メルティローゼ、幸せを見つける
三日昏睡状態。目覚めたその後から3ヶ月のリハビリを終え、『屋敷』に戻った『のばら』の変わり様は、さらに二週間、家族に驚かれ、心配されることになるが、彼女がひたむきに動き回る姿を見ていると、誰も気にしなくなっていた。
彼女は凄まじい事故に遭った。脳に損傷も残っているらしい。きっとその後遺症。
誰もが、それに納得してしまうほど。
ローゼは己を貫いていた。
ただ、説得ではない。納得させられることが、彼女の行動の端々に出てくるのだ。
彼女のお気に入りは、近所のスーパーにある食品売り場とお菓子売り場。百円ショップも大好きだった。銀貨と交換してきたと言うところは以前とは違うが、その行きつく先は全く変わらない。
甘い物が好きなところも、小さな雑貨好きも以前と同じ。
娘の髪を結いたがるのは、久し振り。
しかし、家電製品にはなぜか命令を下してからボタンを押す。そして、彼らへの褒美が電気だと信じて疑わない。さらには、国会中継をよく見るようになり、テレビに映る総理大臣が変わる度、お札の顔が変わる度、また国が征服されてしまったの? と慌て、陸に「我が領地は大丈夫か」を尋ねるようになった。
きっと昏睡状態の時にずっとそんな夢を見ていたのだろう。
その頃の陸はそんなメルティローゼの言葉を受け流せるようになってきていた。
「大丈夫。僕らの生活はそんなに変わらないから」
と笑う。
そんな頼りになる旦那様に、メルティローゼはいつも尊敬の眼差しを向けるようになり、夫婦はとても仲良しだったそうだ。
そんなメルティローゼだが、身だしなみにだけはこだわりながらも『家計』というものは、ちゃんと大切にしていた。
どんな領地であれ、潰してしまうわけにはいかないと、マンションの管理組合の班長を長年勤めるようになった。領民はマンション住民という設定らしい。
だから、陸のことをどこぞの小さな領地の領主だと言ったとしても。皆のことを領民だと言ったとしても。
マンションの住民もみんなその彼女の妄言に付き合ってくれていた。
これは、本来ののばらの人懐っこさが築いてきた賜物だったのだろう。
そんなのばらは、93歳という年齢で元気に寿命を迎える。
天寿を全うした彼女の告別式で、娘の百合菜が涙ながらに伝えていた。
「母はあのバス事故で人が変わったかのようでした。もちろん好みも毒舌も、母の根本的なところは変わりませんでしたので、母に間違いないのですが、以前に比べると、例えがよく分からな過ぎて、事故の大きさに何度も息を呑んだこともありました。だけど、目が覚めた後の母はとても幸せそうで。優しい母として傍にいてくれました。なにより、父のことが大好きで、助手席は娘の私にも譲らないくらい。きっと、天国で父と共にドライブに出かけて嬉しそうに過ごしていると思います」
3LDK賃貸マンションの五階のベランダから下界を見下ろすことが大のお気に入りだった。屋上にある小さな庭に出入りできると聞いて「さすがリクですわ」と目を輝かせ、町の小さな電飾しかない夜景を眺めながら、缶ビールを二人で開けていた。
そして、そんな彼女が一番気に入って誰にも譲らなかったものが、その尊敬する旦那様の運転する軽自動車、助手席でのプライベート・ドライブ。
本来、車が趣味だった陸の横で、陸が苦笑いするのも放って置いて、誰よりも幸せそうにその車を自慢する。
「私のリクは、領民のことを考えて、無駄を控える素晴らしい方ですのよ」
こちらに転生していた悪役令嬢メルティローゼはローゼで、この世界にある様々な夢のような文明を体験させてくれる彼らに感動しながら、満足な一生を終えたようだ。