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15:Scio me nihil scire.

 エルスという人間は、優れた数術使いではある。

 それでもそんな僕だって万能ではない。あ、やっぱ今の訂正。人間じゃなくてそこ妖怪にしておいて。僕はあんな虫螻みたい人種とは違うんだから。当然僕は凄いんだけど、他人のためにそこまで頑張ってやる義理なんかないんだし?そんなに疲れることはしたくないってこと。うん、そうだよ。そうそう。


 「全くどうしてタロック然りこの国然り、無駄に広いかな」


 おのれ、にっくきカーネフェル。王から国から僕の敵。嫌がらせなのかい?この熱気。

 元々僕の数術では、大陸の端から端まで移動することは困難だ。出来なくはないけど代償が半端無いし、第一そんな無茶な術使ったら僕が壊れるかもしれない。数術は代償と自分の限界をよく知った上で行うべきだ。

 それにしても嫌になる。この照り付けるような真夏の暑さ。これはタロック生まれタロック育ちの僕には辛い。国宝級レベルの価値の僕の白い美肌が日焼けなんかしたらどうしてくれるんだって話だよ。

 そう思うと僕を城からこんな所へ連れ出した人間が恨めしい。その一端である奴はと言えば、こんな涼しげな城で避暑とは何様だよ。……王様か。

 ていうか情報漏らしたくないからってあんまり情報残さない移動とか止めて欲しいんだけど。僕に無駄な労力かけるとか嫌がらせだよね確実に。そういう効率性を理解してるのかなこの男は。理解していないな。この僕が必死になって自分の居場所を探してやって来るっていうシチュエーションに燃えてるんだろ?嗚呼もう嫌だこの馬鹿王は。


 「今戻ったよ、須臾」

 「……帰ったか、那由多」


 僕が近寄ると男は目も開けず口元だけで薄く笑った。その漆黒の髪はタロックの人間誰より暗く深い色。


 「もう、また惚けてる。これだから中年男は。ボクはエルス!エルス=ザインの名を名付けたのは誰だったんだい?そんなことまで忘れちゃったわけ?」

 「無論戯れ言だ」


 目を瞑っているのを良いことにこっそり一撃加えようとしたけれど、片手で止められてしまう。カード的には明らかに僕の方が強いのに、それを覆す強さがこいつにはある。簡単には殺せない。だから僕はこいつの傍でその期を伺い続けていたんだけれど……

 僕の殺意はこの男にとっては丁度いいじぁれあい。むしろ嬉しいみたいだから困る。僕は貴方のペットじゃないんだけど。


 「これだからこの男は……」


 僕の仕える王様は多少なりともいかれている。それは僕が彼と出会ったその日から変わりはしない。それでも……そのいかれ具合がここ暫くで拍車が掛かっているのは確か。以前の須臾ならそう、僕をこういう戦場に送り込むことなんか無かったし、自身が国外に出ることも無かった。


(そこまで今のタロックが、切羽詰まってるって風には見えないんだけどな)


 そもそもこの男が国内を荒らしている一因なんだから。その時点でカーネフェルを攻める理由なんてあってないようなもの。だってこの男は国のために戦っているわけではないんだ。


 「よく帰ったなエルス」

 「……別に貴方のために来た訳じゃありませんし」

 「まぁそう照れるな」

 「照れてないっ!!」


 やっぱり本当にここで殺してやろうか?苛ついて来た。睨み付ければ、狂王はその殺意に目覚めるように薄目を開ける。その赤のなんと見事なことか。

 血よりも深く鮮やかで、その目に見つめられると血だまりの中にいるみたいでぞくぞくする。彼が犯した罪の全てがその目に刻まれているように、その目は果てしなく赤い。狂気に染まったその目が他の感情に揺れることはない。全てを悟ってしまったような、何もかも諦めたような冷たい目。

 世界でもっとも強く残酷なタロック王。それが時折僕を見る時だけ、悲しげに見えるのがこの男の持つ唯一の弱さなのだ。薄桃色を深く暗く染め上げれば、それは紫へと変わる。この男は僕の淡い紅色、桜色の瞳に……亡くした我が子を重ね見て、罪の意識に泣いている。度重なる裏切りを犯し犯され失った、それでもそこにだけ失われた愛があると信じているんだ。何処の世界に殺されて……それでもその犯人を愛する馬鹿がいるだろうか?もしその子が生きていたなら、自分を支えてくれただろうか?そんなありもしない幻想に取り憑かれて僕を見る。

 馬鹿な男だよ。なら何故殺したんだって話。まぁ、僕には関係ないことだしどうでもいいけどさ。


 「そう言えば須臾、最近こっちに来たって話の第一師団長って奴なんなわけ?噂聞く限りじゃ真純血でもないて話なのにいきなり第一騎士なんて言われても吃驚なんだけど。そもそも何時の間に代替わり?」

 「あれか。あれは拾った」

 「拾ったって……本当拾い物好きだね須臾は」


 どこで拾って来たか知らないけど、僕もその口だからあんまり責められない。でも……時期的に本当にこの男が拾ってきたかは怪しいところ。


(またあの男の差し金かな……)


 僕はある男のことを思い出す。須臾がこんならしくないことをしているのはどうせ奴が関わっているんだろう。本当、人間は年を取ると駄目駄目だね。丸くなるって言うの?昔のこの男はもっとギラギラしてたのに。


 「大体さ、臣下に“(レクス)”なんて名乗らせてていいわけ?」

 「仕方なかろう。奴は確かに王なのだから」

 「…………コートカードってこと?」

 「無論」

 「スペード?ダイヤ?」


 タロック人は大抵スペード。血が薄ければダイヤ。それが僕の見解だった。だからカーネフェリー達はクラブが多く、血が薄ければハート。これはこれまで僕が出会ったカードを照らし合わせても大体が符合する。それでも須臾はにやと笑って否定した。


 「奴はクラブだ」

 「タロック人(タローク)なのに!?」

 「驚くことはない。金髪族の聖十字にスペードが出たと聞いている」

 「カーネフェリーがスペード……まさか、そんなこと」


 でもそれが本当なら、確かに拾ったのは正解かもしれない。この男が滅ぼそうとしているのは何もカーネフェルだけではないのだから、その時のために他のカードも手中に収めることは決して悪くはない。悪くはないのだが……


 「でもさ須臾……よりにもよって一番の天敵を第一騎士にするなんて、馬鹿?」

 「其方は主君に向かって愚かと申すか?」

 「ウィ、それは勿論言うよ。それがボクの仕事じゃないか」


 僕が拾われたのは、この生意気さと殺意をこの男に気に入られたから。僕がその牙を無くせばこの男は僕に飽きるだろう。僕をこういう風にさせているのは半分以上この男の所為。だからここは四捨五入で責任はそっち持ち。僕はまるっと無罪。僕は悪くない。


 「そのような口ばかり利くから其方は奴らの中で浮くのだろうな」


 それを責めるでも咎めるでもなく僅かに哀れむように王は僕を見る。そうは言うけど僕らが周りと打ち解けてたらそれはそれで嫌なんでしょう?本当は僕にべったり甘えられたいんだろう?那由多王子は死んだ。刹那姫もセネトレアに嫁いだ。だからこの男は飢えている。だから、そういう代用品が欲しいのだろう。


 「ボクは人間なんかと馴れ合うつもりはないからどうでもいいよ」

 「……子鬼仲間が出来て余程嬉しいと見える」


 ほらね。すぐこれだ。僕は確かに貴方に拾われたかも知れないけどさ、だからって貴方の物になったってわけじゃないんだ。これだから人間って大嫌い。王なんてその人間の頂点。つまりは地上で最も傲慢な生き物。


(王なんて)


 大嫌いだ。須臾も、アルドールも。僕の大嫌いな人間の長だ。僕らの敵だ。殺さなければ殺される。僕がここにいるのは可愛がられるためじゃない。隙を見せたらその時に、この男を殺すため。僕が甘んじているのはこの男に隙が全くないから仕方なくなんだ。これまで幾度となく僕は返り討ちに遭って来た。その度にろくな目に遭わないけれど、僕は諦めた訳じゃない。


 「ああ、レーヴェ?レーヴェと言えばそうだ。あの届け物運ぶの結構大変だったんだからね。須臾は僕のこと便利屋か何かと勘違いしてない?結構大変なんだよ大荷物運ぶの。前払いで支払った生け贄もそろそろ足りなくなるし、そろそろまた大暴れしないと」

 「その舞台ならまだこれから与えてやる」

 「ははは、流石は狂王様。って……何?」

 「しかし其方が代償を得ないなど珍しいこともあるものだな。都入りの際に幾らでも殺せたはずだろうに」

 「そ、それは……」

 「双陸が上手くやったか」

 「ま、まぁね。人間にしてはよくやった方なんじゃないの?」


 そうだ。よく考えればそうだ。無血開城とカーネフェル王の逃亡。民の信頼を失わせるにはいい策だ。でもそんなまどろっこしいことしないで全軍突入、皆殺し作戦でも良かったんだよね。まとまられると厄介だけど、カード一枚一枚なら僕の敵じゃない。各個撃破さえ出来れば、それに持ち込めれば……そこでカーネフェル王を討つ事も出来たはず。楽にこの国を治めたいっていうのは他の奴の思いであって僕の望みじゃない。それなのにどうして僕はそれに乗った?むしろ進んで協力した?


(双陸……)


 そうだ。お礼だ。借りを返すために協力したに過ぎない。あいつは略奪者を煽動して遊んでいた僕を忌み嫌い、置いて行ってしまうような男だ。目の前でそんな風に都攻めをしたなら……


(あいつが、そういうの嫌かなって思って……)


 いや、待てよ。どうして僕があいつの好き嫌いを考慮してやらなければならないんだ?

 怪我の所為できっと疲れてた。本調子じゃなかった。だから何時通りに考えられなかったんだ。そうに違いない。

 そう結論づけたけど、須臾の目はまだ僕を見ている。


 「其方が怪我をするとは珍しい」

 「……っ」


 めざとい。流石狂王。目敏い男だ。ていうかそんなに僕のことまじまじと見てたわけ?うわ、変態。


 「我を愚弄するでない」

 「ぎゃあああ!!まだ何も言ってないっ!!」

 「其方など新品の高給筆で墨を付けずに足の裏にいろは歌を記す刑に処す」

 「ぎぃやぁああああああああ!!ひゃああああああああ!いやぁああああ!!止めろっ!!馬鹿っ!!」


 くすぐりって大したこと無さそうに見えて実は地味に辛い刑だ。今度誰かいたぶる時に僕も使ってみようと現実逃避。そんなもので死ぬわけ無いけど割と本気で死ぬかと思った。僕が涙目になって荒い息を繰り返していると満足そうなこの男。本当にいつか殺してやる。


 「それだけ叫ければ大したことは無さそうだな」

 「し、心配するなら普通に心配してくれません?」


 照れ隠しで人をいたぶるの止めて欲しい。そんなんだから惚れた女に裏切られたりするんだよこの男は。


 「愚か者が。被虐趣味者に王が務まるか」

 「そーですねー」


 征服されて喜ぶような阿呆に王は務まらない。隙あらば攻め込む、征服側に回るのが真の王の在り方だ。攻撃は最大の防御って言うだろう?そういうことだ。だから王は加虐趣味者の方が務まるだろうね。確かにそれには同意だよ。だからこそ僕はあの男が気に入らないのかもしれない。


(カーネフェル王……アルドール)


 あいつは僕を哀れんだ。敵である僕をだ。許せない。許せる事じゃない。


(王の癖に、王の癖にっ!)


 心身共に脆いあの少年王。都は奪ったとはいえまだ生きている。僕らはまだ王手には至らない。王が生きていれば奪回はある。生きている限り愚民共は希望を持つ。その火を早々に吹き消してやらないと。


 *


 「しかし愚かな」

 「うっせーよ」


 黒の視線を受けながら、ユーカーは不覚溜息を吐いた。

 手を抜いたつもりはない。自分の得物じゃないと我が儘な言い訳を言うつもりもない。どんな得物でも手にしたら瞬時に自分の物とする。使いこなし、乗り捨てて行くのも戦場ではよくあることだ。

 だから自分が負けたのは、単純に力量の差。悔しいがこの男が剣士として格上だと言うことは認めざるを得ない。


 「お前程の剣士なら一度目で力量の差は理解していたはずだ。それでも挑みに来るとは、そこまであの女を逃がしたかったか?」

 「別に。好きに解釈しろ」

 「好きにしろとはカーネフェリーは大胆だな」

 「そうは言ってねぇ。俺に触んな」


 戯れに伸ばされた手を、べしと払いのける。何企んでやがるんだこの男は。


 「やれやれ、身持ちが堅すぎるのも問題だぞ」

 「しれっとそういうこと言うなっ!あんた顔と性格あってなさ過ぎんぞ!」

 「なるほど、カーネフェルは男が少ないからお上品にお高くとまっているわけだ。しかしタロックは違う。我が国では少ないのは女の方だからな。男など無意味に不用意に集まれば基本話が猥談になる。むしろセネトレア方面では日常会話だとも聞いている」

 「俺は良いが、俺の同僚達の前でそういうこと言うなよ。あいつらは俺と違って真面目に騎士ってのをやってんだから」

 「それで隙が生じるのなら試してみる価値はあるが」

 「まさか。さっきの姉ちゃんみたいに逆上されて、攻撃力+されるのがオチだ」


 戯れ言はこの辺にしておくか。俺はもう一度溜息。

 ここはタロックの奴らが乗って来たという船の一室。その近の陸地には、こいつの陣営が置かれている。先程あの聖十字にこの男が話していたことから察するに、恐らくこの船に……神子の部下が捕らえられている。ついでに俺も捕らえられているわけだが、この男どうにもやる気がない。得物は勿論奪われたが、縛るくらいしないのか。これでは普通に軟禁されているだけ。


 「つーか男物の服くらい貸してくれたって良いだろ。何着替え要求したら当然のような顔でタロック物の女の服用意してんだよてめぇはっ!」

 「男の服か……我が軍に加わるなら考えよう」

 「くっ……」


 何て精神攻撃だ。一瞬頷きそうになった。


 「或いは嫁でも構わんぞ」

 「お前はどんだけ嫁が欲しいんだよ」


 睨みつつちらと奴の方を見れば、タロックの騎士は俺の片手をまじまじと見ている。俺のカードが気になるのか。


 「ジャックがそんなに珍しいか?」

 「少なくとも我が陣営では見ない数値だ。そして11番目のカードには覚醒の可能性がある」

 「それ……」


 俺は驚き顔を上げた。何故だろう。何事でもない風に呟かれたその言葉は、シャラット領で道化師が俺に言った言葉。それを俺に思い出させる。


 “私はね、収穫に来たんじゃないの。種を蒔きに来たの。大きな花を咲かせるために”


 ジャックなんて、クィーンにもキングにも負けるカード。無論ジョーカーにもだ。それなのに何故?どいつもこいつも俺に拘る?

 俺に知らされていない情報。そこに何か俺が目的を遂げるための決定的な……或いは致命的な何かが隠されているような気がしてならない。


 「お前は……俺のカードが何なのか、知ってるのか?」


 神子は知っていても多くを語らない節がある。そして俺を嫌っている。

 敵の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないが、俺はアルドールの阿呆ではない。神子のことは頭から信用は出来ない。あいつがアルドールを思っているのは確かだが、それがこのカーネフェル、ひいてはランスに向いているかは怪しいのだから。

 俺は俺の目的のために、情報が必要だ。あの馬鹿に仕えるランスに頼まれたから、ではなく。あいつを死なせないためにも。


 「俺は……ジャックには、何か知らされていない特性があるのか?」

 「知らないのか?其方の陣営には数術の理解者がいると思ったのだが」

 「生憎俺の味方とは言えないんだよそいつ」

 「なるほど。王に仕えていないとは本当なのかもしれないな。ならば別に教えても構わないが」

 「じゃあ話せ」

 「しかしただで教えるほど俺は優しくはない。そうだな……タロック軍に加わるか、うちの田舎に荷物をまとめて嫁ぎに来ると良い」

 「まだそのネタ引き摺るのかよ」


 そんなのどちらも頷けない話。それでも情報を聞き出すには、どっちかに折れる振りをしなければならない。


 「つーか、あんた田舎育ちなのか?貴族なのに?」

 「何故俺が貴族だと思う?」

 「じゃねぇとタロック王が傍に置くとは思えない。……でもあんたの名前の響き、タロック貴族らしくねぇよな」

 「ふ……、面白いことを言うな。なかなか目の付け所が悪くない。そうだ、レクスというのは俺の名ではない。唯の役職名のようなものだ」

 「役職……」

 「他人のために命と同等のものをさらけ出したお前に敬意を称して」


 レクスという第一騎士は片手の装備を外す。見せられた掌。現れた数に俺は絶句した。


 「初めて見たか?……いや、そんなにキングが珍しいか?」


 先程の俺の言葉をなぞるように、男が微笑。勝てねぇわけだ。実力の差以前の問題だ。確率的にどうなんだよ。カードは例外を除いて13。基本的に俺より強いのは2枚だけ。俺が勝てないカードに出会す確立より、俺が勝てるカードに出会す方が圧倒的に……。なのにどうして。

 最初はクィーンのルクリース。ペイジのエルス=ザインにジョーカーの道化師に。そして今度はキングだと?ろくでもねー奴とばかり出会ってる。

 運命とか神なんてもの俺は信じたくないが、もしそう言う奴があると認めるなら、そいつらが俺を全力で潰しに掛かってる気がしてならない。今カーネフェルでコートカードは俺だけみたいなもんだ。協力関係にあるとはいえ、神子はあくまでシャトランジアの人間だ。パルシヴァルはちょっと例外のカード。つまり俺を消費しきってしまえばカーネフェルは危うい。俺の肩には背負いきれないほど重いものがのし掛かっている。

 勝てない相手にも負けてはいけない。それでも死んでもいけない。ここから先は慎重に行動しなければ。幸運は彼方にある。あいつが本気で俺をどうこうしようと思えば、きっと出来る。そうなっていないのはこの男にその気がないからだ。こいつが本気で俺をタロックに引き摺り込みたいなら、多分俺の意に反して世界はそう動いていく。

 そのはずなのにこの男が、俺を口説いているのは……その前提を覆す力が俺のジャックに秘められているから?


 「察しの通り、俺は貴族出じゃない。真純血でもない。そんな俺が今の役職にあるのは偏にこのカードのお陰だ。王は強力なカードを求めている。取り巻きの貴族連中は大抵上位カードしか発現しなかったからな」

 「それで俺を口説いてたってわけか」

 「半分はそう言うわけだ」


 半分。また妙な言い草を。やたら含みがある言葉。その残り半分にこそ、俺が曝きたい情報が隠されているはず。


 「でも、ジャックのことをあんたに話したのは、タロック王じゃねぇんだろ?」

 「無論。須臾王は数術が何たるかもよくは理解しておらん」

 「そいつって……」

 「それは先程の答えを貰えるまでは言えないな」

 「……っち」


 この男、俺に好意的とはいえ何でもかんでもペラペラ喋ってはくれない。それなら質問を変えてみるか。


 「あんたが追いかけてたって事は、あの女もカード……それもコートカード。……クィーン当たりか?」

 「…………」


 沈黙は肯定と受け取る。その上で俺は話を進めた。


 「それより格下の俺があいつを逃がすのを止めなかったってことは、俺のカードには女王を上回る秘密があるってことだよな?あんたはそれを知っている。そういうことだろ?」

 「まぁ、そういうことだ。彼女を逃がすことでお前が逃げる術は失われた。それは俺にとっても好都合」

 「食えねぇ奴……」

 「生憎俺が食べ得る側なのでな」

 「そういう意味じゃねぇよ!」


 こうやってすぐ場を茶化すのは、本題から逸らさせるためなのだろう。段々こいつのやり口が解って来た。もう簡単に踊らされたりしねぇからな。


 「エルス=ザインは俺を気にも留めていなかった。つまりあいつはこの件に関して全く知らない。タロックには他に数術について理解している勢力があるって考えていいわけだな?」

 「あの子鬼は須臾王のお気に入りだが、所詮は異形の独学。教会数術の知識は皆無」

 「……そういやタロックはシャトランジアと国交ある時期があったな」


 その時に数術の知識を取り込んだ一団が居た。それに連なる人間がタロック軍の中にいる?


(だが、そいつらが王に数術のことを教えないのは妙だ。隠している?それに何の意味がある?)


 考え込む俺に、男は口を開いた。


 「生憎だが俺の仕えるタロック王は彼ではない。俺にジャックの話をしたのは俺が仕えるタロック王だ」

 「……え?そ、それって……」


 さっきまで言わないと言ったことをさらっと口にする。その変わり身の早さに呆気にとられる暇もない。押して駄目なら引いてみろ。引いて駄目なら押してみろ。その方向転換に俺は振り回されている。戸惑いで訳が分からなくなっている間に更に訳の分からない情報を寄越され、俺の混乱は深まる。


 「毒の王家の血はまだ途絶えていない」

 「嘘だ……残ってるのは王女だけだろ?王子は二人とも処刑されたはず。その王女が嫁いだ先のセネトレアの王も死んだ」

 「……やけに詳しいな」

 「……まぁな」


 タロック王族が近親婚を繰り返すのにはわけがある。毒の王家と称されるように、毒に冒されたその身体は外の者には猛毒だ。

 毒の王家の女に子を産ませられるのは並大抵の男では無理。同じ毒の王家の男でなければ不可能とまで言われている。しかし王子は二人とも死んでいる。


(毒の王家の……刹那姫)


 長い黒髪、艶やかに笑むは妖艶な美女。

 あの男、狂王の娘。同じだ。漆黒の髪に深紅の瞳に真純血タロックの姫。あの男ほどではないが彼女を見たとき、俺は唯ならぬ恐怖を感じた。背筋が奮える程の美しさ。それでも、それでも……とてもじゃねぇ。俺はあれを女として見られない。あれは化け物だ。あまりの恐ろしさにガタガタ奥歯が奮えた。半年前を思い出す。


 *


 それは突然。任務の報告のため城へ戻った俺の前……一枚の封書を手に俺が仕えた人は現れた。綺麗な金髪をふわりと舞ってにこりとかの人は笑う。


 「お帰りセレス!」

 「ぎゃあああ!おっさんどっから現れたっ!」


 でも現れるにしたってもっとやり方ってもんがあるだろう。その人はいきなり床下から現れた。俺が通りかかる一瞬を見計らい床の石板を持ち上げて。


 「驚いた?」

 「驚くわボケっ!」

 「いやだって最近お前は私に冷たいじゃないか。私を避けようとするし、寂しいんだよ。反抗期かい?お前もそんな年になったか。いや感慨深いものだね」

 「違うっ!あんたが慎みがないからだ!俺みたいなのにくっつくな!抱き付くな!そうやって俺ばっか構うな!遊ぶな!あんたのお気に入りみたいに勘違いされると俺への風当たりが辛くなるんだよ!」


 いろんな奴からそれはそうだが、それは俺は気にしていない。風当たりが冷たくなって俺が凹む相手は一人。……敢えて誰とは言わないが。


 「事実、お気に入りだから仕方ないじゃないか」

 「そんなら他のお気に入りにもそうしてやれ」

 「そうしたいんだけど、みんな避けるの上手くなって来て私も困っているんだ。その点ユーカーは抜けてるところがあるからこうやって脅かせば一発だ」

 「あんた脅かすのが目的なのか?俺に抱き付いて遊ぶのが目的なのか?」

 「二兎を追う者は一兎をも得ずとは言うらしいけど実は私の目的はその両方だ」

 「もっと違うことを追えよあんたは。その気になれば他にやること幾らでもあんだろ」

 「ははは、やっぱりお前は何時までも無邪気で可愛いね。その顔が見たかったんだよ、うんうん。懐かしい。半年ぶりくらいだろ?もう少しこまめに顔を出しなさい。おじさんは寂しいです」


 よくもまぁ。こんな俺を見て無邪気と言えたものだ。あの人脳味噌半分腐ってんじゃね?無邪気なのはあんたの方だよ。

 ふて腐れる俺の髪をわしゃわしゃ撫でながらあの人は愉快気。俺の通る道を予測し床穴掘ってまで身を潜めて待つなんて何てこの人は阿呆なんだろう。幾ら暇だからって……


 「ったく。こんなことのためにこんなことして。こんな阿呆なことバレたらまた連中に文句言われるぜ?」

 「お前が久々に帰ってくると聞いてね。これはやるしかないかなと」

 「馬鹿かあんたは!」

 「いやいや道化王もねぇ、時々こうやって馬鹿なことをしてあげないと反旗を翻す算段でもしているのかと邪推されるんだよ。こうやって本当に馬鹿なことしか考えてませんってアピールしてあげないと」

 「俺以外を出汁にしてもいいだろうに」

 「お前が一番良い反応をするんだよ。ランスやトリシュは頭が固いからなぁ……本気で固まられた時、滑ったんじゃないかと思うと私もどきっとするんだ」

 「ランスの阿呆のツボは変わってるからな……」


 それなりに理解したつもりで居る俺でもたまに、何でここで笑うの?って思うことがあるあいつに関しては。


 「あ、そうそう。そんなことよりさ!息抜きにちょっと遊びに行かないか?仕事熱心なお前を労い私が旅行に連れて行ってあげよう!」

 「はぁ!?おっさん何言って……っていうかセレス呼び止めろって言ってんだろ!大体あんたがそう簡単に外に出られるわけ……また連れ出せって言うのか?無理無理!ランスの阿呆に俺がとっちめられる」

 「ははは、あのだねユーカー。そういう訳ではないんだよ今回は」


 ひらひらと見せびらかすように振られた手紙。それを彼は俺へと手渡した。


 「招待状?結婚式?」

 「セネトレア王が婚礼の儀を挙げるそうだね。それで私の所までこんな物が届いたらしい」

 「セネトレアっつったら……」

 「ランスは連れて行けない。解ってくれるかな?」

 「それは解る。けどよ」


 あいつが強いって言っても、あいつは世間知らず。ある意味俺以上に。

 それにあいつは稀少なカーネフェルの男。おまけに真純血。俺みたいな欠陥品じゃない。魔物の巣窟みたいな場所に放り込めない。


 「俺は問題なくてもおっさんだって、危ないんじゃねぇの?」

 「私はもう若くないから大丈夫だよ。その証拠に妻さえ私を寝所に入れてくれなくなって早何年。いや、嫌われたものだね」

 「三十路程度でそんな春の枯れた耄碌爺みてぇな事言われても……あとそういう夫婦間の不和を自慢げに語るなよな。自虐ネタ好きだなあんた……」

 「それに私に何かあったらお前が守ってくれるんだろう?」


 馬鹿なこと言ってたと思って油断した。そうやって一瞬にして俺の内側に入り込む。何もかもあんたに持って行かれてしまう。悔しいがおっさんのが俺より上手だ。

 惚れた弱みって言葉があるが、敬愛でも主従間でもそれはある。このおっさんは俺をお気に入りと言ってくれて少なくとも俺を嫌ってはいないというかこんなこと恥ずかしいから言いたくないが好いていてくれる……が、それ以上に俺がこの道化王に魅入られてるってことなんだろう。どうせ俺もランスの阿呆と同じだ。この人が大好きなんだよ俺も。それが解っててこうやってるこの人、ほんと道化だよ。

 アルトのおっさんは本当に、俺の使い方が上手いんだ。そんな風に微笑まれたら、俺が断れないのを知っていて。


 「ったく、ついていけば良いんだろ。わかったよ。それで……いつ出発なんだ?」

 「今日」

 「早ぇえよ!俺まともにランスと話も出来ねぇじゃねぇか!それでこれって俺また怨まれるっ!」

 「大丈夫だよ。どうせ話す時間があってもお前達喧嘩ばかりじゃないか最近は。これ以上ギスギスしたくないのなら互いの頭が冷えるまで距離を置くのも大事だぞ。そう、私と妻のように」

 「あんたが言うと説得力あるようでまるでねぇ……」


 そうやってあんたは俺ばっかり連れ回すから、あいつと俺はまた溝が深まる。たまには逆にしてくれよと言いたいが、今回ばかりは俺が行くしかねぇ。

 何故だろう。その時ばかりは珍しく都貴族共も王の外出の邪魔をしなかった。王の不在にまた国庫から金楠ね取るかろくでもない法でも作るんじゃねぇの?心配でランスに目を光らせておくようには言って置いたけど、王と一緒に出かける俺をあいつは羨ましそうに恨めしそうに見ていたな。あれはあの人がお前を信頼してないからでも、信用してないからでもないんだ。お前を心配して、信頼しているからこそ。それをちゃんとあいつは理解してないんだろうな。


 「……にしても何だよこの国は」


 初めて国の外へ出た。仕事だって解ってても年甲斐もなくはしゃぐ心があったのは確か。

 船旅は久々だったし、世界貿易の中心地だけあって、そりゃあ凄い。カーネフェルみたいな片田舎とは全然違う。あっちは都だって木々や水辺が目に入るが、こっちは城へと繋がる表通りと言う大通り……そこから五本の通り。さらにそこから分岐する細い通りが幾つもあって。そのあちこちに建物と店……見たこともない商品が立ち並ぶ。頭がくらくらする。


 「セレスセレスー!向こうのあれも食べに行こう!やっぱりセネトレアに来たからには行列の出来ると噂のラーメンと餃子と炒飯とダックを食べに行かないと駄目だと思うんだ。デザートは胡麻団子と杏仁豆腐」

 「あんたどんだけ買い食いするつもりだ!そんなに俺に金使わせて楽しいか!?」

 「ははは、ごめんごめん。後で返すよ。そうだな後はそれからそこの露天でかき氷と林檎飴とたこ焼きと焼きトウモロコシとお好み焼きと……金魚すくい?これは食材ゲットイベントなのかい?」

 「俺のトラウマ穿り返すな!金魚は食うな!主に飼え!死んだらちゃんと埋めてやれ!」


 溢れかえる人混み。ていうかもはや人塵。はぐれないようにと俺の手を放さないおっさんもどうかと思うが、事実これ一度はぐれたら見つけ出すのは不可能に近い。釈然としない物があるが渋々それを許容する。


 「しかし………噂には聞いてはいたが、私も来るのは久々だな」

 「久々?ていうか食いながら喋るな」

 「以前はここまででもなかったんだけどなぁ……」


 前に来たのは今代のセネトレア王の即位の時だという。もう20年近く前のことらしいからこのおっさんが今の俺と同じかそれよりもっと幼いかの時分だろう。もしかしたらパルシヴァルくらいの時かもな。その頃この人が見たセネトレアはもっと違う物だったという。


 「あの頃はここまで奴隷貿易が表立っていなかったし……私の目に映るのはこの国のきらびやかな所ばかりだった」

 「おっさん……」

 「こらこらセレス、今はお父さんと呼びなさい。変装中だよ?ちなみにお父様でも可」

 「だが断る。俺までこんな格好させやがって」

 「私はもう年だけどお前はまだまだ若いからね。もし可愛いお前が誘拐でもされたら私がランスに怨まれる」


 護衛とは名ばかり。あんまり表立って大勢で出かけると目立つし観光が出来ないと、王は護衛を俺だけにしてしまった。その俺も欠陥品とはいえ若いカーネフェルの男。奴隷商の目についてはいけないと無理矢理女装させられた。ランスが居なくて助かった。この年でこんな姿見られたら恥ずかしくて死にたくなる。

 俺を連れて来たのってまさかあれか。欠陥品だからじゃなくてあんたの取り巻きの同僚達の中で俺が一番幼かったからか!そうなのか!?


(くそ、……そりゃあこんな危ねぇ所にパー坊なんか連れて来られねぇけどよ)


 怖くて聞けない。聞いて頷かれたら俺ちょっと人間不信になる。なりそう。


(……しかし楽しそうだなおっさん)


 なんだかんだで久々の自由を満喫している?俺と親子ごっこをするのが楽しいのか?わかんねぇ。

 ほんと、邪気のねぇおっさん。いつまで経っても子供みてぇな人だ。そんなんだから王妃様に愛想尽かされるんだよ。このおっさんが王妃様相手にムーディな大人の雰囲気色気醸し出す図が俺には容易に想像出来ない。たぶんやってやれないこと無いんだろうがやる気がないんだろうこの人。そんだんだからまだ世継ぎの一つにも恵まれてねぇんだ。寝所シャットアウトはこのおっさんのいつもの道化っぷりがいけないんだ。びしっと決めれば格好良いのにそういう見せ場をわざと作らず阿呆なことばっかり前面に出す道化っぷりを発揮してるから……やれやれだ。

 こんな浮かれたおっさんを見ていると、やっぱ子供とか欲しいんだろうなと思うんだが、その肝心の子供作る気が無いのがどうしようもない。手に負えない。俺やランスみたいな部下を子供代わりにして遊んで満足してるからいけないんだよこの人は。そりゃあ俺だって……別にこういうの、嫌じゃないけどさ。むしろ嬉しいけど、それじゃあ駄目じゃないか。俺がこの人を嬉しがらせないといけないのに、俺がそうされてどうするよ?この浮かれ具合が全部俺のための演技とか、そういうこともあり得るわけだ。俺は手放しで喜べない。喜んでちゃ駄目だ。もっとこの人のために……


 「……あの頃よりももっとこの国は豊かになった」

 「おっさん?」


 小さく呟かれた言葉。それに俺は顔を上げた。


 「しかし何故だろうね。あの頃よりこの国の人々は心が貧しくなったように私には思えてならないんだ」

 「…………」

 「こんなこと私が言ってはならないんだろうけどね、私は別に私の国が豊かにならなくても良いと思っているんだよ」


 人の心が荒むくらいなら、多少国が遅れていても構わない。それを他国に馬鹿にされても構わない。自然豊かなその国土。温暖な気候と豊かな実り、美味い食い物、広い土地……そこに暮らす人々が笑顔で居られるのなら、それ以外に一体何が必要か。俺の王は疑問を抱いていた。


 「けれど、そんな気持ちが侵略の隙を与えてしまうのなら……辛いことだなぁ。私は私の民に貧しさを教えなければならないのか。心貧しい者になれと言わなければいけないのか」


 タロックは豊かな資源を食料を求めて攻めてくる。気の良いこの王は、多少の食料なら支援してやったことだろう。それで戦争が侵略が無くなるのならと。

 だけど相手はそれを裏切る。貰うもの貰っといて、まだ貰い足りない。カーネフェルという土地が諦めきれない。恩を仇で返すようなこの世界。良い奴ばかりが損をする。

 それに今日のカーネフェルの腐敗はタロックだけの侵略でもない。攻めてくるタロックとやり合うためには此方もそれ相応の軍事力が必要で、そのためにはセネトレアから武器に防具に船にといろいろな物を買わなければならなくて。

 カーネフェルで作っても良いんだがのほほんと畑耕して暮らしてきたカーネフェルにそんな知識はない。技術もない。材料だけ合っても意味がない。だからそれを売って商品を買う。だけど足下見られて底値で買われる。戦えば戦うほど貧しくなるという矛盾。それでも買わなければ唯奪われるのを指をくわえてみてることしかできなくなる。シャトランジアは中立を頑なに守りそんな友好国を援助してもくれない。


 「私には金勘定の才能がなくてね……戦うことしかして来なかった」


 王が生まれ育った頃は戦争の真っ直中。幼少からそればかりを教えられてきた人だ。休戦がなった今は本当にお飾りの王。それでも優しい人だから、戦わずに守る方法が有ればそれに越したことはないと身を引いている。その信頼を都貴族共は裏切った。親父のしたことを絶対に肯定はしねぇけど、この人を大事に思う瞬間だけは、あの男と気持ちが重なってしまうような感覚を俺は知っている。

 どうすることも出来ない。それでもどうしようもない現状に激しい憤りを感じている。俺もこの人と同じで戦うことしかできないから、だから小難しいことはランスに頼りっきり。戦う以外でこの人を支えられる才もない。傷付けることでしか何かを守れない自分の能無しっぷりが時々嫌になる。


 「私はこんな繁栄は望まないが……民はそれを望んでいたのだろうか。時々わからなくなるよ。民の声が私には聞こえない。ここ十数年で彼らの声は随分と変わってしまった。今では若いカーネフェルの女の子は、人がお金にしか見えないらしい……悲しいことだね」


 あの人がそんなことを言い出した時……俺達は城の前の大きな通りに差し掛かっていた。そこは通称奴隷通り。

 俺の手を掴むあの人の手、震えている。見上げればあの人が泣いていた。とても、悔しそうに歯を食いしばり。そんな辛そうな王の横顔に、つられて浮かんだ涙を俺は必死に飲み込んだ。


 「新商品入ったよ!よ、奥さんお目が高い!こいつはなかなかの上物ですぜ?」

 「囲って良し!養子にするも良し!正午からオークションがはじまるよ!掘り出し物盛りだくさんの奴隷オークション開催だ!」

 「混血奴隷は勿論、今回はレアなカーネフェリーの少年奴隷も仕入れてきたよ!おまけに更に価値ある青目と来た!これは買いだぜご主人様方!」

 「こっちはタイムセールだ!タローク男、カーネフェリー女1ダース1万シェルのところ、今回は2ダース!タイムセール開催中!肉体労働、工場奴隷何にでも!休息給料食事も要らねぇ!使い捨てにもってこい!さぁ!買った買った!」


 略奪で?戦争で?それとも密貿易で?入手経路はわからない。それでも目の前で連れられているのは確かにこの人の民で、守れなきゃいけない相手で……出来ることならこの場で剣を振り上げて、何もかも殺し尽くして救いたいのに。法が世界が許さない。そんなことをすれば、カーネフェルが攻められる理由になる。もっと多くの民が泣く。

 明らかに悪いのは彼らをこんな場所に連れてきた奴ら。それなのに、ここはセネトレア。常識が通じない。彼らを救うには金!金が必要だ!


 「いいか、おっさん。これは氷山の一角だ。あんたが金を出して救った金で奴らは船を動かしまたあんたの民をかっ攫いに来る。奴らの金の流れを止めない限り、これはずっと続く。それは解ってんな?」

 「…………」

 「あんたがすべきことはここで奴らを救う事じゃねぇ。国を世界をその腐敗を変えること。そうだろう?第一あんたには立場がある。目立つ言動は控えろ。他国に舐められたら弱みを握られたらお終いだ。それ以前にあんたは今財布持って来てねーだろ、危ないからって隣町で待機してる財布係が持たせなかった」

 「……ははは、あんまりにもお前の言葉が正論で……泣けてくるよ」


 王とは斯くも無力な物なのか、あの人はそう言って涙した。

 その様子に俺は溜息。


 「おいこら、そこのおっさん」


 何も変わらないとは知っている。それでもだ。俺は……どうせそこまで金に興味ねぇ。人殺しでもらった給料、そんな汚い金で救える奴がいるなら溝に捨てるよりはマシだろう。


 「そこの奴隷、買ってやる」


 俺の手持ちの金じゃ、残念ながらカーネフェルの野郎奴隷を買うだけの金はない。

 元々多売で儲けてるんじゃなく、このダース売りの奴隷はその運送費用で儲けてる。運ぶ送料は別途にかかる。買えば買うほどまぁ、その分高く付く。それでもだ。何億、場合によっちゃ何十億って掛かる混血奴隷やカーネフェリーの野郎奴隷に比べれば、その足元にも及ばない。つまりだ結論、俺でも買える。


 「そこのタイムセール、全部俺が買い占めた」

 「へい!まいどありー可愛いお嬢ちゃん!いやこんなにタロークの男買ってどうするんだい?取っ替え引っ替えで火遊びかい?若いのにお盛んだねぇ」

 「阿呆か」

 「ああ、そっちか!ひひひ、こんなに同族の女買ってどうするんだい今夜はお楽しみですねとは言わないでおこうかい?」

 「馬鹿か。俺はそいつら全部寄越せっつったんだよ。運送費用はこれくらいあれば十分だろ」


 ったく、半年分の給料がパーだぜ。俺が落とした金を見て、奴隷商は途端に畏まる。


 「え、ええと可憐なお嬢さん、配送先のご住所は?」

 「カーネフェル北部アロンダイト領まで」

 「カーネフェルのアロンダイト!?そ、そいつはまた……どうぞ今後もご贔屓に!」


 配送手続きを終えた俺に、おっさんはぽかんと開けた口をようやく閉じた。感謝の言葉でも出るのかと思ったらおっさんちょっと笑い堪えてる。失礼な。


 「何故にランスの実家に」

 「仕方ねぇだろ。うちの領地なんか送ってもあの馬鹿親父に悪用されんだろ。向こうで畑でも耕す手伝いさせる」

 「それならヴァンの奴も違う意味で心配だな」

 「だから男奴隷も買ったんだ」

 「……だけど、ユーカー…………」

 「あんたがやるのは唯の自己満足でエゴだ。だけど俺がやるのは自分勝手だ。唯の気紛れだ」


 実際唯の気紛れだ。このおっさんがあんな顔しなけりゃ俺はこのまま通り過ぎていた。

 それでもこれはこの人への尻叩きくらいにはなっただろう。こんなことがもう無いようにと、国境警備を強めることを考え何とかどうこうしようと足掻いてくれるはずだから。

 ちらと仰ぎ見れば、あの人が涙を拭って少し……悲しそうに、それでも少しは嬉しそうに笑う。

 俺の行動それで世界の何が変わったわけでもないし、この人を取り巻く現状が変わったわけでもないのに……救えていない相手も多いのに。でもまぁ、この人が泣きやんでくれるなら給料半年分放り投げる意味があったとそう思う。


 「んなことより、さっさと城行くぞ」


 俺はおっさんの手を引いて城へと急ぐ。あんまり長居して目立つのも困る。

 城門から城までは今日は一般開放されているのか結構人で賑わっていたが、城の警備は厳重で手紙を見せてようやく中へと招かれる。

 そのきらびやかな宮廷。カーネフェルの城より無駄に豪華。大理石の回廊。進んだ先に待っていたのは……


 *


 「おーい、少年以上青年未満の女装騎士君」

 「はっ……」


 俺はレクスにぺちぺちと頬を叩かれ我に返った。

 セネトレア女王のことを思い出そうと思ったのに、おっさんとの思い出に耽っていた。あの人キャラ濃いんだよ。だからその所為だ。未だにあの人の言動一つ一つが俺の中に残って消えず、色あせないのは。

 いっそ忘れられたら楽なのに。そうすれば誰ともあの人を比べずにいられる。アルドールに苛立つこともないのに。


 「あ、ああ。セネトレア女王の話だったな」


 あいつは恐ろしい女だ。だけど、あの人と一緒だったから。それを思い出すと……タロック王と対峙し、あの人に助けられたことを強く思い出す。罪悪感に胸が痛むが、あの人の優しさに触れ……温かい気持ちもあふれ出る。だから先程までの恐怖は和らいだ。

 それでも二度と会いたい相手ではない。タロック王女、刹那というあの女。年は俺より上。ランスよりも少し上だろう。

 婚礼開場では取り繕ったような微笑を湛えていたが、染みついた血の臭いは隠せない。普通の人間ならわからないだろうが、戦場を知る俺にはあの女から立ち上るそれと剥き出しの殺意に心底脅えさせられた。

 人を殺すことを何とも思っていないような目。違う、人が人に見えない。違う、そもそも人という概念があの女の中にはない。そんな異常な世界の在り方を映した赤い瞳に打ちのめされた。

 セネトレア王の正妻。それならまだ良い。恐るるに足りない。あの人もそう言った。彼女を娶ったセネトレア王だって据え膳だ。どんな極上の美女でも一度でも手を出せば精神を病み、それでも抱き続ければいつか死ぬ。それだけの猛毒を飼っているのだ。その毒は外から入ってきた全てを毒し殺すだろう。だから交わったところで世継ぎは生まれない。絶対に。

 あの人が危惧したのはタロック側の思惑だ。その政略結婚に何の意味があったのか。

 セネトレアとタロック間の連携を強める?それともタロックのセネトレア侵略?現にセネトレア王は先月死んだという話。破落戸に暗殺されたということだが、真相は定かではない。だってそれで得した人間はあの女。

 無理難題のような婚姻条件に乗っ取り女の身でありながら、セネトレア王位をぶん盗った。自分との間に世継ぎが生まれる前に王が死んだ場合、王亡き後は玉座を譲れというその言葉から、彼女は王妃から女王になった。シャトランジアの神子が俺達カーネフェルに協力するようになった背景にはそれが関係しているのだろうなとは思った。世界の均衡が揺らいだ。だからこそ、神子はそうしたんだ。


 「王女の実兄と異母弟だったか?王子は二人とも死んだ。セネトレア王は死んでその間に子供はいない。タロックの姫に子を産ませられる男はもう何処にも…………いや、精々タロック王くらいなもんだろ?」


 いくらタロックとはいえ……兄弟間の近親婚は幾らでも聞いたことがあるが親子間の近親婚は聞いたことがねぇ。第一仮に孕ませられたとしても、次代は怪しい。タロック人の女が生まれる確立は低い。低すぎる。男しか生まれないっていう可能性は十分にあり、その場合そこで毒の王家は断絶する。


 「だが、まだ終わらん。実際彼が殺されたところをお前が見たわけではあるまい」


 その口調。やけに自信の宿るその言葉に、俺は一瞬怖じ気づく。何かとんでもないことを教えられているような、そんな気になった。


 「わかるか少年、カーネフェルは完全に少年王一人しか残されていない。しかしタロックはそうではない。須臾王がこんな前線に出てきた意味を考えろ。背水の陣のお前達側とは意味が少々違うのだ」


 カーネフェルはアルドール一人。今あいつには妻がいねぇし、娶ったところで……世継ぎを生ませられるか怪しいところ。時間が足りない。そう、実質カーネフェルのはもう……アルドールしか居ないのだ。あいつが殺されたら……カーネフェルはお終い。ランスの希望も潰えてしまう。


 「狂王亡き後は新たな王が現れる。つまりカーネフェルの騎士……お前達が血眼になってタロック王を殺そうとしたところで無意味と言うことだ。……彼は良き王であり、民も須臾王ではなく彼を選ぶことだろう」

 「そ、そんなの……何で言い切れるんだよ!?カーネフェルだってまだ終わりじゃない!」

 「カーネフェルは滅ぶ。沈む国と運命を共にするだけ価値が、お前にはあるのか?」


 断言された。その言葉が重たく俺へとのし掛かる。信じたくないのに、それが肌から俺の中へと入り込んで俺の思考を支配していくみたいで怖い。有無を言わせぬ迫力が、男の言葉にはあった。絶対の確信。それをこいつは持っている。そしてそれは俺が知らない何か、重大な……何かなのだ。


 「そ……それは」

 「勿論しがらみはあるだろう。お前は優しい目をしているからな」

 「っ……な、何勝手なことを!勝手に決めつけるな!俺は凄い冷酷非道な」

 「そう吠えるな。しかし偽悪を演じてまでお前が守りたい者とは何か、少々気になるところではある」


 その言葉に俺は黙り込む。喋れるはずがない。自分の弱みを敵に知られるわけにはいかない。


(つーかこいつ……)


 どうしてそんなに俺のことが解るんだ?解ったような口を利くんだ?

 訝しげに見上げる俺から目を逸らし、そいつは妙なことを言う。


 「俺には一人妹がいてな」

 「……は?」

 「かなり可愛がっていたのだが、狂王に殺されてしまった」


 その言葉の節から、こいつが狂王を憎んでいることが伝わって来た。タロックにいるのは須臾王を殺すため……レクスはそう言っているようだった。


 「お前はその妹に似ていてな」


 懐かしむように手を伸ばされる。


 「目も髪の色も違うのだが、不思議とそう思った」


 頬に触れられたが、振り払えなかったのはそんなことを言われたからだ。そんな俺を笑いつつ、男は俺から手を放す。


 「殺さなかったのは、そういうことかよ!い、戦に私情を持ち込むような奴に俺が負けるなんて……」

 「私情無くして人間などやっていられるか。人が人たる証拠だろう?むしろ俺は機械的な人間こそ信用出来ん。うちにも何人かそう言うのがいてな、ああいう堅物とは一緒に酒も飲みたくない」

 「お、俺は嫌だね。そんなわけわかんねぇ見ず知らずの相手に仕えられるか!それならお前がこっちに……」


 そうだ。ここでキングを手に入れればこの戦い、心強い。ランスへの負担も減る。タロックがこの男が俺を欲しがるように、カーネフェルだって俺だって……こいつが欲しい。


 「生憎俺にはもう王が居る」


 だがお前はまだ王に仕えてはいないのだろうと言われ……これも否定は出来なかった。


 「今のカーネフェルは烏合の衆。幼き王にこの大国が収められるとは思わん。舐められるのがオチだ。いずれ荒れるぞこの国は」

 「カーネフェルが……?」

 「俺が思うに決定打は我が国ではない。カーネフェルはカーネフェル人によって滅ぼされる」

 「……っ」


 否定できなかった。都の腐敗を見るに、その言葉は真実だ。

 誰も自分のために生きていて、国を愛する心なんか無い。俺だってそう。誰のために俺はカーネフェルにいる?そのエゴは、俺の大嫌いな都貴族達と変わらない。


 「だからお前はそこにいるべきではない。その力はお前を破滅に導く。いずれ利用され、使い捨てられる」

 「全員が全員そんなわけ……」

 「いや、断言しよう。全て者がお前を道具にしか見なくなる。お前が守ろうとしている者さえも」


 そんなの、信じられない。信じたくない。だって俺は今……そんな風に見られていない。神子とランスはそういう所があるかもだけど、少なくともアルドールとかトリシュとかパルシヴァルは俺をそんな風には見ていない。

 あいつらまでそんな風に俺を見るようになるなんて……にわかには信じられない話だ。


(でも……)


 絶対にないって言い切れるのか?あのランスでさえそうなったのに。昔はあんな風に俺を見なかった。昔のあいつなら俺が死んだら泣いてくれたんだろうが、今のあいつにそんなことは多分あり得ない。

 万物は流転する。変わらないものはない。俺だって多少は変わっているはず。それでも掲げた大前提が変わらないから……取り残されていく。


 「だが我が王はそのようなことはしない。カード全てを殺す気もない。あの方はカードを消費せずに願いを叶えるおつもりだ」

 「…………う、嘘だ」

 「嘘ではない。あの方を見ればきっとお前も理解する。王の器、使えるべき主というのを見せてやる。俺と共に来い、お前は死なせるには惜しい男だ」


 死なせるには惜しい?そんなこと、言われたのは初めてだ。幾ら身内に似ているからって買いかぶりじゃないのか?


 「お前に本当の王というのを見せてやる。……そのためにも早くこの国を平定しなければな。それまでお前は捕虜だ。身の振り方をゆっくり考えてみると良い」

 「俺は……」


 耳元で囁かれた、言葉に俺は絶句した。その一言は俺の思考を吹き飛ばし、停止させるには十分過ぎた。


 「お前は道化師の種だ。お前が開花するまで俺がお前を守ってやろう」


 その時お前がどこの国を選ぶのかわからんが、その時はその時。そうなれば俺を殺せるかもしれんぞと、男は不敵に笑っていた。

タロック王とそのお気に入りと、前カーネフェル王とそのお気に入りの話。どっちのおっさんもテンション低いんだか高いんだかよくわからない。

他の部下相手だと違うテンションなんだろうけど、お気に入りの前でははっちゃけてますね。片や死んだ(殺した)子供、片や(奥さんと部下の浮気に身を引き)授からなかった子供。どっちも自分の子供重ねてるんだろうけど。

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