第4話、浄化係
削除者の仕事には係が複数ある。一つ目は、“削除・没収係”。普段受けている任務の大体は自殺者の体内に溜まった怨念を没収する作業なので、この二つの内“没収作業”になる。
“削除作業”自体少ない理由は、自殺者が罪を償う期間が千年という長さなため、そうそう削除作業を行う機会がないからだ。そのため、没収係には削除作業も含まれている。
二つ目は、“浄化係”。基本浄化係は外に出ず削除署内に居るが、実は削除・没収係より大変な仕事かもしれない。
削除・没収係の削除者は自殺者の怨念を没収する時、相手に攻撃をする。相手の傷口から怨念が霧となって出てきて武器に吸収されるのだが、怨念が吸収されればされる程、武器は重くなってしまうのだ。
掃除機と同じ、ゴミを吸い取る事ができるがブラックホールのように無限大ではない。いつかはパンパンに膨れ上がり新たなゴミが入らなくなる。ゴミと同じで、いつかは取り出さなくてはいけない。
重くなった武器から怨念を摘出しなくてはならないのだが、その作業を行うのが浄化係の仕事だ。
「武器を浄化してもらうのは初めてです……。」
削除署の廊下を歩きながら、ファウストは隣に並んで歩いているアロンザに話す。彼の右手には鎌、左手には鎌に繋がれている鎖が握られていた。動かす度にジャラリと鎖の音が鳴る。
彼の武器は鎖のみの時か鎖鎌、ファウストはサンシュユ(※B)のフラワーランクだが、サンシュユが行ける自殺者のランクはCまでである。その上新人という事もあり、削除者として日はまだまだ浅い。任務に行く時は、アロンザのようなベテランが手本として同行しないといけなかった。
なので、任務に行った回数は多いものの、実際にファウストの武器で怨念を没収した回数は多くなかった。武器がある程度重くなったのも今日が初めてで、これから浄化係に怨念を摘出してもらうのも初体験……という事だ。
「桜馬さんってどんな方なんですか」
二人がこれから会いに行く相手は、浄化係係長の“桜馬”という天使だ。浄化係の殆どは怨念摘出作業をする者の補佐、摘出作業自体が危険度が高いため、現在浄化係に居る者の中で摘出作業が許されているのは桜馬と、桜馬の次に浄化係歴の長い“花夜”という天使だ。
今日は花夜は削除・没収係として任務に出ているので、浄化作業は桜馬が行っている。桜馬は削除者歴がかなり長く、削除・没収係としても浄化係としても完璧に仕事をこなすフラワーランク“アリウム・コワニ―(※S)”。削除者歴も仕事もアロンザよりも上で、多分、全てにおいて削除者の中で一番腕前が良いかもしれない……いや、幹部並みの実力を持っている。
実際、桜馬は過去に幹部になるはずだったのだが、自ら断りアロンザの弟であるエルネストに任せたのだ。その理由は桜馬とエルネストの二人にしかわからない。
そんな凄腕の削除者なのだから、自然とファウストの頭の中では落ち着きのある大人な雰囲気の男性を想像してしまう。きっと雰囲気から堅苦しさが滲み出ていて……なんて思っていたのだが、アロンザのげんなりとした表情を見て、自分の想像していた天使とはかなり違うんだろうなとすぐに察する。
アロンザは深く溜め息をついた後に、ファウストの質問に答える。
「猿だ」
「え」
猿? 削除者は天使しかなれない職業だ。“天使以外の種族が……それも猿が削除署内で一番優秀だなんてイメージできない。”……なんて真に受けて想像に苦しむファウストは本当に真面目な男である。
勿論、バナナでも持ってるような本物の猿が削除者な訳がない。バナナ片手にウキキのキと笑っている猿の様子を、うーんうーんと唸りながら一生懸命思い浮かべているファウストだったが、この後すぐにアロンザの言った意味を理解する。
今二人が向かっている場所は甘野老の間、甘野老間というのは浄化係が仕事をする事務室で、他には月桂樹の間という事務室も存在する。どちらも花の名前なのだが、これには意味がある。
削除者の係はフラワーランクとは別に、“デューティーフラワー”という花の標章も与えられる。どれも係に合った花言葉で決められている。
削除・没収係は、“月桂樹”……。花言葉は『栄光』、『名誉』、『勝利』、『輝ける未来』。これらの言葉は天使が神のために全てを捧げるといった意味なのだろう。また、月桂樹の葉の言葉には『死すとも変わらず』といった言葉もある。
浄化係は、“甘野老”……。花言葉は『元気を出して』、『人の痛みがわかる人』、『小さな思い出』。怨念を摘出する事により武器を軽くさせるのが元気で、痛みと思い出は自殺者に対しての言葉だろう。
削除者達は無慈悲に任務をこなすが、自殺者達も元は人の子だ。だからこそ、自殺者各々にも感情はあったし人生があった。それらの辛い過去や痛みも理解した上で仕事をする事も忘れてはならない。理解しているからこそ、どんな理由があろうとも皆平等に扱わなくてはならないのだ。
話は戻るが、デューティーフラワーの標章は各々の武器に描かれている。アロンザの槍は月桂樹が刃に描かれており、ファウストの鎖鎌は月桂樹が鎌の柄(下の辺り)に、鎖は重りの底に描かれている。
──もう少しで着くところで、甘野老の間の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「よく平然とそんな事やれるよね!?」
「見返り求められても困るよ」
「な──」
アロンザとファウストは薄く開かれたドアからが中を覗いてみる。中では小柄な可愛らしい女性が黒髪の男性の頬を引っ叩こうと右手を振り上げていた。思いっきり叩こうと振り下ろした手は、男性の左手でパシリと掴まれてしまう。
「最初に言ったよォ~? “本命にはできないからね”ってさ」
目を細め、口元を少し吊り上げて言う男性。笑みは浮かべているが女性に対し興味がないのか、心底面倒だなぁといった気持ちのこもっていない溜め息混じりの声だった。氷のように冷たい目で女性を見下ろす男性に、覗いていたファウストはほんの少しだけ恐怖を感じつつ、内心“うわ”と引いた。
「セフレだって理解した上で、“それでも良いから”って体を重ねたのは君だよ。」
「そんな事言ってない!!」
「はい証拠」
男性は慣れた手つきでスマートフォンを操作し、録音してあった音声を流す。子猫でも鳴いているのかと言いたくなる甘えた声で、女性は“セフレでも遊びでも、それでも良いから抱いてほしい”としっかり発言していた。
女性は口をへの字にさせて黙り込み、赤面する。羞恥心で顔が熱いのを感じ、目の前の男性に見せたくないのか俯き、体をぷるぷると振るわせていた。まさか録音されていたとは思っていなかったのだろう……悔しかったのだ。
「後、これ返すよ。」
男性は自分のオフィスデスクへ行き、引き出しから何個ものブランド品が入った箱が出されていく、どれも一切開けた様子がなく、綺麗な状態だった。
「体の関係でしか付き合えないからさ、変な期待はさせたくないんだよね。」
最後の一つをデスクに置くと、箱に触れていた右手を机に置きじろりと女性を見る。男性の表情からはもう笑みは一切なかった。何の感情もない……“無”。
「困るんだよ、こういうの。貰ってもこれ以上の関係にはなれない。」
女性は男性の言葉に頭に血が上り、最後には「馬鹿にすんな! そんなもん要らない!」と怒鳴り、ぼろぼろと涙を零し部屋を出ようとドアに向かってきた。それに気づいたアロンザとファウストはすぐにドアから離れ、半開きだったドアは乱暴に開けられ壁に叩きつけられた。
女性は覗いていた二人に気づかないくらいショックが大きかったのだろう。ズンズンとこちらを見もせず去って行った。その後室内から「もー入ってきていいよー」とやる気のなさそうな声が聞こえてきた。どうやら男性は二人の気配には気づいていたらしい。
「失礼する。」
アロンザに続きファウストも「失礼しまーす」と挨拶をし中に入ると、男性がデスクの引き出しに箱を戻していた。
「あーぁ、ドア壊れちゃうよねホント。」
「女遊びを控えたらどうだ」
男性は箱を全て戻し終え、オフィスチェアを引くとドサリと座り、アロンザの発言に「なんで?」と聞く。
「初めから体の関係でしか付き合えないよ、セフレも何人かいるよって言ったし、彼女は“それでもかまわない”と言った。財布がそろそろ古くなってきたのを見て勝手にブランド品の財布やら、その次はキーケースやら買ってきたのは彼女だ。」
男性は性行為も女性とのデートも好きだが、特別な感情はどの女性に対しても抱いていない。だからこそ、最初から割り切って期待させないように言ってはいる。
しかし、割り切れる天使か割り切れない天使かよく見てから声をかけていても、長く共にいる内に結局恋愛感情を持たれたり、よく見て選んだはずが外れていたりと拗れる時もある。
女性の中には、ずっと共に居ればとか、食事を作ってあげたり物を買ってあげたりすれば……と期待してしまう者もいる。
「その貰った物はどうするんだ」
アロンザは表情一つ変えず、男性のデスクに自分の武器である槍を置いた。男性はやる気のなさそうな声と笑みで、「放置」と言いながらアロンザの槍を手に取り見る。
「後になって“やっぱ返して”って言う子もいるし、返せなかったら“じゃあ買った分のお金返して”とか言い出す子もいるしねぇ~、だから一切開封しないワケ……3kg増えたね?」
槍からアロンザに目を移す、男性は槍の重さを手で測っていたらしい。ここでファウストは、“この天使か”と察し、自分も鎖鎌を男性のデスクに置き、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。削除・没収係サンシュユ削除者、ファウスト・サンチェスです。」
「やぁ、君が噂の新人くん?」
男性は槍を置き、笑みを浮かべたままひらりと右手を上げそう言った後、チェアからぴょんっと跳ねるように立ち上がり、ファウストに握手を求めながら挨拶をした。
「浄化係係長アリウム・コワニ―削除者、桜馬です。怨念摘出作業はお任せあれ、君の武器の疲れは僕が癒してあげるっ」
男性──桜馬は語尾に音符がつくような茶目っぽい声で、握手を求めても呆気に取られて動かなかったファウストの手を自ら手に取り握手した。手を取られぶんぶんと振られるとハッと我に返ったファウストは、漸くアロンザの言っていた言葉を理解した。
(猿だ)
ウキキのキ……ファウストの脳内でバナナを片手に猿が笑った。桜馬はファウストの手をパッと離し、デスクに戻ると槍を持ち「アロンザにしては今回早めに持って来てくれたね。」と言う。
アロンザの武器は“笹穂槍”に見えるが、よく見ると笹の葉というよりは天使の羽に見える形で先端が鋭い。また、普通の槍ではなく天使の力で作られた物なため、羽のデザインなだけあって重さはそれ程無く1kg、さらに天使の意思によって重さも自由自在に変える事ができる。
元々の槍が1kgという事は、1kg+3kgで4kgになる。アロンザはよく武器に怨念を溜めに溜めて10kgまで重くしてしまい、浄化係に持っていく事がある。
一つの武器に溜めておける重さは12kg、それ以上を超えてしまうと武器から怨念が漏れていまい、最悪金縛り、痙攣、混乱を起こしたりと仕事に支障をきたす。
任務中の外でそれが起きたら命取りになる危険性もあるため、定期的に浄化係に行かなくてはならないのだ。アロンザは武器の重さをそれ程気にせず、つい浄化係に持っていくのを忘れる事があり桜馬に叱られていた。
「今回は私だけじゃないからな。」
今日は後輩に浄化係がどういう作業をしているのかを見せるために、いつもより早めに武器を持ってこれた。浄化係がどのような作業かは、削除者を目指す基礎知識として一応頭に入っているが、この目で実際に見るのはファウストは初めてだった。
ファウストはふと、これから怨念を摘出されるであろう自分の鎖鎌を見て、疑問に思い桜馬に質問する。
「武器に溜めておける重さは12kgと聞きました。俺の鎖鎌は8kgぐらいあるんですが……。」
ファウストの鎖鎌は重りが2kg、鎌が4kg、鎖が2kg程ある。武器に溜めておける怨念の重さが12kgだとするとすぐに満杯になってしまうのではと、その質問に桜馬はニコニコしながら答えてくれた。
女性関連では少々だらしがないが、一人の先輩としては頼りになりそうだった。
「武器の重さを抜いて12kgだからね」
「あ……武器の重さは含まれないのか……。」
あくまで武器に溜めておけるのは怨念の重さであって、武器の重さではない。怨念の重さが12kgを超えれば武器が耐えられなくなる。ファウストはメモ帳を出し書き込んだ。
二人が会話をしている内にアロンザはというと、デスクの中から用紙を取り出し何やら書いていた。自分の名前と武器の種類だけ書くと桜馬にその用紙を渡した。桜馬は「はぁい」と用紙を受け取り、サラッと確認した後アロンザの槍を持ち、“ばね式指示はかり”の置いてあるテーブルへ向かい槍を乗せて正確に測る。
桜馬が用紙に重さ等を書いている内に、アロンザはファウストに用紙を渡し、同じように書くよう言った。
「浄化係は一日に何人来てどのくらい武器を浄化したかデータも残す、そのためこうして浄化してもらう削除者は用紙に名前と武器の種類を書くんだ。」
ファウストは用紙に名前と武器の種類を書いた後、基礎知識として習ってはいるが、一応忘れないためにその事もメモ帳に書いた。
そうしている内に、丁度アロンザの武器の重さ等を書き終えたのか桜馬が戻って来て、今度はファウストの書いた用紙を受け取り、同じように内容を確認した後続いて鎖鎌を持ち測りに行った。
数分後、ファウストの武器も測り終え桜馬が戻って来ると、桜馬はニコッと笑みを浮かべファウストに「んじゃ今から清掃場に行くから」と言った。
甘野老の間の奥には、“清掃場”という作業場がある。怨念摘出作業をするには、溜め込んだ怨念の量によってかなりの広さを必要とする。広さは小学校や中学校の体育館くらいの広さ、桜馬が扉を開き三人は中に入る。
純白の壁に大理石の床、窓は全面ガラス張りで外は自然溢れる森林に、ゴミ一つない美しい小川が流れていた。
ファウストは基礎知識として頭には入れていたが、ネットの画像検索等でしか見た事がなかったので、実際に目にするのも初めてだった。画像で見るのとは違い、想像以上の美しさに内心感動していた。
一言で表すなら、“神秘的”。人気のない森の中に何故かポツンと建ててある神聖な建物内のような……ファウストはつい歩く足をピタリと止め、最初に高い天井を見上げ、次に壁、床、窓とじっくり眺めてしまった。
アロンザはというと、清掃場に入り早々真ん中に移動し床に槍を置く。床をよく見ると、清掃場の中心は円型線に彫られていた。その広さは象一頭分で、円型線の中心には武器を置く位置であろう消火器くらいの小さい円型線がさらに彫られていた。アロンザは槍を置くと線の外に出てその場に立つ、ファウストも自分の番が来るまで隣に立った。
桜馬は扉の横にあった倉庫へ入って行き、数分後ガラガラと音を立てながら大きめの掃除機を持ってきた。左手は掃除機を掴んでおり、右脇には2Lのペットボトル二本が挟まれていた。
アロンザが桜馬に槍を床に置いた事を伝えると、桜馬は掃除機を引きずりながら円型線の中に入る。
「さ、始めようかっ」
桜馬は二人にそう言うと、掃除機とペットボトルを一旦床に置いてから槍の前に胡坐をかいて座り、パンッと両手を叩いて合わせる。目を閉じ、精神を研ぎ澄ますと桜馬の周りの空気がピリピリと電気が時々走る。次にふわりと桜馬の髪がゆらゆらと風も吹いていないのに静かに浮かんだ。
これは掃除機に自らの“気”を注ぎ込め始めた証拠。気を溜め込み続けていると段々槍からズォズォと黒いヘドロのような液体が滲み出てきて、空中にプッカリと浮かび上がっていった。これが自殺者から没収した怨念の塊──こうして改めて見ると、負の感情というものは禍々しいのだと近くで眺めているファウストは再確認させられる。
ここで注意をしなければならないのは、掃除機に気を注ぎ込んでいる最中に少しでも気を緩めてはいけない事だ。少しでも気を緩めれば、取り出した怨念が獣のように変化し襲い掛かってくる事もある。怨念が暴走した時はその場にいる削除者達が対処しなければならない。獣化した怨念は殺傷能力も高く、攻撃が当たれば体の一部が欠損する可能性もある。
怨念の塊を全て空中に出し切ると、桜馬は目を開き両手を強く一度叩く。
「浄化しまぁす」
桜馬はそう言うと、ニッと笑った後に掃除機を両手で掴み、プッカリと浮かんだ怨念に向けスイッチを押し吸い始めた。最初は小さく震えていた怨念だが、徐々にゆっくりと掃除機に移動し始める。
大量のゼリーでも吸い込んでいるのかっていうくらいの嫌な瑞々しい音が響き、吸い込む振動はかなりのもので、掃除機はガタガタと激しく動く。桜馬はしっかりと受け止め立った状態からバランスを崩さないよう耐える。
(うわ、凄い……。)
掃除機に気を溜め込んでいる時のピリピリと電気が走る様子、プッカリと浮かんだ禍々しい怨念、それを吸い込んでいる時の迫力全てを初めてこの目にするファウストは、少しだけ自分もやってみたいというワクワクとした気持ちになってしまう。削除者試験の結果では、削除・没収係に適応していたため浄化係にはなれなかったが、実は興味はあった。
……吸い取り始めてから一分くらい経過、怨念は完全に掃除機の中に納まった。桜馬は掃除機を床に置いて体を伸ばし、その後に欠伸を一つした。
「さぁて後片付けだ。」
桜馬は掃除機に付いている"浄化"と書かれたボタンを押す。ボタンの近くに付いていたランプが赤くなり、中で野菜でもミキサーにかけているような音が響く。数秒後にランプは赤から青に変わると、桜馬は掃除機の蓋を開け、中から怨念が入っているであろう黒い袋に触れる。
黒い袋には小さなキャップが付いており、そのキャップを開ける前に一つペットボトルを手に持った。ペットボトルのキャップから先に開けて、その次に黒い袋のキャップを外すのだが、この黒い袋……水でも入っているのかタプタプとしている。桜馬は中身が零れないようにキャップの辺りを左手で摘まんで少しだけ上に持ち上げる。
ペットボトルの飲み口に黒い袋の口を入れて、桜馬は左手で黒い袋をぎゅっぎゅっと揉むように押した。すると押し出された中身がペットボトルに入っていく……色は少し茶色く濁った水だった。
「この水は時間が経つと透明の綺麗な水になる……あ、知ってたか。」
桜馬は「ファウスト君、勉強熱心だもんね。」と言い笑う。二人は今日が初対面のはずなのだが、桜馬はファウストの事を前から知っている様子だった。ファウストは不思議に思いながらもスルーしようとしたのだが、この後ため息交じりにうんざりとした様子の桜馬が言った発言に、ファウストは思わずギョッとする。
「もう聞きたくないよぉ~……テネちゃんのファウスト様語り。」
「ぅあ!?」
多分、今日一番の間抜けな声を出した。桜馬の口に出した人物は恐らく──ファウストの元婚約者“テネシティ”のものだったからだ。
ファウストは詳しく聞きたかったところだが、今は怨念摘出作業の見学中故グッと堪えた。ちなみに、テネシティはファウストへの愛が強過ぎてストーカー行為をし始めたため、ファウストから婚約破棄した。
とりあえず、ファウストは心の中で“あんまペラペラと俺の事を周りに言いふらさないでくれ”と怨念を送っておいた。
「基礎知識だからファウスト君なら知ってると思うけど、一応見学してもらってるからクイズを出すね? この水はこの後どうする?」
桜馬はニコニコした笑みで、右手で持ったペットボトルをぶらぶらと揺らしながらファウストに簡単なクイズを出す。ファウストは全面ガラス張りの窓を指差す、窓の外にはすぐ近くに小川が流れているのが見える。
「水が透明になれば怨念が浄化された証拠です。その水はあの小川に流し、新たな命に生まれ変わるために長い時をかけて流れ続けます。」
怨念自体はあくまで自殺者の逃れたい感情であって生きているものではない。しかし、この世は自殺者や罪人霊で溢れているため転生できる魂自体が少ない。天界に送られた罪のない霊も、次の生で自分が自殺者や地獄に行くような罪人霊になってしまうんじゃないかと恐れ、転生は希望せずそのまま魂を削除してもらう場合が多い。
そのため、この世に産まれてくる命自体は新たに作られたものが多い。新たに魂を作るには、素材として浄化した怨念もかなり役立つのだ。怨念も元は人の感情から生み出されたもの、浄化された怨念は清き水となり、小川に流れ長い時をかけて、新たな命へと生まれ変わるのだ……。
桜馬はファウストの回答に「せいかぁい」と満足そうにニコッと笑みを浮かべた後、次はファウストの鎖鎌の怨念摘出作業に取り掛かかった。
「ひぁ~……疲れたよぁ」
作業も無事に終わり、清掃場から甘野老の間に戻って来た三人。桜馬は自分のデスクに向かいチェアにドサリと座る。怨念摘出作業というのは掃除機に自らの気を注ぎ込まなければならない上、摘出した怨念を吸い取る時に強い振動もくるので、体力をかなり消耗する。
「ありがとうございました。」
浄化してもらった鎖鎌を持ち、重さを確認しながらファウストは礼を言う。この命がけの作業が許されている者がまだ後一人くらいしかいないとはいえ、ほぼ一人でこの仕事を何人もの削除者を相手にこなしてきたのだ。普通に尊敬できる天使じゃないかとファウストは思った。
「桜馬、助かった。ファウスト、用は済んだから行くぞ」
「はい。」
アロンザが桜馬に軽く礼を言いファウストに声をかけると、ファウストは桜馬に軽く頭を下げた後に「失礼しました。」と言い残し二人は甘野老の間から出て行った。桜馬は笑みを浮かべながら、二人が出て行くまでひらひらと力無く右手を振っていた。
二人が完全に出て行ったのを確認すると、フッと笑顔から無表情に戻り、振っていた右手をぶらんと下げ天井を見上げる。二つの武器の浄化も終わったし、この後お茶でも飲んで休憩するかと桜馬は思ったが、「失礼します。」と……また新たな浄化希望の削除者であろう者の声が聞こえてきた。
「おは……つにお目にかかります。削除・没収係サフィニア削除者、鶴野恩 織鶴で……すっ」
織鶴と名乗った女性は何故か顔が赤く、何やら緊張しているのか吃るように桜馬に挨拶をした。女性の声だとわかると、桜馬は疲れなど忘れてピョンッと跳ね上がるようにチェアから立ち上がった。
織鶴は黒髪の長髪に前髪は真ん中分け、頭の両サイドはまん丸のお団子に編んでいる可愛らしい女性だった。アメジストのようなキラキラとした紫色のまん丸目で、真っすぐと桜馬の顔を見ている。眉間に皺を寄せ、“私、凄く真剣なんです!!”と顔に書いてある勢いだった。
織鶴の顔と雰囲気を見た桜馬は──
(あ、この子僕に恋してるなぁ)
瞬時に察し、こういうタイプは手を出したら駄目だなと判断し笑みを浮かべたまま冷や汗をかいた。あまりにも純水過ぎる子に手を出すのは流石の桜馬も心を痛む、彼にも苦手なタイプというものがあるらしく、織鶴から視線を逸らすのだった……。




