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4:Duo cum faciunt idem, non est idem.

 「さぁ、イズー!この辺りは木の根が多いですから足下に気をつけて」

 「だからその呼び方止めろって言ってんだろ」

 「なんなら私が抱きかかえて」

 「話し聞けよおい」


 「……つかもう俺この恰好止めていいだろ?こいつ丸め込んだんだし神子、お前の企みも終いだろ?」

 「いいえ駄目です」

 「ふざけんんな!」

 「嗚呼、流石は神子様!なんと慈悲深い!!」

 「俺にとっちゃ悪魔の化身だ!」


 「ランスさん、僕の頭グリグリするの止めて下さいー!」

 「あ、いや……ごめん」


 何だろうこのカオス。アルドールはそんなことばかりを考えていた。

 トリシュを味方に引き入れて、北へ渡る船を入手。今はその船のある場所へと向かっている途中。

 もう意味を成さないはずの女装を無理矢理続けさせられているユーカーと、そんな彼に心酔してしまったトリシュの暴走。ユーカーの嫌そうな顔を見て満足そうなイグニス。

 相方が自分以外の人間にからかわれて弄られてるのに複雑な心境っぽいランス。その精神安定のためかストレスからか丁度手を置くのに丁度いい高さらしいパルシヴァルの頭を怖い笑顔で撫でている。


 「何だよその目は」


 微妙な俺の視線に気付いたのか、八つ当たりしてくる大人げないユーカー。


 「ユーカー、なんか人気だな」

 「嬉しくねぇし!野郎しかいねぇえええええええ!!」

 「流石コートカードは格が違いますね、不運の」


 唯一の紅一点からしてこれだ。イグニスはけたけたと人の悪い笑みを浮かべている。


 「女運が無く男運しかないというのは十分不運かと」

 「てめぇもパー坊も一応コートカードだったよなぁ?」

 「不運を不幸と感じる貴方の心の貧しさという生まれ持った才能が不運なんですよ」

 「カード云々関係ねぇじゃねぇか」

 「ユーカー、イグニスの思うつぼだよそれ」

 「馬鹿!アルドール余計なこと言わないでよ」


 イグニスはユーカーをからかうのが好きみたいだ。俺と出会った頃のイグニスばりに彼限定で貴族いびりに全力投入。


 「……なんかイグニス生き生きしてるよな。怠さの方は大丈夫?」

 「まだ十分怠いよ。だからストレス解消くらいしないとこっちもやってられないっていうか」

 「八つ当たりかよ!俺もう止めるからなこんなの!」

 「駄目ですよ。カーネフェリーの若い男は少ないというのに、こんなに連れだって歩いていたら目立ちます。視覚数術で誤魔化さなければ女装要員足りないくらいなんですから」

 「それなら俺も視覚数術でいいだろ普通に」

 「嫌です。僕は今、数術代償の省エネ中なんです」


 そこでユーカーが折れてあげる必要は無いとも思うんだけども、そこで折れてくれる辺り、なんだかんだでお人好しだ。これ以上ごねてもイグニスが要望を受け入れてくれるはずがないと解っているのかもしれない。最終的にこうなるなら、それならいっそのこと最初から文句言わずに従ってくれれば楽なのに。そうは行かないのが真純血貴族のプライドって奴なんだろうな。


 「そんならランスでもトリシュでも良いから服脱げ!俺の変わりに女装しろ!」

 「セレスさん、僕で良ければ代わりますよ?」

 「気持ちは嬉しいが、お前の服じゃサイズ合わねぇんだよ」


 ユーカーにがっくり肩を落とされて、困った顔のパルシヴァル。かと思いきや、苦悩の表情のトリシュが踊り出る。


 「私とイズーが衣服の交換着用。それはつまり先程まで彼女が羽織っていた、彼女の白魚のような肌を包んでいた服を私が纏い、私の服を彼女が!サイズが合わず着せられている感のある私の服を彼女が!嗚呼……そしてこの一体感!まるで疑似せ…(以下自主規制)!!」


 彼女じゃねぇよと多分、全員が心の中でツッコミ入れたと思う。ユーカーもドン引きの様子で、ランスの方へと逃げていく。


 「やっぱこいつきもいから無しだわ。ランス、てめぇの上着貸せ。なんなら下も貸せ」

 「お前はどこの追いはぎなんだ?」


 過酷な要求を突きつけられても苦笑で流す、そういう顔は何時も通りの格好いいランスに見える。でも今となってはどっちが素か端から見ている俺には、よくわからない。

 無茶な言葉でも、久々に相方に構って貰えて嬉しそうでもある。そういう解釈をすると、彼も意外と子供っぽいというか可愛らしいところがあるんだなぁとしみじみ思う。


 「大丈夫大丈夫。ほらお前は自他共に認める美形だろ。美形は何してても美形だから半裸でも全裸でもなんら問題ないだろ。どうせあのクソ神子が視覚数術かけてくれるんだし。っていうか夏場で暑いだろ?これはお前のためを思ってのことなんだってことでさっさと脱げ。そして服寄越せ」

 「その理屈だとお前も問題ない。もっと自分に自信を持て。あと暑いだろ?」


 鸚鵡返しの恐ろしさ。言いくるめようとした言葉全てが自分の方へと返される。相手を言いくるめるための言葉だ、反論されるなんて思わない。故にそれを言われたときの返答に困る。それでもそこですかさず言い返せるユーカーは口が達者だ。


 「馬鹿かお前?俺が半裸だの全裸になってみろ。問題しかねぇだろうが。トリシュの馬鹿がどう出るかもわかんねぇし大体……」


 どうせ男しかいないのだし問題はそんなにないんじゃないかと言うランスに、ユーカーが押し黙る。神子は女だろうがと言いかけて、それを咄嗟に飲み込んだのだ。

 ああ、そうだった。ランスはイグニスが女の子だっての知らなかったんだった。


 「んなこと出来るか。俺は騎士だぞ貴族だぞ?そんな屈辱に耐えられるか」

 「それなら俺も騎士だし貴族なんだが」


(これは並行線だな……)


 何気にどっちも石頭なんだなこの二人。流石は親戚。流石は従兄弟。似てないようで似たもの同士だ。


 「解った。それじゃあ俺が代わるよ。俺とユーカーならそんなに背丈も変わらないし服のサイズも何とかなるだろ」

 「ったく、最初からそう言えよな」

 「ってユーカー、何で俺が怒られてるの?」

 「気の利かないお前が悪い」

 「あーはいはいそうですねー。ってなわけで視覚数術の対象者切り換えよろしくイグニス」

 「別に良いけど……君って本当プライドないね」


 南部から都までの旅で、もう女装に慣れたと言うのだろうか。最初の頃みたいな抵抗も薄れた。でもあの頃はフローリプが、ルクリースがいて。俺の髪を弄って遊んでいたなと思い出すと……涙腺が緩んでくる。嗚呼、馬鹿だな俺。こんなこと思い出すなら安請け合いしなきゃ良かった。


 「……はぁ」


 そんな俺の目に気付いたのか、ユーカーは「やっぱいい」と俺から離れる。


 「え?」

 「もういいっつってんだよ。もう着いたみてぇだし着替えてる暇もねぇ」


 丁度その時、光が見えた。森を抜けたのだ。そこには小さな、それでも立派な屋敷がある。

 景観は素晴らしい。屋敷は高台にあり、その下には大河が見える。


 「……ここは?」


 俺の疑問を受けて、ユーカーが意見する。


 「都貴族の別荘か?」

 「ええ。時折晩餐会などに呼ばれていまして。その際にいざというときの脱出用の船が用意されていることを知りまして」


 トリシュは頷いて、ささと俺たちを誘った。なるほど、確かに屋敷の裏の岸辺には一艘の船が用意されている。


 「そんなことよりだ。橋は俺が落としてきたし、船があるって言ってもザビル河の激流をどう突っ切るかって話だぜ」

 「セレスタイン卿にしては建設的なことを言いますね」

 「神子様、如何に神子様と言えど私のイズーを貶める発言、軽んじる発言は慎んでいただきたい」

 「今朝までお前も似たようなキャラしてたけどな」


 ユーカーのツッコミを全力でスルーするトリシュ。


 「そうですね。船はなかなか丈夫ですし突っ切るって事も出来るとは思いますが……ランス様?」

 「はい?」

 「ランス様は確か水の精霊によく懐かれる方でしたよね」


 イグニスは水の精霊の力を借りて、海路を切り開いて欲しいとランスに頼む。ランスは火のクラブのカードだが、何かと水と縁がある。彼の養母が湖の精霊だということが関係しているのかも知れない。

 もっとも本当なら水属性のハートカードのイグニスの方が合っているような気もする。でもコートカードは元素の加護が薄いと言うし、適役とは言えないのかも。


 「しかしイグニス様。俺は淡水精霊は呼び出せますが、海水精霊とはあまり」


 どうにもランスらしくない返答。てっきり快諾が返って来るとばかり思っていた俺は驚いた。


 「え?でも前にランスの養母さんと海の精霊は知り合いだって言ってなかった?」

 「……精霊同士は仲が良いですよ。でも俺は人間ですから、俺を拾ったことに関しては余所の精霊との折り合いも悪いんです」


 カルディアに届いた魚介類の山。あれは海からの贈り物であったはずだ。しかしこの間の贈り物は、ランスの母さん宛に送られてきたものの横流しであって、ランス本人に送られてきたものではないと言う。


 「水の精霊にもいろいろあるんだな……」

 「まぁ……水の精霊は、同族にはべったべたに甘い分、他族には風当たり冷たいっていうかそういうところはあるよ。特に僕らの殆どは天敵の火の人間だし」

 「あ、そっか。俺もランスもユーカーも火だったよな」


 イグニスの解説に俺は納得。数術マスターの神子が言うからには説得力がある。それに水の人間であるイグニスもそう言うところあるから凄く合点がいった。


 「……あれ?でもイグニスは水だろ?あとパルシヴァル君とトリシュさんは?」

 「パルシヴァル君はペイジだからね。発現するまでは何とも言えないけど……お二人の出身地は何処でしたか?」

 「こいつはカーネフェルだと思うぜ。だよなパー坊?」

 「はい!」

 「それなら恐らく彼もクラブでしょうね」

 「ほんと、カード偏ってるなぁ……」


 パーティの殆どが火属性ってどうなんだ?弱点突かれた場合コートカード以外は危ない気がする。

 不安げな俺の隣で、イグニスはトリシュに同じ質問を投げかけていた。


 「それでブランシュ卿は?」

 「私は……シャトランジアですが」

 「ああ、なるほど。だから紋章がハートだったんですね。これで合点が行きました」


 そう言えばまだトリシュのカードを俺は見ていなかった。


 「なんか今更だけど、これからよろしく。トリシュ」


 俺は手袋を外して、カードの裏表を彼へと見せる。

 まさか王が一番弱いカードだとは思っていなかったのだろう。トリシュは青い眼を見開いている。


 「アルドール様はAなんですか」

 「俺以外の王もそうだよ。Aだからっていう理由で、俺はイグニスから王に推薦されたんだ」


 王が最も弱い。それは革命……下克上、反乱混乱を招く要因。そんなものを部下になる者に見せるなんてと思うかもしれない。だけど、だからこそ俺は見せたい。


 「俺は王としてもカードとしても頼りない人間だけど、それでも……俺を王と呼んでくれますか?」


 仕える気がなくなったというのならそれはそれでも仕方ないことだと思う。

 ……暫くの無言。その後彼が跪く。


 「ご謙遜を」


 トリシュは笑っていた。


 「貴方が価値なき人ならば、我が友が貴方に仕えることはなかったでしょう」


 ランスが俺を認めたなら、それだけで俺が賢君に足ると彼は言う。


 「それから私のイズーを従えるほどのお人です。そんなことが出来たのは先王様と我が友くらい。そしてそのどちらも素晴らしい人だと私は考えます」


 だからあの一筋縄では行かない彼を上手いこと従えている(ように見えるらしい)俺を王と扇ぐことに疑問はない。彼はそう言ってくれた。


 「別に俺はアルドールに仕えてねぇけどな」


 ユーカーがふて腐れているが、トリシュはくすくす笑っている。


 「失礼。彼の我が儘を受け流すアルドール様に器の大きさを見ました」

 「俺は我が儘じゃねぇ!!」


 ユーカーは大層ご立腹だが、庇われたことで心底胸を射抜かれたのか、そんな表情も堪らないとトリシュはご満悦の表情だ。


 「此方こそよろしくお願いします、アルドール様」


 手袋の下、彼も見せてくれる。手の甲のハートの紋章に、Ⅶの文字が刻まれた掌。1スートがペイジを入れて14枚 なら丁度中間のカードだ。可でもなく不可でもなく。元素の加護と幸福値、そのバランスに優れていると言えるかもしれない。彼自身の騎士としての強さも期待できるから、心強いとも思う。

 イグニスがあんな無茶(主にユーカー的な意味で)をさせてまで味方に引き入れようとしたのだから、やはりなにか意味があるのだろう。

 ユーカーは嫌そうだが、都を追い出されて心細い身の上。味方になってくれる人がいるというのは本当にありがたいことだ。


 「ああ、よろしく」


 俺は彼と固い握手を交わして……彼を立ち上がらせる。何時までも跪かれているというのも気が落ち着かないし照れる。


 「ただし我が君。万が一この予言書のように私のイズーを娶ったりなんかなさいませんように。その際は誓いを破棄し貴方の首を取りに行きます」

 「ああ、それなら大丈夫。末永く仲良くやっていけるよ」


 例の恋物語の本を片手に脅迫してくる新しい騎士。面白い人だなと思うが、自分がその妙な三角関係に組み込まれては堪らない。ユーカーは嫌いじゃないし人としては好きだけど、それはトリシュのようなあれではないし、ごめん被りたい。


 「王様ー!僕も僕も!」


 トリシュの真似をして膝をついて手を伸ばしてくるパルシヴァル君。うん、この子癒される。片手で握手をしながら俺までしゃがみ込み彼の頭を撫でたくなった。


 「痛っ……ってこのパターンはイグニスだな」


 頬を抓られる痛みに横目を向ければ、そっぽ向いたイグニスの手が見える。


 「君ってさ、そういう無邪気系の子に弱いよね。ギメルとかギメルとかギメルとか」

 「そんな俺をどこぞの馬の骨を見るような目で見なくても」


 流石はシスコン……あれ、イグニスが女の子ならブラコンになるのか?っていうか結局ギメルって何者?イグニスが女ならギメルが男?…でもそういう言い方をしたらイグニスは怒っていたし。それならギメルも女の子?でも混血は必ず男女の双子で生まれるんだろ?姉妹だったら……それじゃあ二人は純血?駄目だ。頭が痛い。


(……でも、今のなんでイグニス怒ったんだ?)


 ギメルというものがありながら、余所見をするなってことなんだろうか?

 イグニスは本当に妹(もしくは弟)想いだな。


 「何にやにやしてるの?気持ち悪いよ君」

 「いや、やっぱりイグニスは優しいなって」


 いや今の話の流れからどうしてそうなるんだよっていう、呆れてもう声も出ない様子のユーカーの冷めた視線のツッコミが見えたが俺は気にしない。

 イグニスは俺の言葉に咳払い一つ。聞かなかった振りで話題を元の方向へと戻す。


 「……まぁランス様の精霊加護が使えない以上仕方ありませんね。突っ切るしかありません。この船壊す覚悟で帰りは余所で船を手に入れるしかありません」


 名も知らぬ都貴族の人ごめん。でもユーカーとかランスの話を聞く限り、都貴族の人ってあんまり良いイメージないし、この一週間でその認識も強まった。あんまり心は痛まない。


 「緊急事態ですし」

 「お前王様だろ?しゃんとしてろ」


 ランスもユーカーも何だか良い笑顔。ユーカーは屋敷から着替えをかっぱらおうとさえしていたが、悪趣味すぎてろくな服がないと愚痴をこぼしていた。


 「まぁ、徴収ってことでいいよね。どうせこれ国庫からくすねた金で豪遊してたんだろうし」


 イグニスもいい気味だと笑っていた。小一時間かけ、運べる程度の必要最低限の物資を積み込んで、ようやく俺たちは船を出す。

 激流の中スピード何とか舵を取るのはイグニスの計算だ。波の動きを読み取って自動運転をさせている。それもいろいろ消費する数術なんじゃないかって心配すれば、「契約だから大丈夫」と言っていた。

 イグニスは神子を継いだ時、先代とか先々代とかその前からとかの神子を祝福していた精霊の加護を得たとか何とか。


 「まぁ、僕の精霊はいろいろ触媒に関して五月蠅くて使い勝手悪いから、出来ればランス様みたいな精霊に好かれてる人の方が効率よく使役できるんだよ。あれは純粋に好意だから触媒とか代償払う必要ないし」


 「おまけに僕水属性でしょ?水属性って火の次に風の精霊と相性良くないんだよ」


 風の精霊を使役するのには神経を使うとイグニスは溜息を吐く。


 「風の精霊と一番相性いいのは火の人間だから、君らの誰か気に入ってくれたら僕も楽なんだけど」

 「え?風の精霊は風属性の人間と一番相性良いんじゃないの?」

 「見た感じエルス=ザインはたぶんタロック出身だろうし風のスペードのペイジだとは思うよ。彼もそれなりに風の精霊使いこなしてたし」


 でも一番の相性ではないとイグニスは言う。


 「風と一番相性良いのは火。つまりクラブの君たちだ。前に言わなかったっけ?」

 「いや、聞いたかも知れないけどあの時は……火と水が相性最悪って聞いたので頭がいっぱいなったというか」


 しかし聞けば聞くほど、妙な話だ。イグニスが言うには、風は火、火は風、水は土、土は水と最も相性が良いのだと。


 「納得いかないって顔だね」

 「そりゃあ。だってその話だと水の中に住んでいる魚より、水に好かれてる生き物が居るみたいな話だろ?」

 「動物で考えるから駄目なんだよ。自然現象で考えるのがベターだよこの場合」


 豊かな土壌を作るのは水。火を熾すのも消すのも空気、つまりは風。水を塞き止めるのは岩、つまりは土。空気を燃やすのは炎。まぁそんな感じで相互作用で世界を構成している。だから相性が良いと考えられているらしい。


 「精霊っていうのは数術学では元素の塊が集まりすぎて意思を形成した形状のことを表す。つまり心があるってことだね」

 「心か……」

 「うん。精霊はある程度は自分大好きだけど、そこまでナルシストってわけでもない。だから自分と違うところがある者を好むんだ」

 「なるほど、面白いな」

 「ランス様の凄いところは天敵と言っても良い水の精霊に懐かれているってところだね。まぁ、正し淡水に限るって条件が付くらしいけど」


 「まぁ彼は例外中の例外。基本的には君たち火の人間は風の精霊に懐かれやすい。その逆で火の精霊は風の人間と相性良かったりするんだよね。だから風のカードの多いタロックがカーネフェルに踏み込むと、それだけであっちが有利になったりってあるんだよ。精霊に懐かれたりなんかする前に、片を付けたいところだね」

 「あ、だからか。エルスが最初にあの村を焼いていたのって、もしかして……」

 「生け贄でも捧げて、でっかい火の精霊呼び寄せて契約でもする気だったのかもね。生憎その前に君があの村の炎を従えたからそうはならなかったけど」


 「それはそうとイグニス……」

 「何?」


 イグニスが得意げに知識をひけらかすのを見ているのは好きだ。だって楽しそうに彼は、無知な俺に教えてくれるから。君は馬鹿だなぁとか言いながら、意外と律儀に丁寧に教えてくれるイグニスの笑う顔。それを見ているのは楽しかった。昔からそうだ。屋敷にいた頃だって、俺が家庭教師の先生に教えて貰って解らなかったことを、窓の外から聞いていたイグニスが俺を馬鹿にしながら教えてくれたことがあった。あの頃に帰ったような気持ちになれるのが好きで、だからもう少し聞いていたいと俺は……ちょっと無理をした。


 「調子に乗って話してたら……何だか気持ち悪くなってきた」

 「君、馬鹿?」


 最初こそ船には慣れたと思い上がっていた。しかし酷い揺れだ。船酔い地獄。

 俺に至っては乗船五分程度で……立っていることもままならなくなった。それはユーカー、パルシヴァルも同じだ。ランスが少しだけマシというか、一度の嘔吐もなく美形イメージを保持している。別次元としては水属性のイグニスとトリシュだけが、平然としている。狡い、羨ましい。


 「嗚呼、大丈夫かい私のイズー!今水を持ってくるからね!」

 「てめぇ……妙な薬持ってきたら海の藻屑にしてやっからな」

 「はいイズー。水だよ」

 「あからさまにっ!毒々しい色合いじゃねぇか!!こんなショッキングピンクな水があって堪るか!どこの汚染水だ!?全世界の水に謝れ!」


 激怒のユーカーがコップごと床に叩き割る。介抱する振りして媚薬を飲ませようとは、油断のならない騎士が世の中にはいたものだ。


 「何を言うんだイズー!船内は私と君のフラグスポットじゃないか!この本にもそう書いてある。君はここで誤って飲むべきなんだよこの媚薬を!」

 「だから俺をお前の脳内彼女に具現化するなって言ってんだろ!」

 「げ……元気ですね、セレスさん……トリシュさん……」


 具合が悪いにも関わらず、青い顔でトリシュとやり合うユーカー。その言い争いが頭に響くのか、辛そうなパルシヴァル。

 死屍累々とした船内。ユーカーも無茶してる。俺だったら無理。あんなに騒いだらまたリバースしそう。見ているだけでも吐き気が移る。


 「まったく情けない男だね君は」


 イグニスはそう言いながらも、背中をさすってくれる。そうしてくれるイグニスの手は冷たい。俺のために冷却数術でも使っていてくれるのだろうか。


 「イグニス……俺はもう大丈夫だから、パルシヴァルとかの方……頼む」


 俺だって船酔いで辛いんだ。俺より幼いあの子はもっと辛いだろう。そう訴えれば、イグニスは小さく笑う。優しい笑みだ。その目は俺を馬鹿と言っていたが、それでも……優しい笑みだった。


 「解った」


 彼女はそう言って笑うから、それを見た俺は何だか安心して……急に眠くなってしまって。流れるよう、流されるよう……睡魔に身を預けた。


 *


 気持ち悪い。頭痛い。吐き気がする。だけど眠れない。眠ったらお終いだ。最悪人生の終わりだ。

 ユーカーは二つの理由で魘されていた。船酔いを免れたトリシュの相手をしていた所為で船酔いが悪化し、もう起き上がるのも億劫で。

 かといって油断している内に得体の知れない液体なんか飲ませられたら堪らない。この世の中に人の心まで操るような惚れ薬なんてもの存在するとは思えないから、この怠さに加えて発熱という症状を招き悪化させるような代物だろうあれは恐らく。そうじゃなかったとしてもあんなもん毒物と紙一重だ。そんな表に出回らないやばそうな薬飲ませられて堪るか。


(こんなことになるんなら庇わなきゃ良かった……)


 どうしてこうなったんだしかし。俺は唯、ランスに友人殺しをさせたくなかっただけだ。俺ほどじゃないにしろ、あいつだってそこまで友人の多い奴じゃない。俺はトリシュなんか嫌いだが、あいつは認めるところもある友人だと言っていた。


(いや……でも、まだマシか?)


 あの決闘の際にチラ読みしたあいつの本曰く、あいつの前世の恋人もとい空想脳内彼女は金髪で、回復魔法の使い手だった。俺はそんなもん使えないから、もし女装してたのがランスか神子だったらと思うとそれはそれで問題だったと思う。

 あの神子は自分とそれからランスに火の粉が降りかからないように、俺を人身御供に差し出したわけだ。

 そりゃあ俺だって、自慢の従兄が揉め事に巻き込まれるよりは俺が身代わりになった方がマシだとは思う。あいつの経歴にヒビが入ることがあってはならない。そのための俺なんだから。


 「お前が黙っている時は、大抵ろくなことを考えていないときだな」

 「……ランス」


 いつの間にか従兄が、俺の隣に腰を下ろしていた。蹲っていたからか、寝台にはスペースもある。その手には盆があり、その中にはコップがある。

 まさかこいつ友情のためにとうとう身内の俺まで売り飛ばす気か?トリシュの言いなりになって何食わぬ顔で妙な物飲ませに来たんじゃ……恐る恐るそれを覗き込む。しかしそんなに変な色はしていない。覚えのある果物の香りだ。


 「神子様が言うには、船酔いには林檎がいいそうだ」

 「へぇ……」


 自分だって体調悪い癖に、わざわざ摺り下ろしてきてくれたのか。どっかの馬鹿とは大違いだ。一瞬でも変なことを考えた自分が恥ずかしい。


 「もしかしたら俺がお前達ほど酔わなかったのはお前のおかげかもしれないな」

 「は?」

 「作ったケーキ、結局食べる暇なかっただろ?」


 言われてみれば、俺はこいつに何かリクエストしてたよな。アップルパイかミートパイとかって……


 「お前は味見したって事か」


 狡いと睨み付ければ、食意地張りすぎだと笑われた。


 「そりゃするよ。失敗なんかしたら人に食わせられないだろ」

 「お前の料理は味は美味いぜ。時々っていうかいつもっていうか8割方、見てくれの方が発禁レベルだけど」

 「だって、それは勿体ないじゃないか。味が問題ないなら別に捨てることはないだろう?」

 「お前の価値観が俺は時々わかんねぇや」


 俺も小さく吹き出した。笑うと少しだけ気分的にも楽になる。あと林檎美味ぇ。


 「そういやあいつらはどうした?」

 「アルドール様は寝込まれて、イグニス様はパルシヴァルの看病をして下さっている」

 「………あ、そ」

 「トリシュは」

 「別に聞いてねぇ!」

 「そうか?ちなみにあいつは甲板で竪琴を弾いている」

 「殴って来ても良いか?」


 俺が肩を振るわせると、ランスが笑う。


 「そう言わないでやってくれ。あいつなりに心配してるんだよ。お前やアルドール様のために何かできないか考えた結果の行動で」

 「音楽で船酔い治るんなら俺だって考えてやるよ」


 確かに耳を澄ませばポロンポロンと聞こえてくる旋律がある。あいつ何処から楽器なんか持ち出したんだ。馬に乗っていた時はそんなの持って無さそうだったのに。あの屋敷でよく演奏させられていたみたいだし、常備していた楽器でもあったのだろうか?


 「……まぁ、曲はいいけどよ。あの歌詞なんとかなんねぇのか?」


 さっきからイズーマイラブとかって聞こえてくる歌詞が腹立たしいし、一回聞くと耳から離れず寝苦しい。


 「ああ、俺も歌うならせめてお前の本名にしてくれと抗議はしたんだが」

 「抗議のポイントが違ぇよ」

 「だが、代名詞的な意味合いか大きく聞き入れて貰えなかった」

 「お前も俺の話聞いてくれねぇよな結構」

 「ああ見えてもトリシュは照れ屋で、お前を名前で呼べないらしい」

 「何処の世界の照れ屋が寝込み襲って媚薬飲ませようとするんだかな。小一時間あいつに問い正してぇところだ」

 「そうか」

 「何笑ってんだよ?」

 「いや……俺を止めてくれてありがとう。お前が居てくれて助かった」

 「………………おう」


 突然礼を言われるなんて思わなかった。だから変な答え方しか出来なかった。しかし考えてみれば礼を言われるなんて妙だ。


 「どうかしたか?」

 「……むしろ俺はお前に嫌な思いさせたんじゃねぇかって思ってた」

 「どうしてそう思ったんだ?」

 「カードだよ。お前の方が優勢だった。誰の目から見ても明らかだ。だけどトリシュの方が下位カード。幸福値でお前はあいつに負けている」


 そう、俺の行動は……こいつにとって嫌味に映っても良いはずだ。礼を言われるようなものじゃない。


 「俺があいつを庇ったのは……お前にカードの幸福値の差を見せつけたってことだろ?俺は俺がコートカードだから何とでもなると思ってあそこに踏み込んだんだ」

 「違うな。お前は、例え上位カードでも同じことをしただろうさ」


 妙な確信めいた言葉遣いで奴が言う。俺を買い被りすぎだと笑っても、その目は引き下がらない。本気の目だ。


 「俺は本当に何というか……先日イグニス様にも叱られたんだが」

 「神子に?」

 「お前は自分という物がなさ過ぎる、だったか」


 ランスが何を言いたいのか。よく分からないが、それは本人も解っていなさそうだ。だからこんな言い方しかこいつは出来ないんだろうな。


 「つい仕事とか命令をされてしまうと、俺は余計自分が見えなくなる」

 「お前は真面目だからな」


 別に悪い所じゃないんじゃないか?不真面目より余程いいだろと言ってやるがあいつは首を振る。


 「俺も片目を隠せば何か見えてくる物があったりしないだろうか」

 「は?」

 「お前は俺より見ないようにしているのに、俺より多くを見ているような気がしてならない」

 「ランス……?」


 突然何を言い出すんだろうこいつは。時々突拍子のないことを言う奴だとは知っていたが。


 「お前がああしてくれなければ……俺はトリシュを殺していた」


 私情ならそんなことはしない。止まったはずだそのまえに。それでもそれが仕事なら。立ち止まれない。立ち止まれなかった。そこから私情に戻させたのはお前の力だとランスは言う。


 「俺は本当に馬鹿な奴だよ。お前がいてくれなければ、俺は俺がなんなのか、俺の心さえわからなくなる」


 その言葉だけで救われた気分になった。例えそれが嘘だって、俺は救われたことだろう。少しでもこいつの支えになれたなら俺も本望だ。他に何も望まない。

 俺の笑みに気付いたランスは、俺が何故笑っているのか解らないと俺を見る。俺は別にランスを笑っているわけではない。こいつもそれは解っている。だから、解らないと俺を見る。

 その視線に答えたのは、気分が大分良くなったから。言っても良いような気がした。


 「……昔、お前が言っただろ」

 「え……?何を?」

 「要らない物は全部捨てて、時間全てを剣に捧げて……立派な騎士になろうって」


 それは確か、忘れもしない。俺がアスタロットを失ってしばらく。惚けていた。何も手につかず、いつもぼーっと時を無駄に送った。空虚だった。毎日が。

 そんな日にこいつは、俺に目標をくれた。俺が怠けている内にこいつはどんどん強くなった。その背中が遠かった。憧れになった。いつか追いつきたいと思った。


 「だけど俺はお前ほど何にも出来ないから……やっぱ無理だったんだわ。捨てきれない物も、嫌なことも多くて、ずるずる引き摺って……結局立ち止まっちまった」


 頑張ろうと誓ったはずだ。だけど寄越されたのは下らない任務。最初は耐えた。だけど、俺は短気だった。お前ほど我慢強くない。そして……怒りに負けてしまった。


 「俺はずっとお前みたいになりたかったんだ。だけどあんなつまらない任務……お前と同じことをしていてお前に追いつけるとは思えなかった」


 そう思うとまた虚ろ。日々が意味を無くしていく。お前に殴られ喧嘩して、距離が溝が広がった。お前はつまらない任務をこなし、着実に信頼を勝ち取った。都貴族がお前を貶めようとしても、都の民がお前を守った。お前が彼らをいつも守ってきたからだ。

 だけど俺は都を空けていつも何処かを渡り歩いていた。民の目に着かない場所で、破落戸達を始末する。任務をこなす度に、敵ばかりが増えていく。それは敵だけでなく味方内からも。

 自分たちはぬくぬくと簡単な仕事しかしない癖に、嫌味だけは一人前だ。命懸けの任務をこなすのは、てっとり早く王の力になり、信頼を勝ち取り出世するためだとか、そんな馬鹿みたいな理由で僻まれた。別に俺はそんなの望んじゃいなかったから、素行を悪くして騎士らしくなさを求めた。粗野な言葉遣い、何も恐れぬ不遜な態度。王の傍に置くには相応しくない男になった。

 だけどそうなったらそうなったで、嫌味を言う奴は後を絶たない。こんなもんが騎士かと思うと馬鹿らしくて、何もかもが嫌になった。


 「結局、別のことをしたってお前にはなれないんだよな。俺は俺だから。お前の青を羨んでも、俺は俺以外にはなれないんだ」

 「ユーカー……」

 「けどな、そう思った瞬間から……腹括ったんだ、俺」


 お前みたいになれないなら、俺は俺のやり方で王を守る。お前になれないなら、お前に出来ないことをしよう。俺が騎士で居続けたのは王とランスのためだった。二人の力になるための汚れ役なら幾らでも、喜んで引き受けてやる。自分が惨めになればなるほど、俺の理想は輝き出す。それはそれで、俺にとって……幸せなことだったんだ。


 「俺は俺が認められるより、お前が人に認められる方が嬉しい。お前が褒められるのが嬉しい。お前が民に慕われるのが誇らしい。俺の自慢の従兄が立派な騎士でいてくれるのが……」


 踏み台になってでも、こいつが高く飛べるなら俺は笑って見送れる。憧れとか理想とか、そういう奴を少しでも支えられたなら……それって凄く幸せなことだろ。


 「俺は自分が同じところで同じ扱い受けたって、そういうの想像出来ねぇんだよ。だから全然嬉しくもねぇ」


 俺は自分を立派な騎士だと思えないし、それは一生かけたとしてもそう思える日は来ない。


 「俺は俺の青を未だに誇れない」


 こんな薄すぎる青。素行や言葉遣い直したところで、真面目に働いたところで……認められはしないんだ。分かり切ったことなんだ。


 「だから俺は全員に認められたいとは思わねぇし、認められても嬉しくねぇ。俺は俺が認めた奴に、認められたらそれでいい」

 「……お前、本当にそれでいいのか?」


 そう聞いてくるランスに向かって俺は笑えていただろうか?よくわからない。この部屋には鏡がないから。たぶん、あいつにしかわからない。


 「お前に救われてたんだ。こんな目をお前は……褒めてくれただろ」


 綺麗な空だって。そう言ってくれたのはランスとアスタロットだけ。俺はそれだけで良かった。他に何も要らない。他の奴が俺の青を罵ったと見下したとしても、俺は胸を張って俺の誇りを纏っていられる。


 「……ああ。綺麗な色だと思う。俺はお前の青が好きだよ」

 「そんな酔狂、世界に何人いるんだろうな」


 あいつは綺麗な青で微笑を浮かべる。惨めな俺は溜息と共に自嘲の笑み。


 「……俺はそんな酔狂な奴が気に入った。だから、そんな馬鹿のために俺は騎士でいるんだ」


 何もお前を守ると言ったのは、お前が血縁だから身内だから、そんな理由からじゃない。

 気に入ったから、救われたから。だから救う者でありたいと思っただけなんだ。


 「俺は俺の理想のお前が、道を踏み外すところを見たくなかっただけだ。俺の知っているお前は友人殺しなんてしないから」


 それが王の命令なら兎も角、あれは神子の命令だった。いつものお前なら、あそこでアルドールに指示を仰いでいたはずだ。そうしなかったのが、おかしかったんだ。何かが、変だったんだ。


 「って何長々と語ってんだろな俺は。悪い、忘れてくれ」


 話したいことを出し切ってしまうと、急に恥ずかしさが浮かんでくる。俺はランスに背中を向けて、壁の方に寝返りを打つ。


 「…………俺は」


 そんな俺の背中に奴が言葉を溢していく。


 「俺はずっとお前になりたかったし、お前に憧れていたよ」

 「………………は?」


 幻聴だろうか?思わず首を向ければ、あいつは少し悲しそうに笑う。


 「お前は不思議と人の心まで入っていける奴だ。何にも捕らわれず自由気ままに、動けるお前が羨ましい」

 「それは単に俺が……命令違反ばっかりするってだけだろ?」

 「お前は騎士としては確かに未熟だ。だけど、お前は騎士の中にお前自身を持っている」


 自分との対比をするような、ランスのその言葉。


 「……違うな。俺は騎士になりすぎて俺を見失ってしまったが、お前は騎士になっても騎士になれずお前のまま騎士でいるんだ」


 どっちが良いことで悪いことかは解らない。しかしこいつは見失ったその自分というものを探しているようだった。

 俺からすれば、騎士というか今のこいつが既にこいつのような気がするのだけれど……言われてみれば昔と何か違っているような気もする。心の中にぽっかりと空いた穴が垣間見えた。

 こいつは鎧を纏った騎士。だけど鎧の中に誰もいない。理想の騎士という言葉が鎧の中に響くだけ。さながら偶像崇拝だ。こいつは何処にもいない。それが悲しいのだと空っぽの鎧が泣いている。血と肉と、骨は何処に?鎧が泣いている。


 「アルドール様がお前を信頼しているのだって、トリシュがお前に惚れたのだって、お前がそういう奴だからだ」

 「なんか後半の方は聞かなかったことにしてぇ個人的に」


 茶化してみたが、こいつは笑わない。笑えないのだ、そんな言葉ではこいつを救えない。

 こいつを救うのは多分言葉じゃなくて、行動なんだろうなと、ぼんやりと考えた。


 「……そんなら、傍にいてやる。お前が嫌がってもいてやる」

 「…………」

 「俺の知っているお前と違うお前が現れたら、お前が何か間違えそうになったらぶん殴ってでも止めてやる」

 「……俺が、ちゃんと立ち止まれなくてもか?」

 「その時はその時だ。もっと修行しとくんだったぜって笑って死んでやる」

 「どうしてそんなことが言えるんだお前は!何があってもそんな風で居られる保証なんか……!!」

 「だってお前はお前だろ。何かあっても、変わっても所詮お前はお前だろ。それとも何だ?凄ぇ騎士様はお前以外の何かにでもなれるって言うのか?そりゃ凄ぇ!」


 そう言って嘲笑ってやれば、ランスは言葉を無くす。言い返せるわけがないだろう。この俺がここまで言ってやっているんだから。


 「いいか、俺はお前が気に入ったんだ。お前がお前である以上、この俺が気に入ってやった奴はお前以外には成り得ないんだ」

 「…………でも」

 「俺は一回気に入った奴を、見限るなんて阿呆なことはしねぇ。そんなことをするくらいなら、最初から気に入らねぇ!こっちはそのくらい覚悟して、てめぇを気に入ってやってんだ!だから自信持て!誇れ!お前は凄ぇ奴なんだ!」

 「………………ありがとう」


 そう呟いたあいつの両目が光っていた。船が揺れた瞬間、その輝きが涙に変わり落ちていった。

 こいつが泣く所なんて何年ぶりに見ただろうか。本人も恥ずかしいのか苦笑して視線を逸らした。


 「馬っ鹿じゃねぇの。お前はそういう理想像というか固定概念がまず駄目だ。男だろうが立派な騎士だろうが辛い時とかは余裕で泣くもんだぜ。そういうのの我慢のし過ぎで、お前は自分見失ってんだろ馬鹿が。こういうのはオンとオフの使い分けってのが大事なんだよ。お前は常時オン過ぎるから疲れるんだよ」

 「常時オフのお前が言うと説得力があるな」

 「馬鹿!!そういう言い方すんなよな」

 「それじゃあお前はスイッチだったんだな」

 「は?」

 「騎士の俺をオフにしてくれるスイッチってことだ」


 今度は子供みたいな笑顔で笑い出すランス。そうだ昔はこうやってころころ表情の変わる忙しい奴だった。それが何だ今は。クールぶりやがって。いつも爽やかな微笑を浮かべてるなんてこいつらしくもなかったんじゃねぇか。


 「そうか。言われてみれば、ここ数年お前と距離が空いてからいろいろよく分からなくなったんだ。なるほど、つまりこれはユーカーの所為ということだな」

 「どうしてそうなるんだよ」

 「責任取って、俺が戻ってこられなくなったらきっちりスイッチ切り換えに来てくれよ」

 「どうやって切り換えるんだよ、殴ればいいのか?殴られればいいのか?」

 「時と場合に依るな」

 「めんどくせぇメカ騎士様だな……ったく」


 仕方ねぇ。仕方ねぇから、傍にいてやるか。

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