表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/105

25:Cui bono?

限りなくあっちっぽい行き過ぎた友情注意報もそろそろ終わり。

やっとこの話の後半からノーマル軌道に戻りました。

挿絵(By みてみん)


 《ランス、今日はこの位にしておいたら?》

 「まだやります、養母さん」


 一人で剣を振るったところで上達の幅は限られる。型通りの技を覚えるだけだ。本当は実践が一番良い。だけどあいつと戦うと、あいつも伸びる。あいつの上達速度は俺より速い。それは困る。

 たった一度の敗北が、俺という人間を作り替えた。悲しみから俺を救ってくれた人は、俺に楽しいだけじゃなくて、悔しいという気持ちを教えてくれた。唯ひたすらに、どうしてなのかも解らずに、唯負けたくないという気持ちが漠然としてあった。


 負けたのが悔しかった?追い越されたのが許せなかった?

 俺はずっとそう思っていた。

 けれど夢の中、幼い自分をを見つめると……その表情はそれだけではないと見て取れる。

 泣くほど悔しかったんじゃない。泣くほど怖かったんだ。


(俺は……)


 あいつに負けたくなかったのは、あいつを守れなくなるのが嫌だったんだ。だから誰より強くなりたかったんだ。また、一人になるのが怖かった。

 その日そこにあいつがいないのは、シャラット領に羽を伸ばしに行っていたから。

 見送りながら、あいつが遊んでいる間、鍛錬に明け暮れた。もっと強くなって差を開いておきたかった。俺があいつより強ければ、要らないなんて言われない。あいつの隣は確かに俺の居場所の一つで、失いたくないものだった。


(俺は……)


 どうしようもなく、寂しかったのだ。彼がどこか遠くへ行ってしまうようで。

 任務をサボるようになった彼に文句を言ったのは、傍にいられないのが嫌だったんだ。いて欲しかったんだ、俺が。どんな嫌な仕事でも、お前もいてくれるなら俺は頑張れる。強がれる。

 お前だってそうだと思った。彼女を失っても俺がいる。守ってやる、支えてやる。それでいいじゃないか。

 だけどお前に拒絶され……俺はその分まであの人に依存してしまったんだな。そしてアルト様を失った今、俺の依存は全てお前にのし掛かる。

 それが堪らなく煩わしいんだろう?自分でもそれが重いんだって気付いていた。それでも嫌がらずに傍に戻ってきてくれたお前を、信じたかった。でも一度拒絶された恐怖がある。信じたい、でも信じ切れない。そんな迷いがお前を傷付けていたんだろう。


(ごめん……)


 信じられない癖に、信じてくれだなんて虫が良い。

 こんなに歪んでしまったけれど、最初は唯……本当に守りたかっただけなんだ。出会えたことが救いだった。そう思えるから大切だった。もうあんな悲しいことを彼が言わないように、強く大きくありたかった。

 “守ってあげたかった”……そんな言葉も今では上から目線に聞こえてしまう。実際、俺はあいつと対等であることを拒絶していた。そうなった瞬間、きっと彼は俺なんかどうでも良くなる。だから俺の方が優位に立っていたかった。まだ俺が必要なんだってずっと言い聞かせるために。

 今じゃあいつが必要なのが俺。それを認められなくて、沢山傷付けた。

 守られたくないんだよ、本当は。だって悔しいだろ?俺はそれを有り難いじゃなくて、屈辱だと感じてしまうから。

 俺はアルドール様が羨ましい。彼は本当に弱いから、素直にそれをありがとうと思える。口にも出せる。俺は心か言葉が着いて来ない。どちらかが嘘になる。

 子供に戻りたい。あの頃に戻りたい。あの頃ならもっと素直に謝れた。意地も張らずに済んだ。プライドなんてもの、まだなかった。

 今の俺は自分を持っていないのに、増長したプライドだけが高く聳え立つ。その中に俺はいない。空っぽの空洞。その中に反響する声は、耳を塞ぎたくなるような自分勝手な言葉達。

 今俺が死のうとしているのだってそう。アルドール様のためとか言いながら自分のため。颯爽と死に向かう俺はさも忠臣に見えるだろう。二番目じゃ駄目なんだ。一番だから意味がある。

 そんなちっぽけなことのために命を賭けるなんて、人から見れば馬鹿馬鹿しいだろう。俺だってそう思う。けれど他の生き方を俺は知らない。マニュアル化された俺の人生。騎士の鏡として生きる以外の道を俺はもう無くしてしまった。他に、何もない。どうすればいいのかわからないんだ。

 本当にお前が俺のことを思うなら、ここから俺を助けてくれ。違うんだ。嫌なんだ。本当は。俺は何処にいる?見つけてくれ。俺が空っぽなんかじゃないって、昔みたいに。


 そうだ。この死には打算もあるんだ。嫌な奴だ俺は本当に。

 無様な死に方だけは御免だ。名誉とか誇りある死が良い。他の誰かにどう見られたいか、じゃない。あいつにそう見られたい。ここまで来たら最後まで俺はあいつの誇りでいたい。憧れでいたい。

 それは時に苦痛だったけど、堪らなく気分が良いことでもあった。俺の唯一認めた男が、俺を崇め平伏す姿をどう表現すればいいのか。背筋が震えるような歓喜?あれ以上の至福を俺は知らない。

 他人にどう思われようと構わないけれど、あの方の騎士として俺は惨めに死ねないし、あいつに失望だけはされたくなかった。俺の誇りとは、アルト王のための名誉とユーカーに失望されないためだけのもの。その過程で無駄に支持されて困ったことになったというのが本心だ。王亡き今となっては、失望されたくない。これがお前の望んだ俺の姿だろうとあいつを責め立てるように俺は騎士として生きて死ぬ。人としての俺を殺したのがまるであいつみたいな八つ当たり。

 でも、そのくらいしないとお前は俺を忘れるだろう。そんなことないと思わせて欲しい。俺はお前のためにもう泣けないから、泣いたとしてもお前を失って悲しい俺自身のために泣くんだろう。そんな汚れた涙をお前に送りたくない。

 だから俺が先に死のう。お前は今でも俺のために綺麗に泣いてくれるだろうから。俺の墓の前で泣いて貰うんだ。そう思うと死さえ心が高揚する。

 俺の墓の前で泣いて縋るあいつを思えば、背筋が震える。死とは斯くも甘美なものだったのか。あの人を失ったばかりの頃は……そんな余裕もなかったのに。俺も随分と冷静になったものだ。


 *


 夜が過ぎるのは、思いの外遅かった。夢を見る猶予まであったのだから。

 目覚めると、両手の指が折れていた。指を折られても目覚めないとは余程疲れていたのだろう。

 さしあたってこの指はどうするか。数術で治すことも出来たが触媒もない。自分のために無駄な幸福値を使いたくなかった。どうせ死ぬなら意味もない。

 運良く傍にタロック王が来たのなら共に冥府への道連れにしてやろう。奴ならば俺のカードでも殺せるはずだから。トリシュでさえ津波を呼べたんだ。彼より上位カードの俺ならば、命懸けならもっと凄いことを起こせるはず。

 まもなく現れた兵に引き摺られながら、ランスは足の指も何本か惚れていることに気が付いた。彼らに連れて行かれた場所は、よく晴れた快晴の下。物見櫓の上。そこから見下ろす景色は美しい。あの輝く水面に母さんが眠っているのか。ああ。フローリプ様もいるのだったか。


 「それで俺の処刑方法は?」

 「其方は火の上位カードだったな。ならば火刑などでは焼けんだろう。……この国の夏はここまで暑いのだな。これでは鳥葬など向かん。なれば、水葬にでもしてやろう」

 「うわ、流石須臾!えぐいこと考えるぅっ!水死体って結構グロいけどあれはあれで趣があるし、そういう処刑も涼しげでいいね」


 いつの間に戻ってきたのか、狂王のお気に入りだという混血の数術使いもその隣にいて、今から始まる処刑を今か今かと指折り数える。俺に至っては本当に指が折られていたので無邪気な声が少々腹立たしい。


(しかし、水葬か)


 これならまだ分がある。確かに俺は火の人間だが、水の元素を操るのも得意だ。この場は何とか切り抜けられるかも知れない。


 「あ、でもそいつでしょ?双陸が戦ったのって正統派の色男だって言ってたから間違いない。確か水の数術使えるらしいよ?」


 此方の心を読んだわけではなかろうが、数術使いは思い出したように俺の情報を引き出す。タロック軍で俺が戦った相手……都に来た双陸という男か。昨日都に飛んだというこの混血児は彼からその情報を譲り受けていたのか。

 これにはタロック王も考え直し、俺の足にお守りを付けるのではなく、その櫓の上に磔にすることを兵に命じる。


 「ふむ……では鳥葬にするとしよう。子鬼、遊んでやれ」

 「えー……鳥の召喚って虫と違って結構……いや、昨日稼いできたからいけるか」


 兵が俺の手足を縛り付ける間、数術使いはにたにたと笑っていた。


 「ねぇお兄さん。人を生きたまま鳥に食わせるのって結構大変なんだって知ってる?知らないよね」


 黒髪の少女に見えるその数術使いは混血だからなのか笑みこそ可憐。しかしその笑顔からは悪意が此方を覗いているのが明らかだ。


 「臆病だったり警戒心が強い連中はまず駄目だね。死ぬまで食べに来てくれない。でも、鳥は目が良いからね。死んだらちゃんと寄ってくる。ボクも昔何度か食べられかけたなぁ……お腹が減らないようにじっとしていると、もう死んでるって思われちゃうんだ」


 縛り付けられ磔にされた俺に、その子は水を飲ませる。唯の水ではないだろう。身体の力が抜けていく。手足が動かせなくなっていく。やはり毒か。

 だが鳥葬が目的なら、毒殺などはしないだろう。これは俺の動きを封じるための毒。頭もぼんやりする。これは数術を使えるほどに、脳を活性化させない薬だろう。こんな方法で数術を防がれるとは、相手方に数術使いが加わったのが大きい。タロックの毒の力とそれが合わさることで、ここまでの脅威になろうとは。


 「でも、それだけじゃ……唯の日光浴の人間まで襲われるよね。だからここでもう二つばかりスパイスがいる。一つは怪我をさせて、弱っているという合図を出すこと。二つは……その鳥の警戒心を吹き飛ばすほど、飢えさせること」


 そう言ってその子が振り返る。その先には兵に連れてこられたアルドール様とトリシュの姿。


 「昨日はよく眠れた?あはは!凄い隈!いつものぱっとしない顔よりは色男なんじゃないのアルドール」


 混血はケタケタ笑う。主を侮辱されているのに言い返せない自分が非力だ。


 「カードは見せて貰った。あの騎士を殺さずに傷付けられるのはアルドールか須臾くらいだね。どうするアルドール?」

 「どうする……って?」

 「あのお兄さんにちょっと大きな怪我負わせてきて欲しいんだ。血がそこそこ一杯出るような傷」

 「そんなことっ!」

 「出来ないなら須臾にやって貰うけど、それじゃあやり過ぎちゃうかも知れないなぁ。それに彼だって敵にやられるより、……ねぇ?どっちの方が嬉しいかな?」


 あの子供、煽動力が本当に強い。人の弱みに付け込むのが上手い。

 トリシュを人質にすることで、大暴れも出来ない。渡された剣を手に……俺に近づいてくる事しかできない。


 「ランス……」


 彼は泣いていた。大粒の涙をボロボロ流して、眩しそうに俺を見る。だけどそれは、申し訳ないだとか謝罪の色はない。まだ諦めていないのだ。この状況からどうやって、誰が俺を助けてくれる?辺りを見回してもあいつはいない。こんなものなんだ。どうせ……


 「アルドール、浅すぎたらもう一回やり直しだからね?そのお兄さんに飲ませた薬は痛覚は取ってない。痛いって叫べないけど痛い。それを解った上でやって」


 もう剣は持たなくて良い。俺が守る。そう言ったのに……その相手に俺を斬らせてしまうだなんて、俺は本当に騎士失格だ。仮初めの主に捧げた自分の言葉ひとつ守れやしない。

 剣で抉られた腹部。痛いには痛かったが、報いなんだとも思った。俺はこんな風に……ユーカーを斬った。だからこれはその報い……


 「ランスっ!」


 聞こえるはずがない。その相手の声がした。都に連れて行かれたと聞いたのに……幻だろうか?幻聴だろうか?城の外には沢山の兵を連れたあいつがいる。


 「ゆぅ……か……ぁ……」


 自然と涙が溢れる。俺のためでもない。あいつのためでもない。あいつの所為で、泣いている。人は嬉しくても、泣けるのか。


 「ちょ、……どういうこと!?あいつ都に向かったんじゃ……」

 「いいか!これからお前を一発殴りに行くっ!その前に死んだら容赦しねぇっ!」


 狼狽える数術使いの声を掻き消すような大声で、高らかにあいつは宣戦布告。


 「いいかてめーら!何が何でも生き残れ!そうすりゃアルドールの馬鹿を引っぱ叩いてでも爵位をくれてやる!」

 「そんでセレスちゃん娶るには爵位どこまで必要なんだ?」

 「辺境伯までなってからそういうことは言え」

 「あっはっは、辺境伯認定まで何人殺せばいいんだい?」

 「俺は爵位より秘蔵アルバム集の複成本がいいねぇ」

 「だから、こういうときまでお前らそういう冗談するなっ!折角俺が決めたってのに、いまいちびしっと決まらないだろうが!女装ネタいつまで引き摺る気だっ!」

 「セレス様!私はセレス様がランス様と2ショットしてくれているだけでいいですっ!勝手に写真撮りますけど」

 「セレスタイン卿っ!私はトリシュ様派でっ!もしくは五年後のパー君でもいいですっ!」

 「だから俺をそういう目で見るのも止めろっ!」


 ユーカーが声をかけるのは、金髪の女兵士のみならず、黒髪の男達の姿まである。


 「ちょっと、あれどういうこと!?なんでカーネフェルの軍にタロック人がいるの!?」


 男が生まれなくなったカーネフェル人。女ばかりの軍隊。カーネフェルはそう舐められていた。それを補うべく、ユーカーがうちの領地に届けた奴隷。アルト様とセネトレア旅行をした時の土産だという。彼らはユーカーに恩義を感じているし、しっかりと食事もし……農業に勤しみ健康な肉体を保っている。数で負けているとはいえ、やせ細ったタロックの兵となら十分良い勝負になる。


(これは、なんとかなるんじゃ……)


 俺はごくりと息を呑む。


 「そっか……アロンダイト領には、ユーカーが助けたタロック人の奴隷がいるんだ!!」


 それに続く、思い出したようなアルドール様の大声に、タロックの兵士達にも動揺が走る。


 「そう言えば昨日も……」

 「ああ、あいつら敵なのに……」

 「それ、本当の話だったのか!?」

 「奴隷が普通の人間として暮らしてる……?それも、爵位まで貰えるのか?」


 昨日アルドール様と俺が助けたことが生きてきた。

 半日足らずでその噂がタロック軍の中にも波紋となって広まっていったのだ。


 「いいか!タロックの奴ら!俺の話を聞けっ!うちの捕虜になれば三食たらふく食わせてやるぜ?その辺考えながら戦うか死んだふりするか五秒で決めろ!……1,2、3……全軍突撃っ!」


 ユーカー、それフライングだよ。毒が回ってるのに思わず俺は吹き出した。見ればアルドール様も同じだ。トリシュなんか「イズー可愛いよイズー」と悶絶している。しまった、味方が一人使い物にならなくなっている。何てことをしてくれたんだユーカー。上にはまともな戦力がいなくなったじゃないか。


 「須臾、どうする?」

 「裏切り者は我が敵もろとも始末する。それを肝に銘じて者共剣を取れっ!」


 再び兵を恐怖で支配し城の外へと向かわせるタロック王。


 「子鬼!今すぐ召喚せよ。あの思い上がった小僧の目の前で、此奴ら全て殺してくれるっ!」「了解」


 数術使いは数術を紡ぎ始める。ユーカー達が湖を渡り終える前に、城から兵が溢れ出す。その船に狙いを定め、矢が射られ……る前に船が大急ぎで引き返す。あそこまで大見得きった相手がまさか敵前逃亡だとは思うまい。タロック兵もなんのことだか解らずに、一瞬固まってしまう。その隙に跳んできたのは大きな大きな鉛玉。

 それは城壁にぶつかった途端に爆発。その轟音は辺りの兵を傷付け、城を大きく揺らす。


 「爆発……した!?あれは教会兵器……だけど以前見たのは唯の鉛玉。爆発するなんて聞いてないっ!それに十字法では威嚇でも人に当てられないはずなのに……」

 「あんまカーネフェルを舐めるなよ!ここまで追い詰められたんだ!うちの国をあの国が見捨てると思うか?それからうちの馬鹿王と、向こうの神子は親友なんだとさ!てめーらが神子の船を沈めたことでシャトランジアはお冠だっ!」

 「……あの国が、動いたか」


 タロック王は狂ったように笑い出し、その場の騒然とした空気を飲み込む。その直後、再び城が揺れる。しかし今度弾が飛んできたのは南ではなく北からだった。


 「北からって……まさか海!?聖十字の船か!?」

 「ここまでの飛距離、そんな……馬鹿げてるっ!」

 「これが教会兵器!?ば、化け物だっ!!」


 爆音に、兵達は狂王の脅しの声も聞こえない。城内は極度のプレッシャーに押し潰された者により、混乱の渦に包まれる。


(これは……不味い)


 トリシュにアルドール様を連れて逃げろと目で訴えるが伝わらない。ユーカーならこれくらい解ってくれるのに、トリシュと来たらユーカーの活躍を応援している。

 今の見ました?戦うあの子も実に素敵だ。そう思わない?みたいな視線を送られてもどうしよう。今、そんな状況じゃないんだ。気付け!目を覚まして!お願いだから!今国の一大事っ!王の一大事なんだよ?解ってくれトリシュ!何故わからないんだっ!


 「さっさと城から出て来い!その老朽化した城じゃいつまでも耐えられねぇぜ!」


 そんな熱い声援を受けているとも知らず、或いはそれを無視してか、ユーカーは果敢にも斬り込んでいく。教会兵器の威力を見せつけたことで、兵達は恐れ戦き道を空ける。その内に少数を対岸へと残し、湖を渡りきったユーカー達。その威力を目にした者は既に心が俺掛かっているのか、死んだふりをしている者もいるようだ。その姿に気を使ってか留守番組は、わざと弾を外しながら、死ぬふりをするチャンスを作ってやるという心配りまで行っている。

 今は一人でも多くの味方が、男手が欲しい。悪くない手だ。


 「くそっ!……よし、完成だっ!」


 思わぬ奇策に意識が乱れ、舌打ちしていた数術使いもとうとう数式を完成。空に大きな穴を作る。そこからギャアギャア言いながら飛び出してきたのは獰猛な目付きの大型鳥類。タロックの鳥だろう。数値変化を受けたのか、頭の数や足の数がおかしい化け物のような鳥がわらわら飛び出る。

 そしてそいつらは余程腹を空かせているのか旋回しては、肉付きの良さそうな相手から空へと攫う。そういう意味ではタロック軍の連中よりカーネフェルの者の方が標的に成り易い。エルス=ザインは、この場の状況に合わせた物を召喚していた。


 「須臾、あいつはコートカードだ。ここまで来られたら不味い」

 「其方がいれば問題なかろう」

 「そ、それは……そうなんだけど」


 退けと訴える数術使いに、タロック王は応じない。あくまで一戦交えるつもりだ。


 「なら、裏手から回ろう。挟み込むんだ」

 「要らん心配だな」

 「須臾!?」


 タロック王は薄く笑み、数術使いを振り返る。


 「もって後三秒だ」

 「え?」

 「ユーカーっ!!」


 数術使いが目を瞬かせたその刹那、アルドール様が鉄柵ギリギリの所まで身を乗り出して、叫ぶ。見れば奮闘していたあいつの身体が傾いでいく。


 「そうかっ!毒をっ!」


 昨日されたことを思い出したトリシュの声。それに俺達もはっとする。

 タロック王は風のカード。そしておそらく誰より風に愛されている。風を操り毒を流すなど造作もないこと。

 幾ら教会兵器があっても此方にはカーネフェル王という人質がいる。だから大砲も肝心なところは狙えない。


 「子鬼、カーネフェリアと其方の騎士も同じように磔てやれ」


 勿論アルドール様達も唯では捕まる気はないだろう。戦闘体勢に入った二人を一瞥、数術使いは王に尋ねる。


 「須臾、どうする気?」

 「あのような雑兵、我に本当に殺せぬか確かめてくるとしよう」

 「や、……やめッ……」


 ユーカーを殺してくると言うタロック王。その背に言葉を振り絞る。血よりも赤い瞳が俺を見た。男は俺を鼻で笑う。ユーカーが震えるほど恐ろしいと言った男の目。確かに身体が震えるが、俺はそれを恐ろしいと思う前に……それを屈辱だと受け入れた。俺は怖いのではなく、馬鹿にされたことに怒り狂っているのだ。震えるほどに。


 「それほど、あのカードが大事か?カーネフェルにはあの一枚以外コートカードがいないと言うことか」


 そうじゃない。カードだから……だから大切なんじゃない。それが解らないなんて、この男は何て可哀想な奴なんだ。

 今度は俺が笑ってやった。この哀れな男を腹の底から笑ってやった。声は殆ど出なかったが、俺の嘲笑は奴には聞こえたことだろう。男は怒りのままにより深く、先程抉られた俺の傷を抉って去った。

 もうろうとした意識の中、目に見えるのは城の庭。そこで倒れたユーカーに、迫る漆黒の影。振り下ろされるその白刃。覚悟した悲鳴は上がらない。恐る恐るそれを見れば、狂王の剣を受け止めた者がいる。

 それはユーカーではない。タロックの黒い鎧に身を包んでいる。顔は見えない。しかしなかなかの剣さばき。仲間割れか?

 何度かの応酬。力では負けているらしいその黒騎士は、自らの機敏な動きと迷いのない剣が生み出す風で、周りに溢れる猛毒をかわし呼吸を続けているのだ。

 それを認めたユーカーは、ふっと笑う。その顔はしてやったりという顔だ。更に言うなら……“あいつが俺を連れ出す時、何着せてたと思う?”そんな表情。

 そうか。ユーカーは、いちどあのレクスという男に連れ出された。その時……目立たぬようにタロックの服を着せられたのだ。今のユーカーはそれを着ていない。そしてユーカーの使う兵にはタロック人がいる。一人城に潜入さえることが出来れば、そこから衣服を奪い更に数人潜入出来る。そして手筈を整えれば……多少荒事で大勢入れ替わることも出来る……?


 「……ほぅ、これを止めるか。さては噂の聖十字とは其方のことか」


 聖十字の剣さばきに、タロック王が僅かに笑みを浮かべた。その刹那、狂王が膝を着く。


 「背中ががら空きだぜ、タロック王」


 それは大声ではなかった。それでも口の動きだけでも解る。

 どうやって解毒したのか解らないが、復活したユーカーが、聖十字に気を取られている隙に狂王へ一撃食らわせる。それが誰の分の仕返しなのか、聞かなくても解る。あいつは本当に……何処まで馬鹿なんだ。


 「毒を使うようなお前達が、二対一を卑怯だとは言わねぇよな?」

 「下がってくださいセレスタイン卿。手負いの貴方では足手纏いです」

 「おいこら腐れ聖十字!」


 ユーカーと聖十字の睨み合いの間で狂王は低く笑い空を仰ぐ。


 「あの男が逃がした兵が我に傷を負わせるか。くっくく……実に、面白い!見逃した甲斐があったと言う物よ」

 「須臾の馬鹿っ!笑ってる場合じゃないだろ!」


 主の危機に鳥を操り数術使いはユーカー達を退ける。巨大な猛禽類を相手に道を阻まれ、時間を奪われる。


 「コートカード二枚は分が悪い……か。良かろう。子鬼、撤退だ。鳥だけ残し兵を向こうの領地まで飛べるだけ連れて飛べ」

 「過労死したら呪ってやる」

 「それは楽しみだ。もっと酷使してやろう」

 「やっぱ貴方は嫌いだっ!その内殺してやるっ!」


 化け物鳥達を仕留める内に、数術使いは数式を完成。

 そんなに距離がないのなら空飛んだ方が早いし代償も軽いと、数術使いは味方を空へと招き飛んで行く。風を操る者が相手では教会兵器も威力が落ちる。向こうにはスペードのAもいるのだ。だから無駄弾になる。攻撃を見送ったのはそのためだろう。


 「……やった、のか?」

 「いえ、まだです!」

 「っくそ!どうせなら鳥も連れてけってんだ!」

 「騎士様は下の退治と解毒をお願いします!上は私が行きます」

 「あ、おいっ!くそっ!焼き鳥になりたい奴から掛かって来いっ!俺の調味料の餌食になりてぇんならな!」


 信じられない。……追い返した。この城からタロック軍を。

 夢でも見ているのだろうか。思い出したように意識が揺らいでいく。それでもここで眠ってしまったら、本当に夢になりそうで怖い。目を覚ましたら俺はま打あの牢の中にいるのだとか、或いは二度と目を覚まさないのだとか。そんなことを思うと重い瞼も閉じられない。


 「アルドール様、下がって!」

 「トリシュ、向こうからも来たっ!今燃やすからその隙に……」


 ついユーカーと聖十字の人の方ばかりを見ていたが、アルドール様とトリシュも上を襲いに来る怪鳥達を仕留めるのに頑張っている。完全に音声聞いていなかった。ユーカーが復活するまでは二人とも観客と化していたから多分戦い始めたのはつい先程のことだろう。コートカードの戦いは、神子様のような先天性的な数術使いでもない限り、数術なんて派手な物を操れない。それは派手な物とは言えないが、幸運を盾にした賭け。その賭けがあの狂王に一撃食らわせるまでに至った。

 俺は背筋が震える。これまでのそれとは違うような胸の高鳴り、興奮だ。それに気付けば目も冴える。だが、同時に悔しくもあった。

 ユーカーとあの聖十字は知り合って間もないはず。それがまるで旧知の仲のように連携の取れた動き。それもあいつのピンチの時に駆けつけて、颯爽と救い出すなんて……


(そういうのは俺の役目のはずなのに……)


 俺は苛立つ。訳の分からない感覚に、苛立っていたこともあり沸点が低くなっていた。


 「危ないランスっ!」

 「……?」


 視線を上げる。アルドール様の声。ああそうか。あの二人は俺のために戦っていてくれたのだ。鳥達は弱っている俺から食おうとしていた。それを庇ってくれていた。しかし数が多すぎて、間に合わない。俺を斬ったときの剣はトリシュの手にあり、アルドール様は数術で応戦していた。それでも触媒が変わってまだ慣れないのだろう。数術を紡ぐのが遅くなっている。それを察した鳥が俺へと急降下。

 俺は何も出来ずにそれを眺めていた。鳥が俺へと触れる前に俺の周りに炎が点火。彼は炎の壁で俺を守ろうとしたのだろう。しかし化け物鳥は恐れない。

 瞬きも出来ずに爪が俺へと迫り来るのを見守る刹那、一陣の風が吹く。姿はない。それでも俺の視線は誘われるように其方に向いた。そこには駆けつけたあの聖十字。その手に剣はない。伸びた腕は俺に差し出されたわけではない。それでも此方を向いているのは、彼が剣を此方に投げたから。鳥はその剣に貫かれ、串刺しにされていた。

 彼は此方へ駆けて鳥を仕留めに掛かる。剣を引き抜くでもなく彼はそれをそのまま上へと払う。身体の中から半分を、垂直に切り裂かれた獲物は蛙の潰れたような音を断末魔の叫びとして息絶える。


 「お怪我はありませんか?」


 初めて俺へと向けられる聖十字の声。思いの外高い。まだ少年なのだろうか。

 彼は両手と兜が返り血塗れなのに気付き、それを外す。俺の縛めを解くのにそれは邪魔だと思ったのだろう。俺を血で汚さないための配慮だったのかもしれない。


 「わぁ……ここは空気が綺麗ですね」


 それが空気に肌を触れさせての第一声。対する俺は声もない。彼はそこに俺がいることも忘れて、空の青さとそよぐ風に微笑んだ。確かにこの城の上はいい風が吹く。しかし誰がこのタイミングでそんなことを言うと予想した?俺には出来なかった。だからこそその何気ない一言が大きく聞こえる。狂王相手に渡り合うのだ。どんな相手が出てくるのかと構えていたが、誰に向けたでもないその言葉は、俺に強い衝撃を与えた。それ以上の意味などないような言葉なのに、何故か何度も俺の脳裏を駆けめぐるのだ。

 それは何故か?そう発したときの彼の微笑。柔らかく優しく、綺麗な笑みだ。そう思うと気が遠くなる。その頃にはもう、自分の代わりにユーカーを助けたという憎い相手、ではなく……空気が綺麗と微笑んだ、その横顔だけが忘れられなくなっていた。


 *


 「ったく、本当うちの馬鹿連中は毒への耐性無いんだな。その辺強化しねぇと今後やばいんじゃねぇの?」

 「ああ、イズー……君に解毒をして貰えるなんて僕は幸せ者です」

 「へいへい、さっさと治してさっさと働け。お前俺への応援ばっかでまともに仕事してなかったろ」


 ランスは見慣れぬ石造りの天上を見上げる。夢オチにしては牢屋の中ではない。ならあれは本当にあったことなのか。それを確かめるべく身を起こす。


 「ユーカー……」

 「ん、ああ起きたかお前も」


 ユーカーとトリシュの会話で目が覚めた。正確には俺が目覚めると二人が会話をしていた。そうなるか。


 「ユーカー、話がある。ちょっとこっちに来てくれ!」

 「は?あ、おい!ちょっといきなりなんだよお前は!」


 隣の寝台で寝ていたトリシュは追って来る気配がない。見た感じ看病と称してユーカーが寝台に拘束させていた。妙なことをされないようにしたのか、活躍がなかった罰なのかは解らない。唯、どっちでもあるような気はした。


 「お前も俺も一応毒食らって病み上がりなんだ。怪我だって……アルドールじゃ完全には治せねぇ」


 急ぎ足で進む俺にユーカーはそう訴えるが、俺はそれどころじゃないのだ。どうしても彼に聞いて欲しいことがあった。

 人の気配の無さそうな密室に彼を連れ込んで鍵を閉める。俺の警戒に何事かと彼は騒ぐ。

 何事かだって?聞きたいのは俺の方だ。


 「どうしようユーカーぁああああああっ!」

 「うえっ!」


 突然泣きついた俺に従弟は狼狽える。俺だって狼狽えてる。こんな俺の姿は彼も俺も全く知らないものだった。


 「な、なんか気になるんだ!」

 「……は?」

 「俺、おかしいんだよ……」

 「確かにおかしいな。お前距離近すぎ。俺のパーソナルスペースの侵略は止めて貰おうか」

 「なんか凄い、心臓がばくばくして、痛いくらいなんだ」

 「ちょ、ちょっと待て!俺にそういう趣味はねぇぞ!」

 「ああ!解ってる!でもお前しかいないんだ!こんなことお前にしか話せないっ!助けてくれっ!男相手にこんなの、おかしいと思うっ!だけどっ!」

 「止めてくれ!お前だけはまともでいてくれるって俺は信じてたんだぞ!?誰に毒された!?」

 「あの、聖十字の彼……」

 「は?」


 それまで狼狽えていたユーカー。その顔が一気に醒めていくのが見える。


 「なんなんだあの子!颯爽と現れてっ!俺の役目なのに、お前のこと守って!それに怒ってた俺のことまで守ってっ!これじゃあ俺が惨めだ!器が小さくて情けないっ!でもそんなことどうでも良いくらいあの人綺麗で可愛いんだ!俺おかしくなったのかな!?あの変態の子供なのだからなのかな……俺もおかしくなっちゃったんだっ!」

 「落ち着け阿呆っ」

 「ぐえっ!……痛いよユーカー」

 「何突然とち狂ってんだお前は」


 訳の分からないまま俺は頭に一発チョップを食らう。不満を言うとグリグリと頬を拳で弄られた。


 「いいか?ジャンヌは女だ」

 「え?」

 「カーネフェリーは少子化で男が少ない。当然カーネフェル人の割合の多い聖十字軍はうちの軍と同様に女の多い軍隊だ。だから舐められないように何割か男装して任務に務めるんだってよ」

 「え?」

 「聞いたこと無かったのか?」

 「そうなの?」

 「ていうかお前ら会ってるだろ?ブランシュ領ですれ違ってるはずだぜ」

 「ごめんあの頃お前のことしか考えてなかった」


 一旦途切れる会話。俺の口から漏れるのは、安堵の息だった。


 「でも……そっか。女の人だったんだ……」

 「あー……うー……ん、まっずいな……これ。こんな面倒事が起こるなら、俺レクスの方にいれば良かった。ぶっちゃけ今この場から物凄く逃げたい。巻き込まれたくない」

 「冗談でも止めてくれよ。俺にはお前が必要だ」


 思いの外、さらっと口に出来た。嗚呼そうだ、これも言いたかったことではあるのだけれど、おかしい。優先順位に狂いが出ている。それが解るのか、ユーカーはその一言には取り立てて何も返さない。


 「あのよ……お前何日寝てたと思う?」


 ユーカーの問い。窓の外は明るい。まだそんなに時間は過ぎていないようだ。


 「え?……二時間?」

 「違う」

 「一日」

 「違う。三日だ」

 「み、三日ですか?」

 「ああ。この三日間城の補強と修理を行った。アロンダイト領を山賊に奪われブランシュ領をタロックに奪われた以上、ここを暫くの拠点として動くとなった。しかしここで問題が二つばかり浮上した」

 「既に聞き捨てならないことが一つあるんだが、続けてくれ」

 「この三日の内に神子の野郎がシャトランジアをまとめきって神子から教皇にクラスチェンジしやがった。要するにシャトランジア国王よりもずっと偉い。それで今朝方こっちに戻って来た。今後は全面的に支援に回ってくれるって話で、それを聞いたタロック軍の一部は本国に引き返した」

 「喜ばしいニュースじゃないか」

 「そうだな。だがここで悲しいお知らせだ」

 「え?」

 「アルドールの阿呆はカリスマが弱い。そこで、支援するに決め手に欠ける。神子は国をまとめるために一人の女を持ち上げた」


 そこまで言われ、嫌な汗が額に浮かぶ。


 「その女は聖十字の掟を破り、カーネフェルを守ることを選んだ。聖十字での居場所を失った彼女をアルドールに引き取らせた。それはシャトランジアとカーネフェルの結びつきにも成る。救国の英雄ってわけだ」

 「ユーカー……それって」

 「負け続きの幼い少年王だけじゃまだ民のテンションが上がらない。やっと一戦勝ち取った。その功労者として神子はジャンヌを祭り上げるつもりだ」

 「祭り上げる……?」

 「…………結婚だよ」

 「け、結婚!?だ、誰と誰がそんな話に!?」

 「アルドールの阿呆とジャンヌだよ」


 頭を思い切り鐘にぶつけたなら、こんな衝撃を受けるだろうか?わからない。今度ぶつけて試してみよう。でも大したことはないはずだ。今感じた衝撃の強さに比べれば。


 *


 「無理無理無理無理無理無理無理無理本当無理っ!」


 アルドールは泣きながら親友に縋り付く。


 「神様神子様仏様っ!イグニス様々!聖下様っ!俺結婚なんて絶対無理!俺へたれだし!俺すぐ泣くし!俺馬鹿だし!俺本の虫だし!」

 「全世界のへたれと泣き虫と馬鹿と本の虫に謝れ。以上」

 「嫌ぁあああああああああああ!ほんとに無理っ!お姉さんだって、いやジャンヌだって絶対嫌がってるって!こんなの酷いよ!政略結婚とか相手のことを考えないと駄目だって!」

 「カリスマのない自分を怨みなよ。それかそんなに嫌なら5秒でカリスマ身につけろ」

 「無理ぃいいいいいいいいいい!」

 「なら諦めなよ。どうせ今君好きな女がいるわけでもないんだろ?別に名目だけの結婚なんだ。彼女を傍に配置するためには他にはどうしようもない。彼女はそれだけの働きをしてくれた。その上で下女にでもするっていうならそれこそアルドール、酷いことだよ」


 別に名前だけの結婚。無理に恋人の振りをしなくても言いとは言われても、意識はしてしまう。


(だってイグニスなんか機嫌悪いっ!)


 いつにも増してイグニスが冷たいかつ鬼畜。イグニスが言い出したことでイグニスの機嫌が悪いなんて何か理不尽だけど、これを飲めば悪いのは俺と言うことになってしまう気がする。


 「だって、結婚ってもっと神聖なものだろ?そんな風に誰かを国の道具にするなんて……」

 「君は国の道具だ。それが王だ」

 「でも彼女は違う!」

 「君がそうしたくないだけだろ。そう思うって事は多少なりとは君も彼女が好きなんだよ」

 「別にそうは言ってないだろ!?」

 「でも嫌いじゃないだろ?」

 「そりゃそうだけど!だからって結婚なんて、そんないきなり!急すぎるっ!」

 「向こうにパルシヴァル君を取られたのは痛手なんだよ。君と彼とじゃ明らかに彼の方が可愛い。少年王って単語がぴったりだ。ぶっちゃけ君今年で十五でしょ?少年って形容していい限界ギリギリの年代じゃないの?」

 「俺に言うなよそんなこと!」

 「だからここは彼女の力が必要だ。救国のヒロインの存在はそれだけで士気が上がるんだよ。古今東西の歴史がそれを物語る」

 「うちの軍隊女だらけなんですけど士気上がるの!?」

 「ああ、上がるね。騎士様連中がまずやる気出す。女の子に良い格好見せたいし女の子に負けたくないし頑張る。そうなるとそんな騎士連中を見てお姉さん達が頑張る。その辺の連鎖反応で色々あってご老人やおっさん達も頑張る。ついでにセレスタイン卿の秘密兵器でタロックからの捕虜の一部がやる気出す」


 おまけのようにユーカーが悲惨だ。もう止めてあげて。いい加減男とのフラグ立たせるの止めてあげて。


 「いきなりいなくなって、帰って来てくれたと思ったら……出世してて、おめでとうって言おうと思ったのにさ……俺に結婚しろだなんて、俺はもうどうしていいのかわからないよイグニスっ!」

 「ありがとう。でも正式な式典はまだだから正確にはちょっと違うよね」


 イグニスは、俺にお帰りさえ満足に言わせてくれなかったのだ。その顔を見たときには泣きそうになったんだ。その涙が一気に引っ込んだのは今朝のこと。


 「そんなことより別に結婚くらい何なわけ?結婚したら僕らは他人?縁が切れるの?絶交でもする?」

 「しないっ!」

 「だろ?じゃあ今と何も変わらないじゃないか。はい終わり。この話終わり。これで解決。はいお終い良かったね」

 「良くないっ!変わるよ。俺が後ろめたい」

 「僕が聖職者だから?結婚できない立場だから?」

 「ああ」

 「下らない」


 鼻で笑われた。すごい、ショックだ。


 「いいかいアルドール。ここから先君が彼女とどうなろうと僕はどうでも良いし興味がない。唯彼女のようなコートカードは本当に貴重だ。ルクリースさんを失った今、クィーンは本当に大事なカードだ」


 ルクリースを死なせなければ、彼女との結婚を強要することなど無かったとイグニスは言う。死なせた一端はお前にもあるだろうと琥珀の瞳が俺を責める。


 「あれは、僕らの責任だ。彼女を死なせてしまったのは」

 「……怖いんだ。嫌いじゃないけど、怖いんだ」

 「怖い?」

 「ジャンヌは姉さんに似てる!ルクリースとも重なるっ!また道化師に殺されるかも知れない!女の子を傍に置きたくないんだ!今いるカードは男ばかりじゃないか!道化師は……俺の周りに女を配置することを嫌ってるっ!」

 「馬鹿」

 「痛っ!」

 「僕はまだ生きてる。勝手に殺すな」


 俺を蹴りつつイグニスが笑う。


 「君は僕の言うとおりにしてればいい。これまでだってそうして来たじゃないか」

 「でも……」

 「僕が信じられない?」

 「信じてるっ!」

 「ならどうして迷うの?」

 「やっぱり怖い。……目の前で誰かが、女の子が死ぬところ、見たくないんだ」


 幸い俺はまだ目の前で親しい間柄の男が殺されるところを見ていない。だけど、アージン姉さん、ルクリース……フローリプ。俺の周りの女の子は次々死んでいく。そうなるとやっぱり道化師はギメルなんじゃないのか?俺が他の女の子を少しでも好きになるのを許せないんだ。そんな風に思ってしまう。そこで結婚なんてしてしまったら、道化師の標的にしますって言っているような……


 「イグニスまさか……彼女を囮にするつもりなのか?道化師を呼ぶために」

 「…………君はいつの間に、そんなに遠くを見ることが出来るようになったんだろうね」


 肯定のような言い回し。信じられなくて彼……いや、彼女の肩を掴んだ。両手で触れる肩は頼りなく細くて……壁へと押しつける身体は華奢で、触ると解る。女の子だ。それじゃあイグニスがギメルなの?俺は今、もしかしたら初恋の人に……他の女と結婚しろと言われているのかも知れない。

 おかしいよな、そんなの。もう少し抱き寄せれば抱き締められる。そんな距離にいながら俺達は……どうしてこんなに遠いのだろう。


 「イグニス……俺は、……俺は、“ギメル”が好きだった!」

 「知ってる」

 「今だって彼女を嫌う理由なんて、本当は何もないんだ!」

 「それも知ってる」

 「俺は彼女に会いたい!本物の彼女と話がしたい!」

 「……解ってる。だけど今は駄目だ」


 琥珀の瞳は暗い影を落としながら、一度逸らされまた俺へと戻る。


 「アルドール。僕はイグニスだ。ギメルじゃない。僕は君をそういう風には好きではないし、君もそうではないはずだ。君がギメルを嫌う理由が無い以上、君が僕に彼女を重ねることは、彼女への思いへの侮辱に他ならない」


 最愛の妹を傷付けるのなら、軽蔑するよとその目が語る。イグニスの軽蔑は、俺が他の人と結婚することではなく、そうすることで生じる物なのだと彼は俺に言うけれど、俺にはそうは思えないから空回る。


 「僕が道化師を退治する。君がとどめを刺せるくらいまでに追い込む。あいつのことは僕が誰より知っている。だから、上手くやれる。君が信じてくれさえすれば、絶対に上手く行く!だから今は、今だけは……僕を信じてくれ!お願いだよアルドール!」

 「イグニス……」

 「僕は唯、君を守りたいだけなんだ!失うわけにはいかないんだ!」

 「…………“世界のために”?」


 俺の言葉に彼女は力なく頷く。まるで、それは思い出したと言わんばかりの適当さ。そんなイグニスが、……俺にはよくわからなかった。

25話にしてようやくこの章の本筋入って来ました。

0,いくらを入れると35話になる。長いよっ!

騎士コンビの関係をどうにか解決させないと、ランスがジャンヌに惚れようなかった。もっとしっかり惚れさせようとしたけど、数術使いでもないから格好良く登場ってあの程度しか演出できない。基本的にコートカードは戦闘パラメの運だけ異常に高いだけのただの人。強いカードだけど元から数術使いじゃないとコートカードは数術使えないって設定なので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ