小さな宇宙
科学者の男は、長年「極小世界」の研究を続けていた。
物質を構成する最小単位。そのさらに下。
観測技術が進むにつれ、世界は無限に細かく分かれていくように見えた。
彼の仮説は、周囲から笑われていた。
「宇宙そのものが、もっと大きな構造の一部ではないか」
つまり、自分たちの世界は絶対的なものではなく、巨大な存在から見れば塵のようなものにすぎない―という考えだった。
「哲学だな」
同僚たちは笑った。
「科学者が神話を語る時代か」
しかし男には確信があった。
宇宙背景放射の微妙な揺らぎ、物理定数の奇妙な均衡、説明のつかない空間の歪み。まるで、外側から何かの影響を受けているようだった。
彼は研究室に閉じこもり、新型観測装置を完成させた。
極小領域を、空間そのものの層として観測する装置。
成功すれば、世界の根本構造が見える。
失敗すれば、研究人生の終わりだった。
実験の前日、娘が研究室にやってきた。
「はい、おみやげ」
手渡されたのは、古びたビー玉だった。
中に小さな気泡が閉じ込められている。
「きれいだから」
男は笑った。
「ありがとう。机に飾っておくよ」
翌日
実験は成功した
いや、成功しすぎた。
装置が映し出したのは、想像を超えた映像だった。
銀河群。
星雲。
膨張を続ける空間。
そこには、確かに一つの宇宙が存在していた。
だが、奇妙だった。
境界がある。宇宙の果てが、丸く閉じているのだ。
そして表面には、光の屈折。
透明な壁。
男は震える指で倍率を変えた。
外側が見えた。
巨大な机。
積み重なった本。
研究器具。
そして――
昨日、娘から貰ったビー玉。
その中の、小さな気泡。
男は立ち尽くした。
もし、この宇宙がビー玉の中なら。
自分たちを観察する存在もいるのだろうか。
その時だった。
突然、世界が大きく揺れた。
轟音。
光。
重力の乱れ。
観測装置が悲鳴を上げる。
外側で、幼い声が聞こえた。
「あ、おっことしちゃった」




