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89:Nunc aut numquam.

 シャトランジアとセネトレアの海戦は……相打ちという形で終わった。第五島へと帰還したのは後方に配置された我々だけ。美しい黒髪の騎士は、未だ海から帰らない。

 いつ、自分が命を奪われるか。責任問題……女王の気まぐれ。わからない。しかしその日は今日かも知れない。コルディア=ディスブルーは考える。


 「聞きましたよディスブルー! 嗚呼我が同胞、貴重なるタロックの騎士! 阿迦奢を失いそれでおめおめと逃げ帰ったというわけですか第五公? 」

 「……な、何者だ? 」

 「お帰りなさいませ公爵様!! 何とかして下さい、あの方を……! 」


 居城へ逃げ帰った先、出迎える中で一際態度の大きい者がいた。阿迦奢の名が出たことから察するに、第四公の手の者ではなくタロックの使者? 余程苦労したのだろう。この尊大な客人の扱いに困った留守の者達が、此方に泣きついてくる。


 「失敬、私は第四公に力を貸すよう、我が君から命じられた一介の騎士」

 「肝心の、第四公の姿が見えないが」

 「しかし奇遇ですね、第五公。私も第五騎士。名は僧祗(そうぎ)


 夜よりも暗い黒髪の……真純血のタロック人。その目はどういうわけか、異なる色だ。赤と黒、どちらもタロック人の持つ色ではある。その双眸、どちらも深い。生まれは当然貴族の出? だからという話ではなかろうが、この男……全く人の話を聞かない。仮にも私は公爵なのだが、セネトレアなど小国の者を立てるつもりも無いようだ。


 「それはそうと、奇病に悩まされているそうですね第五公」

 「ソウギ様、でしたか。我が領内の病は……医学に才と時間、それに情熱を捧げた医師でも治せるものではありませんでした。まして騎士である貴方などには」

 「私もタロックの出。毒と薬に関してはなかなかのものですよ。戦争ついでに貴方の領民共の治療をして差しあげましょう。ははは! 女王陛下の許可はありますとも! 礼なの良いのです。感謝など不要! 私の求めるところは別にあります」


 この男、狂人だ。タロック王やその姫には劣る存在……しかし普通の人間にとっては十分すぎる驚異。タロックは何故、こんな者を此方に送り込んだ。アーカーシャ様で、終わらせられなかった此方の咎か。


(我が民よ……、不甲斐ない私を許してくれ)


 領主であること、父親であること。天秤の答えを、既に私は選んでしまった。どんな結果も受け入れることしか出来ない。



 *


 「カーネフェリア様。此方をご覧下さい」


 夜が明ける頃……結局眠れなかった俺と、皆を起こしたリオさんが地図を広げて見せた。近くに岸は見えるが、今はどの辺りなのかは解らない。


 「もう第一島に着いたんですか? いや、予定よりは……遅い? 」


 セネトレア第一島、それ自体は広い島ではない。ほぼ円上のその島は、商人達が栄えさせた夢の都であると同時に、奴隷にとっては絶望の。俺達はまだ、底に辿り着いては居ない。

 第四島から最も近い港町レフトバウアーは商人達の本拠地だ。たった四人の俺達は、そこを経由することは出来ない。


 「第一島の守りは固められて上陸が出来ませんでした。よって、別のルートを選択。……上陸は第五島からと判断致しました。ギメル様の第四島へ兵が流れるまで……待つ必要があります」


 幸い第五島は海戦へと人が流れていて、上陸も容易い。彼女は俺達へとそう説明する。


 「これは……」

 「セネトレア第五島はこのアローン大橋により、第一島と繋がっています。他の四島で唯一、二つの島を繋ぐ橋があるのです」


 島の距離が比較的近いこと、また造船技術に優れた第五島……そこから出港する船も多いことからか。


 「第一島内にも我々の協力者はいますが女王の配下が留まり、港の監視は強められている。適当な場所から上陸し乗り捨てるには人目に付きます。民にも既に貴方がたの外見情報は回っていることでしょう。我々は目立たずに女王の下まで辿り着かなければなりません」

 「その、盲点が第五島であると? 船を隠すならば船の中? ということですか? 」

 「いいえ。これは……私達が降りた後自動運転で移動させ、設定した時間経過により破壊させます」

 「つまり、ここから泳いで上陸をするということですね」

 「ええ。それに適した場所があります」


 リオさんが地図で示したその場所は……なるほど、確かに泳ぐ分には違和感の無い場所だった。


 *



 「し、信じられません……」


 露出の多い装いに、屈辱だとジャンヌ様が腕で身体を隠す。彼女はかなりの軽装になり、特に胴体部分の防御が低い。


 「俺も辛い」


 アルドール様も半分裸のような格好だ。人前でこんなに肌をさらすことになるなんて、どんなにお辛いか。


 「戦争中だというのに、この国も危機感がないのですか? 」

 「頑張りなさい、アロン様。全てはこれも、カーネフェルのため……」


 ダイトを略した妙な名で、俺を呼ぶプロイビート様。彼女は部下の兵士達に二人組を組ませ、恋人同士を装わせる。彼らも上手くこの場に溶け込んで……セネトレア上陸を果たす。二人組に視覚数術を使うまでもない。無法王国セネトレアには、何も恋人は異性だとは限らないのだ。船から下りて水着姿で上陸を果たす。幸い人が賑わっていて紛れ込むには問題は無い。

 俺達が降り立ったのは、セネトレア第五島で最も安全と称される……海に面した観光地。ペイル海岸、ペイルビーチ。風土病の感染を防ぐため徹底した管理が為された、貴族の遊び場。そのすぐ傍らにはペイルポートなる街がある。

 俺の真純血の外見が、貴族アピールにはもってこい。しかし貴重なカーネフェリーの男と知られたら、俺の身も危ない。そうなれば取れる手段も限られる。


 「人を隠すなら人の中、というわけですか」

(らしく振る舞いなさい、ランス様)

(くっ……)


 アルドール様の身体の傷を、視覚数術で隠したならばそれでも良いが……万が一見破る者がいたならば、隠したこと自体の意味を問われる。相手に此方の顔が割れていたなら尚のこと。「俺、王様なのに」という主君の心の嘆きが聞こえたような気がするが、それもこれもカーネフェルのため。アルドール様も苦汁を飲んで下さるだろう。


 「私という主人がありながら、私以外の者に肌に跡を残させるなんて! まったく、躾が足りないのかしら? 困ったわ」


 なんてプレイですか……これ。国の危機に、俺は……俺達は。しかも気になる女性の前で。

 ユーカーに無理を言った報いがここで来るか。真正面から戦えるような力がカーネフェルに無いから悪いのか。俺は自分の無力さを悔やむ。アルドール様やジャンヌ様より、変装しなければいけないのは俺だった。


(この年で、女装……しかも水着とは)


 隣に見事な肉体美(筋肉的な意味で)を晒した聖十字がいるため俺も違和感はない。下半身も長い巻スカートで隠している。長髪のウィッグを被り、胸部に詰め物をすれば……何とかならないこともなかった。俺がこんなにお前の助けを求めているのにお前が現れないのは、本当に……二重の意味で悪夢のようだ。


 「だ、だってご主人様が! 泳ぎに行こうって!! 」

 「あら? 私は水着になれとは言ったけど、肌を勝手に焼いて良いとは言っていないわ。また口答えね? そんなにこの鞭が恋しいの? 」


 アルドール様は涙目だ。それはそうでしょう。愛していた女性との別れの後に一国の王がこれですよ。仮にこの戦争勝てたとしても、この事実が露見すれば俺も貴方も失脚するか……それを免れても歴史書にとんでもない記述が残る。


(耐えて下さい、アルドール様……正直俺も、泣きたいです)


 アルドール様の身体の傷を目立たせないため、主人と奴隷を演じる必要があった。カーネフェリーの若い男は目立つ。俺も彼も性別を偽る必要があった。当然アルドール様も女装の上、水着である。デザインは可愛らしくフリルがあしらわれ、これまた性別を上手くカバーしてくれる……。こんなものが船に積まれていたというのだから驚きだ。上陸作戦についてイグニス様が先読みしてのことだろうか?

 ビーチの辺りは第四島には劣るが繁華街が広がっていた。予約無しでこの人数……宿を取るのは怪しまれるか。物資の調達もある。数人ずつ宿を分けて分担を試みたが、その……宿がまた問題なのだ。


 「部屋の空きはあるだろうか? 」

 「は、はいぃ! 」


 宿を潜れば、露出の高い衣装の女が現れる。店番らしきカーネフェリーは、女装した俺にに赤面しながら鍵を手渡す。アルドール様も女装してるわけだから、色々ややこしいことを思ったのだろう。歳はルクリース様と同じくらいか。姉君を思い出してかアルドール様が「あいつ、俺と一つしか違わないとか言ってたけど、絶対数歳は鯖を読んでたよなぁ」などと、感傷めいた声で誤魔化しの言葉を口にしていた。


 「……いきなり野宿なんてならなくて良かったけどさ」


 部屋に入ったところでアルドール様がそう漏らす。宿に不満を覚えたのは俺だけでは内容だ。しかし観光地に予約無し、怪しまれずに取れる宿……というと、まともな宿ではなくなる。金を積めば良い宿も取れるが目立つ。そんな危険は避けたい。先の変装のせいで、部屋割りは自然とこうなった。大勢でというのも不審だろうと、数軒に宿泊場所も分けている。


 「申し訳ありません……アルドール様」

 「ランスが謝ることじゃないって」


 俺は主に土下座。そんな俺に頭を上げるようアルドール様は言い、……その先で彼は苦笑を見せる。


 「むしろ、俺が心苦しいよ。本当はさ、騎士らしく正々堂々戦いたいだろ? 俺が弱いから、俺が来てからこんなことばっかりだ。狡いこととか、悪いことばかりさせてるよ」

 「アルドール様……いいえ、俺は。どんなことであっても……カーネフェルに、そして仕える方のためになるのならそれが、それこそが俺の喜びです」

 「……そっか。ランスで良かったよ」

 「そ、それは……」

 「俺のことでランスは躊躇わないから。あんな風に計画のために俺に何でも出来るの、イグニスくらいしかいないと思ってたよ」


 それは、光栄と口にしても良いのだろうか? アルドール様の笑みが、苦笑から違う物へと変化していた。


 「その行動力とか思い切りの良さが、俺にもカーネフェルにも必要なんだ。突っ走ることは出来ないけど時間は無い。だから俺は貴方に助けられているよ」


 俺の判断力を評価するよう信頼を寄せてくれる主を見、大事な事を思い出す。


 「アルドール様、そうです! すぐに回復数術を! 」

 「駄目。ランスは貴重な回復役だろ? 無駄使いしない。これは命令な? 」

 「しかし」

 「いいんだよ。だってさ、今日の傷見たら俺絶対笑っちゃうよ。今まで自分の身体なんか見たくなかったのに」


 過去を語った気恥ずかしさか、誤魔化すようにアルドール様が話題を変える。


 「あ! 着替えも買ったし、俺達も買い出し行こう? ジャンヌ達とも合流しようか」

 「連絡は取るべきですね。落ち合うのは日が沈んでからが良いですが」


 通信機能の付いたあの剣は、俺とジャンヌ様が隠し持って来た。ジャンヌ様の場合帯刀していても違和感のないファッションだった。水着美女コンテストに参加するための奇抜なファッション……水着アーマー。それで通ってしまうのだから。それどころかプロイビート様に言いくるめられ、実際に参加させられていた。物資購入のため、その賞金が目当てのようだ。物々交換では足が付く。仕方が無いとは言え、手段を選ばないならもっと方法があるだろうに。これは戦争だ。それも許されることなのに……


(いや、この人数で略奪なんて面倒なだけか。敵に此方が気付かれる。強盗くらいなら日常茶飯事であろうが)


 *


 ジャンヌは思う、ぼんやりと。奇妙だと思う。この島は風土病で恐れられていると聞いた。


(なのにどうして、このビーチはこんなに人が居たのだろう? )


 安全とは、どういう意味? 貴族は感染しないの? 入るときに検査があるといこと? それならこのビーチからは簡単に抜け出すことは出来ない? いや、だけど私達はもうそこから街へと移動した。

 セネトレア第五島、島の大半が砂漠の広がる砂の島。そこで広がる風土病。第一島に持ち込まれたら大変だ。なのに他の三島とは事なり、王都へと繋がる道がある。この矛盾はなんだろう。どうも引っかかる。


(これがコートカードの力なのかしら? )


 優勝は逃したが、準優勝。私なんかが賞金を手にできるとは思わなかった。武器を携えたまま人前に出て……それでも捕えられないのだから不思議。此方の正体が第五島にはまだ広まっていないのか。ならば、長居は無用。隙を見て第一島へと渡りたい。


(どうやって、この人撒こう)


 会場からそそくさと去ろうという私を、追いかける者がいた。街に入っても彼女は私の隣を離れない。


 「良い勝負だったわ。ふふ、これも何かの縁! 一緒に食事でもどうかしら? お金なら困ってないないのよ支払いは私持ちでよくってよ。ああ、其方のお友達もご一緒に」


 優勝者もカーネフェル人の女性。ディスブルー島はカーネフェリーが思いの外多い。公爵自身もカーネフェル人の外見だということで、ここへ流れる者も多いのだろうか?

 カーネフェリーとは言え、ここは混血の国。タロックの血も多く流れている。今で言う混血外見の混血達が生まれる以前、ほんの二十年前まではタロークやカーネフェリー外見の混血が大勢居たのだ。このセネトレア人(セネトレー)達のように。


(この国は、よく分からない)


 自分達も混血なのに、それを隠すように格下の存在を求めた。奇異の外見である者達を混血を呼び、人間以下と定めた。カーネフェル人の誇りがない人間なんて、カーネフェル外見であってもカーネフェル人カーネフェリーだなんて認めない。少なくとも、私は。


(この人だって……)


 見た目は美人。口調や仕草、装いも良い。貴族だろうか? 思えば、セレスタイン卿もよく面倒事に巻き込まれていた。コートカードは幸運と不運を同時に背負わされた存在なのか。


 「嬉しいお誘いだが、先を急いでるんだ。妹と休暇のつもりが主人に仕事が入ってね。その人と落ち合う約束がある」


 戸惑う私に代わり、リオ先生が受け答え。言葉はさらりと紡がれて、相手に疑念を抱かせる隙も無い。


 「まぁ、大変ですのね。だけどこのセネトレアをまさか、夜中にまで移動するつもり? 」

 「ははは、まさか! そこまで馬鹿ではないよ」

 「では街に宿を? およしなさいな。予約はされたの? いかがわしい安宿くらいしか空いていないわ。というか、事前に予約したって裏のルート以外は外れよ」

 「何? 」


 軽く流すつもりだったろうリオ先生が、女の話に食い付いた。


 「貴女の妹さん、狙われてるわよ。今日のでファンが沢山出来てしまったでしょう? 」

 「どういうことだ? 」

 「コンテストでの反応が、初々しすぎるのよ。賞金なんて餌を釣るための、貴族のお遊びよ。知らない? 風土病への特効薬。そういう迷信のお話は」

 「わ、私を生娘と愚弄しますか! 私にも将来を約束した相手くらいいます! 」

 「あら? そうなの? ではとても良い殿方なのね。今時立派だわ。貴女のような可愛い婚約者を前に、何もしない男だなんて」


 嘘。聞こえた。感じた。この女性の言葉には、何か嫌な音色が響く。言葉の内にある含み。今のは私とアルドールを馬鹿にした言葉! 

 この女は金を持っている。後をつけられて、宿を特定されかねない。わざと問題を起こして、同じ展開に持っていくことも可能。素直に誘いに乗る方がまだ……隙があるか?


(まさかもう、私の顔を知られていた? )


 この女は何者だ。私がジャンヌだと思っている? ならば勘違いだと納得させる必要がある。でなければ……この先の旅路がより困難なものになる。


 「それなら尚のこと、女の二人旅なんて良くないわ。今晩は私の別荘に招待するわ。その辺の宿よりは余程安心だと思うけど? 」

 「姉さん……」


 私はリオ先生に目を向ける。力業でこの場で逃れるべきか……彼女も困った風ではあったが、微笑を浮かべて頷いた。勝算が、先生にはあるようだ。


 「ありがたい、ではお言葉に甘えて一晩だけ世話になりましょう」


 *


 リオ先生が……輝いている。師の思わぬ姿にジャンヌは言葉を失った。真夜中、貴族の別荘で……何をするかと思えば、十字法に抗い始めた。止めるべきか迷ったが、物資は現地調達……。船から持ち出した物だけでは足りない。


 「保管数術とは、凄いのですね」


 ようやく絞り出した言葉は、感嘆。精霊以外も持ち運べるとは知らなかった。彼女が手を翳しただけで、そこにあった物が歌い消える。


 「皆をリオ先生に取り込んで貰って、リオ先生の一人旅で忍び込んで王手とはいかないのですか? 」

 「混血の空間転移でもそれは辛いというのに、純血の私にそんなことが出来るか! 物資とは訳が違う。数値化して保存するため、生きた人間をそうすることは出来ない」


 精霊の殆どを第四島に置いてきた先生は、容量が身軽になったそうで……情報量の少ないものなら詰め込めるのだとか。


 「情報量って何なんです? 」

 「例えばこのジャガイモ」

 「はい」

 「加工したなら説明するにも量が増えるだろう。手を加えれば加えるほど数値も増える。素材のままの物なら数値も小さく抑えられる」

 「だから武器は私達自身に持たせたのですね」

 「それもあるが、護身も兼ねてだ。ここはセネトレアだからな」


 上陸した人数は少ない。水や食料だけでも、負担になる。加工の手間は掛かるが運ぶ負担がなくなるのはありがたい。


 「君が危機にあっても私は隠してやれない。強く在ってくれ、ジャンヌ」

 「はい」

 「先生が私をあの場に立たせたのは……アルドールのためだったんですね」

 「アルドール王は、此方としても最後まで残したい相手だ。嫌な思いをさせたな、すまない」

 「いえ……恥ずかしかったですが、こんな風にも誰かを守れるんですね」


 囮か。そんなに悪い気はしない。第四島に残った彼女もこんな気持ちだったのだろうか?


 「戦うことでしか誰も守れないと思っていました。戦いを避けることで守れる物も在るのだと、私はあの人に教えられた気がします」

 「そうだな、あの二人が無事で何よりだ」

 「二人? 」


 アルドールだけでは無かったの? 先生の安堵にはランスのことも含まれる。


 「その……な、迷信の話は君も聞いただろう」

 「ええ。美味しい食事がこの上なく不快になるほどに」


 生娘と交われば良いとか、その生き肝を食えば良いとか。この場合の生娘は男も含まれるとか!! あの貴族、食事の席にそんな話を長々と語るのだ。頂いた食事はとても美味だったから憎らしい。

 不治の病ディス。ディスブルー島の名を冠した風土病。死に取り憑かれた人が最後に縋るのは信仰。……そういう名前を騙った迷信。藁にも縋る思いから、それは一人歩いて広がって、もっと多くの悲しみを生む。


 「奴隷貿易……その被害者も大勢居るのでしょうね、ここにはカーネフェルの民も」


 数の多いタローク男とカーネフェリー女は安価。特効薬としてその命を消費された者がどれ程いたのだろう。


 「ああ。そうだ……それでも治らなかった者は次に何を考える? 」

 「え? 」

 「タローク女や、カーネフェリー男ならばどうだ……と」


 貴族の遊び場、青白い砂浜ペイルビーチ。安全を謳う小綺麗な観光地。何も知らずにノコノコとやって来た愚か者を、待っている者がいる?

 水着の美女コンテスト、名誉と賞金目当ての女達。美女を品定めする男達。それを待ち構えているのは、死に取り憑かれた貴族?


 「ええと、つまり……」

 「男とバレた場合、危ないのは若いカーネフェリー男。あの二人だ。失礼だが、あの騎士様も王も、女慣れしている風には見えん」

 「ら、ランスは違うのでは……? 人気のある騎士様ですし」


 シャトランジアでのことを思い出し、口から出た言葉。女遊び? 女慣れ? そんな風には思えない。それじゃあ、彼のあれは何? 深く考えないようにしていた。余計なことだ。戦いに雑音は要らない。私のカーネフェル。アルドールだけを見ていれば、他人の目など気にせずにいられた。

 でもこの国に来て、私は考える。思い知らされる。かつてシャトランジアで友との間に成立した、友情。それはカーネフェルで、このセネトレアでなり立つものなのかと。他人の視線を浴び、私は私を思い出す。男のように振る舞って、対等なつもりでいようとしても、セネトレアを安全に進むためには私は女でなければならない。価値のない、カーネフェル人の女で……それは、それが……そもそもの私。


 「あのカーネフェル大好き多忙男が女と遊ぶ暇があるとは思えないな」

 「従兄弟殿と遊ぶ暇はおありのようですが」


 なるほど確かに、自分の言葉に納得をする。セレスタイン卿をからかうというライフワークのために、異性を口説く時間が消えている。


(私に迫ったのだってきっと……毒の所為)


 大事な親友殿があんな目に遭って、心も体も参っていた。あんな立派な人が、私なんかに……あり得ない。私は唯の村娘。それが戦い方を覚えただけ。本来アルドールともランス達騎士様とも……言葉を交わすことだって難しいようなちっぽけな存在。

 私の手に宿った紋章。これがあるから私は……


 「そんなに気にするな。アローン大橋の検問は問題ない、あの検問所は第五島の人間を出さないためのものだ。それ以外の人間の移動は容易だからな。今日さえ無事に凌げれば、我々も問題ない」

 「えっ……」


 言われた言葉を反芻し、理解と同時に背筋が氷ったその刹那……、歌が聞こえた。


 「アルドール……? 」


 あの剣だ。通信の数術が展開されたのだろう。慌てて剣を掴んだところ……聞こえてきたのは男の声だ。


 *


 どうしよう、どうしよう。俺がしっかりしなきゃ。でも、だけど。

 人間の恐ろしさ、カーネフェルでも味わった。


 本当はこの騒ぎに乗じて逃げるのが一番良かった。


 「カーネフェルだ! カーネフェルが攻めてきたぞ!! 」


 外へと出かけた俺とランスが目撃したのは、街が戦場に変わる瞬間だった。

 違う、俺達はしていない。セネトレア側の作戦だ。


(信じられない……! )


 勝てば良いのか? 何をしても良いのか? 俺達の評判を下げるために、俺達の悪行をでっち上げる!? 自分の民を傷付ける!? 髪色を隠すために着込んだ鎧兜は、聖十字やカーネフェルの装備に似せてある。これみよがしにこっちの紋章飾った旗やらマントやら。

 止めさせたいけど、ここで飛び出せば袋のネズミ。情報には情報を……。だけど情報戦……それを行うにはイグニスの協力が必要だ。今回同行してくれた者の中にはそれも可能な者はいるにはいるが……残ったメンバーに、混血は一人も居ない。他の教会とのやり取りは、教会施設を使わなければ。イグニスと混血が規格外すぎるんだ。


(間違えちゃ、いけない……今度こそ)


 物陰に身を潜めたランスの陰に俺も隠れる。彼は単騎で現れた族に目を付け、奇襲。不意打ちで一人を伸した。そして兜を剥がしてみれば、やはり黒髪。セネトレアの人間だ。ランスは男の頭を引っつかみ……数術を展開させる! 男の悲鳴も聞こえぬように、防音数式も展開済みの抜かりなさ。


 「情報数術!? 」

 「イグニス様のようにはいきませんが、情報収集だけならば。末端まで伝わる情報は微々たるものですね。しかし……良くない流れです」


 無理矢理にでも第一島に上陸すべきだったとランスは言った。それはもう、遅いのだけど。

 情報を抜き取られた敵兵は、ぴくりとも動かない。今のでショック死をしたようだ。それをまだ、俺は蟻だとは思わない。でもこれは戦争なんだと言い聞かせ、迷う気持ちを置き去りにする。


 「これは……我々がここにいてもいなくても、セネトレアに利のある策です。まず第一に風土病の強制解決。第二にカーネフェルの悪評の捏造……この先我々に手を貸す者は少なくなります。都まで無事に辿り着けるかも怪しい」

 「どうすれば……いいのかな」


 なるべく、弱音にならないように彼へと聞いた。俺の素人考えより、彼を頼る方が今は正解だと思ったから。


 「イグニス様や……ギメル様の戦いが、奮闘が無駄になるかも知れません。それでもアルドール様。貴方は正しき勝利を望まれますか? それともただ単に、結果のみの確実な勝利を? 」


 今いる仲間を守りたいなら確実な道を。それが正解だ。俺はこれまで大勢死なせてきた。まだ大事な人達を死地へと近づけながらも、エゴに等しい正義を歩くかと問われている。


 「ランス」

 「はい」

 「嫌なら断ってくれ」

 「はい」

 「俺と共に、死んでくれるか」

 「御意」

 「即答過ぎるよ、ちょっとは悩んで」

 「それこそが、かつての俺の願いでした。王の傍に最後まで。最高の栄誉です」


 遠くで何も出来なかったと嘆く過去を振り切るように、ランスの瞳は青い炎のように揺らめいた。


 「きゃあああああああああああああああああ!! 」

 「宿の方だ、行くぞランス! 」

 「はい、我が君」


 近場で上がった悲鳴の元へと走れば、店番の娘が偽の兵士に襲われるというところ。


 「我が王の名を騙った蛮行は、貴様の命で償え」


 下位カードからは雑魚狩りと笑われそうだけど、ランスの剣技は間近で見れば美しい。本人の才能だけじゃない、培われた努力が見える。カードの相性さえ無ければ、今のランスは本当なら誰にも負けないだろう。王の剣として働く喜びで、ストッパーが外れている。怒りも喜びも、全てが彼の強さに変わる。また数人が俺の目の前で命を失って行くが、それを哀れむ余裕も奪われて、俺の剣の優美さ、雄々しさに圧倒される。レーヴェの時は、こんな気持ち起こらなかったのに。


(俺は、王になったのだろうか)


 悪事を働こうとした。そんな今死んだ人だって、誰かの家族で、その死を悲しむ誰かはいるだろうに。可哀想だと思えない。唯々、眼前の英雄の雄志に魅せられる。なんて罪深い行為だ。こんな気持ち、俺は知らない。いいや、俺じゃ無くてもたぶんこうなる。こんな綺麗で強い人が、俺の言いなりになるんだ。俺が強くなったわけでもないのに。これは精霊数術に似ている? これが俺の力だと錯覚してはいけない。

 ユーカーやトリシュは、こんなランスを見てきたのだろうか。隣で、すぐ傍で。こんな物を見せられたら、彼に傾くのも解る。血の汚れを纏っても、彼の瞳は穢れない。純粋な、青。誇りと信念を胸に抱いた王の剣だ。先王がランスを頼り、それでも遠ざけたのもやっと解った。ずっと傍に置いていたなら王は狂ってしまうだろう。思ったことを何でも叶えてくれる、聡く切れ味の良い剣だ。彼の純粋すぎる鋭さを、防ぐ盾か鞘がなければ自分の国さえ滅ぼしかねない。ユーカーを、失えないわけだ。


 「怪我はありませんか? 」

 「男の、ひと……? 」


 周りに死体が転がって、それでも自分を救った騎士を見る……少女は脅えた瞳に歓喜を宿す。


 「止めろっ! 」

 「アルドール、さま? 」


 突然自身と少女の間に割り込んだ俺に、ランスは驚いていた。俺が彼女を突き飛ばすとは思わなかったのだ。

 救われたお礼? 感極まってランスに抱き付き顔を近づけた少女。俺が彼女を退けなければ二人は確実に……それを阻止した理由はディス。あれは人を殺そうとする病。感染力がとてつもなく強いのだ。愛と言う行為に関しては。


 「ディスは、キスでも危ない……」


 かつて屋敷から脱走して、セネトレアに行こうとした俺は……少しの知識は持っている。ローザクアの書庫でも調べはしたんだ。第五島の風土病は、時に混血迫害の理由にも使われる。混血発祥の地がセネトレア、不治の病ディスを生み出したのもセネトレア。混血遊びが原因なのだと……そんな根も葉もない噂を信じる馬鹿もいる。


 「だから……治すには純血が必要だ、とかそんな迷信とか。感染……発病するかは運としか言えない。遺伝とか他の要因も色々ある」


 カーネフェルに上陸して、すぐの惨劇。ジャネットのことを思い出したのだ。出会ってすぐ、あからさまに好意を示す相手は疑えと。簡単に手に入れたものは、すぐに裏返ってしまうから。


 「なぁんだ、知ってたの……? 残念。楽ぅに毒殺できる思たんやけど」


 起き上がった少女は猫を被ることも止め、俺達を値踏みし眺める。その内に、此方も違和感を抱く。“感染”ではなく“毒殺”だって!?


(タロック人!? それも高貴な……)

 「ほんならこんな話は知ってはる? 感染しとらん人間に移せば治る噂」

 「視覚、数術……!? 」


 俺と一緒にランスも気付いた。途端、少女の髪は金から流れるような黒髪へ。


 「タロック人の、女……!? こんな場所死にへ来るようなものだ」

 「それは其方さんも同じやね、うちもこないな作戦嫌や言うたのに……」


 驚きながらも剣を構えるランスへと、少女も刀を手に取った。


 「でも残念やったね。偽物はうちだけ。はよぅ助けに行きなはれ。セネトレアはんは、扱い難ぅて嫌いやわ」

 「やらないのか? 」


 俺達を見逃すようなその言葉。背後から騙し討ちでもするつもりかと警戒するも、少女は眠たそうに欠伸を一つするだけ。寝不足なのか?


 「そやな。うちは一つ頼まれごとしに来ただけやから。ええと“カーネフェル王アルドール”」

 「!? 」


 名乗りもしない俺の名を、彼女はピタリと言い当てた。あ、そうだ。さっきランスが俺を呼んでしまっていた。


 「“お前はセネトレアで、大事なものを失うぞ”やったかな」


 明るい調子の口調が代わり、背筋がぞっとするような少女の声。傍に漂う数の群れが俺へと向かってくるのが見える。ランスが防御数術を展開するも、防げない! 数値は溶け込むように全てをすり抜け俺の中へと入り込む。


 「貴様っ!! 」

 「“あんさんの攻撃は当たらんよ”言霊数術言うんは、術者殺しても無駄やで騎士はん」


 斬りかかるランスの攻撃を避け、少女は笑う。得体の知れない数術使い。ランスも分の悪さを感じている。それでも俺が命じれば死ぬまで戦い続ける。

 幸い相手は此方をここで殺すつもりはない。即刻排除できない敵ならば、構うだけ時間の無駄だ。退こうとランスに伝えれば、応じる声が静かに響く。


 「ええ主従関係やね。うち、惚れ惚れしてもうた」

 「それは……どうも」

 「でも、そんなもん……なんの価値もあらへんよ」


 微笑みながら、寂しげに。名乗らぬ少女のが呟いた。


仕事が忙しいのとまとめるのに悩み三ヶ月が過ぎていました_(:3」∠)_

今年中には6章終わらせたい

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