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90:amantes amentes.

「誰かー! 誰かいないの!? 大変よ! 早く逃げなきゃ!! 私見たの! あいつらタロークよ!! 同盟国がどうして!? ねぇ誰かっ! 」

「おっと、口が過ぎるぜお嬢ちゃん! 」

「っ! 」


町を駆け回り、生存者を探す傍ら……大声で叫び回って敵を釣る。変装したって、その辺のさして可愛くもない小娘に見える俺なんか、釣り餌になるのか悩んだが、美形に見える視覚数術を使う間でも無かった。こいつらは、“誰でも”良いんだ。

俺を一撃で殴り飛ばして、捕まえた鎧姿の兵士は、イントネーションのズレたカーネフェル語を話す。


「セネトレアには来たばかりって顔だな。反応が初々しいぜ」

「な、何を! 」

「こんな所で大騒ぎして、人が集まるとは思わなかったのかい? 」


俺の表情に、怯えが浮かんだことに男は満足し、鎧を兜を脱ぎ捨てる。そんな重いものは邪魔だと言わんばかりに。そうして装備ががら空きになったところで……俺は別の存在を感じ取る。


「役者ですね、我が君」


不可視数術中のランスが軽く切り捨て、情報数術で記憶を抜き取る。


「随分と、人形暦だけは長いからな」


傍にいてくれたと知っていても、少しは不安だ。こうして俺が囮となって、騒ぎを起こしているけれど、カード以外の敵は釣れても仲間も敵のカードも現れない。ジャンヌ達に何かあったのではないか。そんな懸念も胸に芽生える。


「ランス、何か新しい情報は? 」

「……申し訳ありません。彼らは何も知らないようです。カーネフェルの名を騙り、略奪、殺戮をすること。それ以外の目的……喜び以外の感情が見つからない」

「そっか……」

「彼らは……本当に、セネトレア人なのでしょうか? 」


内乱ではない。にもかかわらず、国民同士が襲い合うということに、理解が追い付かない。


「昼間からここにいた人達が暴れているなら、そうなるよな。でも……」


エルスの時を思い出す。あの子に初めて会った日のことを。あの村の人々も、最初は好意的だったんだ。たったひとりの煽動で、人の行動、心が変わってしまうことはある。今ここで起きていることを、正しく理解する暇が与えられているかは解らないけど、全てを疑って掛かったら、歩ける道も歩けない。


(そう、だけど……あの時とも違う)


襲ってくるのはみんな男だ。俺が女装しているから? だから女性の悪意を受けない……? それもあり得ない。あの時は、母娘が互いに悪意を投げ合っていた。人を蹴落としてでも自分が助かりたい。そういう気持ちが働いて、この場は阿鼻叫喚の地獄絵図になっているのが自然な流れ。


「でも、おかしいよ。敵以外、誰とも会わない。昼間は女の人も大勢いたのに」


すべてがグルだった? もし、このペイルビーチにいた全ての人が……誰かの目的で集められた者だったと仮定するなら。俺達カーネフェルの一行が上陸することをセネトレアに読まれていた。その上での茶番。俺達を分散するための、罠?


(聞こえない)

「アルドール様……? 」


俺の傍に立つ、ランスの様子もどこかおかしい。彼も気付いて居る。そうなんだ。だって……何も、聞こえないんだ。


「ランス……、やっぱりおかしいよ、ここ」

「聴覚数術……では、ないようですが」

「うん……そもそも、“混血”以外そんな式は扱えない」


この煽動を、またあの時のようにエルスが? そんな風には思えない。セネトレア、タロック側にまだ混血のカードがいるとも思い難い。それならば、何?

“カーネフェルが攻めてきた”という声の直後は、悲鳴が聞こえた。黒髪の少女以外からも。そう思った。思ったけど……改めて考えると、彼女以外の悲鳴は何処にも無かった。聞こえるのは、町を破壊する奴らの音と、炎が燃え広がって焼いていく音。


(冷静すぎる)


 敵国に襲われても、取り乱さずに、悲鳴も上げずこそこそ逃げ出した? ここにいた誰もが? それは……あまりに出来すぎていないか? 一言で言うなら、不気味なんだ。誰かの罠に、俺達が嵌められたのではないかという不安が過ぎる。略奪の騒ぎが、茶番。隠れた俺達を引っ張り出すための罠……なのだとしたら。


「敵の狙いが見えない以上、留まるのは得策ではない。合流次第、ここを去りましょう」


これ以上得られる情報がないのなら、確かに無意味。ランスの言うとおりだ。俺が同意しかけたところに、俺以外の声が加わる。


「生憎ですが、それは認められません」

「!? 」


現れたのは黒髪の男。タロック人……その色の濃さから見るに真純血。細身で不健康なその青年は、日にも焼けていない白肌。白を基調とした装いは、エルスと同じ。しかし返り血の一つも無い真っ新な……白衣のようなマントの下に、タロック風の衣服。己に身分を隠すつもりも見られない不遜な男は、不思議な瞳で俺達を一瞥する。


「新たなカーネフェリアとその騎士は、先代にも増して愉快な男である様子」

「愉快……? 」

「先代……にも、増して? 」


俺が眉をひそめると同時に、ランスの語尾も怒気を増す。此方に対する煽りをそれなりに理解した相手。感情的になるのは相手の思う壺だと、俺はランスを窘める。


「ランス、口喧嘩での勝敗に意味は無い。だろ? 」

「……はい、我がカーネフェリア」


持ち直した彼の姿に、俺もほっと息を吐く。ユーカーほど上手くは出来ないけど、俺がやらなきゃいけない。弱い俺でも、みんなが上手く本来の力を発揮できるように……せめてその心を支える役目は果たさなければ。


「俺達が見えてるってことは、数術も囓ってる。元素の加護があるってことはあんた上位カードだな? たった一枚でどうにか出来ると思っているのか? 」

「戦に運など関係ありません。そんなもので国家転覆など為し得ないよう、策で固めてやれば良いのです」


男は武器さえ携えない。タロック側は数術への理解が低い。カードになったのが最近なのだから、数術を使いこなせているはずもない。エルスはタロック側にそれを教えることはないだろう。身体の作りが、才能が違うんだ。彼の言葉を純血は、理解できないから。それならば、彼のこの自信に満ちた態度はどこから来るか?


「俺の前で、炎を使うのは馬鹿だけだ。貴方はそんな馬鹿なのか? 天九騎士よ」


ランスは周りの炎を剣へと集め、敵将へと向ける。あれだけの元素があれば、ランスならば攻撃も防御も容易。ランスは風の方角にも気を配っている。相手はタロック騎士。使うならば、毒。これまで散々毒使いに苦しめられてきた俺達も、そこまでならば理解した。しかし相手の余裕は崩れない。毒以外の切り札を彼は所持している!?


「カーネフェルの騎士、高名なるアロンダイト卿。良い面構えです。気に入りましたよ」

「ならば礼の代わりに忠告しましょう。口数の多さは、この場では命取りかと」

「あはははは! そうです、正に正論。しかし、どうです? お近づきの印になんなら今ここで、試しに私を殺させてあげますか? 困るのは其方になると断言して差し上げますがね」

「時間稼ぎに付き合う気は無い。遺言はそれで宜しいか? 」

「いいえ、では一つ。今第五島にはある目的を持った人間が集まっています。刹那様が第一島の警備を固めたのもそのためでしょう。そして、我々はカーネフェリアの上陸を確認した」


そこまで聞いて、ランスは武器も持たない男を切り捨てた。この男の口から、俺達の上陸を漏らされては困る。虫の息の男から、最後に情報を引き出そうと頭に手をやった……ランスの顔が青ざめる。


「こ、これは……! 」


血を流し倒れていたのは、金髪の少女。カーネフェリーだ! 慌てて俺が回復数術を展開させるが、これは気休め。医者に診せなければならない。


「殺したら、困る……か」


俺達は視覚嗅覚数術に対する対策は既に済んでいる。それでも欺くというのなら、エフェトスの被憑依数術と同系列の数術か?


(それならこの子は、カーネフェリーじゃない可能性がある)


回復数術が止まった俺の手に、ランスの手が触れる。ランスの方を見れば、彼は指示を求めるような目で俺を見ていた。彼も既に気付いて居るのだ。


「アルドール様」


守るべきカーネフェリーにしか見えないこの子が、敵かも知れない。被憑依数術を行うエフェトスは、イグニスという絶対の存在を持っていたこと。純血であの才能があるなんてまずあり得ないのだ。

カーネフェルのために、カーネフェリーと疑わしきカーネフェリーを殺せるか? これこそが敵が用意した罠。どこからか見ているかもしれない。何か此方の汚点が欲しいのだ。このまま見捨てるも殺すも、それは正しき道じゃない。しかし不穏分子を手厚く介護し連れて行くなんて出来ない。


「ランス……やってくれ。出来るだけ、苦しまないように」

「……」

「俺達には無理だ。この子は、きっと……助からない」


ランスの幸福値を無駄にすれば、助かるだろうけど敢えて、俺はそう言い切った。


「御意」


俺の言葉に、彼は少し嬉しそうな目で……だけどどこか悲しそうに笑う。王としての俺の選択を讃え喜びながら、アルドールという人間に幻滅しているのだろう。彼の中の俺の認識が、ひっくり返ってしまった。王としては至らない俺に歯がゆさを感じながら、俺自身を嫌わないでいてくれた彼に対する裏切りだろうか?


「待って下さい! 」


ランスが今正に、少女にトドメを刺そうという場面で、邪魔が入った。俺たちにとって、たぶん一番見られたくない人に。


「ジャンヌ!? 無事だったのか? 」

「話は後です」


状況判断が異様に早いジャンヌは、さっさと少女に応急処置をし担いで俺を見た。リオさんは一歩退いたところで俺達の判断を見守るようだ。


「ジャンヌ、やめてくれ。その子は」

「知っています、でも……貴方はカーネフェリアです。王たる貴方がカーネフェリーを信じてあげられなくて、誰がこの子を信じてくれるのですか? それに危ない者を野放しにするより、監視し連れ歩く方が安全では? 」


その一言で、彼女は俺ランスを黙らせる。「行きましょう」と彼女に告げられて、俺達はようやく重い足を動かした。



「噂通りの聖人だな、カーネフェルの王妃は」


男は目を開け、ほくそ笑む。聖十字上がりという話も真実味を帯びてくる。シャトランジアほど愚かな国はいない。あのまぬけなカーネフェル以上にシャトランジアは大馬鹿だ。大事なマリー姫をあんな目に遭わせられても、タロックを滅ぼすことができなかったのだから。


(ならば王妃ジャンヌ、彼女こそがカーネフェルの弱点となる)


感染爆発を防ぐには、感染源を絶てば良い。もっと簡単に言うと、カーネフェルの一行を感染させれば良い。

第五島内に隔離している風土病。それに感染した異民族が都まで乗り込むとなれば、如何にこのセネトレアであっても城は動かざるを得ない。


(いいや、逆だ)


金こそ全ての商人は、カーネフェリアに協力する者も現れる。その後の融通を約束されるなら。戦争とは金稼ぎの好機。皆と同じ行動では、同じ額しか稼げない。金勘定に忙しい彼らが流れに逆らうこと、危険を冒すのはこんな時に違いない。計算された道筋は、賭けではなく必然なのだ。

だが、その商売相手が病原菌なら話は変わる。そんな物を持ち込まれたら商売あがったり。人と商品が居てこその金稼ぎなのだから。

例え彼らが善意の塊であろうと、存在が悪へと変わる。彼らの到来を待ち望んだ奴隷達さえ、恐れ戦く死の病。今死ぬか、後から藻掻き苦しんで死ぬか。二つに一つとなるのなら……


「なんや、えげつない策やな」

「おや、私は考えを口に出していましたか? 」

「タットワの騎士はそのくらい朝飯前や」


「生きていましたか、阿迦奢」

「嫌やわ僧祗はん、うちは死んでもうたわ」


僧祗に声を掛けたのは、戦場で逃げ遅れた村娘……と言うには高貴で高価な娘。壁にもたれ掛かっただらけ姿からはまるでやる気を感じられない。私の暴走を食い止めるべく、識が送り込んだと聞いたが……


「……女王刹那の騎士はな」


そう零した後には乾いた笑顔を浮かべる女騎士。何があったのやら。どうやら彼女の心は壊れてしまったらしい。しかし此方としては同僚の内面に差ほど興味はないため、気に留めることもない。この分なら此方の仕事を邪魔することもなさそう。


(それならば、今殺す必要もないか)


彼方は不思議な連絡手段を持っている。数術兵器を間近で見た阿迦奢には、聞くべき事柄が幾らもあった。そもそも彼女はタロックの貴重な女だ。呪術にも長けている彼女をそう無下には出来ない。こうして意思の疎通がまだ出来る程度の頭があるなら。


「シャトランジアと相打ちと聞きました。貴女をそんな顔にしたのも“数術”ですか? 」

「……」

「数術……私は其方はからっきしでしてね。我が旧友はそちらの研究にも熱心だったが……どうも仕事に関してはソリが合わずに口論ばかりをしていました」

「口数の多い男は、嘘吐いてるってよう聞くなぁ。うちにそないな話して何になるん? 」

「船もなく数術もなく、貴女がここにいるとは思えない」

「……そやそや、僧祗はんは剣は全然やけど、頭の方は識はんに負けず劣らずやったわ。それに、“度家の跡取り”にも」

「阿迦奢」

「……そないに睨んで怖いお人や。もう少し、見つからずに済むぅ思うたんやけど僧祗はんがこないに無防備やから声かけてしもうた。まー立派な家やから、折角やし物資でももらお思うて入ったんやけどな、緊急事態やし」

「死んだふりで私を殺すつもりでしたか? 」

「そやな。今はそんな気にならへんよ」


視線を受けて、少女は嘲るように俺を見た。


「僧祗はん、勘違いしてはります? うちは別に感染したわけやない。お姫さんは、もううちの手が届くお人やない。それをよぉく理解しただけやわ」

「失礼ですが、あんなお姫様を連れ出して、何処へ逃げるおつもりで? 」


火事場泥棒。物資を求めると言うことは、隠れて何処へ出かけるつもりだったのだ? まさか本気でこの戦争から刹那姫を救い出すなど愚かなことを? いや、阿迦奢ならば自分が勝って姫を助けることを考える。セネトレアの敗北を前提とした話をしていると、彼女自身気付いているのか、いないのか……?


(それだけシャトランジアは強敵か。カーネフェルはそんな風には見えないが、数術兵器は携えている。その点は厄介か)


阿迦奢の戦意を喪失させた存在は、何か。思い巡らせようとも答えは出ない。俺がわからぬことを、彼女はわかって小さく笑う。


「生きるも死ぬも地獄やな。でもあの人は……本当に、可愛くて……可哀想な人」


あの人の居場所は、この世の何処にもないのかも。そんな言葉を口にした阿迦奢。まったく見ていて不気味だ。貴重な女だが、今の姿を前にして……娶りたいなど俺にはとても思えない。


「戦う気力が無いのなら迷惑ですし、さっさとタロックに帰られては? 生憎私はお送りできませんが、部下なら数匹お貸ししましょう」

「僧祗はんも大概鬼畜やな。まず数え方からして間違うとるわ。まぁええわ。ほな、うちは他の島でのんびりするわ。前線は僧祗はんに任します」

「ええ、承りました。しかしその前に一つ」

「弟」

「はい? 」

「僧祗はんがうちに聞きたいことの、答え」


答えの意味を思う内、彼女は窓から外へと飛び降りさっさとその場を離れていった。俺は彼女の背を見守りながら、王から聞いた話を一つ思い出す。それはエルス以外の混血が、天九騎士に加わったという話。空席を埋めたレーヴェがすぐに戦死したため、その穴を埋めたという男。


(全く……本当に我が祖国はどうしようもない)


自分で築いた法と秩序を、自らの手で壊している。王も、王女も。


(だが、だからこそ)


研究が進むというものだ。



第五島は砂漠。身を隠すのはなかなか辛い。不可視数術を用いての野宿と言うことになったがその前に、散り散りになった聖十字達を集めるために、リオさんが空に数術兵器で信号を送ってくれた。それを目印に彼らが集合するとのことだった。彼女が寝ずの番を買ってくれ……俺達は申し出に甘え、身体を休めることにした。


「アルドール」


眠れるはずがない。そう思っていたのにまた寝ていた。結局野宿でろくな野営ではないのにさ。だけど、誰かに起こされた。横から聞こえるその声は、もう耳に馴染んだものだった。そんなに長く一緒にいた訳でもないのに。


「ジャンヌ……? 眠れないのか? 」

「聞きましたか? あの風土病のこと」

「知識としてなら少しは」


起き上がろうとする俺を留めて、彼女が俺の隣に寝転がる。眠れなくとも休息しながら話をと言うことらしい。


「私が出会った貴族が言っていたんです。カーネフェリーの男、タロークの女は貴重な特効薬だって」

「そんな迷信、本当に信じられていたのか? 」

「そのための、ペイルビーチなのだそうですよ」


カモを呼び込むための餌場。あのコンテストだってそういう思惑ではじまったものだとジャンヌは言った。


「どちらも奴隷として本当に高価な値が付きます。養子として、花嫁として……だけど、買われた人の中にはそれ以外の用途で購われた者もいるのかもしれません」

「薬にされた……ってこと? 」

「ええ。私達が第五島に上陸するように、女王は第一島の警備を固めたのでしょう。船が使えないのなら、陸路で唯一第一島へと繋がるこの島に、我々は来るしかなくなりますから」


考えるだけでもぞっとする。俺がマシな境遇だったとは言わないけど、俺を買ったのが別の人だったら……俺は今ここにいなかった可能性もあるのか。


「特効薬って……干物とか粉にされて服用されるのかな」

「それもあるでしょうが……その、その前に別のことがあると思います」

「別のこと? 」

「風邪を移すと治るというのと同じ要領で、回復効果を期待されるいかがわしさレベル最上級ですね」

「なにそれ怖い」


嗚呼、駄目だめ! そういうの本当駄目! 養母さんそういう方面で俺をいたぶったりはしなかったから、耐性がないんだ。歩く発言わいせつ物はルクリースとヴァンウィックくらいだったけど、直接俺に実害はそんなになかったからな。いざ、俺みたいな平凡顔にまでそんな危険が何て言われても、いまいちピンと来ない。しかし他人事じゃないと真顔で言われたら、途端に怖くなってくる。


「アルドール……」

「ジャンヌ? 何、待って……ちょっと、顔、ちかい」

「大丈夫ですよ、怖くありませんから」

「え、なんでそんな流れに」

「大丈夫です、痛くしませんから」

「はい? 」

「もし痛かったら言って下さい。代わりに頬とか抓りますから、そっちの方が痛くなるまで」

「あの、ジャンヌ……さん、俺まったく話が見えないんですけど」

「解りました。単刀直入に。ではアルドール」

「は、はい」

「脱いで下さい」



嗚呼、何もかもが怪しすぎる。疑ったらキリがない。焚き火を見つめ、ジャンヌは深く息を吐く。

私達に部屋を貸してくれた貴族は、略奪者により殺されてしまった。思わせぶりで、あっけなく。世の中そんなものだと言われたら、返す言葉がないけれど……なんて簡単な。それがとても薄気味悪い。リオ先生が持っていた食料に毒でも含まれていないか心配になる。


(これにはタロック騎士以外にセネトレアが絡んでいる。私達に何をさせたいの? )


 物資を補給させ、疑念を植え付け……そして荷物を送り込む。この子はフェイントでこれから何か仕掛けてくるかもわからない。裏の裏、読まなければ負け。疑いすぎて真実を見誤っても負け。負けは敗北、命を落とす。それだけでは済まされない。


(本当に、どうしよう)


カーネフェリーの男が一番危ない。だけど女装&女パーティーなんて襲って下さいと言っているようなもの。もう、黒髪にして男装して旅をするのが一番安全なのでは……それも特効薬対象から外れるように、もう既に出来上がった男カップル感を出してみるとか。やれなくもないのでは? アルドールにエルスを、ランスに双陸らしき性格を演じさせてみて……。


(それか……)


これは最後の手段だ。


「……と言うのが、今の騒ぎか」

「はい……」


剣を没収され正座させられた私の傍で、顔を手で覆い泣いているアルドール。私の所為で彼の女装服は乱れている。


「それもこれもアルドールが奥手なのがいけないのです! このセネトレアでは清い人間ほど危険人物とエンカウントするのですよ!? 」


必死に私はリオ先生に訴えるが、彼女は渋いあきれ顔。言葉が通じているはずなのに、何故人と人は解り合えないのでしょう!?


「私は彼が危ない目に遭わないように標的から外させようと思ったまでです! それが終わったらランスも手に掛けるつもりでした! 」

「そんな工場の生産現場みたいに処置されるなんて……」

「なんて色気のない夜這いを……」


一応結婚した仲なのだろうと、疑わしき視線をリオ教官から向けられる。アルドールはまだ顔を覆っている。心外です。ランスも自身のみに危険が迫っていたことを知り、狼狽えているようだった。しかしそれより気になったのは、私が手にしている物について。


「ジャンヌ様、それは」

「ご安心を! 使うのは柄の部分です!」

「……ジャンヌ様、それユーカーが大事にしてた母親の形見……」

「大丈夫です、セレスタイン卿が後生大事にしていた方はランスが持っているでしょう! これは彼の父君が所持していた方です! 」

「それもまた話が複雑なことになりそうですが……」


カーネフェリアの忠臣だったという親族を思って、ランスはなにやら祈り始める。駄目だ、話にならない。ならばアルドールの方から誤解を解こう。私は彼を振り返る。しかしまだ私を脅えているようだ。一応名目上は夫婦だというのに腑に落ちない。


「私の剣では不満ですか!? ならば消去法でランスとならば良いのですかこの浮気者っ! 」

「下ネタでもなく実際に剣を手にしてのその台詞は、猟奇殺人犯と見紛う姿だぞ。少し冷静になりなさいジャンヌ。……確かに戦場では生命の危機からそういう衝動がどうのとは聞くが、ジャンヌ……思い詰めて暴走するのは君の悪い癖だ」


リオ先生に、また怒られた。この場に私の味方はいないのか。いいえ、同じ女であるリオ教官ならわかってくれるはず!


「リオ先生だって、もし自分の大事な人に危機が迫っていたらじっとなんてしていられないでしょう!? 私は最善を尽くそうとしたまでです! わ、私が普通にどうこうって……そういうのも、考えたけど……それじゃあ奴らのターゲットからは外れないんです!! 」


怒りともどかしさと追って現れた気恥ずかしさに打ち震えながら、私は必死に説得を続ける。


「ふ、普通に……」

「大事な人……」


その甲斐あってか、脅え一色だったアルドールとドン引き祭だった青いランス顔にも朱が差した。やがて全ての弁明を終えた私の肩に、リオ先生が優しく手を置いた。


「ジャンヌ……君の言い分は理解した」

「先生っ! ありがとうございます!! 」

「最悪、戦後罪に問われることを覚悟の上だったのだな? 」

「はい! 同意を得られなかった場合はそのつもりでした!! 」

「事実、確かに危ない。他の私の部下達でも構わんがカーネフェリア様、騎士様、一発事に及んで旅の安全を祈るというのは」


私と握手を交わしながらのリオ先生の言葉。ランスは蒼白の面持ちながら、今にも舌を噛みそうな衝動と戦いながらの言葉を紡ぐ。


「あ、アルドール様の……ご命令とあれば」


まぁ! なんて立派な!! こんな嫌そうな顔をしながら、主の安全のためならどんなことでも出来るのね。やはり貴方はカーネフェル一番の騎士!! 一度でも貴方の忠節を疑った私のなんと浅ましいことか。しかしアルドールは空気を読まない。


「お、俺そういうの、命令しないからっ!! ランスまで本意じゃないって顔しながらこっち見ないでよ!! 」


再び泣きながらそんなことを言い出した。


「大体、そういうのってなんで解るの!? 数値であるの!? 数術とかで見えるの!? 感染してる人って風土病の発生時期からして大半が純血じゃないの!? その人達全員イグニスレベルの数術使いなの!? そんなわけないだろ!? 特効薬欲しい人って、結果論出してるだけだろ!? 治らなかったからこいつは外れだって!! 」

「あっ……」


アルドールに言い負かされてしまった。何故かとても悔しい。でも一理ある。


「あの……ごめん、なさい。私がどうかしてました」


謝罪し頭を下げる私の耳に、「ああ」とか「確かに」という小さな声が届いたことは忘れない。あまり聞き覚えのない声だから、聖十字の人達だろうか?


「アルドール……」


私、何時も貴方に謝ってばかり。なんだか、出会った時からそう。いつも必死で、私は彼を振り回して……だけど貴方がいつも私を許してくれるから、私はこうして貴方を守ることが許された。


「ごめん……なさい」


本当なら私が、泣いている貴方を誰より近くで抱き締めてあげたい。支えなければならない。だけど貴方を傷付けてしまったのが私なら?

恐る恐る伸した手を、怖がる貴方が後ずさる。再会してからも随分と避けられた。それでも貴方との距離は近付いたのだと思っていた。それが、こんなことで壊れてしまうと思わなかった。


(アルドール)


貴方はそんなに、何が怖いの? 何に脅えているの? 私がしたこと、それ以外に貴方は何かを恐れている。


(教えて欲しい、本当のこと)


私が数術使いなら、無理矢理でも貴方に触れて……この指先から、掌から、いいえこの目で見つめただけで、貴方の心が解るのに。

90話。でもトータルで100話目。記念すべき100回目、夜這い回ですよ奥さん!


でも何故かあまりサービスに感じないのは何故なのか。彼女のカードのモデルである聖人から怒られないか心配です。

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