おまけ「メルティローゼ、家電を従えること」
「リク、お話があります」
陸の前に神妙な顔で席に着き、声を改めたのばら(ローゼ)を、陸はぼんやり眺めていた。
「これ食べてからでも良い?」
「えぇ、結構です。ここで待たせていただきますので」
「う、うん。分かった」
言葉を詰まらせるのは夕食を食べ始めたばかりだったから。
おかしいとは思っていたのだ。いつもは、一緒に食べることを良しとする最近ののばらが、今日は後から食べると言った時から。
しかも、今日は陸の好物である『唐揚げ』に『筑前煮』。なんと、食後にはプリンまであるという。
そして、陸の目の前には、真っ直ぐ陸を見つめ続ける妻のばら。
「美味しいよ? 美味しいから、そんなに見つめないで」
好物が、苦手になりそうな威圧感。
陸の妻であるのばらは、あの事故の後から、陸のことをとても大切にしてくれるようになった。
時々、中身が入れ替わったのではなかろうかと、思うくらい。
だけど、好みは変わらないのだ。
甘いお菓子に、小動物。細々した雑貨と、髪いじり。好きな色に、好みの俳優。そんなのも変わっていない。
ここまで同じだと、同一人物だと思うしかない。
おそらく、あの事故の影響で人格がほんの少し、いや、宇宙規模レベルの衝撃で変わってしまったのだろう。
なんせ、医者も驚く、奇跡の回復だったのだから、この世界で生活してきたはずの事実が吹っ飛んでいてもおかしくない。
のばらには知らせていないが、陸が初めに病院から呼ばれた時、意識不明の重体だったのだ。
それは同時に、いつ死んでもおかしくないから早く来いとの知らせでもあった。
覚えている限りでも脊椎損傷に、脳挫傷。骨折だって至る所あり、内臓からの出血も多々あったそう。心臓だけは無傷で無事だったらしいけれど。
この事実は、かつてよりのばらの心臓には毛が生えていると思っていた陸の認識を、確実に深めた。
意識が戻ったとしても、覚悟しておいて欲しいと言われていたのばら。
それが、あの日、目が覚めてからたった3ヶ月の入院生活で、松葉杖で動けるようになるという状態。
おそらく、あの医者は貴重なサンプルとしてのばらを研究したかったに違いない。もしかしたら、こっそり細胞を採取されているかも……なんて。今も陸はそう思えてならないのだ。
ほんと『奇跡』って都合の良い言葉だよな。
とりあえず、その奇跡という言葉のおかげで、陸も百合菜ものばら自身も平穏無事な生活を送っているのだ。
そんな日々を、単なる妻の大がかりな人格変化のために、失いたくない。あれだけの衝撃的な事故だったのだ。少しくらい後遺症が残っていると思う方が、陸自身納得出来たとも言える。
それに、事故後ののばらは、どこか幼いような気がする。幼いというか、本当にこの世界で生きていたのか?と思うような。
偉そうなところも変わらないけれど……。
だから、こうして夜のお付き合いはキャンセルして帰ることも多くなっている。
「ごちそうさま」
砂を呑むようにして最後の唐揚げを飲み込んだ陸は、手を合わせて、そんな妻のばらに向き合った。
「話って?」
「はい。最近、掃除機とやらの働きが悪いのでございます。ちゃんと電気は与えていますのに、私の命令を素直に聞かなくなっております」
「あぁ、あれ、そろそろ寿命かなぁ」
「寿命……ということは、それほどまでに老いさらばえておるものを、私はこき使っていたのですか!」
……まぁ、言い方はあれだけど、そういうことだよな……。
「新しいものに変えよう」
「では、最後に労いを籠めて、電気を与えてまいります」
慌ててキッチンを飛び出したのばらの背を眺めた陸は、食べ終わった食器を流しに入れて、最近板についてきた、食器洗いを始めた。
そろそろ、ほら。
「どうして言わないのですか。体がもう限界だというのなら、お知らせくださらないと。まるで私が悪女のようでしょう? 旦那様が新しいものを入れるので、もう役目を降りて良いと仰っています。明日、『業者』に連絡して、あなたの引取先を用意して差し上げますわ」
なんだか分からないけれど、のばらは今日も家電を従者のように扱っている。
「のばら~。早く自分のも食べちゃいな。今日はぼくが食器洗うからさ~。で、プリンは一緒に食べようよ~」
あの事故の後から、陸も家事に関わることが多くなっている。
結果、オーライなのだろう。




