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2:Amantium irae, amoris integratio est.

 「くそっ……ランスの野郎」


 ユーカーはここにはいない従兄への悪態を吐く。その言葉が自分の耳に虚しく届き、何も言えなくなった。思わず外へと飛び出してしまったが、外の空気を吸うにつれ、頭が冷静さを取り戻す。そうなれば自己嫌悪が生まれる。


 「はぁ……」


 売り言葉に買い言葉。そうだったならどんなに良いか。例えあれが嘘でも本当でもやはり堪える。それが本心なのだと思ってしまう。分かり易い様でいて、元々何を考えているかわからないところがある男だ。長年一緒の自分にも、近くに居すぎた自分だからこそ見えていないものがある。


(しかし何だってんだ……)


 神子が言うには、エルス=ザインが呼びだした虫により、女達は病に伏せっているという。そのわりに、街を歩く華やかな女が何人も。どちらかというと男を見かけない。ユーカーが不審に思っていると、その答えは目ではなく耳へと届く。耳障りなその声。無理矢理出している甲高い声。出せずに開き直って低音の声。時折間違う言葉遣い。


(こ、こいつら全員男か!?)


 自分も人のことを言えないが、それはこの際棚に上げておこう。例年通り開催されてしまったらしい魔の宴。この時期になると生死を賭けた鬼ごっこを相方と繰り返していたような気がする。逃げと隠れに関しては俺の方が上。毎年上手いこと撒いてやっていた。でもそれだってどうだったんだろう。

 あいつが折れてくれていただけなのかも知れない。そりゃああいつの立場もわかる。嫌なものは嫌だけど。だからチャンスはくれてやっていたんだ。見つけたら仕方ないから出てやるって妥協を。それを放棄したのはあいつだ。それなら俺は悪くない。うん、そうだ。

 でも今年は……


(見つかっちまったんだっけ……)


 「…………」


 謝りに行ってまた拒絶されたら立ち直れない。でもよくよく考えてみれば、あの場にアルドールとランスだけを残してきてしまった。二人は数札。それもⅠとⅢ。かなりの上位カードだ。神子とアルドールが一緒の時にですらエルス=ザインは現れた。神子の幸福値は既にペイジ以下。アルドールの阿呆と足してもペイジ以下。コートカードが一緒でも危ない。俺が離れたことであの二人は危ない状況に陥っているかも知れない。


(…………でも)


 棘が抜けないんだ。突き刺さっている、言葉の剣。

 “俺より弱いお前が俺を守るだって!?俺はお前なんか必要ない”

 部屋を飛び出す前に、あいつにそう言われた。重荷だったんだろう、俺の言葉も行動も。もううんざりしているんだろう。そりゃそうだ。俺はカードだから必要なだけで、俺自身はあいつのために何の力にもなれない。あいつ一人で何でも出来る。


 「…………」


 戻らなければ後悔する。それは解ってる。でも教会へと戻る足は、近づけば近づくほど歩幅は狭まり遅くなる。それでもじりじりとその場所は近づく。


(ん……?)


 教会の前は騒がしい。物陰から様子を見れば、黒髪の男達の姿が見える。タロック軍が教会まで手を伸ばしたのか?

 教会は基本的に治外法権エリア。カーネフェルにありながらシャトランジア、そして十字法の支配下だ。タロックだって好き勝手に悪さは出来ない。……はずなのだが、相手はタロックだ。過去に一度シャトランジアに仕掛けてきたこともある上、友好のため嫁いだ姫とその子供を処刑するような国だ。何とも言えない。最悪アルドールがここにいることがバレたなら、強行突破もあり得ない話ではない。

 今の俺の恰好がシスターなのは好都合と言えば好都合。しかしこの騒ぎの中正面突破は難しい。


(どうしたもんかな……)


 「イズーっ!!」

 不意に抱き付かれて、身体が強張る。この寒気を感じさせる声。間違いない。


(と、トリシュの野郎……!)


 さっき教会で会ったのだ。まだ教会にいてもおかしくはない。しかし何故?こいつが教会にいた理由が分からない。街でようやくまともな男に会ったと思ったが、残念ながらこの男は中身がまともではなかった。


 「会いたかったよイズーぅううううう!!」


 ちげーよとツッコミ入れたい。でも喋れない。裏声なんかで誤魔化すわけにもいかないだろう。不審がられても困る。バレても困る。一生こいつに馬鹿にされる。そんなのは嫌だ。


 「何処へ行っていたんだい!?教会中を探し回っても見つからないし、君のことを知っている人も殆どいないし!それでも諦めきれなくて引き続き教会警備に回して貰ったんだよ」


 しかしこのままでもまずい。言い返せないのを良いことに、こいつの脳内妄想をそのままぶつけられてしまうことにもなりかねない。そういうのも絶対に嫌だ。何を血迷ったのかこの男は、俺の変装を理想の空想上の女と重ねたらしい。どんな目してやがるんだ。二次元を三次元に持ってくるなってんだ。


(って教会警備?)


 どうしてこいつが?っていうかよくよく見れば黒髪連中以外に金髪兵士が教会の前に何人か配置されている。しかし戦う様子はない。


(…………まさか都貴族の奴ら)


 王が教会にいる可能性。それを指摘しこいつらを使って探しに来させた?それでタロックの奴らも教会に何かあると嗅ぎ付けたのか?


 「本当はさる高貴な方を探す任務だったんだけど、どうしても君のことを忘れられなかったんだ」


 こいつは馬鹿だろうか。馬鹿かも知れない。っていうか馬鹿だ。絶対そうだ。これは十中八九あいつのことだ。カーネフェル王アルドール。あのガキのことだ。


 「そんな目で僕を見ないでくれ!確かに仕事を真面目にしなかった僕は駄目な男かもしれない。それでも僕をそんな駄目な男にしたのはイズー!君の所為なんだ!」


 責任転嫁にも程がある。それはお前の自己責任だ。あきれて溜息を吐けば、こいつはまた勝手な解釈を始めたようだ。


 「…………?」


 その解釈の結果俺は何故かこのクソ野郎に抱きかかえられている。クソ野郎は颯爽と教会警備を投げ出して、愛馬の鞍に跨った。ええとこれ、どういう状況?


 「預言書によれば……」


 そう言って男が胸元から取り出したのは一冊の本。別段珍しくもない。嘘だか本当だかわからない伝説やら伝承の類をまとめた本だ。こいつの中ではこれが預言書と言うことになっているらしい。


 「このまま君を教会に帰すわけには行かない。教会には王がいるという話もある。王と君を引き合わせれば、また前世の時のように君は王と愛のない結婚をすることになってしまう!そんなのは君も嫌だろうイズー!!」


 そりゃあ嫌だ。だってあいつ男だし。っていうか俺も男だし。だからってアルドールとトリシュなんて二択真っ平ごめんだ。どっちも野郎じゃねぇか!俺にはアスタロットっていう歴とした婚約者がだな……いるっていうかいたっていうか。


 「僕が思うに君は彼の元へ送られて来た遠縁か何処かの姫君なんだろう。それで今はシスターに扮して逃げてきた所だったんだろう?可哀想に、好きでもない男に嫁がせられるなんてあんまりだ!それでも君は優しいから。そんな男でも見捨てられずに戻ってきた。いや、違う。そうか!君は僕に会いに来てくれたのか!気付けなくてすまなかった。やはり君も僕を愛してしまっていたんだねイズー!!」


 っていうか何でそうなるんだ。俺が言い返せないのを良いことに話を勝手に進めるな!


 「幸い私はまだ新しい王には仕えていない。つまり彼を守る義理はない。イズー……今の僕はこれからの僕は君のためだけに生きると今ここに誓おう!」


 何て反吐の出る言葉。しかしそこには妙な錯覚。何処かで聞いたことがあるような。


(そうだ、これは……これは、俺の言葉だ!)


 俺はアルドールには仕えていない。守る義理はない。俺がここにいるのは、ランス、てめぇを守るためだ。

 それは昨晩自分が口にした言葉。思い返して吐き気を催す程。端から聞くと自分の言葉がここまで酷いものだとは。心のままに口にしているはずなのに、エゴにしか聞こえない。

 それじゃ、あいつも迷惑だって思うよな。


(あいつはあの人の影を追ってるだけなんだ)


 守っても虚しいだけ。あいつは死を見据えている。生きるためには戦わない。生かすために戦う奴だ。俺があいつを守るのは犬死にだ。守っても、あいつは……生きちゃくれねぇんだ。


(…………でも、だからって!)


 こいつが俺の話を聞かないように、俺だってあいつの話を聞かない。何言われたって構わない。俺が守るって決めたんだ。あいつの方が俺より強かろうが、そんなのお構いなしだ。

 それならこんな所で時間潰してるわけにはいかない。暴れて無理矢理、飛び降り……ようとしたのだが。


 「っ!?」


 いつの間にか手足が縛られている。縄を持ち歩くに留まらず、こんなに素早く縛るとは。しかも乗馬しながらってどんなスキルだ。っていうかなんて危ない奴なんだ。もう嫌だこの同僚。


 「いや、逃げたくなる気持ちも解る。僕も怖いくらいだよイズー。ああ。夢みたいだ。幸せすぎて僕も怖いよ」


 俺が怖いのはお前の思考回路のぶっ飛び具合だ。


 「大丈夫さイズー!二人の愛の逃避行の邪魔は誰にもさせないよ!君の行きたい場所まで一緒に逃げよう!」


 俺、コートカードなのになんでこんなについてないんだろう。

 何かもう何もかも嫌になって来た。そんなやるせなさで涙腺が緩んだが、この阿呆はそれをうれし泣きとかと勘違いするから質が悪い。

 しかしこのまま運ばれていったらどうなるんだ俺。数術なんか使えないし流石に縄抜けしようにも変装中で道具がねぇ。胴体縛られているならまだ関節とか外すって方法あるけど、手首と足首を思いきり縛られてちゃどうしろっていうんだ。無理だろこれ。

 ランスの阿呆。そんなに俺に助けられるのが嫌ならしばらく自重してやる。だから……むしろ助けてくれ!


 「おい!そこのお前!ここは今通行禁止……」

 「と、止まる気ねぇのかあいつ!?」


 タロック兵が慌てふためく。


 「黙って通すなら良し。しかし私とイズーの邪魔をすると言うのなら……」


 トリシュは鞍から腰を上げ、得物の長剣を手に取った。そりゃこいつも一応騎士だ。騎馬戦は得意だろうが、相手の数がまず違う。それに今は文字通り俺という荷物もある。


 「ば、馬鹿!無茶だ!!」


 その無謀な行動に、俺は思わず声を出してしまった。それにこの男は、驚いたと言うよりも嬉しそうに笑って見せる。恋は盲目とか言うには言うが、声で男だって気付くだろう普通。どこまで盲目ってんだこいつ。


 「覚えておいてくれ私のイズー!僕は君のためならどんなことでも成し遂げる!見ていてくれ!」


 とりあえず一人称統一しろよと思ったが、突っ込んでる暇は無かった。馬ががくと揺れ、スピードを上げたのだ。喋ったら舌を噛んでた。

 危ないと抗議すら出来ず、抱きかかえられたまま、間近でこの騎士の戦いっぷりを見せつけられた。駿馬で駆け抜ける一瞬、すれ違う兵士達を薙ぎ払う風。それは自然の風ではない。こいつの剣が撫でた合図だ。駆け抜けた後方から遅れて悲鳴。


(は……速ぇ)


 楽器が似合いそうな綺麗なその指に握られれば、剣さえ歌うように見える。でも正確には違う。歌うのは、敵対者だ。

 余計な動作は一切無い。殺すための剣。一瞬の隙を突いて急所を襲う一撃。無駄な力は要らない。流れるような優雅な仕草。剣がまるで指揮棒だ。


(ま、……マジかよこいつ)


 良く見れば、こいつの得物はレイピア。噂だと、それに掲げられた名前はイゾルデ。こいつの憧れの本の中のお姫様だ。それはどうでもいいとして、レイピアだって?あり得ねぇ!

 俺の剣であるセレスタイトは混血剣と呼ばれる片手半剣。扱いづらいが攻撃力は最高だ。切れるし刺せるし、両手でも片手でも使えて便利。戦法を幾らでも考えられる俺の相棒だ。あと普通の剣よりリーチも長いのも特徴。

 しかしレイピアは、貫くことに特化している剣だ。下手な使い方をすれば、ばっきり行く。過去に何度か曲げたり折ったりした記憶があるから俺との相性は悪い。つまりそんな剣で、刀身に負担を掛けずに、これだけの人間を斬るっていうのは褒めたくないが普通に凄い。刺し殺すんじゃなく、こいつは撫で殺している。


 「イズー……凄い心臓の音だね。さては僕に惚れ直したね?」

(違ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!誰がてめぇなんぞにんなことするかぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!)


 いや、全然違うから。殺されるかも知れないって恐怖で心臓があれなだけだから。お前に関しては絶対に吊り橋効果とかストックホルム症候群とかねぇからな。俺だってお前にはいろいろ怨みが……。っていうか惚れ直すも何も惚れてねぇよ。などと言いたいことは沢山あったがツッコミを躊躇わせるほど、こいつの腕は確かだ。

 唯、速いだけじゃない。こいつの剣には迷いがない。よくもまぁ迷わずこんな奇行をやってのけられたものだといっそ感心する。


(……やべぇ)


 何とかして逃げ出さないと。正体バレたら殺されるのは俺の方だ。身動き取れる時ならいざ知らず、得物もない。身動きも取れない。こんな状態じゃまともにこいつの相手なんか出来やしない。


(ランスでも神子でもいいから何とかしてくれ!俺最近働いてただろ!?アルドールには貸しあるだろ?俺はコードカードだぞ?まさか見殺しになんかしないだろうな……)


 そう思って二人の顔を思い出し……


 「…………」


 見殺しにされそうにしか思えなくて、ちょっと涙腺が潤んだ。

 神子は俺の不幸万歳だし、ランスは俺邪魔だって言ってたし。


(……終わったな)


 これ、完全に見捨てられたわ。


 *


 「…………しかし、カーネフェルとは妙な国だな」


 双陸は思い悩んでいた。支配したは良いが、カーネフェル王はまだ投降してこない。街の現状を知らないわけではなかろうに。そして大勢の人間が伏している。自分たちがやったこととはいえこうして教会に運び込む程度の手伝いはさせて貰っている。

 しかしカーネフェルの男達と言えば、奇妙な祭りに忙しい。目の前で婦女が伏せっているというのに、馬鹿騒ぎをするとは不謹慎な輩が居た者だ。その祭りに参加しているのは貴族の連中ばかりだとは言うが……


 「双陸?浮かない顔だね」


 ボクのやり方が気に入らなかったとエルスが聞いてくる。しかし、そうではない。そうではなのだと首を振る。


 「そういうわけではない。唯……」

 「唯?」

 「この都は我が国よりもある意味狂ってはいないだろうか?」

 「まぁ、国が違えば勝手も違うって言うけどさ。確かにいかれてるね」


 彼は俺の言葉を全面的に認めてくれる。


 「まぁ、半分はボクの仕業ですけど」


 そう言って彼は指先に蝶を止まらせ遊ぶ。


 「それは一体?」

 「この子ですか?この子はさっきのあれと同じでボクの契約している夏の悪魔の使役しているものですよ」

 「すまん、意味が分からん」

 「まぁ要するに、ボクと取引している神様が居て、その取引の恩恵として簡単に借りることができるものってところかな」

 「御利益のようなものか」

 「まぁ、そんなところです」


 エルスが妥協したよう苦笑い。それでも俺は数術使いなどではないからよくわからない。


 「双陸、数術っていうのは世界の現象、事象を故意的に起こすための計算式なんだ。だから自然現象にも生物の生命活動にもある種の式は働いている。それは故意的なものではないけど、式はあるんですよ」

 「なるほど」

 「だからこの子は数式展開装置なんかじゃなくて、唯生きてるだけです。唯、生きてるだけで害になる生き物なんですよボクと同じで」


 エルスは自分は鬼だと、出会った頃に口にした。そして先日もそんなことを言っていた。


 「そんな言い方は……」

 「貴方にボクの何が解るんですか?」

 「……そうだな」


 そうだな、わからない。でもわからないと言えば……


(何故こいつは俺にそのような事を言うのだろう?)


 解らないなら触れるな。踏み込むな。そう口にしながら、少しずつヒントのように自分のことを俺に話し出す。それは何を意味しているのか。自分は鬼だと言いながら、人である俺に言葉を打ち明けるのは何故?それではまるで、わかって欲しいようではないか。


(こいつは……子供だ)


 ああそうだ。きっと寂しいのだろう。誰にも理解されず、忌み嫌われるだけの生は。鬼でも人でも、それは寂しく辛いことだ。きっと俺の似た匂いを嗅ぎ取って、同族だと思っているのかも知れない。


(俺も、鬼か……)


 そうだな。そうかもしれない。


 「俺はお前のことはわからない。だが、自分のことは多少は知っている」


 ゆっくりとそう言えば、僅かに彼の興味を惹いたよう。何を言い出したのかと驚いたような顔でエルスが俺を見る。思えば俺は自分のことを何一つ、こいつに教えていないような気がした。確かにそれは不公平かもしれない。


 「お前が人が何を持ってして、鬼を語るのかはわからんが……少なくとも俺は人とは思っていない」

 「……え?」

 「肉親殺しがまだ人を名乗っているのは些かおかしな話だからな。俺もそれなりには外道だ」

 「…………なんで、殺したの?」

 「王の命令には逆らえん。あの人の言葉は絶対だ」


 後悔はしていない。命令を果たせたことは俺の誇りだ。それでも……悲しくないわけではない。だからだ。だから、抵抗はある。こんな風に話をしてしまうの、きっとその反動だ。


 「……そっか。鬼……か。双陸も……」


 エルスが笑う。少し寂しそうに、それでも嬉しそうに。その何とも言えない笑みの後……会話が途切れて困った俺は先の話を思い出してみた。


 「ああ、この子の話だったっけ。そうですね、この子は人の感情を引き出す鱗粉を出す。その鱗粉に触れたり吸い込んだりすると、感情のたがが外れやすくなって沸点低くなったり、涙もろくなったり、やりたいことを優先するようになる」

 「それは何の役に立つんだ?」

 「これでカーネフェル人同士が街で騒動起これば、それを鎮めた分だけタロックの株が上がるってこと。この子達は明るい色に集まる習性があるから金髪を見つければ付いていくよ」


 エルスが窓を開ければ、蝶がパタパタと飛んでいく。


 「なるほど。先程部下達の様子がおかしかったのは」

 「まだ城の付近を飛んでたのが結構いたんだろうね。でも大分散らばったと思う」

 「だといいのだが」


 あれが部下達の本心だと思うと少し情けなくなった。まぁ人間ってそういうものだよと頷くエルスが妙に大人びて見えた。


 「でも、その抑制が外れた結果何をしたかって言うのが……まさかお祭りだとは思わなかったよ」


 それは確かに。窓の外からは陽気な音楽が聞こえる。露天の店もまだいくらも出ている。それどころか増えたようにすら思う。


 「うわー!あれなんか酷いなぁ!カーネフェルの貴族の家には鏡っていうものがないのかな」

 「確かに好き好んで見たいものではないが、お前に人のことが言えるのか?」

 「ちょっと、これボクの趣味だと思ってるわけ?」

 「違うのか?」

 「これは貴方の大好きな須臾王がさせてるんだよ。似合ってるからって」

 「わ、我が君が……?」

 「華が欲しいんだってさ。周りに堅物の野郎ばっかりじゃ飽きるって」

 「あ、飽き……」

 「お姫様もセネトレアに行っちゃったしね。城のむさ苦しさと言ったら無いよ。あ、だからって思い詰めて双陸まで女装とか止めてよね。似合わないし」

 「……そうか」

 「なんでちょっと残念そうなの?」

 「我が君の力になれず無念……」

 「どっちかって言うと貴方の脳味噌が無念だよね」

 「…………そうか」


 俺の言葉に、エルスが少し狼狽える。まさか俺が落ち込んだとでも思ったのか?限りなく正解に近いが、この少年が俺を気遣うなんて珍しいこともあるものだ。


 「いや、ボクが思うに女装が許されるのは10代までだよ。似合うなら20代も良し。30代は余程の才能が必要だよね。4,5がなくて60越えたらもはや変装しなくてもどっちか解らない人居るしねぇ」

 「……?何が言いたい?」

 「見てよ、ほら。また増えた」


 窓の外、城下を指さし手招くエルス。まるで愚者の行進だと彼は笑っている。


 「要するに公害成分が多いって言ってるんだよ。仮装行列みたいで面白いけどさ!服装とか装飾品は立派なのに中身が酷いからもう笑えて笑えて。貴族のおっさんたちってナル入ってるから自分が世界一美しいとでも思い違いしてるんだよ。それで美しい自分なら女の服も着こなせるとか勘違いしてて笑える」


 そして、本当人間って馬鹿だなぁと彼は小さく呟いた。

 双陸も確かに窓の外の風景には絶句したが、タロックでも処刑を逃れるために少年達が変装するのは日常茶飯事。それでもいい年をした大人があんな恰好はまずしない。そんな日常はちょっと嫌だ。しかし自分がおかしいと言いたかったのは其方ではない。咳払いをし話の流れを引き戻す。


 「都貴族と言う者達は、余興に忙しく国の存亡になど興味がないようだ。即位したばかりとはいえ王への忠義も愛国心もない。他国とはいえ見ていて悲しいものだ」


 目的もなく街を練り歩く仮装行列。国の終わりの狂気とも呼びがたい代物。国のことなどどうでもいいと言わんばかりの人間達は、国の支配者、名前が変わる程度……どうでも良いと考えるのか。金のある人間は他の国へも逃げられる。だからどうでも良いのだ。そう思うのかも知れない。今を生き、過去を生きない。刹那の享楽を至上のものとする。今日が刹那、明日も刹那。人生とはその積み重ね。何とも、愚かなことだ。哀れなことだ。そんな風にしか生きられないとは。


(まるで、亡者の群れだ……)


 生きている?生きているのに彼らは生きてはいない。自ら生きることを放棄しているような、生きた屍。何の目的もない生。それでも生にしがみつく。寄生する。そして……こうして国一つを傾ける。この国を攻め落とすことが出来たのは、敵の中に味方が居たからだ。

 彼らは味方になろうとして味方になったわけではない。私欲に走った結果、自然とそうなったのだ。

 そこにいるだけで害を与える。それが鬼だとエルスは言ったが、そんなエルスが可愛く思える程に彼らは醜悪だ。鬼などよりも恐ろしい。その寄生虫たちは、息を吸うように国を蔑ろにし、腐らせる。可哀想なカーネフェル。民に見捨てられた国。


 「そういう奴はもう前線に出て死んでるんじゃない?世の中悪役と良くない奴ばかりが生き延びるものだよ双陸」


 少年はけらけら笑う。その理屈だとボクは最後まで生き残ると言わんばかりに。


 「貴方も適度に悪い人にならないとね、あっさり死んじゃうかもよ?不慮の事故とかで」

 「……呪術師殿には言われたくはない」


 少年の嫌味に、そう答えてやれば……彼は不機嫌な顔になる。そうしていると、本当に子供だ。


 「な、なんだよ!そうやってまたすぐボクを馬鹿に……」


 溜息を一つ吐いて、彼の腹部に目をやった。元々血の気が多く返り血の多いこいつの白い着物は所々が赤に染まっている。それでもまだ色が新しい模様がある。それは返り血とは違う。よく見れば内側から滲む赤。

 此方の視線に気付いたのか、エルスが押し黙る。逃げられるその前に、此方から踏み込んだ。そういう事、構われることに慣れていないのだ。だから、彼は上手く言い返せなくなる。常に自分が人の優位に立っていなければならない、そういう態度をしてきた奴だ。


 「血の匂いがする。また怪我でもしたんだろう?手当がまだなら暫く休め。お前は今日存分に働いてくれた」

 「…………」

 「薬はあるか?」


 聞けば首を振る。手当をしないのではなく、呪いで治す余裕がなかったのか。或いは別の理由かわからない。それでも大人しく、彼は怪我を見せてくれた。急に借りてきた猫のように大人しい態度には少々驚いた。


 「出血のわりに傷は浅いな。これならしばらくすれば治るだろう。一応薬を渡しておくから痛みがあった際に使うと良い」

 「…………」


 大人しいというか、手当の際ずっと無言だ。その表情は明るいとは言えそうにない。


 「どうかしたか?」

 「どうかしたかじゃないよ!これ、すっごく染みるんですけど?嫌がらせ?」

 「意外と物を知らないのだな。薬は多少染みて痛い方が効くと言うだろう?」

 「言わない!絶対言わない!ボクはそんなの聞いたことありません!」

 「それだけ騒げれば十分だ。直に良くなる」


 ふて腐れた少年の頭を叩けば、そっぽ向かれた。どうやらまた機嫌を損ねてしまったようだ。やはり俺は子供の扱いというのが下手だ。そんなことを思っていると、貸した小太刀を返される。


 「……そうだこれ」

 「少しは役に立ったか?」

 「ぜ、全然?や、役立たずも良いところでした」


 確かに使われた様な跡はない。唯鞘に僅かに傷が一本入っていただけ。

 なるほど、だからあんな妙な怪我をしていたのか。双陸は傷の途中で刃の切り口が止まっていたのを思い出す。


 「そうか。それなら役だって貰うまでは預けておこう。そいつも何の働きも無しには俺に会わせる顔がないだろう」


 十分役立ってくれている。なら無理に返して貰う必要もない。あの人にはエルスが必要なのだから。もし万が一こいつに何かがあっては困る。


 「タロックにはいつ戻るんだ?」

 「……そんなに早く追い出したい?」

 「そうじゃない。しかしお前はあの方への報告があるだろう?それにあの方はきっと心配して……」

 「双陸はそう思うんだ」

 「?どういうことだ?」

 「そのまんまの意味だけど?」


 エルスは、何か妙な口ぶりだ。そこには含みを感じる。


 「勿論報告はしに戻りますけど、別に須臾王はそこまでボクのこと好きじゃないよ」

 「……何?」

 「少なくとも今の王は、昔の王とは違う。それは貴方だって解ってるんじゃないですか?」

 「王は王だ。須臾王様がどんなに変わられても俺の主があの方であることには違いない」

 「…………」

 「エルス?」

 「貴方って……凄い、馬鹿ですね」


 感心しますを肩をすくめられた。しかし他人に呆れられるほど、主馬鹿と呼ばれるのはむしろ……


 「俺にとっては褒め言葉だが?」

 「言うと思った」


 *


 「…………アルドール様、ここは私が」

 「ら、……ランス?」

 「この部屋はイグニス様の数術が効いていますし、ここにならイグニス様は戻って来られるはずです」

 「でも!」

 「良いですか?何があっても貴方はここから出ないでください。イグニス様が戻られるまで」


 そう言って、ランスが部屋を飛び出そうとした時だった。俺の言葉じゃ止められない。どうすればいいんだ?と俺が狼狽えていた。その時に声は現れた。


 「待ってくださいランス様!」

 「イグニス様?」


 室内に飛び込んできたのはイグニス。その顔は悪巧みが成功したような、嬉しそうな微笑みだ。


 「イグニス!?」

 「セレスタイン卿がやってくれました。餌が見事に食い付いてくれましたよ!門が壊滅状態です。今すぐ追えば僕らも抜けられます!」

 「し……しかし、下にはタロック軍が来ているとのことでしたが」

 「あれは病人の看護を頼みに来ただけみたいですよ。まだアルドールがここにいることをタロックには気付かれていません。都貴族の手の者には気付かれていましたが、それも彼が追い払ってくれました」

 「あいつが……そうですか。後でちゃんと褒めてやらなければ」

 「それは結構ですが、唯……早めに追わないと厄介な問題になりかねないのでさっさと行きましょう!こっちに抜け道を用意してあります」


 室内に設けられた抜け道から外へと脱出。その先には三頭の馬と着替えたパルシヴァル君がいる。さっき貰ったばかりの馬と、もう仲良くなっている。


 「イグニス、俺は?」

 「君無理でしょ?ランス様の馬にでも乗せて貰ってよ。体重重いっていうなら数術でちょっと一時的に軽くして馬への負担減らしてあげる」

 「そ、そりゃあ俺はイグニスよりは重いかもしれないけどさ……」


 そんな言い方あんまりだ。


 「大丈夫ですよアルドール様。俺の|blanlumiêrearcencielprintempsaristocrate(ブランリュミエールアルカンシエルプランタンアリストクラット)号は人二人乗せたくらいでへばるような子ではありません。なぁ?そうだろう?」


 ランスが愛馬を撫でてやればそれを肯定するよう白馬は嘶く。っていうか何て言った?長くてわからなかったんですがその名前。


 「あれ?イグニスそっち乗るの?」


 パルシヴァル君にあげたはずの馬にイグニスが跨っているのを疑問に思って聞いてみると、彼が乗っているのはユーカーの馬らしい。


 「久しぶりだね、元気にしてた?リンガーレット?」


 顔見知りらしい一人と一匹は何やら会話をしている。


 「飼い主に似て気性の荒い馬みたいでさ、運んであげたいんだけど僕を乗せたがらないから顔見知りの彼に頼んだんだよ。ちなみに城からここに移すまでに僕の部下が何人か回復数術師の元に送られることになったよ」


 気品あり優雅で落ち着いているランスの何とか号と違って、ユーカーの愛馬はかなりの暴れ馬らしい。


 「それじゃ、行こうか。大きな数術を使ったらエルス=ザインに気付かれるからね。都をで得るまでは素早くかつ慎重に!」

 「しかしイグニス様、それでは目立ちすぎませんか?」

 「とりあえず視覚数術で全員女装させておきますので、街を通っても問題はありません。今は祭りの最中ですし。馬に乗っていても仮装行列の一環だと思ってくれますよ」


 *


 「やっと二人きりになれたね、イズー……」

 「…………」


 向けられた爽やかな笑みに、俺の表情は引きつり、凍り付く。


(つか、タロックの連中もう少し頑張れよ)


 ユーカーは都の門一つを壊滅、突破したトリシュに連れられ都の外へ来ていた。追跡者を恐れてか、奴は近くの森に身を潜めた。いや、そんな理由ならむしろいい!大歓迎だと言ってもいい!っていうかそうであってくれ。唯単に勢い余って、もうアウトドアな感じのあれでもいいかなとか思ったとかそんなことないよな。こいつも仮に騎士様だ。そこまで節操無しではないと信じたい。っていうか信じさせてくれ。


 「本当は喋れるんだろう?また君の素敵な声を僕に聞かせてくれ、イズー」

 「…………」

 「……拗ねているのかい?そうか、確かにいきなり縛ったりして悪かったと思うよ」


 なら解け。無言で睨み付けると、奴は足の方の縄を切ってくれた。


 「手の方も解いて欲しい?」


 当たり前だろと睨み付けるが、こいつは急に行動を惜しみ始めた。心底うざい。


 「それじゃあ僕を好きって言ってくれたら解くよ」


 思わず、はぁ?とか言いそうになった。そうなるほど……何というか頭が痛い。こいつは何を言っているんだろう。カーネフェルがクソ大変なときに何を脳味噌いかれたことを言っているのか。


 「さぁ!いっそ一思いに!なんなら愛してるでも可!」


 くそ、なんて地獄だ。いつもの癖でツッコミを入れたくなって来た。だけどここで何か言ったら俺の負けだ。策としてもそんな事を言うのは俺のプライドが許さない。アストロットに顔向けできない。


 「イズー、そんなに恥ずかしがることないじゃないか。いや恥じらう君も確かに可憐で美しい」

(違ぇえええええええええええええええええええええええええええ!!)


 事もあろうにこの男、屈辱に耐え忍んで怒りを抑え込んでいる俺の表情を、照れているなどと勘違いしたようだ。どれ程腐った目をしているんだろう。


(……ん?ちょっと待てよ?)


 縛られているのは手首だ。よって指自体は動く。


 「な、なんだいイズー?」

 「…………」


 この勘違い男の手を取って、そこに指で文字を書いてやる。

 互いに手袋越しだから、解り難いものはあっただろうが、こいつ曰く愛の力だ。一字一句違わず読み取ってくれた。凄いな、吐き気がするよ。


 「c、lo…se…… y…ou、…re、y…esか。なるほど目を閉じれば良いんだね。イズーは本当に照れ屋だな」

(かかったな間抜け男!)


 へらへらと笑いながら従う男に俺は内心ガッツポーズ。それもそのはず。この阿呆は俺の足は解放しているのだ。目瞑って聞いてない振りしたらこいつご所望の言葉を言ってやると見せかけて……当然そんなの誰が言うか。すきはすきでも隙ありだ馬鹿が!


(Have a good life!! 永久にさらばだクソ野郎!)


 俺は阿呆一人残して全力疾走すれば良い。逃げ足の早さで俺に敵うと思うなよ。このまま逃げて変装解けばこっちのもんだ。あとは撒くなりなんなり出来る。何処かで着替えだけ調達できればいいんだが。一番手っ取り早いのは、こいつの身包みでも剥ぐことなんだろうが、両手縛られた状態で脱がせるってまず無理だろ。ってことでここは逃げるが勝ちだ。

 俺の足音に気付いたのか、背後で何か聞こえたが……そんなの無視だ。断然無視だ。

 それでも慣れない恰好で走るのはかなり疲れる。適当に距離を取ったら、後は身を潜めるのが一番だ。俺はそう考えて、隠れられそうな場所がないかと辺りを見回す。

 その際、道の向こうから走ってくる白い何かが見える。耳を澄ませれば、それは聞き慣れた蹄の音だ。そしてその音が大きくなるにつれ、見えてくる姿も次第にはっきりしてくる。


 「ランス!」

 「良かった。無事だったか?」


 見捨てられたと、見放されたと思っていただけに、これは不意打ちだ。


 「酷ぇ目に遭ったぜ。もっと早く来いよな馬鹿」

 「そうか、元気そうで何より」


 相方は苦笑して、愛馬から飛び降りる。

 大してして心配して無さそうに見えるのは、こいつなりの信頼なのか、それとも本当に実は俺のことがどうでも良かったのか。ぜ、前者だと思いたい。


 「ユーカー、はい」

 遅れて馬から下りるアルドール。あ、お前も居たのか。アルドールから手渡されたのは俺の得物。置き忘れていたそれを持ってきてくれたらしい。反射的に礼を言いそうになったが、次に現れた奴の声にそれを止めた。


 「まぁ、今回ばかりはお礼を言ってあげますよ。貴方のお陰で、無事にローザクアを脱出できました」


 遅れて現れたのは神子。その言葉から俺はこの神子に踊らされていたことを知る。


 「てめぇ、俺を嵌めやがったな?」

 「さぁ、何のことでしょうか」


 すっとぼけてやがるが、おそらくここまで奴の計算の内。俺が女装を嫌がって逃げ出してその裏をかいて女装するのも、そこで外に飛び出すのも……更にはトリシュに門の警備を破らせるのも。未来が見えなくなったとか言っていた割りには、こういう嫌味なことに関しては、十分見えているような気がする。


 「僕は唯、教会警備に来たあの方に、貴方の名前を尋ねられたんですが、僕としたことが貴方にあまりにも興味がなさ過ぎて、ついついうっかり名前を忘れてしまいまして。適当な女性名を教えて差し上げたまでですよ。イゾル……なんでしたっけ?」

 「8割方てめぇの所為じゃねぇかっ!!あいつ俺のこと変な設定付けて完全に例の空想彼女と勘違いしてやがるんだが!?っていうか普通に声で気付くだろあいつ!お前視覚数術とか聴覚数術とか俺に使ってないだろうな!?」

 「そんな数術の無駄遣いはしませんよ。僕は今省エネ期間中なんです。だからこそ貴方に感謝していると言ってあげてるんですよ」

 「何でいっつも上から目線なんだよてめぇは!俺は年上だぞ!?」

 「生憎僕は年上だからって理由で踏ん反り返るような輩を崇める趣味はないんですよ。身分的には一介の騎士と一国の権力者である神子の僕とどっちが上か貴方の乏しい脳味噌でもそれくらいは理解出来るのではないですか?」

 「セレスさぁあああああああん!!」

 「うぐっ」


 神子と口論していた俺に向かってくる声。割り込むようにそいつは現れる。 腹部に思いっきりタックル食らった。鳩尾に頭突き食らった。急に飛び出してきたりするなと怒ろうとしたが……


 「セレスさんのリンガーレット連れてきました!」

 「あー、偉い偉い!あんがとな!だけどもうちょい登場の仕方ってものを考えろ」


 パルシヴァルは眼をキラキラさせて、褒めて褒めての表情だ。まだ腹は痛いが怒る気力も消えてしまい、語尾に行くほど力がなくなる。


 「…………ん?ところで俺の馬は何処に置いたんだ?」

 「セレスさんの後ろですよ?」


 言われてみれば背後から何かの鼻息と、咀嚼する音が……

 振り向こうとするが頭が引っ張られているように動かない。ぎぎぎと無理矢理首を曲げ、横目で見てみれば……俺の馬が俺の髪をもしゃもしゃと貪っている。


 「だぁあああああああ!この馬鹿馬!俺の髪はそんなにオレンジじゃねぇだろ!ニンジンじゃねぇから!食うな!!こら!止めろ!!お前飼い主に向かって何んてことを!髪が馬くせぇ!」

 「涎塗れですね」


 それに気付いた途端、パルシヴァルが俺から離れる。ちゃっかり安全圏に退避しやがった。言いようのない怒りに打ち震える俺。寄越された助け船は、確かに俺を解放してくれたが……


 「ガレット、その辺にしておこう?ほら、ニンジンならこっちのあげるから」

 「何で飼い主の俺じゃなくてランスの言うこと聞くんだよてめぇ……」

 「よしよし、そんな不味いもの食べてはいけないよ」

 「何で俺の髪が不味いって決めつけてんだよてめぇ!なんかむかつく!食べたこともねぇ癖に!」


 よくわからないことで俺が腹を立てれば、ランスは苦笑して俺の髪に触れる。


 「ああ、悪い。そういうつもりじゃないんだ。ところでそういうお前はあるのか?」

 「いや、ねぇけど」

 「イズぅううううううううううううううううううううううううう!」

 「げほっ!」


 今度は背後から何者かにっていうか確実にあいつだあいつ。あいつに抱き付かれる。そいつは震える手を俺の髪へと伸ばし、わなわなと肩を震わせる。


 「そこの駄馬!私のイズーの麗しき金髪を毟るとはっ!!馬刺しにしてくれようか!」


 トリシュが得物を抜き払う。それに俺の愛馬は鼻で笑って迎え撃つような表情。


 「トリシュ、それは流石に大人げないんじゃないか?」

 「ランスは黙っていてくれたまえ!これは僕とイズーの問題だ!ってええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 「何か?」


 俺とランスを見て、トリシュは絶叫。そして手袋を思いきりランスへと投げつける。どうやらランスが俺の頭を触っていたのが気に入らなかったらしい。


 「例え我が友アロンダイト卿とあろうとも、私のイズーに触れるなど、断じて許せん!」

 「別にお前のでもねぇもがっ……」

 「イズーさんは黙っていてください」


 もう我慢できなくなってツッコミに走ったが、途中で神子の手に口を押さえられ遮られてしまう。俺よりずっと背が低い癖にどうやってと思ったが、この神子、アルドールを踏み台にしていやがった。ここまで軽んじられる王というのはカーネフェルにも未だかつていないだろう。アルドールも少しは王の威厳を持てよ馬鹿。踏み台でも親友の役に立てて嬉しいみたいな顔するな馬鹿。お前も男なら神子のスカート覗くくらいはしろよ。


 「ブランシュ卿、確かに前世で貴方と彼女は恋人だったかもしれませんが、今は違います。そう、何を隠そう僕もさっき知ったのですが彼女はアロンダイト卿の恋人なのだそうです」

 「何っ!?私を裏切ったのか!?アロンダイト卿っ!!」

(違ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!)


 迫真の表情で余計なことを言い出した神子。そんな大嘘言って何の得になるのか。暴れてなんとか拘束を外れるが、俺の口にはガムテープ。何か数術でも使ってやがるのか引っ張っても何しても剥がれない。

 その傍らで、いつの間にかアルドールは踏み台から肩車(下)に進化している。神子はランスとトリシュを見下しながら、偉そうに言葉を紡ぐ。


 「アロンダイト卿。こうなった以上貴方も退けません。彼と戦い、彼女を取り戻すのです!!」


 何だこの展開。何これ。っていうかガムテープはがれねぇ。


(ランス!てめぇも何とか言えよ!)


 と縋る思いで視線を従兄に向ければ……大丈夫俺は解っているよと奴は俺を安心させるように微笑んだ。


 「わかりました。他ならぬ、彼女のためです」

(そうじゃねぇえええええええええええええええええええええ!!!)


 「なら勝った方が彼女を得、それから一つ何でも命令が出来るというのは如何でしょう?僕はシャトランジアの神子として中立に公平にあなた方の勝負の審判を行います」

 「……わかりました。私が勝ったなら、アロンダイト卿!貴方は今後一切彼女に関わらないと約束してください!」

 「…………わかった」

(受けんな馬鹿ぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!)


 確かに正体も守って欲しいがもっと別のもんを守って欲しいわ。何そんな危険なことに俺を巻き込むんだよ!受けるなよそんな勝負!!

 もう何もかもが嫌過ぎて、俺は涙目になってきた。目敏くもそれに気付いたトリシュは、基本視線を俺でロックオンしていたとしか思えない。


 「大丈夫だからねイズー!すぐにこの男のことはすぐに僕が忘れさせてあげるよ。君も本当は嫌だったんだろう?昨日まではどうだか知らないが、私と出会ったその瞬間から君の心はもう彼ではなく私の物になってしまったんだから!」


 違ぇよ阿呆。何でそうなる。後一人称統一しやがれ。公私混同甚だしいわ。俺がトリシュに内心毒づいていると、ランスが顔を上げ勝利時の願いを口にする。


 「……それじゃあ、トリシュもし俺が勝ったら」

 「…………彼女に近づくなと?」

 「いや、別に彼女に近づくのは構わない」


 構わねぇのかよ。たぶん俺と同じ事をアルドールとトリシュ辺りは思っている。神子だけは、いつものように全てお見通しといった表情。そりゃそうだよな。これお前の悪巧みだもんな。


 「トリシュ、お前もアルドール様に忠誠を誓ってもらおうか?」

 「構いませんが……ますます貴方に負ける気がしませんね」


 アルドールとランスを一瞥し、トリシュが二人を鼻で笑う。


 「私はイズーに仕事と私どっちが大事なのと聞かれたら彼女だと即答できる!彼女より仕事を取るようなそんな男に、僕らの愛は壊せない!!」


 愛も何も俺はお前のこと何とも思ってないからな。むしろ嫌ってるからな。その辺いい加減気付け。

 もう疲れてきて、その場に座り込む俺。近寄ってくるパルシヴァルは俺のガムテープを興味深そうに見つめている。さっきまで静かだったのは俺の背後に隠れていたかららしい。それもそうか。もう少し早くトリシュが現れていたなら、手袋を投げられたのはこいつだったかもしれないのだ。

 大人げないあの野郎が、こんなガキを脅えさせるとはとんでもねぇ話だ。まぁ、ランスに任せとけ。あいつが負けるなんてことはないだろう。自分にそう言い聞かせながら、パルシヴァルの頭を叩いた。それでこの少年も、少し肩の力が抜けたようだ。


 「大丈夫ですか?」

 「んんんーんんぁうん、んーんん(大丈夫なわけねぇだろ)」


 首を振れば、考え込んだ少年が、それを引きはがそうとしてくれる。しかし痛いだけで剥がれない。あの神子本当に何してくれたんだ。都脱出のみならず、味方増やしたいからって俺を人身御供にするなんてこいつは鬼か、悪魔か。横目で神子を睨み付ければ、俺の無様な姿に神子はとっても良い笑顔。清々しいまでにこいつは、鬼畜な外道だった。さっさと聖職者辞任すればいいのに。

 割と本気でユーカーはそう思った。

6章ヒロインなかなか出てきませんね。彼女が出るまで、ユーカーが女装ヒロインやらなきゃならんとか可哀想すぎる。イグニスが腹黒いですね。どんな窮地でも嫌がらせは忘れない。そんな味方キャラを味方と呼んでいいのだろうか?

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