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削除者 - Deleter -  作者: 雪野鈴竜
*Episode3~ 蠢く物語 ~*
20/25

第14話、望まれぬ君のため

 削除者の必需品、"魂玉(こんだま)"、"隠輪(かくしわ)"、"シューズクリーナー4505454(よごれごしごし)"等……。これらは削除署の"アイテム発明チーム"の作り出した物、これらのアイテムのお陰で、削除者達の死亡率も軽減された。

 そんなアイテムも所詮は物、定期的にメンテナンスや修理に出さなければ、もし任務中に最悪の事態に陥っても使い物にならなければただのガラクタだ。今日はアロンザがファウストを連れて"アイテム製作部屋"に向かっている。その間に、いくつかの便利グッズでも説明しておこうか……。

──まずは一つ目、"魂玉"。任務先に居る削除者達にとっては、これがないと素手で熱した鍋を触っているようなもの。つまり鍋掴みのような役割を持っている。自殺者の作り出す異空間は人間には大して影響はないが、削除者達のような人ではない種族には、自殺者達が無意識に"効かなそうだから"と察して徐々に魂を削っていく。

 そのため、魂玉が無かった時代は自殺者による魂を削る毒素が体に回り、歩いている内に力尽きてそのまま消滅した天使も少なくなかった。

──二つ目は"隠輪"。この隠輪を嵌めていると、人間に姿が見られないようにできる。ただし、人間以外には見られてしまうため、自殺者相手には効かない。隠輪は使い方次第では色々な方法にも役立つ事がわかってきた。隠輪を嵌めた後に、天使の力である赤い豹(レッドパンサー)を込めて壁に手を当てると通り抜けられたりと、色んな方法もある。

──"シューズクリーナー4505454"。任務先の建物や住居に入る行為は、普通に考えたら住居侵入罪。天使には関係ないが、室内を泥だらけで入るのは流石にマナーが悪い。せめてできる範囲で気を遣い中に入るのが礼儀だ。今まではわざわざ靴を脱いで中へ入っていたのだが、中には足が滑ってしまい自殺者に襲われそうになる削除者もいた。

 そこで、靴のまま中へ入る代わりにこの香水が登場。この香水は何回か軽く靴に吹きかけると汚れや泥が無くなり新品同然になる。ただし、これには勿論時間制限付きで、二日経つと汚れと泥が元の位置に残っている。

 そして……削除者達が使用するジャケットやコートにある何でも入る"尻ポケット"、これにも正式名称がある。正式名称は、"万能リンクポケット『ハイール』"。こちらは定額制になっており、自身の手に赤い豹(レッドパンサー)さえ込めてポケットに入れれば、()()()()()()()()()()出したい物を出す事が可能。

 また、オマケサービスでは赤豹認証(あかひょうにんしょう)さえしていれば、赤い豹(レッドパンサー)を体内から放出しながら「装備」と言えば、マーク(お気に入り登録)した愛用武器も空中から取り出す事が可能。

 赤豹認証というのは顔認証のようなもので、目には見えないものだがレッドパンサーも天使一人一人によって違うため、赤い豹(レッドパンサー)を少しでも出せば認識して武器が召喚されるサービスだ。

……と、ここまで説明が終えたところで物語は戻る。


 アイテム製作部屋まで後何歩かというところで、大きな爆発音と共に打撃音と同時にドアが破壊され──何者かがドアと共に壁に打ち付けられ、窓硝子にかなりヒビが入って破片が外で舞った。

 ドアの上で打ち付けられた何者か……若い女子は、ズルリと逆さまになりながらぐったりと倒れている。パープルカラーの眼鏡がズルッと鼻から額にずれ落ち、両足はだらしなく重力に耐えきれず床に向かってダランと垂れていた。まぁ、簡単に言うと──なさけない恰好だ。

 流石のファウストも目を丸くさせ固まっていた。その後に、こう……なんだか毎回何かの部屋に案内される度に、後何歩かというところで何かしら驚かされている気がするなと、デジャブを感じるファウストだった。アロンザは溜め息を一つつき、女子に近寄りしゃがんで手を差し伸べる。

()()()()()()……またサラに叱られるぞ。」

「……ッ!! この声は!?」

 先程までだらしない恰好で力なく倒れて目を閉じていた女子は、アロンザの声を聞くと目をカッと瞬時に開き、どうやったかは謎だがその場で跳ねて一瞬で体勢を正座にする……のだが、膝で少しの硝子の破片をブスッと踏んでしまい「ぬぉぉぉぉお~~」とまた跳ねて床に転げ回る。

(あぁ、地味に痛いやつだね。)

 ファウストは深く考える事を止め、ぼんやりとその光景を眺めた。

……暫くして、アロンザがスペランツァと呼んだ女子の膝から破片を抜いてあげたりした後、大分落ち着いた頃にスペランツァは目をキラキラとさせて両手に拳を作りアロンザを見上げる。どうやら彼女はアロンザに憧れている様子、別にそれは珍しくない。大体の削除者達は、アロンザに憧れて削除者になりたがる。

 アロンザは削除者の中でもかなりの実力者であり、任務先での精神も強い。削除者の基本としてたまに取材を受け、テレビやラジオ、インターネット等でも取り上げられる程だ。……スペランツァの場合はテレビ等でアロンザを知り憧れた訳ではないが、寧ろ初めの印象は偏見さえ持っていた程だ。

 スペランツァは「センパイ! どうしたんスか! アイテム修理? メンテナンス? アタシ少しなら見れるッスよ!!」と興奮気味で言うが、アロンザは目を閉じ右手の中指でこめかみを押さえながら、「その全てはサラの担当だろう……勝手に手を付けようとするな。」とピシャリと断り注意する。

──ここでスペランツァは、漸くアロンザの後ろで待機しているファウストに気づくと、口の形をアルファベットのOにして「ワォ! ッス!」と両手をパッと見せて驚きの反応をする。その後にニコッと笑みを浮かべ、歯をニカッとさせて両手を後ろで組み、ヒョコヒョコと足を動かしファウストの前へ行くと自己紹介する。

「アタシは削除・没収係サンシュユ削除者、"スペランツァ"ッス! よろしくッス、天使生のセンパイ!」

「セン……あぁ、そういう事か。」

 同じサンシュユな上、削除署内で慣れたように遠慮なく自由に行動し過ごしているところを見て、採用されたのも彼女のが先だろうと何となく察していたために、彼女からセンパイと呼ばれ一瞬違和感を覚える。しかし彼女は"天使生"と付け足していたので、多分生きた年数的な意味で先輩と呼んだのだろうとすぐにファウストは察した。

 ファウストも慣れてはいないが、自分なりに笑顔を作り自己紹介をする。

「……俺も同じく、削除・没収係サンシュユ削除者、ファウストです。アロンザ先輩の弟子です。よろしくお願いします。」

「センパイの!? マジッスかマジッスかマジッスか!! いーなーいーなー!! アタシもアロンザセンパイの弟子に──」

「お前はサラの弟子だろう……。」

 ファウストがアロンザの弟子と聞き、両手に拳を作ったまま目を輝かせて羨ましそうな#強請__ねだ__#る声で言うスペランツァに、アロンザがくすりと苦笑いを浮かべて両腕を組みながらつっこむ。スペランツァは「そうッス!」とアロンザに振り返り、左手を胸に当てエッヘンと誇らしげに語り出した。

「ほんの少しの風で飛ばされてしまいそうな、まさに天使の羽のように儚げな雰囲気とは裏腹に、サラさんの美しくも恐ろしいナイフ捌き、そして数々のアイテム考案と自殺者への奥深ぁぁい研究……! あんなん惚れるしかないッスよォ~! そォれェにっ!」

 まるで手品か何か、どこに隠していたのかスペランツァがシュルリとナイフを手に持つ。月桂樹が描かれたナイフの刃がきらりと窓から差し込む光に照らされる。スペランツァはニカッと笑みを浮かべ、「同じナイフ使いッスから!」と言う。

 手品みたいにまたナイフをどこへ戻したかわからない速さでしまうと、製作部屋の中へ向かいながら話しを続けた。

「サラさんお手伝いもこれまたケッコー楽しくって……元々物作りは大好きでしたから……。」

「室内が爆発の後だがな」

「タハハ……まーまーお気になさらずっ」

 色んな事への挑戦は若さ故かそれとも元からこういった性格なのか、どちらにせよ悪い事ではないが、先程の大爆発をもし日常茶飯事にやっていたとしたら……この部屋の管理をしている者には気の毒だ。呆れ気味でため息交じりに会話するアロンザの発言からして、きっと日常茶飯事なのだろうとファウストは察する。

「スーちゃん……! またやったの……!」

 遠くから駆け足で来ながらそう言い、ドアの無い入り口の前で立ち止まり両拳をピーンと下げてぷるぷるさせながら、眉間に皺を寄せ目を可愛らしくキッとする女性がそこにいた。

 彼女が"サラ"……、浄化兼削除・没収係のオーニソガラム(※A)削除者。雪みたいに白い髪は前髪がパッツンに揃えられており、長さは肩より少し上のショートだ。猫目の瞳は海のように深い青色で、見つめていると溺れてしまいそうな気分になる。

 制服はコートを羽織っておらず、アスコットタイ無しのボタンを外したノーカラーシャツに、制服のズボンといったシンプルな服装だった。性格から滲み出ているのか、全体的に儚い雰囲気を漂わせている。彼女なりに怒っているんだろうが、スペランツァを睨み叱る様子に迫力は全くない。

 削除者の必需品の多くを発明したのは彼女だ。魂玉、隠輪、4505454……。それから、削除者達の生存確認のために作られた"生存(せいぞん)天使(てんし)"というバッチも存在する。

 削除・没収係は行き先によって時間の流れも現実とは異なり、三十年経った今でも帰還してこない削除者も少なくない。そこで、このバッチを削除者が所持すると、任務先でもし自殺者に殺されてしまったら即幹部の執務室に報告がいく。

 六つの翼がデザインのバッチで、執務室の壁に設置された時計とリンクしている。"生存し天使"を身に付けた者は、もし自殺者等の作り出した異空間で死亡した場合、時計に埋め込まれた宝石が光り向かい合う壁に死亡した者の名前が表示される。

 サラが削除者になったのは十九歳の頃……、この十八年間にこれだけの便利アイテムを多く作ったのだから、本当に彼女は天才なのだろう。このバッチはアロンザ達も身に付けてはいるが、任務中に紛失しないよう普段はジャケットやコートの中で身に付けている。

 サラは中へ入ると、「この素材……なかなか手に入らないのに……」と入手困難の物を見つけたのか、無表情になった後に座り込み、爆発と共に散らばったユニコーンの角の破片を見つめて涙を浮かべる。スペランツァは「ごめんッスごめんッス」とあたふたしていて、二人のその様子を見ていたファウストは少し気まずくなった。

──ここで、何やら入り口の方から視線を感じてファウストはそちらへ視線を向けると……ファウストはついギョッとして固まる。恐怖からとかではなく、思考停止だ。

 何故なら、……そこには入り口前で狼が座ってこちらを見ていたからだ。深い青みがかった黒の毛並みと、夜空に浮かぶ満月のような明るい金色の虹彩、闇のような黒の瞳孔……。雰囲気も落ち着いているせいか、不思議と怖さは感じられなかった。

 狼は立ち上がると、酷く落ち込んでいるサラの方へゆっくりと歩み寄る。狼は"クゥン"と鼻を鳴らし、サラの右頬をスリィッと自分の頬を擦り寄せる。……狼というより、飼い慣らされた犬に近い。サラは「のぉっぐずぅう」と涙をぽろぽろ零しながら力なく座り込んだまま狼に抱き付く。

「思う存分モフれ」

「しかも喋るんだ……!」

 思わず声に出して驚くファウストだが、ノックスはそこに誰も居ないかのようにスルーした。声は若く落ち着いた男性のものだった。ファウストはアロンザに近づき、あの狼は何者なのかコソコソと聞いてみる。

「あの狼が、サラの"武器"だ。」

「? ナイフなのでは……」

「ナイフは護身用に近い、主に戦闘を任せるのはあの狼……"ノックス"だ。」

 彼はフェンリスウルーヴと呼ばれる災いの怪物の末裔の数少ない生き残り、サラとは物心つく前から側におり、良き遊び相手でも護衛でもあり……何より大切な家族でもある。サラは赤い豹(レッドパンサー)の消費コントロールが生まれつきよくないので、体力があまり持たないせいか能力を発揮するための体力が追い付かない。

 そのため、任務先での主な戦闘はノックスに任せている。頭の回転は速いので、ノックスには的確に良い指示を出していた。そのお陰か、体力は少ないもののこのコンビでの任務成功率はほぼ百点だった。今ではアイテム製作や研究をメインに仕事を任されているため、滅多に外へ出て自殺者を相手する事は少なくなったが……。

 サラはノックスに散々アニマルセラピーで癒しを得た後に、ギギギッとスペランツァに真顔を向ける。その目はぎらついており、ここでやっと少し怖さが出た。

「スペランツァ……後でノックスに"アニマルベロベロ"してもらおうね。」

「ひゅわん!? イヤッスイヤッス~!! それだけは! それだけはご勘弁をッスよォ~!」

 "アニマルベロベロ"と耳にした途端、全身がぞあぞあと鳥肌が他人の目に見えるくらいに立ったスペランツァは、両手で両腕をさすさすと擦り顔を横にブンブンと振る。ファウストが首を傾げていると、アロンザが説明してくれた。

 スペランツァは昔から"舌"に関連する物が苦手で、焼き肉屋に行っても他人が牛タンを美味しそうに食べているのを見ているだけで、内心"牛とベロチュウだァ"と思ってしまうくらいに苦手だ。初めて勇気を出して牛タンを食べた時も、"ベロを噛み砕いたらこんな味がするんだろうなァ~"と思ったくらいだったらしい。

 動物も苦手ではないが、あの柔らかく湿ったなもので首や頬を舐められると想像しただけで嫌らしい……。サラはその事を知っているので、スペランツァが何かおいたした時はノックスを使ってスペランツァの頬を舐めてもらっているのだ。

「正直貴様等舐めたくはない。いっそ喰い殺してやる」

「アニマルベロベロで結構ッス! 死にたくない!」

──そんなちょっとした騒ぎも大分落ち着き、サラは早速アロンザとファウストからアイテムを受け取り、近くに放ってあったビニール袋に入れるとノックスの背中に跨り、奥の部屋へと向かう。サラは後ろから聞こえてくる三人の声を聞き少し微笑ましくクスリと笑う。

 奥の部屋のドアを開き、サラはドアを閉めると作業場の机に向かい、布袋からアロンザ達から借りたアイテムを並べていく。並べた後に、サラは無言でそのアイテムの一つの隠輪に触れる。目を細め、何かを考え込んでいるようだった。その後ろで……ノックスは見つめる。

「サラ、無理はするな。」

 その声は"もういいから"と諦めのように、心の底から苦しそうなもの。しかし、サラはそんな彼の声をあえて聞こえない振りをするだけだった……。


……その頃アロンザ達は、アイテムのメンテナンスと修理が終わるまで軽い雑談をしていた。スペランツァはサラに後始末をある程度終わらせておくように言われていたので、塵取りと箒で散らばった破片や使えなくなった物とまだ使える物を見比べていたりしていた。

 アロンザとファウストも特にやる事は無かったので、スペランツァの後片付けの手伝いをしていながら雑談をする。スペランツァは、ファウストが何故アロンザに弟子入りをしたのか気になったので聞いてみた。ファウストは、「ぁあー……」と力の抜けた声で思い出しながら話し始める。

 入所してすぐ、教育係としてアロンザがファウストと共に行動をするようになってから、ファウストは彼女の技術力の高さに圧倒されていた。そして気づけば任務帰りの途中で自分を弟子にしてくれるよう頼んでいた。……特に凄いのは、"赤い豹(レッドパンサー)"の細かな使い分けだろうか。

 赤い豹(レッドパンサー)は威力も高く、時には治療にも使えるが、基本極端に力を出すか出さないかでしかあまり使用できない。自らの武器を思いっきり重くさせての攻撃や、また武器を取り出す時の掛け声のために微々たる赤い豹(レッドパンサー)を出すかくらいなのだから……。

 しかし、アロンザは違った。槍にレッドパンサーを込めて思いっきり叩くだけではなく、赤い豹(レッドパンサー)の量を調節して風を生み出し、槍で操って複数の敵に飛ばし切り刻む等……兎に角器用に扱う。こんな事はなかなかできるものではない。ファウストは憧れを抱いてしまったのだ。

「俺もアロンザさんみたいに、赤い豹(レッドパンサー)を使いこなせるようになりたいです。」

「……今は無理でも、ファウストは見込みがある。自信を持て」

「はい……。」

 アロンザは嘘をつかない。ファウストと共に仕事をしてきて、彼にも#赤い豹__レッドパンサー__#を細かく使いこなせる気配は感じている。彼女にとっては自慢の弟子、微笑ましそうにアロンザはファウストの肩に手を置き、背中を押すような言葉をかける。

 ファウストも内心少しは認めてもらえるのを嬉しく感じ、無意識に口が笑ってしまった。……しかしこの数秒後、ファウストは全身に鳥肌が立つ事になる。

「ファウスト様?!」

──ファウストの動きは速かった。女性の黄色い声で呼ばれたかと思いきや、瞬時にアロンザの背後へ回り背を向ける。彼のこの珍しい行動にアロンザは何が何だかわからず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべおろおろした。

 カツカツとピンヒールを強く鳴らし、「まぁまぁ任務から帰還して偶然にもバッタリ出会えるなんて……やはり私とファウスト様は赤い糸で結ばれているのかしら!」と言いながらこちらへ来たかと思いきや、女性は目の前のアロンザの姿を見ると、一気に敵意剥き出しの目つきになり視線を向ける。アロンザは女性が何者なのかは知っている……というより同期だ。

 彼女の名はテネシティ、アロンザとは寧ろ良き仕事仲間であったが、何故か最近嫌われ始めた。正直心当たりが一切なかったが、この後テネシティの言葉を聞いてほんの少しピンとくる。

「前から思っていたのですが……()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ぁー……」

「先輩!! 言っておきますが……()婚約者です!」

「…………ぁー……」

 前からはテネシティ、後ろからはファウスト。とんでもないサンドイッチ状態になりながらもアロンザはなんとなく状況をゆっくりと理解していく。さて、自分はここでどう発言すべきか……数秒間考えてとりあえず出た言葉は「テネシティ、まず私とファウストは赤い豹(レッドパンサー)の師弟関係だ。」とテネシティの両肩に両手を置く。

 次に、ファウストに振り返り彼の左肩に右手を置き「ファウスト、」と声をかける。

「これは"お前達の問題"なんだ。わかるな?」

 深い事情は知らないが、元婚約者という事は昔の関係で終わっているのは理解した。しかし、未だにテネシティがファウストに執着しているという事は、形だけでどこかで終わっていない証拠だ。それはアロンザに解決できるものではなく、本人達の問題だ。

 ファウストもそれは理解している。けれど向き合おうにも、彼女には問題があった──

「怖いんですよ……。毎朝毎朝ポストに分厚いラブレター、行く場所行く場所に先に待機、チャットアプリでブロックしてもブロックしてもアカウント復活してメッセージが来る……。」

 ファウストはコソッとアロンザの右耳に口を近づけボソボソとテネシティからのストーカー行為を話す。少々耳がくすぐったいが、目の前で「口が耳に口が耳に口が耳に」とブツブツ嫉妬の呟きと殺気に、アロンザはやはり困惑してしまう。

 "どうしろと、"と内心思いながら冷や汗を浮かべるアロンザに、少し離れた場所から見守っていたスペランツァが「センパイちょっとこっち来てほしいッス~」と気を遣い、あたかも手伝ってほしいアピールをする。アロンザは今日ばかりはスペランツァが天使を超えて女神にさえ見えてしまった。

 アロンザがその場を抜けてしまうと、助けが無くなったファウストは「あ、」と口を開けたまま固まってしまう。テネシティの目がぎらつきニヤリと笑みを浮かべ、ファウストの右腕に抱き付き、頬を擦り寄せて目を閉じ堪能する。

 先程まで現世で守に振り回されていた分、本物のファウストを感じると一気に幸福感と安心感が生まれ、うっとりとした表情に変わっていく。

「はぁぁぁ……先程の馴れ馴れしい人間とは大違いです。」

「は、人間?」

 なんの事かと聞こうとしたところで、漸くサラがアイテムのメンテナンスと修理を終えて奥の部屋から出てきた。

「……お取込み中かしら?」

 いつものファウストからは想像がつかないキリッとした声で、「待ってました!!」と返事をするとさり気なくするりとテネシティの巻き付く腕を解して放す。さっさとサラの元へ向かいアイテムを受け取るファウストに不満そうなテネシティだったが──ここで何かアイテムに違和感。

(……何、この感じ。)

 しかし、その違和感が何なのかはわからなかった……。

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