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45:de profundis

 「ねぇジャンヌ、俺に用って何?」

 「アルドール、ちょっとお時間宜しいですか?」

 「え?」

 「さ、乗ってください。夕飯までには戻りますから」


 ジャンヌは何を思ってか、俺を馬に乗せて連れ出した。タロックが撤退したから北部は平和……とは言え二人で遠乗りなんて、勝手に出掛けて危なくないか?イグニスに許可取ったの?そう言いかけて俺も押し黙る。


(俺はイグニスを頼らないって決めたんだ)


 ちょっと不良になった気分。会議もサボってしまったし。反抗期なのかな、俺。十五にもなって……しかも親友相手に反抗期って。渇いた笑いを漏らす俺を、ジャンヌが訝しんでいる。曖昧に笑って誤魔化すために、俺は尋ねた。


 「ここって何処?」


 連れて来られたのは、ブランシュ領を抜け北に向かって進んだ場所。広い海を一望できる海岸線を進んで行くと向こうに森が見えてくる。ここより先に領地を治めている人はいないと聞いたけど……森を進んだ先には、物悲しい雰囲気の廃墟が見えた。人の気配はしないけど……


 「ジャンヌ……?」


 何も答えずフラフラと歩き出した彼女を追って、俺もその廃墟の村へと進んで行った。廃墟っていうとシャラット領を思い出して怖い。それでもこの村は何だか空気が違う。違うけど、何か怖い。心霊的な怖さじゃなくて、もっと何かが息づくような。最近壊されたんじゃない。何年だろう、放置されたような。森に飲み込まれたようなその村は、シャラット領とは違う印象を与えてくる。

 ジャンヌが足を止めたのは、村の最奥にある教会の中。もしかしてこの村が彼女の故郷なのだろうか?そう思ったけど俺には切り出せない。尋ね倦ねている俺に、ジャンヌが答えを与えてくれた。


 「ここ、話には聞いていたんです」

 「え?」

 「私の友人が育った村はこの辺りだって」

 「ラハイアさん……だっけ?」

 「はい」


 懐かしそうに彼女は辺りを見回した。初めてくる場所だろうに、友達から話を聞いていたんだろう。そこに彼の面影を見ているのかもしれなかった。


 「私と出会った頃のあの人は……何かに追われるように一生懸命。そんなところが自分に似てて放っておけなかった。多分お互いにそう……」

 「……」

 「私は戦火に追われ村を離れ避難することや、略奪で村から蓄えが奪われることがありましたが……特別に家族や友人を亡くしたわけじゃない。だから……それまではまだ、他人事だったんです」


 カーネフェルに上陸するまで、国境を守る間に散った仲間も多いはず。その後だって何人だって死んでいる。それでも同じ志を夢見た同志。国のための犠牲。それを哀れんでも悲しんでも、立ち止まらない。彼女はその死を誇りのように思っていたのだ。

 それが今は他人事ではない。親しい友人を亡くした。違う道を歩いていた友が死んでしまった。戦場にいたわけでもない、そんな相手を失った。誇りと思うには、難しいような理不尽で無意味な死。それは略奪に似ている。無意味な死を彼女は嘆く。

 そんな彼女に俺は何かを思い出す。それは一見優しく綺麗、だけど何処か矛盾している。人は死んで意味になる。それなのに意味になれない彼を嘆く彼女は……夢の中の誰かと、同じ思想を抱いていないか?


(ジャンヌは神の声を聞いたと言った……)


 彼女に語りかけたのは、もしかして……

 俺の疑念を払拭するよう、彼女は彼女としての気持ちを語り出す。神に命じられたから?それだけではない。そこから自分で思い悩み、考えた結果なのだと。


 「私は……声を聞いてから、色んな事を知りました。そして居ても立っても居られず……それを聞かなかったことに出来なくて、国を出ました」


 運良く生き延びてはいるが、誰かの不幸は明日の我が身。村が戦争の余波を受けることも多々あった。それでも幸せなら確かにあった。国の未来は不安でも、暖かな家、優しい家族……自分確かに満たされていたとジャンヌは言った。でもだからだろう。彼女は申し訳なくなったのだ。そんな普通の当たり前を奪われている人がいるのに、私はこのままのうのうと生きていて良いのだろうか?顔も知らない誰かの犠牲の上に、心から笑って居られるだろうか?これまで感じていた幸せを、幸せとして享受できなくなる。日常に翳りが見えるのだ。彼女はそう言った。

 そんな彼女は俺からすれば十分立派。俺はイグニスと再会しなければ、こうして王になりたい、誰かを守りたいなんて思わなかった。それでもジャンヌは言う。自分は友に劣っているのだと。


 「だけど、彼は違う。他に帰る場所を無くして、シャトランジアに保護された。彼は稀少なカーネフェルの男です。その保護に甘えて生きることだって、他にも……アルドール、貴方のように何処かの貴族の家に養子に入ることだって出来たはず」


 ジャンヌはその人を褒める。俺だって親友の、イグニスのことなら幾らだって自慢できる。それでもこんなに悲しい自慢があるだろうか?今、ジャンヌの傍にその人を知っている人は居ない。共有できない思い出、悲しみは一人で背負わなければならない。俺だって嫌だよ。イグニスに何かあって、周りの誰もイグニスを知らなくて。どんなに良い奴だったんだって教えたところで誰の理解も得られない。今のジャンヌはどんなに辛いだろうか。


 「私とは違うんです!彼には何も聞こえない!主に命じられたからでもない!彼は自分の意思で、正義の道を志した!私とは違うっ!」

 「ジャンヌ……」

 「ごめんなさい、声を荒げてしまって……私、こんなつもりじゃ」

 「うん」

 「私、貴方に知って貰いたかったんです。カーネフェルが弱くなって、こうして滅ぼされた村があったこと。それでもここから世界を救おうとした人が飛び出したこと。……その人が、何も成し遂げられぬまま……殺されて、しまったこと」


 ジャンヌは息を吐き、ゆっくり吸って気を落ち着ける。そうしてから、隣に座った俺を眺める。大切な友達と、全く重ならない……俺という友人を。


 「私の知ってる彼は、本当にいい人なんです。だけど彼、昔はそうでもなかったんですって」

 「そうでも、無かった?」

 「やんちゃ坊主で、悪戯好きで……この教会に居たシスターをよく苛めてたそう。本人も後悔してましたよ、過去に戻れるなら当時の自分をぶん殴りたいって」

 「へ、へぇ……」


 ジャンヌが褒めちぎっていた相手が、割と普通の人に思えて、何だかいきなり親近感が湧いて来た。彼はこの場所に踏み入れ息をしていた。ここで暴れ回ったりもしたのかも。


 「ふふ、ほら見てください。あれ」

 「う、うわぁ!」


 教会の壁の一部に刻まれた文字、石像に描かれた落書き。幼い子供がやるような悪戯だ。でも、落書きの方は頑張って消そうとした跡がある。


(あれ?)


 刻まれた文字。良く見ればタロック人を罵る言葉だ。


 「これ、彼がやったんです」

 「え?」

 「落書きをしたことを怒られて、その腹いせに、夜中に忍び込んだんです。でもそのまま家に帰っても寝付けなくて、なんとか直そうとするんだけど直せなくて、翌朝まで奮闘したそうで」


 彼女が言うに彼は……傷付けた壁に同じ色の絵の具を塗って誤魔化そうとした。だけど暗いからよくわからなくて、全然違う色を塗ってしまったらしい。


 「シスターは最初、壁に落書きをしたと思って怒って。だけど他の物を隠そうとしていたことに気が付いたんでしょうね」

 「そ、それで?どうなったの?」


 他人事なのにハラハラしている俺を見て、ジャンヌはくすくす笑っている。大丈夫ですよと微笑んで。


 「シスターは壁と同じ色の絵の具を作ってくれて、二人で壁に塗ったんだとか。でも……時間が経つとやっぱり色合いが浮いて来ちゃいますね」


 言われてみれば確かに、その部分だけ変色が微妙に異なる。


 「そっか。仲直りできたんだ」

 「ええ。そこから彼は自分の非を認められるようになって、彼女に謝り……彼女を姉のように慕ったそうです。人は間違えることで、正しき道を知る。彼の話を聞いて、私はそんな風に感じました」

 「道を、間違えることで……か。失敗は成功の元って奴か」


 最初から凄かった人なんかいないんだって、ジャンヌはそう言いたかったんだろうか?今の俺が駄目な王様でも、いつかちゃんと立派な王になれるって……そう信じてるって、信じさせて欲しいって思ってるのかな。


(俺は……)


 ジャンヌと友達になった……つもりだけど、やっぱりまだまだ壁がある。彼女は俺を普通の人間と扱ってくれてるようにも思えるけど、どこか国として認識している節もある。立場がある以上、対等な友人にはなれない。仕方ないとは言え……何だか寂しいな。


 「ええ。だけど……この村を見て解ったと思いますが、そんな生活も長くは続きません」

 「……うん」

 「この村は海から近い。北部の中でもかなり北に位置します。王の力も衰え、チェスター卿の領地剥奪等もあり……略奪しやすい場所だったんでしょう。彼が家族や友人、姉と慕った人を失ったのは、カーネフェルとセネトレアの所為」


 その頃俺はこの国の王じゃない。それでも過去の罪も俺の罪。王になるのはそういうこと。彼女にそんなつもりはないだろう。それでも俺は責められている気がした。誰もいない、静まりかえったこの土地から。俺がしっかりしなければ、こういう場所はもっともっと増えていくんだと、教えられたような気がする。


 「国土なら戦って取り戻せばいい。それでも人の命は、戦っても取り戻せない。きっと彼は解ってたんです。だから彼は……セネトレアと戦うことにした。暴力以外のやり方で」

 「暴力以外のやり方……?」

 「対話です」

 「対話?」

 「勿論罪人は捕らえ裁きます。それでも殺さない。罪人を改心させることで世界を変えようとした。彼はセネトレアの血の女王とさえ対話して……殺されてしまいました」


 許された記憶。それにより悔い改めた過去がある。だからこそ罪人に与えるのは罰ではなく許し。それが必要なのだと彼は学んだ。だけど無条件で許して言い訳じゃない。自分の罪を自覚させ、罪の意識を持たせることが償いの道に繋がるのだ。自分の行いに何の罪悪感も持たない人間が居たとして、そういう奴らにはどうすれば問題は解決するのだろう?ジャンヌはそれを考えていたんだと思う。そしてそれを俺に話してくれた。


 「やっぱりこの世界には話し合いで解決できないこともある。いいえ、仮にそれが可能だったとしても時間は限られている。悪人に待つ時間を与える内に、正しいはずの人が殺されていくのは、やっぱり私は我慢できません。そんな理不尽、許されて良いはずがない!」

 「ジャンヌ……」


 ジャンヌが生まれ故郷を飛び出して、聖十字に入隊したのは最初から人のためだった。それを自分自身のためと言い直すなら、日常からの強迫観念。それだって彼女には他者を憐れむ正義の心があったから。この国の多くの人は、そんな意識を感じることもない。感じたとしても身近な幸せを手放せない。それを手放した彼女は、元々帰る場所がない友人に引け目を感じていたのだろうか?彼の戦いは殺さないこと。彼女の戦いは守ること。守るための正義は諸刃の剣。誰かを守るために誰かを傷付ける行為。自分の正義は偽善なのかと思い上がりなのかと思い悩んだ。それを否定するために、聞こえる声を信じて迷いを振り切った。そうやってここまで走り抜けてきて、今立ち止まる。

 違う道を歩いた人が、もういない。振り返ったところで戻れない。進むしかないのだと解っている。


 「最近、誰かが言うんです。私のことを聖女様って。イグニス様の情報操作なんでしょうか?私が貴方に加勢したから、旧チェスター領、アロンダイト領、ブランシュ領を取り戻せた。私はカーネフェルの聖女なんですって……笑っちゃいますよね。私だけじゃない。みんなが頑張ったからこその結果なのに……私だけの手柄のように言われるのは、何かがおかしいと思うんです」


 自嘲の言葉をジャンヌは溢す。自己認識と他者認識の相違に耐えかねて。友の死に嘆き、利己的な復讐の衝動を覚えた彼女は、国を救うという大義名分を汚してしまったように思っているのだ。それが人間として当たり前でも、人間以上の期待をされてしまった彼女は……そうならなければならないのだと思わされたのかもしれない。


 「もし私に、あの声が聞こえなかったら。私は故郷を離れたでしょうか?いいえ、出来なかったはずです。私が私の正義を信じられたのは、神という正しい存在の後ろ盾があったから。それがなければ私は……一生生まれ故郷を離れなかった。そうに違いありません」


 一般兵と自分の違いはそれだけだ。特異価値がなければきっと、違う人生を歩んでいただろう。それを後悔はしていないだろうが、どうして自分でなければならなかったのか……それが解らなくなってきたと彼女は言う。彼女をこの場に呼び寄せたのはカードとその声。それだけなのだ。


 「ジャンヌ……」

 「アルドール、貴方はシャトランジアで一度私を否定しましたよね?神様なんてろくでもないって。それは貴方が何かを知っているからなんじゃないですか?」


 じっと此方を見据える彼女の目。信じて貰えるかは解らない。それでも今、何かを言いたがっている彼女のために、俺は言うべきだ。


 「最初は、イグニスの受け売りだったんだ」

 「イグニス様の……?」

 「ああ。この審判の話を聞いて、人を殺し合わせるなんて酷い奴らだって思った。俺の妹なんかまだ十二だったのに、この審判に参加させられた。そんな未来のある子供を殺すんだ、俺にとっては悪魔も同然だった」

 「……アルドール」

 「でも、それでジャンヌのことを否定したのは八つ当たりだよな。ごめん。あの時の俺は……お姉さんが、いやジャンヌが……そんな人を人とも思わない連中に騙されてるように感じたんだ。ジャンヌが真っ直ぐで、綺麗な目をしてるから、だからこそ……なんか、心配で」


 一旦途切れた俺の言葉。それの続きをジャンヌは待ってくれている。これで終わりじゃないと気付いて居るんだ。受け売りから確信になった理由は何処にあるのかと尋ねている。


 「俺の場合……声じゃない。夢、なんだ」

 「夢、ですか?」

 「一面の白。真っ白な世界で女の人が紡ぎ車を回してる。蚕の繭から糸を紡いでる。俺は一匹の蚕なんだ。多分、人間がそうなんだ」

 「え、ええと」


 ジャンヌが聞いた声とはまるで異なるのだろう。俺の話に彼女は目を白黒させている。


 「その女の人は、人を無意味って言う。生まれることも生きていることも意味はない。死んで初めて意味になる。殺されて蚕は糸を残す。その糸の色が血の色で汚れていても、それは無価値なんかじゃない。だけど……こうして生きて藻掻いている俺達には何の意味も価値もないんだ。あの人はそう言った。俺はそれが許せないし悔しかった」

 「……」

 「その人の声は綺麗だけど、その響きから傲慢な神様なんだと思ったよ。何て言うか、人の心を理解していないんだ。正しくて、綺麗かもしれないけど、認めたくない。俺は思うんだ。今の俺達にだって意味はあるし、何かの価値はあるんだよ。死なないと意味がないとか、人の命を軽んじるような人を俺は神様って呼びたくない。それにその声、聞き覚えがあるんだ」

 「聞き覚え?」

 「星が降った夜。それも夢なんだけど……カードに手を伸ばしたとき。聞こえた声の片方が、その女の人に似てるんだ」


 それが神様だと確信した理由だ。最初の白い夢は、馬車の中で見た。二回目はジャンヌと再会してから。一度目の時は良く思い出せなかった。二度目は既視感があった。だから目覚めた後も気になって、記憶に色濃く残ったのかも。


 「俺はジャンヌと違って、現実で聞いたわけじゃないから……こんなこと誰にも話せなくて」

 「そう、だったんですか……」

 「あ、ははは……何だか変な話して、ごめん」

 「いいえ、……興味深くはありますよ」


 俺の戸惑いに同調するよう、ジャンヌが笑ってくれる。


 「他には何か無かったんですか?」

 「ええと……《すべての生きとし生けるもの……その全てに幸福を。神さえ成せぬ奇跡を起こしてみるが良い!》……だったかな。喧嘩したら言われたんだ。あ、本人がああ言ってたしやっぱり神様だったのかも」

 「け、喧嘩!?神様とですか!?」

 「うん。でも……啖呵切った割りに俺何も出来てないなって」

 「アルドール……」

 「あ、で、でもさ!イグニスも声とか聞こえるって言ってたよ!ジャンヌにももしかしたら神子の才能みたいなのあったのかもな」

 「イグニス様が?」


 誤魔化すように変えた話題に、ジャンヌが目を瞬かせる。ここでイグニスの名を聞くとは思わなかったのだろう。


 「神子が聞くのは零の神の声なんだって。先読みの力がある子にまとわりついて死の預言を囁き続けるとか何とか。それに負けないように正義の道を説くのが神子の役目だとかなんとか」

 「ですが私に先読みの力はありません。数術も使えないですし。精々耳鳴りと音楽が聞こえるだけです」

 「音楽?」

 「はい」


 耳鳴りというのはユーカーも言っていた気がする。でも音楽って言うのは初耳だ。


 「どういうこと?」

 「数術は私には見えませんが、耳鳴りは聞こえます。天と通じる時、その際に歌とか音楽が聞こえるんです」

 「音楽?」

 「はい……でも、例外が一度だけ。道化師との戦闘で、私は二度程歌を聞きました。一度は道化師から歪なメロディ……二度目はイグニス様から優しい音を」


 俺の話から確信を得たとジャンヌは語る。やはり自分が聞いたのは、神の言葉であるのだと。それでもそう言う彼女は少し不安そうだ。


 「イグニス様が神と通じておられるのなら、それは間違いありません。だけど……それなら道化師。彼女もまた、天と通じる才を持った者。それも、私とは違う。一方的に聞く私とは違う。神子様のように、自分から通じさせることが出来る人間。イグニス様と同等レベルの数術使いであるということでしょう」

 「イグニスと、同等……か」


 イグニスと数術でやりあって、俺が勝てるとは思えない。そんな相手を俺は殺さなければならないのだから、自分一人で戦っても勝機は得られない。周りの仲間と協力しなければ、きっとそれは成し遂げられない。


 「ジャンヌ、俺頑張るよ」

 「アルドール?」


 この村がこんなに静かなのは……略奪されきったから。そこに何も残らなかったから。そして、カーネフェルがその復興を行わなかったから。略奪者だけじゃない。施政者の罪と弱さがここにある。俺が弱いままならば、こういう場所は増えていく。それこそエフェトス……彼の生まれ故郷のように。


 「俺は都を取り戻す。落ち着いたら南部にも行ってみたい。あの子の生まれた場所がどうなってしまったか、俺は見なきゃいけないはずなんだ」


 勿論村を復興させたからって、失われた命が戻る訳じゃない。過去のトラウマから二度とそこには住みたくないという人もいるだろう。だけど、あの子のように……過去に囚われ、戻りたいと思っている人だっている。二度とこんな事がないように、俺はこの国を守らなければ。


 「まだまだ問題は山積みだけど……俺はいつか、立派な王様になるよ。だからジャンヌ、どうか俺に力を貸してくれ」

 「……はい!アルドール!」


 握手を交わし二人で向かい合ったところで、はっと互いに目を逸らす。なんだか自分の言葉が暑苦し過ぎやしないかと、気恥ずかしくなったのだ。目を逸らした先、日が傾いて来た。まもなく日暮れになる。ジャンヌもそれに気が付いたのか、帰路の指示を促した。


 「アルドール、今日は連れ回してしまってすみませんでした」

 「いや……いいよ、俺の方がお礼言いたいくらいだし」

 「いいえ、私は……知りたかっただけ。それに貴方を利用した」

 「知りたかった?」

 「貴方とラハイアは……全然似てないんだなって。それが解って……私はようやく彼の死を認められそうです」

 「そ、そりゃそんな立派な人と比べられたら俺全然似てないって」

 「いえ、貴方も彼も本来はやんちゃ坊主なのかと思って……それは誤解でした」


 なるほど、外見からなら俺は確かにそう見えるのかも。特に失望したという響きはなかったが、意外だったとジャンヌの声からはそう聞こえる。


 「第一印象より俺がじめじめしてる感じ?」

 「いえ、貴方は……私が、私達が思っているよりずっと、繊細な方なんだと。そう思ったんです。ですが貴方の不安もわかります。あのジャックと言う子のことは、私も心配です。リスティス君……いえ、リスティス卿のことも心配ですが」

 「リスティス……?誰、それ」

 「まぁ!貴方は自分の騎士のこともお忘れなんですか!?パルシヴァル様のことですよ!」

 「あ、パルシヴァルってそんな苗字だったんだ」


 何気に初耳だ。驚く俺を少し呆れたようにジャンヌが見ている。繊細と言った傍からなんだかなぁという眼差しで。


 「パルシヴァル……」


 そうだ。彼を取り戻さないと。思えば今、都の方はどうなって居るんだろう?北部の土地と信頼は取り戻したかもしれないけど、南部での俺達の評判は多分地に落ちてるんだろう。都を守れず、病気からも守れず……逃げ出した。そうしてパルシヴァルが本物の王として祀られているのなら、俺は偽者の王。早く彼を助けなければならないけれど、南部での誹謗中傷の嵐にチキンハートの俺が平然としていられるかどうか。俺が王なんだから、毅然とした態度で臨まなければならない、そうだけど。


 「早く都に行って、彼の無事を確認したいですね」


 沈んだ俺の顔を見て、ジャンヌが励ましてくれるけどやっぱり気が滅入る。馬に乗った後も、俺は何度も溜息を吐いていた。


 「大丈夫ですよアルドール」


 馬を飛ばしながら、ジャンヌがそんなことを言った気がする。何を根拠にとか、思ったけど言えなかった。そんな俺に、続けて彼女は言う。


 「貴方の騎士は、皆……素晴らしい人ばかりです」

 「……うん」


 それは否定しない。出来ないよ。俺は何時も彼らに助けられてばかりいる。ああ、そうか。そうだよな。


(だからこそ、守りたいと思うんだ)


 俺がパルシヴァルと一緒にいた時間はそんなに長くない。それでも俺は彼にも助けられていた。今度は俺がそれを返す番なんだ。今度こそ俺は、彼の無事を心から祈った。勿論、神にではなく。

やっぱり格言本から。深き淵よりってタイトル。


主人公とヒロインも、少しは気持ち的に前進したかな。

何時までも落ち込んでるわけにはいきませんから。

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