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21:Dimidium facti qui coepit habet.

 自分を持ち直してからのランスは早かった。それは現実逃避をするように、彼は冷静に状況判断を下す。むしろ冷静すぎて怖いとアルドールは内心ビクついていた。


 「その聖十字の方は教会の兵を率いていったようですから、目立ちます。其方に注意が向いている内に、トリシュ達と合流を図った方が良いでしょう」

 「わ、解った」

 「仮に弱いカードであっても普通の人間より高い幸運があると聞きました。ですから本来カードが突破口を開く、頭を叩き敵の司令塔を潰すなど……そういう風に動いた後で、兵で一気に畳み掛けるのが常套手段。敵の動きから見てもそれは間違いありません」


 その裏をかくというのは時には必要だろうが、軍を率いる力があるのはランスとトリシュ、ユーカーも出来なくはないけれど、人を選ぶ。第一今はユーカーもトリシュもここにはいないし、率いられるだけの戦力も持っていない。なら動きを読まれるのだとしても、そう動くしかない。

 ジャンヌとユーカー、それからパルシヴァル。此方にはまだ三枚のコートカードがある。彼らの幸運を頼りに何とか道を切り開く。


(ルクリース……)


 もうあんなことは嫌だ。コートカード一人に頼って彼女の命を食い潰したのは俺。

 ユーカーはそれを拒んだ。俺のためには死ねないと。死にたくないと彼は言い、命を与えられる相手として選んだランスを突き放した。

 それは俺達が、彼をルクリースのように消費しようとしていることが彼に伝わっていたんだろう。そんな風に思わなくても、俺は彼を頼っていた。頼るって言うことは無意識の脅迫。俺は彼に「死んでくれ」と囁き続けていたようなもの。

 俺の不運を国の劣勢を彼一人に背負わせるわけにはいかない。他の二人、イグニスにそれを任せてもならない。彼らを上手く使いながら、誰も死なせない。そういう風にしなけらばならない。


 「ランス、力を貸してくれ。俺はみんなを助けたい!」

 「はい、アルドール様。しっかり掴まっていて下さい」


 仕度を急ぐ俺とランスをのほほんと見守るヴァンウィックに、ランスは冷ややかな目を向ける。これから一戦始まるというのに来る気がない父親に対する軽蔑の眼差しだ。


 「貴方は来ないんですか?」

 「どうにも、あの狸爺が気になるんでな」

 「遂に老人まで許容範囲に入れましたか」

 「馬鹿言え。流石の私もそこまで好色にはなれん。腹上死などされてみろ。目覚めが悪い」


 この親子ボケとボケ殺しだ。これじゃあ確かに関係修復も時間がかかる事だろう。


 「では、アロンダイト、チェスター両領地の警戒をお願いします」

 「任されましたよアルドール様。ああ、そうそう……ここに来たもう一つの理由を忘れていました」

 「ひぇっ……!」


 上着の中に手を突っ込まれブラウスのポケットに何かを入れられる。それと同時に耳元で、中年騎士に告げられたことがあった。


 「……何をしているんですか貴方は」

 「いや何、少年王を口説いていただけに決まっているじゃあないか」

 「アルドール様、この様な粗大ゴミは無視して先を急ぎましょう」


 ランスは愛馬の手綱を握り馬上へ俺を招く。

 そんな俺達に適当に手を振りながら、領地の守りを引き受けてくれる中年騎士。それを振り返る間もなく、ランスの愛馬が地を駆ける。


 「アルドール様?」


 小さく笑ってしまった俺に、前を見据える彼が疑問の声を上げる。


 「いや、パルシヴァルの馬に乗った後だったからさ。やっぱりランスの馬の方が安定してて安心して乗れるっていうか」

 「……彼はユーカー譲りですからね」

 「ユーカー譲りってまさか……」

 「いや、あいつの隠し子ではありませんよ。第一相手がいません」


 あ、普通にツッコミ出来たんですね。てっきりボケの上乗せさせられるかと思った。


 「だよな。普通に何歳の時の子だって話」

 「……そんなことよりです。ユーカーのことを知れば、パルシヴァルがどう動くか解りません。彼はあいつによく懐いていましたし……まだ幼い。ユーカーを敵に奪われた以上、彼に何かあっては困ります」

 「ランス……」


 冷静すぎる。その発言にはっとする。

 ランスがあの少年を語る冷ややかな温度。ユーカーに対するような思いやり、温かみが感じられない。コートカードを、本当に……道具のように思っている?

 追い詰められているんだ彼も。この冷静さは、そうだ……恐ろしい物だ。

 イグニスがいない。ユーカーがいない。ジャンヌはいるけどいない。北のタロック軍を追っていったしランスは彼女がコートカードだとは知らない。


(どうしよう)


 伝えるべき?でも……彼女は女の子だ。姉さんやルクリース、フローリプと同じ女の子。ここでランスに教えれば、策に組み込まれる。これは戦争だ。解っていても……目の前で女の子が死ぬのを俺が見たくない。彼女が今俺達の持てるカードの中で、一番強いカード。ユーカーよりも強い。それって……ユーカー以上に使われる。ルクリースと同じ、幸運を……命を集られ食い潰される。


(いや……俺が、この国の王だ)


 彼女はこの国で生まれた。俺の守るべき財産。俺が守らなければならない相手。ランスには言えない。彼女を呼び戻すことで生じる時間的損失もある。それは最善とは言えない。だからこれでいい。俺がやるべき事、俺に出来る事は、今のランスを窘めること。


 「ランス、イグニスは生きてるよ」

 「アルドール様?」

 「だから自分を責めるな。人を軽んじるな。常に人間でいてくれ」


 人をカードのように考える。それは今の彼が追い詰められているから。イグニスが死んだ。守れなかったと自分を責めている。その余裕の無さがユーカーとの亀裂に繋がったのだと解る。だからここで否定すべきはイグニスの死だ。俺はそれを否定できる証拠も持っている。


 「何故、そう言えるのです?俺には、私にはとても……」

 「俺達は約束したんだ」

 「約束?」

 「俺に立派な王になれとイグニスは言った。それまで愚かな俺を支えてくれると言った。俺はまだ立派な王じゃない。少なくとも、タロックをこの国から追い出せないような男は立派な王じゃない」


 馬で走りながらじゃ辛い。ランスに掴まる腕の力を強め、片手を放す。その片手でポケットから取り出した物を前へと掲げる。俺がランスに見せたのは王宮騎士の持つ三つ葉と薔薇のそれに似た、四つ葉と薔薇のブローチ。


 「アルドール様……」


 彼なら意味が分かっただろう。

 彼とユーカー、それからトリシュは三つ葉のブローチを持っている。ヴァンウィックが俺に教えてくれたのは、これに刻まれた数術だ。


 「元の持ち主が死ぬと葉が一枚欠ける」


 ランスが自暴自棄に陥り敵陣に特攻しようと企んでいた時期があったのもその所為。それが王から与えられた物だから。

 イグニスはヴァンウィックにこれを渡していたのだ。何で俺にじゃなくっていうのは……もし葉が一枚でも欠けよう物なら俺が取り乱すと知っていて、あの場で一番どっしり構えているあの男に託したのだろう。いつ渡したのか解らないけれど、自分がランスと共に行動し、ユーカーが追って来る図のが計算ずくだったなら……それが正しい対応だ。


 「これの持ち主はイグニス。だからイグニスは死んでない」

 「だから……ですか?」

 「これ渡されたのはさっきだよ。だから確証を得たのはさっきだけど……何も変わらないよ。安心はしたけどさ……イグニスは俺の大事な友達なんだ。その友達の言葉を疑うような俺は、俺としておかしい。俺の仕事はイグニスを信じること。立派な王になるまで、俺の仕事はそれだけだ」


 信じているんだ。彼に……いや、彼女についていけば間違うことは何もない。イグニスは俺より多くが見える。多くを知って、多くが出来る。

 これは命令じゃない。俺が俺の頭で考えて、導き出したこと。その上での行動。


 「…………大事な、友達」


 そんな俺の言葉に何を思ったのか、ランスは前を向いたまま……妙なことを口にする。


 「つかぬ事をお伺いしますがアルドール様」

 「何?」

 「友達とは……一体何のことなのでしょうか」

 「え?」

 「俺はこれまでユーカーとトリシュ、そのどちらとも友人のつもりでしました。しかし……カードになってからというもの、何かが違っているように思えてならないのです」

 「どういうこと?」

 「俺は貴方がイグニス様を思うように、彼らを大事に出来ません。そこまで信用も出来ません。仮に貴方に斬れと命じられたなら、心苦しくはありますがそのどちらも斬ることが出来る相手です」

 「俺はそんなことランスに頼まないよ」

 「……そうでしょうね。俺のカードはあの二人に劣る。斬れるはずがない」

 「そういうことじゃないんだ、ランス」


 この人は頭が良いのに、どうしてこう、思い込んだら駄目なんだろう。


 「確かに強いカードは必要だ。だけどカードである前にユーカーはユーカーだし、トリシュはトリシュだろ?だから俺がランスにそんなことを命じたりしない。二人はランスの友達じゃないか」

 「アルドール様。ユーカーはタロック軍の捕虜です。あいつのカードを知っているからこそ連中は生かしているのです」


 万が一でも懐柔されることがあってはならない。その前に……その前にと彼は言う。


 「敵の手にコートカードが渡るくらいなら……ユーカーを、殺すべきです」

 「本気で言ってるのか?ユーカーが、タロックのために戦う理由なんてないじゃないか」

 「俺はあいつが信じられない。あいつは……強く、弱い。硬く、脆い。そういう風に俺が育てたっ!」

 「ランス……?」


 俺の配慮に足らない言葉。それがランスからこんな言葉を引き出した。それを言って耳で聞き、彼は更に自分に嫌気が差していく。そんな風に、傷ついて欲しかった訳じゃないのに俺の言葉はいつも……この人には届かない。駄目だ。駄目なんだ。俺とこの人の間には、ユーカーがいないとどうにもならない。伝えたいことが伝わらない。嘘偽り無く言葉にしたつもりでも、この人には届かないんだ。

 ここに彼がいたなら馬鹿野郎と俺達を一発ずつ殴るだろうか?でもそれは彼だから意味があること。俺が同じ事をやっても、この人には響かない。


 「今のあいつは弱っている。あいつは俺でなくても良い。あいつが求めるのはなりたい自分……理想の騎士だ」


 「アルドール様。俺はあのタロックの騎士に負けたんです」

 「それは」

 「カードとしてじゃない。人の器が負けている……あいつはあのキングに惹かれていくはずだ。俺が他よりあいつにとって秀でていたのは、あいつの身体的欠陥を馬鹿にしないからに他なりません」

 「ランス……」

 「その上であの男は、あいつを大切にしている。俺以上に。……そこまでされたあいつは、戦えない。タロック人を斬れなくなる」


 予言のように彼は言う。慣れ親しんだ間柄だからこそ見えるものがある。そこまで理解していて何故仲違いなどしてしまうんだろうこの人は。


 「あいつは俺になれない。だから俺を慕った。だけど……あの騎士のようになら、あいつはなれる。なれてしまう。だから、現実を知れば、夢に描いた騎士の俺ではなく……あの男を慕います。それはカーネフェルにとって不利益。コートカードを失うのは痛手です」

 「ランス、ユーカーは……確かに優しいよ。捻くれてるし口は悪いけど」


 そりゃあ知らない相手は殺せても、知ってしまった相手を殺すのは難しいだろう。ユーカーは距離を詰められるのに弱いんだ。慣れてないから。興味を持たれず生きてきたから、関心を持たれることが苦手だ。そうして懐いてきた相手を邪険に出来ず面倒を見てしまう人の良さ。それが敵にも働いたなら、確かに困る。


 「それでもユーカーは……何かを無くすことを恐れるよ。彼は失ったことがある人だから」

 「アルドール様……?」

 「新しく何かを手に入れることが怖い。今を守りたい。これ以上を失いたくない」

 「……それは?」

 「今の俺の気持ち。ううん、即位する前の気持ち。だけどきっとユーカーもそうだったんだ」


 ルクリースを失った日。俺はシャラット領からなかなか離れられなかった。王になりたくなかった。これ以上踏み出したくない。何も失いたくなくて……子供みたいに駄々をこねた。


 「イグニスは……そんな俺を打ったんだ」

 「イグニス様は……本当にアルドール様のことになると激しい方ですね」

 「イグニスが嘘を吐くの、俺解るんだよなんとなく」

 「嘘……ですか?」

 「イグニスが冗談以外で俺のことを本気の顔で悪く言う、怒る時。それは……わざと悪役を演じている時なんだ。俺にはバレてないと思ってるみたいだけど」


 残るなら残れ。僕は君なんか要らない。他の王を探す。君なんかいなくても僕は一人で戦う。カーネフェルとシャトランジアを、世界を守る。……俺を見ないで彼女はそう言った。

 他に即位させられる駒がいなくても、イグニスは俺が俯いたままならそうしたはずだ。外堀を埋めて逃げ場を無くすようなことをイグニスはしない。俺に選択をさせる。命令じゃない。最初のあれは……お願いだった。


 「俺はそれが解るから、イグニスが好きなんだ。本当は誰よりも優しい。一人で辛いことを引き受ける。だから助けたい。力になりたい……最初に俺が王になろうと思ったのは、そんなイグニスを見ていられなかったから」


 解るんだ。俺が断ったなら彼女は一人で戦う。彼女が俺を必要としてくれたのなら、辛いことの肩代わり……それが出来なくても一緒に背負っていきたかった。


 「今もイグニスは戦っている。一人できっと辛い思いをしている。一人で背負いきれないような重い物を、抱え込んでそれでも必死に。そんな彼女が帰ってきた時に少しでも楽になるように……俺は勝ちたい。タロックに勝ちたい」


 守りたいと思う人がいる。それでもこの国の全ての人をまだ俺は愛せてはいないのかもしれない。だけど、彼女は命懸けで俺を守ってくれた。王になった俺がこの世界に平和をもたらすことを信じてだ。彼女が何かとてつもなく大きな物を守ろうと生きていることは間違いない。この世に悲惨な目に遭わされて、それでもそれを守ろうとしている。まだ許せていないと言いながら、不器用に愛そうとしている彼女の姿が愛おしい。守りたい。彼女の願いと、彼女が守ろうとしているものを。それにこの国は丸々含まれる。


 「俺の言う友達って言うのは信じられる相手じゃない。何があっても嫌いにならない。ずっと大好きな人のことだよ」

 「信じられる相手、ではない……?」

 「もしかしたら何もかも俺の思いこみかもしれない。騙されたとしても裏切られたとしても……それでもずっと好きでいられる相手。もし仮に……俺はイグニスに殺されても、イグニスを嫌いにはなれないよ」


 ……国王としてはおかしいか。もしイグニスがカーネフェルを傷付けるなら、俺は立派な王として彼女とシャトランジアと戦わなければならない。だけどそんなことはあり得ない。だから仮の例え話。


 「俺とランスじゃ友達の概念が違うのは当たり前だ。でもさ、ユーカーは俺にちょっとだけ似てるんだ。俺がイグニスを大好きな気持ちは、ユーカーがランスに対して思ってることに近いと思う」


 俺は、俺の気持ちがイグニスに伝わらないなら凄く悲しい。だからきっと彼もそうなんだ。

 シャラット領で瀕死の感じた彼との共感。それが今も流れ込んでくるような気がしてならない。

 ユーカーは斬られたことより……何かをされたことよりも、信じて貰えないことが辛かったんじゃないかな。ましてやカード扱いされたことよりも。


 「ユーカーはランスのカードを弱いとか足手纏いだとかお荷物だとか、一回でも口にした?」

 「いえ」


 ランスは静かに首を振る。


 「……何処か、俺を申し訳なさそうに見ていました」

 「……そうだよな。俺は一番弱いカードだろ?みんな冗談ではお荷物とか言うけど、本気でイグニスがそう言ったことはない。ユーカーだってそうだ」


 ユーカーは俺とも似ているけど、イグニスにも似ている。だからだろうな、俺はよく知っているはずのイグニス以上に、ユーカーのことが解るような錯覚に陥る。


 「不謹慎だけど俺は……シャトランジアから出る時、寂しい以上にわくわくしてた。ずっと離れてたイグニスと一緒に旅が出来るなんて、嬉しかったよ」


 思い出してと俺はランスを煽る。


 「カルディアの砦からローザクアまでのユーカーの表情と、ローザクアからアロンダイト領までの旅。どっちのユーカーが楽しそうだったかなんて、俺は目を瞑っていても答えられるよ」


 ランスは前者を知らないけれど解るはずだ。それは決して自惚れではない。信じるに値する物。


 「ランスはさ、もしかしたらイグニスと似てるところあるのかも。俺じゃあわからないけど、それならランスには解るんじゃないかな。イグニスが俺をどう見てるか。それが解るなら、ランスがユーカーをどう見てるか。友達って何か、きっと解るよ」

 「アルドール様……ありがとうございます。ですが……」

 「……何?」


 ランスは暫く黙り込む。気まずい沈黙。しかし小刻みに掴まる背中が震えている。


(わ、笑ってる!?)


 俺はちょっと開いた口が塞がらない。それは数秒だったけど、その間に虫が口の中に入り込んで咳き込み急いで吐き出した。最弱カードの不運は伊達じゃなかった。


 「アルドール様?」

 「ちょっと口に虫が……もう取れた。そんなことより……ランス、今笑ってなかった?」

 「いえ、失礼しました。あまりに普通にトリシュのことが話からフェードアウトしていたのが、おかしくて」

 「あ……」


 友達について。そのことを聞かれたのに、何時の間にか親友について。に話が変わっていた。


 「ランスとトリシュの関係かぁ……うーん、俺で言うと俺とユーカーかなぁ」

 「類似点があまり見当たらないように思うのですが」

 「イグニスとユーカーが話してるとどっちも好きだけど俺がやきもきする。二人ともなんか仲良いんだもん」

 「あ、あれがですか……?」

 「イグニスがあんなに全開で毒吐くってことはなかなかないよ。ユーカー良い奴だし気に入られてるんだよ」

 「あ、あれでですか……?」

 「そう言う意味では俺とトリシュも何処か似てるんだな。だってトリシュってランスもユーカーも大好きじゃないか」

 「え?」

 「トリシュは友達としてランスが好きで、ユーカーはセレスちゃんとして好きなんだろ?」

 「セレスの活用法が何やら確立されてしまっていますね」

 「それで俺はイグニスを親友として好きで、ユーカーのことは友達として……いや、ユーカーは俺嫌いだろうから、知り合いとして好き?そんな感じ」

 「ふっ……アルドール様、それ以上俺を笑わせないでください。ツボに入って、手綱さばきが鈍ります」

 「ご、ごめん」


 確かに馬の走りが乱雑になっている。酔いそう。


 「でも、そうですね。トリシュなら大丈夫でしょう。あれで彼も立派な騎士です。感情に駆られて暴走することはないでしょう」


 言葉が足りなかった。パルシヴァルのことを心配していた。そう言いたかったのだと遠回しに告げられて、不器用な人だなとつくづく思う。

 子供の未熟さを責めたのは、子供だから心配だと言いたい。でも相手も騎士だ。死んでも仕方ない身分の戦闘職。だから言えない。だから責めた。本当、不器用な人。この人は立派な騎士以外の自分をまだ、見失っているんだな。


 「うん……大丈夫だよ。きっと、だいじょうぶ」


 やがて近づく、夜の月を背に佇む城。湖面に揺れる月影の、静けさばかりが際だった場所。あの城の中に大勢の人がいるはず。それなのに物音一つしないのが、逆に不気味であった。

 その周辺の森に身を隠しながら、状況を伺う最中、小声で手を振り小さな影が歩み寄る。


(王様ー!ランスさーん!)

(パルシヴァル!良かった、無事なのか!)


 駆け寄れば彼が勢いよく俺に抱き付いてくる。ユーカーがいないので、その代わりだろう多分。


(パルシヴァル、トリシュはどうした?)

(トリシュさんは城が静かなのを良いことに一人で乗り込んでいきました。止めたんですけど聞いてくれなくて)

(と、トリシュ……)


 俺とランスは多分、今日ほど心が通じ合った日は後にも先にもないかもしれない。


(ランス……あのさ)


 さっき、友達についてを教えてあげただろ?だから俺に教えて欲しいんだ。


(立派な騎士って……何だろう?)

(申し訳ありませんアルドール様。俺もそれは……今見失いました)


 *


 阿呆だ。阿呆が来た。しかしあまりに正直すぎる阿呆なので、逆にこれは罠ではないかとレクスは思ってしまう。

 仕留めるのは容易い。しかしあれが釣り餌ではないとも限らない。万が一あれがそうではないのなら、あれは敵方にとっての釣り餌。その内もっと大物が釣れるかも知れない。


 「あれはカーネフェル王宮騎士がトリシュ=ブランシュ。隣の領地の後継者だそうです」


 部下からの報告に、レクスはがっくり息を吐く。個人的には斬ってやりたいが……


 「ならば無下に斬るわけにもいかない、か。今後我々の協力者と成り得る男かもしれん」

 「イズー!何処にいるんだい!?イズーっ!」


 此方は闇に乗じて乗り込んできた連中を狩るために、わざと門を開けていた。籠城戦をする気はない。タロックの力はそんな風に発揮される物ではない。タロックは風に愛された国。だからこそ屋内戦は向かない。それを知っている奴らはこの夜に攻め込む。皆寝静まって手薄の夜。ここで攻め込まないはずがないのだ。そのためにわざわざあんな目立つ移動をしてやった。

 セレスが傷を負ったのは計算外だが、一命は取り留めた。風は此方に味方している。

 だというのにやって来たのがあのよくわからないポエム騎士一人とは。カーネフェル人はカーネフェル王は何を考えているのだろう。思考が読めない。セレスが分かり易すぎるだけかも知れないが、得たいが知れない物をあの男からは感じる。


 「愛するイズー……君の無事を祈ってこの曲を捧げます」


 綺麗な夜空だろ?ここ、敵陣なんだぜ?

 笑ってはいけない。突っ込みを入れてもいけない。俺は忍耐力がある方だから問題ないし、そんなに詳しい所までカーネフェル語をよく理解していない。だからまったくカーネフェル語がわからない連中は無害。問題は、よく理解している、つまりはそれなりにカーネフェルと長く接してきた連中、英才教育を受けてきた奴ら。つまりは俺を除いた偉い奴ほど危ない。そこまでカーネフェル語に詳しくない俺でさえ吹き出しそうなのだから。

 歌声は素晴らしい。その顔も美しい。曲も悪くない。だが、悲しいかな。その男に作詞の才は無かった!

 延々と熱く愛を語る他人のポエムを聞かせられる俺達の身にもなってくれ。目覚めぬセレス本人も何やら魘されている。余程嫌な思い出でもあるのだろう。例えば夜な夜な耳元でこの演奏会をされたとか。

 本人が至って真面目なのがもう本当にどうしよう。本人に全く恥じらいがないからこそ此方が恥ずかしくなってくる。タロックには恥の文化と言う概念があるんだぞ?何これ。外国怖い。異文化交流怖い。歌一つで戦闘不能に陥る連中まで出てきそうな勢いだ。


 「レクス様!」

 「王は何と言っている?」

 「もう就寝されてらっしゃいます。あの王を起こすには殺気か悲鳴でも無い限り難しいでしょう」

 「年寄りは夜が早くていかんな」

 「首刎ねられますよレクス師団長……」

 「この程度で殺されたなら俺は今ここに生きてはいないさ」

 「レクス様、あれなんとかして下さいっ!もう俺達耐えられません!」

 「うーん……そうだな。カーネフェルで長く戦ってた奴らとか年寄り連中もあれはきついよな。でも、もう少し待ってくれ」


 何とかしてやるから持ち場に帰れと兵士達を叱咤する。

 風の方向は今夜はずっと北西から吹く。あの門を通り抜けてきたら間違いなく毒を食らう。毒を流す前にやって来たあの男も、ここに来てからずっと毒を食らっている。ましてやあんな馬鹿でかい声で歌っていれば毒の回りも早い。仲間が藻掻き苦しんでいるのを見捨てるという決断が、幼い少年だというカーネフェル王に下せるか?否。

 必ずやコートカードを向かわせる。その幸運で逆境を覆そうと動き出す。コートカードを失えば、王など唯の紙切れ。アロンダイト領の傍に控える山賊達。それに一気に攻め込ませれば袋叩きだ。


 「声が消えたか。よし、間もなく奴らの援軍が来るぞ。皆、戦闘に備えろ!」

 「はっ!」

 「俺はあのポエマーナイトの回収、解毒をしてくっか」


 庭先に竪琴に持たれ蹲り、騎士は半ば死にかけていた。毒が回ってきたのだろう。致死の毒ではないが、毒への抗体が無い者からすればそれなりの毒。解毒をせずに放置したならこのまま死ぬのは確かだろう。


 「あの男……馬鹿か?」


 レクスは戦慄する。あの名高いアロンダイトという騎士を前にした時にすら感じなかった恐怖。それをこの騎士は発している。

 何故なら男は……まだ歌ってる。途中から風に毒が流れていることに気付いただろう。だからもう歌えなくなったものとばかり思っていた。しかしか細い声になりながら、それでもまだ毒の空気を吸い込んでいた。


(おいおい、マジかよ)


 道化師など確率的にあり得ない。それがカーネフェルにあったなら、奴らはここまでの敗戦を今日までに迎えなかった。

 つまり俺には殺せるカード。あれだけの色男。気品さえ感じさせるその男は領地持ちの貴族だ。カードの位は高い。ならば弱い。ゴミ同然の雑魚も同じ。だというのにこの危機迫る殺気はなんだ?

 その歌っていた騎士は、俺の姿を認めるやゆらりと立ち上がり竪琴の代わりに剣を取る。鋭いレイピア、今のその男の眼差しに似た危うい光を宿した凶器。


 「タロックが……っ、天九騎士とお見受けする」

 「ああ、まぁな」

 「我が姫、我が乙女を……お返し頂きたい」

 「そういうわけにもいかねぇんだ。悪いな別嬪さんな兄ちゃん。お前も嫁いでくるってんなら考えてやるぜ?」

 「……笑、止っ!」


 細身の騎士の、長い髪。それがふわりと夜風に踊る。


 「ならば、力尽くでも……返して頂くっ!」


 悔しいが、騎士として生きてきた時間はその男の方が俺より上なのだと、その一突きで俺は理解した。脇腹を掠めたその一撃。見事な物だ。惚れ惚れするような鮮やかな技だった。俺の適当剣術喧嘩作法なんとなく野生の勘添えとは大違いだ。基本俺弓の扱いしか慣れてねぇんだよ。習った剣は対人より獣殺し向きだし。まぁ、人の思考も解れば獣殺しと同じ要領なんだが、なんともこの男はセレスとは違い、俺と同じ野生の勘で戦ってる奴じゃない。おまけにあのアロンダイトの色男のような読みやすさもない。火の人間特有の感情的な目に見える怒りじゃなく、静かな怒り。

 細身な体躯。それでも長身。その長い手足を用いての突き。軽いから早い。早いからその一撃は重く、侮れない。これを半分死にかけの人間がやってのけるか?俺は舌を巻く。


(カーネフェルの剣に毒が塗ってあったら負けていたのは俺の方だぜ)


 それをしない誇り高さが招いたのが、カーネフェルのこの惨状なのだが、そういうのは嫌いでもない。出来れば本調子のこれとやり合いたかったが、同時にやり合いたくないとも思う。どうにも此奴と俺の相性は良くない。顔は可愛い娘みたいだから見てる分には良いんだが、どうにも警戒が働く。


(こいつ、カーネフェリーの癖に火属性じゃねぇな)


 こう争っていてあれなんだが、風と火の民の相性は数術学的に最高なんだ。俺はまぁ、残念ながらタロックに生まれながら火属性の人間。火同士の相性も良好。そんな俺の天敵センサーが働くって事……こいつ、土か水。ここまで愛に拘る輩は恐らく水属性!そしてここの陣形は不味い。水に囲まれている。此奴が土でも水でも有利な属性配置。


(王は何も解っちゃいねぇ!)


 そりゃあ数術カード関係ない戦ならベストな陣だ。湖を渡らなければ敵は攻めてこられない。今は故意に開けているだけで、こっち側の陸にある門を閉じれば完璧だ。船に乗ってきたところを湖に油を流して船の焼き払いでもすれば良い。風が味方すればそれも可能。


(この騎士は上位か中位程度のカード。元素の加護は持っていると見て間違いない)


 この男は危険だ。ここで殺しておく必要がある。

 レクスは肩で息をしている男が次の攻撃を繰り出す前に、今度は自分が打って出た。やはり。攻撃が最大の防御だったのだろう。その騎士は守りが弱い。既に毒が回っている。意識ももうろうとしているはずだ。早く詰みに行こう。そう急いだのが誤りか。狙った一撃。見えた騎士の顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。耳を澄まし、レクスはその理由を察した。あの長ったらしいポエム大会と、死んだふりは、時間稼ぎの罠か!


 「皆、城の上へ上がれっ!波が来るぞっ!」


 兵は貴重。男は多いが処刑で殺されているから数が少ない。戦いを仕込んで戦う覚悟を持たせて実践で使えるようにするまで時間が掛かる。だから簡単に消費して良い命はない。


 「師団長っ!貴方も!」

 「俺には幸運の女神様がついてるから心配ねぇ。行け!」


 兵達を避難させる内にも、地響きは近づいてくる。


 「やるなぁ、色男。これだけ水があれば誰だって思うはずさ。あんたのスートを見破って……何かやるにしても湖の水を使うに違いないって」

 「このチェスター領の北に人は住んではいない」


 それはこの辺の地理に詳しいからこそ出来る芸当。水を操り狙った部分だけを押し流す。その水は湖の水ではなく……海水。海水にやられれればとんでもねぇ。馬に食料、武器に防具。こっちの備蓄をおじゃんにする気か。


 「作詞は酷ぇ癖になかなか策士だな。愛を語る振りして、愚者を演じていたとはな」

 「嘘などない。僕は王に誓った忠誠も確かだし、守りたい土地があるのも本当だ。そして……彼を思う気持ちにも一変の嘘偽りなど存在しない」

 「“彼”、なぁ。勘違いしてたってわけでもねぇのか。恐れ入ったぜ。だが……あんたそこまで強いカードでもねぇだろ?津波を起こすなんて大技……命をどんだけ縮めたか、解ってるのか?」

 「理解している。既に一度失った命。今更惜しいとは思わない」

 「そんな磨り減った幸運で、俺に勝てるとも?」

 「僕はイズーを信じてる」

 「そうか」


 人質は一人いれば十分だ。セレスにはその価値もある。貴重なコートカードをこんな序盤で犠牲にするような馬鹿はいない。どんな危険を冒してでも取り戻したいに決まってる。

 魚は釣れない。この男はもう、殺して良い。


 *


 「トリシュっ!……放せっ!行かせてくれランスっ!」

 「駄目ですアルドール様!あれは罠ですっ!」

 「俺は嫌だ!目の前で誰かが死ぬのは嫌だ!ランスだって言ったじゃないか!遠くで何も出来ずに誰かに死なれることっ!傍で何も出来ずに死なれること!どっちが辛いんだろうって!!」


 アルドール様のその一言が胸に突き刺さる。つい手を緩めてしまったのはその所為だ。


 「っ……パルシヴァルっ!彼を止めろ!」


 思いの外足の速い少年王。離れた場所にいたパルシヴァルの傍を通過。彼は敢えて止めなかった。そしてあろう事かアルドール様の後に続いた!

 確かに彼はコートカード。止めないのなら最善の判断。しかし止めなかったことが既に最悪の判断。


 「くっ……!」


 水の精霊を操れるのは俺だけだ。俺なら津波からも彼らを守れる。もはや追う他に選択肢はない。あの城にはトリシュとユーカーもいるのだ。


 「はっ!」


 愛馬に飛び乗り二人を拾う。進路は真っ直ぐそのまま、湖の湖城への門へ……


 *


 信じている。それは応えて貰う事じゃない。

 信じてる。それは僕の愛を理解して貰うことでもない。

 僕が信じているのは、あの日の光景。何時だって君は、そういう風に生きていた。

 僕の声が言葉が届かなくても、君はきっと……動かずにはいられない。


(僕は……貴方の正義を、信じています)


 例え僕がここで死んでも、君はきっとこの国のために生きてくれる。自分が戦わなかったことで死んだ馬鹿がいたこと。それを君は責め続ける。自分自身を。


 「黒衣の騎士よ。一つ教えて差し上げます」

 「ん?何だ?」

 「愛とは愛されることでも愛することでもなく、……こんな見捨てられない優しさです」


 僕はこんな風にしか、君を解放できない。君は自分の中に何もなく、誰かのためにしか生きられないと思っている。でも違う。君の中にはちゃんと、君の信じる正義がある。それに救われたのが僕でありパルシヴァルなんだ。もしかしたらそれは、アルドール様も。


(すみません、アルドール様……)


 約束を守れそうにないことを心の中で主に詫びる。そして……


(父さん……僕は、貴方の息子になれたでしょうか?なれるでしょうか?貴方の領地を、お返しします。そう、まもなく……)


 半ば覚悟を決めていた、トリシュへと振り下ろされる剣。それは随分ゆったりと。いいや違う。彼が早すぎたんだ。トリシュはその落下物をうっとりと見つめる。まるで夢でも見るように見つめる立派な騎士。貴方こそがそれ。

 眉一つ動かさず、100のために1を見捨てられる人がヒーローじゃない。こうやって1のために身体が勝手に動いてしまう貴方がヒーローだ。その見捨てられたはずの切り捨てられた1を救い続けることで貴方はやがて100を救う人になるだろう。そんな貴方を英雄と呼ばずに誰をそう呼ぼう?誰が貴方を見下しても、見捨てられた命が今ここにある奇跡を何と呼ぶ?

 窓から飛び下りたその人は、黒衣の騎士の背中を蹴り飛ばしながら着地。流石に今は男物の服を着せて貰っているようで少し安心したようながっかりしたような。


 「これは、思わぬ物が釣れたな。起きたのか?」

 「……腐れ縁って怖いよな」


 その落下人の第一声はそんな言葉。それの意味する所は解らない。


 「一つ教えてやるぜレクス。セレスタイン卿ユーカー様の趣味は昼寝だ」

 「そうか。それは良いことを聞いた」


 黒騎士の言葉に、もう一つ教えてやると彼は笑った。


 「だから一番嫌いなことは目覚めの悪いこと。二番目に嫌いなことは……数に物を言わせた弱い者虐めだ」

 「一対一だが?」

 「ばーか、お前みたいなチートカード、完全に数に物を言わせてるだろ?」

 「ふ、それを言われたら何も出来んぞ」


 彼の登場いきなりの言葉に黒騎士も苦笑する。この黒騎士は、ユーカーを斬るつもりはないようだ。だから僕を庇う彼の隙を窺っている。


 「立て、トリシュ。その毒は致死性はないだろう。身体に不調が出るような調合はしてるんだろうが、眠りか痺れで動きを封じるための毒だなこりゃ。それもこいつらが降りてきた時点で弱められたか止められた」


 温室育ちのお坊ちゃんには効くだろうなと呆れられたが、彼はさり気なく僕を風から庇う立ち位置に立つ。僕より小さな背中は思いの外しっかりしていてとても大きく見えた。


 「水でも大量に飲めば胃から洗い流せるし、毒を薄められるだろう。何かねぇのか?」

 「携帯している媚薬飲料水が一リットル程度しかありません」

 「お前阿呆か?上出来だ。飲め」

 「で、ですが……そんなの貴方の目の前で飲んだら今以上に」

 「今と何が変わるんだよ?」


 飲んでも飲まなくてもお前はそうなんだろと告げられて、否定されずにいてくれることが嬉しかった。彼自身の気持ちは別問題。だけど僕が彼を好きでいてもいいと、彼は言ってくれたのだ。


 「ていうか随分と良い匂いだなおい」


 お腹が減っていたのか、咽が渇いていたのか、こっちを物欲しそうな目で見つめる彼。意地汚いけど可愛い。ランスが可愛がってた理由が何となく分かった。


 「基本色々いわれのある天然の果物植物しか使っていない清涼飲料水ですからね。主な効果は疲労回復」

 「疲労回復ってお前……それもはや媚薬でもなんでもねぇだろ。つか船で見たのと違うぞ」

 「あれはノリで買った市販の物です。材料が都近辺では手に入らなかったので。北部に来て本来のレシピ通りに……」

 「レシピって料理かよっ!って騒いだら咽渇いた。ちょっと寄越せ……」

 「そ、それは駄目です!あっ!」

 「普通に美味ぇ!腹立つっ!」

 「良かった!殴られてる!蹴られてるっ!僕はちゃんと嫌われてる!好かれてないっ!」

 「ん?どうしたレクス?これ無害で美味いぞ、お前も飲むか?やっぱ夏は夜でも咽渇くなー」


 僕らのやり取りを呆然と見つめていた黒騎士はぼりぼりと頭を掻いて……


 「カーネフェリーって、みんなそうなのか?」


 などと聞いてくる。


 「は?」

 「え?」

 「ここ、敵陣だろ?」

 「まぁ、だろうな」

 「それで今正に特大攻撃が迫りつつあるんだったな?」

 「そう言う話だったっけ?」

 「はい」

 「なのにお前らそんな状況下でそんな楽天的でいられるんだ?」

 「だって俺丸腰だろ?それにこいつ今本調子じゃねぇし。解毒最優先だろ?ていうかお前そんな大技使ってたのかよ、阿呆か俺まで殺す気か」

 「痛いっ!痛いですイズーっ!」


 仲間のはずの彼に関節技決められている僕を見て、黒騎士はなんかやる気が殺がれたと困った顔を浮かべていた。


 「理には適っているが釈然としねぇな……」


 隙を狙おうとしたものの、隙がありすぎてむしろ騙し討ちではと考えた自分が悔しい。しかもまだその線を疑っていて動けない。そんな風に見える。


 「んー……どうすっかな。解除する気も力も無いんだろ?とりあえずあれはシャトランジアの神子の所為にでもして置こう。シャトランジアなら水属性ばっかだろうし」

 「そいつは助かる」


 僕の残りの幸福値では呼び寄せた高波を押し戻すような力はない。解除は出来るがその時点でその一帯が流される。方向的にどっちにしろこの城は襲われる。


 「今更他にここに乗り込んでくる馬鹿もいねぇか。仕方ねぇ。そっちの騎士も一緒に来い。上に避難……」


 城門の方を見やった黒騎士は、其方を向いて固まった。続けて其方を見る僕らも、動けない。


 「おいレクス、そんな馬鹿がいるんだが」

 「カーネフェリーって、本気で何なんだ?」

 「僕もあれは流石に軽率かと」

 「お前が言うな!」


 そんなことを言っていると城門を潜り抜ける白馬から、三人の人間が降り立った。何してるんですか僕の友人。夜に白馬はないでしょう。黒にしなさい黒に。目立つなんてもんじゃないですよ。ますます黒騎士が何考えてるんだこいつら、何も考えてないのか?そう思わせておいて企んでいるのか?と思考迷宮に迷い込んでいらっしゃる。


 「トリシュっ!無事か!?……ってあれ、もしかしてユーカー?」

 「セレスさんーっ!良かった!無事だったんですね」

 「お前の今の抱き付き腹タックルで俺のダメージ赤まで減ってる気がするんだが一応生きてるぜ」


 お前もいたの?みたいな空気の読めないアルドール様の発言と、怪我人相手に思い切り抱き付いた少年騎士の所為で心身共に僕のイズーは辛そうだ。基本この人弱くて強いけど強くて弱い人だから。

 いつもならここで「阿呆かお前、どうしてこいつら止めなかった」とか彼は言いそうなものだけど、ランスと彼の間には気まずそうな空気が流れる。それを察したのか、察していないのか黒騎士は、アルドール様とパルシヴァルに目を留める。


 「……なんか見た感じ、そっちのちっこいののどっちかがカーネフェル王だろ?少年王ってくらいだから……こっちか」

 「ち……もがっ!」


 ランスはユーカーの口を両手で押さえ、言葉を封じる。


 「何やってるんだあいつら?」

 「か、カーネフェル流の肉体言語です。あ、あれはええと良い天気ですね。意味は無事で良かった、元気そうで何より、私の趣味はレスリングですなどの意があります」


 咄嗟にわけのわからないことを発してしまった。黒騎士は適当に納得した様子で異文化ってすげぇなとぼやいている。


 「まぁ、あんまり俺のセレスに乱暴するなよ。そんなことすりゃ蜂の巣だぜ」

 「もがっ!」

 「しかしこんなちっこいのがカーネフェル王とはねぇ。殺すの勿体ねぇような美少年じゃねぇか。誰だ?平凡顔のぱっとしねぇ田舎者丸出しのガキだって噂振りまいてたの。エルスちゃんか?」

 「もがふがっ!」


 幼いながら空気を読んだパルシヴァルは否定の言葉を紡がない。それどころか立派に王の風格めいたものを纏い始める。


 「汚らしい手で私に触れるな侵略者」

 「おーおー、そんじゃやっぱ坊ちゃんがカーネフェリアか。そっちのぱっとしねぇガキは影武者だったんだな」

 「これ以上私の騎士を傷付けられるのは見るに堪えない。ここにタロック王がいるのだろう?会って話がしたい」

 「むーっ!むがっ!」


 それを必死に止めようとする優しいあの人は、涙目だ。それでぎっと背後の男を睨み付けるが傷の所為で力が出ないのだろう。羽交い締められればふりほどけない。

 それでもパルシヴァルを抱きかかえ城内へと進む黒騎士を、ランスを引き摺りながらユーカーは追いかける。そうなれば僕もアルドール様も追わざるを得ない。


(な、なんでこんなことに)

(……相手がカーネフェリアをそれと見分ける方法は、外見色しかありません)


 心配そうにパルシヴァルを追いかけるアルドール様の呟きに、僕は答えた。


(王宮騎士が真純血で固められるのはそのためでもあります。真純血は王族のそれに似た深い青を持っていますから)


 謁見の間に踏み込んでからは、そんなお喋りの余裕もなくなった。これを知っているのはこの場にはイズーだけ。前方を進む彼の身体が震えているのが解る。いや、彼だけではない。僕ら全員……その殺気に震えている。

 踏み込んだ刹那、ぶわっと全身を撫でる風。その強すぎる風に誰もが目を閉じた。


(パルシヴァル……君は)


 しかしあの小さな少年だけが違った。今の彼は王を演じている。彼の考える王はこんなところで震える男ではないのだろう。だから彼は震えず脅えず、唯その先にいるであろう者へと視線を巡らす。


 「夜分失礼するぜ、須臾王」

 「……レクスか」


 長い黒髪。それは夜よりも暗い漆黒。闇夜に浮かぶ赤い瞳は血よりも赤くおぞましさを感じさせる程。男の体躯はそこまででもない。細身で長身。どちらかと言えば自分に近い体型だとトリシュは思った。しかしその顔を見てその考えを打ち棄てた。

 窶れた頬、落ち窪んだ目、まるで死人の顔。

 それでもその男は今ここにいて、生きている。何かに取り憑かれたようなその顔は見る者を戦慄させる。カーネフェル人がわからないとあの男は言ったが、そんな男を前に平然としている黒騎士の神経の方が僕には解らない。唯、イズーを近づけさせてはいけないのが解る。あの黒騎士は、壊れている。彼もまた狂っているのだ。でなければ……そんなこと出来るはずがないのだから。


 「ああ、こいつらは、罠に招かれて来てくれたカーネフェリア様ご一行。褒美にそこの子一人貰っていいだろ?気にいっちまったんでね」

 「……薄目の騎士か。平民出の其方が好みそうなものだ。よかろう、くれてやる」

 「有り難き幸せ、ってことでそっちの兄ちゃんセレスを放して貰おうか」

 「…………」


 城内に入ってから僕らの後をついてくる兵士達。それがここに来て僕らをぐるりと取り囲み、長槍を突き立てる。


(ランス……君はどうするつもりなんだ?)


 じっと友人の動向を見守る僕が聞いたのは、声にならない叫び声。


(な、何てことを……)


 ユーカーが真実を口にすることを嫌った彼は、数術で僅かに塞がれた傷をなぞった。いや、思い切りその傷口をより深く抉ったのだ。その激痛に意識を飛ばしたのか、僕のイズーは気を失って床へと落ちる。


 「セレスっ!今手当をしてやるっ!」


 僕は今この瞬間、先程の認識を改めた。タロックの騎士は狂っていない。狂っているのは僕の友人の方だ。

 だって、彼は眉一つ動かさずにそれをやってのけた。信じられなかった。あの日僕に優しく笑みかけてくれた少年と、今のその男の姿が重ならなくて。重ねたくなくて。思い出を汚すその男が許せない。今誘われたなら僕は、タロックに下っていただろう。それを留めたのは僕の服の裾を掴んだアルドール様の震える手。見ればボロボロと涙を流して彼は泣いている。


(アルドール様……)


 パルシヴァルも泣きたいだろう。それでも王を演じる彼にはそれが出来ない。今、泣くことが許されているのは彼だけだった。僕もまた、……そんな王を守るため、騎士であらねばならなかった。

 それを見た狂王は、玉座から立ち上がり……狂気の刃を手にゆらゆらと歩み寄る。それをあの少年騎士へと振り下ろすため。


 「パルシヴァルっ!」

 「駄目ですアルドール様っ!」


 飛び出した少年王。鎧も身に纏わぬ彼は早い。だが……故にっ!


(一撃でも致命傷に成り得るっ!)


 それを知らないはずもないだろう。それでも彼は飛び出した。実用性のない装飾剣は軽い。それに気高い青い炎を纏わせて、カーネフェリアはタロック王の前へ。


 「くっ……」

 「やはり其方がカーネフェリアか」


 剣術でタロック王に敵うわけがない。この間まで普通の少年として生きてきたアルドール様では勝てない。同じ、Aカード同士でも軍配はタロック王に上がる。

 それが解って飛び出した。その精神こそがカーネフェル王の血縁だと、長年の宿敵は語る。敵が最も王を理解しているというのが、何とも皮肉なことだった。


 「小雀、侍れ」


 小さく笑い、呪文のようにそれを唱えるタロック王。


 「夜伽なら他の奴当たってよね須臾」


 文句を言いながら眠たそうに目を擦り、現れるのは黒髪の少女……に見えるが胸はない……?タロックの着物の所為で無くもないように見えなくもない様な気がしないでもない。なんとも微妙なところだ。

 それでもそれがタロック人でないことは、瞳の色から明らかだ。その子供の目は赤ではなく薄桃色。作り物のような美しさはそれが混血であるという証。


 「って、アルドールじゃないか。へぇ、もうこんな所まで来たんだ?」

 「エルス=ザイン……」


 アルドール様とは因縁深い相手なのか、彼の注意が其方に向いた。その隙にタロック王はアルドール様の得物を払い除け……すかさずそれを掴んで彼を蹴り倒す。


 「うっ……ぐあっ」


 それに留まらず、その剣でアルドール様を床へと縫いつけた。


 「模造剣か。切れ味が悪いな」


 アルドール様の剣を踏みつけながらタロック王は言う。


 「がっ……」


 それは他人事だから言えること。床に縫いつけられた側としてはとんでもない激痛だろう。切れ味が悪いならそれは、生きながら杭を打たれたようなものじゃないか。


 「さて、一人だけ使いに帰してやるか。カーネフェリアを救いたくばカーネフェルの残党は完全降伏するか、それかこの城に攻めて来い。その一人以外は全て殺して構わぬ。其方も代償を欲しがっていただろう子鬼?」

 「やったー、流石須臾。話解ってるね」


 黒髪の子供は嬉しそうに無邪気に笑い、品定めをするように僕らを見る。


 「アロンダイト卿は切れ者で人望に厚い。だから早めに潰すに限る。アルドールは勿論殺す。……となるとそっちの子かお兄さんかって話だよね」


 そしてそれは僕かパルシヴァルかの二択になった。やがてその子は頷き笑う。


 「いいこと思いついた。逃がすのはそっちのお兄さんにしよう。良かったねお兄さん?」


 その子は今度はにたりと笑う。悪意の満ちあふれた笑みで、僕から兵を遠ざける。


 「簡単に殺しちゃ人質の価値ないしねぇ。一日おきに一人ずつ殺す。それもすぐにじゃないよ。一時間ずつ手足の指折っていくのさ。残りの4時間はどうしようかな。最後は首の骨だとして、迷うなぁ。両目と股間でも潰そうか?」

 「カーネフェリアは顔は原型と保つようにしろ。掲げる首がなくては敵わん」

 「はーい。それじゃメインディッシュはアルドールってことか」


 「お兄さん、君は隣の領地の未来の領主様なんだろ?それじゃあ人気者だね、良かったね。すぐに味方が集まるよ。23時間以内に戻ればまだ誰も死なずに済むよ」

 「っ……お前達に時間の猶予など無い。私の数術は間もなくこの城を……」

 「あはははは!面白いこと言うよね。純血なんかの、それもカードになってから初めて数術を使ったような出来合いの数術使いの数術を、混血の僕が防げないとでも思った?それにタロック王は誰より風に愛されている」

 「っ!まさか!?」

 「そういうことさ。水の流れを風で流した。罠の毒が使えなくなったのは風の方向が変わったからなんだよね。だから間もなくアロンダイト、ブランシュ領に津波が襲うよ」


 不味い。あれをどうにか出来る数術使いなど、どちらの領地にもいない。あれは曲がりなりにもカードである僕が大量の幸福値を叩いて使った技だ。防いだり軌道を変えることができるのは……僕より才能のある数術使いか、僕より上位カードだけ。今、あの場所には神子様がいない。カードもいない。防ぎきれないっ。


 「父さんっ!!」


 踵を返し、その場から逃げだそうとした僕の口から漏れた声。それに重なる声がある。それが信じられずに振り返る。振り返った先で彼は小さく、同じ言葉を繰り返す。父さん、……と。


 「……ランス」


 先程、何よりも大事な親友を傷付けて……眉一つ動かさなかったはずの男が、その顔を絶望に染めていた。

トリシュ回。

ユーカーの受難が続く。ランスさんは相変わらず鬼畜入ってる。

国とか王とかを考えるとどうしてもそうなってしまう仕事人間。

正しい判断なんだけど、周りが感情論で生きてる奴らばっかなんで非難囂々。

味方連中、あっちこっちで死亡フラグで参ったな。

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