其の14
「ちょっと情報収集に出てくるから。気になる事があるんだよ」
それは、鬼王の話を聞いたその日の事でした。お雉は桃太郎達にそう告げると、姿を消しました。
残った桃太郎と戌成、紗瑠々の三人はそれぞれ思い思いにこの鬼ヶ島で過ごしています。
戌成はどうやらお気に召した鬼女が居たようで、彼女を追いかけまわしています。その鬼女は日に焼けた巨乳美女で、眼がくりっと大きくとても可愛らしかったのを覚えています。金髪赤目で、なにやら鬼王との血のつながりを感じさせました。
紗瑠々は、珍しい菓子を見つけたとか言って、そちらを見に行ってしまいました。鬼おこしとかなんとか言っていたでしょうか。三人それぞれバラバラですが、取りあえずのところ、身の危険はないようなので良しとしています。それに、各自思う事があっての行動で、報収集を兼ねているのでしょう。
鬼王から話を聞いた後、桃太郎は正直どのような行動をとればよいのやら、分からなくなりました。役人達は桃太郎達を都合の良いように利用しようとしたのでしょう。しかし、確信が持てないのもまた、事実でした。なぜなら、鬼王の話を鵜呑みにする事も出来ないからです。
桃太郎以外の三人も同じ意見でした。そのため、それぞれ四人は話の内容を吟味する事にしたのです。
桃太郎達一行は、暫らく鬼ノ城に滞在する事になりました。ここに居れば、おのずと鬼王の言葉が誠かどうか、見えてくるでしょう。いや、桃太郎達をここに滞在させる、その鬼の行為が既に真実を物語っているように思えました。
桃太郎は塩田が広がる浜に来て、塩田とそこで働く鬼達を見ていました。眼の前で、鬼達が海水を大きな桶に汲んで来ては、砂地の上に撒いています。作業は繰り返し行われ、鬼達の根気強さに驚かされます。向こうに見える建物からは、もくもくと煙が上がっています。覗いてみると、窯で塩を取り出す作業を行っていました。
広大な塩田で、鬼達が精を出して働いているその姿は生き生きとして、凶暴な様子などどこにも見当たりません。桃太郎達一般の人と何ら変わりありませんでした。
桃太郎の頬を心地好い風が撫でていきます。浜の向こうに見え青緑の海は、照りつける陽光を反射してきらきらと輝いています。
「桃どの、ここにおられたか」
「鬼王さま」
いつの間にやら鬼王は、桃太郎の事を桃どのと呼ぶようになりました。一体いつからでしょうか? 何となく鬼王と親密になったように感じられます。
鬼王が穏やかな笑顔を浮かべて桃太郎にゆっくりと近付いてきました。思わずその顔に見惚れてしまいます。日に焼けた肌に真っ白い歯が、まぶしく眼に映ります。赤よりもなお深い、紅い眼が目尻を和ませて細まりまると、桃太郎の心臓はいつもより速く鼓動してしまいます。
「ここは見事な塩田ですね。それに、海は美しく、向かいには豊かな緑もある。良い場所だ」
桃太郎は傍らに立つ鬼王の存在に、小鳥のようになってしまった心臓を持て余しながら、思っていた事を素直に口にしました。
鬼ヶ島は小さな島でしたが緑豊かな森と山もありました。山には野生生物が生息しており、山と海に囲まれたこの島は、豊かな自然に恵まれていました。気候は穏やかで、そのせいか島に暮らす鬼達も、どことなくのんびりとして穏やかです。
「そうだろう。この美しい島は、我ら一族の誇りだ。先祖代々受け継がれてきたこの素晴らしい島を、大切にしたいのだ」
鬼王は、眩しいお天道様のような笑顔を浮かべました。
「桃どの。ここは山の幸も海の幸も豊富で美味い。気候は穏やかで、住まう者達も皆良い者ばかりだ。ここは良い所だぞ。このままこの島で暮らせばいい」
「それは……」
桃太郎は、その誘いに強く惹かれてしまいます。しかし、それには解決しなければならない問題もあるのです。
「よし。では、私が釣った魚で造った刺身を食べさせて差し上げよう。さすれば、ここから出て行きたくは無くなるだろう」
「鬼王さまが料理をなさるのですか?」
「意外かな? 私は結構器用なんだぞ」
キラリ。そう音が聞こえてきそうな白い歯を見せて、鬼王は爽やかに笑いました。
桃太郎の胸に衝撃が奔りました。矢が刺さった様なそれは、苦しみでは無く、甘酸っぱい衝撃を伴って。
料理も出来る、文武両道な男っ。
まるで、お爺さんみたいです。
桃太郎の理想の男性は、お爺さんのような人だったのでした。
今回も読んで下さいましてありがとうございました。