24:Scire tuum nihil est, nisi te scire hoc sciat alter.
「そっちのガキは一番最後だとよ。本当に王はあの鬼に甘い」
俺達を牢へと押し込め、兵士は笑う。
その瞬間から、次に発せられるであろう言葉を予期し、ランスは二人をなるべく牢の奥へと送る。
「それで?どっちから処刑されたいんだ?」
もっとも扉の傍にいた自分がそれに応じれば、当然トリシュとアルドール様からは非難の声が上がる。
「ランス、俺が行く!」
「駄目です。貴方が死ねばカーネフェルも死んでしまう」
「でも、それでいいのか!?だって、ランス……ユーカーと何も話してないじゃないか!」
そのまま死ねば、苦しむのは誰?すぐ死ぬ俺はそれから解放されるけど、残されたあの子はどうなるのだと青い瞳が俺を責める。それでも……俺は何か?俺は騎士だ。
「貴方を守るのが俺の役割です」
私情を殺す。王を守るためなら。
それ以外の騎士としての生き方を、俺は終ぞ知らなかったのだ。
「考え直してください。君に何かあれば……悲しむ人がいる」
それなら自分が先に行く。その方がきっとあの人も悲しまないとトリシュが立ち上がるが、俺は視線でそれを制した。
「……トリシュ、後のことは頼んだ」
「ランス!?何を馬鹿なことをっ……こ、ここは私が」
「トリシュ。俺が頼んだのはアルドール様のことだけじゃない」
こう言えば彼は思い出す。彼は俺とは違う。王のためだけに生きているわけではない。
内心複雑な思いがあるのは確かだが、それでも彼もまた立派な騎士だ。そして優しい人間だ。その優しさはあいつを支えてくれることだろう。
「ランス……君は……」
「あいつのことを頼む」
こう言えば彼はもう、俺には言い返せない。それを知って俺はそれを口にしたのだ。私情を封じて。
俺はあの子を傷付けてばかりだった。だが、彼ならば違う。そう思うのも確かだから。
走馬燈のように過去の思い出が脳裏を過ぎり、苦笑してしまう。それは当然のように彼から始まり彼で終わる。それ以前のことなんか、こういう時には思い出さない。こうして見ると、本当に俺は狭い世界を生きていたんだな。
(ごめんなさい、母さん)
俺がここに来ようと領地を飛び出したのは、貴女のためだったはずなのに。湖に眠る貴女を迎えに来たはずだったのに。
(貴女のことを、忘れていました……)
それは今から始まることでもない。いつだって忘れていた。俺を笑わせてくれる人がいた。
ユーカーともう一人。今はいない人。俺が悲しむことを忘れたのはあの二人の所為だ。だから俺はこんな時でも悲しめなくて、微笑まで浮かべられる。
「アルドール様にも、お願いします。あいつは暫く抜け殻になるでしょうから」
俺がそう言えばアルドール様も動けない。責任を押しつけることで生に執着させる。俺をここで死なせれば、この人はせめてユーカーは助けようとしてくれる。
「……そこまで解ってて、行くのか?」
神子様みたいだ。全てを見透かすような透き通る青。いや、むしろ……アルト様に重なって、俺は咎められた錯覚を知る。
(いや……)
あの方はもういない。これから会いに行く。
「はい」
俺が突破口を作る。俺は数術使いだ、トリシュよりもカードは上位。元素の加護は厚い部類に入る。幸福値全て投げ出す命懸けの数術ならば、必ずやアルドール様を救う事が出来るだろう。
別れ際、俺は仕える人に手を伸ばす。
「アルドール様……これを」
「……これって」
俺が渡すは養母さんからもらった触媒。触媒剣が壊れてしまったアルドール様にはこれから必要なものだろう。
数術への理解がない兵士は、それを形見か何かだと思って特に咎める様子もない。どうせ全員死ぬんだとでも思っているのか。それとも単にカーネフェル語がわからないのか。
「おら!さっさと歩け!」
確かに罵声はタロック語。なるほど後者というわけか。連れ出された俺もタロック語で聞いてみる。
「何処へ連れて行くんだ?」
「処刑は明日の正午。太陽が天高く昇る頃。それまでお前は独房送りだと」
エルス=ザインの言っていた風に拷問でもされるのだろう。手だけでも指は10本あるしなるほど昼まで十分保つだろう。
*
「落ち着いてください、アルドール様」
「だって、ランスを助けに行かないと!死ぬ気だ!」
「触媒を無くされて、そんな身体で数術など無理です」
「トリシュだってやったじゃないか」
「だから言っているのです」
まだ身体が怠い。毒が完全には抜けきっていない。そこに数術の負荷が掛かる。脳へのダメージは深刻だ。こんなことを触媒も無しで行っていた友人を、トリシュは心底恐れ見る。
こんなことを普通の人間がやってのけたらどうなるか。身をもって思い知った。だからこそここは主を止めなければならない。命令を守るだけが忠義ではないのだ。
「ここから抜け出す手が、それ以外にも一つあります」
「それまでランスが無事な保証はあるのか?」
「……少なくとも、死んではいないと思います」
考え得る限りの正解に近い答え。しかしそれで王は満足しなかった。解っている。だが保証もないのに絶対に大丈夫ですなどと、僕には言えなかった。
「……解りました。どうしてもその気ならばご自由になさってください。正し、その場合は私も焼け死にますが気にしないでください」
僕は炎の属性のカードではない。ハートはクラブの天敵の水だ。ハートの上位カードならば炎など打ち消すことができるだろうが、僕は元素に愛された上位カードでもない。幸運に守られたコートカードでもない。中途半端な数値のカード。アルドール様の全力の炎には打ち勝てない。
城事燃やしてここからの脱出を図るというのなら、その過程で僕は命を落とすだろう。それは最弱のカードのアルドール様だって非常に怪しい。
今僕に言えることは、自分の命を人質に主の考えを押し留めることだった。僕の命など紙切れ一枚……そう思われたなら成立しない賭けだったが。
「…………ごめん、トリシュ」
アルドール様は熱を沈め、僕へと詫びる。自信がないわけではなかったが、それでも不安がなかったと言ったら嘘になる。その言葉に僕が安堵したのは事実。
「いいえ……」
僕が仕えた人はやはり、それに足る人物だ。まだ幼く思慮浅く……感情を持て余した王だが、いずれは立派な王になるだろう。それを僕らが支えていかなければならない。
「アルドール様、ランスを助けましょう。貴方にはまだ、あの男が必要です。そしてこの国にも」
「……ああ。それで、もう一つの方法って言うのは……?」
強く頷き見つめ返すは深い青。たかだか一枚のカード。国からすれば大したことはない端数。そんな僕や彼を大切に思ってくれるこの人は、守るに値する人だ。
「エルスというあの混血も、タロック王も、処刑をひっそりと行う輩には見えません。必ずや我々にそれを見せることでしょう」
おそらく早朝辺りからあの男は吊されるか磔にでもされるだろう。そしてそれを民に見せつけた後に、殺すはず。
唯、その誤算は……ランスが北部での知名度があまり無いと言うこと。父親がいろんな方面にはっちゃけた方であるため、むしろ北部では尾鰭の付いた根も葉もない噂話が広まっている節さえある。それをあの人は快く思わず、親友を褒め讃えるものだから……今度はその噂に妙な信憑性まで出てくるという悪循環。多分殺されたところで北部の民にダメージは無い。僕のイズー……、いや……ユーカーでも引っ張ってきた方が余程北部の民には衝撃的だ。荒れ事ばかりを引き受けた結果が、海賊避け、山賊避けの異名。彼は北部では半ば英雄扱いされているから。
「処刑の場に連れ出された時、それが最初で最後の好機。アルドール様はそれまで横になって少しでも体力を温存させていてください」
そうだ。せめて彼がいてくれたら。北部での彼の高い知名度があれば、一緒に戦ってくれる兵は多い。この状況だって、数に物を言わせて打開することも。
(いや、無い物ねだりは出来ない)
それに僕は安堵している。彼の安全が保証されているからこそ、僕はここまで無謀になれるのだ。
その安心感とは裏腹に、身震いするような肌寒さ。夏とはいえ今日の夜風は冷たい。海からの風がここまで届いているのだろう。
身体を休めた主へと上着をかけてやりながら、牢のむかいから見える、鉄格子の先の月を僕はしばらく眺めていた。
雲はすっかりと晴れて……今は月が綺麗だ。星が見えなくなる程に。
*
馬を走らせて暫く。チェスター領を抜け、隣の領地に差し掛かった頃だろうか?レクスの抱える荷物が動き出したのは。
「起きたか?」
「これだけ揺れりゃ、嫌でも起きる。ていうか吐きそう」
青白い顔でセレスが呻く。このままじゃ本当に俺の鎧か馬へと吐きそうだ。
「次の水場まで待てないか?」
「……頑張ってみる」
「この辺の水場は解るか?」
「ああ、この向こうだ」
余程気分が悪いのだろう。水場に誘うセレスは妙にしおらしい。思えば俺の妹もそうだった。風邪なんか引くと気弱になってそれがまた可愛くて。こんなところまで似ているとは、そう思うと胸が熱いもので満たされる。
その刹那、凄い勢いで此方に向かってくる影があることにレクスは気付く。
「あれは……」
暗い毛色の暴れ馬。あれには見覚えがある。確かセレスが聖十字を逃がしたときの馬。水場に向かうと思われた、セレスをその馬が背に乗せる。
「主人を迎えに来るとは大した奴だ」
「そんなんじゃ、ねぇよ」
平然と答えるセレスは別に酔ってなどいないように見える。あれは演技か。思い出補正の妹フィルターが掛かっていた俺の失態。この男、なかなか侮れん。
「ぶっちゃけこの馬鹿馬は俺よりランスに懐いてる。だから来たんだ」
そしてその馬の背には、他にも小さな影がある。金の巻き毛を結った少女。それがここまでこの馬を連れてきたのか。
「ジャンヌさんから伝言です。恩を仇で返すのは私の正義に反しますので、恩には倍の恩をもって……だそうですわ、お義兄様」
「……あの女からか。聖十字と繋がりがあるってやっぱお前神子の回しもんだったんだな」
「悪いなレクス、俺は聖人君子でも善人でもねぇから恩は仇で返させて貰うぜ。……一応おまけで礼程度の情報はくれてやったんだ。大目に見ろ」
「あの子が心配じゃないのか?」
「心配でもあんなガキでも……あいつも騎士なんだよ。もう、俺に守られる者じゃなくて……誰かを守る者になっちまったんだ。心配するってのはそんなあいつの名誉を汚すことだ」
なら信じてやる。それが騎士ってもんだとセレスが笑う。その微笑に悔しいが、こいつは敵対している時の方が二倍は魅力的に見える男なのかもなと思った。
流石は貴族か。どうにも俺や妹とは違う生き方、考え方があるらしい。それを下らないと呆れることが出来ないのは、そんな下らないことにこの男が命を賭けているからだ。
俺はキング。無事で逃げられるとは思っていないだろう。この言葉の応酬も本当は惜しいはず。不意打ちで逃げれば良かった。
「だから行くのか?あの色男は騎士ではないのか?」
「ああ。今のあいつは騎士でもなんでもねぇ。唯の屑だ。だが腐れ縁でも俺の友人だ」
それをしないのはこの男が、俺との戦いを剣ではなく言葉で挑んでいる証拠。心で俺を打ち負かさなければ、この場を無事に逃げられないと知っているのだ。
確かにそのひねくれながらも真っ直ぐな言葉は、俺の胸へと届いてはいる。
「どうせまた下らないこと悩んで下らないこと言ってるに決まってる!ふざけた寝言を言った俺をあいつは殴った。今度は俺が殴ってやる番だ。友人が凹んでる時に罵ってやらねぇのは友人失格って奴だ」
「そこは励ますだろ普通」
「俺の励ましは基本的に罵りなんだよ!」
「確かにらしいな」
セレスは座した荷物に視線を送らず、声だけ投げる。
「……偽エレイン、ここまで他の奴らは何分で着く?」
「あと5分もすれば来ますわ。お義兄様はこの領地では人気者ですもの」
早すぎるような気もするが、はったりだろうか?……なら、5分待ってやるのも悪くない。待てば答えが出るのだ。
「つまりだレクス。俺がお前相手に5分持ちこたえればお前の負けだ」
「増援か。女ばかりのカーネフェル人が来たところで俺は情け容赦はかけないぞ?」
「お前どこまで男好きなんだよ」
「生涯愛する女は妹だけと決めてたんだよ。ここで女に走ったら妹に悪いだろ?」
「……はぁ、奇遇だな。そう言う気持ちだけなら解るぜ」
荷物から渡された剣を手に、セレスが笑う。本当に、敵対している時のこの生き生きした顔が堪らない。
「だからこそ、お前は勝てない。それでもやるかレクス?」
情報は与えた。後は時間が解決してくれる。しばらくはのらりくらりとつかず離れずも悪くないかもしれないな。勿論ここで俺を打ち負かすか言い負かすかしたらの話だが。
「……本気で来い。うっかり俺にお前を殺させるなよ?」
*
俺の元婚約者、アスタロット。その妹であるエレイン=シャラットはランスに心底惚れている。その理由は確か、逆賊の生き残りと俺の親父が彼女まで殺そうとした時だったって話。
あいつは騎士の鏡らしく、当然それを庇った。ランスに甘い俺の親父は、エレインを殺すに殺せず放置した。そこで政略結婚として送られてきていたランスの婚約者である彼女はランスに完全に落ちた。
釣った魚に餌はやらないあの天然鬼畜男は、惚れられたのを疎ましがっている節さえあり、年の離れた幼い子供を女として意識できるほど変態でもなかった。
俺は自分とアスタロットのことがあったから、その妹であるエレインには幸せになって欲しいと思い度々ランスにその辺を突っ込んでいたが、あいつはその度素っ気ない。かといって他に気になる女がいるようでもない。それなら尚更俺は義妹を応援してやりたいのだが、あんまり言うと俺が怒られる。エレイン自身もランスが自分に振り向かないのは俺の所為だとまで言い出して、領地に顔を出す度にいびられたのも良い思い出……ではないな、あんまり。おのれランス。何で俺がとばっちりを受けるんだ。これだから顔のいい男は嫌いだ。
ランス自身が乗り気じゃないので俺もそれ以上は言えないが、エレインの一途さは俺もよく知っていた。何かと気にかけていたのはその所為だ。
もし、彼女が死んでしまって。その時あの日の俺のような後悔を、ランスが絶対にしないという保証はない。あれだけ想われていて何とも想わないようならあいつは本当に人間の屑だ。俺はそう思いたくなくて、あいつが悲しむこと前提に考えていた。変な話だよな。俺のためにあいつが泣いてくれることも想像できないのに、俺はあいつが彼女のためなら泣いてくれるはずだと決めつけていた。
そして、エレインは死んだ。
俺は知っていた。知っていて黙っていた。ついこの間、北部に来た時。この女が死んだことを知ったのだ。
*
「おい!どういうことだよおっさん!」
俺が領地入りしても、物騒なご挨拶をしてくる義妹がいない。寝床に画鋲も刺さっていない。これはいよいよ様子がおかしいと、俺は領主に詰め寄った。
「いや、セレス君……これには深いわけがあるんだ」
図らずも、ランスの母親が自殺した湖に……彼女は身を投げたのだと言う。それがヴァンウィックがランスの母親に味会わせた寂しさと同じだったなら、俺はランスの野郎を一発殴らなければならない。お前も最低だって言ってやらなきゃならなかった。だが……
「いや、彼女があまりに寂しそうだったんでね。おじさんにはあんまり罪はないと思うんだ」
「食ったのか?」
「いや、慰め……」
「あんた最低だっ!女と見れば見境無しかっ!?」
俺が殴ったのはランスじゃなくて、その父親だった。
「あいつはまだ子供だぞ!?」
普通に手を繋いだり、キスしたり、デートとか……そういうのに夢膨らませてるような年頃だろ!?
それを子供だとか、子供特有の恋愛感情だ、どうせ本気じゃない。すぐに心変わりするとかあいつは言うけれど、俺は見守ってやりたいと思ってた。仮に五、六年も続けば立派なもんだ。年の差だってその頃にはあまり問題なくなる。
今は子供でも良いじゃないか。エレインはまだ二桁になったばかりのような年齢の子供だ。恋とか愛とかそういうものにもっと夢を見たい年頃だ。それにいきなり汚れた欲望塗れの現実を教えてどうする!?残酷過ぎるだろうが!
それをこの男は汚したのだ。そんな淡い恋心を粉砕する行為が俺は許せない。身体だけじゃない。この男はあの少女の心まで汚れた心で凌辱したのだ。
「あいつは本気であの馬鹿に惚れてたんだ!?他の男に無理矢理そんなことされれば自殺くらいするっ!あんたそんなこともわからないのかよ!?彼女はあいつを幸せにしてやってくれたかもしれない人だったのにっ!」
泣きながら俺は殴った。甘んじてあの好色中年も殴られていた。
だが、この男は何も解っていない。俺とは見ている世界が違う。その非を認めても、それが悪いことだとは思っていない。俺はそれが嫌だった。そんな男の子であるあいつも、人の心など解るはずがないとその目に言われているようで。
「うちの馬鹿息子は別に悲しまないよ。君とは違って。むしろ喜ぶさ」
「そんなはずねぇだろっ!?」
「いいや、間違いなく喜ぶね。“ああ、良かった。これでまた剣の道に生きる覚悟を固めることが出来る”って」
「っ……、ランスはそこまでは最低じゃない」
そうは言ってみたものの、心の中で否定が出来ない。
俺はあいつの口からそんな言葉を聞きたくない。もし笑顔でそんなことを言われたら、俺は理想と現実のギャップに耐えられなくなる。俺の憧れがそんなことを言い出したら、俺は発狂寸前まで心が追い詰められるだろう。だから言えなかった。
ランスを守るためじゃない。弱い自分を守るために、彼女の死を言葉に出来なかった。
それとなく会話に彼女のことを織り交ぜて、様子を窺ってはいたが……本当にあいつは彼女に素っ気ない。まだ俺への言葉の方が温かみがある。
それでも北部に赴くと、彼女が俺達を迎えてくれた。あれは悪い夢だったんじゃないか、あの腐れ中年の寝言だったのだと胸をなで下ろしたかった。
でも、耳鳴りがするんだよ。ほんの少しだけどな、この女に近づくと。
真実を知っているはずのランスの養母も何も言わなかった。俺と同じ気持ちなのか。或いはあいつが昔のように優しくて、未だにどうでもいい女の死に悲しめるような優男だとでも思っているのかはわからない。
パルシヴァルに稽古を付けている時間の休み時間だったか。茶の仕度をしているとあの男と出会した。エレインの件を問い詰めればあいつはそれには真っ正面から答えない。答えられない理由があるとなると、どうせ神子……シャトランジア側の国家機密に絡んでいるのだろう。だからあの男は別のことを口にした。
「うちの馬鹿息子は君が思っている以上に君が大好きなんだよセレス君」
「……は?」
「私はそれを微笑ましく思いながら、危惧を抱いているのもまた確か」
「変な言い方するなよ。はっきり言え」
「このままじゃあの馬鹿は、今以上に君への負担になる。君はやがてそれに耐えきれなくなるだろう。そうなれば次に湖に飛び込むのは君になる」
「意味がわかんねぇんだが」
「あの方が亡くなられた。なら……あいつが頼る相手は君しかいない。忠告はしたがアルドール様ではおそらく駄目だろう」
俺には見えないものを見るように、中年男は虚空を見つめる。
「確かに人はそういう愛など知らずとも生きてはいける。あの馬鹿息子には君がいる。それに勝るとも劣らぬ宝をうちの馬鹿息子は手に入れている」
それは別物でありながら、代替できるものだと男は言う。人生における楽しみであり喜びであり幸福の形の一つではあるのだと。
「だが、それを手に入れるのが早すぎたんだよ」
「早すぎた?」
「ああ。そういうものは長い年月苦楽を共にしてようやく手に入れる絆だ。だかセレス君と馬鹿息子はあっさりそれを手に入れてしまった。それはあまり喜ばしいことではない」
「いや、普通に友人の一人くらいガキだって作るだろ」
社交的とは言えない俺でも一人は出来たんだから。
「ははは、子供時代の友情なんてハムより薄い。ゴムより薄い。成長と共にどうでもよくなるようなものさ。それがちゃんと続いてる時点で少々おかしいんだよ」
「いや、人の友情にケチつけんの止めてくれね?」
「友情というのは裏切りが前提でそこにあるものだ。結局他人同士の繋がりは大小少なかれ裏切りは存在する」
大きな裏切りばかりをしているこの男がまったく悪びれないのは、それを大差ないと知っているから。程度の違いはあっても同罪を犯している他人に、罪を糾弾されても痛くないということか。
「それじゃあ俺があいつを裏切ってるっていうのか?」
「いいや、君はいつでもうちの馬鹿息子のために実に健気だ」
なら妙な言い方するなとむくれるも、中年男は気にしない。
「君は裏切られたとしてもあの馬鹿を怨むこともないだろうし、大抵のことは許せてしまえる。それどころか仮にあれに死ねと言われたら君は死ぬだろう」
「それは……」
否定できない。事実だ。あいつが本気で言ったなら、多分俺はそれに従う。
「だが君は、あれに軽口以外で死ねとは言えないし、言われたところであれは死なない」
「あ………」
「今の君たちの友情はとても不平等なものであり、全面的に君の好意によって成り立つ関係だ」
第三者からの正論は耳に痛い。こればかりは否定の言葉が見つからない。
こんな男に好き勝手言われて言い返せないのが実に悔しい。こいつ貴族で領主で騎士だけど、変態で性犯罪者でインモラルなのに。
「それだけの相手がいるんだ。あいつが満足してしまうのも仕方のないことかもしれない。適当な女性と付き合ったところでうちの馬鹿息子は必ず君と比べてしまう。君ならこんなことは言わない。君ならもっと、こうさせてくれる……そういう不満が出てくるだろう。だからあれは適当な女性とは付き合えないのさ」
「いや、だから変な言い方するなよ」
「変ではないさ。あれはアルトを父親として慕い君を弟代わりにする振りで、ここだけの話母親代わりにしてるんだ」
「お、俺が!?」
この男には言えないが、一応あの馬鹿には養母がいるのに。何故俺が母親代わりなんだ。じゃあ何か?俺は甘えられていたのか?……終ぞ記憶にない。
「しかし悲しいかな。セレス君は男だ。あいつへの愛情は友情と父性愛の方だろう。だからうちの馬鹿息子のそういう甘えは負担になっている。だからこそ今の君たちの関係は不健全だ」
「そ、そこまで言うか?」
「ああ、言うさ。これでも私は弟思いなんだよ」
心配する振りして、俺の聞きたくないことをさらっと口にする。どの辺が弟思いなのか聞かせて貰いたいもんだ。
「要するにあの馬鹿息子は君の連れ子ポジションなんだよ。だから君が他の誰かと仲良くするとそれは腹立たしい」
「俺はペット扱いされてるもんだと思ってた」
「それがあれの甘え方なんだろう」
中年男は思いきり嘆息をする。吐いた分空気を吸い込んだかと思えば、ギリと此方を睨め付ける。
「だが私はそれが許せない!何なんだ君たち、……いやお前達はまったく!いい年をした男二人が縁側で茶を飲んでのほほんとしているようなイメージしか浮かばない関係だとは!あまりに健全すぎて不健全だ!お前達も青春真っ盛りの時期なんだから手当たり次第女を口説いてベッドインしてみたり!ナンパの成功率を競争したりっ!恋人を取り替えてみたり!酔いつぶれて間違えて男に手を出してしまってみたり!酔った勢いで上司の妻に手を出してみたり!うっかり孕ませてみたりしてちょっと責任取りなさいよとか刺されそうになったり!そういうことを一度くらいはしてみるべきだ!振った女の数が男の勲章だぞまったく!」
「なぁ、あんたを軽蔑して良いか?」
こんな男と少しでも同じ血が流れていると思うと嫌になる。
「大体それとこれとでどう関係あるんだよ?」
そんなこと捲し立てたところでお前の罪は消えたりしないぞと睨めば、さっと目を逸らされた。このクソ野郎が。
「……言い訳をさせてもらうならば、北部には君ではなくあの馬鹿息子が来ると踏んでいたんでね。あのタイミングで彼女に手を出した」
まったくもって言い訳がましいが、一応は聞いてやる。
「うちの馬鹿息子は馬鹿だから、哀れみからでも手を出すかもしれない。そうならなくともあの子は馬鹿だからきっちり責任を取るだろう。なるほど、確かにあの馬鹿は結婚は出来るかも知れない」
「何が、言いたいんだ?」
「愛のない結婚など人生の墓場だと言ったんだよ」
「それはあいつにとって?」
「あいつと彼女にとってだよ。どうせ上手くいかないのなら、別れ話は早いほうが良い。私のそれを不貞と言い婚約破棄の原因にすれば良い。私の突飛な行動にショックで気が触れていっそのことセレス君辺りにでも走っても良い」
「それは止めろ。これ以上俺を不幸にする要因増やすな」
「それか二度とこんな事がないように、自ら相手を選べるように……ちゃんとそう言う物について考えるようにし向けるか、だ」
婚約者などと送り付けられた女が泣いて自ら命を絶つ。それを未然に防ぐには、自分が決めた相手を置くことだとヴァンウィックは語る。
「馬鹿息子がまともな人間になれるかどうかはもうこの際どうでも良い。審判の話は聞いた。あれは恐らく死ぬだろう。……ならば、せめて最後くらいはこの世界にある美しいものを見せてやりたい。それが親心というものだ」
「美しいもの……」
「セレス君はもうシャラットの所の娘さんとで知っているだろう。この世で最も美しいもの……それが恋というものだ」
「この醜い世界も光り輝いて見える夢のような魔法。幼い頃からこの世界の醜いもの、汚いものばかりを見て来たあれに、そんな光を知って欲しいのだ私は」
その汚いものを見せる発端の一因が何を言っているのだろう。矛盾しているように見えるがこの男としては矛盾していないつもりなのだ。これまでは男として生き、息子の残り僅かな余生の間は父親面をしたいという……なんとも自分勝手な親心。
最初は俺のため。負担をかけたくないとか言いながらこれだ。この親馬鹿は、結局俺の親じゃない。俺よりランスの方が可愛くて……それが本当は、当たり前。
「確かに私は好色かつ雑食の最低人間だが、馬鹿息子のことは愛してはいるんだよ。私なりに考えた結果の最善の行動だ」
息子の幸福のために、女一人の命が散ろうと取るに足らない。この男は愛する息子のためならば、人を数字と見ることが出来てしまうとんでもない人間だった。
「……俺にはわからねぇな」
残念ながらうちの馬鹿親父は俺のことなんかそうは思ってないから。あのクソ親父は俺よりランスの方が可愛いんだ。その理由もわかった。そりゃあ可愛いはずさ。
「あそこまで慕われて、何とも思わないわけがない。あいつ以外に誰があいつにそういう思いを教えられたって言うんだ」
「残念ながらセレス君、想われたから想う愛に心奪われる愛は勝てないのさ」
恋多き男はまたろくでもないことを言う。
「要するに一目惚れだね」
「一目惚れ?」
「そういうそれではないがそれはセレス君にも言えることだろう?君はうちの馬鹿息子にぞっこんだ。幾ら私の弟子が口説いても馬鹿息子が軸だというのは微塵もブレない」
またもや正論。確かにランスは俺の憧れだ。同じくらい都じゃ人気のあるトリシュにそういう意味では毛ほどの興味もない。戦場に楽器持ち込むとかどうかしてんじゃねぇの?そう思う。
「俺はあいつのことは……今はどうでもいいとまで、薄情なことは言わねぇよ」
アスタロットの手前口が裂けても言えないが、あいつが女だったらなぁと考えないこともない。手を握ったくらいではしゃぐ様子から、もしあれが女だったら可愛いなくらいは思った。いや、口が裂けても言わないが……悔しいが素のあいつは多少は可愛いと形容してやってもいい。トリシュが女顔なのが悪い。俺は悪くない。
こんな出来損ないの俺なんかのために、あのランスに決闘挑むような阿呆だ。人間としてはむしろ嫌いじゃない。面白いし。
かと言ってあの男が望むような薄ら寒い関係になる気はないが、多少は俺も甘くなったもんだ。だからどうでも良いとまでは俺は言わない。
「だが私の息子は言うだろう」
「ランスだってそこまで鬼じゃねぇ」
「いいや鬼だね悪魔だよ。間違いない。親の私がそう言うんだ」
何て男だ。自慢の息子とか言いながら普通そこまで言うか?
「第一その神の審判というのは猶予があるものでもないんだろう?今の世紀が終わるまであと半年あるかないか。それまでに死ぬという前提ならゆったり愛を育む暇などないだろう」
そしてランスが死ぬことを前提で話をしている。確かにあいつの性格なら間違いなく死ぬだろう。でもその場合あいつを守ってる俺の方が先に死にそうなんだがその辺の配慮がまったくないぞこの男。
「そこで私は考えた。ならば残る道は二つだ」
「うっかり何処かの女に一目惚れするか、血迷って女嫌いになって俺に走るかって酷い選択肢だなおい。俺は冗談じゃないぞ。女の、母親代わりに襲われるなんざ……」
自分で言って墓穴を掘った。何言ってるんだろう俺。嫌なことを思い出して吐き気がした。だから他の話題を探す。
「つか、その言い方だと前々からあんたこれが起こること知ってた……いや、ランスがカードになったって何で解ったんだ?」
「カードは上から下から選ばれる」
「え?」
「一応私も国の要人ではあるからね。先代の神子から話は聞いていたよ。それは王も同じだろう」
「……だから俺を責めなかったんだな。あの人を死なせた俺を」
「…………あの人は王には向かない。平和な時代の王には向かない」
視線を落とした俺に、中年男は視線を戻す。
あの人は戦いの中で生まれた人だ。誰より平和を願いながら、戦うことでしか平和に貢献できない。幼い頃から戦わされて、帝王学など学ぶ暇もなかった。学んだ頃にはもう国が愛国心もない都貴族に乗っ取られていた。気が付けば権力が根刮ぎ奪われていた。
掌の上の宝石箱のような箱庭を、じっと眺めるだけの悲しい王。皆に笑われ道化ぶるあの人の道化は俺だった。悲しいあの人を癒せるのなら、俺はランスを斬ること以外なら何だってしただろう。
「かと言って指揮官としてもいまいち。一人の兵としては凄いんだがなぁ……」
卓越した剣術と数術を使うあの人は、守られ戦うと言うことをしない。いつも先陣切って駆け出すようなろくでもない王だった。でも……だからこそついて行く。一度でも共に戦ったことがある奴ならば、あの人に魅せられないはずがない。
王失格でありながら、立派な王だ。一人でも多くの兵を死なせないため自分が前に出る。人殺しの罪をなるべく自分が肩代わりできるように自分が斬る。そんな人だった。
「私が言うのもなんだが、あの人は君には救われていたと思うよ。最期に守れたのが君で良かったとさえ思っていただろう」
最期に誰かを殺すためにではなく、誰かを守るために戦えたことは救いだっただろうと男は言う。そんなの本人にしか解らないだろうに、旧知の友であるこの男には……手に取るようにあの人が解っているのだろうか。
「不幸で悲しいあの人に、君が最期まで幸せを与えてくれたのだから、私は君を責められない。それは私やあいつには出来ないことだ」
恐る恐る視線を上げれば、珍しく薄気味悪さを感じさせない優しい笑みを浮かべた男がいた。
「うちの馬鹿息子は、あの人を敬いすぎていた。そういう畏まったのはあんまり好きじゃない奴だったからなぁ。アルトの方はもっと近づきたいと思っていただろう。それでもそこに君が加わるだけで、その場は仕事から私事に変わる。そういうありふれた平和な時間をあの人は愛していた。嬉しかっただろうよ。一度壊れたそれが、次の世代で甦ったんだからな」
「おい」
「セレス君、そろそろ湯が大変なことになってるようだがどうするのかね?」
沸騰するヤカンの音。俺ははっと、目を覚ます。
*
(くそっ!クソがっ!)
なんかエレインのこと思い出してたら最終的に親父のこと思い出してる。腹立たしいっ!
あのおっさんも最後に余計なこと言いやがってっ!
「随分今日はやる気があるなセレスっ!病み上がりとは思えんっ!」
「色々あって俺も鬱憤貯まってんだっ!」
ユーカーは怒りのままに剣を打ち込む。何回かやり合う内にレクスにも馬に乗られたが、馬上試合なら俺に分がある。防戦一方に追い込まれたレクスは、むしろ嬉しそうに笑ってやがる。本当こいつも戦闘狂だな。
(だが今回ばかりは分が悪い)
タロックの剣は片刃。つまり馬での戦いには向かない。片手で馬を操り、もう片手でそれを操るとなると……動作が限定されてくる。そう、手綱を握る手が邪魔で上手く切り込めない方向がある。
となれば攻撃は自ずと突きに限定されるが、奴の得物はそこまで長くない。馬上では槍を使うんだろうが、此奴は俺を抱えていた所為でそんな大荷物持って来られなかったのだ。
いざとなれば馬から下りて戦えばいい。そう考えて。
勿論幸運は向こうに味方している。だから俺も決定打は打ち込めない。俺じゃ勝てないというのは事実らしい。
「お前が親父を殺してくれるって言った時……ほんの少し俺は揺らいだ」
「なら、こっちにいてくれれば話が楽なんだが?」
……何で無関係のこの男がそこまでしてくれるのか、解らなかった。だけど、そんなことは関係なかった。
「一回話してみる。それでもやっぱり許せなくて……殺したいなら俺が殺す。あんたに頼る理由なんかねぇ」
「ま、そりゃそうだな。俺もそれが負い目になってこっちに来てくれるってのも悪くないと思ったんだが」
「……悪ぃな」
口では負い目なんて言い方するが、そんなつもりでこの男はそうしようとしたわけじゃない。善意だと解る。だからこの俺が謝れた。確かにこの男は俺に親切だ。それは認める。
「……身分ある奴の身内殺しはきついぜ?お前は王にも仕えてないんだ。権力者共に残りの人生揺すられ良いように使われる。普通に領主なんか殺せばお前自身この国にいられなくなるだろうな。俺なら唯の侵略者。その一言で済む」
罪を背負えるのかと聞かれている。
狡いよな。親父がお袋殺すのは、身分ある領主様だから通っちまう。だけど俺だとそうはいかない。相手のテリトリーで殺すって事はそういうことだ。ここからカーネフェルを助ければ、俺の親父への復讐は……おそらく出来ない。
(でも……)
俺が、とか……そういうのは俺らしくない。あいつが、だ。
親父があいつの役に立つなら生かす。あいつにとって邪魔な存在なら殺す。だから今日まであの親父を俺は放置して来た。あいつだってそうだ。同じ事を思ってる。認めたくないが俺達は親子なのだろう。
「生憎な。俺にとっては最低の父親でも、あいつにとっては貴重な支持者の一人なんだ。むざむざ殺すわけにもいかねぇ」
「あの色男の後ろ盾か。本当に懲りないなお前も」
腹かっさばかれてよくもまぁそこまで慕えるもんだと呆れるレクスが見える。
「今こうやって帰りたがるのも、あの男を死なせないためなんだろ?」
「……お前がこんな怪我の俺を連れ出すくらいだ。あいつの処刑が一番最初になったんだろ?それくらい解る」
コートカードの俺が傍にいないと、あいつら余裕で殺される。今は神子もパルシヴァルもいないんだ。あいつら数札だ。今エルス=ザインが戻ってきたら全滅間違いなし。
「傍にいて守れないなら俺の責任だ。だから俺は傍にいなきゃ駄目なんだ。俺は絶対後悔する」
命令に背いてでも、守りたいものを守るのが俺という人間だ。
「だから、行かせてくれ」
馬を止め、俺はレクスに訴えた。
もう5分経つ。増援は来ない。これ以上やり合う時間が惜しい。
「……ったく。そう言う台詞は寝所で聞きたいもんだぜ」
セクハラ台詞でレクスが折れた。仕方ないと苦笑しながら俺を見る。そしてこれまで返してくれなかった剣を、その場へ落とす。ランスの剣、アロンダイトだ。コレを出したと言うことは……
「レクス……」
「……セレス、行ってこい。とりあえずしばらくは俺は都で待つ。それまでよく考えろ」
「……ああ」
「あ、そうだ。忘れてたぜ、これ持ってけ」
「何だこれ?」
レクスが投げる小袋。それにはなにやら液体の入った小瓶がある。
「いいから持って行け。うちの連中は基本あの馬鹿真面目以外は全員毒使いだと思え。双陸でさえ命令なら毒を使う」
「まさかこれ、解毒剤か?」
「俺の調合したとっておきだ。大抵の毒には効くぜ」
にっと笑う男は本当に、何のつもりなのだろう。
「おまえ本当に……何なんだよ」
「ま、俺も狂王の味方ってわけじゃねぇからな。カーネフェルが勝ってくれる分には有り難い」
狂王に仕えているわけではないこの男は、相変わらず妙な物言い。
「お前の主が玉座に着ければいいのか?」
「そういうこった。当面の利害は一応一致してるんだが、あんまり命令違反すると俺の立場も微妙になるからな。ほどほどに死なない程度に侵略ごっこに付き合ってやる義務もある」
馬を操り南を向いたレクス。奴は去り際振り返り俺に笑む。
「俺は狂王の味方じゃない。だがお前の味方ではありたい。その辺忘れるなよセレス」
「私情丸出しだな」
「それが俺の長所であり魅力なんだって早く気付いてくれ」
「……考えとく。なぁ……レクス、急になんで気が変わったんだ?」
「うちの堅物野郎はあの色男と似たり寄ったりだからな。うっかり俺のセレスに目移りされても困る。よく考えたら会わせたくなくなった。そんだけだ」
じゃあなと手を振り走り去る黒の騎士。その背中が見えなくなった頃、近づいてくる馬の嘶き。
「10分だったじゃねぇか」
「義兄様、まだ8分ですわ」
「四捨五入なら10分だな」
「そんなことじゃご婦人方にモテませんことよ」
「あー……なるほどな。だから俺最近野郎ばっかとフラグ立つんだな。気をつける。所でなんでお前ら来たんだ?」
「お義兄様の一大事とあって、みんな領地と山賊退治を投げて武装したまま北上していたところでしたの」
「何やってんのお前ら……」
「あら?どうせまた取り返せば良いだけじゃありませんの?命以外は幾らでも取り戻せるじゃないですか」
「そりゃ、そうだけどよ……」
「今はひたすら北上です。私達は囮となって真っ正面からタロック軍とやり合いましょう」
「お前、名前は?」
「皆さんに黙っていてくれるならお話ししますわ」
「……言えねぇよ」
「ですわよね。私の名前はマリアージュ。察しの通り、神子様の部下の一人ですわ」
偽者の少女が笑う。本物の彼女は一度だって俺にそんな風に笑いかけたことはなかったけれど。
「神子様のご命令であなた方の後方支援を行いつつ、……ランス様にはこの件を知られるのは戦況に問題が生じそうでしたので、彼女に化けていますのよ。期が来れば適当に噂を流して死んだふりでもして終わらせますので問題ないです」
事後処理も任せろとは、本当に神子って奴は……今更だが唯者じゃねぇな。聖職者の癖に俺に殺害予告とかするくらいだ。確かに普通じゃないか。
「それで俺のことをお前らに教えたのは?」
「それは城の背後に回ったユリスディカ……いえ、ジャンヌ様の部隊にいる私の同僚ですわ。貴方が連れ出されるのを見ていたそうです」
「なら、あいつの恩返しって?」
「急がないと大変ですわよお義兄様?ランス様を助けるのがジャンヌ様になってしまいますもの」
「馬鹿。エレインならここで、私のランス様が取られてしまいます。さっさと走れって言うのがデフォだぜ?」
「あら、私としたことが。なら……“お義兄様!さっさと跳ばしてくださいましっ!私のランス様がどこぞの馬の骨とも解らぬ女に釣り橋効果で惚れてしまったら大変ですわ!”」
「……ああ。しっかり掴まってな!」
神子がエレインに化けさせたのは、ランスのためだけでもなかったんだな。馬を奔らせながら俺は思う。
別人だと解ってても、これは邪険に出来ない。俺の罪悪感を突いてきやがる。悪趣味にも程があるが、この子は責められない。
「それで、あいつは無事なんだな?」
「そりゃあ私達の神子様ですもの」
何か含んだ様子でマリアージュが微笑んだ。理由を尋ねても、どうせまだ国家機密ですとか言われるんだろう。聞くだけ無駄だと、俺は馬を跳ばした。
エレイン改めマリアージュ回。
レクスはいつも通り過ぎて注意書きになんて書けばいいのかもうわからない。
ろくでもないことしてるランスの父ちゃん。息子の婚約者(幼女)にまで手を出すなんてこの犯罪者っ!
そろそろジャンヌ無双書きたい。俺なんかどうせ駄目さって凹んで処刑されかけてるところを颯爽と救われて惚れるんだろうなランスは。




