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7:Fides, ut anima, unde abiit, eo numquam rediit.

※女装注意回再び。

ヒロインがなかなか出てこないからこんなことに……

 昔からそうだ。父はそうだ。

 美しい女と見ればすぐに口説いて、そうでない女はスルーする。いや悪し暫く会っていない内に男まで守備範囲を広げていたとは思わなかったけれど、あいつが屑男だということには違いない。


 いつも遊び歩いて女を作っては捨てて。母さんをいつも泣かせていた。妻なんて肩書きだけで、母さんは捨てられた女も同然だった。俺がいるからたまに帰って来るだけの家。

 母さんは段々あの男に似ていく俺に愛憎を持つ。俺が母さんに優しくしようと精一杯良い子を演じても、あの男と似た顔が彼女の心をえぐり取る。同じ顔で別のことをする俺が解らないのだと言う。同じ顔なのに自分を口説かないお前はおかしいのだと彼女は言う。

 そんなことを幼い子供が言われても解らない。唯、俺のすることやることは全て母さんを怒らせる。だから母さんが俺を、嫌いなんだと思うようになった。

 だから時々帰ってくる父を真似て騎士の真似事。剣を習って、馬術を習って……そうしているときだけ母さんは遠くから俺を見てくれている。だけど褒めてはくれない。

 母さんは俺の中にあるあの男の影を見ている。あるのはそれへの愛憎だけで、俺自身への関心がない。

 彼女は俺が父のようになる日を待っているのだろうか?いたのだろうか?今となってはわからない。

 それでも俺はあんな最低な男になりたくなかったから、その思いが俺を父から遠ざけていく。年々面影は似ていくのに、内面は別物になる。その乖離が許せなかったのか、耐えられなかったのか母さんは身を投げた。彼女を湖へと鎮めたのは、あの男への愛憎と……俺が期待に応えられなかったそのことからの失望だろう。


 だけど仮にだ。俺が母さんの期待通りの男になったとして……俺がずっと母さんを愛したら、それはそれで裏切りなのだろう。

 俺が父のように母さんを捨ててこそ、俺はあの男の複製品として完成する。裏切られて初めて、母さんは俺を認めるだろう。そして繰り返し。一度の逢瀬のためだけに何度も何度もあの男の模造品を作ろうとするのだろう。そんなことを考える彼女は狂っている。狂うほど、あんな男を愛しているのだ。

 俺の母さんは母親じゃない。母になってもまだ娘でいる。女として生きているから、母として俺を愛せない。子が出来てからも男として生きる、身勝手な男を愛する女。

 そこに俺は本当に必要だったのか。わからなくなる。俺は唯、あの男を連れ戻すための道具でしかなかったのか。


(俺は……)


 本当に、誰かから……必要とされていたんだろうか?それが怪しい。とても怪しい。だから俺は彼を求めるのだ。

 今朝だって昨日のことで揉めていたのに。危なっかしくてつい庇ったら、そのすぐ後に庇われた。守るつもりで守られている。俺に頼っているのはあいつに見えてあいつじゃない。もたれ掛かっているのは俺の方。

 酔っても酔えない。嫌なことが忘れられない。そんな俺に付き合って、酒を頼んでくれる彼。面倒見が良いとよく俺の方が言われるが、それは実際彼の方だ。愚痴なんか聞いても楽しくなんてないだろうに……彼は俺から離れない。

 俺の中にそれに足る理由なんか在るのかどうかわからないけど、彼は……俺から離れない。

 誰が俺を、見捨てても。喧嘩をしてもまたここに戻ってくる。


 *


 「どうしてあの男はああなんだ……」


 血が繋がっていること自体が許せないと、恨み言を言うランス。相方のそういう姿は珍しい部類に入るとユーカーは思った。


 「今日は気が済むまで喋れよ。付き合ってやっから」


 同僚の肩を叩きつつ、俺は空いたグラスに新たに注いでやる。

 元々飲んでいたのは、そこまでアルコールの強い酒じゃない。それでもランスが酔っているのはかなり大酒飲んだからだ。空いた酒瓶に水やら茶やらを入れて持ってきて貰えるよう店員に頼み、先程から別の物を飲ませている。それに気付かぬほど酔っている。駄目だこいつ。


 「おい、ランス。もう閉店時間だってよ。場所移そうぜ?」


 ふらつく足の同僚に肩を貸し、店を後にした。そこそこ美味い料理屋だったと思うが、相方の愚痴の所為でそこまで料理を楽しめなかったのが少しばかり残念だ。まぁ……だが、それも仕方ない。ランスのためだ。


 「しかしあいつら何処に宿取ったんだろうな……っておい、ランス!寝るな馬鹿」


 不意に肩が重くなった。自分より背の高い男を支え歩くのは結構大変だ。しかもこいつはもう自分で歩く気がない。背負うことが出来ないわけではないが明日の筋肉痛は避けられない。第一ここしばらくろくに寝ていない俺には苦行だ。


 「え……?」


 不意に肩が軽くなる。見上げればランスによく似た顔の叔父がいた。俺に向ける優しげな笑みなんかとてもよく似ている。


 「この子は私が預かろう。何、気にしないでくれたまえ。可愛い甥っ子のためだ」


 それは素直にありがたいのだが……何自然な流れでお姫様抱っこなんだ。相方が目を冷ましたら発狂してしまいそうだ。


 「でもなおっさん……いや、叔父さん。流石に18にもなる息子相手にそれは止めてやれ」

 「だがなぁセレス君。背負って楽しいのは基本的に胸の感触が楽しめる女の子なんだよ。となれば野郎はこれに限る。恥ずかしがる様と嫌がる様を眺めるのが楽しいじゃないか」

 「いや、そんな同意求められても困るんだけど」

 「ははは、君は若いねぇ。まぁいい、宿まで案内するよ。付いて来なさい」


 そう言って連れて行かれたのは、普通の宿で安心した。ほっと息を吐くと、それを残念の意味で解釈したのかセクハラ親父が絡んでくる。


 「いかがわしい宿じゃなくてがっかりしたかな?ん?どうなんだい?」

 「俺にまで絡むのは止めてくれ」

 「いやいや、セレス君はあいつに比べれば何百倍も可愛い部類に入るよ。あいつは本当に私を糞に集る蛆を見るような目で見るからね」

 「…………」

 「さ、君もあの馬鹿息子の相手をして疲れただろう?叔父さんが食後のデザートに何か甘い物でも奢ってあげよう!それとも苦い物が好みかな?」


 いつの間にか両手がフリーになった下ネタ叔父が、俺の肩を掴んだ。


 「ちょっ……おい!叔父さん、ランスはどうするんだよ?」


 振り返ればソファーに置き去りのランス。何時の間に!?


 「あ、この子部屋まで運んでおいて貰えるかい?これチップだよ取っておきたまえ。いや、悪いねぇ、頼んだよ」


 そして通りすがりの従業員に金を握らせ部屋を教えて、叔父はランスを見送った。


 「さ、邪魔者は消えたし叔父さんの部屋でルームサービスでも頼もう」

 「じ、邪魔者……?」


 最愛の息子とかなんとか言ってなかったか?なんて薄情な。あいつはその場のノリで生きているような男だと、以前父が言っていたようなことを思い出す。


 「時にセレス君、うちのランスの秘密を知りたくないかい?」

 「あいつの秘密?」

 「ああ。君ほどあの子を知っている子はいないとは思うけどね、あの子の本当の悩みを君はまだ知らない。あの子は例え君相手でもそれを話さないだろう。だけどそれを知らなければ君はあの子を支えられない。それでは困らないかセレス君?」


 俺がランスを慕っている前提で、叔父は俺に取引を持ちかける。否定してやりたいが、否定できる程の理由を俺は持っていない。


 「……一緒に酒飲むだけでいいんだな?」

 「いや、何でも好きな物注文してくれて良いよ。唯、一つお願いがあるんだけどね」


 *


 「あんたどんだけ食い付いてんだよ!」


 お願いは一つだった。だけどその一つが最悪だった。


 「ははは!ぬかったなセレスちゃん!この宿は一見普通の宿に見えて、ルームサービスにこそその神髄がある!」

 「何でルームサービスに衣装なんてあるんだよ!畜生っ!!」

 「ははは!北部の文化を舐めるな。南部ほど豊かではない分、無い知恵絞り出す。これが北部の生き様だからね」

 「無い知恵絞ってなんでこうなるんだっ!!」


 ルームサービス一覧に、料理と酒以外に妙な分類があった。あろう事かこの叔父はそれを片っ端から頼みやがった。

 それであいつのことを知りたかったら、とりあえず女装しろと来た。もう嫌だこの叔父。ていうかなんで俺がランスなんかのためにこんなことしなきゃいけないんだ。いらん所で人に迷惑かけやがってあの飲んだくれ。


 「しかし何だ。ブランシュ君がとち狂うのもわからんではない。なかなか可憐に化けるものだな君も。普段の印象が強すぎる分、ギャップなんちゃらって奴だろうかね」

 「今度尻触ったら決闘申し込むからな」

 「どうせ申し込まれるなら結婚を申し込まれたいな。言葉の響きも似ているだろう?」

 「似てるから何だってんだ」

 「いや、君の言いたいことは理解した。次は後ろではなく前の上か下を触って欲しいと、つまりはそういうことなんだろう?遠回しに誘って来るとは君もなかなか」

 「んなことしやがったら決闘なんか言わずに俺も本格的に騎士止めてあんたを夜道で刺し殺す」

 「それは困った。それでは可愛い甥……いや姪を愛でて心も潤ったところで、そろそろ本題に入るとしよう」

 「姪じぇねぇよ」

 「ちなみにセレスちゃん、揉むのとか舐めのるとか挿れるのは触るに入らないと叔父さんは思うんだ」

 「完璧アウトだそれもっ!つか早く本題入れっ!つか穴なら何でも良いのかあんた!?そんな好きなら鼻穴ファックでも耳穴ファックでも勝手にやってろ!」


 しかしここまで俺のツッコミを殺す相手も珍しい。ツッコミをろくに聞かずに隙あらばセクハラ。女泣かせの上にツッコミ泣かせとか止めてくれ本当に。

 ランスがこの人嫌がるのも解る。俺だってもう嫌だ。俺も涙目なって来る。


 「いや、少々おいたが過ぎたか。悪かったねセレス君」


 俺のそんな顔に気付いてか、叔父は少しだけ申し訳なさそうな顔で俺の頭に触れる。


 「唯私は純粋に……強気な君をちょっと泣かせて見たかっただけなんだよ。あと耳穴と鼻穴は試したことがあったが私のが大きすぎて無理だったな」

 「あんた最低だな。つか試すな」


 ここでそんな台詞が出るなんて、外道と変態以外の何者でもない。


 「まぁ、落ち着いて。ここのデザートはなかなか美味いんだぞ?」


 俺の機嫌を取るように、皿にケーキを切り分けてくれる。そんなことで俺の機嫌は……


 「美味ぇ……」

 「ははは、セレス君は馬鹿みたいに可愛いね」

 「くそっ……」


 単純だと言われているのは癪だが、美味いもんは美味い。このおっさん料理に関しての舌は確かだ。それに目も良い。ランスと違って自分で作ったりはしないけど、任務で近場を通りかかる度、味も見目も楽しめる料理を俺に食わせてくれる。

 勿論タダじゃない。その度にあいつの近況を俺に尋ねる。だからあいつを心配しているっていうのは本当なんだと思う。……俺はあいつの通訳じゃないんだけどな。

 でも、この叔父の方から俺に話をするっていうのは珍しい。俺が付いてきたのはそこが気になったからであり、別に料理に釣られたわけじゃない。

 頭の中で文句を言いながら、上品な甘さのあるケーキに舌鼓を打つ。悔しいがやっぱり美味い。

 俺の隣から、俺と向かい合う形でテーブルの向こう側のソファーに叔父は移動して、やっと本題に入ろうかという素振り。でももしかしたら悔しげな俺の顔を見たかっただけかもしれない。だがそれでは困る。


 「それで、話って?」

 「……君は何故あの子が私を憎んでいるか知っているかい?」

 「浮気者だから。変態セクハラ魔だから。下ネタしか言わないから。領地を空ける領主だから。父親らしいことを何もしない糞親父だから」

 「うん、要約すると正にその通りなんだけどね」


 叔父は爆笑していたが、すぐにまた真顔に戻って低い声で囁いた。


 「だが私はその浮気の中で、とんでもないことをしてしまったことがあってね」

 「……何したんだよあんた」

 「これはまだあいつも知らない話だ。これを知ればあいつは今のままではいられなくなる。だから私は今日までそれを伝え倦ねて来た」


 そんなものをどうして本人すっ飛ばして俺に話すのか。解らないという俺に、叔父はそれが信頼だと口にする。


 「これを君に話すのは、君がこれからもずっと誰よりあの子の近くにいて、あの子を支えてくれると信じるからだ」


 それはとても狡い言い方。枷を生む言葉だ。信じる、そう言いながらこの人は……俺をあいつに縛り付けようと企んだ。開き直りの良い下衆だ。馬鹿息子の幸せのためならば、可愛い甥を犠牲にすることも厭わない。本当は父親がすべきこと、その役目まで俺に押しつける。やっぱ父親として最低だなこの男は。


 「君の目から見て、それをあの子が知る方が幸せだと思える日が来たら、これをあの子に話して欲しい」

 「…………」


 この男は自分であることを選び、そのため家庭を顧みず、ランスの心を傷付けた。それでもこの男がランスの不幸を願っているわけではないのは解る。あいつを不幸にした張本人が何をとは思う。

 そんな男があいつの幸せを願うのは、懺悔だろうか?救いを求めてだろうか?解らない。だがこいつは、これ以上ランスを不幸にしたくない。そう思っているのは確か。


(俺だって……)


 あいつを不幸にしたい訳じゃない。なれるものならなって欲しい。不器用な生き方しか出来ないあいつには……本当は、誰よりも幸せに。


 「俺がこの話を聞くのはあんたのためじゃねぇ。ランスのためだ。それでも良いなら勝手に話してくれ」

 「ああ、ありがとう。それじゃあ話すよ」


 でも何て切り出せばいいかななんて叔父は苦笑を浮かべた後、すぅと息を吸い込んだ。それは何か、覚悟を決めるようだった。


 「あの子の母親は……死んだ私の妻ではないんだよ」

 「え……?」

 「私が生涯で最も愛した女があの子の母だ」


 噂なら都で聞いたことがある。この女漁りの色男は高貴な人まで毒牙にかけたに違いない。そう言って父の罪でランスを貶めようとする質の悪い騎士見習いは何人もいた。だが……


 「本当……なのか?それじゃああいつは……」


 どうして先代が、アルトのおっさんがあいつを次の王だと言ったのか。それは指導者としての才覚から?人望から?そうなんだろうと思った。だけど……それだけじゃない。


 「あいつの母親って……王妃様(カーネフェリア)なのか!?」


 叔父は何も言わず、それでも一度だけ……首を縦へと振る。その様子に俺は、強い目眩を感じていた。


 *


 「わりぃ、エルス」


 レーヴェは両手を合わせて調理場を盗み見る。心地良い包丁とまな板の音。それは怒っているようには聞こえない。

 しかし数日ぶりに遊びに来たエルスに、こんな失態話すのは辛い。ああ。空腹なのに飯が出来上がるまで待っていなければならない今と同じくらい辛い。それが同時に来て二重に辛い。腹減った。


 「いや、いいよ。そんな大物がこんな所ふらついてるなんて誰も思わないよ。コートカードも連れ歩いてるんだ。その位の幸運が向こうに味方しても仕方ない」


 実力の差じゃなくて運が悪かっただけだとエルスは言う。やっぱりエルスは優しい。この詫びにあいつらの腕、今度は全部切り落としてやらねぇと。


 「都探しても見つからないからもしかしてと思って来てみれば……やっぱり河を越えていたか」


 エルスが料理の味を確かめながら、何かブツブツ言っている。俺はそれが少しエルスの機嫌の悪さを表しているような気がして、手下達を睨んだ。


 「大体何でお前らあそこで俺を連れ戻したんだよ?」

 「お頭ぁ、そいつは……」

 「ああ見えてあいつは先代カーネフェル王の側近中の側近。チャラチャラしてるように見えてあの中じゃ頭幾つも抜き出てやがります」

 「んだんだお頭!あの男に捕まった奴は死ぬより酷い目に遭ったって話聞いた」

 「何言ってんだ。死ぬより辛いことなんかあるわけねぇだろ。死んだら飯食えなくなるんだぜ?」


 俺は物事の判断基準が食の一点に占められている。その俺がそれ以外のことで怒るのは珍しい。それでも苛つくことはある。カーネフェル人。金髪族、あの悪魔らに馬鹿にされるのだけは許せねぇ。


 「第一俺らの土地を土足通行したのはいただけねぇ!」


 俺の声に、すぐ傍でエルスが頷いてくれた。


 「そうだね。タロックがこの国を落とした以上、今悪いのは彼らの方だ」

 「だよな!あいつら昔からほんと最悪だったけどな」


 そうか、やっとあいつらが悪者だってことになったんだな。そりゃそうだ。人にあんな酷いことする奴ら、いつか罰が当たって当然だ。


 「そう。都落としが叶った今、王は支援者たる君たちをタロックの一員として認められた。今日から君は天九騎士団第七師団長、それからタロック貴族の地位を与える」


 エルスは俺の手を取って、立派な刀を俺に捧げる。


 「何だ、これ?」

 「王からの贈り物。これで君も立派な騎士だ」


 エルスがにこりと微笑むと……砦のあちこちから歓声が上がった。


 「す、すげぇ!お頭!あっちこっちに立派な馬が!」

 「馬だけじゃねぇ!高そうな武器に防具で武器庫がぎっしりだ!!」


 ささやかな贈り物ってレベルじゃない。一体何事かと思えば……エルスは俺をいつもと違う名前で呼んだ。


 「レーヴェ……君は今日から獅鷹しおうの名を名乗ると良い」

 「しおう?」

 「獅子に鷹って書くんだ。王が直々に名付けて下さった名前だよ」

 「漢字の名前って……」

 「言っただろう。君は今日からタロック貴族だ」


 ぽかんとしている俺を余所に、手下達は大騒ぎ。


 「うぉおおおおおおおお!すげっ!凄ぇお頭!!」

 「俺達が天九騎士の部下になれるとは!出世したもんだなぁ!」


 調子の良い野郎共に、エルスは苦笑しながら、褒美はまだこれだけじゃないと俺達に言う。


 「タロックに屋敷と領地を用意させる。それにこの北部でのカーネフェル人相手の略奪含め全ての行為を認めるとのこと。今までと同じだとは思うけど、君たちの方が今となっては正義だ。好きなだけ暴れてくれて良いよ。王の許しが出たからね」

 「俺様がタロック貴族……」

 「今君たちにはカーネフェル北部の守護の任が下っているけど、必要な物があれば僕を通じて送らせるって言ってたよ」

 「いや、十分だ」


 「でもお前ら馬なんか乗れるのか?俺は乗れねぇぞ?」

 「ああ、それは大丈夫。ちゃんと躾の行き届いてる子達を貰ってきたから。基礎知識さえ覚えて貰えば、すぐに乗れるようになる」


 略奪に出かける幅が広がったと大喜びの手下達。でも俺の関心は別の所にある。


 「それはエルスが教えてくれるってことだよな?」

 「まぁそうだけど?」

 「その間エルスの手料理食い放題ってことだよな!?」

 「そうだけど、だからってゆっくり覚えるとか止めてね?」

 「ですぜーお頭!カーネフェル王殺すまで結婚お預けって話じゃねぇですか」

 「そ、そうだった!よし!俺すぐに覚える!」


 異国の空。異国の山。故郷とは全然違う。それでも住めば都という。今の暮らしも十分楽しい。

 決して裕福な暮らしじゃなかった。毎日腹が減っていた。今は毎日たらふく食べられる。それでも胸の中に空いた穴。それが埋められないのだ。だけど美しい言葉を話すエルスを見ていると、それが埋まるような気がする。彼女は俺にとって故郷タロックその化身。彼女さえ自分の物になったなら、俺は今よりもっとこの飯を美味いと感じることが出来るだろう。


(フォース……、グライド………ロセッタ)


 あいつらはもう何処にいるのか解らない。生きているかも解らない。なら新しく俺が、大切なものを作っても良いはずだ。

 俺様は強いから、過去を振り向かない。うじうじしない。いつも前と未来だけを見て生きる。それが山賊レーヴェ様ってもんだろう。


 「ああ、そうだ。君たちこの馬は非常食とか刺身にして流さないでよ。食用じゃないから美味しくないしそういう風には高く売れないよ」

 「お前らエルスからの頂き物を、勝手に流したら殺してやるから覚悟しろよ」


 山賊の性分で、売り捌くことを考えてしまっていた連中は、俺の言葉に震え上がる。本当油断ならない連中だ。


 「いいか?俺達は山賊だ。売っていいのは奪ったもんだけ!貰ったもんを売るのはあんまりにも礼儀知らずだ。売るくらいなら貰うな!奪え!解ったか?」


 一睨み聞かせれば、途端に大人しくなる。俺が目を光らせてないと、こいつらは本当に駄目だ。こいつらは元々商人やその手下。目先の欲に流されて、それで商売失敗した奴らばかりだろうに、まだその癖が抜けないのだ。


 「米が炊けるまでもう少し掛かりそうだな……ねぇレーヴェ、お風呂借りて良い?カーネフェルってクソ暑いっていうのに最近水浴びばかりで嫌になるよ」

 「ああ、好きに使ってくれ」


 着替えにと浴衣とタオルを渡して俺は彼女を見送った。


 「よし。お前らは米を見ていろ。俺は仕事に行ってくる」

 「お頭!そっちは風呂場ですぜ」

 「馬鹿かお前ら。男子たるもの惚れた女の風呂を覗かずに胸を張って男と言えるか!?」

 「お頭が飯と昼寝以外のことに興味を持つなんて!」

 「いや、お頭は女じゃ……」

 「どっからどう見ても俺は男だろうが。それ以上俺を馬鹿にするならこいつで相手をしてやるよ」


 貰ったばかりの刀は良い案配に手に馴染む。抜き払った刀身の輝きは美しく、振るう際の自然な流れは身体の一部のようだ。


(良い刀だ。これならあいつとも……)


 あの金髪の騎士。あいつを負かすには丁度いい武器だ。中途半端が俺は一番嫌い。さっさと白黒付けてやる。


 「よし!いい汗かいたぜ!これなら俺が風呂に行っても何の問題もない!」


 刀にひるんだ隙に手下達を伸したは良いが、真夏の気温も相まって汗がダラダラ。タロック生まれの俺にはカーネフェルの夏は辛すぎる。


 「エルス!俺も風呂にっ……」

 「うわ!レーヴェ?」

 「くっそぉおおおおおおおおおおおおお!!!遅かったか!!」


 もうエルスは風呂上がりだった。そうだ夏場はそんな長風呂出来るわけがない。俺は怨む、夏という季節を怨む。いや、でもエルスに着せた赤い浴衣はよく似合っている。故郷の祭りを思い出す。


 「エルス……林檎飴作れるか?」

 「白米には合わないと思うけど、一応作れるよ?」


 だけどどうしてと聞いてくる彼女。


 「いや、なんかエルスの浴衣見てたら祭りっぽい物食いたくなった」


 空気を読むよう鳴る俺の腹に、エルスは大きく吹き出し笑う。


 「いいね!僕も祭りは好きだよ。昔は花火とかやったなぁ……」

 「あと蛍取りとかしなかったか?」

 「ああ、取りはしなかったけどよく見ていたよ、懐かしい……うちの神社の傍によくいたなぁ」

 「……そう考えると、カーネフェルの夏って暑いだけでクソつまんねぇな」

 「まぁ、異文化圏だしね」

 「食材が美味いのは良いんだけどなぁ」


 タロックはそんなに良い思い出のある場所ではないけれど。それでも俺にとっては大切な故郷だった。帰郷を願う心はある。


 「やっぱりレーヴェはタロックに帰りたい?」

 「そりゃあまぁ」

 「そっか。この仕事が終わったら、たぶん叶うよ」

 「カーネフェル王さえいなくなればってことか」

 「そう、あいつさえいなくなれば」


 長い金の髪、青の瞳。俺の大嫌いな色。みんな消えてしまえばいい。あんな冷たい目の奴は。みんな俺に石を投げる。俺を悪魔と呼んだ。そんな奴らの方が、俺には悪魔に見える。そんな悪魔みたいな奴らの親玉だ。カーネフェル王とか言う男は最低最悪に違いない。

 そう思うのだが、王らしき少年は影が薄かった。思い出すのは俺と対峙していた青年騎士の顔。深い青の瞳は思い出すだけで吐き気がする程だった。ああクソっ、せっかくのエルスの飯がまずくなったらどうしてくれる。


 *


 「…………ユーカー?」


 ランスが目覚めたのは違和感が原因だ。定食屋の机にもたれ掛かっているはずが、机はこんなにも柔らかかっただろうか?

 薄めを開ける。ここは何処だ。俺は確か酒を飲んでいたはずで。周りを見れば見知らぬ部屋。

 ここが宿だと理解するまで数秒を要した。愚痴を聞いてくれていた従弟が何故いないのかはわからない。別の部屋にでもいるのだろうか?


 「…………」


 宿と言うことは、ここにあの男もいるのか。


 「気に入らないのは確かだけど……」


 愚痴を吐いてすっきりした。だから少し余裕が生まれた。あの男がユーカーの解毒をしてくれたのは確かだ。そのことについてだけなら礼を言ってくるべきだろうか?

 これは俺のためじゃない。あの男と歩み寄ろう何て気持ちはない。ユーカーのためなんだ。

 そう自分に言い聞かせ、出汁にしてしまった従弟に心の中だけで詫びる。宿の従業員に尋ねて、あの男がいるという部屋まで向かう。部屋の中は妙に静かだ。扉の外から叩くのが躊躇われるくらいに静か。


 「……起きてますか?」


 小声で扉を叩く。返事はない。寝てしまったならそれでもいい。言うだけ言って帰るだけだ。そしてもう二度と言わないだけ。


 「今日はユーカーを助けてくれてありがとうございました…………“父さん”」


 その言葉を発したら、室内で何か物音がした。皿の割れる音だ。何かあったのだろうか。

 扉に手をかける。鍵は掛かっていなかった。


 「な、何事ですか!?」


 俺はその瞬間固まった。薄暗い証明。見知らぬ少女を抱き締めたあの男の姿。


 「……こらこらランス、空気を読んでくれ。子連れと知られると女の子を口説くのが大変なんだからな」

 「あ、貴方という人はっ……どうしてそう、いつもいつもそうやって!死んだ母さんに悪いと思わないんですか!?薄情者っ!人でなしっ!」

 「お前が空気をぶち壊してくれるから、この子も固まってしまったじゃないか。もう少しで口説き落とせそうなところだったのにまったく……」

 「貴方なんか大嫌いだ!もう二度と父さんなんて呼ぶものかっ!」


 信じられなかった。息子との再会、その日くらいは体裁がある。そんなことはしないだろうと思っていたのに。俺との親子関係の修繕をするどころか、亀裂が走るようなことを平気でやる。また何処からかあんな女の子を連れてきて。自分より何歳年下相手にしてるんだあの変態っ!!

 俺は怒りのまま、部屋を飛び出し元来た道を引き返す。あんな男死んでしまえばいいと思いながら、進める足は酔いも抜けていないのにかなりしっかりしていた。


 *


 「……ったく、何でああいうこと言うんだよ」

 「いや君がこんな姿をあの子に見られたくないかと思ってね」

 「そこは普通あいつの方優先してやれ」

 「いや、それは出来ないな。君を脅してこんな格好させていたなんて知られれば、あれの三倍は怒られたよ、うん」


 ユーカーは床に落ちた皿の欠片を拾う。これは動揺したこの叔父が、誤って落としてしまった物だ。それにしても言い逃れのために俺を抱き寄せるなんて何馬鹿なことを。


(幾らあの話をあいつに聞かれたくなかったからって……)


 あいつがこの部屋まで来たのは、あまりに大きすぎる話に俺が言葉を失った……その時だったのだ。


 「あいつはそこまで俺に関心ねぇよ。唯自分以外が俺をからかうのが気に入らないってだけだ。あいつああ見えて心狭いからな」

 「なるほど。そんなところばかり私に似て、駄目な子だな全く」

 「……せっかくあいつがあんたに少し歩み寄ろうとしたってのに。一回ああなったらあっちからはもう絶対近づいてこないぜ?」

 「まぁ、それも仕方あるまい。私はあの子にこれまでそれだけのことをして来たんだからね。簡単に許されようとは思わないし、許されたいとも思わない。私とあの子はこれでいいんだよ」

 「…………大人げないのもそっくりだ」

 「世の中そんな物だよ。大人だから年上だから親だから折れてやるなんて決まりはないんだ。そしてそんな広い心もない。親だって人間なんだよセレス君?」

 「…………」

 「君も南部の実家にはもう暫く随分と帰っていないようじゃないか」

 「いっそうちの親父とあんたが逆だったら良かったよ。息子がランスならあのクソ親父も喜んだだろうからな」

 「なるほど。君が私の息子なら、多少の浮気……100股や1000股くらいは大目に見てくれると?」

 「そこまで行くともう呆れて何も言えねぇよ。俺だったらな。俺と俺の女に手ぇ出してこない限り好きにしろよって背中押してやる」

 「それは心が広い。浮気公認とは君が女だったなら理想の嫁だな」

 「まぁ、でも国法触れたら任務で殺しに行くかもしれねぇけど」

 「ははは!10才以下には手を出さないように気をつけるよ」

 「そのボーダーラインが既に犯罪だろうが。変なところばかりセネトレアに感化されてんなあんた」

 「いや、あの国は愛の国だと私は思うよ」

 「馬鹿かあんたは」


 俺が小さく吹き出すと、叔父も自嘲気味に笑った。


 「そうだな。君となら良い親子になれただろうな。だけど残念ながら私の息子はあの馬鹿であり、君の父親はあの偏屈男なんだな皮肉なことに」

 「……あいつ早く死なねぇかな」

 「君を相手にしていると、あの子が私についてどう思ってるのかなんとなく解りそうで怖いな、ははは」


 俺が親父に思っていることは、ランスがこの叔父に思っていることに似ている。そうなのかもしれない。俺は俺の親父ほどこの叔父を憎くは思わない。実害が俺に及ばない限り面白い人だと思う。だけどランスにとっては酷い父親であるのは確かで、ランスを傷付けたという点では俺もこの人は嫌いだ。


 「ロジアン兄さんは私と違って、真面目な男だからねぇ。その真面目が裏目に出ると酷いことになると言う例だ。あいつは案外あの馬鹿息子と似た系統なのかもしれないな」

 「はぁ?あのクソ親父とランスを比べるなよ。ランスが可哀想だ」

 「君は本当にうちの馬鹿息子のファンだねぇ。いや、喜ばしいことだが」


 聞き捨てならないと噛み付く俺に、叔父はにたつく。何だかんだでランスのことは自慢の息子なのだろう。褒められると自分のことのようにこの人は喜ぶ。でもこの変態に息子息子言われると、俺が褒めてるのはランスのはずなのに、このおっさんもしかして自分の下半身褒められてる気になってるんじゃないかっていう疑念に刈られる。日頃の行いって大事だな。


 「そうだな。あれは道を間違えなかったからこそ、道を間違えた未来のランスの姿だろう」

 「間違えなかったから、間違えた?」

 「ああ。私は騎士としても父親としても失格だが、兄は父親として男としては最低だが騎士としては忠義者だ」


 自らは男として生き、兄は騎士として生きたと叔父が言う。俺の親父が騎士として?アルト王のために支えるために領地のためにシャラット領を滅ぼした。アスタロットを手にかけた。俺を息子として見ない。家の道具としてしか見ない。欠陥品めと冷たい視線を注ぐ。人目に見せては家の恥。見えるはずの両目を隠されて俺は生きた。あの家で。

 生き方を決めることは、他の何かを捨てること。俺は親父に捨てられて、ランスもこの叔父に捨てられたのだ。


 「兄は決してあの女性に思いを告げることはなかった。想いさえ否定した。だけど私には同じ事が出来なかった」

 「……そういうことかよ、なるほどな。よぉく解ったぜ」


 あのクソ親父は母さんを、家のために娶ったんだ。姉貴達の母さんは、女ばかりで男は全然産めなかった。だから跡継ぎが欲しかったんだ……だから新たな妻を娶った。

 軽度の女取っ替え引っ替えも家のため。跡継ぎのため。王のため。


 「あいつが母さん殺せたのは……ほんと何とも思ってなかったからなんだな」


 兄弟揃って救えねぇ。よりにもよって王妃なんかに惚れるか?

 それでこの叔父は王妃に手を出して、ランスを傷付けた。俺の親父は手を出さなかったからこそ家庭を家族を愛せない。俺がこんな薄い色の目じゃなくても、俺を道具としてしか見られなかったことだろう。


 「……はぁ」


 屑具合は兄弟揃って同レベルだが、俺としてはこの叔父の方がマシなのだ。こんな目の俺でさえこの男はこうして可愛がる。少なくとも人としては見てくれている。

 セレスタイン領にランスが遊びに来たときは、クソ親父も本当ランスを可愛がっていた。褒めちぎっていた。俺はそれをどんなに羨んだことだろう。

 だけど親父はランスのような息子が欲しかったという気持ちだけじゃない。ランスの中の血と面影からあいつを可愛がったんだ。そりゃそうだ。惚れた女の子だと思えば、表には出せないが主の息子のようなものだ。それは可愛いだろう。道具じゃなくてもっと神聖な者としてあいつを見ていたに違いない。それに比べて俺の何と惨めなことか。


 「やっぱあの親父早く死なねぇかな……」

 「ははは、やっぱり駄目か」


 ランスとクソ親父が似ているとこの叔父が言ったのは、俺がランスを好いているなら、あのクソ親父のことも好きになれると言いたかったのだろう。だけどそうはいかねぇ。ランスとあいつは別物だ。


 「……でも、安心しろよ叔父さん。少なくとも俺とランスが同じ女に惚れることはねぇ。あんたらの二の舞にはならねぇよ。アルドールとランスがどうってのはわかんねぇけど、それもないんじゃねぇか?アルドールにも惚れた女はいるしな」


 この場合その相手はあの道化師を指すのか神子を指すのかどうにもよくわからない。惚れた女に化けてるのが道化師で、でもそれと同じ顔した神子は完全にアルドールに惚れてるだろうし。アルドール自身がどうなんだかはわかんねぇが、ランスが道化師や神子に惚れるとはどうにも思えない。それなら多分そういうことは無いんじゃないかと俺は思う。


 「なるほど。君は私の自慢の息子にぞっこんということか。確かにそれなら私達のような諍いは避けられる」

 「なんでそうなるんだよ!俺はあんたらとは違う。死んだからってすぐに他の女に乗り換えたりしねぇ。俺の心は生涯アスタロット一人のもんだ」


 あとわざとらしく自慢の息子とか言うな。絶対下と掛けてるだろこのおっさんは。

 そして俺の誇りを吹き出して笑うな。これだから女と交わったことの無い男はみたいな哀れみの目を俺に送るな。


 「あ、青いねぇ……叔父さんも昔はそんな風に思ってたんだよ王妃様一筋って。だけどほら、そんなにしょっちゅうやれる相手でもないだろ?たまるものはたまるし、やりたいものはやりたいだろう?そうなればまぁ、こんな風にもなるわけだよ」

 「ならねぇよっ!俺はあんたみたいなふしだらな男には絶対なんねぇからな!」

 「なるほど。となれば弟子の出番もそう無くない話ということか。ブランシュ君にはセレスちゃんはセフレからのC出発の恋ならお付き合いしてくれると伝えておくよ」

 「なんでそうなるっ!!」

 「いや、女作らないなら消去法でそっちかなと。君も若いんだからあんまり無理は身体に毒だよ。だから今日も毒に倒れたりなんかするんだ」

 「その毒とは違ぇよ」


 もう相手にしていられない。これ以上反論したら、それなら叔父さんが解毒をしてあげようとか言って褥に引き摺り込まれる図が瞬時に目に浮かぶ。


 「そうか。ブランシェ君では嫌か。それなら叔父さんが解毒を手取り足取り腰取り尻取り顎取り口取り股取り胸取り舌取り……」

 「あんたもさっさと死んじまえっ!!」


 生々しい言い回しが嫌すぎる。もう一言だってこいつと会話はしたくない。

 着替えを引っつかみ、俺は部屋から飛び出した。しかし俺のリアルラックの低さは尋常ではなかった。


 「い、イズぅううううううううううううううううううううううううう!!何て愛らしい格好を!!」

 「ぐえっ」


 そこをたまたま通りかかったらしいトリシュに思いっくそ抱き締められる。もう嫌だこんな人生。なんで俺野郎とばっかりこんなんなるんだ。アルドールなんか一時期女ハーレム作ってたらしいじゃねぇか。何で俺には野郎しか寄って来ないんだ。いやまぁ、アスタロットの手前それでいいんだけど。だけど女が寄ってきてそこで惚れた女がいるんだとか断らせてくれても良いじゃねぇか。この野郎はそんな断り文句で引き下がるほど頭が良くない。あのセクハラおっさんを師匠と呼ぶほどアホだ。「大丈夫です、男なら浮気の内に入りません!さぁ!」とかその内言い出しそうだ。何がさぁ!だってんだ。


 「私は……いや、僕はとても嬉しいよ」


 物語の配役口調が突然消えた。感激のあまり素の言葉が出てきたのだろう。どうでもいいからさっさと放せ。俺はもう疲れたんだ。今日は飲んだくれ二人の相手をして来たんだ。いい加減どうにかならないものか。本当にこの所俺は睡眠不足なんだぞ。


 「女装をあんなに嫌がっていた君が、どうしてこんな所でこんな格好をしているのか!答えは一つ!この僕のためなんだろう!?きっとそうだ!そうに違いない」


 そしてどうしてある程度顔が良いと言われ、厄介な自信を得てしまった残念な野郎はこんなにポジティブな考え方が出来るのか。その無駄イケメン面を鉄板にでも押し当ててやりたいもんだ。


 「んなわけ……」


 あるかと否定しようとして、俺はここで気付く。もし違うと言ったなら何故こんな格好をしているのか言及される。そしてランスの耳にそれが入ったなら、あの叔父の言うとおりまたあの親子仲が悪化したら……それはランスの不幸だ。

 嫌だ。嫌だ、嫌だ。物凄く嫌だ。だけどここはこう言うしか……ないのか?こいつに口を割らせないためには、そうするしかないのだろうか?俺は諦めの息を一つ吐いて心を決める。頭一つ分俺よりでかいトリシュにちょいと手招き。


(……黙ってろよ。他の奴にこんなの見られたくない)


 怖気を必死に抑えながら耳元でこそっとそう伝えてやれば、馬鹿な男が感涙の涙を流している。いい年してみっともねぇやつがいたもんだ。


(ああ、イズー!!解りました!早く部屋へと行きましょう!)


 よっしゃ!馬鹿で良かった!こう言えばこいつは言及などしない。おまけに俺の小声に付き合ってくれる愛想の良さ。馬鹿と鋏は使いようってこういうことか。後は力業でもカードの力使ってでも、変な展開から逃げる!部屋に戻ってからが戦いだ。

 足取りの軽いトリシュを盾にして、顔見知りが見ていないかを伺いながら俺も逃げる。何とか誰にも見つからずにトリシュの部屋まで逃げることに成功。問題はここからだ。


 「い、イズー……君から僕を誘ったと言うことは……つまり、そういうことだよね?」


 案の定この阿呆は迫って来た。お前物憂げな美形面っていう設定何処に置いて来やがった。こんな鼻息の荒い物憂げ美形がいて堪るか。


 「あ、悪い。俺婚前交渉はしない主義なんだ。悪いな」

 「ええ!?」

 「単にお前にこの格好を見せたかっただけだ。それ以上の意味はない。何勝手に勘違いしてやがんだてめぇは。んで俺の女装はどうだった?ぁあ?」

 「か、可愛かったです」

 「はい、あんがとな。はい、この話ここで終了!」


 悔しかったら法でも変えて来い。それを伝えてさっさと着替え。それを残念そうに見つめる同僚。


 「それはつまり、僕がアルドール様にもっと忠義を示して信頼されなければならないということか。名実共に優れた騎士にならなければ、君は心を……いや足を開いてくれないということなんだね」

 「言い直す必要あったのか今の?お前あの中年男の悪いところ真似るなよ。むしろ好感度下がるからな下げるからな。はい、マイナス。よって今日は俺とお前には何のイベントも無しだ」


 俺は同僚の手を引っつかみ扉の外へと放り投げ、さっさと鍵を閉めてやる。これで俺の平和と平穏は守られた。一人部屋最高。


 「アルドール様ぁあああああああああああああ!こんばんは私が扉の前で見張りをさせていただきますぅううううううううううう!いえいえお構いなく!これは私がやりたくてやってることですからぁあああああああああ!!」


 廊下から何かそんな声が聞こえたが俺には関係ない話だ。アルドールやあの神子がそんな阿呆な法案通すはずがない。しばらくこの手を使えばトリシュは良いように使えそうだな。


 「疲っれた……」


 風呂に行きたいが、トリシュが羽虫のように室内に入ってきても困る。

 窓からの移動をするなんて、面倒なことはしたくない。それでも降りられない高さでもない。クソ暑いところ移動してきたんだ。シャワーを浴びたいのは本当だし……迷いながらカーテンを開く。


 「……っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?」


 窓の外に顔がある。生首が浮いている。ずささささっと扉の前まで後ずさる俺に、その顔は手をも出現させ、ここを開けろと叩いている。恐る恐る近づけば……それは見慣れた相手の顔だ。

 とりあえず一度カーテンを閉め、女装服を隠してから俺は再び窓へと近づく。


 「こんな夜中に何してんだお前は」

 「いや、お前が何処の部屋にいるのか解らないから一部屋一部屋こうして回っていたんだ」

 「お前自分がイケメンだからって何でもかんでも許されると思うなよ?」

 「大丈夫だ。これが一部屋目だったから」

 「何でお前は低次元リアルラックだけ無駄に高いんだよ。くそっ……」


 窓を開ければそそくさと室内に上がり込むランス。思えばこいつとの出会いもこんな感じだったと思い出す。こいつなんでいっつも窓から現れるんだよ。しかも一階なら解るが複数階まで上がってくるな。


 「んで?俺に何の用だってんだ」

 「飲み足りないから付き合ってくれ」

 「いい加減にしろよなお前」

 「そう言われると思って手土産を持って来た」

 「ぬ、抜かりねぇ!その抜かりなさが腹立つわー……」


 そう言って差し出されるのは、夜中に食いたくなるような、こってりしていない素朴な料理だ。煮物とか漬け物とか、小さなライスボールとか。タロック料理でも妙に癖になるよなあいつらは。


 「お前にしては珍しく見た目も良い料理じゃねぇか……どれ」

 「ちょっとむしゃくしゃして凝る気になれなかったんだ」

 「って……不味っ!!」

 「ちょっとむしゃくしゃしたからわざと砂糖と塩を間違えてみたんだ」

 「確信犯かよ!夜中になんて嫌がらせだ!?」


 ソファーに腰を下ろし、唯一無事だった漬け物メインに咀嚼。俺は咽の甘ったるさを飲み込んだ。それを見計らったかのように、向かいに座ったこの男は変なことを口にする。


 「……誰かを好きになるって、どういうことなんだろう」

 「い、いきなりなんだよ。お前までトリシュみたいなこと言い出して」


 思わず咽せた。漬け物の塩分と米の砂糖が胃の中で反応、暴れ回っているようだ。


 「俺にはよく分からない。人を傷付けて、不幸にしてまでそれは意味のあることなんだろうか?」


 それでもランスは真剣に下らないことを悩んでいる。あの叔父の所為でこんなにも。


 「俺はそんなものがなくても生きても死んでもいけると思う。俺は今の……以前の生活に満足していたし、あの人さえいれば……俺は歩いていけると思ってた」

 「ランス……」

 「あの人がお前を庇ったことでお前を責めないよ。あの人はお前を……俺達をそれだけ大切にしてくれていたんだ。だったら恥じる事じゃない。あの人の信頼を裏切らないよう、俺達は立派に生きて立派に死ぬべきなんだ。そのために生かされたんだ」

 「……そうなのかもな」

 「…………カードは一枚しか生き残れない。それならたぶん俺もお前も高確率で死ぬ定めだ。そんなカードが誰かを好きになったってろくなことにはならない。短い余生を剣のために国のために生きるのは、間違ったことではないはずだ」


 逃げるようにランスはそんな言葉を口にした。


 「それなのにこの土地は……俺に嫌なことばかりを押しつける」

 「……でもエレインはお前に惚れてる」

 「あんな年の離れた女の子、異性として俺は思えない」

 「まぁ、そうだろうけどよ」


 でも何年か後なら。そう言いかけて俺達にはその未来がないことを知る。消えるカードが未来を思い描く事なんて……


 「……まぁな。無理して好きになる必要もねぇかもな」

 「だろう?」

 「でもまぁ……お前にだって幸せになる権利はあるだろ。気になる女がいるんならちょっとくらい夢見たって……良い思いしたっていいんじゃねぇの?」


 人のため国のためそうして戦い続けたところで、それはお前の幸せにもう結びつかない。命が磨り減らされていく。何の見返りも与えられないまま。そんなのは苦しいだけだ。少しくらい楽になったっていいんじゃないかと俺は思う。


 「だってお前さ。今まで生きて来て何が楽しかったよ?あったかそんなもん」

 「楽しかったこと……?」

 「仮に死ぬときになって、そんなのが何も見つからないってなったら何のために生きてたんだってなるだろ。そういう後悔していいのかお前は?」

 「そういうお前はどうなんだ?」

 「俺は楽しいから良いんだよ」

 「お前のこれまでの人生だって俺と大差ないじゃないか。そこまで楽しそうには俺には見えない」

 「あのなぁ!人の生き方にケチつけんな!俺を哀れむな!俺は俺でこれでも楽しく生きてるつもりなんだよ!」

 「でもお前は実家からも勘当されてるようなもので縁切ってるようなもので、大切な人だって何人も亡くして来たじゃないか。それで何が幸せだって言うんだ?俺には解らない」

 「そ、そこまで言うか?」


 正論だ。正論故に少し胸が痛い。本当こいつ、俺に対して遠慮とか配慮ってものがまるでない。無神経男が。でもそんな風に言われても、やはり傍にいるのが嫌だとは思わないから不思議なもんだ。


 「俺は馬鹿みたいな奴と馬鹿なことするのが楽しいんだよ。くだらねぇと思いながら、何にもならねぇ無駄な言い争いで時間を消費するのが馬鹿みたいでたまんなく笑えるんだ」


 それはとても変な感じだ。見えるし聞こえる。見られてるし聞かれてる。

 あの部屋では何時も毎日、一日がとても長く感じていた。それでもこいつに連れ出されてからは毎日があっという間になった。

 誰とは言わないが、ここで気付かないような馬鹿の名前を呼んでやる必要はない。

 ちらと横目で従兄を見れば、深くて綺麗な青を真っ青に見開いて俺を見る。


 「……何かを作ることが怖いなら無理に作る必要はねぇ。何にもならないことにも何らかの意味はある。少なくとも俺はそう思う」


 何も解決しないこの言葉の交換だって、俺に一つの感情を教えてくれる立派な行為。下らないこのやりとりが楽しくて、掛け替えないほど大切で、守りたくて、無くしたくない。

 音のない世界に飛び込んできたのがお前。広がる世界の中心は未だにお前のまま。根強くお前が残る。こうして話せることが何よりも幸せで。認識される。生きている、それを強く感じられるんだ。

 だからお前が死ぬのなら、せめて俺の後にしてくれ。俺からこの喜びを奪わないで欲しいんだ。だから俺は俺のためにお前を守るんだ。俺が幸せだって笑って死ねるその日のために。


 「だけどな……自分の心否定してもろくなことにはならねぇぜ」


 俺だって逃げ出した。逃げ出して失った。だからこそお前には同じ間違いをして欲しくない。俺の失敗を見て、お前は正しい道へと進んでくれ。何時だってそう。間違うのが俺の専門。栄光へと至るのがお前の役目。それが俺達の正しい在り方だったはず。

 お前は俺とは違うから。俺とは違う幸せを追いかけるべきだろう。俺は置いて行かれ忘れられる。たぶん俺は消えていく。いつかそうなる日が来るんだって知っている。

 お前が俺にこうしてもたれ掛かってくるのは、本来別の人に向かうはずの分の好意。その好意ごとまとめて代用品としてここにいる。誰も好きになりたくないから、現状維持で俺を可愛がる。弟として猫可愛がり。弟でもないのにさ。俺は多分こいつにとってペットみたいなものなんだ。飼い猫でも飼い犬でも他の奴に懐いたなら、それは腹立たしいことだろう?こいつの俺への好意はその程度のものなんだ。死ねば悲しいけど、幾らでも代わりは見つかるような。


 「……俺も楽しいよ」


 向かいの席から上がる声。現状維持という選択。

 俺なんかよりもっと楽しいことが世界にはあるだろうに、馬鹿なことをこいつは言う。人間不信から人を人として好きになれない。王は神で人ではない。だから崇められるし慕いも出来る。俺は人間だけどこいつにとって人じゃない。犬か猫か鳥かなにかだから可愛がれる。人を人として好意を抱くことが出来ないこいつは可哀想だ。あの叔父がこいつをこんな風にしてしまった。

 だからこそ、こいつがこのままで良いとは俺には思えない。誰でも良い。誰かこいつに人としての喜びを生き方を教えられる相手がいるんなら。俺はこの楽しみも投げ出してやれる。


(いや……)


 むしろそれがなくとも俺は投げ出すべきだろうか?そうすればこいつは考える。俺の代わりを見つけに行く。

 だけどそれがアルドールに向かうのだけは避けたい。そうなればこいつは余計自分の幸せを考えない道具に落ちる。それでは現状維持以下だ。

 考え込む俺に、机の向こうでランスが笑う。飼い犬を撫でるよう俺の髪を弄ぶ。奴は優しく笑うけど、その目に映る俺は多分犬の姿だ。こいつは可哀想な捨て犬を拾ってやっただけのお優しい人間様だ。その人間様に懐いた俺が馬鹿だというだけで……


 「……何だよ?」

 「俺は騎士として生きる。騎士として死ぬ。それを……俺は決めた」


 前々から思ってはいた。それでもとうとう決意した。父にあったことで意固地になって自分の道を固めてしまった。未来も可能性も全て捨てて、死を見つめる青い眼だ。


 「こんなこと、お前に頼むのはおかしいと思う。だけど……」

 「……言ってみろよ」

 「お前なりの騎士で良い。だからお前も、どうか騎士でいてくれ。最後まで」


 それはつまり、こういうこと。お前は人になるな。人として幸せにならないでくれ。一緒に傍にいてくれ。お前は俺の飼い犬だろう?最後まで同じ道を歩いてくれ。付いてきてくれ。何とも我が儘な言葉。

 一人で何にもならない、道を歩くのは耐え難い。もうその道は喜びじゃない。あの人が失われたから。アルドールじゃ代わりにならない。意味はあるけど無価値な道。あの人の亡霊を追うだけの悲しい旅路だ。その旅の道連れになってくれと奴は言う。

 だけど俺がこいつから我が儘を言われることなんて殆ど無い。いつもこいつが我が儘な俺を立ててくれていたから。我が儘を言われたのなんて子供の頃以来かも。


 「お前は俺を騎士以外の何かにしたいのか?無職か?ニートか?仙人か?」

 「そ、そういう意味じゃない!」

 「俺だって生きてる以上職は要る。そりゃ死ぬまで騎士ではいてやるよ。アルドールの阿呆には仕えないけどな」

 「お前はまったく……どうしていつもアルドール様で落とすんだ」


 ペットの役目は飼い主の気持ちを和らげ、笑わせてやることだろう。それなら俺は一級品のお犬様に違いない。悩みがどうでも良くなるようにと道化を続ける。嗚呼、阿呆だな俺。そう思っても止められない。

 こいつが下らないと笑ってくれる。それだけで埋められるものがある。代用品にしてるのは俺も同じだ。同罪だ。家族でもない癖に、俺はこいつを家族にしている。居場所にしている。情けないほど傷の舐め合いだ。

 でもこれで良いとは思えないから、お前は何処かへ行ってしまえばいいのに。

 俺はもうどうしようもないからこれで良いとして、お前は俺が傍にいてそれで前進できるような奴じゃない。俺を捨てるべき時期が来たんだ。少しはあの叔父を見習って、人を渡り歩く術を身につければいいのに。それがお前を前進させることなのに。

 叔父への敵意と憎しみから、こいつは人を俺を捨てない。何時までも留まり続ける。もたれ掛かる。

 どうしたら俺を嫌ってくれるんだろう。離れてくれるんだろう。考えても解らない。あの人がいた頃は勝手に離れてくれたのに。あの人が消えてからは俺にべったりだ。嗚呼、やっぱり俺は代用品。今じゃ王の代わりに拠り所。

 どうしたもんかと悩んでも、この馬鹿は何も解っていねぇ。俺を馬鹿だと思っているから、俺がここまで考え悩んでいるなんてちっとも気付いてくれやしねぇ。

 賢い俺は嫌いだろう?そう思って賢くなろうとしてもこいつは俺を優しく見下すだろう。俺は何をしてもこいつには馬鹿としか映らない。だって種族が違うから。幾ら犬猫が賢くても、人間様と同列には考えないだろう?

 俺を褒めるこいつは、そういう見下したものを可愛がるそれと似ている。俺は何時になったら人間に進化出来るのやら。

 俺の溜息の意味さえ、こいつはまったく解っていない。結局こいつも叔父とは別方向に最低野郎な屑男。それは俺も認めよう。

 横目で睨んだら今度は俺の髪を弄って遊んでいる。勝手に変な結い方をしている。人が大人しくしていれば……

 呆れてもう一度。溜息一つで悩みが解決すればどんなに良いだろう。もし来世があるのならそんな世界に生まれたいものだ。


 *


 「アルドール、ブランシュ卿が五月蠅いから何とかしてくれない?……ダウト!」

 「うわあぁあああああああああああ!!イグニスさん強すぎです!!」

 「うん、この勝負終わってからにしようよイグニス」

 「そうは言うけどさ」

 「…………」

 「トリシュー!今勝負中だからちょっと待ってー」

 「いきなりどうしたんだろうね彼」

 「…………」

 「そうだなー。またユーカーと何かあったんじゃないのか?」

 「……ていうか彼もなんだってあんな人に惚れたんだろうね。まぁ僕がそう仕組んだんだけどさ。はい、上がり!一番ふかふかのベッドは僕が貰った!うわぁ!すっごいふわふわ。ふかふか!ねぇ羨ましい?御貴族様だった癖に、王様なのにソファか床になるってどんな気分?」

 「…………」

 「にしてももう少し賭けるモノあったんじゃないか?」

 「ダウトっ!」

 「うわっ!ぱ、パルシヴァル……この短時間で腕を上げたな。くそぉ……あと一枚だったのに」

 「そりゃあ確率的に手札が減れば怪しいよね」

 「……」

 「あ、パルシヴァルもこれで上がりか。させるか!ダウトっ!」

 「王様、残念でした」

 「ぎゃああああああああああああああああああああ」

 「君上位カードなのにリアルラックも低いよね、あはははは!でもこれでアルドール床決定っ!!あ、パー君は可哀想だから僕とベッドで寝ようね」

 「それじゃ俺ソファーに」

 「は?何言ってんの君?」

 「え?」

 「君は負けたんだから誰が何と言おうとこの部屋では床以外には寝かせない。それが嫌ならこの部屋から出て行くんだね。正統派美形にして天然鬼畜ランス様に隠れ女装属性のセレスタイン卿、それから残念美形のトリシュさんにセクハラ中年色男のアロンダイト卿。選り取りみどりの野郎が君との添い寝を待ってるよ」

 「何かユーカー辺りが待ってねぇ!ってツッコミ入れそうな気がする」

 「でもランスさんのお父さんなら歓迎してくれそうですね」

 「歓迎っていうか歓ゲイっていうか姦ゲイっていうかなんだろうね。全裸かバスローブ姿で布団に入ってて、布団を捲って陛下へいカモンとか言っちゃいそうなイメージはあるよね」

 「片手にワイングラス持ってそうです」

 「ちょっとアルドール、行って確かめてきなよ」

 「ちょっ、お前らもう少し王様を労ろう?護衛なんだろ?俺の貞操を守ってくれよ」

 「君は野郎なんだしどうでもいいだろそんなの。そういうの言って良いのは美形か美少年だけって相場が決まってるんだよ。君平凡顔の癖に調子に乗ってるから少し痛い目見て来なよ」

 「うわっ……!」


 イグニスに連続的に蹴りを食らい、部屋の外まで運ばれる。

 扉はすぐに閉まって鍵まで掛けられた。イグニス酷い。でもそんな酷いところがイグニスっぽくて良い。やっぱあれイグニスだ。ギメルじゃない。


 「……流石我が君。上級者ですね」

 「え?」

 「部屋を追い出されてそのような顔を瞬時に浮かべられるとは……私はまだまだ修行が足りないのかもしれません」


 何故か扉の前で警備をしていたトリシュが口惜しげに端正な眉を中央に寄せている。


 「トリシュ、俺追い出されたんだけどランスの父さん以外の部屋で空いてる部屋ってある?」

 「そうですね。私の部屋はイズーに占領されてしまいましたし……」

 「ユーカーか。ちょっと頼んでみようかな」


 ランスやトリシュよりはユーカーは気楽に相手が出来る。この二人みたいなこれでもかって言うくらいの美形とかでもないし変に緊張もしないしな。


 「ユーカー!俺だけどちょっといいか?」

 「帰れ阿呆。どうせお前の傍に変な虫が飛んでるだろ」

 「アルドール様相手に無礼だぞ。はい、今すぐ開けます」

 「ば、馬鹿!」


 室内からはユーカー以外にランスの声。鍵が開くより早く、俺は背後で物凄い殺気を感じた。


 「いいいいいい、い、い、イズーぅうううううううううううううううううう!!何でランスが部屋にいるんですか!どっから湧いて来たんですか!?」


 ガクガクと両肩を揺すられるユーカー。何も答えられない彼に代わってランスがにこやかに窓を指さす。


 「ああ。それは窓から」


 何やってんのあの人。意外とアウトドアなんだ。インドア本の虫の俺にはちょっと考えられない。窓から脱出は考えたことあっても、窓から侵入なんて発想まず湧かない。ていうか何で適確にユーカーが居る場所がわかるんだ。数術使いだからなのか?イグニスならそういうことも出来るだろうけど、ランスも出来るのか。気付は驚愕と感嘆がいつのまにかすり替えられている。これだから顔と性格の良い男は得だなぁと思った。


 「それでアルドール様、何事ですか?」


 そういうランスは何時も通り落ち着いているように見える。ユーカーを愚痴に付き合わせたおかげで精神的デトックスでもできたのだろう。毒素の行き着く先であるユーカーの精神状態だけがちょっと心配だ。まだトリシュに尋問されている。


 「トランプで部屋決め勝負に負けて、イグニスとパルシヴァルの部屋になっちゃって、今日の寝床に困ってるところなんだ……情けない話だけど」

 「そういうことでしたか」

 「俺には害はないと思うんだけど、ランスには失礼だと思うんだけど俺……アロンダイト卿と同室はちょっと無理かなって……それでここの誰かの部屋に泊めて貰いたいんだ」

 「まぁ、あのおっさんは誰だって嫌だよな。俺だって御免被る。あいつバスローブ姿でヘイカモンとか言ってそうだし」

 「いや、全裸かも知れませんよ。それで布団を捲って待ってそうです。バスローブの場合はグラスに赤ワインとか入れて揺らしてそうな感じがします」


 みんなに同じイメージ持たれてるあの人って一体……


 「というよりそれが幼少時代の俺のトラウマなんですが……」


 リアルでやってたのか!?どこまで予想通りなんだあの人は……


 「久々に家に帰ってきたと思ったら、父さんと一緒に寝ようとか言われてちょっと喜んでたのにその図ですよ。お前は我が子をなんだと思っているのかと小一時間……」

 「あの頃の叔父さんはあれだな。子供の可愛がり方が解らないとかぼやいてたような気がするぜ」

 「解らないにも程があるだろうが!!」

 「まぁ、そうだよな、うん」


 ランスもランスで大変な家庭にいたんだな。ちょっと可哀想な気がしてきた。


 「んじゃここで二人組に分けて、そのペアと嫌なら野宿なりあのおっさんと添い寝しに行くなりするって流れでいいか?俺はトリシュじゃなければランスでもアルドールでもどっちでも良い」

 「それを意訳すると、私でなければ嫌……そう言うことですねイズー。本当に照れ屋なんですからもう」

 「こいつのこういうところが嫌なんだ。よし、お前ら友人同士仲良く寝ろよ。俺はアルドールでいいからアルドール残してお前ら出てけ」

 「アルドール様ぁっ!アルドール様はセレスタイン卿なんて大嫌いですよね!?同じ空気を吸いたくなんかないですよね!?虫唾が走るって顔に書いてありますよね!?それじゃあここは是非私にそのお役目をお命じにっ!!ランスっ!僕らは親友でしょう!?親友の恋路の邪魔だてなんて無粋な真似っ!君のような男がするはずない!そうですよね!?」

 「お前俺を貶めてまで俺と同室なりたいのか?」

 「時に嘘を吐いてでも真の愛を掴み取る。惚れ直しましたか?」

 「ああ、見損なった。やっぱお前は無しだわ。まだあのおっさんと添い寝した方マシな気がして来た」

 「イグニス様とパルシヴァルがいない以上……カード的にはやはりユーカーが適任か。トリシュ、俺の部屋に戻ろう?」

 「嫌ですっ!!昨日も見張りの所為で殆ど一緒にいられなかったんですよ!!おまけにパルシヴァルガードとか作って私は近づくこともままならないという苦行を味わいました!」

 「ったく、仕方ねぇな」


 このままこじれては何時までも俺の寝床が決まらない。俺の困った様子にユーカーは、心底嫌そうな顔で溜息を吐いた後、トリシュの腕を掴んだ。


 「ランスとお前出てけ。これ以上騒がれたら迷惑だ。こいつは俺が引き取ってやる。たまには主従同士親交でも深めやがれ」

 「い、イズーぅうううううう!!やはり貴女はなんて優しい人なんだ!!」


 よくわからないまま俺とランスはトリシュに外に追い出され、俺は本日二度目の廊下入り。

 隣のランスから感じる殺気が凄い。穏やかな笑みを湛えているがどす黒いオーラが出ている。

 それが少し昔のイグニスに似ている。そんな風に思ったら、怖さも半減。可愛いところもあるものだなんて好意的に解釈してしまう。ランスにとってのユーカーは、イグニスにとってのギメルなんだろうな。俺の視線に気付いたのか、ランスもようやく我に返った。


 「失礼しましたアルドール様。すぐにご案内いたします」


 だけどその口調はやっぱり固い。気を使わなくて良いのにな。そう思うけど……ランスの父さんに忠告されたことを思い出す。俺がランスを友人だと思うことがあってはならない。彼はそう言った。

 でもそれはこんな風にずっと気を使われ続けるってことで……俺は今の空気がどうにも肌に馴染まない。ランスやトリシュとも、ユーカーのように言いたいこと言えるような間柄になりたい。そう思うのはいけないことなんだろうか?


 「ランスはさ……」

 「はい」


 その部屋はそう遠くない。鍵を開けて中へ招かれ……彼が灯りを付けた時、俺はそう切り出した。


 「くだらないと思わない?俺みたいなガキに仕えて」

 「アルドール様?」

 「ランスはそれでいいの?本当は俺なんかじゃなくて、他のものを守りたいんじゃないの?今だってそうだ。ランスは笑ってるけど、本当はまだユーカーと話したいことがあったんだろ?」


 あの殺気。あれの正体。それがこの人の素顔。

 俺にはそれを向けはしない。感情を殺して唯微笑む。でもそれで本当に良いの?俺にそんな価値はないのに。


 「俺はランスより何も出来ない。強くもないし頭も良くないし馬も剣も満足に操れない。そんな子供に仕えて、ランスは本当にそれでいいの?」


 俺の言葉に彼が青い瞳を見開いた。だけど俺はここで言わなければ、何時までも言えないような気がした。だから言葉を続けて行く。


 「ランスは俺が好きで俺に仕えてくれているわけじゃないんだろう?だから俺はランスに認められるような王になりたいと思う。だけど……そうなれるまで、ランスには嫌な思いばかりさせてしまうと思うんだ」


 だって俺はこの人に何一つ勝てないんだよ。彼だって何一つ負けていないと自負しているだろう。そんな格下の相手を崇める理由が何処にある?何処にもない。あるとしたらそれは先代アルトリウスさんの栄光だ。俺の力じゃない。


 「だから俺はランスに遠慮をしないで欲しい。助言をして欲しい。俺の駄目なところは駄目。嫌なところは嫌だって言って欲しい。俺が立派な王になるには、唯言うことを聞いて貰えるだけじゃ駄目なんだ」


 情けない言葉だと思う。それでも俺は至らないところばかりで……自分一人の力で立派な追うに慣れるとは思えない。周りに俺より何でも出来る人達が置かれているのは、彼らから学んで吸収しろというイグニスの心遣いなんだと思う。


 「俺は……ランスにもう少し、思ったことをそのまま言って欲しい。それが俺のためになると思うから。……それに困ったことがあるなら俺も聞きたい。一緒に考えたい。それが国を救うための第一歩なんだと思う」


 国なんて膨大なものどうやって救えばいいのか解らない。だから俺はまず俺の周りの人を、周りのことを変えていきたい。ランスとランスの父さんのことも解決したい。そんな簡単な事じゃないのは解ってる。だけどそれさえ出来なくて、どうして俺に国が世界が救えるんだ?一人を救えないものは全てなんか救えない。全てはその積み重ね。俺は一人を救い続ける。諦めたらそこで終わりだ。きっと何も掴めない。どこにも辿り着けずに落ちていく。


 「ランスはどうしたいんだ?親父さんとのこと、ユーカーとのこと……もしそれでランスが悩んでるなら俺も一緒に考えさせてくれ」

 「アルドール様……」


 俺の言葉にランスは笑う。綺麗な笑顔だけど、それはやっぱり拒絶なんだ。ランスがこういう風に笑うときは騎士の顔をしている。理想の騎士だ。俺の言葉ではその仮面を剥がせない。


 「お気持ちはありがたいですが、俺は何も悩んでいませんよ。悩みがあるとすればあの山賊のこと、それからカーネフェルのこれからです。ここからどのような策を取ればいいのか……」


 立派な騎士らしい立派な言葉。国を憂いるその言葉。そこにランスはいない。いるのは騎士だけ。国のため人のため唯それだけを考える。

 だけど本当のランスはそこまで立派じゃないんだろう?そう思わせているだけなんだろう?些細なことで怒ったり、仲の良い友達を取られて妬んだり、ちょっとしたことで悲しんだりもするんだろう?

 だけど俺が幾ら彼を見つめても、見上げても……彼はあの顔で笑うだけ。ランスだけどランスじゃない。ユーカーが傍にいなければ通訳もして貰えない。本性も引きずり出せない。


 「……うん、そうだね。それはまた明日、イグニスを交えて話し合うしかないだろうな」


 諦めたように笑う俺に、一瞬彼の仮面が揺らぐ。だけど彼はそのまま何も言えずに、また仮面を付け直す。


 「ええ。明日も忙しいでしょうから、今日はもう休んで下さい」


 そう言って俺に寝台を渡して自分はソファーへと向かう。何を言っても多分聞いてくれない。命令だって言っても駄目なんだろう。俺はまだ、ちゃんと彼の主には認められていないのだから。


 *


 俺は間違わない。俺はあの男とは違うんだ。

 そう強く自分を戒める。それでも真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さるのをランスは感じていた。


(アルドール様……)


 下らない。あんなこと。あんな最低な男のことで騎士の俺が揺らぐわけにはいかない。何時でも同じように戦えなければならない。何時も強くあれ。常に勝ち続けろ。

 地の利だカードだ、言い訳だ。

 俺はユーカーのことでさえ、揺らいではならない。何時も冷静に判断を下さなければならない。あいつを見殺しにしてでも俺は騎士でいなければならない。

 だから俺はあいつにも騎士として生きて欲しい。あいつが人として俺を見ているなら、それは間違いだ。俺がお前を見殺しにするように、お前も俺を見殺しにすればいい。感情で生きるな。心を縛れ。身体を全て剣に変えろ。それでこの身が折れるまで戦えばいい。


 そうだ。俺が見るべきはあいつでもあの男でもない。俺の主はアルドール様だ。この人のために俺は生きて死ぬんだ。

 弱くて心優しいあの少年。俺なんかの個人的な下らない悩みなんかに付き合わせてはならない。共有すべき悩みは国のように大きいもの。あの人は間違っている。俺を救えても世界は国は救えない。

 身近な者を見捨てても犠牲にしても、前に進むことが大事だ。ひび割れた世界をその手で受け止めるためには。犠牲を最小限に、そのためになりふり構わず進めるか。それが王のすべきことだ。

 この点はアルト様も間違っていた。その間違いが取り返しの付かないことをした。だけどその取り返しの付かないことがユーカーを守ってくれた。

 俺は考える。もし死んだのがユーカーで帰ってきたのがアルト様だったなら。

 ……それでもやっぱり俺の心は半分死んだ。俺は完全に騎士になり、自分の心を無くしてしまう。その場合俺はユーカーにそうしたようにアルト様を殴れないから、他の者を殴るようになっただろう。アスタロットを失った頃のユーカーみたいに、人を斬ることでしか生きられないものへと落ちる。

 アルト様はユーカーを生かすことで俺の心を生かした。完全な騎士になるなと俺に最後の忠告を送るように。その忠告を俺は受け入れる。あの人が最後に俺にくれたものなんだから。だから俺はあいつの前だけでは騎士にはならない。


 でもアルドール様相手なら別。アルドール様をアルト様のようにはしない。

 アルドール様にはあの方に出来なかったことをして貰わなければならない。あの人の愛したこの国を守って貰わなければならない。俺に向けられる視線が悲しみを帯びていても、俺は……あの人に近づいてはならない。

 俺はあの男とは違う。王との距離を見誤らない。無礼を裏切りを働かない。俺は忠実な僕で在り続ける。それこそが、騎士の鏡というものだ。

 俺は騎士なんだ。騎士になると言うことは国に魂を売ることだ。それなら俺はもう死んでいる人間だ。死んだ人間は何も感じない。怨んだりしない、憎んだりしない、悲しんだりなんかしない。命令通り誰が相手であっても剣を振るうだけ。それが騎士だ。

 何も考えられなくなる位、忙しさで塗り潰して欲しい。そんな命令が、命令が……命令が欲しい。

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