其の2
桃太郎がお爺さんとお婆さんの子供となってから16年。
女の子なのに桃太郎と名づけられた赤ん坊は、お爺さんとお婆さんの愛情に包まれて逞しく、すくすくと成長しました。
桃太郎は今日もお爺さんとお婆さんのお手伝いに勤しみます。
もはや、桃太郎にとって畑仕事も慣れた物です。
鍬を手に、軽快なリズムで畑を耕やします。桃太郎のリズムに乗って小鳥達も歌います。
ザックザク。チュンちゅぴチュン。
ザックザク。チュンちゅぴチュン。
お天道様が中天で輝いています。
桃太郎が額の汗を拭って家の方を見てみると、台所の窓からうっすらと炊飯時の白い煙が上がっています。
そろそろお昼時のようです。
畑の棟には野菜がずらりと並んでいます。桃太郎が手塩にかけて育てた野菜達です。
「うん、大根とホウレン草が美味しそうに育ってくれたなぁ。今日はこれを食材にしてもらおうかな」
大根はむっちりぴちぴち、ホウレン草は青々として瑞々しく、いかにも美味しそうです。
桃太郎は取れたての野菜を幾つか持つと、昼ご飯を食べに家へと帰りました。
家ではお婆さんが猟の獲物を持って帰っていました。
「おかえり、桃太郎」
「ただいま、お爺さん、お婆さん。今日も大猟だね」
そう告げると、お婆さんはニヤリと格好良く笑いました。キラリンと白い歯が輝きます。
「フフ、美味そうじゃろ」
「ハアハア、今日もお婆さんは素敵じゃ~。よし、い、猪は夕飯で食べるとしようかの!」
お爺さんは少女のように頬を染め、鼻を押さえてもじもじしながら嬉しそうに言いました。
お爺さんのハートはお婆さんの笑顔にやられてしまったに違いありません。
隅の方で、お爺さんがこっそり鼻血を拭っているのが見えました。つくづくお婆さんは罪な女です。
家の庭にはまるまる肥えた猪が吊るしてあります。今日の晩御飯は猪鍋でしょうか。お昼ご飯を食べる前から夕飯が楽しみです。
「さあ、冷めない内に食べようかのう!」
桃太郎達がお爺さんの愛情籠ったお昼ご飯に舌鼓を打っていると、そこへ誰かがやってきました。
出入り口の扉を、いささか強く叩く音が聞こえます。
ドンドンドン!
ドンドンドン!
お爺さんが扉を開けると、お役人が立っていました。
「はい、はい。これはお役人様。どういったご用件かのう?」
お役人は家の中に入ってくるなり言いました。
「この度ここに参ったのは、お婆さんの剣の腕を見込んで頼みがあるからだ」
一体どういう用件でしょう?
お役人の話によりますと、お婆さんに鬼ヶ島にいる鬼を退治してほしいという依頼でした。
何と物騒な話でしょう!
そんな話、当然ながらお断りです。
「何という話か! そのような事はお断りするぞ。こんな老人に頼まんでも、他にも人はおるだろう」
「そうじゃ、そうじゃ!」
桃太郎も同感です。厳しい顔で頷きました。
「ちょっと待ってはくれぬか。少し話を聞いてもらおう。実は……」
お役人は説明し始めました。
「退治してほしい鬼達は、鬼ヶ島を拠点に次々と通りかかる船を襲っては金品を略奪し、島の近くの村で悪さをしておる。そのため周りの村人達も怯えてしまい、大変困っておる。どうにかしてその悪い鬼達を退治したいのだが、鬼達はとても強くて我々では太刀打ちできん」
そこで、有名なお婆さんに鬼退治を依頼する事になったと言うのです。
なんと無理な依頼でしょうか。
お役人は一方的に話終わると、これはご家老様の命令であると言い置いて、さっさと帰って行きました。
「どうしたものか、困った事になった」
「お婆さん、もう一回断ろう。明日にでもお役人様に申し出るんじゃ」
「だが、命令とあらばそうも出来んの」
困りました。幾らお婆さんが剣の達人でも、もう高齢です。さすがに若い頃のようにはいきません。おまけにお婆さんには持病のぎっくり腰がありました。
三人はうんうん唸りながら考えましたが良い案は浮かびません。
「お爺さん、お婆さん。私が鬼退治に行ってきます」
「なんと、そんな事はさせられん。いくら桃太郎でも危険じゃ!」
「そうじゃ、そうじゃ! 可愛い桃太郎にそんな危ない事はさせとうない」
「お爺さん、お婆さん、聞いて下さい。どこの誰とも分からぬ私を今まで大事に育ててもらい、二人にはどんなに感謝しても足りません。代わりに今度は私に恩返しをさせてほしいのです」
「も、桃太郎~!」
「……分かった。桃太郎、お前に任せよう」
「はい! 鬼退治を済ませて無事帰ってきます」
そういう訳で、桃太郎が鬼退治に出かける事になりました。
え? 女の子がそんなことして大丈夫かって?
大丈夫! 桃太郎は男よりも男らしいお婆さんのお陰で、そこら辺の剣士よりも強くなっていたのです。
次の日桃太郎は、お爺さんが作ってくれた特製Gマーク入りきび団子とお婆さんから譲ってもらった刀を手に、鬼退治の旅に出る事になったのです。