第13話、エレベーター
カツカツとピンヒールを鳴らしながら、藤色の柔らかな髪を揺らし削除署の廊下を早歩きする女性がいた。彼女の名は"テネシティ"──ファウストの元婚約者だ。最近は制服を自分好みにアレンジする者も多いが、テネシティは変に制服を弄っていない。違うところは靴がピンヒールというところだけだろうか。
向かう先は甘野老の間、自殺者から没収した怨念を摘出し浄化してもらう場所だ。大体の者はそこそこ武器が溜まってから訪れるのだが、テネシティはここへ訪れる頻度が高い。
その理由は彼女の武器にあった……彼女の武器は"ピンヒール"、怨念を回収すればする程重くなるため、没収し帰還する度になるべく浄化係へ来るようにしている。武器からして足を使う攻撃なので、ピンヒールが重くなれば成る程任務に支障を来たす危険性も充分にあるからだ。
──軽くノックをし、中からノック音と同じくらいに軽い声で「いいよ~」と返事が返ってくると、テネシティはドアを開けて中に入る。
「……喫煙所に行ったらどうですか」
「いーじゃない。火ィつけてないんだからサ」
彼の席にまでカツカツとピンヒールを鳴らし向かうと、オフィスチェアに座り全体重を預け天井を見上げている男──桜馬の様子を見ると、額に右手の中指をあてて深い溜め息をついた。桜馬の口には火のついていない煙草が咥えられている。そういえば、最近子供にやたら好かれているとかで禁煙を始めたとか……。
怨念摘出作業はかなりのレッドパンサーを消費するため、疲労感が一気にくる。普段女性に対し柔らかな彼が素を出す時は、大体自分に対し本気で恋をした相手か自殺者を相手にする時くらいだ(嫌いな同期にも素を出す)。そんな彼が、特に理由もなく想いを寄せているテネシティに素を出しているのは、相当疲れ果てている証拠だ。テネシティは、桜馬の口から魂が出ている幻覚が見えた気がした。
「あのですね、疲れ果てているところ申し訳ないのですが……怨念、摘出して頂けます?」
「モッッチロン!!」
テネシティは最近、桜馬の扱いがわかってきた。テネシティは少しかがみ彼の右耳に唇を近づけ囁くようにお願いすると、数秒前まで抜け殻状態だった桜馬の口の中に魂がヒュンッと瞬時に戻り、キラキラとしたオーラを放ち笑顔でテネシティの顔を見ると同時に口から煙草がポロリと落ちた。
……調子を戻したはいいが、テネシティとの顔が予想以上に近かったため、桜馬は顔が赤くはならなかったが心臓がドクリと跳ねた。何故か目が合わせられなくなった桜馬は「ぁー……」と小さく声を漏らしながらゆっくりと顔を背ける。
数秒間"なんだ、どうした僕"と頭の中でグルグルと考えていたが、いつまでもダラダラと相手を待たせる訳にはいかない。桜馬はスッとチェアから立ち上がり、テネシティを座らせてスリッパを取りに行き戻ってくると跪き、ピンヒールを脱がせスリッパに履き替えさせた。
「毎回思うのですが、自分でできます。」
「僕がそうしたいんだけれど、ダメ?」
跪いたまま見上げてくる微笑みに、内心小恥ずかしくなるが意地でも顔に出さないテネシティだった。
……丁度怨念摘出が済んだ頃、二人の所へ一人の少女がひょこひょこと小走りでやってくる。黒髪のおかっぱを小さく左右に揺らしながら来たのは罪悪刀、エルネストの武器だ。罪悪刀は二人の前にまで来ると、二人を見上げ両手をパタパタと振る。一々行動が可愛らしい。
桜馬がしゃがんで罪悪刀に向き合うように顔を見上げ「何か用かな? ハムちゃん」とニコッと笑みを浮かべて用件を聞く。"ハムちゃん"というのは、罪悪刀の仕草がハムスターみたいに可愛いから桜馬が勝手にそう呼んでいる。罪悪刀は「エルさんがッエルさんがッ」とピョンピョン跳ねながら話し出す。
「テネさんに、任務行く時、“アレ”を持っていくようにと!」
テネシティの幹部はエジリオであるため、まさかエルネストからの報告がテネシティへのものであるとは思わなかった。桜馬は立ち上がり、スッと真顔になりどういう事かと二人は顔を見合わせる。罪悪刀の話によると、エルネストの部下である桜馬からの協力が必要との事。
甘野老の間は全ての削除者が共有するが、他人の部下を使う場合はその幹部から許可を取らなければならない。そのため、エルネストに許可を貰い彼の武器である罪悪刀からテネシティに報告がいった訳だ。
──エジリオからの任務内容、今回の任務先はとあるデパートのエレベーター。朝から夕方までの営業時間内、何かしら負の感情に包まれた人間がターゲットにされ、デパートの屋上にその人間と深い関わりのある人物……特に故人の姿を現せる。
その現れた人物に誘われたターゲットがデパートに入ると、営業中のはずが明かりも一切なく無人の空間に入り込んでしまうらしい。恐らくこれが自殺者の作り出した異空間だろう。ここで問題、削除者が仕事としてこのデパートに訪れても、人間と違い負の感情に包まれている訳ではないので屋上に誰も現れる事がない。
屋上に現れる人物は扉でいうところのいわば"鍵"、その鍵が無いと玄関にも入れない。そこで──
「……うん、理解したよ。少し待っててね、今用意するから。」
桜馬はすぐに必要な物がわかり、罪悪刀に「ありがとうね。」と頭を撫でながらお礼を言うと、すぐに清掃場へ向かった。テネシティもその後すぐに理解し、桜馬が戻って来るまで彼のオフィスチェアに座り片足を組んだ。
挿絵:雪野鈴竜
──桜馬から"ある物"も借り、現世のとあるデパートへやって来たテネシティ。その手には怨念がそこそこ溜まったナイフが握られていた……これが桜馬から借りた物だった。テネシティが歩き出し段々デパートへ近づくと、横断歩道の真ん中辺りまで進んだところで空気がピリッとする。
かまわず渡り切ると、テネシティは目の前のあと数歩で到着するとデパートを見上げた──そこには、屋上からこちらを見下ろす人物がいた。顔の雰囲気だけを見るとパッと見、パブロ・ピカソの『泣く女』シリーズにも似ているが、よく目を凝らして見ると、その顔はいろんな人間の顔が組み合わさっていた。
(流石にいろんな人間の感情となると、現れる人物もこのように表現される訳ですか……。)
桜馬から借りたナイフは、削除者が怨念を溜め過ぎてしまったため摘出も二人がかりでないと危険な物だ。たまにこのような困った武器は倉庫に置いておき、桜馬の他に摘出作業を任されている花夜が甘野老間に居る時に二人で摘出する。
仕事で来た削除者には、鍵となる人間の負の感情は持ち合わせていない。そのため、怨念が溜まりに溜まった武器が必要となる。これも元は人間が生み出した負の感情、しかし一人の感情だけでなく、色んな人間の怨念が混じっているので、あのような通常の人間にはあり得ない姿で現れたのだろう。
さて、これで異空間に入る条件はクリアした。テネシティはポケットにナイフをしまうとそのままチャック袋を代わりに取り出し、中から魂玉を摘み口に放り込んで飲むと、もう隠輪は必要なくなったのでデパートの中へ入ったと同時に外した。
……中に入ると情報通り、中には客一人いなかった。それどころか明かりも一切ついておらず、荒らされていない廃墟といった表現がしっくりくるだろう。テネシティは周りを見渡さず、そのままピンヒールをカツカツと鳴らしながらフロアマップの方へ向かう。
フロアマップでエレベーターの位置を確認し、無駄な動きがなく今度はエレベーターへ向かった。ボタンを押し扉が開き、中へ入る。
(いきなりですが……最上階を押しましょう。)
ボタンを押し扉が閉まる。デパートの階層は八階らしく、8の隣にあるRのボタンを押した。ゴゥ、ゴゥ、と小さく聞こえる音に眠くなってきそうだが堪える。ポォンと目的の階に着いた音が聞こえ、扉がゆっくりと開くとそこは……。
「四階……ですね。」
目の先にある階数表示板には"4"と書かれている……自分は確かに"R"を押したはずだ。客も誰もこのデパート内にはいないはずなのにここへ着くはずがない。
テネシティはここで降りなかった。情報によると、一度エレベーターへ入るとどの階に降りても自殺者に喰い殺されてしまうからだ。獲物はどんなに目的の階のボタンを押しても同じ四階に着いてしまい、恐怖に耐えきれずその場で降りてしまう。
その場から離れようとしても数歩で足が動かなくなり、さらには足を無理矢理にでも動かせたとしても、どんなに押してもエレベーターの扉が開かなくなり、背後から襲われてしまうのだ。つまり、エレベーターに入った時点で獲物は死んだも同然なのだ……人間以外の者を除いて。
それを事前に知らされているので、テネシティはエレベーターから出なかった。さて、またRのボタンを押してみようか。
「……あら、」
屋上へ向かおうとするかと思いきや、下へ降りる一瞬の#浮揚__ふよう__#感がきてテネシティは目を丸くする。エレベーターはどんどん下へ降りていく、誰か別の獲物がデパートに入り込んだのだろうか? または自殺者が自ら動き出した……にしては行動が早過ぎる。
一応身構えるが、予想はなんとなくついていた。一階へ到着し扉が開くと、そこには──二十代前半の男性が一人立っていた。
テネシティは男性の顔を見てつい目を見開いてしまう。それもそのはず、男性の顔は……元婚約者の"ファウスト"と瓜二つだったのだから。ファウストと違うところは、目の前の男性が黒髪と瞳の色も黒というところ、さらにファウストより少し髪が長く後ろで一つにヘアゴムで纏めているところだった。
二人は互いに目を丸くさせ固まっていたが、スッと二人は無表情に戻り男性が中へ入ってきた。入ってきた男性は同じく屋上へのボタンを押そうとしたのだが、既にボタンを押されていたので「あれ、」と声を漏らす。
「お嬢さんも屋上ですかい?」
「ええ、まぁ」
こちらの顔を見て聞いてくる男性にテネシティは相槌を打つ。エレベーターの扉が閉まると、目的の階へ向かおうとまた今度は上へ登る一瞬の浮揚感がくる。ゴゥ、ゴゥ、とまた小さく聞こえる音を聞きながら、男性がテネシティに声をかけてきた。
「このデパート、おかしいですよねぇ……外で見た時は人があんなに沢山いたのに。」
必要以上に人間と話す気がないテネシティは、笑みを浮かべている男性を無視する。しかし男性はかまわず世間話をペラペラと話し始めた。
(なんなんですか、この人……。)
「俺は守、お嬢さんのお名前は?」
初めは自分の想い人と顔が瓜二つだったので少し動揺してしまったが、男性の口が開けば先程動揺してしまった自分が馬鹿らしく思えてきた。ファウストは口数少ないし、こんな風に馴れ馴れしく話しかけてもこない。顔が似ているので尚更腹立たしくなってくる。
テネシティはつい「不快です」と本音をボロリと出しながら、守と名乗った男の顔を目を吊り上げながら見上げる。守は、「おっと、すいやせん」と軽く謝罪するが笑みを浮かべたまま。守はテネシティから目の前の扉に目線を戻し、会話を続けようとする。
「じゃあ、"インコちゃん"とお呼びしても?」
「ハァ?」
折角無視を決めようとしたのに、男性の口から聞き逃す事ができない発言につい反応。お互い今日が初対面……にも関わらず何故勝手にあだ名をつけられないといけないのか、確かに名乗らなかったのは自分だが、気分は良くない。一応理由を聞こうではないか。
「何故、インコ?」
「俺が昔飼ってたセキセイインコがいましてね、色が薄紫色でキュートだったんですよ。」
「髪?! 髪ですか!?」
勝手にあだ名を付けられた上、昔飼っていたペットから連想したと聞かされて頭に血が上る。人に対して勝手に何かに例えて名前を付けてみたり、この人をおちょくるような態度と軽いノリ……テネシティの脳内に、あの黒髪ちょいロン毛の女たらしの顔が浮かぶ。それに、声もどことなく似ていたので更にイラッとする。
「おっと、着きましたぜ。」
ポォンと到着音が鳴り扉が開くと、守はキョトンとする。それもそのはず、屋上へのボタンを押したはずが、階数表示板には"4"と書かれているのだから。どういう事だろうかとエレベーターから出て行こうとする守の右手首を、テネシティが掴む。
「ストップ、貴方死にますよ?」
中身は全く違うが、顔が想い人と似ているのでここで死なれては後味が悪い。無駄かもしれないが、一応自分の存在とこのデパートの仕組みについての軽い説明を済ませる。守は動揺も混乱もせず、真剣な表情でテネシティの話を黙って聞いていた。
雰囲気がちゃらつていたのでてっきり話を信じないかと思いきや、守は話し終わったテネシティに笑みを浮かべて「わかった。じゃあインコちゃんの指示に従おうかな」と言った。予想外の反応に驚いたテネシティは、また辿り着く事のない屋上へ向かおうとするエレベーターの音を聞きながら、何故信じようと決めたのか質問してみる。
守は「いや、大した事じゃないんだ。」と言ってから質問に答える。
「あんだけ人が沢山だったデパートが、中へ入ったら瞬時に人一人居なくなるのはまずあり得ない……まるで別世界だ。ってなると、寧ろ現実の常識で考えない方がいいと思う。現実の常識でものを考えて行動しても通用しないんじゃないかと思ってね。」
人間にしては冷静過ぎる様子に、テネシティは一瞬、例の噂の自由者か何かかと疑ってしまうが、もし仮に自由者ならば寧ろ疑われないようもっと人間らしく演技でもするだろう。オーラも人間そのもので、特殊な力等も特にこれといって感じてこない。守は本当に、純粋に自然体で思った事を話しているだけなのだろう。
テネシティが頭の中で彼を観察していると、守は「それに……」と次の台詞を吐いた。
「こんな可愛らしく、慈悲深く警告してくれるような女神の言葉を信じないなんて、最低な男でしょう?」
「……ッ……天使なんですけれど。」
ウインクしながら恥ずかしげもなく平然とそんな事をスラリと言う守に、テネシティは不覚にも心臓がドキリと跳ねる。少々馴れ馴れしく人をおちょくるような態度と軽いノリだが、感情的に決めつけず、相手の話をきちんと聞いた上でその場の状況を理解し判断する姿勢。やはりファウストというよりは……。
(帰還したら、一発殴らせてもらえるか頼んでみましょうか。)
帰還後浄化係へ行ったら即そうしようと考えていると、ここでふと、何故守がここへやって来たのか疑問に思った。自殺者が選ぶ獲物は"負の感情"を持つ者だ。だとすると、守は何か問題でも抱え込んでいるのだろうか……何度かエレベーターが四階にループして到着していく中、テネシティは守にその事を聞いてみた。守は、「ああ……」と自分が此処へ来た理由を思い出して質問に答える。
「友人がね、ここで行方不明になったんだ。」
──守の友人は、小学生時代からの付き合いで互いに気も合う良き関係……親友というやつだった。親友はつい最近、自分を庇って通り魔に刺されて殺されてしまった姉に対し、日々罪悪感に苛まれていた。
ある日、守が気分転換に親友を連れて外出していたところ、このデパートの前で親友が屋上辺りから視線を感じると言いながら屋上の方を見上げてしまった。ここからはテネシティの話の通り……虚ろな目で「ねぇちゃん」とぶつぶつ呟きながらデパートへ入っていく親友を追いかけて守も中へ入ったが、中に入ると同時に親友の姿は消えてしまったのだ。
この日から親友は行方不明になった。……ここまで話を聞いて、テネシティはこれ以上何も聞こうとはしなかった。聞かなくてもわかる。守は親友を誘って外出したのを後悔し、罪悪感を感じていたのだ。このデパートへ来たのも、真相を知りたいのと、もしかすると親友が生きている可能性を信じたからだ。
しかし残念な事に、恐らく親友は──
「ありがとさん、おじょーさん。こういう覚悟もしていたさ」
何か言葉をかけようとするが、何も口から出てこず口が少し空いたままのテネシティの様子を察した守は、苦笑いを浮かべながらテネシティの頭にポフリと手を置き優しく撫でる。真相を知るという事は、生きている可能性もあるが同時に死亡している可能性も存在しているという事。どちらの結果が出たとしても、それが真相を知る覚悟だ。
「……さて、インコちゃん。俺の話はどうだっていい、何か手伝える事はあるかね?」
「お気持ちは嬉しいですけれど、扉から少し離れてただじっとしていてください。」
ただの人間である自分が何かできるとは思えないが、一応一人の男として女性に任せっきりなのはむず痒かったため確認してみるが、やはりテネシティからはあっさりと断られてしまう。ここはせめて少しでも彼女の仕事の妨げにならないようじっとしているべきだ。
「貴方はただの人間ですので、怪我をしても問題はない私に全てお任せを。」
それでも、最後に「何か少しでもできる事があれば言ってくれ、力になれるよう努力する。」と言い端に移動する守に、テネシティは素直に嬉しく思った。普通はこのような状況になれば大体の人間は恐怖で騒いで余計な行動もするだろうに、不思議と彼が傍に居るだけで心強く思えた。
(不思議な人です……本当に。)
無意識に笑みを浮かべ、テネシティは前を向いた。
──何回目かもわからない四階目に着きドアが開き、ふと守はテネシティに「これからどうするんですかい?」と質問する。
「……その質問の前に、こんな話をしましょうか。欧米のホテルでは十三階のエレベーターボタンや部屋が見かけない事があるのをご存じで?」
「そうなんですかい?」
イエスキリストが十三日の金曜日に磔刑され息を引き取った事から、不吉な事が起きるのではないかと信じられたり、北欧神話では神々の晩餐に招待されなかったロキが、招かれざる十三番目の客として席につきヘズを誑かしバルドルを殺害させたという言い伝えもある。
また、絞首台への階段は大体十三階段等、十三という数字が欧米では忌み数とされている理由は色々ある。
「このデパートは八階だけです。その話と関係ないように思えますが……"ボタンと階数が無いだけで、見えないところに関わってきます。"」
「ほう……例えば、"四階に行く回数"とか?」
守の意外な予想に、テネシティは「あら、」と目を丸くさせ守の顔を見る。そしてニコリと笑みを浮かべてこう言った。
「excellent!」
さらに、十三等が忌み数とされているように、日本や中国等では"四"も忌避されやすい。"死"を連想する縁起の悪い数字がこうして繰り返し到着する……"四階を十三回"、なんと、まぁ……。
「そろそろ何か来るんですね?」
「ええ、察しがいい事で。」
一、二、──守が「後何回です?」と質問すれば、テネシティは「後"二回"ですね。」と答える。三、四……リセット、次で最後。ここでなんとなく、普通の人間の守でさえエレベーター内が妙に生臭くなったのに気づく。本当に次で来るのだろう。
扉が開きまた閉まる。四、三、二、一……、扉が開き閉まり動き出す。カウントダウン、二、三──テネシティはピンヒールに赤い豹を込め始める。彼女のピンヒールはレッドパンサーを込めて戦闘に使用すると、敵の動きを一時的に鈍くさせられる。
ポォンと四階に到着した音が鳴り、一気に空気が重くなり扉が開いたすぐ後──テネシティは扉の前に出たつもりが何かに突き飛ばされ、壁に頭を強くぶつけてしまい視界が激しく揺らいだ。それと同時に生々しくも柔らかな物が深く貫かれた鈍い音が隣で響き、そのまま壁に打ち付けられエレベーター内が激しく揺れた。
……一瞬何が起きたのかわからなかったテネシティは、隣の状況を瞬時に確認できず座り込んだまま自分の膝を見つめていた。生きた心地がしない嫌な心臓の高鳴りに、テネシティは勇気を持って恐る恐る隣へ顔を向け確認した。
「……ッ……なに、」
テネシティは血の気が一気に引き、心臓がドクリと跳ね上がる。そこには……エレベーターの壁に右肩を大きな黒い棘のような物で縫い付けられた守がいた。大きな黒い棘はよく見ると太く束ねられた髪の毛、貫いたところからじわりと血を吸い取っているように見えた。いや、実際吸っているのだろう。
守はあの時──テネシティを押し退けて代わりに自分が前に出たのだ。扉からのそりと髪の長い女の自殺者が入り、守の顔をジッと見つめる。守に意識が集中している隙に、テネシティは声を張り上げながら素早く左足を上げ自殺者のこめかみにピンヒールを深く突き刺した。
「やってんですかアナタはァァアアッ!!」
突き刺したまま自殺者を床に踏みつける。自殺者はすぐにもう一分髪の毛を束にさせてテネシティを刺そうとするが……先程の#赤い豹__レッドパンサー__#の効果で反応が鈍くなっており、上手く髪を束ねる事ができずのろのろとしている。勿論テネシティは容赦なく、今度は自殺者の左目を踏んで貫いた。
次に右目を貫き、鼻骨を砕き、顔という顔を突き刺すと穴という穴から怨念が漏れてきてピンヒールに吸い込まれていく。怨念が徐々に没収されていけば力も弱まり攻撃するまでの力は出せなくなる。テネシティは、自殺者が抵抗不可能になったのを確認すると隣で縫い付けられた守を睨みつける。
「brainless(頭が悪い)、何のつもりですか。」
いきなり棘を抜いても出血が酷くなり命が危険だろう。テネシティは守の右肩に左手をあて、赤い豹を彼の傷口に注ぎ込みながら傷口を少しずつ塞いでいきながら棘をゆっくりと引き抜いていく。守は苦痛に耐えながらも顔から汗を流しながら、何故あのような真似をしたのか説明する。
「……"怪我をしても問題はない"」
急にそんな事を言うものだから、てっきり今のこの状況を強がっているのかと思いイラッときたが、次に出た言葉に文句を言いかけていた口が止まる。
「"私に全てお任せを。"」
それは……自殺者が攻撃を仕掛けてくる前のテネシティの言葉だった。あの時守は、テネシティの言葉に引っかかりすぐ"自らの身を犠牲にする気"だと察したのだ。確かその言葉の前に、彼女は"貴方はただの人間ですので、"とまで言っていた。
という事は、その時はただの守の予想だったが、"自殺者が襲いかかってきた時に体の一部を犠牲にこちらが攻撃を仕掛けるのでは"と考えたのだ。普通の人間ならばかなりの重傷だが、天使である彼女は何かしらの力で治療する事が可能で死にまでは至らない可能性があった。
その予想はまさに的中──いくら治療可能といえど、女性の体に傷などつくところを見過ごせなかった守は、咄嗟にテネシティを押し退けて死を覚悟し自分を犠牲にしたのだ。
「……赤い豹は、天使には効果的ですが人間に使用すると副作用もあります。……気分が少々悪くなりますが我慢なさい。」
「ありがとさん、インコちゃん」
何とか傷を塞ぎ治療を済ませ棘を抜き取ると、テネシティは勢いよくピンヒールを鳴らし立ち上がる。座ったままの守を見下ろし、背を向けてこう言った。
「私の名前は"テネシティ"ですッ!! インコではありませんしピーピー鳴きません!!」
「じゃあ……"テネちゃん"だっ」
テネシティの脳内に再び、あの女たらしの黒髪ちょいロン毛の顔がポンッと浮かび上がった。テネシティはわなわなと何だか無性にイラッときて「んまぁあぁぁあぁ~~!!」と声を出し、両手で拳を作り振り返ってこう叫んだ。
「なんッッでアナタ中身はそのまんま何から何まであのオサルさんなんですかッ!!」
「ぅえっ?! 俺ァ別に発情してませんぜ!?」
いきなり猿と言われ、流石の守も素っ頓狂な声を出してしまった。勿論、帰還後にお猿である桜馬は一言「殴らせてください。」と言われ許可を出す前に返事も待ってもらえず一発殴られた。




