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3:Cras amet qui nunquam amavit; Quique amavit, cras amet.

もはや恒例の問題回。これでやっと女装騎士による前半ヒロイン降板か。長かったね。何?BLだって?本編に至ってはギャグですよ。

 薄暗い森の中央、拓けた場所があった。ある程度の広さはある決闘には丁度いい場所だ。王都からもそれなりに離れてはいる。追っ手がやってくることもないだろう。

 そこまで来ると、ようやく俺は肩車係から解放された。お役目放免ということらしい。さっさと俺の肩から降りたイグニスは二人の騎士の間に立って、決闘のルールなどの説明を始めた。

 それにしてもイグニスは、一体何を考えているのだろう。アルドールは考える。


(ブランシュ卿って言ったっけ?)


 城で何度か顔を合わせたことはある。一言で言うなら、ランスとはまた違うベクトルの美青年だ。

 少し影を感じさせるような、深い青色の瞳は悲しみを湛えたような色。流れるような金髪はしなやかに美しい。物腰は穏やかで優しい微笑を浮かべる人だから、第一印象はてっきり優しい人なんだと思っていた。それがどうしたことだろう。ユーカーなんかを相手に、穏やかのおの字もない。


 「んんんぬ?」


 まじまじとユーカーの方を見ていたら、“なんだよ?”と睨み返された。

 腕の縄は先程解かれたから、余計なことを言ったら殴りかかってこられるかも知れない。

 余計なことは言わないでおこう。

 それにしても変装一つでここまで……一人の男を狂わせるとは恐ろしい。その原因が彼の内にあるのだろうかと見てみたがよくは解らない。

 上手く変装しているからか、普段とのギャップがありすぎる所為なのか、確かに外見は女の子に見えなくもない。

 しかしその決定的なものとしては、感じる雰囲気の違いだ。何か違和感がある。それはそうだ。相手は男。唯女装しているだけだ。それが妙に似合ってしまっているだけで。それでも相手は男。だからこそ妙な違和感がある。

 カーネフェルの女の子達は、何というかみんな逞しい。簡単に言うと男勝りで、多くの男が憧れるようなお淑やかさとか女の子らしさなんてものは皆無だ。おまけに彼には、都で見た貴族達みたいに女装を楽しむような才能もない。だからこそカーネフェリーの女の子や女装祭りの貴族達ともまた違った雰囲気がある。

 女装への抵抗、恥じらいそういったものが全面に滲んでいる。それがブランシュ卿の理想の女の子とやらのイメージとばっちり符合してしまったのだろうか?

 確かに、この偏った少子化でカーネフェリーの男は少ない。案外カーネフェリーの女の子より箱入りで大人しくお淑やかなものなのかもしれない。少なくともカーネフェル男は基本的にへたれで消極的ではあるとは言われている。それが妙な女装の化学反応でも引き起こして、上手い具合彼に惚れられてしまったのだろうか?

 例えば物言えぬ彼は、喋れないからこその魅力がある。それは此方が勝手に妄想を押しつけても言い返せないと言うことで、彼を否定しない。だから理想通りそれが膨れあがりあっという間に理想の彼女のできあがり。それでこんなことになってしまった様にも思う。

 イグニスがユーカーの口を封じた以上、その点は絶対絡んでいる。


(でも何で……?)



 確かに味方は多いに越したことはないけれど、カードでもない人間を引き入れる意味はあるのだろうか?イグニスのすることなんだから無意味なんてことは勿論ないとは思う。

 だけど答えが見つからない俺は、今度は視線を騎士の方へと向けてみる。すると彼が抱えるそれが目に入った。それは戦うには少々過ぎた荷物だ。


 「ブランシュ卿、それは大切なものなんですよね。俺が預かっておきましょうか?」

 「これはアルドール様、申し訳ありません」


 小脇に抱えられた本。それをブランシュ卿から預かった。なかなか味のあるカードカバーの本だ。


(随分読み込まれているな、本当に宝物なんだ)


 でも傷んではいない。大事にされているのが解る。そこに気付いて本の虫である俺は、この騎士に少し好感を抱いた。ユーカーは面倒くさがりだし、ランスは多忙で暇があれば料理に時間を費やすような人間だから、読書を布教できるような相手でもない。騎士は戦う人間だから、そういう机の前でじっと座っているのが苦手なタイプの人間なのかも。ルクリースは18禁とかのエロ本やら官能小説にしか興味がありませんと言っていたし、フローリプは黒魔術みたいな呪いの本とか拷問とか凌辱とかのドS小説ばかりが好きだった。俺はもっと普通の本を語り合える相手が居ない者かと思っていた。イグニスは歴史書とか数術関係、宗教関係の学問書とかそういうのにしか興味がないというか仕事で文献読まされてるのに趣味でまでそんなことはしたくないという様子。俺は読書というこの一点において親友にすら見放されている。

 そんな中にこの、ブランシュ卿。一筋の光明に見えた。本好きに悪い人間はいないとまでは言いきれないが、本を読むような心のゆとりがある人なんだなと思うと、好感くらい覚えもするよ。

 タイトルくらいは聞いたことがある。一度くらいなら俺も目にしたことがあったかも。


(……へぇ、悲恋の話って感じだな)


 パラパラと本を少し捲ってみた。決闘の行く末を見守りつつ、少しパラ読みしてみようか。そう思っていると隣でユーカーが呻いている。


 「んーっ!んーっ!んんんんんっ!」

 「え?何?ふざけんなだって?」


 手招きされ従えば、そのまま本をユーカーにひったくられる。座り込んだ彼はおもむろに本を閉じ膝の上。そして両手を離せば……本は、ある頁を開く。読み込まれている頁なのだろうか?


 「え、何々?ここ見ろだって?」


 頬に額に冷や汗が浮かぶ。読書仲間が見つかったというさっきまで興奮が、さっと冷めていくのを感じた。


 「え、ええと……」


 言うなればそれは、密会というか所謂濡れ場。

 勿論そんなに嫌らしい露骨な文章などではない。しかし人の想像力は恐ろしい。この頁から彼が何を受け取ったのかは俺などでは到底理解も及ばない奥深さ。あとあんまり触れたくない。


 「んー……」


 次にユーカーが見せてきたのは何故か付箋の挟まれた頁だ。その頁は赤ペンでびっしり線が引いてある。そんな参考書でもないんだからとツッコミを入れたくなった。


 「ええと……これは間違って媚薬を飲んでしまうシーンだなってび、媚薬ぅううう!?」


 それは、物語の三角関係の始まりとなる事件。そこが予習済みってどういうことなの?思わず俺まで釣られて身震いをした。何か寒気が身体を襲ったのだ。ユーカーを見ればうっすら涙目。わけのわからないままイグニスの策に使われて、怖かったんだろうなぁと今更ながらに感謝と共に同情した。せめてもの償いに今度彼に何かあったら、進んで力になってあげよう。


 「びやくって何ですか?」

 「ええと、君はまだ知らなくて良い言葉だと思う」

 「んー」


 横から興味深そうに本を覗き込んできた少年、パルシヴァル君。俺が言葉を濁すと、彼は不思議そうに首を傾げるが、ユーカーも頷くのでわかりましたと頷いてくれた。助かった。

 しかし彼はフローリプと同い年とは思えない。俺の妹が大人びていたのか、斜めに構えていすぎたのか。彼は本当に子供らしい無邪気さを持っている。

 ユーカーの回りをうろちょろしているのは兄弟みたいで微笑ましくはあるけれど必要以上に近づくと、向こうの怖いお兄さん二人から大人げない視線が飛んできそうだ。片や妄想騎士、片や従弟コン騎士。どちらを敵に回しても厄介そうなのに二人一度に敵に回すなんてそんな恐ろしい話、俺だってお断りしたい。だって二人は本物の騎士だろう?まず間違いなく負ける。今日即席で騎士になったばかりのパルシヴァル君だって似たような者だ。

 彼もそれを理解しているのか、本当は膝にでも座って本を読ませて貰いたいところを我慢して、隣にちょこんと腰を下ろすに止める。


 「それではそういうルールで構いませんか?」

 「異論はありません。望むところです」

 「イグニス様がそうおっしゃるのであれば、精一杯やらせていただきます」


 向こうの方も話がまとまったようだ。ルール確認も終わり、これから決闘が始まる。

 証人役のイグニスが二人の決闘を取り仕切る。


 「制限時間無し、禁じ手無しの問答無用真剣勝負。それでは相手を参ったと、降伏させた方が勝ちと言うことで」

 「イグニス、そのルールだと……」


 俺は驚く。イグニスの口から発せられた言葉は、俺が予想だにしないもの。そんな俺の驚愕さえ見越したように、イグニスは平然と言葉を返す。


 「そうだね。最悪死人が出るよ。両者負けを認めない場合は、相手を殺した方が勝ち」

 「だ、駄目だよそんなの!危ないじゃないか!」

 「馬鹿だねアルドール。中途半端な決闘じゃ勝っても負けても納得いかない。何度も同じ事を繰り返されるのは面倒だろ?後腐れ無く行こうよってことで彼らは同意したんだ」

 「な、なんでそうなるんだよ!?」

 「文字通り、真剣勝負さ。二人とも腕は確かだ。そんな二人がまともにやり合って、唯で済むと思うの?」


 念には念を入れたルールだとイグニスは言う。それでも、それじゃあみすみす目の前で人が見殺しにするようなものじゃないか。


 「馬鹿のアルドールにはわからなくとも、そちらのお嬢さんなら解るんじゃないですか?貴族に騎士にとって誇りは何より大切なもの。汚されてはならないものです」

 「誇り……」


 俺にもっとも欠けているもの。それをいろいろな人から俺は責められたことがある。誇りは戦う理由。信念であり生きる意味。俺がまだ見いだせていないもの。あやふやで不確かなもの。それでも彼らはもう既にそれをしっかり掴み取っているのだと、イグニスがそれを指摘する。


 「アロンダイト卿はアルドールへの忠誠から、ブランシュ卿は愛しの姫君への愛のため。それは彼らにとって紛れもなく命を賭けるに値する誇りなんだ」

 「お、俺のため……?」


 ランスがあの場に立っているのが、自分のためだとは思わなかった。てっきり俺はユーカーのためか、イグニスのためかと思っていた。


 「ランス……」


 じっと彼を見つめれば、彼は優しく笑み返す。貴方のためにも負けませんと言ってくれているようで少し気恥ずかしいが、とても嬉しい。

 彼の信頼が嬉しくて、感動している俺の横から頭突きを噛ましてくる乱暴な少女(偽)が一人。言うまでもなくユーカー改めセレスちゃん改めイズーさん。


 「痛っ……!何するんだよ」


 かなり痛かったので、彼の方も多分痛かったんじゃないかと思う。だからだろうか。余計怒ったような顔で彼はそっぽ向いていた。


 「イズーぅううう!そこで僕の活躍を見ていてくれ!君に無様な所は見せないと約束するよ!」


 もう一人の騎士は、ユーカーに向かって手を振っている。ユーカーが本当にイズーさんなら応援してあげても良いのだけれど、別人だしそもそもユーカー女の子じゃないし。もう亡くなったとはいえ婚約者のアスタロットさんもいるし。第一ユーカーが心底嫌がっているから、あまり応援は出来ない。ブランシュ卿がそこまで悪い人には思えないからちょっと可哀想だとは思うけど、このまま放置していたらユーカーがもっと可哀想なので、ランスには頑張って欲しいなと思う。

 だけど殺すなとか言って、余計な気を使わせてランスが殺されてしまっても困る。だから俺は……「頑張れ」と言うことしか出来なかった。


 「それでは構え」


 緊迫して来る空気。湧き上がる緊張感の中、俺は心臓がばくばく言っていった。狼狽えている。だけどどうすればいい?どうすることも出来ない。今は見守るしかない。いざとなったら数術を使ってでも何とかしよう。っていうかイグニスが貴重なカードであるランスを死なせようとするはずがない。それなら勝算があるのか?


(あ、そっか!)


 カードはカードにしか殺せない。確かそう、聞いた。ブランシュ卿がカードではないのなら、ランスが彼に殺されることはあり得ない。ああ、何だ。そういうことだったのか。

 俺はほっと息を吐く。


 「準備は良いですか?」

 「はい」

 「ええ」


 しかし二人の騎士の同意の言葉に、再び心臓が騒ぎ出す。


 「……始めっ!」


 イグニスの凛とした声が辺りに響いた。と思った瞬間だ。もうブランシュ卿の姿はない。構えの体勢から一気に距離を詰めた。しかしランスは動かない。それを迎え撃つ気なのだ。

 ブランシュ卿の得物はレイピア。対するランスの剣アロンダイト装飾の美しさこそそれに似ても、分類するならブロードソード。重さはそう変わらずとも、長さではレイピアに分がある。ブロードソードは切る剣だが、レイピアは突く剣だ。リーチの差を埋めるにはランス自身が彼より素早く動かなくてはならない。それでも冷静さを失わない所作で、ランスは一撃目を受け流す。しかしそれでは終わらない。再び突き出される付き。それに今度は間に合うのか。


 「防戦で私に勝てるとでも!?」

 「何でもありの勝負だったな」


 それでもランスの笑みは消えない。今度の微笑みは、少し意地悪そうな笑みだが、それも嫌味なくしっかり決まっている。本当何やってても絵になる人だな。恐るべし美青年。隣からユーカーが文句を言っているのが聞こえて来るようだ。「嫌味じゃないのが嫌味」とか「欠点がないのが欠点」だとか。

 しかし何故ランスは笑ったのだろう?俺が不思議に思った時、俺の上を影が通過した。上を見ればもういない。視線を下ろせば、ランスの元に馳せ参じたなんとかなんちゃら号という名の彼の白馬。


 「要するに機動力を上げれば良いんだろう?」


 ランスは颯爽と愛馬に跨り、次なる攻撃をかわす。これにはブランシュ卿も苦笑い。


 「なるほど、考えましたね」


 そこで彼も続くのか。そう思ったが彼はそうしない。騎士は馬を得てこそ本領発揮。しかしハンデと言わんばかりに、彼は一人で立ち向かう。その姿は確かに格好いいかもしれない。彼を嫌っているらしいユーカーですらハラハラしたような表情になっている。


 「愛しのイズー。君は……貴女は覚えていないかもしれない。しかしこんなことは昔もありました」

 「……あったの?」


 視線をユーカーに向けると、彼はぶんぶんと首を振る。否定の意だ。先程までの心配そうな顔ももはやあきれ顔に変わっている。

 そんな俺たちに彼はおもむろにページ数を口にする。それにユーカーが俺から本を奪って、一度本を閉じ……ゆっくり自然に開く本から二番目に読み込まれたページを見つける。それこそそのシーン。ここも赤ペンで予習済みだったようで、俺は思った。もうあの人この本一冊丸暗記してそうだな、後書きまで。


 「覚えていないのも無理はない。あれは私と貴女の前世のことです。私は貴女を得るために竜を討ちましたが、卑小な騎士に貴女を奪われてしまった!これはその再来なのです!!嗚呼!歴史は何度私と貴女を引き離すのでしょうか!!」


 ここまで痛いことを言い出す人だとは思わなかった。それでもやっぱり彼も美形だから妙な台詞でも様になってしまうのがとても理不尽だと思う。でも俺がそう思うのは俺の心が汚れていてもはや純真とは呼べないのだからなのだろう。


 「か、可哀想ですトリシュさん……。イズーさん!もう結婚しちゃいましょうよ!可哀想です!!」

 「ん゛んんぅううううう!!」


 涙と鼻水を垂らした、少年に泣きつかれても、これだけは退けないと頑として嫌だと叫ぶユーカー。

 すっかりこの男の妄言を信じてしまった、純粋少年パルシヴァル君は、もらい泣き状態で二人を哀れんでいる。ギャラリーから埋めるとは、ブランシュ卿はなかなかの策士だ。……偶然かも知れないけど。


 「…………卑小、ですか」


 ランスはランスで何かが逆鱗に触れたようで、邪悪なドラゴンも顔負けな毒々しいオーラのようなものを出している。でもやっぱり笑顔だけは爽やかで、その温度差に急激な寒気を感じた。

 そしてそれは正解だった。ランスの怒りに呼応するように……辺りの空気が冷えていく。それは彼の剣にまとわりついてその姿を変えていく。

 水のヴェールの包まれた剣はゆらゆらと長さを変える。


 「それじゃあ俺も本気で行かせてもらいます」


 すれ違い様振り下ろされた剣。それをブランシュ卿はかわしたが、彼の攻撃はまだ終わらない。始まったばかりだ。

 振り下ろされる瞬間剣を離れて噴射された水は、それ自体が恐るべき刃に変わって彼をめがけて飛んでいく。

 その存在に気付くまでのタイムラグ。それがあれば避けるまでは行かなかっただろう。現にブランシュ卿は動けなかった。つまり、ランスはわざと外して見せたのだ。背後の木が切り倒されたことを、音で彼は遅れて知った。これは牽制だ。ここで降伏しなければ次は当てると言う脅し。迎え撃とうにもあんなもの当てられたならレイピアは折れてしまう。とてもじゃないが、耐えきれない。

 ならば避けるか?しかし人と馬。機動力の差は歴然だ。


 「…………流石はアロンダイト卿」


 友人だからこそ、本気での殺し合いなどしたことがなかったのだろう。ブランシュ卿は自分の失策を知る。相手が馬で来るのならプライドや見栄など捨ててでも自分もそうするべきだったのだ。ランス相手に一つでも後れを取るのは無謀過ぎた。


 「しかし、私は貴方の知らないことを知っている」

 「ああ、そうだな」


 ブランシュ卿が笑えば、ランスも小さく微笑した。殺し合いの最中にも通じるものがあったのだろう。


 「私は知っている。貴方は彼女を愛していない。貴方の目は真実の愛を知らない人の目だ!」

 「…………好きか嫌いかで言うならかなり好きだとは思うんだけどな」


 好きの意味が違うから仕方ないと言えば仕方ないのかとランスが苦笑。

 そんな中途半端な好意の者に負けるわけにはいかないと、青い瞳を燃え上がらせるブランシュ卿。ここまで来るとユーカーも若干申し訳なさそうな感じになっている。なんか俺、お前のイズーじゃなくて悪いとかユーカーの顔に書いてあった。


 「友人のよしみで一つ教えて差し上げます。最後に勝つのは正義でも悪でもなく、愛と呼ばれるものであると」

 「そうか。それじゃあその忠告、ありがたく受け取っておくよ」


 ブランシュ卿は構える。あくまで迎え撃つ気だ。

 それを誇りと受け取ってランスもまた構える。このままぶつかればブランシュ卿が死んでしまう。それはイグニスの算段とは違うはず。助けを求めるようにイグニスに駆け寄るが、彼はじっと二人の行く末を見つめる瞳だった。


(だけど……こんなのって)


 もう見ていられない。俺は駆けだした。その俺の横を通り過ぎるもっと足の速い少女の影。

 二人の激突の間に割り込むように、ユーカーは走った。そして愛馬で駆けるランスの前に立ち塞がる。

 愛が最後に勝つというのは、ここで負けて例え死んだとしても……彼女の心に残るだろう。忘れなられない者になるだろう。だから、最後に勝つのは愛だ。ブランシュ卿はそう言ったつもりだったはずだ。だから彼は彼女の助力を期待して言ったのではない。それでもユーカーは動いた。それは何故だったのだろう。


 「い、イズー!!危ないっ!」


 背に庇われたブランシュ卿が取り乱すが、ユーカーはたじろかない。イグニスに何かやられてまだ喋れないその身体で、ランスに制止を訴える。


 「退け!ユーカーっ!!」


 ランスの叫び声に、どうやっても剥がれなかった口の封印が剥がれ落ちる。


 「やってみやがれ!お前の忠誠!どれだけのもんか見せて貰おうじゃねぇか!友人、同僚、それから俺も殺すくらいの覚悟はあるんだろうな!?」


 響き渡るユーカーの声。それにランスが顔をしかめた。そして一陣の風は、二人を飛び越えていく。

 ランスは馬から下りてはぁと重い息を吐き、小さくそれでもはっきりと降参の言葉を口に出す。


 「…………参った」

 「え……?」


 あんな無謀なことをしておいて、こうなるとは思っていなかったのか。彼らは最後の最後で信じられていないのだ、互いに。ユーカーは自分が死ぬものだと思っていた。ランスが忠誠を証明するのだと信じていた。

 でもそれは自分たちの繋がり全てを否定する。積み上げてきたもの全てを否定する行為。過去の全てに意味がないと思われているのは心外だとランスは悲しそうに苦笑。


 「…………なるほど、確かに愛は偉大だな。俺にお前は斬れないよ」

 「へ、変な言い方するな!」


 お前には敵わないと褒められたユーカーは、褒められ慣れていないのだろう、照れたように視線を逸らす。

 その視線の先で彼は、地に伏せているブランシュ卿を見つけたようだ。がっくりと肩を落としたその様子を見かねてか、ユーカーは彼の傍に歩み寄る。


 「イズーが……私のイズーが………セレスタイン卿だったなんて」

 「あ、……えっと、何か悪いな。でも元はと言えばお前の勘違いが悪いんであって俺はそこまで悪くない……っていうか庇ってやったんだからこれでチャラってことで。あと俺が女装してたとか言いふらすなよ。その時はもう一回ランスにお前襲わせるからな」

 「……解りました」

 「あ、そっか?意外とお前物わかり良い奴だったんだな」

 「つまり、私のイズーはランスの恋人ではないわけですね!?」

 「あって堪るかボケっ!!ってお前まだ何か勘違いして……」

 「いいえ、ちゃんとわかっています」

 「本当か?嘘臭ぇな」

 「そうですね。恋に障害は付きものです。よもや今生はこんな悲劇が待ち受けていようとは思いませんでした。通りでなかなかイズーに出会えないはずです」


 話の流れが妙な方向に来ていると、ユーカーが視線を彷徨わせる。その視線が俺の方に来た。でも俺もどうすればいいのかわからず、その視線をイグニスへとパス。

 俺とユーカーの視線を受けた、イグニスは満面の笑み。それを訳すなら……してやったりと言う笑みだ。


 「ご苦労様でしたランス様。これで一件落着です」

 「勝てずに申し訳ありません」

 「いいえ、あれが正解ですよ」

 「イグニス、何であんなことを?」


 ランスに労いの言葉を贈るイグニス。そんな彼女に俺は質問。俺にはさっぱり解らないことだらけだ。


 「なんとなくそうじゃないかとは思っていたんだけど、彼さっき手袋投げたでしょ?見えたんだよね、カード」


 決闘の申し込み。確かにあの時彼は手袋を外した。しかし俺たちはそこに気がつかなかった。

 「ええ!?だ、だから!?」

 「ぶっちゃけセレスタイン卿が止めなければランス様の方が危なかったよ。あそこからどんでん返しは幾らでもあり得たからね」


 あのまま続ければ負けたのはランスの方だとは、どうも思えない。しかし結果としてはランスは負けている。ユーカーの妨害は、彼自身の心によって引き起こされた行動。しかしそれが勝敗を分けた。カードの幸運の差を見せつけたと言っても良いのかもしれない。だってイグニスはランスよりブランシュ卿の方が強いカードだと言っているみたいだから。


(それって……)


 何か、怖い。恐ろしい。心のままに動くことさえ、幸運不運に組み込まれている。幸福値と言うもの。それがとても恐ろしく思えた。俺は一番幸福値の少ないカード。俺は何処まで……やっていけるのだろう?幸運じゃ誰にも勝てない。みんなが俺の所まで幸運を磨り減らしてきてくれるのを蟻地獄の中で待っているような俺だ。道化師を倒すというのは、つまりそういうこと。姉さんのように、ルクリースのように、フローリプのように。みんなの命と幸せを糧にして俺は生き延びていく。

 今だって上手く転ばなければ誰かが死んでいたかもしれない。そしてそれは俺には止められない。庇ったとしても俺では死んでいたかもしれない。ランスが止まろうとしてくれても、事故で俺は死んだかもしれない。不運とはそういうものだ。

 恐れ戦いた、俺の気を紛らわすように、イグニスは大げさに溜息を吐き肩をすくめる。それは素直にありがたかった。


 「いや、でもイケメン補正って怖いね。みんな彼の顔ばっかり注目してて手の方誰も気付かないんだから」


 そんな馬鹿なことがあるか?と思ったが……確かに言われてみれば結構みんな遠くに居たし、状況が状況だからそんなところまで見ていなかった。手の甲は袖で隠れるし、掌は剣を握れば見えなくなる。後は素早い動作の所為で残像が生じ、手なんかブレブレ。模様なんて視覚出来る動体視力が誰にある?


 「よ、要するに?」

 「手持ちのカードの幸福値を極力使わずに、なんとかブランシュ卿を絡め取れないかなぁって思ったんだけど、まったく良い仕事してくれたよランス様もセレスタイン卿も」


 イグニスはくすくすと悪戯っぽく笑いながら三人の騎士を眺めている。その笑顔は天使だが、言っていることは悪魔というか大魔王レベルだ。でも俺はそんなイグニスが大好きです。


 「イズー!私を守ってくれた貴方に僕は心を奪われました!」

 「ち、違う!俺は唯あいつに友人殺しなんかさせたくなかっただけでお前を守ったわけじゃない!あといい加減一人称と二人称統一しろ!気になるんだよ!!」

 「気になると……?やはり貴方も私のことを!!」


 喋れば喋るほど追い詰められていくユーカー。これ以上拒んだら、その内ブランシュ卿予習済みの媚薬が持ち出される可能性すらほんのりと漂い始める。


 「意味が違ぇええええええええええええ!助けてくれランスっ!!」

 「いや、お前とトリシュが仲良くなるだなんてなんだか感慨深くてな。いつも喧嘩ばかりしていたお前達が……」

 「感動っぽいことしてないで助けてくれ!俺はこいつとなんか仲良くなんざなりたくねぇえええええ!!」


 ランスを盾にぐるぐると逃げ回るユーカー。しかし盾は働く気が無さそうだ。そんな茶番にイグニスは痺れを切らしたのか、やれやれと肩をすくめる。


 「まったく心の狭い男ですね。アスタロットさんも男はノーカウントだとか言ってるかもしれませんよ」

 「言うわけねぇだろうが!お前がアスタロットの何を知ってるって言うんだよ!!」


 アスタロット。その名はユーカーの許嫁だった少女の名だ。彼と彼女は家の揉め事に巻き込まれ、両思いなのに双片思いで死に別れてしまったんだった。彼女への思いがあるから、ユーカーは基本恋愛事には無関心。なのに今は何故か同僚男に迫られているという謎。彼は本当に不運なんだなぁ。コートカードなのにカバーできない不運が結構多い様な気がする。


 「でもまぁ、確かユーカーが誰を好きでもアスタロットさんはユーカーが好きですって言ってくれてたし、別に止められてはいなかったような」

 「馬鹿かお前!そこまで言ってくれた女に対し心変わりなんて失礼だと思わないのか!?っていうかそういう所にお前記憶力使うな馬鹿!忘れろ阿呆っ!」


 ついアスタロットさん絡みで思いだしたことを口にしたら、ユーカーに叩かれた。


 「ところでイズー、そんなに怒鳴っては咽を痛めてしまいますよ。丁度冷たいお茶を用意していたのでどうぞこちらへ」

 「ぜ、絶対飲まねぇからな!!」

 「何をそんな不審そうな目で私を見るんです?まさかこの私が!この茶の中にムラムラと燃え上がる情愛の媚薬を仕込んでいるとも思っているのですか!?私がそんな事をするはずがありません!この私が信用出来ないのですかイズー!!」

 「出来ねぇ!!今までの何処に信頼出来る要素があったんだ!」

 「私は今まで必死に耐えたんですよ!?森で貴女に目を閉じてと言われた時はてっきり口付けでもされるのかと思って貴女の可愛さ勢い余っていっそのことあの場で押し倒してしまおうかと思ったくらいだったんですが!?そうしなかった私をむしろ褒めていただきたい!」

 「そこまで考えてたのかよ!きめぇよっ!!もう嫌だ……お前もう都に帰れよ」

 「それは無理ですね。愛しのイズー、貴方が私の愛を受け入れてくれるまで私は貴方の傍を離れません」


 ブランシュ卿の暴走気味の発言に、イグニスだけがほくそ笑む。


 「っとまぁこんな感じでブランシュ卿ゲットってことだね」


 しかしユーカーはもう半分死人のような顔色だ。


 「こいつがいるんなら俺は逃げるぞ。地の果てまでだって」

 「なるほど。他の四人が邪魔だと?」

 「お前だけが邪魔だって言ったんだよ俺は」

 「そんなに照れなくてもいいでしょう?私と貴方の仲ではありませんか」

 「犬猿の仲っていう奴か?」

 「そうですね、別に二人で愛の逃避行に行きたいっていうなら僕も止めませんが、その時はいろんな所にこればらまこうと思うんですけどいいですよね?」


 威嚇するユーカーに躙り寄るブランシュ卿。そこに追い打ちを掛けるイグニス。イグニスの手に握られていたのは一枚の写真だ。それは女装ユーカーとブランシュ卿の2ショット。


 「イグニス、カメラなんて持ってた?」

 「僕の部下はとても有能なんだよ」


 俺の素朴な疑問にイグニスがにやりと笑う。


 「み、神子……?て、てめぇええええっ!!追跡してやがったのか!?」


 そんなことをする暇あったら助けろよと、ユーカーは怒り狂っている。


 「これに私達結婚しましたとか書いてセレスタイン卿のご実家になど領地になど配り歩いて来させましょうか?貴方のお父様はどんな顔をすることでしょうね?」

 「野郎っ……」

 「いえ、僕も無理強いなんてしたくありませんし?そうですね。北部の落ち着けるところまで付いてきてくださったならネガをお渡ししますよ」

 「お、俺はそんな脅迫には屈さねぇぞ!勝手にしろ!」

 「はい。そう言われるだろうと思いましたので、北部のアロンダイト領には既に配送済みです。僕らがランス様の領地まで行く頃には、貴方の叔父様にはばっちり貴方の恥ずかしい姿が今年の暑中見舞いとして届くわけですね」

 「尚更北部行きたくねぇえええええええええええええええええええええ!!!」


 何処かへ逃げだそうと走り出したユーカー。その襟首を掴んで、ランスが小さく彼を呼ぶ。


 「ユーカー……」

 「な、なんだよランス?」

 「一人であいつに会いたくないんだ。一緒に来てくれないか?」


 相方に頼られたのが嬉しかったのか、みるみるユーカーの顔が明るくなる。それでもはっと思いだしたようにそっぽ向く。先程の仕打ちのことを思いだしたのだろう。


 「……トリシュの野郎なんとかしてくれたら考えても良いぜ」


 切実な悩みでもある。自分の言葉は届かなくとも、友人であるランスの説得には応じるかも知れない。っていうか脅してでも止めさせろという懇願。

 余程一人で実家に戻るのは嫌なのか、ランスはブランシュ卿に向き直る。


 「トリシュ、こいつは俺の可愛い従弟だ。だからあまりこいつの嫌がることはいくらお前でも見過ごせないことはある。第一結婚もせずに関係を結ぼうなどとは、ふしだらだ。そんなことでは聖なるコウノトリも困るだろう?」

 「お前……何言ってるの?」


 途中までは頷き、照れながら。それでも話を聞いていたユーカーも、途中で話がおかしくなっていることに気付いて、見過ごせずにツッコミ。


 「いや夫婦間の営みは、子宝のコウノトリを呼び出す神聖な召喚の儀式なんだろう?この間会ったときにもう一回聞いたら母さんがそう言っていた」

 「前より悪化してんじゃねぇかお前!お前の中の保健体育はどうなってやがんだよ!!っていうかそこまで解ってるならもうコウノトリとかキャベツ畑とか要らないよな普通っ!」

 「なるほど、つまり結婚さえすれば何をしても良いんですね?」

 「トリシュ!!なんでてめぇはやること前提なんだよ!!大人しそうな顔してどんだけ肉食なんだ!」


 目的と手段が入れ替わってしまっているブランシュ卿の発言に、ユーカーはもううんざりした表情。


 「セレスさん、よく分からないですが元気出してください」

 「パー坊、俺なんかもう疲れた」


 パルシヴァル君に泣きつくユーカー。また一つ彼の悩みの種が増えてしまったようなのは俺も少し心苦しい。言えた義理ではないけれど、言ったら怒られそうだけど、元気出せよくらいは言いたくなった。が、言えなかった。それはくるりと顔の向きを変えて此方を振り返るブランシュ卿があったからだ。


 「アルドール様!いいえ我が君!忠誠誓いますので、イズーと私の結婚をお許し下さい!法律的な意味で!」

 「え……え?えええ!?ど、どうなのイグニス!?」


 ユーカーの合意じゃなくて、まずは法律から責めてきたブランシュ卿。当面の問題は法律であり、本人の意思をそこに入れていないのが恐ろしい。そっちは何とかなるとでも思っているのだろうか?今の拒絶反応を見ながらよくそこまで自信を持てるものだなと感心した。


 「そうして差し上げたいのは山々なんですが、生憎国がこんな状態ではどうにもなりません。そうですね。カーネフェルを平和にするまでそれはちょっと難しいのでは?」

 「アルドール様!北へ参りましょう!すぐに参りましょう!そこで味方を得るのでしたか?それでさっさと南を攻め滅ぼしましょう!こんな事もあろうかと、船を用意しておりました!!」


 何という変わり身の早さ。荷物を整えテキパキと旅支度を始めるブランシュ卿。


 「ねぇ……もしかしてイグニス」

 「そうだね、逃避行ってくらいだから船の手配くらいはしてあるとは思ったよ」


 でも何より恐ろしいのは、もう未来とか見えないよとか言いつつここまで人を踊らせる、俺の親友の先読みだった。

本編の薔薇は基本ギャグ。裏本編はガチ。本編は魅了邪眼使いとかいないしね。仕方ないね。

と言うわけでようやく次回からカーネフェル北部編。敵やら味方やらまた増えたり減ったりです。

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