其の10
鬼ヶ島に上陸した桃太郎達の眼の前には見上げる程の大きな門がありました。この門こそ鬼の城の城門です。
ここを入れない事には鬼の城には近付けません。
門には恐ろしい鬼の顔が彫ってあり、今にも襲い掛かってきそうです。憤怒の形相を浮かべて異様な牙をむき出しにした鬼は、桃太郎達がこの門から中に入る事を、拒絶しているかのようでした。
桃太郎は大声を張り上げました。開門をするよう訴えます。すると、中から声が聞こえました。
「何者だ?」
門の端の方についている小さな出入り口から門番が顔を出しました。
鬼は日に焼けた大柄な男です。額には小さな角が一本生えていて、強面の屈強な体つきをしていました。見るからに凶暴そうな鬼です。
そこへ、お雉がすかさず言いました。
「ああ~ん、胸が苦しいのぉん。そこな逞しいお方、助けて下さいまし」
胸って。人様に見せる程の物では無い筈です。桃太郎はハラハラしました。
「お雉さん、ちょっ」
「しっ! いいから」
お雉は体をクネつかせると、桃太郎が見た事も無いようなしなを作ります。
「島の外の女か。胸が苦しいのか? どれ、様子を見せてみろ」
鬼の門番は顔をニヤつかせながら近寄ってきます。
「はぁん、ここなのぉ」
「む? なんと、膨らみが無い! ぐっ」
鬼が覗きこんだ瞬間にお雉は思いっきり後頭部に拳をお見舞いしました。
鬼は衝撃の余り、驚愕した表情のまま気絶していました。これはこれで、気を失っていても怖いです。
「気を失ってなお怖いなんて、さすが鬼と言うべきかしら?」
「いや、このようになったのはお雉のせいだ。哀れな」
「何よあんたたち、失礼ねっ! 誰のお陰でこう上手く気絶させれたと思ってんのよっ」
どうやら門番は一人だけのようでした。
戌成は気を失った鬼の体をひょいと抱えると、外からは伺い難い門の影へと隠しました。
「よし、皆。行こうか」
桃太郎達一行は、開いたままになっている小さな出入り口から内部へと、足を踏み入れたのでした。
それにしても、男とは人だろうと鬼だろうと、色仕掛けに弱いものなのだろうかと桃太郎は思ったのでした。
門を超えて少し歩いて行くと、城の麓にある鬼ヶ島の海岸が見えてきました。微風が吹いて波は緩く押し寄せては引いています。ここは活気に溢れている様子です。砂浜にはこの島で暮らしている鬼達の姿がありました。
幾つもの魚を天日干しにしている、鬼達の日常の風景が眼に入ります。とても凶暴には見えません。
他にもぞろぞろと、鬼達が海岸をうろついているのが眼に入りました。
「何やってんだありゃあ?」
見れば、鬼達は背中に篭をしょっています。手に火ばさみを持って何やら拾っては、籠の中に放っていました。
「団体さんで一体何を拾っているのかしら?」
「ちょっと様子を見てみよう」
桃太郎達は物陰に隠れて様子を窺う事にしました。
鬼達はお天道様に照らされて、何やら爽やかな雰囲気です。
中でもひときわ目立つのは、頭に白い手ぬぐいを巻いた体格の良い男でした。その手に軍手を着けて火ばさみを持ち、背中には篭をしょっています。
手ぬぐい男は爽やかに笑顔を浮かべると、背中の篭を地面に降ろしました。
「おーい、皆の者。もういいだろう。この辺で終了とするぞ」
その声に、海岸に散らばっていた鬼達が、わらわらと集まってきました。和気あいあいとしながら背中の篭を降ろし、中の荷物を纏めて片付け始めます。
「もしかして、清掃活動ですの?」
「しっ、もう少し様子を見よう」
桃太郎達は息を殺して様子をそのまま見続けました。
手ぬぐい男の隣には、年老いて小さな白髪の鬼と、若い四角い眼鏡を掛けた男の鬼がいます。
「殿、随分綺麗になりましたなあ。これで、浜も心も清々しくなろうというものですなあ」
「殿、このような事をしている場合ではありません。そろそろ城内へ戻っていただかないと」
「ああ、分かっている。後の事は皆に任せて戻るとするか」
手ぬぐい男は軍手を外し、被っていた手ぬぐいを脱ぎました。そこからは、日に照らされて輝く稲穂の海のように美しい、金の髪が現れました。髪の間からは、二本の立派な角がニョッキリと生えていました。
それを見た、桃太郎はごくりと唾を飲み込みました。
間違いありません。あの手ぬぐい男こそ、鬼ヶ島を統べる者に違いありませんでした。
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