92:Cave quid dicis, quando, et cui.
「……なぁ、あんた」
呼び止められて、アルドールは振り返る。前を歩く二人を追いかけなきゃと思いながらも。
「え? 」
俺達がその家を出るときに、彼はもう一人だった。死に余韻はない。眠った少女を数人で……抱えてあっという間にいなくなる。
「これ、あの人に。さっきの人に、お礼を伝えてくれないか? 」
「勿論、伝えておくよ。ええと……」
青年が差し出したのは、綺麗な白い花。彼女の見舞いに摘まれたばかりの花なのか、まだ元気があって数日くらいは保ちそうだ。
「フローリアの為にありがとうと。俺は、フロリス」
似た名前。似た髪の色。兄妹だと思った。自分と妹を重ね合わせて、本当は助けたかった。しかし兄の方まで似た名前。まじまじ彼の瞳を見つめても、それは青以外になかったけれど……思い返せば彼も彼女も美しい外見をしていた。
「……もしかして、混血? 」
若いカーネフェリーの男が、こんな場所を彷徨いているはずがないのだ。例え、病にかかっても。
「凄いな、見破られたの初めてだ」
「いや、その……混血の友達いたから、なんとなく」
俺と彼が話し始めたのを見て、少し離れた場所にランスとジャンヌが立ち止まる。話が終わるまでと、待ってくれているのだろう。
「混血の目って良い値が付くんだ。でも俺も妹も、幸い髪はカーネフェリーを継いでいたから……買って移植したんだ。それでカーネフェル人になって、俺が養子に入って……妹も楽にさせてやれるって」
大人びて見えた青年も、ランスと同じくらいの年だろうか。親しい人を亡くしたばかりの彼を、どうにも放って置けなかった。何か出来たのに、何もしなかった……申し訳なさもあったから。女装している俺に、妹を重ねているのか。フロリスは名残惜しそうだ。
「……だけど、俺達が掴まされたのは、汚れた目玉だった。騙されたんだよ。大金の目と交換してもらったのは、病んだ貴族が手放した青い目だ」
「フロリス……」
「綺麗な目だな、あんた。もっと早くここに来てたなら、俺言ってたよ。あいつにその目をくれってさ。もう、目だけじゃ足りなかったんだけどな……」
「フロリス来るんだ、早くっ! 間に合わなくなる!! 」
「あっ! 」
何があったのだろう? 家まで戻って来た医者が、フロリスの腕を掴んで攫う。引きずられながらフロリスは、無理に笑って手を振った。
「悪い、冗談だよ! 綺麗な目、大事にしろよ! 折角可愛いんだから、きょうだい仲良くな! 」
「う、うん! 」
「お前、何て名前なんだ? 教えてくれよ! そっちの姉さん達も! 後から何かお礼するから! 」
「え……あ………ふ、“フローリプ”! お姉ちゃんが、“ルクリース”。格好いい方が“アージン”姉さん」
偽名が浮かばず転げ出たのは、俺の家族達の名前。俺とジャンヌとランスとで、丁度誤魔化せる数が揃った。
「覚えたぜ! またな、フローリプ! 」
自分で名乗った名を呼ばれ、胸がズキズキと痛む。それでも笑って手を振れるのだから、俺も少し嘘が得意になっていた。
「ごめん……遅れた。あんまり関わるべきじゃないのに」
「いいえ、アルドール様。知ろうとすることは、悪いことではありません。貴方は、俺にまで近付いてくれました。あの人とあいつ以外……何も要らないと思っていた俺に」
懐かしむようなランスの言葉に救われる。空っぽだった俺とランスにも、今は中身がちゃんとある。
「自信を持って下さい。数術を使わなくとも、貴方は人を救えています。ジャンヌ様と、同じように」
「……ランスには、敵わないよ」
「ご謙遜を。俺を負かせたのは、あいつと貴方くらいなものです」
暫し見つめ合う俺とランスの傍らで、ジャンヌがボタボタ大粒の涙を零し肩を振るわせていた。彼女の嗚咽に気付いた俺達は、彼女の方を振り返る。
「じ、ジャンヌ!?」
「ジャンヌ様!?」
「良かった……二人とも、いつものランスと……アルドールです」
良かったと、何度も同じ言葉を繰り返し……ジャンヌは泣き笑う。追い詰められていたんだ、ジャンヌは。合理的に動く俺達に。
「えっと……ごめんジャンヌ。今綺麗な手持ちがなくて……ランスの服で涙とか拭かせて貰う? それで俺ので鼻かむとか」
「アルドール様!? アルドール様にそんな汚れ役はさせられません。分担は逆にしましょう! いえ、誤解ですジャンヌ様。別に俺は貴女の鼻水が汚いとかそう思っているわけではなくて」
「なんですかそのよく分からない分担作業は」
俺の譲歩にランスは赤面、ジャンヌは解せぬと首を傾げる。でもその後に、ジャンヌが腹を抱えて笑ってくれた。彼女も辛いことばかりだろうに、こんな顔を見せられると……少し自惚れてしまう。
「さ、私達も戻りましょう」
*
「リオ先生? 」
私が目立つようなことをした所為だけど、ずっと外にいるのも怪しまれる。なかなか戻ってこない彼女が心配で、教会施設まで行くことにした。表向きは、知人を探す名目で。
それでも随分待たされた。交渉が手間取っているのだろうか? 不安を覚え始めた頃……ようやく彼女が現れる。それはもう、夏の日も暮れる頃。
「済まないジャンヌ……カーネフェリア様。手配に少々時間がかかりそうです。入れ違いで馬車が麓まで新しい医者を迎えに行って足がない。戻ってくるまでここに泊めて頂こうかと。早くて明日、遅くても二、三日。堪えて下さいカーネフェリア様」
「新しい医者……? 医師にも何か不幸があったのでしょうか」
ランスが不思議そうな顔。直後に気付いた彼が青ざめる!
「まさか、ここで急を要する感染症でも!? 」
それならばこんな場所に留まれないと私やアルドールを気にしてくれる。
「いいえ。実は第五島で新たに開発された治療法があるようで。それが問題なのです」
「問題、ですか? 」
アルドールも話が気になる様子。 場所を移そうというリオ先生の言葉に、私達は借りた客室の一部屋へと向かう。施錠を気にした後、彼女は続きを話し始めた。
「その治療法は、適切な治療を受けられれば不治と言われた風土病をも治します。ここへ来る医者は二種類がいて、それを広めようとする者と、それに堪えられない者です。患者にも同じく二種類。是が非でも治りたい者、信仰に背けない者」
リオ先生の話は、迷信をもっと現実的にした話。病んだ人体を、そのパーツを別人のそれと取り替える。どれでも良いわけではなくて、情報数術で数値が合う人のパーツを移植する。素体さえ手に入れば確実に治る。けれど、ここはセネトレア。その素体を入手するために……必要となるのは金だ。また、金のために……攫われ殺される者もいる。例えば貴族や大金持ちの縁者が病人だったなら……どうなるかは想像に難くない。
「だけど……ここってそんなお金のある人が来る場所じゃないよな? 」
「……では、彼らは互いに互いの健康な場所を貰うためにここへ? 」
「え? 」
私はアルドールとランスの言葉にぞっとする。思い当たる節があった。昼間、亡くなった少女……フローリアは医者に連れて行かれた。それにフロリス? アルドールから聞いた青年はそんな名前だった。別れを惜しむ間も無く葬儀の準備とは何事かとは思ったのだ。
「リオ、先生……? 」
嘘だと言って欲しくて恩師を見上げる。だけど彼女は首を横に振るばかり。僅かに彼女の唇が、弧を描いたのは何故か。
「Disは体液から身体全体へ巡り、やがて全身が病んでいく。けれど病み始める場所は人により異なります。被感染者の血液を入れ、病んだ血を抜く。これだけでは僅かな延命にしかなりません。それと並行しながら病んだ部位を交換する必要があるのです」
本来適合しない素体を、数術使いが数値の書き換えにより移植できるパーツに変える。病んでさえいなければ、互いに互いを救う希望。屍肉に集る、獣の群れだ。
「亡くなったばかりの人を解体し、パーツとして保存する。ここは宗教施設でもありますから、抵抗のある医師も多いのでしょう。長続きしないと聞きました」
(なんてこと……)
あの子が苦しんで、それを悲しむ者が一体何人いたというのか。昼間はあんなに綺麗に見えたこの町が、今は恐ろしく見える。
話が終わり、数人で部屋を分かれた後も……アルドールはずっと私の傍に居た。昨日のことも、もう忘れてしまったの? そうではないでしょうけど。それでも貴方は、いてくれる。今は私を恐れない。もっと違う何かに脅えているから。
「ジャンヌ、駄目だよ」
「アルドール? 」
「全部あげたら、誰かが助かるなんて思っちゃ駄目だ」
カードなんだ。どうせいつか死ぬ。それなら誰かにあげてしまえ。あげられるものがあるなら……そう、思ったことに気付かれていた?
(違う)
それは貴方が一瞬でもそう考えたから。考えて振り払って否定した。だけどこれまでの私の行動を見て、不安になった。私ならやりかねないと。
「ジャンヌは、俺達は……もっと大勢守れるよ。だから、……頑張ろうよ」
見捨てようよ、とは言わないのですね。貴方は王になっても、言えないんですね。本当は……誰も見捨てたくないのは、私じゃなくて貴方。貴方は何も変わらない。だけど……
「大きくなりましたね、アルドール」
私に頭を撫でられたことに、アルドールは驚いている。
「でも……また泣いて、鼻水が出ていますよみっともない」
「うっ、え……? あ……」
「貴方は王なのですから、笑っていて下さい。きっと民は応えてくれます。貴方は優しい良き王です。ふふふ、昼間のお返しに……私の服、貸してあげますか?」
泣いた彼へと肩口の布を引っ張るも、アルドールは顔を赤らめ目を逸らす。
「ジャンヌ、意地悪だ」
*
夢の中、思い出すのは遠い語らい。こうして目を伏せても、はっきりと……友の顔を思い出せる。奴は人を馬鹿にする笑いしかしない男だが、それでも時々……笑うのだ。その顔をさせた時は、決まって“俺”の勝ちだった。
「僧祗、貴様の負けだ」
「なんでだよ! この盤面はまだ……あ! 勝ち逃げか!? いや、私に負けるのがこわかったのだな!? 駒ごとぶん投げるのはマナー違反だぞ! 」
「薬師がこんな遊技に明け暮れたって意味ないだろう。そもそも貴様の持ってくる駒遊びは、ルール無用で話にならん」
「既存の盤では私が負けるからな。私が新たに考案した遊技だぞ? 我が国らしくて良いじゃないか」
盤は平野に山地、海に砦。ありとあらゆる戦況に対応した戦盤。駒には将や兵以外にも、暗殺者等もいる。この暗殺者という駒が重要で、王以外全ての駒が暗殺者に変化可能だ。まず邪魔な見方を殺し道を作る。強い駒を動かし暗殺者へ変化! ここで一撃必殺、王手となるのだ。
「貴様は馬鹿か。女王の駒で敵地で暗殺者に成っても、その犠牲は勿体ない。暗殺者の駒は動きこそ不測だが、決して後ろに戻れないのだぞ。西洋将棋で言う騎士の、前にしか進めない劣化盤だ。さっさと敵地に乗り込み、強い駒に成って暗殺。そこで討たれて、はいお終い」
「それは貴様が影武者駒の使い方が上手いのだ洛叉! 暗殺者は片道切符! 帰り道も退路も必要などない! ここで暗殺駒の奥義・自爆を使い、四方と斜め隣接する駒全てを道連れにする! 」
「話にならん。貴様に軍師は無理だ。医学の道だけ真面目に励め」
「そうはいかんぞ洛叉! 貴様、殿下に取り入っているだろう! 戦場で自分が作った毒を使って貰うつもりだろう! そうはさせんぞ、歴史に名を残す新たな毒薬を作り出すのはこの“俺”だ! 大体仏頂面のお前より、私の方が絶対に面白い! 殿下も私を遊び相手にして下されば良いものを」
ライバルである友に夢を語るも、友は全く乗り気ではない。毒はいいぞ。良い毒薬を作れば褒めて貰える。王も、家もそれを誇ってくれる。
「……なんだ、つまらん。どうした洛叉」
「殺す簡単さは誇るべきではない。治せる簡単さを誇れ。それが俺達が師から教わったことだろう」
「そんな不抜けたことを言っているから、師は殺されたばかりではないか。なんだ洛叉、自殺願望か? 悩みでもあるなら聞いてやるぞ」
「……話す気がしない。話させたくばたった一人で、王を殺す駒でも作って見せろ」
それが、友と話した最後の言葉だ。あの男は王を殺すつもりだったのか? 分からない。王の命令に背いたことで、天九騎士だったあいつの家は潰された。
破壊され、荒れてしまった友の家。その残骸から見つけた資料。こんな“毒”を考えるなんて、やはりお前は天才だ。そしてそれを解析し、現実の物とした俺も天才なのだ。
(そうだとも)
きっかりと……決めた時間に目を開ける。俺の毒は完璧だ。
「見てるか、洛叉。私はとうとう、お前を越えたぞ! 」
死都を見上げながら、僧祗は笑う。国を出奔した大罪人。この国の何処かに生き存えたという友に、ゆっくり語りかけながら。
「お前が作った毒と、“俺”の駒がカーネフェルを落とすのだ! 」
喜べ友よ。お前はもう逃げ隠れせずに良い。手柄は俺達二人のものだ。帰ってくるが良い、我らが故郷……タロックへ!
*
天九騎士のある席を、競い合う貴族の家がある。度家と阿家。薬学を専門とする識家と違い、共にタロック医術全般を担った名家。先の大戦では彼らの父親同士が地位を競い、多くの対人兵器を発明。直接剣で人を襲わず、火で家を焼かずとも……彼らほど多くを傷付けたタロック人は王の他には一人もいない。度家の断絶により、阿家の地位は不動のものになったのが十数年前。その若き当主僧祗は好敵手を失うことで……毒へと傾倒していった。
「ほんま、僧祗はんはえげつないわ」
母から聞いた先代よりは、マシかと思った同僚も……結局は、毒を纏った蛙であった。
阿迦奢は遠い空を眺めて、一人溜息。もはやどうでもいいことだけど、混血絡みは気がかりだ。自分が混血に救われたという自覚はあるから。
第五島の風土病。それは何処からやって来た? それはいつから存在していた? 誰もそれに触れようとしないのは何故? ある種の禁忌であるように、人々は踊らされている。
(時期としては混血の誕生した年と、……大凡重なる)
奇妙な子供達、交戦地域、謎の病。純血至上主義、混血迫害の起源も……そこから始まるものだろうと推測できる。
タロックとカーネフェル。此度の戦より昔……先の大戦での戦線は、カーネフェルに留まらず、セネトレアでも衝突が起きていた。今回と同じように。
タロックを叩くには、その支援を行うセネトレアを潰す必要がある。正面からは戦争に参加出来ないシャトランジアも、正義と人道という観点から参戦することは可能。彼らは盾だ。殴りさえしなければ、此方を滅ぼす理由を得られない。そう……議会は彼らを捨て置いた。しかし須臾王は、シャトランジアを討たねばカーネフェルを滅ぼせないことを知っていた。タロックとカーネフェル、それはセネトレアとシャトランジアの代理戦争の側面がある。国土の小さな両国は、大国達を振り回すだけの力を持ちながら……滅ぼすことは叶わない。如何に戦わず旨味だけを吸い取るか。そういう話になるだろう。
第五島は、犠牲として選ばれた。他の四島に比べハズレの土地。戦地としては打って付け。正面から挑まないシャトランジアのため、タロックも策を弄することとなる。未知の毒をばらまいて、それを病と定義する。そして病の感染を防ぐためという正当な理由で聖十字をも排除。
倒しても倒しても敵が減らない理由に気付いた須臾王は、ハイレンコールに侵攻。そこで出会ったマリー姫に彼は惚れ込み、休戦へ。平和の礎となった死都。
混血は良い値が付く高級商品。しかし最初は駆除対象。異人族間の交わりが風土病の原因と信じられたこともある。その風評被害の収束は、須臾王とマリー姫の婚姻により解消された。二人の間に生まれた混血……那由多殿下は、希望であったのだ。
「だけど、希望は殺された」
遠い山から、炎が見える。祭のように綺麗な景色。僧祗がやっているのだろうな。あれは……浄化の炎。あの病は、焼いてしまうのが一番良い。
第四島や、カーネフェルが候補地から除外されたのは、火の元素が豊富な土地であるため。第五島は乾燥地域でありながら、土に次いで多く含まれる元素は水。体液、血液に関わる病であるDisは、この水の元素に反応する。感染率、進行速度も各々が生まれ持った体内元素に依存する。そしてその作用を最も受けやすいのが……土の元素を多く纏ったセネトレア人、血の薄いタロック人だ。
必要なのは乾燥と湿度。他島では、病の菌自体は生きられない。脅威と言えば感染者自体が移動することだが、怪しい相手と深い関係にならなければ問題はない。さほど取り締まられていないのは、そういうこと。どうせ死と隣り合わせの国。病で死ぬか、事故で死ぬかの違いはあれど。
「……“イグニス、私を置いて……死なないで”」
死んだ私を救った混血。主を希望を失った私の前にあの子は現れた。教皇の言葉通りになるのは癪だけど……縋れる未練が作られた。私は、まだ死ねない。
*
いつだ。いつになれば動く? 日が落ち夜が深まった。二人が寝静まるまでここで守りに就こう。カードがまとまっていることが、最も安全なのだからとランスは考える。
「まだ此方に? ……扉の外で警護とは。盗み聞きか忠臣か分からないのではアロンダイト卿? 」
「……失礼。しかし、心配だったもので」
「それは、どちらが? 」
いつまでも扉の側に残る俺を遠ざけようと、女が声を掛けて来た。声は穏やかでありながら棘を含む。何か誤解があるようだ。俺はアルドール様とジャンヌ様の、邪魔をしたいわけではない。
(俺も、どうせ死ぬのだ)
だから多くは望まない。アルドール様が俺を信じてくれて、ジャンヌ様が時々……俺の方まで笑ってくれればそれで良い。俺は壁から背を離し、彼女に疑問を投げかける。
「それよりリオさん、いくつか気になることがあるのですが……俺はどこの部屋で寝れば良いのでしょうか? 」
「ああ、それなら此方にも借りた部屋があります。私の部下と一緒でも構わないでしょう? 案内します」
「そうですか、それは助かります」
彼女が俺を連れて行こうとする場所は、部屋から随分離れている。カードの幸福値を考えれば良い判断とは言えない。
「リオさん、貴女もカードなのですよね」
「はい」
「差し支えなければ貴女の数を聞いても宜しいですか? 今後の作戦に関わります。俺は貴女と行動していて良いのでしょうか? 」
「……」
「リオさん、もう一つ良いですか? その……いつまでの苗字呼びとは素っ気ない。同じく旅する仲間でしょう? ランスと呼んで下さいませんか? 」
俺は彼女をこれまでリオ様と、“様付け”で呼んでいる。突然呼び方を変えた俺に、彼女は何も言わないばかりか照れもせず、不快な表情一つ見せない。
「口説き文句のようなのに、随分と物騒な物を手にしていらっしゃる。戦慣れしている殿方は品がありませんね。お顔だけならこの上なく素晴らしいのに」
剣を構える俺に気付いて、振り向く彼女の表情は……知らない女の物だった。顔の作りは全く同じ。視覚数術が破れない? 数値は確かに以前の彼女。けれど違和感だけは消えてくれない。
「だから小娘一匹、落とせないのではなくて? 」
「思えば今朝から貴方の様子はおかしかった。名で呼んでくれていた俺を、再びアロンダイトと貴女は呼んだ」
「そこまで分かって何故? 大事な主の側から離れたの? 」
「昨晩と同じ術ならば、貴女をジャンヌ様の前では斬れない! 」
エフェトスの被憑依数術の逆。憑依数術。乗っ取られたユーカーの様に、一時的に操られているだけならば……あの時貰った薬が効くかもしれない。けれど、教会兵器を手にした相手に手加減できるか分からない。
(数値が、見えない)
彼女の幸福値が増えているのだ。決定的になったのは、このハイレンコールで別れて合流した後に!
「答えろ、貴様は何者だ!? 一体何を、取り込んだ!? 」
「田舎のカーネフェリーには分からないかしら? 身体もファッションの一部。飽きたら使い捨てられる。このセネトレアに、金で買えない物はないのよ」
「使い、捨て……、貴様は何を」
「だって、つまらないわ。貴方達、第四島に遊びに来てくれないんだもの」
「第四……っ!? 」
「昨晩はとっても刺激的な夜をありがとう。だけど今夜はもっと、素晴らしい夜になるわ」
「くっ……」
「ねぇ、美しい騎士様。私……貴方になってみるのも凄く面白そうだと思っているの。貴方を信頼する王と小娘が、傷つき涙する顔は……どんなに愛らしいかしら!? 」
撃ち込まれる弾丸に、数術の防御壁を張る。弾が触れた場所から、壁は崩壊! 崩れて消える。装備は彼女自身の物。身体能力も、軍で鍛えられたまま……おそらく身体も彼女自身。リオ=プロイビートが乗っ取られたのは確実だ。
(やはり、殺すべきだった! 例えジャンヌ様に非難されようと)
少女を送りに行ったという部下を、先に一人でここへと送り込む。貴女は少女を既に始末して、保管してくれていた。後は何処かで合流し、その場所がここだと思った。
(防戦一方では、幸福値を無駄にするだけだが……あの弾は危険だ)
効果は小さくとも、此方の数術を確実に無効化する。弾切れの瞬間を狙う。
「……馬鹿、な」
仕留めた。そう思ったはずの手応えは……打ち合う鋼の音へと変わる。防がれた。女は弾切れの銃を手にしているだけ。それなら誰に……? 肌にまとわりつく殺気。囲まれている……!
「私、昼間に一度麓まで降りていましたの」
(タロック、軍!? )
囲まれたのは、自分の周り以外にも。外にも無数の気配が増えている。そのどれもが異常な数値を感じさせる不気味な兵士。
「保管数術は、生きた人間は持ち運べない……っ! 」
「それなら仮死状態にする毒を、盛れば持ち運べると言うことですわ。王手と行きましょう、カーネフェル? これがチェスならば、もはや逃げ場はありません」
*
「ふむ、呆気ないものよ」
刹那は落胆し、子供のような寝返りで何度も寝台を転がった。
「つまらぬ! つまらぬぞ! この妾にあれだけ言った小娘共が、妾以外の手にかかり死ぬのはどうにも許せぬ! そうは思わぬか? ……というわけで、妾は今宵の眠りの前に、いくつか悪戯を嗾けようと思うのじゃ」
隣に腰を下ろした男は、美しい妻の姿に、三度目の死を堪えているところ。
「王よ、憑依数術とやら……其方が献上された物よの? それで其方は生き存えた。愉快な男よ、流石はこの妾を娶った男」
暗殺者を使い、二度ほど殺したセネトレア王。しかし奴はまだ生きて居て、今度は私好みの男の顔で現れた。
「随分と遊んでいるようではないか。この世で最も美しい、この妾を手に入れて何が不服じゃ? 」
「不服も何も、私の身体では貴女と世継ぎを作れない。ですから貴女に見合う身体を欲しているだけですよ」
「くくく、出来るものなら歓迎するぞ? 妾の毒に打ち勝って、妾に子を宿せたのなら……其方がタロックの新たな王じゃ」
なんなら今から試してみるかと誘ってみるが、頭がいかれることを恐れる男は触れては来ない。商人に、もしも金より大事な物が在るならそれは、金勘定をする頭。そこさえ無事であるならば、失った金はまた取り戻せる。
「して、王よ。何故第五島を捨て置いた」
憑依数術、その情報をタロックにもたらしたのもこの男。第四公とあの男を引き合わせたのもきっと。
「平等とは争いの元。多少の不自由、不平等なくらいが丁度いいのです。同じ公爵の地位にあろうと、格差はあった方が良い。それなくして、セネトレアの繁栄はなかった」
「ほう……其方の命が狙われる理由がよく分かるのぅ。あの殺人鬼と其方は決して相容れぬ」
「何を他人行儀な。嗾けたのは貴女でしょう? 」
「くくく、可愛い妾の茶目っ気ではないか? 妾を楽しませてくれると約束したであろう? 」
「それで今宵の悪戯とは? どんな可愛らしいことをお考えかな私の刹那」
「不抜けたカーネフェリアが、妾の首を本気で狙いに来るような……そんな可愛い悪戯よ」