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削除者 - Deleter -  作者: 雪野鈴竜
*Episode3~ 蠢く物語 ~*
22/25

第16話、仄・ラプンツェル

 彼と彼女は互いに一目惚れだった。初めは彼女の自宅窓から──何日か見つめ合う頻度が多くなると、その内彼の提案で、彼女が窓から危なっかしくも出てきては彼は庭に忍び込み、ゆっくり降りてくる彼女を受け止めるようになった。

 二人は逢い引きしていき、何度かホテルにも泊まり体も重ねるようになっていった。……それは彼女にとっては"痛くもあり、気持ちよくもあり、とても素敵に思われました。"


「お前、()()したのか?」

 ある日、彼女の父はそう言うと物凄い形相で彼女に近づいてきた。恐ろしく思えた彼女は、いつも外の世界へ出る自分にとっては玄関である窓へ逃げていき、足場に気を付けながらゆっくりと降りようとするが……もはや冷静さの欠片も一切失われた父は怒りに身を任せ彼女を突き飛ばした。

「あ、」

 突然感じた浮遊感に、彼女は思考が停止した。……ふと、彼女は視界の端に移る"彼"と目が合う。彼は紙でも丸めたようなクシャリとした表情でこちらに手を伸ばしたまま固まっていた。ここで、彼女の記憶は途切れ──


挿絵(By みてみん)


 ***


「わぁ! 可愛い女の子です!」

 語尾に音符でも付きそうなルンッとした声で、織鶴は両手で拳を作り目の前にあるスマートフォンの画面を見ている。スマートフォンを片手に持ち、隣で目をキラキラと輝かせている織鶴に対し、シルイートはまるで我が子を自慢するみたいに「でしょ~?」とニヤニヤしながら言う。

──普段寝坊しがちな織鶴は、珍しく余裕を持って削除署に来ると、月桂樹の間に入った途端シルイートから手招きされながら呼ばれた。どうやら一週間前に親戚の天使が可愛らしい女の子を出産したらしく、自慢したいらしい。

 呼ばれるがままに織鶴はオフィスチェアに座っている彼の元へ行き、隣でスマートフォンの画面を見せて貰っていたのだ。

(もし、もし……)

 ここで織鶴は……"もし、自分が桜馬さんと結ばれて結婚して、子供を授かったら……。"と、ポ~っと目を蕩けさせながら脳内で妄想してしまう。両親二人共黒髪だから、きっと子供も黒髪だろう。目は父親似だろうか、母親似だろうか、よく女の子は父親に似て、男の子は母親に似るという。

 自分達の子供は男の子だろうか、女の子だろうか、自分は幼少期に実家でよく外に出ては木登りをしたり虫を取ったりしていたので、活発な男の子なら一緒に外に出て遊びたいと織鶴は夢見ていた。

 シルイートは目を蕩けさせながら考え込んでいる織鶴の様子を見て、何となく想像がついたのか、"ぅぇ~"と心底嫌そうな表情で織鶴を見ていた。くどいようだが、織鶴が嫌いな訳ではなく、織鶴の()()()()()()嫌いなのだ。シルイートは織鶴の事を大切な可愛い後輩だと思っている……そんな可愛い後輩が、あんな呑んだくれパコパコ星人に汚されるなんて、少しでも考えただけで……。

「……シル先輩? シル先輩スマホが! スマホにヒビ入ってます!!」

(ぜッッたいに、鶴ちゃんは汚させないッ!!)

 顔はにんまりとしているが、スマートフォンを押す左手の親指には力が入り、画面にヒビがピシリと入る。

……その様子をたまたま少し離れたところから見ていたファウストは、会話までは聞こえなかったが、片方から放つ黒いオーラにギョッとしていた。丁度その時、隣で座っていたアロンザのところに、エルネストから新たな任務の内容が書かれたメッセージがスマホに届いた。

 アロンザは立ち上がると、ファウストに「現世へ行くぞ」と一言。

「今日はエジリオさんのところの部下と任務へ向かう。詳しい話は歩きながら話す。」

「ぇっ……初対面ですね。」

 そんな会話をしながら、二人は月桂樹の間から出て行った。──織鶴達とはというと、丁度シルイートのところにも、エルネストから新たな任務の内容が書かれたメッセージがスマホに届く。

 シルイートは少々面倒くさそうに溜め息をつき、スマートフォンをハイール(※何でも入るポケット)に入れると立ち上がって、体を伸ばしながら「めんどいけどぉー……鶴ちゃん行こっか!」と言った後に欠伸を一つした。



──任務先はとある美術館、自殺場所は美術間近くの公園での首吊りだったが、通常の自殺者より怨念を溜め過ぎて少々特殊な異空間を作り出してしまったため、場所は美術館の中だという。

 館内にある特定の場所で、午前"四時五十三分"になると、あるはずのない絵画が浮かび上がるらしい。高い塔から垂れ下がる"長髪の三つ編み"が印象的な絵画、それを見つめてしまうと、いつの間にかその中に吸い込まれてしまうとか……。

 さて、現在は十一時二十二分。シルイートは美術館前まで織鶴と来たはいいものの、明日の四時五十三分までは時間がまだまだ有り余っている。シルイートはクルリと織鶴に振り向き、笑みを浮かべて「鶴ちゃん、僕とデートしようっ!」なんて言い出した。

「デっ!?」

 ボフッと効果音でも鳴りそうな様子で顔を赤くさせて固まる織鶴に、シルイートは内心"ホント可愛いなこの子"と思うと同時に、"やっぱり、あの下半身バナナに汚させる訳には……いや、バナナに失礼か。"と黒いを考えていた。

 折角の余った時間、ここぞとばかりに有効に使わないと損だ。思いっきり現世を楽しもうではないかとシルイートは織鶴をデートに誘う。織鶴も現世を楽しみたくない訳ではないし、興味はある。"デート"という言葉に少し照れくさくなってしまっただけだ。

 少し前までは仕事中に遊ぶなんて考えられなかった織鶴だったが、最近、シルイートと組んでからは仕事中でもたまに息抜きをするようになり仕事が楽しくなった。肩の力も抜けて、誰かと任務に行ってもパニックになる事も少なくなったのだ。

「……はい、行きましょう!」

 織鶴は勇気を出して、こうして遊びの誘いに乗る事もできるようになった。シルイートはその様子に満足し微笑むと、織鶴の手を取り歩き出した。

……それから二人は、公園を歩いて沢山の鴨の群れを眺めてカメラに収めたり、館内のレストランで食事をし、お土産コーナーも見て回った。

 館内を出る前に、二人は自殺者の異空間への入り口を確認するため、絵画のある場所へ移動した。絵画が沢山並んでいる中、シルイートは何も飾られていない壁の前へ向かうと立ち止まり見つめる。織鶴もシルイートの隣へ行き立ち止まり、何も飾られていない壁を見つめた。

 どうやら、ここが例の入り口らしい。入り口という事は、恐らく絵画の世界へ入ってしまうのは避けられないのだろう。どんな世界なのだろうか? 今回の任務の内容、そういえば……前に先輩のアロンザから似たような体験を聞かされた事があるのを織鶴は思い出す。

 アロンザはとある映画館へ後輩と任務に向かった時、()()()()()のような異空間に入ってしまったという。

 内容は"赤ずきん"。そこでは二人共記憶を消されていたが、普通の人間なら訳も分からずそのまま自殺者に食べられていただろうが、削除者である二人は異空間への耐性や意識が人間とは違ったため、意外にも早く記憶を取り戻せた。

──ここで織鶴は予測する……これは"童話"なのではないかと。その事をすぐシルイートに話そうとするが、その前にまず、アロンザの体験を説明しなければならない。大体の説明を終えると、次に織鶴の想像したこれから起こるであろう出来事を話してみる。

「その絵、もしかして"ラプンツェル"じゃありませんか? もしかすると、私達がこれから入る異空間は……。」

「……なるほどね。」

 アロンザの体験話を聞くまでは何となくの予想しかできていなかったが、今の話で確信したシルイートは、素直に今、"いいところを突く"と織鶴に感心する。元々削除・没収係としての実力はある子なのだが、周りに対し気を遣い過ぎるせいか、ほぼ自分の中で確信している部分があったとしても、それを言い出せずにいたであろう。

 彼女は確実に成長している。先輩として嬉しく思うが、それと同時に、後輩がどんどん一人で仕事をこなせていってしまうのは少々寂しくもあった。

(……って、親バカみたいじゃないかっ)

 内心自分にそうツッコミを入れてしまうシルイートは、我に返るのであった……。


 二人はレストランで夕食を済ませた後、カプセルホテルに宿泊。館内は白と黒のスタイリッシュでシンプルな雰囲気が特徴、シャワールームや洗面エリアもあり、遊び疲れた身体を一気にリフレッシュした。

「カプセルホテルなんて初めてです……なんだかミニマムで不思議な感じです。」

「先払いだしフロントは二十四時間だからー、四時には出て行こうねー。」

「はいっ」

 館内用の部屋着に身を包んだ二人は、清潔感のある白いシーツの上に横になる。それから睡眠もしっかり取り、四時前には支度も済ませてホテルを出た。

 二人の手首には隠輪が嵌められている。美術館前に到着すると、赤い豹(レッドパンサー)を隠輪に込めながら壁に触れて通り抜けた。昼間に確認した目的の場所へ向かう……辺りは暗く、静寂に包まれていた館内に二人分の靴音が響く。

 目的の場所まで辿り着くと、二人は何もない壁を見つめる。後は時間を待つだけだ。午前四時五十分、後二分。五十一分、五十二分。

……"五十三分"、壁には先程まで無かったはずの物が浮かび上がってくる。高い塔から垂れ下がる"長髪の三つ編み"が印象的な絵画、二人は今度は身構えながらただそれを見つめる。その内、目の前にまで持ってきて飲もうとした紅茶から出る湯気が、思ったより顔にかかったみたいな熱さを感じ、二人は目を閉じる。

 目を閉じたと同時に、段々と二人の意識は遠のいていった。いよいよ例の絵画の中へ──"ラプンツェル"の世界へ吸い込まれていくのだった。



 ***


──"ラプンツェル"という植物は、鉄分・葉酸・カリウム・ビタミンA・ビタミンCが入っており、妊婦で不足しがちな栄養素である葉酸も含まれているらしい。食が細くやつれていった妻が夫に「ラプンツェルが食べられなければ死んでしまう」と懇願。

 夫は魔法使いの敷地に忍び込み、ラプンツェルを摘み取るとサラダにして妻に食べさせた。妻がもっと強請ったので、夫は再び魔法使いの敷地へ忍び込むがとうとう見つかってしまう。魔法使いは夫婦を見逃す代わりに、赤子が生まれたら寄越すように条件を出した。

 そうして赤子は、生まれてすぐに魔法使いに引き取られると、"ラプンツェル"と……そう名付けられました。

「……というのが、ワタシからノ、ありがたい、アラスジで御座います。」

 分厚い本を両手で抱えた少女は、誰かの家の前でそうブツブツと呟く。黄金の金塊を連想させる長い金髪には、小さい狼のぬいぐるみが縫い付けられた藍色のヘッドドレスがあり、その身はドライフラワーがあちこちに飾られたワインレッドのフリルワンピースに包まれている。

 服装もそうだが、顔も綺麗に整っていてまるで西洋人形みたいな容姿をしている。そんな少女はクルリと家に背を向けて、茶色のブーツを動かしコツコツと靴音を鳴らして歩き始める。クスクスと笑いながら、こんな事を呟いた。

「サァ天使サン、今度はドンナこうどうをシテ、ワタシをたのしませてくれるノカシラ?」

 顔が整っているせいか、ニタリと三日月に笑う目は不気味さを醸し出している。よく見るとその目は、白目部分が黒く、瞳は血ような色だった。



 暗闇の中、オルゴールのネジを巻く音が聞こえた。カチカチと心地の良い音をぼんやり聞きながら、自分が何者だったのかをふと思い出そうとする。自分の名前はおろか、性別さえも思い出せない。一つわかるのは、自分が今"寝ている状態"なのと、自分が居るのはやけに温かい場所で、辺りが妙に音が聞こえづらいという事だった。

 くぐもった誰かの声が聞こえる。自分の事を呼んでいるのだろうか? しかし変だ。その声は呼んでいるというより……"こちらへ来るな"と逆の事を言っているようで、"来て欲しいのに来て欲しくない"と訴えているようにも聞こえてしまったのだ。

「──ずっと、ずっと私のお腹の中にいて欲しかったわ。」

 あれから数日後、気付けば私は母親の腕の中で抱かれていた。どうやら自分は生まれたばかりの赤子らしい。

 それにしてもどういう事だろう? 私は母親の腕の中で抱かれながら、心の中でもやもやしていた。近くで椅子に座り考え込んでいた父親だと思われる人物は、焦った様子で急に立ち上がり「やっぱり今すぐにでもここから逃げてしまおう!」と声を荒げるが、母親は「どうせすぐにバレてしまうわ、あの方は"魔法使い"だもの。」と首を振って泣き出す。

「あぁ許して我が子よ、……少しの間だったけれど、貴女と居られて幸せだったわ。」

 心の底から湧き上がるように、母親は我が娘である私に対し感謝を伝えてきた。どうやら私は別の子になってしまうらしい。

 私は母親に抱っこされながら、父親と共に隣の家へ連れていかれる。隣の家の主は既に、庭から顔を出していた。この黒いローブに身を包んだ人物が魔法使いで、自分は今日からこの者の子供になるのだろう。

(あれ、なんでわたし、こんなにれいせいによそくができているんだろう。)

 自分は赤子、ここまで意思を持つ事も、理解も何故できているのか不思議で仕方がなかった。声は発する事はできないが、一度気になり出すと急に不安になり、混乱で脳内がパンクしてしまいそうになる。……そして何よりも、この魔法使いが()なのだ。

 両親が言うには恐ろしい魔法使いのようだが、そのわりには、何故か魔法使いの首には(きん)で作られた重そうな首枷が嵌められており、枷に繋がれた鎖は長々と何処まで続いているのかわからない程にあった。このような窮屈で自由の利かなそうな人物に、何故、両親はこんなにも恐れているのだろう。

 さらに、両親とは違い魔法使いは話せないらしく、母親から私を受け取ると、魔法使いは私の脳内に直接、声を響かせてきた。"コレハ……俺ト望実(ノゾミ)ノ子"だと意味深に……。

──それから"ラプンツェル"と名付けられた私は、生まれる前から意思を持ち冷静に考えている自分に対し、"何か大事な事を忘れている"という焦燥感に日に日に駆られていった。

 まず、()()()()()()()()()()。自分のやけに冷静過ぎる思考もだが、たったの一日で体が一才ずつ成長しているように早い。引き取られてから約十八日目、現在"十八歳"にまでなってしまったのだ。

「……やっぱり、見覚えのある顔。」

 鏡の前に立ち、ラプンツェルは自分の全身と顔をじっくりと観察する。成長する度に、本来の自分に戻っていく不思議な感覚。ラプンツェルは、眉間に皺を寄せながら鏡に右手で触れてこう問いかける。

「貴女は一体……()()()?」

 異様に髪は長い上に記憶は未だ失われたままであるが、その姿は確かに……"鶴野恩織鶴"だった。


 一方その頃シルイートは、"気が付いたら"草原の中にいた。それにしてもおかしな話、自分が先程まで何処で何をしていたのか()()()()()()()()のだから。

 自分が王子だという事は覚えているのだが、その事実も怪しく思ってしまう。理由も不明な上に確証も無いのに、何故だか確信を持って"違う"と断言できるくらいだ。

「もうぅぅ~~……歩きづらい服だなーもうっ」

 草原の中という事もあるが、身に纏っている堅苦しい服装に対し、不満そうに眉をキュッとさせながら「もぅもぅっ」と牛みたいに愚痴を漏らして、草をかき分けながら移動する。やっと道に出れたと思えば、何処からか"声"が聞こえた気がした。

 シルイートはキョロキョロと周りを見渡すが、誰もいない。何となく、自分がこの後何処へ行くべきか分かり、とりあえず進んでみるかと道を歩いた。

……暫く進んでいると、やけに高い塔が見えてきた。何だか何者かの思い通りに従って行動している気がして気味が悪い。他に自分がすべき事がないのもあるが、これも何となく、この通りに進まなくてはならないと本能も告げていた。

 誰かの思い通りに動いている訳ではなく、これはあくまで自分の意思で進んでいるのだと無理矢理言い聞かせてシルイートは納得させた。今はただ、自分を信じて足を動かすだけ──

「……つるちゃん?」

 足を、止める。目を、見開く。ジッと、見つめる。全て、思い……出、す。

「良かった……僕早いや」

 見開いていた目を、……ゆっくりと細める。近づけば近づく程に見えてきた高い塔の窓辺で、顔見知り……いや、"可愛い後輩"の顔を見かけてしまえば、シルイートは簡単に思い出せてしまうのだから。

 あっさりと全ての記憶を取り戻したシルイートは、辺りに自殺者の手下がいないか警戒しつつその場を急いで走り出した。こうして走っている間にも、織鶴は魔法使いに脳内で"ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を下ろしておくれ"と指示でもされたのだろう……異様に長い三つ編みを窓辺から垂らす。

 魔法使いはその三つ編みをはしご代わりによじ登っては、暫くするとまた窓辺から出て三つ編みを使い下へ降りていった。

(確か、王子はこの後魔法使いがやったみたいに、ラプンツェルに頼んで三つ編みを垂らしてもらうんだよねっ)

 後少しで塔が目の前というところで、シルイートは足を止めて窓辺を見ながら対策を考える。アロンザの体験通り、童話の世界に入ると通常の人間並みの体力に設定されてしまうらしく、いつもは大して疲労感もないはずが、両肩を上下に動かし息を荒げてしまう。

「ぇ、なに……。」

 突然脳内に──"女性の声"が響いた。シルイートは思わず驚いて左手で頭を押さえて俯いてしまう。どうやら女性は"助け"を求めているらしい。ここは自殺者の作り出した空間だ。一体これはどういう事だろうか? シルイートは何かのヒントになるかと考え、とりあえず女性の声を引き続き聞く事にした。

「塔に……手で、」

 女性は塔に触れてみればわかるのだと脳内に直接伝えてきた。シルイートは塔の前まで歩み寄り、右手で触れ──ここで、声の主の記憶がシルイートの脳内に物凄い勢いで流れ込んできた。


 ***


──責手(せめて)望実(のぞみ)は、片親だったが父親に愛されていた。その一言だけなら幸せな家族にも思えるが、望実にとっては窮屈で仕方がなかった。

 娘を愛するあまり、彼女が友達を作れば男女関係なく絶交するよう言われ、無視をすれば父が自ら相手の家にまで行き相手の親に縁を切るよう頼みまでした。学校以外での外出も一切禁止、男子とは学校行事以外での関わりは一切禁止されていた。

 恋愛に興味を持たないよう漫画、小説、アニメ、ドラマ、動画、ゲーム等といった娯楽も禁止。誰と関わりを持つかもわからないインターネットなんて以ての外、望実にとっての唯一の癒しは、学校の休み時間に図書室でこっそりと本を読んでいる事だった。

 勿論、この事も父には秘密にしていた。授業で以外の読み物は一切許されなかったからだ。小学生時代に一度、図書室で読書をしていた望実を担任が見て、家庭訪問の日に「読書が好きな子なんですね」と父に言った時、その場で父が鬼の形相で望実の髪を掴み上げて怒鳴り散らした。

 その日から、学校では新しい担任には必ず事情を説明した上で図書室で読書をしている。深い事情は言わない。担任には「娯楽等に厳しい父なので」程度に説明した。誰かに助けを求めたりはしない……理由は、恐怖も勿論あるが、何よりも"面倒な事になる"からだ。

 望実は怠惰だった。自由がない窮屈な日々、父からのいき過ぎた異常な愛。しかし、その状況を変えようとしたとして、時間はかかるしその間の気が遠くなる期間、ずっと父に苛まれるのだ。なら、いっそ()()()()()

 今思えば、その怠惰な行動が後になって一気に祟ってきたのかもしれない。……きっと、今まで何もしてこなかった自分に対しての、これは天罰なのだ。

……高校卒業後、行きたかった大学にもやはり行かせてもらえず、就職も許されなかった望実は毎日空を見上げていた。

 この先自分がどうなっていくのか、初めは不安を感じる事もあったが、内心は"まぁこうなるだろう"とは思っていた。今までは学校生活で少しは図書室に行って読書をしたり多少自由もあったのだが、卒業をすれば、今度こそ望実から自由は一切無くなった。

 いつものように自室の外を眺める。春夏秋冬、木の景色は多少変わりはするけれども街並みはそれ程変わらない。代わり映えしない風景は自分を見ているようで、その内窓の外も見たくなくなった。けれど他にやる事もないから、最終的にはいつも通り窓の外を眺めるしかなかった。

「また、あの人こっちを見てる。」

 ある日、まるで一つの風景に春夏秋冬それぞれ絵画を一つずつ描いたような、そんな代わり映えしない毎日に変化が訪れた。ここ最近、窓の外を眺めていると、こちらを見上げてくる男性がいるのだ。確実にこちらを……望実の顔を見つめている。

 普通なら不審者として警察に連絡しているところだが、絵画と一体化していた望実にとっては、それはとても素晴らしい事だった。つまらない風景画に、こちらを意味深に見つめてくる男性を一人描き足しただけだが、彼女にとってはたったそれだけで世界が一気に変わったのだ。

 毎日、毎日……二人は見つめ合った。その内互いに近くで会話をしてみたくなったが、男性も日が経つ毎に、彼女がこちらへ来れない事情があるのは何となく察していった。男性は望実に手紙を送って良いか、手紙を片手にジェスチャーするが望実に首を横に振られた。

 手紙を貰ったとしても、父にすぐ気づかれてしまい、きっと彼にも迷惑がかかるだろう。どうしたものかと二人は悩んでいたが、ジェスチャーや男性がスケッチブックで文字を書いて会話をしていく内に、男性はある提案をした。

 望実の父が寝ている夜の間、こっそり家を抜け出すのだ。暫く悩んだが、このまま退屈な毎日を我慢し続けて生きていけば、きっと自分はいつか後悔をすると思った望実は覚悟を決めて首を縦に振った。

──ラプンツェルが高い塔で魔女に軟禁されているようなこの状況は、もう沢山だ。

 ラプンツェルと一つ違うのは、彼女が自ら塔から抜け出したという点だろうか。彼女の王子様は、夜な夜な彼女を連れ出してはいろんな娯楽を教えた。娯楽だけではない。外出を許されなかった彼女は自宅以外の食事もした事はなかったので、外食という体験も初めてした。

 王子様との体験一つ一つが新鮮で、永遠に忘れる事はないくらい鮮明に、脳内に焼き付いた。

──彼と彼女は互いに一目惚れだった。初めは彼女の自宅窓から──何日か見つめ合う頻度が多くなると、その内彼の提案で、彼女が窓から危なっかしくも出てきては彼は庭に忍び込み、ゆっくり降りてくる彼女を受け止めるようになった。

 二人は逢い引きしていく内に、何度かホテルにも泊まり体も重ねるようになっていった。……それは彼女にとっては"痛くもあり、気持ちよくもあり、とても素敵に思われました。"


「お前、()()したのか?」

 ある日、彼女の父はそう言うと物凄い形相で望実に近づいてきた。恐ろしく思えた望実は、いつも外の世界へ出る自分にとっては玄関である窓へ逃げていき、足場に気を付けながらゆっくりと降りようとするが……もはや冷静さの欠片も一切失われた父は怒りに身を任せ彼女を突き飛ばした。

「あ、」

 突然感じた浮遊感に、望実は思考が停止した。……ふと、望実は視界の端に移る"彼"と目が合う。彼は紙でも丸めたようなクシャリとした表情でこちらに手を伸ばしたまま固まっていた。ここで、望実の記憶は途切れ──



……これは、今まで自分が怠惰に過ごしてきた代償であり天罰なのだと望実は感じていた。

 望実は死後、彼と行った思い出の場所である美術館近くの公園にいた。この公園に来ては二人で沢山の鴨を眺めては、"可愛いね"なんて言って笑い合ったりした。時間帯的に美術館には一度も入れなかったが、一度くらい彼と入ってみたかった。

(あぁでも、二人で美術館に入れない代わりに、一つ願いが叶うのなら……)

 目の前には首を吊っている()()姿()があった。暫くすると彼は縄から解放されたかと思えば、また首を吊る……それを何度も、何度も繰り返す。

 彼はあの後、望実が父に殺されてしまったのは自分のせいだと罪悪感から自殺、場所は二人の思い出の場所であるこの公園だった。彼も目の前に望実がいるのは知っている。苦しみながら時々、何も手助けできない彼女を恨みそうになりながらも、それでも傍に彼女がいるだけで少しは心は救われていた。

 彼は怨念が溜まり暴走する時もあった。危うく何度も彼に喰われてしまいそうになったが、毎回彼が一歩手前で躊躇って自身を抑えていた。

 望実は、いつか彼に喰われても良いとさえ思っている。彼の人生が崩れてしまった原因は自分なのだから……。

(もし願いが叶うなら、彼を解放してください……それが無理ならば、)

 両目を閉じ、望実は拝む。

(せめて彼が死を繰り返す間、ギリギリまで私を彼の傍に居させてください。……それだけが私の()()です。)


 ***


「よく頑張ってるね。」

 シルイートはそっと塔を撫でる……。彼女は確かに、自分の人生を変えようと努力はしてこなかったかもしれないし、それがこの結果を招いた。それに、元は彼女だけが原因ではない。彼女をそうさせたのは家庭環境だ。にも関わらず、彼女は家庭環境だけのせいにもしなかった。

 その上、自分の罪も自覚し認め、自分なりにけじめとして、愛する者へこうして精一杯罪滅ぼしをしようとしている。……そんな彼女の心が美しくない訳がない。その内彼女の元へ、死者の魂を回収する"確保者(かくほしゃ)"が現れるだろうが、シルイートとしては、それまで彼女を彼の傍になるべく長く居させてやりたいとは思う。

「望実ちゃん、わかるコト全部教えて? この異空間についてと、何故君がこんな姿()にされたのか、そして……()()()()()()()()()()()()。」

──望実の説明によると、普段通り死を繰り返す彼の傍にいたところ、"ある少女"が目の前に現れたのだという。少女に一言「眠ってて」と言われた次の瞬間には、自分は塔の姿になっていたらしいのだ。

 次にこの異空間について、始めは自分が建物に姿が変わっていた事実に内心混乱していたが、さらに混乱する人物に遭遇してしまったのだ。黒いローブに身を纏った魔法使いと呼ばれる人物……それが愛する彼だったのだ。身動きも取れず、望実は何度も彼にテレパシーを送ろうと試みたが無駄だった。

 彼が誘い込んだ人間が来る度にテレパシーを送ろうとしたが、普通の人間はただでさえ異空間に耐性はないので、なかなか気づきもしなかった上に、為す術もなく彼に喰われてしまった。

 彼の狩りは、王子がラプンツェルの元へ辿り着き、指一本でも触れればその場で妊娠してしまう。その後、一人になったラプンツェルの元へ魔法使いがやって来ると、腹回りが急に膨らんで動きが鈍くなりその場で喰われる。

 後から魔法使いはラプンツェルに変装し、切り取った三つ編みを使い王子を誘い込むと、はしご代わりにしていた三つ編みももう使えなくなり、逃げ場を失った王子はその場で喰われてしまうらしい。

「やっぱりね。あくしゅみダコトー。」

 シルイートは薄々感づいていた予想が、ピタリ、ピタリとパズルのピースが当てはまっていくように、最後の一つがピタリとはまると目を細めて笑った。全てを理解すると、シルイートは魔法使いと同じ方法で、上に向かって三つ編みを降ろすよう頼む。

 するすると三つ編みが降りてくるのを見て、シルイートはよじ登る前にもう一度塔を撫で下ろし「もう少しの辛抱だ」と優しく言った後、織鶴に再開するためよじ登っていった。


 シルイートは登りきると、窓辺に片足を置き跨いで着地した後に「鶴ちゃん」と、本来の彼女の名を呼んでニコッと笑いかける。

 それだけで情報は充分だった。ラプンツェル……否、織鶴は数秒間シルイートの顔を見つめていると、段々と目を見開いていき口をポカンと開けた。その様子だけで彼女が記憶を取り戻したのを理解したシルイートは、時間がないのですぐに状況を説明する。

 次に、自分は暫く織鶴に指一本でも触れられない事も説明した。恐らく彼女に触れれば、魔法使いと次に目が合うだけで腹部が膨れ上がって身動きが取れなくなる。任務完了後、異空間から出れたとしても影響が無くなっているとは限らない。

 織鶴は真剣な顔つきで最後までしっかりと話しを聞き、全てを把握する。その後、ボソリと織鶴はこんな事を言った。

「すみません。シル先輩……今から言う事は完全に私情です。」

 織鶴は両手の拳を爪が食い込むくらいに強く握り締めて俯き、感情を剥き出しにしないようなるべく声を抑えて発言する。

「私は……今怒っています。二人の仲を引き裂き自殺者を操るその少女に……ッ」

 その声は怒りで震えていた。歯をギリッと噛み締め、眉をキュッと吊り上げている。流石のシルイートも、初めて見る織鶴の怒りの表情に驚いてしまう。しかし、織鶴は耐えきれなくなり、抑えていた感情が爆発してしまう。

「結ばれなかった二人が、せめて死後少しでも長く共に居ようと現状を受け入れているのに、……なんでッ……なんでそんな事ができるのですッ!!」

 怒りを通り越し、織鶴は両手で顔を覆いその場で泣き出し座り込んでしまった。今シルイートは指一本彼女に触れる事ができないが、心優しい彼女の気持ちは痛い程理解できるため、両目を閉じ「そうだね……。」と心から同意の言葉をかける事しかできなかった。

……さて、織鶴の様子も大分落ち着いたため二人は作戦を立てる。まず、シルイートは自分が元々装備していた剣を床に置きしゃがむと、織鶴の方へ転がすように手で押して移動させる。

「僕は設定上一応王子だからそこそこ体力はあるけど、戦闘力はそれ程ないみたいなんだー。だから、まともに魔法使いと戦うのは難しいねー。それから、鶴ちゃんも普通の女の子並みだ。」

 この世界を作り出し、自殺者を操っている少女がどう動くかはわからないが、少なくとも操られている自殺者自体に考える脳はない。ならシンプルに、三つ編みによじ登っている自殺者が登りきる少し前に、剣で髪を切り落としてしまえばいい。

 上から落下しただけでは自殺者を仕留められたかはわからない。そのため、近くで待機していたシルイートが(とど)めとして……望実には申し訳ないが、落ちてきた三つ編みを使い自殺者の首を絞める。今自分達ができそうな事はそれくらいだ。

 織鶴は頷き、足元にある剣を手に取ると鞘から引き抜きながら、淡々とした様子で言う……いつも以上に本気のようだ。

「速やかに、任務を遂行させましょう。」


 ***


──作戦はあっさりと成功した。メルヘンチックだった世界はゆっくりと、ぐにゃりと歪んで少しずつ変わっていく。怨念は霧となり、どこへ吸収されるべきか行き場を探しもやもやと空中を彷徨っていたが、元の服装に戻ったシルイートがスカートから短剣を出し、怨念はそこへ吸い込まれていった。

 二人が戻ってきた場所は、例の絵画があった場所。あれからなんと、時間がそれ程経過していなかったのか、スマートフォンの画面を確認しても日付は変わらず、時間も五時過ぎだった。自殺者と望実の気配は美術館の外にある……きっと彼等も元の場所に居るのだろう。

「任務お疲れのところ悪いのですがね」

「ひょわァっ!?」

 織鶴の全身が一瞬でビリビリビリィッと痛い程鳥肌が立つ──突然背後から男性と思しき人物から声をかけられたのだ。シルイートは顔見知りのようで、軽いノリで織鶴の背後にいる人物に「やほー、お久じゃんー」と片手をヒラヒラさせながら笑顔で挨拶をする。

 どうやら人間でも敵でもないようなので、織鶴は恐る恐る後ろをゆっくりと振り返り一歩後ろに下がり、男性を見上げた……。

 一見削除者と同じ制服にも見えるが、その色は黒に染まっている。顔も綺麗に整っており、左目は前髪で隠れていた。細く鋭い目をしており、制服と髪と同じく黒いまるでオニキスのような瞳で、織鶴を静かに見下ろしていた。「失礼、背後から近づくのはクセでしてね。」と短く謝罪をすると、次にシルイートへ顔を向ける。

「連れが迷子でして……見かけました?」

「あれぇー? 鶴ちゃんに自己紹介無しー?」

「別に、仕事上で今後関わるかわかりませんし、不要です。」

 何て失礼な男だろうか……、その後男は織鶴に一切目を向ける事なく淡々とシルイートと会話を続けている。なにやらこの近くで彷徨える魂の回収をしているらしく、美術館に居るかと思い入ってみたものの、連れの後輩が逸れてしまったらしい。

 シルイート達は今さっき異空間から解放されたばかり、その後輩を見かける余裕さえなかった。素直に「見てないなーごめんねー」とシルイートは答えると、男性は両手を後ろで組み「……そうですか、ご協力ありがとうございます。」と心のこもっていない返しをした後に背を向け歩き出す。

……何歩か歩いたところで男性は立ち止まり、「あ、シルイート君。」と何か思い出したように背を向けたまま声をかける。

「……アロンザさんからチャットの返信が無いのですがッ! 最近彼女……お元気ですか?」

「……返信が無いのは一日に二百件送ってるからだと思うよー」

 遠回しに"ウザイからじゃね?"とシルイートは真顔で教えているのだが、男性は身体をぷるぷる震わせながら両手で拳を作り、俯きながら「……私の愛が足りないのか、ではもっとメッセージを送らねばッ」と俯いていた顔をガバッと勢いよく天井に向けて言う。

 シルイートが「いやそうじゃなく──」と言いかけるが、男性はハイ―ルからスマートフォンを即座に取り出し、カチカチと何やら文字を打ちながらブツブツと独り言を言いながら去って行った。

 織鶴は終始ずっとポカンとしていたが、ハッと我に返り男性が去って行った方向を指差しながらシルイートに顔を向けた。

「い、ぃいぃい今の、か、か、確保者(かくほしゃ)の方ですよね!?」

「うん、裏鏡(うらかがみ)クン。確保(かくほ)廃棄(はいき)係でーフラワーランクはブルーベリー(※S)のコっ」

 説明は今は必要ないので省くが……軽く説明をすると、"彷徨える魂の回収者"だ。人間達はこういった者達の事を死神やらと呼んだりするが、この世界では確保者と呼ばれる者達がそういった作業をする。削除者が自殺者の魂を管理するように、確保者が彷徨える魂は天界か地獄に分け管理しているのだ。

 織鶴は確保者の存在は知っていたが、実際今まで見かけた事はなかったので、裏鏡の態度は冷たかったが内心感動していた。

「ほッ、本当に天使以外の種族もいるんですねッ! ビックリです!」

 削除者は天使にしかなれない職業だが、確保者にはいろんな種族が存在する。天使は勿論、悪魔もいれば妖怪もいるのだから、この目にするのは新鮮だった……少々個性的ではあったが。織鶴は疲れも忘れ、暫くテンションが上がっていた。



……美術館近くの公園から少し離れた場所にて、あの西洋人形みたいな容姿の少女が、何やら上機嫌で鼻歌を歌いながら歩いていた。公園の方向から、先程まで自分が操っていた自殺者と望実の気配が微かにする。

 きっと、前と同じように死を繰り返し、彼の傍には彼女が見守っているのだろう。そう想像しながら、ニタニタと不気味に笑い、舌なめずりしながらこう呟いた。

モアティエ(半分こ)……満足デショう? アナタも魂を味わえたウエ、少しハ自由になれてタのダカラ。メルシー(ありがとう)……セテトレボン(美味しかったです)!」

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