其の4
目的地である山間部の小さな町に桃太郎と戌成が着いた時、既に日は沈んで辺りは夜の闇が覆っていました。店の軒先に並ぶ赤や黄色の提灯の明かりが彩る町はとても幻想的です。
桃太郎と戌成は宿を借りて休む事としました。
しかし、少し問題がありました。桃太郎は一人分の旅費しかお金はありませんし、戌成は一文無しです。結局一部屋分しか借りる余裕はありません。
戌成は桃太郎に言いました。
「俺は桃太郎さんと同じ部屋でもかまわんが。そりゃあ、年頃の女性と一緒なら気にもするが、桃太郎さんはまだ子供だからな」
「……子供」
「おっと、子供だからって馬鹿にしてるんじゃないからな!」
桃太郎は戌成を不機嫌そうにじと~っと見ましたが、それ以上何も言わず黙って部屋を一つ借りると、結局同じ部屋で休む事にしました。もちろん、桃太郎が布団を使って戌成は畳の上にそのままです。
「桃太郎さん、オヤスミ」
「……」
不機嫌そうな桃太郎を見て戌成はちょっと失敗したかなと思いました。
子供扱いをしたので桃太郎の機嫌を損ねてしまったようです。
確認はしていないのですが、戌成から見た桃太郎は12歳くらいに見えます。
桃太郎は子供ながら良い性格と凛々しい態度に好感が持てます。それに、可愛い顔をしているので将来有望です。
可愛い顔なのに凛々しい物言い。戌成にはこれが堪りません!
桃太郎さんが子供でなかったら、惚れてまうやろ~!
戌成は思わず心の中で叫びました。ふう、危ない危ない! 妙齢の女性でしたら押し倒している所でした。ただ、戌成は子供に対してそんな趣味は全くありませんでした。
桃太郎は疲れていたのでしょう、温泉に浸かった後は布団に入ると程なくして眠ってしまいました。
戌成はそんな桃太郎の姿を見ながら思います。
こんな子供が独り旅とは感心しません。事情を桃太郎から聴いて心配になりました。お世話になったお礼に保護者の気分で一緒について行く事にしたのです。
次の日、戌成は久しぶりに髭を剃り身支度を済ませると桃太郎に声を掛けました。
「おはよう桃太郎さん。良く休めたかい?」
振り返った桃太郎は戌成を見て眼を真ん丸にしたまま固まってしまいました。
「ん? 桃太郎さん、どうしたんだい?」
「ま、まさか、戌成さん? あの、むさ苦しい程の髭はどうされた?」
むさ苦しいとはちょっと傷つきます。戌成の顔には思わず苦笑が浮かんでしまいました。
朝の内に戌成と桃太郎は宿を出て次の目的地までの道のりを確認すると、湯治場を後にしました。
山越えの後は山間の道のりをどんどん下っていきます。道が開けてくると土地が徐々に平坦になり、田んぼや畑が広がる農村に着きました。今日は割と目的地までは楽な道のりです。農村を通り越すと次の町が見えてきました。この町は住民が多い活気のある町です。
町には昼より少し回った頃に着きました。予定していた時間より早めに着いたので、二人は町を歩いて回る事にしました。
町には乾物屋や八百屋に反物屋と色々な店が並んでいます。
「こんなに人が多い場所は初めてだ」
初めて見る光景に桃太郎は吃驚しています。売り子や行商人、行き交う人々の多さに桃太郎は眼を真ん丸にして口を開けて見ています。
「そうかい。桃太郎さんは山奥の村に住んでいたんだったか。おい、桃太郎さん随分変な顔しているぜ」
桃太郎の変なハト顔に戌成はニヤニヤしてしまいました。
二人は遅めの昼食を済ませ、池のほとりできび団子を食べていると、威勢のいい声を掛けられました。
「ちょっと貴方達、それを見せて頂戴!」
見れば、栗色の髪をした女の子が顔を赤くして立っています。女の子は眼がクリクリとして溌剌としています。年は17歳くらいでしょうか。
桃太郎がきび団子を差し出すと、女の子はひったくるようにしてきび団子を受け取りました。
「もしやこれは、食べると天国が見えるという超希少なGきび団子では? 最近では殆どお目にかかれない伝説のきび団子!」
天国が見えてしまっては危険です。それでは戌成は、今頃何度もあの世に行っていると思いました。横の桃太郎さんも若干引き気味です。
「ちょっと、貴方達、一体このきび団子をどこで手に入れたの? 白状なさい!」
まるで尋問です。
「それは私のお爺さんが作ってくれたきび団子だが」
「なぁあんですってぇ! 貴方のお爺さんはどこに住んでいらっしゃるのかしら?! 是非案内なさい!」
「いや、今は鬼退治の旅の途中なので案内できん」
「何と、案内出来ないとは! よし、分かりましたわ。わたくし貴方達の旅に付いてまいります」
「へぇっ?!」
「いや、俺達は鬼退治に行くんだぞ。危険な旅だからあんたは止めておけ」
「あんたではありません。わたくし紗瑠々と申します」
「さるるさんですか。しかし、戌成さんの言うとおり……」
「わたくし一度こうと決めたら決して変えませんの」
そういうわけで、強引に紗瑠々も旅の仲間に加わりました。
読んで下さいまして、ありがとうございました。