反響
ある夜。ギイーという、鉄の門扉が開くような音がした。
夜に目を瞑る。隣の部屋からテレビの音、車の走る音、イヌの吠え声、色々な音がして、それらを聞いていると落ち着く。
「ギイー」は異音に思えた。アパートの向かいの一軒家に並んで洋館がある。恐らくそこだ。洋館は永らく放置されている、こんな時間に門扉が開けられるとは思えない、疑問は残るが、私は落ち着きを失くしてしまった。
洋館の先にゴミの収集所がある。陽が沈んでからゴミを出しに行くとよくコウモリを目にする。特徴的なシルエット、チョウが舞うような飛行。ゴミの収集所は街灯の下にある。街灯に集まる羽虫を食べに来ているのだろう。棲みかが洋館の可能性は十分にある。如何にもふさわしいではないか。
深夜に外へ出た。コンビニで酒と洗剤を買いに。こんな時間まで酒を飲める、無くなったらすぐ買いに行ける、私は二つもの幸福を享受している。
ギイ、ギキイー!耳をつんざくような音がした。田圃の向こうを走る貨物列車だ。あの夜の「ギイー」はこれだったのだ。正体が分かればなんてことはない。コンビニには輸送トラックが乗り付けていた。こんな田舎の夜でも全ての人が眠れるというわけではない。酒を買って、さらに飲んで、半分も飲まないうちに寝てしまった。
酔っていると眠りが浅い。目が覚める。天窓は未だ真っ暗である。目を開けて真っ暗なら、目を閉じているのと変わらないのではないか。ともかく、目が覚めて真っ先に思い浮かんだ最優先事項。それは洗濯だった。昨夜帰宅して、洗濯機を回そうとしたら洗剤が切れていた。それで酒を買いに行ったついでに洗剤を買ってきたのだ
目が覚める。目をパチクリさせた。天窓が真っ青。これが何度目の覚醒で、「洗濯をしなければならない」と思ったのが何度目だったのかも分からない。夢だったのかもしれない。起き上がって洗濯機を回す。何という充実感。何しろ夢にまでみた洗濯だったのだから。
流行りのラーメン店でビールを飲みながらラーメンを啜る、というのが目下の道楽である。欲望に従い洗濯を終えたあと、電車に乗って市街地へ出かけた。本日は弱い雨の予報。それに沿うように、到着までにみるみる空が灰色になっていく。あんなに真っ青だった空が。問題は無い。弱い雨だし、駅周辺を歩き回るだけだし、私はいつもキャップを被っている。ほとんどが車移動なのでビニール傘すら持ってない。
市街地の駅を出る。予報通り弱い雨が降っていた。何の問題もない。しばらくウインドウショッピングを楽しんで、さてラーメン店へ行こう、としたら雨が強まってきた。徒歩五分の道のりを早足で向かう。雨はドンドン強まって最後には土砂降りになった。シャツが別の色になったのかと思うほどびしょ濡れになってしまった。
シャツを脱ぐ。店内はエアコンが利いている、とても寒い。ラーメンは体を温めてくれる、ビールを飲むとまた冷える、全く何てことだ!これほど寒暖の差を感じたことは無い。ヒトはびしょ濡れでも暖まれば汗を掻いてしまう。食べ終えてシャツを羽織る。氷のように冷たい。こんな短時間で乾くわけがない、分かってはいても悲しかった。
帰りの電車ではいつも疲れてしまって寝てしまう。びしょ濡れでもやはり眠りに落ちた。目が覚めるとあまりの冷たさに思わず身震いしてしまったが。
電車を降りる。雨は止んでいて、夕闇が迫っていた。駅前の、堀沿いの道路を歩いていると、コウモリのシルエットがヒラヒラ舞っていた。とんでもない数の群れで狂喜乱舞している。フォー―ン!コウモリたちの後ろを電車が警笛を鳴らしながら走っていく。堀に掛かった鉄道橋の上を。堀というよりは小川ほどの広さと高さがあり、ちょうど洞窟のようになっている。私は見た。鉄道橋の下から数匹のコウモリたちが飛び出してくるのを。あそこが住処だったのだ。彼らは群れに交じり、キイキイ鳴きながら乱舞を始めた。
全く彼らは賢い。わざわざ土砂降りに飯を食いに出る、などという愚行はしない。ヒトの欲望は深すぎた。欲を追求するあまりこうして体調を崩したのである。ハックション!
夜。横になって目を瞑る。コウモリは暗い洞窟の中、目を瞑っているか、開けているか区別がつくだろうか。おっと、彼らは超音波で周囲を知覚する。暗闇こそが日常である。昼は暗いところで眠り夜に活動する。暗闇から暗闇へ。彼らが真っ青な空で目を覚ますことは無いのだ。




