクと貴方は明日にでも大喧嘩をするべきだ。ボクがそれを独自の判断で行っていると見せかけて、貴方は馬鹿を演じて下さい」

 「了解した」

 「それから、この札に解除と同時に逆盗聴数式を刻みました。これであいつの動きは僕にはバレバレ。怪しい動きはすぐに解ります」

 「それでは、此方にバレた事がバレるのでは?」

 「状況に応じて嘘の会話が流れるように、そんな式も仕込みました。あいつが実際にここにいる時には、そうなったらバレちゃうから、その時だけは式が停止するようにも」

 「しかし、この人形……壊してしまったから、奴に知られ……」

 「大丈夫。見てて」


 エルスは木札を半分に折り、半分を人形の中へ入れる。そうして目を伏せ何かを祈るように歌えば、彼の周りに集まる光。それは召喚された妖怪か、精霊か。まだよく見えないが、以前は見えなかった数術が見えるようになってきている。これもカードの力なのだろうか?その光が壊れたぬいぐるみに触れると、先程までの姿に戻る。復元させたのだろう。本当に数術使いは何でも有りだな。感嘆と共に脱帽してしまう。


 「まったく、恐れ入った」

 「貴方は上位カードなんだし、元素の匂いもする。その内貴方にも使えると思うけど……いや、ボクみたいな何でもありは難しいかな」


 少し胸を張ってエルスが笑う。俺が苦笑すれば、何かを思い出したようにエルスが辺りを見回す。何か手頃な物はないかと探すも見つからないのか、仕方ないと片髪を結うリボンを解く。


 「何だこれは」

 「これに式を刻みました。これに触れば盗聴した音声が流れるように。他のも見つけたら随時そっちに振り分けます。録音とかはボクが計算して統括しておくから、聞きたいのとか聞き逃したのがあればボクに」


 それからこれもとエルスは言って、割ったもう一枚の木札を差し出す。


 「これとあれ、同じ仕掛けの式を施しました。こっちは貴方が彼に何か仕掛けたい時に使って下さい。視覚数術で見えないようにもしてあります」

 「見えているが」

 「じゃ、試しにボクの名前を呼んで下さい」

 「エルス……あ」


 消えた。見えなくなる視覚数術が働いたのか。


 「呪術師殿って言えば今度はまた見えるようになるから、それで使い分けて?ボクの居ないところでボクの話をするの、貴方、得意でしょう?悪口とか」

 「まったく……俺はそんな陰口など言わん」

 「どうだか」

 「だが、それならば確かに使えるな。礼を……」

 「何?」

 「お前の名を呼べなくなった」

 「あはははは!変な奴!」


 数術の発動条件を恐れて固まった俺に、エルスは腹を抱えて笑い出す。


 「解った。ボクもいる所じゃ発動しないようにも刻んでおくよ。唯そのままじゃあいつに見られた時にバレるし、えい」


 風の数術でざくさくと木を削り、エルスはそれを木彫りの人形に変えてしまった。


 「これならお守りとかなんとか言って誤魔化せるでしょ?」

 「なるほど、礼を言う」

 「別に、貴方のためじゃありませんし」

 「では誰のためなんだ?」

 「ボクのためです」


 いつものような小言の押収。そのつもりで言った言葉にさらっと返されたその言葉。一瞬何を言われたのか解らず俺は考え込む。その無言の間にエルスも自分の言った意味に気が付いたのか、真っ赤になって否定を始める。


 「ぼ、ボクのためって、そういう変な意味じゃなくて!ボクが唯、鬼仲間が死んだら嫌だなって、そう思っただけで!そもそも貴方が頼りないから悪いんだ!ボクがちょっと居ない間にあんな奴に情報探られたりなんかして!貴方何?馬鹿?そんなんでちゃんと須臾守れるとでも思ってるの!?」

 「む、無論!俺はこの命に替えてもあの方をお守りする!」

 「馬鹿っ!もう知らない!」


 どうやら明日の喧嘩の必要は無さそうだ。エルスの機嫌を損ねてしまった。


(やれやれ……)


 仕方ない。ここまでして貰ったのだ。少しは機嫌を直すための策でも考えよう。さて、エルスに貰ったリボンはどうした物か。手首にでも巻いてみるか。しかしあいつの髪飾りを奪ったとなると須臾王に叱られるかもしれん。あの髪型は幼少の那由多様とお揃いなのだから、主の機嫌を損ねるわけにもいくまい。


(今度は髪飾りでも買って返さなければな)


 あの子鬼が、ここまで俺のために力を貸してくれたのだ。主のためだけでもない。感謝の気持ちを示す意味でも。


格言本から。黒い心配が騎兵の後ろに座っている って意味だそうな。

そろそろ都攻め始まるかな。伏線回は疲れます。


最近敵将達が丸くなってきて、殺すのが忍びなくなってきた。

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