第11話、海と記憶【前編】
海には良い思い出がない。毬慰は時々、海の映像や景色を見ていると不安な気持ちになる。昔の事なので記憶にはあまり残っていないようだが、彼女の家族は一家心中した。幼い毬慰は親に抱えられながら海で溺れたらしく、何となくだが、海を眺めていると確かに息苦しい気分になってくるのだという。
そのせいか、任務以外での外出となると何処へ行っても大体楽しめるのだが……未だに、海だけはどうしても苦手なのだ。
毬慰は退屈そうに、通路にあるベンチソファに座り両足をぶらぶらと揺らしていた。暇な時はたまに飴玉でも口に放り込んで味でも楽しんでいるのだが、今は手持ちに相以外は何も無いので退屈で仕方がない。近くには執務室のドアが見える。現在、室内で花夜が今日の任務内容を幹部であるエジリオから聞いているところだ。毬慰はエジリオの事が苦手なので、なるべく花夜がエジリオに聞きに行っている。
今は未成年という事もあってまだ大人にこうして頼っていられるが、いずれ一人で何でもこなさなければならない。これは仕事であり、給料を貰っている身なのだから。
任務内容を聞き終わったらしく、執務室から出てきた花夜の姿を見ると、毬慰はぴょんっとソファから立ち上がり駆け寄った。暴走した自殺者の怨念を没収するこの仕事自体はやり甲斐もあるし、毎回場所も違うので楽しみだったりする。毬慰はわくわくしながら両手に握っている相を左右にゆらりゆらりと揺らしながら、花夜に今日の任務先を聞いた。しかし、彼の次の一言に体が固まる。
「花夜……っ! 今日の任務先、どこ……だって?」
「海だって。」
挿絵:如月ひのき 様
***
七月という事もあり、昼間の海には沢山の人が集まっていた。家族で来る者もいればカップルで来る者もいる……一組のカップルが甘い雰囲気になり口づけを交わし、それを見た幼い子供が指を差してからかい、親が恥ずかしそうに慌ててやめさせる。
そんな人々の様子を眺めながら、花夜は流石に暑いのかコートを脱ぎ片手で抱えていた。制服が元々薄着の毬慰は暑いと思っているがそれ程気にしていない様子。面倒見いい花夜は一応毬慰に気遣い、かき氷でも買おうかと聞くが首を横に振られる。
先程から、彼女の様子がどうもおかしい。いつもなら何か食べ物でも買ってあげると、どんな食べ物なのか興味津々に飛び跳ねて喜ぶのだが、こういった場所を喜びそうな彼女がずっと暗い表情のままなのは珍しい。体調でも悪いのか……だが、任務に行く前の彼女はとても元気だった。
ならいつから気分が沈んでいるのか、顎に右手を添えながら考えていると、花夜は一つ思い当たる事があった。
("海"と聞いてからだな……。)
となると、これはただの想像だが、毬慰は海に対し何か嫌な思い出でもあったのかもしれない。エジリオからの話によれば、毬慰には両親がいない。そんな彼女には過去に嫌な事でも沢山あったのだろう。
まだ彼女は十四歳、しかしこれは仕事であり遊びで来ている訳ではない。本当なら甘やかすべきではないのだが、若い内から仕事に対しさらなるトラウマを植え付けるべきでもないと思う。今日は海の近くにあるホテルで一泊する予定だったので、先にホテルに行き休むよう毬慰に言おうとした時だった──
「あの子……さ、"幸"だっ!!」
こんな所でまさか数少ない知り合い……否、友人に出会えるとは思わなかったのか、先程までの暗い表情はどこへやら、毬慰の表情はパァッと一瞬で向日葵のように明るくなった。
毬慰が見つけた相手は人間の少女、名前は幸。かなり前に任務先の廃旅館で出会い、初めて人間を守りながら任務を果たした時の子だった。あの日、少しの間でしか話さなかったが、一緒に話してて楽しかった思い出であり、毬慰にとって初めての同い年くらいの友人だった。
毬慰は花夜に幸に会ってきてもいいか確認を取ると、あっさりと許可が下りる。一瞬手に持っている相を持ったまま会いに行こうかとも思ったが、流石に大勢の人間の前で斧なんて持ち歩いていたら怪しいと判断し、花夜に相を押し付けた。毬慰にしては珍しい配慮だ。
二人は任務先だったので一応人に姿を見られないよう隠輪を腕にはめていたので、毬慰は人目も気にせずその場で隠輪を取ってしまった。つまり、何も知らない人達からしたら何もない所からいきなり人の姿が現れた事になる。近くでボーッとしながらビールを飲んでいた中年の男性は驚きのあまり噎せてしまい、花夜は左手で頭を抱えた。ここは配慮が足りていなかった。
幸はパラソルの下で膝を抱え海を眺めていた。廃旅館で暴走した自殺者の女将に長かった髪をバッサリと食い千切られてしまったが、あれから数ヵ月も経ち、少し髪も伸びたらしく小さいツインテールにしている。着ている水着はスカート付きのフリンジ・ビキニ……向日葵をイメージしたデザインなのか、トップは黄色の花弁模様にスカート部分は管状花の茶色模様と花弁模様がデザインだ。
毬慰が嬉しさのあまり、応援メガホンでも持つように両手を口元へ持っていき、何度か幸を呼ぶ。誰かが自分の名前を呼んでいる声に気づき、幸はキョロキョロと周りを見渡し、毬慰の姿を見つけると「えっ」と栗色の目を丸くして驚く。幸がこちらを見て立ち上がるのを確認すると、毬慰が元気よく右手を上げてぶんぶんと振りながら駆け寄る。
「幸、……ぇと、」
幸の前にまで走ってきたはいいが、毬慰は元々人見知りな所がある故、久しぶりに再会した友人に何を話したらいいかわからなくなってしまう。何か話さなくてはと頭の中で話題を探しては、探す事に集中し過ぎて全く思いつかず、口からは「あ」「と、」「ぇー……っと」くらいしか出てこなかった。
段々と声が小さくなっていく毬慰に、幸は空気を察したのか、安心させるようにパッと笑顔を作る。
「マリーちゃんに、いろいろ報告したい事があるんだ!」
「ほぅ、こく……?」
二人はパラソルの下に座り、海で楽しく遊ぶ人々を眺めながら廃旅館後の話をしていた。幸はあれから、自分が学校で苛められている事をきちんと両親に相談し、両親は学校に連絡もしてくれたのだという。
しかし、学校側は何も改善する気がないらしく、これでは幸も学校に行けないと判断した両親はいっそ転校を考えた。勿論、幸の意思を尊重するためにそれでもいいかと本人に聞いてみたところ、幸は最初自分のためだけにと申し訳なさを感じた。だがここで断ってまた心配をかける方が申し訳なかったし、それに幸自身、気持ちもリセットしたかったので、最終的に転校を決心した。
「幸って……えらいね」
幸の話を聞き、自然と思った事がそのまま口に出る。幸は少し照れながら「そうかな。」と頭をポリポリと掻く。
毬慰は親しい者に対し明るく振る舞う事や、ほんの少し誰かに何かを頼む事はできるが、自分の本当の奥底にある悩み等は打ち明ける勇気はない。幸も前まではそうだったので、出会ったあの日……毬慰は彼女に対し親近感を持っていたのかもしれない。
あの頃幸は、自分の悩みを両親に打ち明ける勇気がなかったが、廃旅館で女将の自殺者と戦った毬慰の逞しさと立ち向かう勇気を見て、背中を押された気がして変わる事ができたのだ。けれど毬慰はまだ誰からも背中を押されるきっかけを持っていないため、今の幸のように、自分の本心を誰かに相談できる勇気は持っていない。
正直、今の幸を羨ましく思った。自分と同じ何かが足りない者同士スタート地点に立っていたのが、なんだか先を越されたようで寂しさを感じた。
「マリーちゃんは……またあのお化けみたいなのを倒しにきたの?」
「ぅ、うん……! マリーは、"削除者"だから……!」
毬慰の良い所は切り替えが早い所か、少し寂しそうな表情だったのがすぐに明るい笑顔になり、元気よくそう答える。そういえば……幸にはまだ自分が削除者という事も、その仕事内容も詳しく説明していなかったと毬慰は思い出し、頭にクエスチョンマークを浮かべている幸に、一つ一つ楽しそうに説明し出した。
変わった服装に、あの化け物を怯えもせず仕留める様子からして普通の人間ではないとは思ってはいたが、まさか彼女が天使な上、あの自殺者とかいう化け物を管理する仕事をしていたなんて想像もしていなかった。いや、誰も想像なんてできるはずがない。幸は途中から話についていけず頭が混乱した……が。
(マリーちゃんは嘘なんてつかなそう……てゆうか、つけなさそう。)
幸でもなんとなく雰囲気でわかる……毬慰は良くも悪くも感情がわかりやすい子だ。嬉しい事があれば表情や声が明るく極端に変化し、逆に嫌な事があれば同じように暗い表情や声になる。削除者という職業や今までやってきた任務について話す様子はとても生き生きとしていて、おっかない内容のはずなのに、聞いていてなんだかこちらまで楽しく感じてしまう。
多分、毬慰は嘘をつくのが苦手だ。挨拶や世間話をする時も、人見知りと口下手を発揮してモジモジしてしまう彼女が、心から思ってもいない事をここまでハキハキと話すのは難しいだろう。幸は数分かけて頭の中が整理できてきたのか、漸く毬慰が天使であり削除者なのだと信じ、そして理解した。
「幸ぃ~」
少し離れた所から、自分達と同じくらいの女子の声が聞こえてきた。こんな人ごみの中何故その子の声だけが聞き取れたのか、それはその子が幸の名前を呼んだからだ。幸は立ち上がり、声のした方向へ体を向け手を振った。
「"福ちゃん"!!」
「あら、その子は?」
どうやら幸の友人らしい。福と呼ばれた女子がこちらへ来ると、毬慰の姿を見て首を傾げた。しかし福は自分で聞いておきながらすぐにハッとし、目を丸くさせ「その前に私から名乗らなくちゃねぇ」と言った。
「私の名前は福、幸の同級生で友達よぉ」
幸と同級生のわりには、年齢より少し大人びた雰囲気だった。全てを包み込むような夜空を連想させる落ち着く黒い瞳、おっとりとしたタレ目で包容力のある微笑みを向けられた毬慰は、ついドキリとしてしまい顔を横に向けてしまう。懐かしいような、きっと心の底にしまっている母親の微笑みを連想させてしまったのかもしれない。両親の顔等あまり覚えていないはずなのに……。
福の水着は紫色をメインにデザインされたホルターネック・ビキニ、ブラとパンツは#本紫__ほんむらさき__#色、巻きスカートは#紫紺__しこん__#色。黒く腰辺りまで長い髪は、横の髪を両方残しつつ後ろはお団子ヘアーに一つで編んでおり、そこには髪飾りにフェイクフルーツの葡萄まで付けている。
毬慰は、名乗られたからには自分も自己紹介をしなくてはならないと思い、慌てて背筋よく立ち上がり前を向く。
「マリーは……マリー!!」
咄嗟の事で本名をすっ飛ばして、一人称が自分の名前のせいで二回も同じ名前を言ってしまった毬慰は、おかしい事に気づき"やってしまった"とピシリと固まった。幸と福はポカーンとしたが、数秒後ぷふっと二人は吹き出し笑った。
「わ、わらわないでよ~ッ!!」
「幸! この子……面白い!!」
赤面した毬慰は恥ずかしさのあまり両腕をぶんぶん振りながらぷりぷりと怒り、福が笑い過ぎて涙を浮かべてしまったが、すぐに左手の人差し指で涙をすくった後に、握手を求め右手を差し出してくる。どうやら毬慰を気に入ったようだ。一瞬戸惑った毬慰だったが、ここで拒むのも二人に失礼かとも思い恐る恐る手を差し出し握手した。
(なんだか、暖かい人……。)
第一印象と握った時の手の感覚、あの人見知りな毬慰が珍しく警戒心を持たない程に暖かかった。何となく、幸が福を友人として選んだ理由がわかった気がした……しかし、一つだけ違和感もある。
(こんなにも暖かいのに、福はなんだか──)
──花夜は近くの海の家で呑気に宇治金時を食べていた。自分が何処で待機しているかは毬慰のスマホにメッセージを送ってある。
毬慰から預かっている相には隠輪がはめられているので人間には見えないため、堂々とテーブルの上に置かれている。相には意思があり、内心"なんで野郎と海の家になんざ居なきゃいけないのだろうか"なんて考えていた。そんな事を相が考えていると、毬慰が漸くこちらへ戻ってきた、だが、何故かその様子はトボトボとしていた。
「どうしよう、花夜……。」
毬慰は花夜の方へトボトボと歩み寄ると、その小さな頭をコテンと花夜の右肩に落とす。花夜は勿論……普段毬慰を適当にあしらう相も流石に内心心配になる。毬慰は酷く落ち込んだ様子で、次にこんな相談をしだした。
「マリー、"水着"持ってない。」
「水着?」
涼しさを必死に求め黙々と宇治金時を食べていた花夜の手がピタリと止まる。驚いたのは花夜だけではないようで、彼より長く共に過ごしてきた相の方が驚いていた。
此処へ来た時は遊びたいどころか寧ろ帰りたそうにしていた毬慰が、水着を欲しがっている。不思議に思った二人だったが、すぐに察する。
「マリちゃん、幸ちゃんと遊びたいの?」
花夜の言葉に毬慰は背中に埋めていた顔をガバッと勢いよく上げコクコクと頷くが、すぐにシュン……と暗くなり俯いてしまう。
「でも、マリー……今、任務中だから……その、」
遊びに来た訳ではない。任務をサボって友人と過ごすなんていけない事だとわかりつつも、あの後二人と別れる時に、明日三人で遊ばないかと幸からお誘いがあったのだ。一応任務中という事もあり、一緒に来ている花夜に許可を貰ってからでもいいかと聞いたところ、もし許可が下りれば明日、丁度この海の家に午前十一時に集合だという事になった。
幸達は二日間此処に滞在するので三人で遊ぶ時間はたっぷりあるらしいが、流石に無理だよなと期待はあまりしていない毬慰。しかし、花夜の口からは意外な言葉が出る。
「マリちゃん、君に今から任務を与える!」
いきなりの大きな声に、思わず毬慰は反射的にピーンと背筋よくその場に立ち、「はい!」と返事する。花夜は膝に畳んで置いてあったコートのポケットから長財布を取り出し、ファスナーを開けると中から右手の人差し指と中指で何千円か摘み、ピッと取り出した。
「これで好きな水着を買って、明日友達と遊びに行くんだ。」
「……っ! ……ぁ、いゃ、でも……。」
毬慰の表情が徐々に明るくなっていくが、根は真面目なので申し訳なさは取れずにいる。花夜はくすりと笑った後に、隣のパイプ椅子に座るよう指示する。毬慰は隣に行き、椅子を引くとちょこんと座って花夜の顔を窺った。花夜は柔らかく笑みを浮かべたまま、お札をテーブルの上に置く。
「君は確かに仕事として此処へ来ているが、その前に君は子供だ。」
”子供”という言葉に一瞬モヤッとする毬慰だが、花夜は話しを続ける。
「けどねマリちゃん、子供にも立派な仕事があるんだ。」
「仕事……?」
「”遊ぶ事”だ。」
遊ぶ事が仕事なんて想像がつかず、両腕を組んで首を傾げて考え込んでしまう。いくら考えてもわからず、何だか誤魔化されている気がしてきて納得がいかない。そんな疑いを晴らすよう花夜は人差し指を立て、こんな事を言った。
「遊ぶ事は決して悪い事だらけじゃないんだ。一人遊びでも複数人でも、一つ一つが自分の経験になる。そして色んなものが見えてくる。」
「何が、見えてくるの?」
「んー……そうだね。複数人での遊びなら、周りの人々の感情や行動を観察できる。一人遊びでは、自分のしている事に対する感情や行動を観察できる。」
それはとても意味があり、削除・没収係にも役立つ事だ。例えば、複数人と関わると色んな人の判断や行動がよくわかる。どんな会話をすれば人は喜び、怒り、悲しむのか……。何をすれば人は笑い、驚き、焦るのか……。一人遊びでも同じ、自分がどんな物を見てどう感じるのか、自分が何をすればどう判断し行動するのか……。
経験すればその分自分の身になり、相手がもし自分だったらと想像ができる。任務では様々な自殺者と遭遇するが、考える脳があまりないとはいえ、自殺者も元は人間であり感情もあるので仕事にも多少役立つのだ。それは削除者という職業だけではなく、他の職業にも役立つだろう。
花夜は説明し終えると、テーブルに置いたお札に右手を置いてスス……と毬慰の前に移動させる。
「……要するに、これは勉強なんだよ。」
「お勉強……。」
毬慰は花夜の手が離れ目の前に置かれたお札を暫く見つめ、そしてニマァと嬉しそうに笑みを浮かべた後に、お札にスッと手を伸ばし両手で掴んだ。花夜に顔を向けると、「花夜! 私、そのお勉強ってやつをしてくる……ょっ! ありがとうっ!」と元気よくお礼を言った後に、早速椅子から立ち上がり相をがっしり掴むとその場を走り去った。
「お釣りは明日のお小遣いにしてねっ!」
花夜が座ったまま慌てて後ろを振り向き大きな声でそう言うと、遠くから毬慰が「わかったー!」と返事が返ってきた。花夜は一息ついた後、まだ残っている宇治金時に目を戻すと……。
「ぁ……溶けちゃった。」
器には氷が解け切って抹茶シロップの色が薄く水に混じり、小倉餡と二個の白玉がコロンと残っているだけだった。
海の近くにショッピングモールがあり、そこで水着を購入する事にした。水着コーナーには沢山の可愛らしいデザインの物が並んでおり、暫く毬慰は一人で悩みに悩んでいた。その内自分では決められないと判断し、最終手段を取る事にした。
女子トイレに行き隠輪をはめた毬慰は、そのまま男子トイレに行き相を放置。一人でまた女子トイレに戻ると隠輪を外した毬慰はトイレを出ると、そこには男子トイレから出てきた気怠そうな男性が待っていた。
赤と黄色のメッシュが入った黒髪ショート、赤色のツリ目は右だけ出しており、左目は包帯で隠されている。白のTシャツにジーパン、株式会社"チャオ☆っとまたあした!"(※略して"チャオ☆また")のキャラクター"ねこかもくん"のデザインのサンダルを履いていた。"ねこかもくん"のデザインは、見た目は何故か左耳と左足しかない奇妙な見た目の猫だ。
彼は"相"……、普段彼女が持ち歩いている武器──両刃の斧・槌の人型姿だ。一定時間化けれるが、結構なエネルギーを使うため元の姿に戻った後は深く眠ってしまう。そのため、普段は人型姿にはならないので、周りの削除者達からは未だに認知されていない。会話も彼女にだけしかテレパシーを送ろうとしないのは、単にエネルギーをあまり消費したくないからだ。
今回は毬慰がテレパシーを使い、水着を選んでくれとのお願いだったので渋々こうして現れてくれたのだ。
「……ったく、かったりぃなマジで……。」
眉間に皺を寄せつつ、表情に出していないだけで、いざ選ぶとなったら本気で探すのが相という男だ。毬慰のために~というよりかは、口では面倒くさいと言いつつも、何かする際は何事も妥協はなんやかんやしないのだ。毬慰の私服は大体相がじっくりと選んでいる。冗談でふざけたデザインを購入する事もあるが、毬慰の可愛さを引き立たせる物ばかりを基本チョイスする。
相は顎に左手を添えながら、ズラリと並んでいる水着の前へ行く。じろりと一着ずつ眺めながら顔一つ変えず、毬慰に質問する。
「……おめぇはどんなのが着たいんだ。」
「……ぇっと、動きやすくて……ちょっとスカートっぽいやつかなっ!」
動きやすいとなると、スポーティな物が良いだろう。ならタンキニ水着、上部はキャミソール形状ではなくどちらかというとタンクトップ形状が毬慰らしい……見た目的にはスクール水着をビキニにしたような物がいい。後はスカートっぽいとの事だが、動きやすさを重視するとなると、あまりヒラヒラとし過ぎても良くはない。
彼女の見た目は小柄で可愛らしく、髪と目の色も柔らかく明るい胡桃色。確か彼女はドイツと日本のハーフ系天使だったはず、そのため顔立ちも若干日本系天使には見えない。となると、人形が着るような見た目の水着を選んでもいいのかもしれない。
元々人形のように整っている顔立ちだ。あえて可愛過ぎる水着を選ばず、ちょっとしたスパイスとしてかっこいいデザインをチョイスしてもいいかもしれない。人形が着るような……お嬢様風味ではなく、例えばそう──"兵隊"とかどうだろうか。
セーラー服のような水着があるくらいだ。探せばそれっぽい物が出てくるかもしれない……大体頭の中で絞り込めた相は、何着か手に取り試着はさせず毬慰の服の上から水着を体に合わせる。何回かそうしている内に、ついに決まったのか相は満足げに笑みをうかべ、毬慰に差し出す。
「おらよ。」
相が選んだ水着はタンキニ水着。上部は赤色のタンクトップ形状、白い縦線の模様と紐が胸元にあり、下の辺りには小さな赤いベルトもある。パンツは上部の赤とは違い青色がメインで、太い白の縦線が入っている。太腿の付け根部分には白いプリーツスカートも短くあった。
珍しくも、チーズがデザインのサンダルも発見。紐が灰色なので何だかネズミっぽいイメージで可愛いので、ついでにチョイスした。
どうやら毬慰は大満足なようで、明るい表情で手に持った水着を自分の体に合わせながら近くのミラーに行き、色んなポーズを取ったりする。嬉しさのあまりにんまりしながらクルリと回ったりもする。ご満悦な毬慰に相は「おら、外暗ぇからとっととホテル帰るぞ」と、やれやれとした様子で声をかけた。
そして相は内心、勝ち誇った笑みを浮かべ、こんな事を考えていた。"保護者"として、小さなマウントを取る。
(ぉらよ花咲か爺、ぉめぇはまだ、マリーをここまで満足させられねぇだろ。)
──その頃、花夜が一人ホテルでブルリと寒さを感じたが、きっと宇治金時で冷えたのだろうと思っていた。




