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祖父ヘンリーの正体

 時間は十時間ほど遡る。


 ロンドン、ピカデリーに近いアシュフォード家のタウンハウス。 議会開催中、貴族院議員であるヘンリー・アシュフォードが住まうその邸宅は、喧噪渦巻く合理主義の都市にあって、まるで古い時代の重い石の蓋が閉じられたように静寂を保っていた。


 ヘンリーの書斎は、磨き上げられたマホガニーの家具と、羊皮紙を思わせる壁紙に囲まれ、壁にはアシュフォード家数世紀の歴史を刻む歴代当主の肖像画が、濃い影を落としていた。


 その静謐な空間に、アシュフォード魔法協会の会長、ルーサー・スペルマンが客人として招かれていた。快活な笑顔を引っ込め、ルーサーは重々しく切り出す。


「名誉会長」


 ヘンリーは分厚い帳簿から顔を上げず、ただ顎で応じた。彼の周囲には、巨大な農業経営と羊毛の高品質ブランドを支える数字の羅列が渦巻いている。 この男は、表の世界では合理性の守護者として、鋼のように動かぬ権威を体現していた。


「お孫さんのスカーレット嬢が、魔法の『目覚め』を迎えてしまわれました」


 その一言が放たれた瞬間、ヘンリーの動きがぴたりと止まった。彼はゆっくりと帳簿を閉じ、深い皺の刻まれた顔を上げた。


「……スカリーが、か」


「はい。不幸中の幸いと言うべきか、きっかけとなったのは、オーウェン・クロムウェルが趣味で拵えた、あの廃墟のお化け屋敷に忍び込まれた折だったようです。驚愕と混乱が、彼女の内に秘めていた隔世の力を、無残にも暴発させてしまった。中世の火魔法使いめいた、荒々しい発現だったと」


 ルーサーは、言葉を選びながら報告を続けた。


「しかし、ご懸念なさいますな。一般人の目の前で『力』が放たれる事態だけは避けられました。この蒸気機関の時代において、あれほどの非合理が公になれば、アシュフォード家どころか、我々協会の秘密までも、奇人変人の烙印をもって焼き尽くされてしまいますから」


 ヘンリーは目を細め、静かに、しかし有無を言わせぬ調子で答えた。


「よかろう。我ら一族の秘密の力が、次代に繋がったことは理解した。孫娘が世間知らずゆえ、迷惑をかけることになる。ルーサー君、よろしく頼む」


「承知いたしました。スカリー嬢の力を、我々の間で秘匿し、制御する方法を余すところなく教え込みますので、ご心配なさらぬよう」


 ヘンリーは、書斎の重厚な空気をさらに押し潰すように、ため息を一つ吐き出した。


「私からも、気安く魔法などという『非合理』な力を使うことのないよう、厳しく言い含めておく。あの子は、その血筋ゆえに、この時代における『正しさ』を、骨の髄まで叩き込まねばならぬ」


 ルーサーはヘンリーの表情を見た。 頑固者として知られる貴族院議員の、その顔の奥底に、一族の秘密と孫娘への重すぎる使命が宿っていることを知っていた。その厳しさが、若き発現者の心を折ってしまうのではないかという懸念が、明朗快活な会長の胸をよぎる。


「名誉会長。あなたの厳しさは、このアシュフォードの魔法を守る盾であることは承知しております。しかし、あまりにも厳しく言われて、お孫さんの心を病ませるようなことがないように、お気をつけください」


 その言葉に、ヘンリーは顔をさらに曇らせ、不機嫌そうに低く唸った。


「判っておる」


 二人の間に、再び重く、秘密に満ちた静寂が降りた。 ロンドンのタウンハウスの窓の外では、合理主義を象徴する蒸気機関の轟音が遠く響いていたが、この書斎の中だけは、数百年を隔てた古い時代の力が、確かに息づいていた。


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