アシュフォード魔法協会
「ようこそ、スカーレット・アシュフォード君。私はルーサー・スペルマンだ。アシュフォード魔法協会の会長を務めている」
スカーレットは緊張しながらも、ルーサーの温かくも力強い握手に応じた。 隣には、大仰な刺繍を施したドレスをまとい、優雅に紅茶を傾ける女性が座っていた。
「私はバイオレット・ムーン。月の女神と呼んでもいいわよ」
「あなたがあの噂の……魔法の目覚めを迎えた子。お行儀がいいわね。マナーを知らない野蛮な魔術師よりはずっといい」
バイオレットはそう言いながら、大富豪の奥方にしては少々派手すぎる所作で、スカーレットを上から下まで値踏みした。
ルーサーは、話を切り出した。
「君の件は、オーウェン・クロムウェルから報告を受けた。彼が少々軽傷を負ったが、あれほどの力であの程度のけがで済んでよかった。聞かせてもらおうか、君は、なぜあの廃墟で『火の魔法』を使った?」
スカーレットは必死に否定した。
「使ってません! ただ怖くて、手を前に出しただけで……」
「わかっているよ」
ルーサーは優しく言った。
「これは、自発的な行為ではない。君の持つ力が、極度の恐怖という刺激によって、外へ爆発的に発現したのだ。だが、その力は非常に純粋で、そして古い」
ルーサーは突然、真剣な目つきになった。
「スカーレット君。君の家系、アシュフォード家は、この国の古い歴史と深く結びついた、偉大な血筋だ。そして君が発現させた力は、その由緒ある血筋に時折、予期せぬ形で現れる、魔法の力だ」
スカーレットは、祖父ヘンリーの厳格な顔を思い浮かべた。 貴族院議員であり、合理主義の権化のようなあの祖父の血筋に、魔法の力が?
「私たちの時代は、蒸気機関と合理的な考え方が支配している。魔法など、誰も信じない。この力を公にすれば、君自身は奇人変人のレッテルを貼られ、君の一族であるアシュフォード家の名誉にも傷がつくだろう」
「だから私たちは、君を保護し、教育する必要があるのよ。この力は制御できる」
「あるいは」
バイオレットが冷ややかに付け加えた。
「制御できずに、世間の目に晒され、社会から変な目で見られるようになるか、どちらかよ」
ルーサーはテーブルの上の羊皮紙をスカーレットの前に滑らせた。
「この魔法契約に君がサインすれば、我々が魔法の制御の方法を教えることが出来るようになる。選択の余地はないように思うが、サインするかしないかは君次第だ」
スカーレットは何が何だか分からないままに古めかしい羽ペンを手に取り、契約書に署名した。
「我々、アシュフォード魔法協会は君を歓迎する。君の持つ力は、この協会が守り続けてきた秘密を継ぐに足るものだ」
スカーレットは、羊皮紙を前に、震える手をぎゅっと握りしめた。彼女の頭の中には、頑固者で知られる合理主義者の祖父ヘンリーの厳しい顔と、この秘密の協会の、古めかしい魔法の言葉が、激しく衝突していた。
事務所の入口にいた女性が部屋に入って来て自己紹介をした。
「私はペネロペ・シャドウ。あなたが魔法協会を必要とするときに、あなたのところに現れるわ。そして、あなたの魔法で怪我をしたオーウェン・クロムウェルは、学校の先生の割にはいたずら好きで、今回怪我をしたのもいい薬になったんじゃないかしら。だからあなたは気にしなくていいのよ」
彼女は気さくに話し掛けて来た。
「この事務所の中にはスチームと石炭の匂いがしないと思わない? 要は古臭いという事ね」
ペネロペはけらけらと笑っていた。
古めかしい会計事務所に偽装されたアシュフォード魔法協会を後にしたスカーレットは、夕闇の中、まるで自分が別世界から戻ってきたかのように感じていた。手に残る契約書の感触が、自分がもう「合理的な世界」の住人で無くなってしまったことを痛いほどに示している。




