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6:Qualis pater talis filius.

※変態回……なのか?

 エルスが俺達の所から去ってから……何日後だっただろう?その情報が入ったのは。


 「お頭、お頭!レーヴェのお頭!山の麓に人間が!」

 「しかもありゃあ……エルスちゃんが言ってた奴らに似てるねぇ」


 眠い。起きたくない。怠い。面倒。俺は惰眠を貪っている。しかしエルスのその名前は、俺を覚醒させるには十分だった。

 エルスの飯は美味い。エルスの声は綺麗だ。眼も綺麗な色だし肌も白いし嫁にするには最高だ。俺の知る村での女達は、ろくな女がいなかった。そこら辺歩いてるのは年増とか婆ばっか。全然可愛くねぇの。塀の中にいた若い女は、凶暴だった。あいつ凶暴だから閉じこめられてたんだなきっと。

 だけどエルスはそうじゃない。俺のお袋より綺麗だし、料理も上手い。俺はあいつより綺麗な女を知らない。そんならあいつに人生賭けて、惚れる価値は十分ある。ここで俺が男を見せれば、エルスも俺と結婚してくれるって言ってた。

 エルスが嫁に来れば俺の変わりにこいつらまとめてくれるだろうし、毎日美味い飯作ってくれる。考えるだけで涎が出そうだ。


 「うっし!行くぜ野郎共!」


 俺は涎を拭いながら、得物を手に取った。


 「このレーヴェ様の庭に踏み込むとは良い度胸だぜ!身包み剥いで、全部奪って、今日もいっちょ宴会と行こうぜ!」


 *


 空は青く澄み渡り、世界は……少なくともこの景色だけなら十分こんなに美しいのに……それなのにどうして俺の周りはこんなに空気が不味いのだろう。

 不味い。まずいというかむしろ気まずい。どうしてこんなに気まずい?それは多分……あの二人の所為だ。

 ユーカーとランスは昨日の一件でまた距離を置いている。めんどくさい従兄弟だ。何で俺があの二人のために悩まないといけないんだ。そう思えるなら思いたい。アルドールは少しばかりそう考える。

 ザビル河を越えて北部。南部とはちょっと変わった風が吹く。南部ほど乾燥していない。緑草木と海の香り。北部は北部で自然が多い。そして南部よりも懐かしさを覚える気がする。案外俺は昔、北部にいたのかもしれない。

 そんな癒しの風だって、現実逃避は五秒と持たない。ランスは心が広いように見えてユーカー相手だと時々かなり偏狭になる。そこに絡んでくるのが先代カーネフェル王のことなんだろうけど。


 「おい!そこのお前ら!」

 「ぁあ?」


 突然響き渡る声。木陰からぞろぞろと現れる人相の悪い男達。苛ついているユーカーが、喧嘩を吹っ掛けるそいつらを半眼で睨み付けた。


 「人の縄張りに土足で上がり込むとは良い度胸だな」


 その言葉にイグニスは吹き出している。多分「土足もなにもこっちはこの国の王なんだけど、王相手に随分おかしなことを言うんだね」とかそんなことで吹き出しているに違いない。


 「うわ、凄い訛り。セネトレア訛りだねあれは」


 ……そう思ったが違うらしい。男達は色の薄い黒髪……外見はタロック人に見える。しかし話しているのはカーネフェル語。その訛りが酷いのだ。


 「混血に、カーネフェリーの野郎がひーふーみーの……五か。一匹値段の付かなそうなのがいるがまぁ、良い金になるだろう」


 賊の言葉にユーカーの肩がわなわなと震える。それは地雷だ。安い釣り針に掛からずにはいられない……貴族のプライドって言うのは悲しい性なんだな。


 「良い度胸だなてめぇら。誰が不良品だって!?」

 「私のイズーを侮辱するとは。万死に値する!?」


 もう一匹釣れた。そんな釣り糸で釣られて良いのか?トリシュは本当に残念な方向に走って行っている。沸点温度の等しい二人の同僚を交互に見ながら、ランスは少し遠くを見やるよう……寂しげに眼を伏せた。


 「……ユーカー、お前何時の間にそんなにトリシュと息が合うようになったんだ?」

 「合ってねぇっ!!」「ありがとうっ!!」


 全く別のことを言っているのに最初の発音が同じだと言うだけで、何か息が合っているように思うのは多分気のせいだ。


 「ていうかイグニス、視覚数術してなかったのか?」

 「今省エネ中。数術代償の無駄使いはしたくないんだ」


 欠伸を噛み殺しながらイグニスがそう言った。その不意打ちの表情は少し子供っぽく見えて可愛い。いつも年相応より大人びている彼女だからこそ……


 「セレスタイン卿の得意分野じゃないですか。山賊海賊退治の任務をよくやっていたと聞きましたよ?五分で壊滅してきてください。戻ってこなかったら置いていますんで」

 「無茶言うな!」


 そう怒鳴りながらも早速抜刀。敵に向かって駆けていく。ユーカーの剣は混血剣。両手でも片手でも扱える武器。そこまで長身でもない彼がそれを使いこなすのは難しいように思う。しかし……


 「……凄い」

 「セレスさん、素敵ですっ!格好いいです!サイン下さいっ!」

 「まぁ、腐っても騎士だし彼も。あの位は出来て当然だよね」


 俺とユーカーのファン一号みたいなパルシヴァルの絶賛に、イグニスは彼を見下すように肩をすくめる。

 それでも俺は凄いと思う。俺じゃ真似しても真似できない。彼は一瞬の判断で持ち方を変える。そして踏み込み、斬り込み、薙ぎ払う。あんな長剣重いだろうに、彼はその質量を感じさせない。ユーカーだってそこまで馬鹿力というわけでもない。それを補うのは彼の素早さだ。振るうその勢いが、重さを軽減。まるで剣舞だ。踊るように彼は戦う。……と思ったら本当に何か曲が流れてきた。


 「戦う貴女も美しい。そんなイズーのために一曲捧げます」

 「阿呆っ!んなことやってる暇があったら戦えっ!」


 トリシュは美声だ。決して悪い曲ではないのだが、タイミングが悪い。

 先程怒りのトリシュが取り出したのは剣でも槍でもなく竪琴だった。それを奏でて愛しのイズーなんちゃらかんちゃらとか歌われたらまぁ……ユーカーもキレるだろう。しかし皮肉にも、そのおかげと言うのか……怒りで攻撃力が上がっているようにも見える。

 大分ユーカー一人で片付けてしまったようだし、俺が加勢に行く必要も無さそうだ。っていうか俺が行ってもたぶん邪魔。余計足を引っ張る。


 「……でもさ、イグニスはどうしてそんなにあいつに厳しいんだ?ユーカーも話してみれば結構良い奴だと思うんだけど」

 「君が彼を気に入ってる分、誰かが彼を嫌わないと世界の均衡ってものが崩れるんだよ。つまりその均衡を守る僕は世界平和を守ってる。ね?神子として当然のことだよ」

 「……なるほど」

 「なるほどじゃねぇよっ!!」


 イグニスに言いくるめられた俺に、ツッコミが飛んで来る。


 「地獄耳……」

 「アルドールっ!てめぇ後で一発ぶん殴るっ!!覚悟しとけ!!」


 俺の方を振り返りユーカーが怒鳴る。最後の一人。それももう追い詰めた。だから振り返るだけの余裕……油断が生じる。そこに生まれた隙がある。それを見逃さず斬りかかる敵。


 「ユーカーっ!後ろ!!」


ユーカーに白刃が迫る。俺の言葉に反射し、振り返ることには成功。しかしそこから避けるにはもう一動作が必要。逃げられない。それならと振り上げる剣。届くか。怪しい。そこに現れる数術の壁。それは水で作られた数式。攻撃で壊れた壁が、その水飛沫を針に変え、敵に向かって降り注ぐ。


 「それならお前はその後三発殴られる覚悟をするんだな」

 「……いつもあいつの肩持ちやがってっ!」


 いや、今のは言葉はそうだけど行動はどう見てもユーカー助けてるって。それがわからないはずないだろうに、ユーカーは本当捻くれている。

 それでも十人程いた敵をほぼ一人で倒したんだから十分凄くはある。


 「大体お前は……」

 「俺が?」


 ランスに掴みかかろうとして……昨日の気まずさを再び思い出したらしいユーカーが口籠もる。先代のこと。口にされないだけで怨まれている。そんな被害妄想で彼は固まる。その一瞬を見逃さず、風が吹いた。吹き抜けた。


 「!」


 見えない分、人より聴覚が優れている。その僅かな音に反応したユーカーは、反射的に相方を蹴り倒す。

 しかしそのために、自分が屈む暇を失った。飛来するは一本の白矢。ユーカーの腕を掠めた矢が背後の木に突き刺さる。それを確認するよう現れる者がいた。


 「やるじゃねぇか」


 その声は、これまでのタロック人よりはっきりした響き。


 「……え?」


 しかしパルシヴァルは大きな瞳を瞬かせている。他の騎士二人はわからないでもないが、聞き取りづらそうと言ったところ。ユーカーに至っては蹲っている。これはタロック語だ!


 「ってユーカー!大丈夫!?」


 思わず俺が駆け寄ると、彼はよろと立ち上がる。


 「足手纏いは下がってろ」

 「そうは言うけど、顔色悪いよ」


 ほっとけないと俺が言うと彼は面倒臭そうに舌打ちをする。


 「今のは毒ですね」

 「毒!?」


 冷静なイグニスの情報分析。俺を含め全員がその言葉に驚いた。


 「ああ、そうだ。そのまま放置してっとそいつ死ぬぜ?」


 乱暴な言葉遣い。結わえた長い黒髪。黒の瞳はそいつがタロック人である証。双陸ほどではないがこれまでの賊より深い色合い。こいつは本当にタロック人だ。


 「お前がカーネフェル王だな。俺のエルスを苛めてくれたそうじゃねぇか」

 「え……?」


 いきなり告げられたエルスという名前。その名はタロック王の側近、天九騎士が一人。混血でありながらその地位に収まる少年の名だ。その名を呼ぶそいつは、俺を睨み付けている。


 「そいつの解毒剤が欲しければ、俺に従え」

 「わかっ……」

 「お断りします」


 苦しむユーカーを見ていられない。俺がそれに従おうとした時……イグニスが笑ってそれを遮った。


 「イグニス!」

 「神子様!イズーがっ!」

 「セレスさんが大変なんですよ!?」

 「何を言っているんですかあなた方は?一国の王と一介の騎士の命。どっちが重いと思ってるんです?」


 すたすたとイグニスはユーカーへと歩み寄り、彼を冷ややかな視線で見下す。


 「それにわざわざ其方の要求を聞く必要もないんですよ」

 「性格悪ぃ……」


 しかし見下されたユーカーが小さく笑った。このために俺を利用したなと若干の恨み言を秘め。


 「なんだかんだで触れちゃいけない逆鱗に、あなた方は触れてしまった」


 遅れてイグニスも笑う。その言葉に俺は思い出す。先程一人だけ反応しなかった男がいやしなかったかと。顔を上げる。その刹那、ぶつかり合う金属音!

 イグニス以上に冷たい眼をしたランスが剣を手に踊る。優雅さ上品さは相方よりも彼の方が上。そして滲み出る殺気も桁違い。

 しかしその攻撃を、相手は難なく受け止めた。とてもじゃないが、信じられない。


 「お、女の子がランスと渡り合ってる!?」


 乱暴な男のような言葉遣い。だけど現れたのは少女だった。

 身体の一部を鎧に纏った鎧。男物の鎧では隠せない、ルクリースと渡り合えそうな豊かな胸囲。そしてその顔に残る幼さは、彼女よりも年下。たぶん俺と同い年くらいか?そんな少女がカーネフェルの最高の騎士とやり合って、一歩も引いていない。そんなことがあり得るのだろうか?


 「地の利だね。ここは彼らのテリトリーだ」


 風の吹き方。それを上手く読んで敵は矢を飛ばす。それをかわしても、その先の地面に仕掛けられた罠がある。それを避けたって、そこをまた狙われる。


 「それにランス様は今ちょっと我を忘れている。攻撃が雑になっているのは否めない。だけど……一般人に出来る事じゃないよ」

 「それじゃあ、あの子も?」

 「ああ。十中八九彼女もカードだ」


 イグニスの解説を聞いている内にも、徐々にランスが押されていく。ランスは長剣、敵は短剣。リーチならランスが勝っている。しかし毒矢を持つ少女には迂闊に近づけない。となれば得物のリーチは彼女が勝る。不意打ちの一撃を受け止められた時点で、不利な勝負は始まっていたのだ。


 「セレスさん、痛くないですか?薬草摘んできました」


 森の中で暮らしていたというパルシヴァルが、ユーカーに毒に効くと思われる葉を差し出した。


 「しかし煎じて飲ませるには水がありませんと。代わりと言っては何ですが、ささっ……イズーこれをどうぞ!ぐいっと一思いに」


 さっとその葉を奪い、薬品片手に忍び寄るトリシュの姿。それにふらつくユーカーが無理してでも蹴り飛ばす。


 「どさくさに、てめぇは……!てめぇもランス手伝って来い!」

 「トリシュさん、それは飲み薬じゃなくて傷口に塗るんですよ?」


 本当に僅かな隙を見つけては、私のイズー化計画を推し進めようとするなあの人。背景で命を賭けたコントをしている他の騎士達の姿を見ると、真面目に戦っているランスが少し可哀想になる。戦いに余裕が出てきたのか、少女はその背景会話にも加わって来た。


 「無駄だぜ!その毒は創作毒だ!薬草一種でどうこう出来るような柔な出来じゃねぇんだよ!大体俺を倒したら、毒の隠し場所もわかんねぇ。違うか?」


 今は自分が解毒剤を持っていない。それを告げる少女に、ランスも攻撃の手を止める。


 「俺はカーネフェル王以外に用はねぇ」

 「……俺に何をさせたいんだ?」

 「腕の二、三本置いていって貰おうか?止めはエルスが刺したいだろうしな」


 少女はにやりとほくそ笑み、俺を招くよう得物を向ける。


 「あと俺様の部下を苛めてくれたんだ。他の奴らも相応の礼に慰謝料くらい置いていけ。身包み全部剥いでやる」

 「お嬢さんがそんなことを言うものじゃない」


 一瞬それが誰の声か解らなかった。俺は辺りを見回して……それが仲間内の物ではないと知る。じゃあ誰だ?そんな疑問を打ち破るよう、蹄の音がすぐ傍で鳴る。それはたぶん上方から。


 「そしてどちらかと言えば私は、野郎の裸になんか興味はないのでね。そんな君のはち切れんばかりの胸の方をじっくり観察させて貰いたいものだ」


 近くの崖から飛び下りて来たのは、中年と呼ぶのは憚られる、年齢不詳の色男。甲冑に身を包んだ様は彼も騎士なのだと思わせるが、その言動はあまりに理想の騎士から遠く感じる。綺麗な金髪に、かなり深い青。彼が真純血だと信じるには十分なその外見。

 ならば俺達の敵と言うことはおそらくない。無いはずなのだが……何故かその中年色男は少女に言い寄っている。


 「俺の胸筋が気になるのか?すげぇだろ。俺様くらい身体鍛えればお前もこのくらいなれるかもしれねぇぜ?」


 しかしこの少女、ただ者ではない。中年男のセクハラを爽やかな笑顔で回避。その言い回しだけなら少女の方が男らしくさえある。


 「嗚呼!なんと嘆かわしい!!可憐な異国の乙女が自らを男と思い込んでいるとは!」

 「え?」


 唯言葉遣いの悪い子なんだと思っていたが、この変態親父が言うにはどうにもそれだけではないらしい。確かに彼女はあまりに無防備だ。恥じらいがない。計算高さもない。女らしさはその外見一つに留まっている。中身は完全に男だ。しかし、あの胸の膨らみを胸筋と信じて疑わないなんて、彼女の中での男女という概念がどうなっているのかと疑問に思う。


 「どこからどう見ても俺様は男だろ」

 「いやいやいやいや!大丈夫だよ君、おじさんが君に女の喜びを教えて君が女の子だってすぐに手取り足取り教えてあげるからね。さぁ、その辺の茂みなんか都合が良さそうだ。一緒に楽園の扉を開けに行こうかお嬢さん?」

 「いい加減にして下さいっ!!」


 少女の肩を抱き寄せて、すたすたと森の中へ連れ込もうとする変態相手に、そう叫んだのはランスだった。何故か涙眼だ。


 「ん?その顔は……おお!ランス!ランスじゃないか!北部に帰って来るなんて何年ぶりだ?母さんに似て美人になったな!いや、私に似てイケメンになったと言うべきか」

 「…………そうですか」


 心底嫌そうに視線を逸らしてランスが答える。まさか、まさかとは思うがこの中年色男……二人並ぶと確かに顔立ちがよく似ている。

 ユーカーへと視線をやれば、青い顔が更に青くなっている。地面に倒れ泡まで吹いている。あれは毒の所為なのかこの中年を見たショックなのかはわからない。


 「そうだ親子の感動の再会ということでお前も加わるか?タロック女は稀少だからな。これを逃せば一生相手に出来ないかも知れないぞ?息子の息子と言う名の孫がどれだけ成長したかも観察させて貰いたい気分でもある」

 「遠慮します。今はそんな状況では……」

 「大体お前は騎士道を重んじる所為でろくに女性との付き合いもないのだろう?折角の私譲りの顔が勿体ない!大体そんなことでは将来結婚でもしたときに嫁に愛想尽かされるぞ?イケメンたる者、性技を極めてこそのイケメンと言うじゃないか?男は顔だけではない。技あってこその……」

 「本当に、どうして貴方はそうなんですか!?大体また領地ほっぽり出して!こんな所に何しに来たんです!?」

 「いや、この辺に暴れ回っている山賊がいるという噂とそのお頭がロリ顔巨乳の少女だというじゃないか。これは行くしかないかなと。行ってイかせるしかないかと」

 「明らかに後者が目的でしたよね……?」

 「私がその子を攻略すれば、流血沙汰など起こさず物事の解決が出来るだろうしな。いや……この少女が新品なら無血とはいかないか。ははははは!」


 朗らかに笑う中年色男。しかしその発言内容は最悪を既に越えている。


 「さ、最低だ……最低だ、この人……」


 ルクリースより酷い下ネタに、俺は目眩すら感じていた。ランスはそれに、これまで俺が耳にしたこともないような、深い悩みを宿した溜息を吐く。

 下ネタを理解していない、パルシヴァルだけきょとんとした顔。イグニスは身の危険を感じてか、俺の背後に隠れている。トリシュは泡を吹き出したユーカーの傍で慌てふためいていた。

 俺の呟きが耳に入ったのかようやく此方側にも気付いた中年色男。彼は背景の中から顔見知りを見つけ出す。


 「むむ?そっちで死にかけているのはセレス君じゃあないか!いや、この間会ったばっかりだけど全然変わってないな」

 「セレス言うな……」


 そう言い残し、がくりと気を失ったユーカー。その肩を中年男はがくがく揺さぶる。


 「待つんだセレス君!噂の女装姿を見せて貰うまで叔父さんは君を死なせないぞ!死ぬのは女装を見せてくれた後にしてくれ!女装祭り優勝者の底力を見せてくれ!!かなり化けると噂は北部まで流れて居るんだ!ここで死んだら死に装束で女装させるけどいいかな?」


 駄目だこの人。何処までも何処までも、最低だ。呆れて俺も溜息……しかしがくがく揺すられていたユーカーが……


 「だからセレスって言うなっ!!」


 突然怒鳴り返す。その顔色は血の気を取り戻していた。


 「……あれ?」

 「イズーっ!!!」

 「良かった!セレスさん!!」


 自分が助かったことに驚いているユーカーに、トリシュとパルシヴァルが安堵の息を漏らした。


 「解毒数術か。タロックと長年戦ってる以上、その位は使えて当然かな」


 イグニスはあの中年騎士が、あの一瞬で解毒を行ったのだと俺に言う。しかし数字は見えなかった。凄い早業だ。


 「さて、叔父さんとしての仕事も終わったし……いや、待たせたねー君……ってしまった!逃げられたっ!!」

 「そりゃ逃げるだろ。俺があいつでも逃げるわ余裕で」


 復活早々ツッコミが忙しいユーカー。病み上がりなのに可哀想だな。

 まぁ、それはどうでもいいとして、逃げたのは彼女だけではない。致命傷を逃れた山賊達も皆、この場から消えていた。


 「何ということだ……貴重なうら若き黒髪乙女の穴が」

 「だからどうしてそう言うことを平気で口にするんですか貴方はっ!もう止めて下さいっ!」

 「それはそうと、アロンダイト卿。本当に何故こんな所にお出でになられたんですか?」


 ランスの悲痛な声を庇うよう、意を決したイグニスが進み出る。そのイグニスを上から下まで舐め回すよう眺める中年色男。


 「……この方は?」

 「聖教会が神子、イグニス様です」

 「……なるほど。混血の神子様か…………顔は少女のようだが胸はない。残念ながらこれは男か。いやしかし混血ならやれる気が……むしろ胸がないのもまた別の味わいがあってあれだな」


 ランスからの紹介に、小声で何やら物騒なことを言っている。ていうかこの人さっきから常にやることしか考えてない。この人なら脳味噌が頭部ではなく下半身にあると言われてもすぐに俺は信じるだろう。


 「神子様相手にそんな不敬罪になるような事を言うのは止めて下さい!!」

 「仕方ない。可愛い息子がそういうならば私も諦めよう」

 「息子って言い方止めて下さい。貴方が言うと違う意味に聞こえます」

 「それじゃあ何か?お前は私の可愛い娘だったりするのかい?それは大変だ!一度父さんが調べてやろう!さぁ、今すぐ服を脱ぎなさい!せっかくだし今日は親子水入らずで風呂でも入ろう!孫の成長を見せてくれ!さぁっ!!」


 突然の方向転換に俺は吹き出した。これは酷い。こんな父さん嫌だ。ランスが北部に行きたがらない理由はこの人の所為だったんだな。


 「おい、叔父さん。さっきあんた野郎の裸に興味ねぇって言ってただろ。後いきなりそんなに溝埋めようとしてもトラウマになるだけだから止めてやれよ」


 無理矢理服を脱がされようとしている従兄を庇うよう、ランスの前に出るユーカー。しかし中年色男は、自然の摂理を説くように不自然なことを口にする。


 「確かに野郎の裸に興味はない。しかしこれは私の息子だ。私の分身、私の一部も同然。ならば十分観賞に堪えうる。そうは思わないか?」

 「思わねぇっ!!あんたどんだけナルシスト入ってんだ!あとランスはランスだ!叔父さんとは全然違ぇよ!!」

 「私の方が色男だと、つまりはそう言いたいんだな。まったく、息子の前でそう言うことを言うのはよしてくれ。あの偏狭馬鹿息子が怒り狂うのが目に見える」

 「……一回目と耳医者に掛かった方良いと思うぜ」

 「そうか。なるほど。叔父さんがランスばかりを構っていてセレス君は寂しいのか。よしよし。可愛いじゃないか。それじゃあ女装をしてくれると約束してくれたら叔父さんが君と遊んであげよう!」


 遊ぶの響きが何か怖い。たぶんそれ、やっちゃいけない遊びだ。とんでもない火遊びだ。


 「…………嫌だ。昔より嫌悪感しか感じない」

 「最近ずっとこんな感じだぜお前の親父さん。女遊びし過ぎて感覚麻痺したって言うか、穴があれば何でも同じだとか言い出したのが三年前くらいに遊びに行った時で。あれ以来顔が良ければ何でも良いって言い出して……見境無く食いまくってる」


 涙目のランスの肩を優しく叩くユーカー。諦めろと首を振る。


 「あんな調子だからエレインがどうなってるか心配なんだよ俺は」

(エレイン……?)


 以前にも何度か聞いた名前だ。確かユーカーがランスに対して怒っていた時に口にした女性名。ランスの婚約者だとか何とかって……


(そうだ。確かアスタロットさんの妹だ!)


 ユーカーの死んだ婚約者。その妹がランスの婚約者だと耳にした。彼女は今北部のアロンダイト領にいるのか。


 「彼女のことは俺には関係ない」

 「関係ないってお前なぁ……助けておいてそれはねぇだろ?あいつ完全お前に惚れてるし」


 この様子だと北部に帰りたくない理由の一つにその婚約者のこともカウントされているようだ。


 「そうだぞ。お前があまりに彼女に冷たいから、私が慰めてやっているんだからな」

 「あんたが言うとどっちの意味かわからねぇよ。いくら何でも息子の嫁に手ぇ出すなよ叔父さん」

 「あはははは!セレス君はおかしな事言うな。誰がそんなことを決めたんだい?」

 「倫理的に考えて当然のことだろうが」

 「それはあまりに無粋だ。飢えた獣の前に肉が落ちてくれば誰でも食べるだろう?それだけのことを、若さ故お前達は面倒臭く考えすぎだな」


 多分、慰めたってあっちの意味だ。絶対そうだ。


 「な、何を考えてるんですか!?彼女はまだ子供だ!見境がないにも程がありますっ!!」

 「何を言うんだランス。男と女。二人の間に年齢なんて壁を作るのは無粋だよ。……というわけでそこの可愛らしいお坊ちゃん?おじさんがお菓子でも玩具でも買って上げるからちょっと一緒に街まで行こうか?」


 パルシヴァルの肩を抱き寄せ何処かへ歩き出そうとする中年色男。すかさず男から弟分を助け出すユーカー。よくわからないでも何か嫌な悪寒はあったのか、パルシヴァルも涙目だ。


 「パー坊まで毒牙にかけるな!!つか今男と女とか言ってただろ!言った傍から男口説くなっ!!」

 「いやいやいやいやセレス君。男だ女だそれは些細なことだ。唯そこに愛があるか。ないか。全てはそれだけだ」

 「確実にないよな愛。あんたこれまで何人の人間捨てて来たんだよ。やり逃げ記録が毎年更新されて国内記録本に載ってるって噂だぞ?これ以上何かするならもう身内だからって容赦しねぇ!おい神子、こいつ十字法でしょっぴけないか?」

 「そうしたいのは山々なんですが、残念ながら北部の支援者が彼である以上、あまり無下にも出来ません」


 イグニスの言葉にユーカーは舌打ち。その怒りを宿した目で、必死にメモを取っているトリシュを睨み付ける。


 「あとトリシュ」

 「は、はい!」

 「そこの変態に尊敬の眼差しを送るのは止めろ。調子に乗るから」

 「なんだい?そこの憂鬱イケメン君。なるほど憂い顔も美しい。まるで若い頃の私のようだ。君には何か悩みがあるんだね。よし私で良ければ幾らでも聞こう。ふむふむ道ならぬ恋か。わかる。わかるぞその気持ち。よし!全面的に私は君をバックアップしよう!この恋愛達人のテクニック全てを君に伝授しよう!これで君の恋は成就したも同然だ!」


 何故か意気投合したランス父とトリシュ。がしと手を合わせ、弟子と師匠と呼び合っている。


 「そんなの俺が不幸になるだけだから止めてくれっ!!」


 トリシュの思い人にされてしまったユーカーは毒を食らった時以上に青ざめた顔で絶叫するが、二人は聞く耳を持たない。


 「なるほどそう言うことか。それなら授業料は女装公開プレイで手を打とう」

 「お安いご用です!見られた方が燃え上がるとは言いますからね」

 「俺をお前ら変態と一緒にすんじゃねぇっ!!あと女装に食い付きすぎだ!いい加減忘れろ!!あれ俺の黒歴史なんだから!」

 「ああいう性格の子に限って褥に行くと性格が変わるものであってな……」

 「勉強になります」

 「もう嫌だ!ランス、やっぱ一緒に南部帰ろうぜ!俺もこっち来るんじゃなかったっ!!」


 話を聞かない変態相手に、ユーカーも脱力後涙目。相方に弱音を吐いた。

 その言葉に応えるよう、彼を庇うように立つランスの眼差しは刃物のような輝きを宿している。それでもそれが何故かとても綺麗だと俺には思えた。


 「……ユーカーをからかうのは止めて下さい、それは俺の特権です」

 「一言多いっ!!」


 平然と酷いことを言うランス。そんな相方の後頭部を叩くユーカー。その流れに中年色男は吹き出した後、俺の方へと目を向けた。


 「それで?お前が北部に来るほどのことだ。向こうでは余程のことがあったんだろう?それにあの少女は先程、カーネフェル王と言っていたね」


 俺は周りの面々からすると、平凡的な顔立ちだし埋もれてしまったのか。好みではないのかで彼からは見ていないんだと思ったけれど、ちゃんと見えてはいたようだ。

 ランスの父親、アロンダイト卿は俺の方へと近づいてくる。


 「その様子だと、南部をタロックに落とされて……王を連れ命からがら逃げ出してきた。そんなところか?」


 アロンダイト卿は俺をの目をじっと凝視。少しその視線が怖い。これまでの怖さとはちょっと違う。僅かの怒りのようなものを俺はそこから感じ取った。


 「なるほど……君が新たなカーネフェリアか」


 そして彼は視線を俺からランスへ移し、初めて真顔で言葉を発する。


 「ランス。お前はそれで良いのか?」

 「俺は貴方とは違う。俺の主はアルドール様です。俺はこの方に仕えると決めたんだ。何があっても……俺はアルドール様を裏切らない」

 「そうか……」


 その言葉は俺のためと言うより、自分のため。そしてこの父親との確執から。そんな風に聞こえていた。


 「いや、うちの馬鹿息子がすまないね。迷惑かけてはいないかい?」

 「え?」


 先程の視線は何処。突然朗らかな笑みで握手を求めるアロンダイト卿。


 「いやしかし噂には聞いてはいたが……次の王がこんなに若くいらっしゃるとは思わなかったよ」


 突然の態度の変わりように戸惑う俺の背中をイグニスが叩く。しっかりしろと言っているのか。


 「は、初めましてアロンダイト卿。俺はアルドール……」


 そこでうっかりトリオンフィと名乗りかけ、もうその名前を名乗ってはいけないのだと気付いた。嫌いだったはずの家名が、今となっては……名乗れないと言うことに、過去の全てを奪われたような気になって、少しだけ悲しかった。


 「……アルドール=D(ダルト)=カーネフェリアです」

 「これは数々の無礼申し訳ありません。私はヴァンウィック=アロンダイト。そこのランスの父親です。本人は認めたくないでしょうがね」


 その発言を受けたランスは肯定の沈黙を送る。この親子間も決して良好と呼べる間柄ではないらしい。

 俺とトリオンフィの家もそうだったし。ギメルとイグニスの家だってシングルマザーで大変だったし、ユーカーは婚約者を殺されたことで実家と縁を切っているようなもの。それにランスも加わって……本当何処の家も大変なんだなとしみじみ思う。

 このヴァンウィックという人はランスには好意的に見えなくもないが、ランスの方は彼を嫌悪している。見境のない軽さ……それは十分嫌う理由にはなるだろう。それでもこの性格だけが問題とはどうも思えない。ランスは彼と視線を合わせない。それでも其方を向くランスは本当に……冷たい目で彼を見るのだ。ランスは湖の精が母親代わりだと以前言っていたし、その辺と何か関係するのだろうか?


 「近場の街までご案内しましょう。今日はそちらで休まれては?」


 どうするべきか。イグニスに視線で訴えれば、とりあえず行こうとのこと。


 「彼は巫山戯てはいるけど、実力は確かだよ。山賊達が帰って行ったのを見るとあの少女以外は彼を知っていたんだと思う」


 ここでヴァンウィックから離れればまた山賊達は出てくるだろう。イグニスはそう言った。


 「ま、変態でも虫除けくらいにはなってくれるなら使うべきだよね」


 なんとも素敵な言葉を本当良い笑顔で言うイグニス。そんなところもやっぱり好きだ。イグニスはやっぱりこうじゃないと。

 彼の馬に続いて俺達も馬を飛ばす。平地を抜け森を抜け……そこそこ賑やかな街に出る。


 「このトリフォリウムの街は、北部でも発展している場所ですね。うちの領地より栄えているかもしれないなぁ」


 アロンダイト卿ヴァンウィックは自嘲も感じさせない爽やかな笑いを浮かべるが、ランスは領地をそんな風に語る父親が許せないようだった。


 「当然ですよ。領主がいつも領地にいないんですから」

 「いてもろくでもねぇことしかしない阿呆もどっかにいるけどな。某南部に」

 「ユーカー、ちょっといいか?今日は俺の愚痴を聞いてくれ」

 「今日もの間違いじゃね?……まぁ聞くけどよ。あそこの店なんかどうだ?美味そうな料理の匂いがするし」

 「そうだな、そうしよう。アルドール様、イグニス様、少しばかりお暇を頂いてもよろしいですか?」

 「パー坊、ついでにトリシュ、あいつらの護衛頼めるか?」

 「貴女は酷い女だ。私の気持ちを知っていてこんな試練を与えるんですか!?」

 「俺は酷いが貴女でも女でもねぇよ。つかお前はお前の師匠と酒でも飲んで来ればいいだろ。色々悪巧みがあったんじゃねぇのか?」

 「行ってきますね私のイズー!そうか貴女は私に罠を仕掛けられたがっていたなんて!!貴女の気持ちに気付かない私をどうか許してくださいね!」

 「あっそうか。んじゃ気付いて欲しいな。お前いい加減にしろ。お前いい加減にしろ。いい加減にしないなら死ね」

 「刺々しい言葉から、その真意を探れと言うことですね。イズーは本当に照れ屋だ……しかしそんなところも愛しています!」


 もう相手にしていられねぇと、ユーカーも疲れ顔。ランスの腕を引いてめぼしい店へと向かいかけ……思い出したように此方を振り返る。だけど別に俺に声をかけるためじゃない。声をかけられたのはパルシヴァル。……うん、だと思った。


 「パー坊、やっぱあいつと一緒だと悪影響だからお前もこっち来い。向こうは危険だ」


 無邪気で無垢な少年に、アロンダイト卿ヴァンウィックは少々刺激が強すぎる。関わらせてはいけないと、ユーカーが彼を手招き。しかしそれを拒むのは本人ではなく、何故かイグニス。


 「駄目ですよ。コートカードが二枚もアルドールから離れるなんて危険です」

 「だからどうしてこんな子供まで危ない目に遭わせなきゃなんねぇんだよ。ほら、こっち来いパルシヴァル」

 「…………」


 俺とユーカーを交互に見比べて……暫く考え込むパルシヴァル。決め手となったのはユーカーの背後に控えるランスだったのかもしれない。


 「僕は王様の護衛やります。僕も騎士ですから」


 お勤め頑張りますと微笑む様子は心が洗われる。彼は本当に癒しだ。今俺の周りはなんだか殺伐しているし……それにこの無邪気さは、昔のギメルを彷彿させる。


(ギメル……)


 彼女は今どこにいるんだろう。そもそも俺の知っていた彼女とは何者なんだろう?道化師は彼女ではない。それなら道化師は誰?ギメルは何処?何処にいる?教会で眠っているとイグニスは言っていたけれど、俺はギメルにまだ一度も会っていない。彼女はどんな風に成長したのか。それさえ俺は正しく知らない。

 そして俺がギメルのことで悩む時、一緒に浮かび上がるのがイグニス。

 イグニスはイグニスだ。昔より俺に対する対応は柔らかくなったけど言葉のきつさや態度や雰囲気、それはずっと変わらない。だけど俺の親友は少女ではなく少年だったはずだ。いや確かめた訳じゃないけど、その位で揺らぐ間柄だとは思わないけれど。

 イグニスは俺に嘘を吐いていると言った。そして本当を見つけて欲しいとも言った。

 俺の中でイグニスとギメルが合わさり、答えが見えなくなる。そもそもイグニスは……別れ際あんなに俺を憎んでいたのに、どうしていきなり俺を頼るようになったのか。今のイグニスから俺に対する確かな友情を感じてはいる、それが嘘だとは思わない。


(だけど……)


 立場がある癖に、俺なんかのために……命を投げ出すような素振りまで見せる。昔のイグニスはギメルのためならそうしただろうが、俺のためにそんなことはしなかったはず。そもそもイグニスが世界平和を語る神子になるなんて思いもしなかったのだ。昔は本当に狭い世界を生きていた彼が……いや、彼女なのか?こんがらがって来た。

 その絡んだ思考の糸を解く一つの答えがある。

 今俺の目の前にいるイグニスは女の子だ。ギメルは女の子だとイグニスが断言した。ギメルは正の数術を使える。イグニスはそれを扱えるのを隠して、零の数術ばかりを使ってきた。必死にイグニスであることを演じていた。


(……イグニスが、ギメルなのか?)


 そう考えれば全てがわかる。俺のために必死になってくれるのも、多くを救おうと考えるのは……心優しい彼女ならあり得ること。

 だけどそう考えると……俺の親友は。イグニスは何処かへ消えてしまう。そう思うと、怖いんだ。イグニスが俺を許してくれたことも、俺を大切な友人だと認めてくれたことも……全てがなかったことになる。本当のイグニスは俺を今も憎んでいるのだと、想像するだけでも背筋が震える。


 「しかしセレス君、それはあまりに色気のない選択だ。もう少しムーディな店に叔父さんが連れて行ってあげようか?」

 「いや、あんたの愚痴するのになんであんたと一緒に行動しないといけないんだよ?」

 「なるほど。色気より食い気か。その不等号を覆してみたくなる……しかしだなランス。お前もお前だ。少しは空気を読んで艶っぽい店にでも連れて行ってこその親友だろうに」

 「なぁ叔父さん、なんで俺とこいつがそんな艶っぽい空気に包まれないといけないんだか全然わかんねぇんだけど」

 「あはは、いやそっちの艶もいいと思うけれどね。叔父さんが言いたいのはもっとピンクな店とかむちむちお色気うっふんなお姉さんが出迎えてくれるような店に共に乗り込めという意味だったんだよ」

 「行こうぜランス。これ以上構ってるとなんか変な病気移されそうだ」

 「ああ。そうしよう」


 セクハラ親父と化したアロンダイト卿ヴァンウィックに、従兄弟コンビはさっさと背を向け定食屋へと消えていく。確かに色気のいの字もないが、此方に漂ってくる料理の香りは堪らない。


 「おや、アルドール様も腹が空かれましたか?なんなら良い店紹介しますよ」

 「うわっ…!」


 アロンダイト卿に、肩に腕を回されて……今度は俺が何処かへ連れて行かれそうになる。


 「た、助けて!イグニスっ!」

 「は?」


 イグニスに手を伸ばす俺に、彼女は俺を心底見下す笑みを送り付ける。


 「君何様のつもり?君はさ、自分が何処にでもいる平凡なカーネフェル人だって自覚ないの?ちょっとモテたからって調子乗ってない?君は唯カーネフェリーの男が少ないからちょっとカーネフェリーのお姉さん達にモテただけなんだからね?その辺勘違いしてない?何?君何様?王様?そっかー王様かぁ」

 「い、イグニス?な、何か怒ってる?」

 「別に。何で僕が君なんかのためにわざわざ時間裂いて怒ってあげないといけないの?理解に苦しむね」

 「そ、それもそうだな。ごめん」

 「まったく。アロンダイト卿が君みたいな平均顔に興味持つわけないじゃいか。身の程ってのを弁えて欲しいね」


 返す言葉がない。そうだよな。イグニスは混血だからそれだけで美形設定付いてるようなもんだし実際可愛い。ランスはランスで美青年って文字が服来て歩いてるようなもんだし、ユーカーもそんなランスの親戚なんだから顔は悪くないんだ、顔は。目とか性格の所為でそういう風にはならないだけで。

 他にもそうだ。トリシュは都のお姉さん達にランスと二分する人気があるんだから、顔は悪くないんだ彼も。パルシヴァルは無邪気なところが可愛い美少年だ。あれ?何時の間にこんなことなったんだ俺の周り。

 ルクリースやフローリプがいた頃が懐かしい。カーネフェリーの若い男って稀少だったんじゃないのか?都周辺に密集してただけ?


 「ははは、そんなに身構えなくとも君主に無礼は致しませんよ。今日はアルドール様をもてなそうかと思いまして」

 「あ、そうだったんですか」

 「アルドール様は飲めますか?いや、この辺に若くて良い娘のいる酒場がありまして。アルドール様もここらで一発男を磨きに行きましょう。何私の言うとおりに口説けば最後までやらせてくれますよ」

 「え、ええええええ!?お、俺そう言うのはちょっと……す、好きな子いますし。今喪中ですし」

 「嫌なことを忘れるのも、好きな女に手を出せない憂さ晴らしをするにも酒と女は良いですよ?さ、今日は私の奢りです!それに腹が減った時はもっと腹が減るようなことをしてその限界まで行った時に美味い店に食べに行くのが最高ですよアルドール様」

 「行ってらっしゃい。勝手にすれば?でもまぁ国王にもなって死因性病とか情けないこと止めてよね」

 「え?ご、護衛はどうするんですか?」


 イグニスが俺達に手を振ると、パルシヴァルが戸惑いの声を上げた。しかしアロンダイト卿ヴァンウィックは足を止めない。そして俺だけではなくもう片方の腕でトリシュの肩を引っつかむ。


 「弟子ー!君もおいでー!秘伝の技を伝授してあげよう」


 既に酔っぱらっているようなテンションだ。大丈夫なのかこの人……


 「しかし師匠。私は……いえ僕はイズーという運命の人がいる以上他の人と遊ぶなんて出来ません。僕は生涯イズー一筋です」


 これで相手があのユーカーじゃなければいい話なのに。何を血迷って女装ユーカーなんかに惚れたんだろうなこの人。


 「馬鹿者が!技を磨かずに本命を満足させられると思うなよ!真実の愛のために、偽りの愛を重ねる!これぞ男の生き様というものだ。解るか?」

 「解りません」

 「ならば解るような男になれ。その頃にはあれも君にぞっこんだろう」

 「は、はい!頑張ります師匠っ!」

 「えええええええええええええええええええええええええええ!?」


 俺の驚愕をものともせずに、この師匠と弟子はろくでもない計画を練っている。

 いい話が数秒で何か悪い男育成計画に塗り替えられた。コートカードって……戦闘運高くてもリアルラックは本当酷いんだな。幸福値を使わなければ日常さえ有利に立ち回れないのか……。ユーカーのこれからがちょっと心配になるが、俺が心配するのは余計なお世話なのかもしれない。


 「ああそうだ。愛のためには何をやっても良い!なぜならそれが愛だからだ。愛とは全ての元素をも凌駕する、人が持つ唯一絶対の力。故に愛の前に全ての罪は許される。法や常識など愛の前には塵と化す!愛こそ力!愛こそ正義!愛こそ真理!」

 「そうだったのか……確かに言われてみればそんな気がしてきました!」

 「ちょ、ちょっと待ってトリシュ!それは不味い!駄目だって!いやあのもし仮に、うん……トリシュがユーカーっていうかセレスちゃん好きでも好きだからこそやっちゃいけないことってあるよね?ていうかあって!っていうかあるから絶対!」

 「……幼い王はまだ愛を知らないのか」

 「アルドール様……お可哀想に」

 「何で俺哀れまれてるんですか!?」

 「好みのタイプを教えていただければ、使用済みで良ければ横流ししようか?」

 「あ、貴方は人を何だと思ってるんですか!?それは俺以前にその人に失礼です!」

 「………ふ、ははははは!面白い!いや、君は面白いな!!まさかあの男と同じ事を言うなんて、あはははは!いや、いや!いいね君!気に入ったよ実に!」


 突然俺の背中を叩いてランスの父ちゃんが笑い出す。


 「え?」

 「桃色なお店は止めだ!後ろの二人も一緒に来ると良い。タダ酒タダ飯ほど美味い物はないと教えてあげよう!」


 俺がよく分かっていない内に彼は今日の計画を変えたらしい。付いてこい=護衛続行との解釈で、初仕事だとパルシヴァルは舞い上がる。


 「はい!護衛頑張ります!」

 「そこまで言ったからには高い物食べさせてくれるんですよねアロンダイト卿?」


 しゅ、守銭奴来た!イグニス……神子になってまでまだそこ直らないのか?ってやっぱりそれじゃあ彼女はイグニス?依然としてそれは不明だが、イグニスが一緒にいてくれると言うだけで心強い。このランスじゃない方のアロンダイト卿はちょっと何考えているか解らないから。


 *


 連れて行かれた店は、確かにそこまでいかがわしくはない。と言うか屋敷で食べていた料理よりも豪華な物が並ぶ高級料理店。メニューの桁の多さに俺は面食らったがイグニスは躊躇せずに人の金だと思って豪遊している。タッパー持ってくれば良かったとか数術で非常食化出来ないものかとか考えてそうな横顔が、イグニスらしくて少し笑った。

 店のジャンルが変わったことで今日は教えることはないと言われたトリシュは「まずは外堀を埋めるべし」との助言を受け、ユーカーに懐いているパルシヴァルの面倒を見ている。注文を取ってあげたり料理を切り分けたりマナーを教えてやったりと下心があるとはいえ面倒見は悪くは無さそうだ。でも外堀の方向性が違う。パルシヴァル落としてもユーカーは落とせないと思う。まずランスを何とかしないと駄目じゃないか?


 「さて、それでアルドール君」


 人前で様々呼んでると面倒臭いことになるからねという前置きの後、ヴァンウィックがそう言った。


 「君は先代のことをどれくらい知っているのかな?」

 「いえ……全然。ユーカーとランスにとって大事な人なんだなってことくらいしか」


 「アルトは……彼は私の友人でね、名前はアルトリウス=C=カーネフェリア。気さくで良い奴だったな。時代が時代なら賢君と呼ばれたのかも知れない。生まれた時代が悪かった。だから彼は道化だった。皮肉なことだが、道化王という彼の二つ名の方が有名かも知れない」

 「道化王?」

 「彼は人を笑わせることが好きでね、よく城でも馬鹿なことをやっていたよ。逆を言えばタロック攻めてくるまで何もやることが無くて、何もさせて貰えない役職だった。だから暇すぎてそういう場所に落ち着いたんだろう」


 内政に関わらせて貰えない。外の敵とだけ渡り合え。それはシャトランジアでのイグニスの立場に似ている。イグニスはその仕事を上手くこなして、最終的にシャトランジアを我が者として動かせるように策を練っている。シャトランジアを動かせなければ、この戦争はタロックが勝つ。カーネフェルは滅んでしまう。そうなればタロックはシャトランジアにも攻めてくる。それがわからないはずないのに、国王はイグニスと対立しているという。

 しかし先代カーネフェル王はイグニスのような人ではなかった。国でのお飾りの地位に甘んじて、その空いた時間でユーカーやランスの父親代わりを務めたのだ。あの正反対の二人から好かれるような人なのだから、余程の人格者だったのだろう。それを隠しているからこその、道化王。ヴァンウィックの言葉の端々からも、彼への親しみが感じられる。初めてこの中年色男が人間らしい顔をした。


 「アルトリウス王の名を知るのは彼の傍にいる者か、彼を陥れようとしている者だけだろう」


 俺も名前を聞いたのは初めてだ。平和呆けのシャトランジア暮らしをしていた俺には、海の向こうの王の情報など殆ど入らなかった。今生きている人を語る歴史書など無い。畏れ多くて普段は口にもしない。だから記憶に薄い。

 しかしそれはタロック王も同じはず。だが悲しいことに人にその名が広まるのは良い王ではなく悪い王。悪名高さがタロックの須臾王の名を内外に広めた。ここでカーネフェル王がタロック王を討つとか、大勝利を遂げたとかならまだ話は別だ。英雄として語り継がれる。しかし小競り合いのような戦。それもどんどん足場を失っていくような、勝ちの見えない戦ばかり。


 「……貴方はそのどちらなんですか?アロンダイト卿ヴァンウィック様?」


 イグニスは冷たい笑みを湛えながら、グラスの液体を転がしている。グラスの中身が店内の照明、光と影に照らされて、異なる色合いを映す。


 「……どちらも、でしょうな」


 イグニスの質問に中年騎士は苦笑した。


 「先代様よりむしろ貴方の話の方がシャトランジア上層部では有名でしたね。彼は波風立てない男でしたが、貴方は波瀾万丈すぎる人生を送っていらっしゃるようで」

 「これが神子様か。いや、怖い怖い。何処まで何を知られているのやら」

 「流石に貴方がこれまで相手にした人の名前を片っ端からなんて情報には興味がないので知りませんが、調べようと思えば調べられます。その程度には僕は何でも知っていますよ。先読みですから」

 「はっはっは!それは怖い」

 「ランス様がああなったのは大体貴方の所為みたいなものですからね。彼には僕も同情しますよ」

 「いや、私のふしだらな生活があれをあそこまで立派な騎士にさせたのならば、親としては本懐でしょう」

 「…………え?」


 イグニスとヴァンウィックの会話に俺は入っていけない。それでもそこからなにか拾える物はないかと耳を澄ませてはいた。

 父親の女性関係のことでランスが反面教師的に成長した。そういう話?大まかにはそういうことなんだと思うけど、どうにも裏がありそうだ。イグニスが含みのあるような声のトーンで話している。俺に何か気付けと訴えるよう……

 じっと二人を見つめる俺に、ヴァンウィックは軽く息を吐いて苦笑した。


 「アルドール君、君はアルトによく似ている。顔はそこまでではないが、雰囲気と性格がとても似ている。だからこそ一つ忠告させて頂きたい」

 「忠告、ですか?」


 「ああ。私は私がしたことについて反省も後悔もしていないがね、それでも大事な友の心を傷付け裏切ったという自覚はある。その点だけは今も後悔しているよ。だから君とあの子が我々と同じ道を辿ることがないように。それを願わずにはいられない」


 何をしたんだこの人は。国王相手に裏切った?傷付けた?それでも友達だったんだろう?それを俺とイグニスに置き換えてみたが、よくわからない。裏切る?傷付ける?……知らず知らずにそういうことはあるかもしれない。だけど、ここまで強く認識する裏切りとは一体どんなものなのか。俺にはまだわからない。


 「まぁ、大丈夫だとは思うのだが。あれは私とは違う。そうそう馬鹿な真似はしないだろう。あれは愛よりも美しい生き方があるのだと思っているからね。あいつがそう思うのならば、いっそそのままずっとそう思い通して欲しくもあり……父親としてはそれさえどうでも良くなるような相手に出会って欲しいとも思う。親父心は複雑な物だなぁ……」


 その言葉の響きから、ランスへの愛情は感じる。嫌われてはいるけれど、嫌ってはいないのだ。唯この男の人は、無数の顔を持つ。父親としての顔、男としての顔。そして騎士としての顔。その生き方の中の一つを選んだ結果が今なのだろう。


 「どうかあの馬鹿息子のことは決して友人だと思わぬ事だ。常に家来と家臣と……なんなら道具か何かと思ってくれて良い。それがあの馬鹿息子のためにもなる」

 「……どうして、ですか?」


 俺はランスを……まだ友達とは思えていない。埋めようのない距離を感じる。だけど道具だなんて思えない。いつかは友達になれたらいいなとは思っていただけに、その言葉は衝撃だった。


 「それはあいつから敬いの心を奪う。王が人に見えたらお終いだ。王は王でなければならない」

 「でも、ユーカーは……」

 「あの二人は似てないようで似ているが、似ているようで似ていない」


 そんな謎々みたいな回し文句で言われても、余計俺が悩むだけ。そのはずなのに妙に納得してしまう。


 「セレス君はあれで良いんだ。うちの馬鹿息子と違って捻くれてはいるがまぁ中身は分かり易く素直な子だ。ランスの馬鹿は素直に見えて頑固でどうしようもない意地っ張りだ。それが悪い方向に出ると何時までも悪いままになる」


 あの二人の騎士の外見と本質は正反対だと男は言った。唯共通点もある分似たもの同士にも見える。例えばそれはネガティブに走るのに、妙な諦めの悪さだろうか。


 「王が相手ならあれは折れるが、セレス君相手だと日頃はどうでもいいくらい折れる癖に、大きな揉め事では絶対に自分からは折れない。王への敬いを無くし親しみだけ残せばそれと同じ事が起きてしまう」


 ランスにとってのユーカーと同じものになってはならない。俺は今、そう忠告されている。

 王になれとはイグニスに何度も言われた。でも王であれ、王でいろと言われるのは初めてだ。そう言われて俺は、もう王になったのかとしみじみ思う。

 一日前の出来事が、今は夢のように遠い。都を無くした俺が王だって……本当に笑い話。


 「あれに親しまれる王になってくれることは大いに結構、私も君を期待している。それでも君は君が王であることを忘れずにいて欲しい。あれを従えるつもりなら、上下関係だけははっきり明確に頭の中に入れておくことだ。でなければ……ろくなことにはならない」


 数術騎士のランスの父親だ。彼に数術が扱えるのならその父親ヴァンウィックも数術が使えてもおかしくはない。しかし……イグニスのような予言の力はないはずだ。それでも今の彼の言葉は……妙な確信を宿していた。


 「目を見れば解る。君はとても優しい少年だ。だからこんなことを頼んでも君には辛いだけだと思う。……しかし私もあれの父親だ。例え相手が王でも出会ったばかりの少年と我が子ならどちらが可愛いかは明白だ」


 だからこれはランスのためのお願いなんだと彼が笑った。


 「必要以上あれに優しくしないで欲しい。甘やかさないで欲しい。あれを哀れむ日が来るのなら、氷のように冷たい瞳で突き放して貰いたい」


 とんでもないそのお願いに、俺は返す言葉も失った。

 愛しの我が子のためにと紡がれた言葉が、こんな酷い言葉で良いのだろうか?この男は本当に我が子をランスを愛しているのか?それがまたわからなくなる。その目はとても優しいのに、その言葉に愛は感じない。


 「あれは鞭の味しか知らない子供なんだ。飴の味を覚えれば、あっという間に駄目な人間になる。厳しさと逆境の中でしか、あいつはあんな風に生きられない男だ。平穏があれには敵。不幸せでなければ幸せを感じられない哀れな子供なんだろうな」


 幸せが堕落へ繋がる。堕落は今のランスにとっては耐え難い屈辱。

 騎士としての幸せとランス自身の幸せの在処。それが離れていること。違う場所にあること、それを彼は認められていないのだろう。

 ランスが何を望むのか、俺には解らない。カードになったその願いだって、騎士としての願い。人としての彼自身の胸の内が明かされることはない。少なくとも俺に吐露されることはない。

 それは彼が俺を王と仰いで、愚痴を離せるような友人として見ていないから。それはユーカーの役目だ。俺だってイグニスにしか話さないようなことがある。だからそんな俺がランスの真意を知りたいなんて探りを入れるのはとても失礼なことだと思う。

 それならそんな話が出来るくらい親しくなればいい。言うのは簡単。だけど彼に近づくには俺から?彼から?どちらから歩み寄ればいいのかと、考えたことがあった。けれど彼は俺に必要以上に近づかないし、俺が近づいても逃げられる。一定の距離を保ったまま、俺と彼との間の壁は隔たったまま。その向こうで彼が呟く言葉を俺が聞くことはない。唯彼が傷ついたような顔をするのが、見えている……見ているだけ。


 口々に言う。誰もが口を揃えて。彼は立派な騎士様だ。ストイックに生きることで、戒めを心に持つことで、立派な騎士を演じている。それが自分なのだと同一化を図っている。

 だけどその言葉が繰り返される度、彼の鎖は重くなる。理想像を押しつけられて、自分との乖離に気付いてもそこから逃げ出すことは許されず、それを演じ続けなければならない。

 ランスも父親同様いくつかの顔を持つ。騎士として、息子として、それから従兄として。ヴァンウィックは一つを選んだ。男としての自分を選んだ。そのために父親としての自分、騎士としての自分を葬った。その際引き起こした行動が、幼いランスを傷付けることに繋がった。

 ランスはだから父親のように利己的な自分を選ばずに、騎士としての自分を選んだ。そして騎士という生き物として生きている。でも騎士って言う生き物は、たぶん人じゃない。そういう生き方は彼の心を磨り減らす。その心の安らぐ場所が、アルトリウス王でありユーカーだった。その王が失われた以上、今はユーカーにもたれ掛かり。ユーカー一人でそれを支えきれるのか?支えきれずに一緒に彼も、何処かへ沈んでしまいやしないか?二人が少し、心配になる。心配したところで俺に出来ることなんて限られているんだろうけど。


 「……それでも俺は、二人が心配です。何も知らないで友達だなんて烏滸がましいこと言えないけど……大切な、仲間だとは思っていますから。向こうにどう思われてようと、俺はそう思ってます。俺が勝手に」

 「……そうですか」


 俺の答えにアロンダイト卿ヴァンウィックは小さく笑い、椅子から腰を上げた。宿の手配をしてくると口にして、彼は支払いを済ませ店を出て行った。

 緊張していたんだろうか。その糸が途切れたように、俺は深く溜息を吐く。そんな情けない様子の俺に、イグニスが助言をくれる。


 「アルドール。それなら君はセレスタイン卿の強化を図る。そのために彼に重心を置いて支えてあげると良いよ」

 「え……ユーカーを?」

 「彼が強くなれば、その分ランス様も支えられる。君が直接ランス様にどうこうってのは余計話をややこしくする。間接的支援が一番だと僕は思うけど」

 「ゆ、ユーカーを支えるかぁ……地味に難しそうな仕事だな」

 「いや、それは簡単でしょ。彼に対しての対応は今まで通りがベストだよ」


 「ランスってどうしてそんなに素出さないんだろう?ランスが自分を出すのってユーカーの前だけだよな?」

 「信用されてないんじゃないの君」

 「ええ!?」

 「まぁ冗談だけど、1割くらいは」

 「9割本当なんだ」

 「そりゃそうだよ、君が彼をゲットしたのは前王の七光り補正みたいなもんだよ。それがなかったら君なんかゴミだよ糸くずだよ生ゴミだよ粗大ゴミだよ」


 俺自身にランスがこれっぽっちも興味がないとイグニスは言う。そこまではっきりとそう言われると流石にちょっと俺も凹む。


 「僕が思うに彼はそこまで自分に興味がないんだよ。父親への反発心と、王への忠誠と、それからセレスタイン卿との友情くらいしか彼の中にはない。立派な騎士をやってるのが前二つの理由から。セレスタイン卿の前では騎士ぶる理由がないことが多いからちらほら素が出る。それだけのことでしょ?」

 「うーん……だからってどうしてそこまでユーカーに思い入れてるんだろうランスは。ユーカーがべったりな理由はまぁ何となく解るんだけど」

 「どんな感じ?」

 「俺の自慢の兄ちゃん格好いいだろデレデレ。たぶんこんなの」

 「君にしてはいい洞察力だね。限りなく真理だ」


 イグニスが俺の答えに頷いた。否定されてもイグニスだなぁと思うけど、たまに褒められるとそれはそれで嬉しい。俺は本当イグニスなら何でも良いんだな。でも彼女の正体もはっきりしていないというのに、何でこんなに好きなんだか。自分で自分が時々わからなくなる。


 「セレスタイン卿は自分へのコンプレックスが深いからねぇ。理想なんだろ、ランス様がさ。ランス様は……外見は真純血として完璧だし、一部残念な面もあるけど基本的にはパーフェクトだ」


 イグニスは割りとランスのことはさらっと褒める。純血だとか貴族様だとかイグニスが嫌いそうな属性はあるのに。それを持ってしてもケチの付けようがない。それに感心、負けを認める意味で褒めているのか?


 「そんな彼がどうしてセレスタイン卿なんかに肩入れしてるのか、それは僕も理解できないよ。それは君や後ろの二人の方がまだ理解してるんじゃないの?」

 「ユーカーの良いところか……」


 いきなり言われても、ぱっと思い浮かばない。つい彼の行動は悪いことの方がすぐに思い出せるから。よく殴られたりするよな俺。次に思い出すのは彼の弱さだ。シャラット領では彼はボロボロだった。そう言うところに人間臭さというか親しみを感じて少し好きになったのは確かだけど。


(ああ!)


 ここまで来てやっと思い出す。


 「たぶん、行動だ」

 「行動?」

 「だってユーカーは俺を助ける義理も理由もないだろ?本人も口ではそう言ってる。だけど俺を何度も助けてくれたよ」


 パルシヴァルがユーカーに憧れたのも彼に助けられたから。トリシュが彼に本格的に傾いたのは、ランスの凶刃から彼を庇った瞬間からだ。


 「ユーカーって一番とか守りたい者を選んでるのに、結構すぐ他人のために命張るっていうか……見捨てられないって言うか、そんな感じで助けてくれるよな」

 「単に馬鹿なんじゃないの彼」


 そしていつになく辛辣なイグニス。世界の均衡警備お疲れ様です。


 「でもずっと傍でそういうところ見てくれば、嫌いになんかなれないだろうし……ランスとはちょっと違うけど、ユーカーもユーカーで立派な騎士に映るんじゃないかな」

 「……つまりランス様にとってはあのセレスタイン卿なんかがよりにもよって理想の騎士ってこと?」

 「じゃないかな。だから王の傍に配置された彼に怒ったり嫉妬したり……それってランスはユーカーみたいになりたかったって意味もあるんじゃないかって……」

 「まぁ……それも勿論あるだろうけどね。ランス様は一筋縄じゃいかないよ。本人自身自分がどんな爆弾抱えてるか解らない時限爆弾みたいなもんなんだから。セレスタイン卿はその通訳係みたいなものだね」

 「爆弾?ランスが?」

 「普段怒らない奴がキレるとどんな風になるかわからないって言うだろ?彼はあれだよ」


 感情的なユーカーと、穏やかを装うランス。その対比に俺は自分とイグニスの関係を思い出す。

 そうだ最初は、抜け殻だったような俺が……イグニスの理不尽な怒りとか嫉妬とか苛立ちとか、そういう負の感情に惹かれたんだ。それがとても人間らしいなって憧れて。傍にいると自分も人間になれるような気がしたんだ。


(そっかランスは……)


 ランスは昔の俺と同じだ。だからユーカーが好きなんだ。

 ランスは人間じゃない。人形なんだ。

山賊レーヴェと、北部の領主ランスの父ちゃん登場。もう少し進めばユリスディカ(ジャンヌ)とマリアージュ(エレイン)出せそう。女分が足りなくて枯渇しそう。

0章は女の子沢山だったので、野郎ばっかりじゃ潤いがない。ヒロインまだかー!

え?イグニス?レーヴェ?身体は女の子ですが精神が野郎みたいなものなんで華がありません。

ショタ分女装分と変態分と補充しても、やっぱり女の子もいないと小説書いてる気がしない。野郎だけの世界なんてファンタジーでもクソ食らえです。

本編は百合分が枯渇してきた。戦争メインだからか、野郎が増えてきたな。

戦う女の子も好きですがインフレしすぎると良くないからな……

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