異世界転移
見慣れぬ衣装を着た人々。
中世の時代を思わせる街並み。
それらを遠目から視界に捉えるたび、ここが元いた世界ではなく、異世界であることを実感させられる。
俺は今、ピンチだ。
突如として、この異世界の地に転移してしまったからではない。
では何故ピンチか?
答えは簡単だ。
ものすごくウ〇コしたいのに、トイレの場所がどこかわからないのだ。
道行く人に聞いて回っても、知らんぷりされるどころか、何故か俺に怯えて逃げていくのだ。
そのせいでどこにトイレがあるのか聞けずじまいなまま、今に至る。
催してからかれこれ十分くらいになるか。
まずい、実にまずいぞ。
もうすぐそこまで差し迫って来ている!
ベッドの下に隠していたエ〇本を、母ちゃんに見つかった時と同じくらいの絶望感だ。
由々しき事態につき、人目の付きにくそうな茂みに身を隠してから、あとは実を出すかどうかのフォームになる。
ええい、羞恥心なんて知らん。
ここまできたら、もう四の五のいってられるかー。
あ、あああああ、あああーあーあー!!
ブツは結構大きかった。
――クソッ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!!!
遡ること数時間前のことである。
顔、身長も普通。
趣味はゲーム、漫画、アニメ。
そんな俺の名は常二避人。
趣味に時間とお金をかけることに人生の大半を費やす。
そんな平々凡々な日々を送るだけのしがない十六歳高校生。
それが俺だ。
ある日、某アニメショップの帰り道にて、突然光に包まれた紋章陣が足元に現れた。
逃げようにも時すでに遅しで、そこにひきずり込まれる。
意識が遠のく。
んで、気が付いたらこうして異世界に転移したってわけ。
本当にこういうことが自分に起こるとは、まさか夢にも思わなかったな。
いやー、まいったまいった。
ガハハハッ!
――日の向きからして時間はまだ正午といったところか。
俺がいる場所は、周囲を山で囲まれた森林のようだった。
安全確認のために、一応その辺をぶらぶら一通り歩いてみたが、近くに川があるだけで特に何もなかった。
ちょうど喉が渇いていたので、その川の水で喉を潤す。
ふぅー、生き返るぜ。
さて、ここが異世界で俺は転移者な訳だから、試しにお決まりのアレをやってみるとするか。
「ステータス!」
そう叫ぶと、ウィーン、と音が鳴り目の前に板状の青い画面が表示された。
「うおー、マジか! 本当に出来た。案外やってみるもんだな」
普通はなんの説明もなしに、こんな事は出来ないのだろう。
が、ゲームとか漫画やアニメで培われた俺の知識は、こういう時にこそ活かされるというものだ。
ともあれ、おもわず「バカらしくなるほどのテンプレじゃねえか!」と一人突っ込みを入れてしまった。
それでそれで、ステータス画面が表示されるといことは、俺にもレベルとかスキルが備わっているってことだよな。
はっ、もしかしたらチートスキルも持ってたりして!
「どれどれー、俺は一体どんなチート能力持ちなのかなー?」
だらしなく口元が緩んでいるであろう顔で、俺はステータス画面を覗く。
そこに書かれていたのは、
・レベル1
・攻撃力5
・防御力6
・体力9
・魔力7
固有スキル≪威圧≫
と書かれていた。
オイオイ、なんだよ、このあまりにもパッとしないステータスは!
俺も転移してきたばかりだから、百歩譲ってレベルが1なのはまだいい。
他のステータスもまあいいとして。
けど攻撃力、お前はダメだ。
攻撃力5って、お前それ、地球人のおっさんのゴミ戦闘力とおんなじじゃねえかよ!
しかもなんだよ、この固有スキル≪威圧≫って、
それだけじゃ意味分かんねえんだけどー!
はー、はー、突っ込みどころが多すぎて、なんかもう疲れてきた。
ゆっくり深呼吸をし、思考を整理してみる。
まだこの世界のことはわからないことだらけだ。
なら、これから俺がしなければならないこと、それはとにかくこの世界の情報を集めることだ。
よし、そうと決まれば人のいる所を探そう。
この世界の地図は、当たり前だが持っていない。
なので、さっき見つけた川を下ってみることにする。
運よく大きな川にぶつかれば、人里にたどり着けるかもしれない。
一つ懸念があるとするなら、異世界ならではの凶悪なモンスターがいたりとか、盗賊みたいな危険な者たちに出くわさないとも限らないということだけか。
いや、そんな危険も承知で行くのも悪くないかもしれない。
どのみち他に選択肢はない。
なら、行くか。
草木が生い茂る道なき道を、びくびくしながら俺は進んだ。
だが、アホらしくなるくらい何も起きなかった。
あれ?
こういう場合って、大抵はモンスターとか盗賊がわんさか湧いて出て、行く手を阻んできたりするものなはず。
そいつらを都合よく成敗して、誰とも知らぬ者たちから感謝されたり、経験値を稼いでレベルアップというのが毎度おなじみのお約束展開というものだ。
なのにモンスターどころか、人っ子一人出くわさないではないか。
何かがおかしい……。
「こんなの……、俺の知ってる異世界転移じゃないー!」
目一杯叫んだ声は、木霊となって返ってくるだけであった。
「クソクソクソクソ、クソが!」
地団駄を踏むかのように足を前へと動かす。
「んだよ、ちきしょう。せっかくの異世界転移だってのに、
万に一つもそれっぽいイベントが起きやしねえ。ちょっと期待してたのに」
煮え切らない思いを抱えつつ、なおも先を進む。
いつの間にか森林を抜け、川は下流に向かうにつれて幅が大きくなる。
「ええーい、こうなったら最初に行きついたところの町で、それっぽいイベントを起こしてやる」
せっかくの異世界なのだ。
なら楽しみたいではないか。
俺は持てる全ての体力を使い、全速力で駆け抜ける。
だが――
ギュルルルと……。
突如として、下腹部から不穏を呼び起こす音が鳴り響く。
「え? あ、ああ、ああああ、ウソウソウソ!?? めっちゃ腹いてええー!」
ウ〇コが出そうだ。
急に何でだ?
はっ、もしかしてさっき飲んだ水のせいで腹壊しちまったのか!!
「ちきしょう、ついてねーーー!」
俺は持てる力を全て振り絞って、肛門をほぉっと締めながら、全速力でトイレの捜索を開始する。
走る、走る。
とにかく走った。
「よっしゃしめたぞ、町が見えてきた」
辿ってきた川沿いに、石造りの壁に囲まれた小さな町があるようだ。
その壁中央に、大きな門と、通行人を管理しているらしい門兵が立っていた。
門兵が俺を通してくれるかは分からない。
が、
「今はとにかく、トイレという名のオアシスに向かわねば」
挙突猛進の勢いで入口へ駆け抜ける。
幸いにして、門兵が俺を一目見るなり、何故か逃げ回り出したのは救いであった。
町に入るなり開口一番「トイレどこっすか!?? トイレはどこですかーー!!!」と、顔面蒼白で宣う俺に助け舟を出してくれるものはおろか、町の人間たちは悲鳴を上げながら逃げ回っている。
「おいおいおい、どういうことだよ? こんな見ず知らずのよそ者の俺に、手を貸してくれる人なんていませんてかー?」
その俺の問いかけに答えてくれる人はいなかった。
代わりに、辺り一面にキャーだか、ギャーだのという悲鳴だけが響くのみだ。
このままじゃらちが明かない。
俺はのろのろと逃げ回っていた老人の襟元を、逃がさないように掴んだ。
「ひいー、お助けよー」何故か命乞いをされる。
「いや、あの、だから……、トイレはどこなんですかって、聞いてるだけなんですけどー!?」と、問い詰めた。
だが、老人は泡を吹きながら気絶してしまった。
いや、なんで?
どうしてそうなるんだよ。
意味わかんないんですけど!
「しょうがねえ、こうなったら自力でトイレを探すしかねえ」
しっかり持ちこたえてくれよ俺の肛門。
中腰の姿勢になりつつ、シラミつぶしにトイレを探し回る。
走る。
がむしゃらに走る。
とにかく走る。
途中、町の人間たちから悲鳴を上げらるが、知らん。
ない、ない。
トイレはない。
全然見当たらない。
トイレはいずこやー!
ちきしょう、もう間に合わねえ!
――そして冒頭に時は戻る。
最初の町の外れにある一角に俺はいた。
「クソ、せっかく異世界にきたと思ったら、野糞することになるなんてな。まったくもってついてねえ」
いや、むしろ運は付いてるのかもね。
ウンだけに。
「しっかし、なんであんなに人から怯えられるんだ」
その疑問を口にすると同時に、あることが脳裏を過ぎった。
「ステータス」
そう叫ぶと、ウィーンという音を立てて、出てきたステータス画面を覗いた。
固有スキル≪威圧≫の文字が目に入る。
「うーん、思うに、きっとこのスキルが原因な気がするな。効果の概要がわからないから、確信はないが」
どっかにスキルの説明を書いてる欄はないか。
「もしかして」
ステータス画面の≪威圧≫の文字を指でタッチしてみた。
すると、さっきまで表示されていなかったスキルの説明文らしいものが出てきた。
「ビンゴ!」
やっぱいかにもテンプレ通りって感じだな。
さてさて、どんな効果のスキルなんだいと――
固有スキル≪威圧≫とは、状態異常スキルに分類されるスキル。
人やモンスター等の、一定程度の知能を有したあらゆる生命体に対し、禍々しいオーラを放つことで、強い恐怖心または警戒心を与える効果である。
また、常時発動している状態であり、所有者の生命維持機能が失われるまで効力を保つ。
――とのことのようだ。
え、なにこのとんでもスキル。
要らんスキルにもほどがあるだろ。
しかもこれってつまり……。
人から一生避けられるってことじゃね?
じゃあ、もしかして……。
「俺って、このままずっとボッチってことじゃねえのかーーーー!!!??」
どうりで人から怖がられたりするわけだよ。
森の中でモンスターとかに遭わなかったのも、このスキルのせいってことだな。
いや、おかげで無事に森を抜けられたとも言えるのか。
はあー、と深い溜息をつき膝を抱えてうずくまる。
終わった。
俺このまま誰とも話せず、誰とも関われず、どっかその辺の道端で野垂れ死ぬんだろうな。
心躍る冒険。
モンスターや盗賊退治で名声を上げる。
美女に囲まれたハーレム状態。
そんな異世界の暮らしを想像してたのに、どうやら俺には多分出来ないようだ。
またしてもはあー、と深い溜息をつき落胆する。
「ねえ、ちょっとそこのアンタ」
ん? どこからか聞こえてきた声。
多分幻聴か何かであろう。
俺に話しかけてくる奴などあり得ない。
それもこれも、俺の持つこのろくでもないスキルのせいだ。
「ねえー、ちょっとアンタ聞いてるの?」
あれ、まだ幻聴が聞こえる。
「ねえーってば」
その声と同時に、後ろから肩を叩かれた。
え?
ウソ。
もしかして俺、話しかけられてね?
声のした後ろへと俺は身体を向ける。
「やっと気付いた」
魔法使いのようなマントに身体を包んだ、冒険者風の銀髪で青い目をした美しい少女がそこにいた。




