危ない鞭
「わらわは魔王軍四天王が一人、サキュバスのアリシアでありんす」
アリシアと名乗るその女性は、目のやり場に困るほどセクシーな恰好をしており、さらにサキュバスの象徴と思われる角が頭部から生えていた。
そしてかなりのボンキュッボンの、ナイスバディーである。
この人今、魔王軍四天王っていったぞ……。
いや、今はそれよろも……。
この人俺にビビッてないんだが!
もしかして、リリーのように状態異常に耐性があるのかもしれない……。
……。
あれぇ……。
これ、ヤバイんじゃね?
リリーのほうをみてれば、俺と同じくマズイ状況だと思っているようで、
に・げ・る・わ・よ
と、そう言わんばかりのジェスチャーをしていた。
逃げるといってもどこへ逃げるつもりだよ。
不幸なことに、出口側にサキュバスが立っているんだぞ。
これじゃ逃げられるわけはない。
散々調子に乗ったつけが回ってきたようだ。
よし、こうなりゃ相手方と話し合いといこう。
幸いこっちにはリリーの下僕になった魔王がいる。
これを交渉材料に使えばこの場をなんとか凌げるかもしれない。
上手くいけば命だけは助けてくれるかもしれない。
それにまだ、こっちの命がどうにかなると決まった訳でもないし……。
「おおアリシアよ、よくぞ来てくれた! はやく私を助けてくれ」
「魔王様……。ああ、なんという哀れなお姿でしょう。魔王様を下僕にし、更にはとことん弄ぶとは……」
どうやらアリシアは、先ほどの魔王とのやり取りの一部始終を見ていたようである。
さて、アリシアはどうでるかな……。
「なんと素晴らしいことでしょう! んんんっ! どうかわらわも、その魔王様とのSMプレイに混ぜておくんなまし!」
アリシアはなにやら高揚したようにこう言った。
予想の斜め上をいったー!
確かに見方によってはそう見えるかもしれないけど……。
えっ、何これ?
どゆこと?
普通ここは魔王を助けに入るところじゃないの?
色々と意味不明な状況すぎて、思考が追いつかない。
だが、リリーだけは何か察したようで「おっけー!」と、なんの承諾だか分からないことを言い放つ。
「あのちょっと、私の理解がまだ追いついていないのですが!」と、魔王は困惑といった様子。
魔王よ、俺もだ……。
「んふふっ、では早速こちらの鞭で魔王様と遊んで差し上げましょう!」
サキュバスはそう言うなり、持っていた鞭を魔王の身体に向けてしならせる。
「ちょちょちょ、待って『遊んで差し上げましょう』って何ですか! 私別にそんなこと頼んでいないのですが! っていやぁー!」
その魔王の悲鳴と共に、鞭がペシンと一振り……。
赤くなり、痛そうな見た目の尻をした魔王。
突如興じたプレイに、火照らせた顔で開口一番、
「オオーイエー……。ああ……この感じ、悪くないですね……」と言った。
ホワーツッ!?
正気かこの魔王!
何か目覚めてはいけない領域に達してしまったようである。
先ほどからずっと口を閉ざしていたリリーが一言、
「あはは、カオスね!」と。
「大半はお前のせいじゃい!」とツッコまざるを得なかったのだった……。
お前とサキュバスは気が合いそうである……。
サキュバスが鞭を振るう度、ペシンペシンと、四つん這いの魔王の尻を叩く小気味よいビートが刻まれた。
鞭が当たる度、「ハウッアウッ」と魔王は喘ぎ、己がハートを悶えさせているようであった。
新手のSM嬢が、吐息混じりのエロいボイスで「はぁー、滾ってしまうわー!」と。
それに同調するように、情けない姿の変態魔王が「あぁ、良い。なにかすごく、良い……。今まで味わったことのないような、この初めての快感……。すごく良い」と……。
なんじゃこの地獄絵図は!
悍ましいにもほどがあるだろ!
しかもかれこれ数十分近くはこの調子なのである……。
……勘弁してくれよ。
そのうちにアリシアと魔王とのトンデモ遊戯が終わった。
「ふぅー、スッキリいたしました。いつか魔王様とこうして戯れることを待ち望んでいたのでありんす」
うん、良かったね……。
そのかわりに、魔王様のケツめっちゃ赤く腫れ上がって、見るに堪えないことになってるけどね。
「アワ、アウ」と痛みで呻いてる魔王……。
ソイツは痛みと気持ち良さとが混濁している、というような微妙な表情をしていた。
リリーが先に口を開く。
「満足したようでなによりだわ。それでサキュバスはこれからどうするの?」
「どうとは?」
アリシアが聞き返す。
「いやー、だって、あなたのご主人の魔王様があの有様じゃ、とてもじゃないけど今まで通りのままって訳にいかないでしょ? 誰がこれからの魔王軍を束ねるのかしら?」
「そうでありんすねぇ……。わらわはもう、魔王様とこうしてお遊戯が出来れば、それで充分なので、今後の魔王軍のことはどうでも良いでありんす」
「そう。まあ、今後のことはこれから考えれば良いかしらね」
なんか知らんうちに二人が話をまとめてしまった。
今気付いたのだが、俺から距離をとるようにして、出口側に魔王の手下らしき者たちが控えているのが分かった。
如何にも悪魔っぽい見た目である。
そいつらのうちのちょっと天然そうなやつが「魔王様ってドエムだったの?」と。
さらにそのうちの一人が「しっ! そんなこと大声で言うな! いくらあの魔王様だって人に知られたくない性癖の一つや二つあるに決まってるだろ。だからこれはこの場にいる奴らだけの秘密だぞ」と。
さらに別なやつが「まさか魔王様があんなお人だったとは……。幻滅だぜ」とか。
はては何か興奮気味にハアハアといっているやつが「お、俺もあの中に混ざりたい! アリシア様にあんなことして貰えるなんて、ご褒美でしかない!」と……。
他にもあれやこれやとなにやら喋り合っていた。
まったくどいつもこいつもバラエティーにとんだ奴らなこって。
魔王が魔王ならその部下もまた、変わった奴らなのかもしれない。
「そう言えば、なんでアリシアは俺を怖がらないんだ? 俺のスキルで普通は怖がるはずなのに」
「ああ、それは……。わらわには殿方全員が魅力的に見えるようになっているのでありんす。だからその方がどんなスキルを持っていても怖いなんて思わないのでありんす」
「ふーん、なんで男全員が魅力的に見えるんだ?」
俺のその質問に、サキュバスはモジモジと恥ずかしそうにしながらこう言った。
「そ、れ、は……メスとしての本能でありんすよ」
「ちょっ、なっ!」
顔を赤くしながらそう言う彼女に、俺は正直興奮した。
「サキュバスは元々殿方の精気をいただき、それを糧にして生きながらえる種族。だからこそわらわたちサキュバスからしたら殿方は誰しも、いつでも己の貞操を委ねられるほど魅力的にみえるようになっているのでありんす。それは誰に対してもでありんす。つまりは……」
「つまりは……」
俺は次の言葉を聞いて驚愕することとなった。
「つまりは、殿方はみなセ〇レに見えてるのでありんすよ!」
な、なんて破廉恥なんだー!
え、これってつまりは、俺のことも恐怖の対象ではなくて、むしろその逆の、いやそれ以上な人に見られてるってことですかー!?
「ん、ああ……こんな話しをしていたら急に疼いてきてしまったでありんしゅっ……」
アリシアは俺のほうをみながらペロッと舌なめずりをした。
ゴクリっ……。
やだっ……俺、この人にこわされちゃう!
「さあさ、わらわと良いことするでありんすよー!」
正直、
アリシアのそのお誘いに俺はかなり前のめりである。
勿論、色んな意味で。
俺は今日をもって、ただの変態から紳士へとグレードアップを果たすのだ!
「よくみたら狸顔のお可愛いご尊顔でありんすね。これは遊びがいがありんすよ」
アリシアはそう言いながら、鞭をぶるんぶるん振っていた。
えっ?
なにこれ?
思ってた展開と違うんですが!
男女のノーマルな絡みじゃなくて、鞭を使ったアブノーマルな絡みのほうすか?
「ちょちょちょ、待ってー! こんなの聞いてないってー!」
「さあさ、わらわの愛の鞭をとくと味わうでありんすよ」
「それちょっと意味違うでしょうがっ! 愛の鞭(物理)のほうの意味で使うやつがあるかー!」
俺は狼狽しきった声を発しながら、必死に抵抗する。
そんな俺を横目でみていた魔王が一言、
「グッドラック!」と。
何がグッドラックじゃボケえーっ!
むしろこちとらバッドラックだっつうんだよー!
てめえと一緒にすんじゃねえぞこの変態ドエム魔王が!!
リリーにいたってはニタニタとした悪い顔を浮かべてこちらを見ていた。エスっ気たっぷりにだ。
こ、こいつさっきの魔王の件といい、本当良い趣味してるみたいだな!
よし分かった。
俺は覚悟を決める。
「悪いが、俺にそういう趣味はないんだ。だから簡便してくれ、頼む……」
涙目+お慈悲ポーズというみっともなさ全開で俺は懇願した。
人間、命の危機にいたってはなんでもできるもんだぜ。
羞恥心なんて知らん。
「そ、そこまでされてしまいますと、わらわとしても引き下がるしかなさそうでありんすね……」
アリシアは渋々といった様子で鞭をどこかへ引っ込る。
意外にも話のわかるやつで助かった。
だが、さっきの俺の勢いに若干ドン引きっぽい気がする。……のは、せいということにしたい。
「気持ちが通じたようでなによりだぜ……」
ふう、あぶねえあぶねえ。
ケツを赤く腫らして床に寝っころがってる魔王の二の舞になるところだったぜ。
「ちぇ、なーんだ、つまんないわね。面白そうなものがみれるとおもったのに」
リリーが吐き捨てるように言った。
「お前なあ、人の気もしらないで。ちょっとはケツを鞭に差し出しそうになった男の気持ちを考えてごらんなさい」
「どうでもいいわ」
ひどくね。
「どうでもいいって……」
「それよりも、あたし、良いこと思いついちゃったのだけれど……」
どこかで見覚えのある、見るからに邪悪そのものといった笑みをリリーは浮かべていた。




