14:Ave, imperator, morituri te salutant.
「いたか!?」
「いや、こっちにはいない!あの方の愛馬が走っていくのを見たって奴もいる……もう領内にいないのでは?」
「そんな!しばらくはこっちに留まるって聞いたのに!」
「うちの畑で取れた野菜を届けに行こうと思った矢先にこれだ……」
誰も何も言っていないのに、外には騒ぐ人に嘆く人。アルドールはその騒ぎに目を丸くする。
(俺はユーカーの不在に気付けなかったのに)
ユーカーは北部の守りの代名詞。彼がいなくなったことで不安に駆られているのだろうか?そう思ったけど、え……野菜?
「……どういうこと、でしょうか……?これ」
「いやはや、北部……とりわけうちの領地でのセレス君人気は凄くてね」
ユーカーの不在を何処から聞きつけてきたのか、アロンダイト領内は夜中だというのに騒がしい。やはりバレてしまったかと、ヴァンウィックは肩をすくめた。
「ユーカーに何か用でもあったんですか?」
「いや、そうではないんだよ。彼らはセレス君に恩があってね。収穫した物を是非食べて欲しいと競い合っていて……喧嘩ばかりするのでローテーションで割り振りして納得して貰ったばかりだったんだ」
そう言えば昨日、ユーカーが畑から勝手に色々取って来たらしいけど、何の文句も言われなかった。てっきりここがランスの家だからだと思ってたけど違かったのか。それどころかむしろそれはこの人達にとっては光栄なことだったのか。
「何処だぁあああああああ!!」
「探せぇえええええええ!!逃がすかぁあああ!」
「ええ!?」
今度は男達の野太い声。さっきは女性ばかりだったからその落差に驚く。それどころか彼らは暗闇でも解る、暗い色の髪。
「た、タロック人!?もうここに攻めて来たのか!?」
「もうセレスの留守に気付くとは……アルドール様、どうか私にご命令を」
「僕も、頑張ります!」
慌てふためく俺。応戦の命を求めるトリシュとパルシヴァル。しかしその背後で肩をすくめるヴァンウィック。
「いやいやアルドール様、あれは私の所の領民です」
「ええ!?タロック人が領民なんですか!?」
俺は愕然としたが、聞こえてくる声をよくよく聞いてみるとそれは物騒な物ではない。
「何処に行っちまったんだセレス様ぁああああああ!!」
「んだ。あの方のために、芋の煮っ転がしさ肉入れて拵えてたってのに」
「こらこら君たち、文句を言いたいのは解るがそう騒ぎ立てないでもらおう。折角のセレス君の思いを無下にする気か?」
「領主様!折角あの方お帰りだって聞いて俺達領地外れから来たばかりなんだ」
「あんまおおっぴらに出歩いたら迷惑かと思って日暮れになってから出てきたんだぞ!」
「やれやれ。どうしたものかな」
領民とはいえ領主の言葉が届かない。一体ユーカーは彼らに何をしたんだろう。
「……ほら、セレス君は山賊だけでなく海賊退治もしていたと言っただろう?その最中救われた者も多いんだよ。それだけでもないがね」
「あ……そうだったんですか」
「彼に頼まれここでの生活を保障したのは私なんだが、いや……私などより彼らはセレス君にぞっこんなんだよ悲しいことに。そうそう、セレス君の隊に入ったお姉さん方も奴隷上がりの子が多いんだ。彼に恩返しがしたいとね」
「やっぱりセレスさんはヒーローなんですね!」
ヴァンウィックの言葉に、格好良いですとここにはいない人に惚れ惚れしているパルシヴァル。それから……
「ああ、イズー。私のイズー。貴方はなんて優しい人なんだ!」
違う意味でメロメロな人がいる。ユーカーも大変だなぁ。自分がいない場所でさえ、勝手に好感度を上げられてしまうなんて。これユーカーの方はどうか知らないけど、トリシュ側では完全にユーカールート入ってるよね。ていうか一本道だよね。俺には関係ないけどさ。
(でも……)
ユーカーは凄いなぁ。目の色で人に軽んじられても、それを行動でカバーして……こんなに沢山の人に慕われているじゃないか。俺なんかとは違う。それが重荷なのだと彼は言ったけど……それはどうしてなのだろう?
「多少扱いにくいところはあるがね……まぁ、助かっているのも事実だよ。男手の少ないこの土地で……信頼できる守り手が増えるのは。私が安心して領地から離れられるのもセレス君と彼らのお陰だ。セレス君は嫌がるだろうが、セレス君に何かあれば農具の代わりに武器を取って戦ってくれる気概のある領民達だからね」
「……どうしてユーカーは、進んで彼らを自分の配下にしなかったんでしょうか?」
話を聞く限り、部下になったお姉さん達というのは自ら志願してやっとという印象を受けた。
「都近辺でセレスタインが幅を利かせるのは都貴族達が避けたい。第一タロック人をカーネフェルの軍に加えたがらない。そしてセレス君はああ見えて騎士様だ。女性は戦わせるものではなく守るものだと思っている節がある。……それから父親と同じ事はしたくなかったんじゃないかねぇ」
「父親……?ユーカーのですか?」
「ああ。私の兄も、そうやって恩を押しつけ兵力を拡大させた男だからねぇ……彼はあいつを嫌っているからそういうことは嫌なんだろう。そんな意図がなくとも、家のためになってしまう働きは……あの子にとって自分が道具だと認めるようなことだから」
ユーカーの父親。話には何度か聞いた。先王アルトさんの忠臣。王の権威を守るため、シャラット領を滅ぼした。その際ユーカーの婚約者……アスタロットさんを殺害した人。それ以来ユーカーが帰らない土地の人。だけど本当は……誰よりも認めて貰いたかった相手。
(ユーカー……)
ユーカーやこの人の血縁者と思うと、そこまで悪い印象を持てないのだが……実際どんな人なのだろう?……もっともヴァンウィックだって気さくな美中年だが、ランスや女の人の立場からよくよく考えれば考えるまでもなく酷いことをしている。それなら忠臣とはいえいい人とは安易に呼べないのかも。
なんとなく彼を思って沈んだ俺に、先程より大きな領民達のざわめきが飛び込んだ。
「あれは、あの方の馬!」
「リンガーレットが何か乗せているぞ!セレス様か!?」
「お帰りなさいませー!セレス坊ちゃん!!」
「いや、あれは違うぞ!あれは聖十字の鎧じゃないか!」
「なんだって聖十字が!?」
聖十字。それを聞いて俺は思わず走り出す。階段を駆け下り大声でエレインさんを呼び、扉の鍵を開けてもらった。
向かった先ではぐったりと気を失いながらも手綱を放さない一人の聖十字兵。年は背格好は俺と同じくらい?少し上?わからないが、彼は疲労で衰弱しているようだ。
(……応急処置だけど)
咄嗟に俺は回復数術を展開。
俺の数術じゃ回復は出来ない。それでも一時的な回復は、気付けくらいにはなるだろう。この場からこの人を運ぶのにそれは必要だ。
「…………ここは」
震える瞼。ランスのそれよりずっと明るい、だけど綺麗な青目をしている。
「良かった、気がついた?」
「あ、貴方……どうしてここに?ここは、カーネフェルなのではないのですか?」
「え?ああ、確かにここはカーネフェル。北部のアロンダイト領だよ。とりあえず俺に掴まって。話はそれからだ」
「え、あ……すみません」
「うわっ!」
肩を貸したもののあまりの重さに俺はバランスを崩して倒れ込む。この人俺より背が高い。それに……鎧が物凄く重いんだ。
「あ、ご……ごめん!」
気恥ずかしさから顔を背ける。そうだ何調子に乗ってたんだ俺は。イグニスの部下の人だと思って彼女のことを何か聞けると思ってそれで俺は。イグニスの部下の前で良いところを見せたかったんだろうな無意識で。
だけど俺はこの間まで剣も持ったことがない半引き籠もりの缶詰生活を送っていた養子貴族様だった。
尻餅をついて驚いている俺に、聖十字の人が助け起こしてくれた。本当俺って情けない。
「……すみませんでした。私は大丈夫ですので」
「あ、ああ!俺の方こそごめんなさい。それじゃあ案内します」
しかも俺ついつい敬語を忘れていた。初対面の人相手に失礼だった。ユーカーにランスにイグニスに……最近みんなに敬語使うなって言われていたから調子にのっていた。本当恥ずかしいよ。
「エレインさん、この人のために着替えと食事とお風呂……あと、手当の道具、それからもう一室部屋の用意をお願いします」
「はい、アルドール様!」
パタパタと駆けていく少女の言葉に、短い金髪の聖十字兵は黙り込む。
「あの、何か?」
「アルドール……とは、貴方の名前ですか?」
「え、ああ、そうです……けど。それが何か?」
「いえ、失礼しました。何でもありません」
「とりあえず彼女の仕度が出来るまで、俺の部屋ででもゆっくりしてて下さい」
鍵を手渡そうとする俺に彼は首を振る。
「いいえ、その前にお礼共々ご報告したいことがあります。領主様はどちらに?」
「セレス君の馬を連れてきてくれたのは君かね?いや、ご苦労ご苦労」
両手を広げて階段を下ってくるヴァンウィック。
「ひとまず帰らせたとはいえ領民達も不安がっているし、聞きたいことは山ほど有る。しかしそんなことよりだ」
階段を飛び下りた中年色男は一瞬にして彼の手を取り踊るようにくるりと回る。
「麗しき聖十字君、おじ様に君のスリーサイズを教えてくれたまえ」
「ちょっと!いきなりなんてことを言うんですか!?」
恥ずかしい。ランスじゃないけど恥ずかしい。一応俺に仕えてくれている人がこんなことをイグニスの部下に言うなんて。それって連帯責任で俺の責任。イグニスの部下に幻滅されるのはイグニスに幻滅されること。そんなの嫌だ。嫌過ぎる。咄嗟に彼に手を放させ、聖十字兵を俺は庇った。
「第一男のスリーサイズって何なんですかもうっ!」
「ふむ、なるほどなるほど。アルドール様は照れた顔はなかなか可愛らしいですな。ようやく食指が動きました」
「はいぃ!?」
「そういうことならこの際アルドール様でも構いませんぞ?私のこの手でスリーサイズを測って差し上げましょう」
「ちょっ!人前でそういうことは止めて下さい!この地の信用に関わりますよ!?」
わきわきと両手の指を高速で動かすヴァンウィック。嫌だこの人なんか怖い。
「でしたら物陰へと参りましょうか我が君」
「助けてイグニスぅうう!!ユーカーぁあああ!!!ランスぅうう!!!ってっここに誰もいなかった!助けてトリシュっ!パルシヴァルっ!」
肩を掴まれた俺はもう涙目だ。柱にしがみついて助けを呼ぶが、力負けして手の力が緩んでいく。
「領主様、まず先に謝ります。これから無礼を失礼致します」
ごん。鈍い音がした。恐る恐る顔を上げると絨毯の上に倒れている美中年。彼を撲殺……いや、昏倒させたのは聖十字兵。剣を鞘に収めたままその後頭部をぶん殴ったらしい。
「身分ある方とはいえ法を犯して良い道理はありません」
怖い。この人も怖い。凄い冷たい目で倒れたヴァンウィックを睨んでいる。
(あ、でも一応俺を助けてくれたんだよな?)
俺は恐る恐る彼へと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。後でイグニスにも貴方のことを伝えておきますね」
「ご無事ですかアルドール様!」
「王様!大丈夫ですか!?」
彼から返答が来る前に、階段を駆け下りてくる騎士二人。その言葉に突然聖十字兵が跪く。
「え、あの……」
「貴方がカーネフェリア様ですね?」
「あ、……ええと、はい」
隠す理由もないだろう。彼と話をする上で、それは必要なことだ。それならばと俺は彼へと向き直る。跪いた彼へと手を伸ばし、そういうのは必要ないと笑ってみせる。
「俺はアルドール=D=カーネフェリア。……王とは言っても最近即位したばかりだし、今は都落ちしている情けない奴なんだ。だからそんなに畏まらないで下さいお兄さん」
「お、お兄……そ、そうですよね。ええ、解っています。むしろ私はそれは上手く機能していると喜ぶべきであって」
「あの、何か俺……」
「いえ!何でもありませんので!」
「はいはいお二方、廊下で立ち話もなんだろう。居間でも使ってくれたまえ」
起き上がったヴァンウィックが俺と彼の肩を掴んでズルズルと廊下を進む。かなり凄い音がしたけど平然としている。この人は不死身か。殴った側の彼も驚いている。
そんなこんなで居間へと落ち着いた俺達。どう切り出すか迷う俺に気付いたのか、彼の方から言葉を発してくれた。
「ひとまずお礼を言わせて下さいカーネフェリア様。セレスタイン卿と言うのは貴方の騎士ですね?」
「うーん……ユーカーは俺の騎士っていうか友達………って言ったら嫌がられるかな。まぁ、他への好意でちょっと力を貸して貰ってるっていうかそんな感じで」
「……え?」
「あ、いやいや、一応俺の騎士ってことになってるのかな?よくわからないや、あはははは。あと俺はアルドールでいいですよ。そっちの方が慣れてるので」
まだカーネフェリア呼びはしっくり来ない。呼ばれ慣れていないから。
「それでは、アルドール様。助けていただいたことを感謝します」
「俺は何もしてないので……それより向こうで何があったのか話していただけますか?」
「はい」
俺の言葉に聖十字兵は頷いた。明るい場所で見ると彼の目は更に明るい。それでもユーカーの空色よりも濃いその色は凛とした彼の真剣な面持ち、それによく似合っている。強い意志を宿したその目の光はとても綺麗だった。
「私はシャトランジアから派遣され、シャトランジアカーネフェル間の海上警備を行っていました。それでわけあってこのカーネフェルに上陸しました」
「ああ、そう言えばイグニ……いや、神子もそんなことを言っていました」
「私達の船は奇襲を受け、目的の場所とは違う……この北部へと流れ着きました。そこをタロック軍に襲われて……多くの仲間が捕らえられました。それを逃れた仲間はこの隣……ブランシュ卿の領地に身を潜めています」
「あれ……ブランシュって、トリシュの実家だよな?」
俺はてっきり湖城の話が来ると思っていたから驚いた。ていうかアロンダイト領の近くだったのか。
「領地とは言っても……父はアロンダイト卿以上に領地を蔑ろにしています。領内の管理はシール叔父さん……いえ、別の人間に任せきりで」
「ふむ。チェスター卿か」
トリシュの持ち出した名前に、ヴァンウィックが渋い顔つきになる。
「私も久しく会っていないが……我が弟子トリシュ君。これは数多の恋をした私だから言えることなのだがね、何か嫌な予感がする。やはり君は湖城に向かう前に彼に会いに行きなさい」
彼はトリシュに忠告をした後、俺の方にも促した。
「アルドール様、貴方もそうなさると良い。あの湖城の古城は元々彼の持ち物でね。あれを攻める意味でもそこに詳しい人間の話を聞いておいて損はない。或いは……」
「その、チェスター卿に……なぜあの城がタロックの手に渡ったのか、聞く必要があると言うことですね?」
「ああ。そう言うことになる」
ヴァンウィックは一度小さく頷いて、席を立つ。居間の流れで大体の話は理解したと言わんばかりに。
「本当は私も会って話をつけてやりたくはあるのだが、流石にこの状況で領地を放り出したら馬鹿息子とセレス君に怒られる。おじさんはここでお留守番をしているよ」
ひらひらと手を振りながら彼は居間を後にした。残された俺達は、少し気まずい沈黙に包まれる。何の問題も解決していないのに問題ばかり増えている気がした。
「……聖十字の方、それでセレスタイン卿はどうなったのですか?」
本当に心配そうに絞り出されたトリシュの声。いつも半分冗談みたいな感覚で見守っていたけど、その声に俺ははっとさせられた。それは俺だけじゃない、パルシヴァルも気付いたようだ。
「トリシュ……」
「トリシュさん……」
「……彼は、無事なのでしょうか?」
切々と紡ぎ出される彼の言葉は、聖十字の胸にも届いたようで彼も気まずそうな顔になる。
「彼は、投降しかけた私を庇い……タロックの第一師団長と刃を交えました。その隙に私を馬へと乗せてここへ……彼との勝負がどうなったのかは解りませんが、私が彼らに出会う前のやりとりからして、おそらく彼に分はありません」
「ユーカー……」
「相手の様子から、命までは取らないとは思いますが……」
「あの、他に誰か見ませんでしたか?格好良いカーネフェル人の騎士とか女の子みたいな可愛い混血の男の子とか」
「いえ?私が見たのは少女と見紛うような女装をしていた騎士様だけです。敵は勿論私も彼に言われるまで気付きませんでしたが、確かに女性にしては少々口汚い方でした」
「あ……そうですか」
それ確かにユーカーだ。セレスちゃんだ。こっそり飛び出すために女装も厭わなくなってきたのか彼は。
(本当ランス絡みのことになるとユーカー、手段選ばないよなぁ……)
それだけ心配だってことなのか。そう言えば俺が始めて彼と出会った時も散々だった。ランスが心配過ぎて暴走してたなぁユーカー。あの時の俺、女装してたにもかかわらずぞんざいな扱い受けてたらしいし。
(あれ?)
何か妙だ。ユーカーって確かにお人好しだけどランスが心配で視野が狭いときに、こんな人助けなんて出来るだろうか?ということはランスは無事。イグニスも無事。それを確認しているって前提?その上でイグニスに扱き使われた。そう考えるのが妥当か。そう思い俺はほっと息を吐く。それを見計らったでもないだろうが聖十字兵はそこで俺の心労が増すようなことを言う。
「心配なのは、正体が判明した後も敵将の方に口説かれていたことです」
「なっ……なんですって!?それは本当なんですか!?」
取り乱すトリシュ。悲しみに揺れるような青い瞳が、今日ばかりは怒り狂って青い炎のように燃えさかる。
「ユーカー……」
本当に不運だ、彼。敵にまで口説かれるなんて。また他の男とフラグが。犬も歩けばって言うけどその棒じゃないだろうに。
「と、とりあえず落ち着こうトリシュ?向こうにはランスとイグニスがいる。何か本当に大変なことになったら助けてくれるよ」
多分。イグニスは怪しいけどランスなら、……多分。
「それにユーカーも騎士だ。それにコートカードだ。そんなあいつをどうこう出来る相手はそうそういないだろ?」
「しかし、アルドール様……」
これでも駄目か。それなら……
「お前が信じてやらないでどうするんだ」
この言葉の前に色々脳内補完できそうな含みを持たせて俺は言う。それに彼ははっと我に返ったようだ。
「……仰る通りですアルドール様。私は少々我を忘れていました」
そうやって憂いる顔は美形なんだけどなこの人。自分に自信がないのだろうか?だからユーカーを信じられない部分があるんだろうか。そこを肯定してあげないとこの人は、精神的に弱ってしまうのかもしれない。
「それじゃあ向こうのことは二人に任せる。何かあったら此方に連絡が入るはず。そこをアロンダイト卿の采配で何とかして貰おう。俺達は湖城を行く前にチェスター卿を伺う。隙あらば聖十字の人達を取り戻す算段を練る。これがベストだと俺は思うけど……みんなはどう思う?」
「はい、異存はありません」
「王様がそう言うのなら僕はそれに従います」
「それじゃあ明日も早い。二人は身体を休めてくれ」
俺の言葉に従って退室をする騎士二人。残された俺と聖十字の人。また、沈黙だ。
「……すぐに貴方の仲間を助けると言えなくてごめんなさい」
「…………いえ、仕方のないことです。私もそのためにここへ来たのではありませんから」
「え?」
妙な言葉。ここへ来た?ここってこのアロンダイト領?でもそれはユーカーの差し金。それならここというのはここではない?
「私達は、命令違反をしたんです。だからもう……シャトランジアへは帰れません。それを覚悟でここへ来ました」
続く言葉にやっと気付いた。ここというのはカーネフェル。このお兄さんはこの国の生まれだったのか。
「私達はこの国を守るために、カーネフェルへ帰ってきたんです。シャトランジアには恩はありますが、聖十字の掲げる正義と祖国への正義とでは、……どちらが重いかなど分かり切ったことです」
「……お兄さんは、凄いなぁ」
「はい……?」
「稀少なカーネフェルの男なのに。騎士でもないのに……戦うことを選べるなんて、そんな簡単に出来る事じゃない。俺なんか……本当、情けなくて」
夕方のことを思い出す。剣を取った、手が震えた。こんな情けない俺が王だなんて、この国は可哀相だ。
「何で俺なんかが……エースなんだろう。お兄さんみたいな強い心の人が……王様だったらきっと、もっと……」
「カーネフェル王、無礼を失礼いたします」
椅子から腰を浮かせて、身を乗り出した彼は俺へと手を伸ばす。そして……
「え?」
それは思い切り。耳に響いた強い音。その痛みに思い出す。ああ、以前もこんな事があったなと。あれはシャトランジアの第一聖教会で。これから任務に行くという聖十字のお姉さんに俺は打たれた。
「……あれ、………お姉さん?」
「……っ!?」
不意に目の前の人とその人が重なった。髪型は違う。それでも顔がその目がそっくりだ。
「いや、お姉さん……違う、お兄さんもしかして妹とかお姉さんとかいたりしますか?双子とか」
「………私を打ちますかカーネフェル王?貴方には二回、その権利があります」
俺の言葉にはぁと溜息を吐いた聖十字のお兄さん。
髪飾りかと思っていた三つ編み。髪を解くと……ばさと彼の髪が降ろされる。思ったよりそれは長い。それは見覚えがある………長い金髪の……金髪の……女の子!?
「お、お姉さん!!聖十字の!!なんでこんなところに!!」
「それは此方の台詞です!貴方がカーネフェル王だったなんて!!」
お姉さんに大分遅れて俺も椅子から立ち上がる。
「な、なんで男の振りなんか……」
「女ばかりの軍だと思われると舐められるんです。だから比率で違和感がない程度……何人かは男装して警備を務めるんですよ聖十字では」
もしかして、アージン姉さんもやたらとシャトランジアではモテていたのを思い出す。同僚の女の子達からラブレターもらったり二月なんか大量のチョコレートを貰っていて頭を抱えていた。それでも貴族だしそれ相応の品をホワイトデーにはきっちり返したりするからそれ目当ての子まで増えてという悪循環が生まれていた。
あれって姉さんが男勝りだからだと思っていたけど、男装警備の仕事の所為もあったのか?確かに姉さんがきっちり男装したら格好良いかもしれない。なんて言ったら……姉さんに涙目で殴られるんだろうな。そう思うと、俺の涙腺が緩んだ。
「あ、あの……ちょっと、……そ、そんなに痛かったですか?」
「あ、気にしないで下さい。あ、欠伸です」
あれから肌身は出さず持ち歩いたトリオンフィ。それを胸に抱えて蹲る。
このお姉さん、苦手だな。アージン姉さんと年とか背格好が似ている。今更のように罪悪感が湧き上がる。フローリプやルクリース……あの二人のことだって忘れない。忘れていない。だけど……二人とは一緒にいたから、未だに……俺の脳が間違っている。死んだって思えない。目を瞑ればこの同じ空間に二人が息づいている。
(それでも、姉さんは違う)
俺は姉さんの死を実際見ていない。そう言って逃げて来た。そのツケが回ってきたような感覚。聖十字……同じ肩書き。俺の罪悪感を刺激するように、この人が現れた。
彼女を直視できなくて……罪悪感から目を逸らす俺に、彼女が不思議がる。そこに天からの助け船。
「アルドール様ぁ!準備できましたよー!」
ありがとうエレインさん。今ならランスとの手助けをしてあげたいくらいの心境だ。
「あ、それじゃ!ええと後は彼女に良いようにして貰えるようにしておくからゆっくりして下さい!」
「あのっ!」
「は、はいぃいっ!」
何故か突然脅えだした俺に戸惑う素振りのお姉さん。いや、俺は打たれたから脅えてるんじゃありませんよって言いたいけど何故か声が震えてしまう。
「明日の件ですが……私もご一緒させていただけませんか?仲間との合流まで、貴方の護衛をさせて下さい。私はそのためにここへ来たんです」
「いや、でも……お姉さんはここにいた方がいいですよ。今の戦争は普通じゃない。いくら強くても普通の人が相手じゃ……」
「生憎、私は普通の人間ではありません」
お姉さんが凛と顔を上げ、俺へと近づく。近づかれて急にドキドキする。感覚的にはランスに近づかれた時のそれに近い。凛々しいその顔つきはランス並にイケメンだ。いや、この人お兄さんじゃなくてお姉さんだからっ!そう言い聞かせるも、イケメンだ。姉さんにときめく同僚の方々に気持ちがちょっと解った気になった。
慌てふためく俺を正気に返らせたのは、彼女が俺に見せたもの。
「先程貴方はエースと仰いましたね」
「あっ!」
あの日俺は疑った。神の声が聞こえた。それはこの人がカードだからなのでは?そう思った。だけどすぐに否定した。だってそれはこの悪魔のゲームが始まる前のことだったから。
それでも……彼女の手の甲には刻まれた紋章。俺が初めて見る模様。
「スペード……」
カーネフェル人の彼女に何故、タロックに縁のあるスートが出たのか。戸惑う俺に彼女は掌を見せる。そこに刻まれていたのは……見覚えのある、Qの文字。
「く、クィーン!?そ、そんな……」
今度はルクリース。彼女を思い出すその数値。あまりの衝撃に俺はその場にへたり込む。
もう無理。もう駄目だ。両目からボロボロ涙が溢れ出す。
(ルクリースっ……ルクリースっ!!)
彼女との思い出が俺の脳裏を駆けめぐる。それは今まで省みることもなかった屋敷での生活からはじまり……フローリプから俺を守ってくれた彼女の背中。一緒に旅をしたこと。俺をいつも彼女は守ってくれた。その当たり前が何時までも続くことを願ってやまなかった。いつかはそれが失われるのだと言われても、そんなことあり得ないと心の何処かで思っていた。それが……こんなに早く奪われるものだとは思わなかったんだ俺は。
焼けこげるシャンデリア、血だらけ……硝子の破片が突き刺さった彼女の身体。おいつかない回復数術。二度と開かなくなった彼女の目。俺の名前を呼ばなくなった彼女の口。
「あ、あの……」
呼ばれてる。何でもないよと言わないと。だけど、駄目だ。何も考えられない。呼吸が乱れる。そして全てが遠くなる。
*
「そんなに気になさることないですよ。アルドール様は今不安定な時期というだけなのですから」
「で、ですが……」
トリシュはそう微笑むが、相手は簡単には納得してくれない。狼狽えた様子のその人に、何と言えばいいのだろう。そこまで多くを自分は知らないというのに。
突然倒れたというアルドール様を運んで来た聖十字兵。見た限り、高熱などの症状も見られない。これは精神的なものだろう。
「私もそう詳しくは知らないのですが、アルドール様は都へ来るまでに大切な方を無くされたそうです。今はもうご家族の一人もいらっしゃらないのだと」
「王家はこの方お一人だけに……ということですか?」
「……ええ、それは確かなのですがアルドール様は先代様の遠縁らしいのですが、わけあってシャトランジアに養子に出されていたようです。そこを神子様に見出され、カーネフェルへと戻られた」
「シャトランジア……」
そこで聖十字兵は考え込む様子になった。何か思い当たる節があったのか。少し気になったが私は先を続けることにした。
「養子先の家ではあまり折り合いが良くなかったようですが、其方のご息女やメイドとは親しくいらっしゃったようです。旅の途中でお姉様と護衛のメイドを亡くされ、……都から逃れる際に伏せっておいでの妹君も亡くされた」
「……そうだったんですか」
「気丈に振る舞っておられますが、あの方もまだ幼い……私共より親しい神子様やセレスタイン卿が傍にいないことで参ってしまわれたのかもしれません」
だから貴方の所為ではありませんよと伝えて、今日は休んで下さいと退室を迫ったが……彼は頑として腰を上げない。
「私なら大丈夫です。これは私の所為です。ですから私が看病を……」
「これこれお嬢さーん、夜更かしは美容の大敵だよ」
「ど、どこから現れるんですか貴方は!」
思わず吹いた。私としたことが。
でもお師匠様。それはないでしょう。なんでクローゼットから現れるんですか。いつからそこにいたんですか貴方は!
咳き込む私の隣で、聖十字の方も呆然としていました。
「……って今なんと仰いましたか!?」
「我が弟子よ。その目は飾りか?セレス君に夢中過ぎて他がお留守になっている!その子は紛れもなくレディ。それもその雰囲気間違いない!彼女は初物だ!」
「淑女に向かっていきなりそれはセクハラです師匠っ!」
「いや、最近男装少女と縁があるのかね私は。この間の黒髪少女は食べられなかったので、ここらで男装金髪少女は食べておこうかと」
「領主様、それ以上そのようなことを仰るのなら、十字法で現行犯逮捕致しますが?」
「仕事熱心なのも関心だがねお嬢さん、オンオフは大事、人生切り換えが大事だよ。そして生き抜きもだ。あまり肩と眉間に力が入っていると折角の可愛い顔が台無しだ」
「別に私は可愛くなど有りませんから。そういうことは他のご婦人にでもどうぞ」
凄いこの子。この変態相手に一歩も引かない、神子様やランス並に手厳しい。
「弟子よ。これ以上私の邪魔をするのなら、此方にも考えがある。今日都から届いたこの手紙……これを複製してセレス君の実家に送って遊ぼうと思ったのだが」
「そっ……それは!」
私が彼を連れて都を逃れた時の盗撮写真。神子様、本当にアロンダイト領に配っていたのか。通りでこの領内の人々が私に冷たかったわけだ。今日一日大分扱かれたのはそのためか。
「さぁ、どうする?どうする?欲しいだろう?既成事実が!欲しいだろう?外堀工作が!」
「ええっ!?貴方がセレスタイン卿の身を案じていたのは美しい友情だと思ったのに、違うのですか!?」
「運命とは斯くも非情なものなのです、聖十字のお嬢さん。ですが師匠……」
確かに既成事実は欲しい。外堀だって埋めたい。それでも私も騎士だ。譲れないものがある。……そうだ。肝心のあの人が頷いてくれなければそんなの無意味。
「その必要はありません!いずれ私がイズーを連れて直々にセレスタイン領に挨拶へと向かいます」
顔を上げた私の言葉に、師匠の目が柔らかくなる。
「……ふっ、この数日で男を上げたなトリシュ。お前の男気に免じて今日は私も引き下がろう」
何故か満足げに笑み、夜中だというのに高笑いをしながらヴァンウィックは出て行った。なんという近所迷惑。アルドール様が目を覚ましそうなものだが、そんなことはなかった。
「…………何なんですか、あのアロンダイト卿と言う人は」
「生憎、私にもよく分かりません。しかし何やらどっと疲れが出ましたね」
「はい……」
「……あの方が本当に諦めたかも怪しいですし、ここは貴女にお任せします」
年頃の男女が同室というのは問題だと思うが、アルドール様は寝込んでいるし、そんな精神状態でどうなることもないだろう。
聖十字の少女に部屋は任せて私は廊下へと出る。扉に背を持たれながら……そこで仮眠と見張りを行うことにした。
ようやく6章ヒロインと主人公が再会。
いや変態と逸脱者が多いと、ノーマルは初々しくていいね。
でもまだ名前も聞いてないって言う……ね。ジャンヌとの出会いでアルドールのへたれと鬱度が増してきたぜ!……普通に恋愛させてやれよ自分とツッコミ入れてみる。だが断る。