其の17
鬼ヶ島から出発した桃太郎達一行は、本土のお城に向けて北上します。今回の道のりは、鬼王が用意してくれた船に乗船し、可能な場所まで海路を進んでいきます。
船での移動のおかげで、旅の行程は随分と早く進みました。船旅はとても順調で、心配された天候不順や妨害もなく、予定通りに進みました。
しかし、それは桃太郎の戸惑いを脇においての話でした。
何なのでしょう? この状況は。
船の甲板の手すりに凭れて、波の穏やかな海を眺めていた桃太郎でした。下を見れば、船のすぐ側を泳いでいる大きな魚の影が見えます。一体どんな魚でしょうか。興味を惹かれた桃太郎は、もっと魚を良く見ようと更に身を乗り出して覗きこみました。
「桃どの、何をそんなに一生懸命見てるんだ?」
右腕側に桃太郎より少し高めの体温を感じると共に、耳に心地よい低めの声が耳のすぐ傍で聞こえました。
「うわっ」
心臓が止まるかと思いました。
反射的に体を捻って身を起こせば、すぐ右隣に鬼王の逞しい体があります。鬼王は桃太郎に全く気配を感じさせませんでした。桃太郎、不覚です。
「桃どの? どうかしたのか」
どうもこうも無いです。何でこんなに鬼王との距離が近いのでしょう。おかげで変な汗は出てくるし、顔は桃のように赤くなってしまいます。
「いや、その」
鬼王と距離を取ろうと、周りも見ずに移動しようとしました。
「おっと、そっちは危ないぞ。桃どの、もうちょっとこちらへ」
そう言われる間にも、床の段差につまずいて、よろけてしまいました。すかさず伸びてきた腕にぐいと体が引かれれば、鬼王の体の逞しさと心地好い体温を、体に感じています。
桃太郎は鬼王に引き寄せられていました。またもや心臓が、小鳥のようにじたばたしてしまいます。
顔を上げれば、鬼王の紅い瞳が予想外に近くにあって、あっと驚きました。
慌てて眼を逸らしましたが、動悸は治まりません。
どうしよう、この煩い程の心臓の音が、鬼王にも聞こえているのではないか? どうか、聞こえていませんように。
そんな考えしか浮かびません。
こんなに近くに寄られては、鬼王を強く意識してしまって、上手く頭が働かないようです。
「あっ、あのっ。もう、大丈夫ですから」
そう言って、鬼王の傍から距離を取りました。
「桃どの」
鬼王が何かを伝えようとしています。
どうしましょう。これは、恋って奴でしょうか? 鬼王お手製のお造りを食べてしまったせいでしょうか。こんな、浮き沈みの激しい気持ちになったのは初めてです。
「おっ。桃太郎さん、ここに居たのか。そろそろ上陸するそうだぞ。準備しておいてくれよ」
そこへ丁度戌成が声を掛けてくれました。桃太郎は、はっと我に帰りました。戌成は、何と良いタイミングで現れたのでしょう。
「戌成さんっ。わかった、すぐに準備しよう」
桃太郎は、ままならぬ自分の気持ちから逃れるかの様に、いそいそとその場から離れたのでした。
船から降りて本土に上陸した一行は、北東を目指して進みました。旅は順調に進み、無事に本土のお城へと辿りつきました。
桃太郎達は殿さまにお目通りを申し出ます。そのためにお雉がしばし、姿を消しました。上手く取り計らってくれたのでしょう、程なく戻ってきました。
「待たせたね、皆。殿さまはこれからお目通りなさるそうだよ」
いよいよです。緊張と共に桃太郎は、城の中を進みます。
一同は促されるままに、桃太郎達は謁見の間へと足を踏み入れたのでした。
今回も読んでくださいまして、ありがとうございました。