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廃墟の叫び声

 夜の帳が降りたケント州アシュフォード。 石造りの重厚な門の向こうには、広大な農地を持つアシュフォード家のカントリーハウスが静かに佇んでいた。


 しかし、屋敷の奥、図書館の窓の明かりの下にいるのは、合理的な思考と伝統を重んじる一族にあって、異端の存在――スカーレット・アシュフォードだった。


 彼女の祖父ヘンリーは厳格な貴族院議員であり、父ウィリアムは羊毛のブランド化を成功させた実業家だ。そんな「正しい」世界の住人の中で、スカーレットだけは、別世界の古い知識に心を奪われていた。 彼女は、人々が産業革命とともに捨て去ったはずの、オカルトに夢中なのだ。


「準備はいいか、スカリー?」


 窓の外から、石を投げつける微かな音がした。親友のジャック・キャンベルの声だ。 ジャックの一族は、スコットランドから温暖なケント州に移り住み、今やマイケル・キャンベル(ジャックの父親)がこの町でアシュフォード家から羊毛を仕入れて毛織物を作る工場を経営している。蒸気機関の音、歯車の唸りが日常となったこの時代において、ジャックは未来そのもののような少年だった。


 だが、そんな彼は、スカーレットの奇妙な趣味に付き合ってくれる唯一の仲間でもあった。 スカーレットは、分厚い古書の間に隠したろうそくとマッチを掴んだ。


「もちろんよ、ジャック。今夜こそ、幽霊の正体を暴いてやるわ」


 二人が目指すのは、町の外れにある「幽霊が出る」と評判の荒れ果てた屋敷だった。 この屋敷の持ち主はオーウェン・クロムウェルという変わり者だった。


 二人は崩れかけた石塀の割れ目から敷地の中に入り込み、壊れた窓から埃っぽいホールへと足を踏み入れた。 湿った空気とカビの匂い。スカーレットのろうそくの光が、朽ちた家具や壁に掛けられた不気味な絵をゆらゆらと照らした。


「本当に、誰もいないのかい?」


 ジャックが囁く。彼の声には、工場経営者の息子としての合理的な冷静さと、拭いきれない子供らしい恐怖が半々に混ざっていた。


「いいえ、何かが居るわよ」


 スカーレットは答えた。彼女の瞳は興奮で輝いている。 「ただの屋敷じゃない。ここには、とんでもない仕掛けが絶対にあるわよ」


 その時、二人の背後で、重い扉がバタン! と音を立てて閉じられた。 ろうそくが風で消え、ホールは漆黒の闇に包まれた。


「ジャック!」


 スカーレットは思わず彼の腕を掴んだ。 次の瞬間、重い鎖を引きずる音と、耳をつんざくような甲高い女性の悲鳴が、闇の中で反響した。さらに、床を這うように、血の臭いを思わせる濃い霧が二人に向かって迫ってくる。霧の中には、ぼんやりとだが、白い顔のような影が揺らめいていた。


「なっ、なんだ、これ……」


 ジャックの声が震える。 スカーレットは確かに知っていた。これは仕掛けだ。ただの子供騙しのお化け屋敷の演出だ。頭ではそう理解している。 だが、心臓が悲鳴を上げ、全身の血液が沸騰するような、制御不能な恐怖が彼女を支配した。


「い、いやあああ!」


 理性は霧散した。彼女は恐怖に駆られ、とっさに両手を前に突き出した。


 その瞬間、スカーレットの全身から、体内の熱量が溢れ出すように真っ赤な閃光が放たれた。


 ドォン!


 閃光は凄まじい熱と衝撃波となって、お化けの影、鎖の音、そして立ち込めていた霧を、全て一瞬で吹き飛ばした。 屋敷の天井の梁が軋み、壁に立てかけてあった古い鏡が割れて飛び散った。


 赤熱した空気が収まると、辺りには静寂が戻った。 ジャックは床に座り込み、目を丸くして震えている。


「スカリー……今の……何だ? 何が起きたんだ?」


 スカーレットは、震える自分の手を見つめていた。手のひらがじんじんと熱い。 そして何よりも、彼女自身が、先ほどの光景がただの仕掛けを打ち消した以上の、圧倒的な、今まで見たことも聞いたこともない力であったことを本能的に悟っていた。


 赤熱した衝撃波が過ぎ去った後の静寂は、耳鳴りがするほど重かった。ジャックはまだ床に座り込み、スカーレットも自分の手が熱に焼かれたように感じていた。


「スカリー、あれは……本当にただの仕掛けじゃないぞ」


 ジャックの声はまだかすれている。 その時、ホールと続く廊下の奥から、苛立ちを隠せない足音が響いてきた。そして、一人の男が姿を現した。


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