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削除者 - Deleter -  作者: 雪野鈴竜
*Episode2~ 浸食の歯車 ~*
12/25

第7話、廃病院【前編】

挿絵(By みてみん)

挿絵:雪野鈴竜・背景:あやえも研究所


 “フラワーランク”……。削除者にはランクという花の標章が与えられ、SS~Eランクまである。ランクによって制服の背中に花の刺繍があり、種類が異なる。但し、一番低いEには花は与えられないので背中に刺繍は無く、削除者達は“花無し”と呼んでいる。Eより上のランクの者を呼ぶ時は花で呼んでいる。

 鶴野恩(つるのめぐみ)織鶴(おつる)は採用されてから二年が経つ、削除者の大体は一年で花無しから卒業しDのサフィニアになる者が多い。そこから次のランクに上がるか上がらないかは本人の力次第。織鶴は少し周りに比べて上達が遅いのか、最近漸くサフィニアになったばかりだった。

 上達も遅いが、全体的になんというか……抜けている天使だった。

「ぴゃあっ!!」

 早朝から()頓狂(とんきょう)な声を上げ、織鶴はベッドから飛び起き目覚まし時計を両手で掴み取り、目を丸くさせ宝石のアメジストと同じ色の瞳で時間を見ていた。時刻は六時四十五分……、今日は七時から幹部のエルネストに呼ばれているのだ。

 “削除・没収係”は暴走した自殺者達を相手するため常に死と隣り合わせの仕事だ。ランクの低い削除者にはベテランの削除者がペアで任務に行く事も多く、今日はサフィニアである彼女はエルネストから紹介される先輩に挨拶しに行くのだ。

 織鶴は「どうしようどうしよう」と声をぼろぼろ漏らしながらも手と足を動かす。慌てて「顔顔顔」と言いながら洗面所へ行き洗顔、急いで化粧水等で顔をケアした後に、次に「歯磨き歯磨き」と言いながら歯ブラシと歯磨き粉を棚から取り出し磨き始めた。

「ぅわっとっと!!」

 最後に「服服服」と言いながら自室へ移動し制服に着替え始める。途中転けそうになりながらも、何とか通常のブラジャーをタンスから取り出した。ナイトブラを外した後に付けると、ここである事に気づいてしまった。

(きつい……私太った!?)

 ブラジャーを付けながら、前よりも胸周りが締め付けられる感覚にショックを受けた。そんな事を考えている場合ではない。悲しい気持ちになりながらもさっさと着替えが済むと織鶴は軽く化粧を終わらせる。

 織鶴の制服はコートの物で、下はコートと同じ灰色のタイトスカートに、左右で色が別になっている白と黒のタイツだ。最後にいつもと同じ髪型にセットしなくてはならない。慣れた手つきで長い黒髪に触れ前髪を真ん中に分け、頭の両サイドはまん丸のお団子に編み後ろの髪はおろす……長さは腰くらいまである。全ての支度が終わると、慌てて鞄を持ち冷蔵庫から空いている方の手で"ある物"を手に取る。

 玄関へ行き赤のパンプスを履きドアを勢いよく開け、すぐに鍵をかけた後に女子寮の階段を駆け下りる。寮の門まで飛び出しながら、片手である物を持ちながら声に出した。

「わぁ! いっけなァ~い遅刻遅刻っ!」

 ちなみに、そのある物とは彼女の大好物の鮭のムニエル入りコッペパンだった。器用に食べ進めながら織鶴は削除署へ向かい中に入っていく……この後横から誰が来るかも知らずに。


挿絵(By みてみん)

挿絵:雪野鈴竜


 同時刻に、不貞腐れた顔で髪を弄りながら一人の少女らしき削除者が、削除署内の廊下を歩いていた。その制服の後ろにはサンシュユ(※B)が描かれている。制服はファスナーが付いたノースリーブジャケット、下は黒のインナーでここまでは既定通りだが、スパッツではなく膝丈のゴスロリ風スカートだった(色は黒)。ブーツは短く両サイドに小さな黒いリボンが付いている。

 指で弄る髪は水でも触っているかのようにサラリとしており長さは太腿辺りまでのストレート、色は銀に輝く月と同じ。くりっとした目の形に、瞳の色はまるで宝石のアメジスト。一言で言うと"美少女"だった。そんな美少女が、何やら不機嫌……折角の可愛らしい顔が台無し、眉間に皺を寄せ唇を尖らせていた。

「呼び出しめんどーい。今日は新作のスイーツの発売日なのにぃ……」

 どうやら少女は、朝から馴染みの店の新作スイーツを食べに行く予定であったらしい。しかしエルネストから急に執務室に来るよう連絡が入り、内容を聞くにも来てから伝えるとしか言わないため泣く泣く来る羽目になったのだ。

「お仕事ちゃーんとやってるしぃー、何も悪いことしてないよねー?」

 指折り最近の任務を数えつつ、前を見ずに歩いて本日何度目かの溜め息をついた時だった──ふとこちらに近づいてくる足音に顔を上げると、廊下の丁字路の横から女性が飛び出してくるのが見えた。

「えっ?」

「うっ?」

 二人は削除署内という事もあり、敵等いない場所なので油断し避けきれず見事に衝突……女性の柔らかな体にぶつかる感触だった。少女は少し驚きはしたが、圧倒的に相手の女性よりも小さいにも関わらず、よろけながらも後ろに下がるようにバランスを保ちながら転ばずに済んだ。一方で横から出てきた女性はバランスを保てず尻もちをついてしまったと同時に大きな胸が揺れた。

……ぶつかってきたのは織鶴だった。織鶴は強く尻をぶつけてしまったため「ぁたたたた」と声を漏らし痛みに右手で腰に触れる。すぐにぶつかってしまった相手に謝ろうと、慌てて立ち上がろうとして転びそうになった。

「す、みませぅわっ」

「おっと! 大丈夫ー?」

 慌てて立ち上がろうとして転びかけた相手を少女が支えると、安心させるように笑みを浮かべる。

「ぶつかったのが僕で良かったねー。他の子達はちょーっと短気な子とかもいるから、気をつけるんだよー?」

 少女は注意を促し、織鶴が汚れていないか確認しながらポンポンと制服を払ってあげる。相手に気を遣わせてしまった事に申し訳なく思い冷や汗をかき、目を丸くさせ落ち着きなく両手をぶんぶんと振る。

「あ、りがとうございます……そんな、ァ、あ、すみません!! ほんっとーに!!」

 少々パニック気味になりながらも目をぎゅっと固く閉じ、両手の拳を強く握り締め体を震わせながら、兎に角感謝と謝罪を繰り返し必死で頭をペコペコと下げる。それに対し少女は織鶴を落ち着かせようと「大丈夫だよー、落ち着いて?」と励まし、深呼吸するように言いながら可愛い子だなぁなんて微笑ましく思った。

「はい、吸ってー吐いてー」

 この時、少女の中で優先順位を幹部であるエルネストから織鶴へ変更した。織鶴は少女の指示通り、深呼吸を始める。息を吐ききった状態で鼻からゆっくりと息を吸い込み、腹部を膨らませ背筋を伸ばしたまま口から息を吐いていく、これを数回繰り返す。

 漸く落ち着いてきた頃、織鶴は自分の胸に左手を当て少女に挨拶する。

「初めまして! 私は削除・没収係サフィニア削除者、鶴野恩織鶴……です! お怪我はありませんか?」

 数日前まで花無しだったため、自分のフラワーランクを言うのが内心嬉しく自然と笑みを浮かべてしまう。一つ上のランクに上がっただけとはいえ、それでも織鶴にとっては誇らしい事なのだ。少女は相手が名乗ってくれたのに対し、フラワーランクは特に言わなかったが、一応礼儀として同じように胸に左手を当て相手を見上げ自分も名乗る。

「鶴ちゃんだねー! 僕はシルイート・ファーブラだよー。よろしくね! 怪我はしてないから大丈夫大丈夫ー。」

 シルイートと名乗った少女は、織鶴の初々しい様子に懐かしさを感じながらニコニコと笑顔になる。見た目は織鶴より若く見えるが、雰囲気は桜馬や花夜のように重みがある。ふと、シルイートは織鶴の口元にパンくずが付いているのを発見。

「あ、口の横……」

 シルイートは制服の左側の尻ポケットからハンカチを出すと、そっと織鶴の口元を拭いてあげる。ちなみに食べていた鮭のムニエル入りコッペパンは、走っている間にさっさと完食していたのでどこにも落ちてはいなかった。

 ついピタリと大人しく拭かれていたが、何が起きたのかじわじわと把握する。織鶴は自分が子供みたいな失態をおかした事に気づき、羞恥心で顔を林檎のような色に染めた。しかしこの後のシルイートの言葉に我に返り、慌てる事になる。

「急いでたけど、時間大丈夫ー?」

 口元が綺麗になったのを確認し手を引っ込めたシルイートがそう聞くと、織鶴はすぐに自分の腕時計を確認する──七時はとっくに過ぎており、血の気が引く。

「いろいろスミマセン!! わたし、ぃい、いそぃで……しつれいしますっっ!!」

 彼女の様子からして、幹部にでも呼ばれているのだろうと察する。もし彼女の幹部がエルネストなら、今日自分が呼び出しを食らったのは彼女に関係する事なのかもしれない……なんて思いながらも急ぐつもりはなかった。


──その頃執務室では、エルネストが報告書を読んでいた。近くの黄緑色のソファーでは、黒髪おかっぱの十代後半くらいの容姿をした女性が、仰向けに寝っ転がりながら大好物の素甘(すあま)を食べている。

 彼女の名は"罪悪刀(ざいあくとう)"……、エルネストは彼女を"イア"と呼んでいる。これでも彼の刀で、今は人型の姿に化けている状態だ。罪悪刀は折角の綺麗な藍色の着物が乱れる事も気にせず、ソファーの上でだらけている。光のない大きな黒色のタレ目は、素甘を食べながら退屈そうに天井を眺めていた。

 エルネストは腕時計を見る。時間通りに彼等が来ないのは予想していたので、分針(ふんしん)が十の数字を指したのを確認しても特に何も思わなかった。織鶴は真面目だが度々ドジをやらかすし、シルイートは誰に対しても気分屋なところがある。エルネストはどちらが先に執務室に来るのか予想してみる……。

(……鶴野恩さんかな。)

 だがこの後、その予想はすぐに外れる。

「え~るちゃあ~ん、おは羊羹~。」

「君かよ」

「ぇ、来て早々何この扱い。」

 ノックもせずいきなりドアを開けて入ってきたのは、浄化係係長の桜馬だった。左手をぷらぷらと力なく振りニコニコと笑みを浮かべて歩いてくると、エルネストの言葉に軽く傷つけられ真顔になる(勿論本気で傷ついていない)。エルネストは咳払いを一度すると「すまない。つい」と謝罪するが、桜馬はヘラッと笑い「いや本気にしないでよ~」と言う。

 桜馬は何やら右手に2Lのペットボトルをぶら下げている。ペットボトルの中身は……黒、武器から摘出した怨念だと思われるが、本来なら少し濁っている茶色の水になるはずだ。さらに茶色の水は時間が経てば透明な水になるのだが、この水は墨のように黒い。桜馬は真顔でデスクにドンッとペットボトルを置き、「これ、サラちゃんとこ持ってって。」と言った。

 サラという人物は一応浄化兼削除・没収係のフラワーランクオーニソガラム(※A)の削除者、削除者としての能力はあるものの、体力が元々あまりないせいか能力を発揮するための体力が追い付かず、怨念摘出作業も任せられず、削除・没収係としても長時間かかりそうな任務は受けられない女性だった。

 しかし、頭の回転の速さや洞察力の高さは評価され、実際様々な成果も出している。その結果、現在は削除者達の任務に役立つアイテム製作の考案や、自殺者達の研究を任されている一人になっている。普段は研究室や製作部屋に居る事が多く、甘野老の間や月桂樹の間に居る事が少ない。

「すあまぁ~」

 罪悪刀が近くで素甘を食べている中、二人の会話は続く。

「"噂の"自殺者から出たやつ、やっぱいつまでたっても水にならない。」

「す」

「何日経った?」

「あ」

「十日ピッタリィ~」

「ま」

「会話に自然と入り込むなイア」

 何気に会話に混ざって"素甘"と言ってくる罪悪刀にピシャリと注意するエルネストに吹いてしまう桜馬だが、すぐに話を続ける。

「これ異常だよ……普通じゃない。」

 桜馬は目を閉じ、やれやれと深い溜め息を一つつく。エルネストは「うん。サラに調べてもらうよ。」と考え込みながら言った。

 用事は済んだ。桜馬は自分の仕事場へ戻……らない? 桜馬はニヤリと笑みを浮かべ、「フッフッフッフッ」と声を出し、エルネストは嫌な予感がした。そして予感が的中──桜馬は悪ふざけを発動、ニコニコ笑みでエルネストにガバッと抱き付こうとした。エルネストは咄嗟に桜馬の顔を両手でガシッ受け止め、ググッと引き剥がそうとする。

「オーマ君もう用は済んだでしょ早く浄化係に戻って!」

「ぇ~? 最近一緒に飲みに行ってくれないしぃ~僕さーびし! 少しはかまってよぅ~」

「行くから! その内行くから!」

「嘘だ!! そーやってどーせ?! 今カノ(※罪悪刀)とまた仲良く素甘デートする気だ!!」

「だああ君は俺のなんなんだァー!! 彼女じゃないし武器だし!!」

 唇を数字の3にして文句を垂れている桜馬にエルネストはツッコミを入れまくる。罪悪刀は罪悪刀で彼女じゃないと否定された事に腹を立て、ムキャーッと立ち上がり地団駄。そんなくだらない事をしている内にドアをノックされる。エルネストは、「どーぞ! 是非入ってきてくださいカモォン!!」と半分キャラを崩壊させつつ返事をする。

 恐る恐る入ってきたのは織鶴、織鶴は挨拶をした後に頭を下げ遅れた事を謝罪した。エルネストはベリッと桜馬を引き剥がすと、織鶴に「怒ってないからこちらへおいで。」と安心させるように言いながらふわりと微笑む。それを見た桜馬が「ぅわぁ~、なんかヘンタイくさい」と罪悪刀の耳元でコソコソと話し、罪悪刀も「嫌ですね」と桜馬の耳元に口を近づけコソコソと話す。

「君達いい加減にしないと怒るよ」

 怖いくらいの笑顔で二人に顔を向けるエルネスト、ニッコリスト。

 織鶴はというと、声を聞き桜馬の存在に気づく。桜馬の顔を見て表情を変えず数秒間固まった後に、また目をまん丸くさせ「え!?」と驚いた声を出した。そして桜馬も気づく……、"確かこの子前浄化係に来た時の……"と漸く思い出すと、スンッと無表情になった。

(ヤッッッッッッベ)

(もしかして、私の相方さんは……お、桜馬さん?!)

 勘違いが生まれた瞬間である。


 散歩でもしているようなスピードでエルネストの執務室へと向うシルイート、織鶴に遅れて部屋の前へと着きノックをしようと手をかけるが、中から織鶴の驚いた声が聞こえてきて手を止める。いつもの癖でつい中の気配を探るとエルネストとその刀、それから織鶴の他に自分の好きではない天使が一人いるのに気づけば嫌そうな顔で、"……うわ、めんどうな予感ー"と内心思った。

 ここで突っ立ってても仕方がない。シルイートはドアを開けず部屋の外から声をかける。

「エルさーんエルくーんエルちゃーんエルネスト様ーご用命によりー参上しましたーねぇーねぇー修羅場ってるなら僕後でこよーかー?」

 シルイートは息継ぎせずそう言い切れば中の反応を待つ。素甘(訂正:罪悪刀)は怒っているし織鶴の桜馬への反応はおかしいし、桜馬は冷や汗かいて黙っているしでどこからどう落ち着かせていいのか困っていたエルネストは、大きな声でシルイートに心から助けてくれと言っているかのようにこう言った。

「鶴野恩さん! 任務に共に行く相手をいーまーかーら紹介するねぇシルイート君入ってぇ!」

 両手をデスクへ勢いよく叩きながら立ち上がり、近くにあった素甘を袋から出し遠くへ投げると罪悪刀がその場をジャンプし上手くキャッチ、桜馬には“か・え・れ”とでも言うように目で訴えた。桜馬は織鶴が苦手なのか、"助かった!!"と明るい表情になり「うん、うん! 帰る! バーイ」と言い残し、手を振りながらすぐにドアへ行く。

 ドアを開けシルイートには軽く歩きながら手を合わせ“後よろしく”と言いたげな顔とウインクをして去って行った。シルイートは桜馬の事があまり好きではないので、横を通り過ぎる際に手を合わせ何か視線を送ってこられたが、一度も目を合わせることなく中へと入っていった。

 シルイートはやはり帰れないかとやる気なさげに「はぁーい」と返事をしながらエルネストの元へ行く。織鶴はというと、エルネストの口からシルイートの名前が出てきて驚きで固まっていた。さらにこの後、衝撃の事実を知る。

「“彼”が君とペアで行く天使だよ。どうやら既に顔見知りのようだね。」

「はい、ぇ、あ、……彼!?」

 そう……なんとこの可愛らしい少女に見える天使は"男性"だったのだ。織鶴は目を丸くしながらエルネストとシルイートを交互に見ている。シルイートはこの反応にはもう慣れていたので苦笑いを浮かべるが、織鶴は彼に対し体当たり、口も拭いてもらう、さらに性別まで間違えるという無礼三連コンボをやらかしてしまい血の気が引く。

 ペコペコと何度も頭を下げる織鶴に、シルイートは特に気にもせず「よろしくね~鶴ちゃん」と笑顔を浮かべ落ち着かせるように背中を撫でてやる。その後エルネストに視線を向け、何故自分を選んだのか問う。

 他にも優秀な削除者は沢山いる。その中から何故気分屋な自分を選んだのか……シルイートは自分が不真面目な部類に入ると自覚もしていたのでわからなかった。エルネストは少し間を置いた後に目を閉じ、オフィスチェアに座りデスクに両肘をついて両手の指を絡めると小さく溜め息をついて「君に一番任せられると判断したんだ。」と答える。

 どういう事だろうとシルイートが考えていると、エルネストはちょいちょいっと手招きする。シルイートは言われた通りに目の前に行くと、「耳を貸して」と言われ耳を貸す。

「鶴野恩さん、周りの削除者からよく思われていないんだ。」

 織鶴は周りの削除者達に比べ仕事の成長が遅い。物覚えはいいのだが、おっちょこちょいな部分があるのでミスも多く、周りを苛立たせてしまう時があった。優秀な削除者と同行させても、彼女に対しどうしても苛立ってしまいエルネストにその事で愚痴る者まで出てきた。

 彼女の事を任せられそうな面倒見のいいアロンザはファウストを、花夜は毬慰を、桜馬は怨念摘出作業で甘野老間を留守する訳にはいかなかった。……それともう一つ問題があった。

「……それと鶴野恩さん、"セクハラ"を受けやすいんだ。」

「まぁ、魅力的な子だもんねぇー。」

 シルイートはそこらの男性削除者のような下心はない。織鶴を見る……たわわに実った二つの双丘は下品な男の目を引くことだろう。シルイートは納得する。彼女に対し下心も湧かず、苛立たないで余裕を持って仕事を教えられそうな人物となると確かに限られるのだ。

 先輩として、仕事で困っている後輩を見捨てる事はあまりしたくはないし、シルイートはこの時たまたま気分が乗った。エルネストから離れると、二人で何を話しているのかわからず首を傾げている織鶴の方へ行った。

「改めまして、君の相方に選ばれたシルイート・ファーブラ。すごく、すごーく、めんどくさいけど、サンシュユだよー。よろしくね?」

 シルイートは織鶴を安心させるようにまた笑みを浮かべ、挨拶の意味を込めて手を差し出しながら見上げる。織鶴は慌てて手を取る……動いた拍子に日本天使らしい一本一本の黒い髪が肩にかかっていたのがパラリと前へ落ちる。

「まだまだ未熟者ですが……よろしくお願い致します!!」

 フラワーランクで相手を判断し態度を変えるような性格ではないし、寧ろ誰に対しても礼儀正しい女性なのだが、サンシュユと聞けば自分より上の立場……緊張もする。それを察したシルイートは、「そんなに気張らないでーたのしーく、たのしーくいこー!」と緩く言ってあげるのだった。



 相方も決まったところで早速任務が入り、エルネストからは場所の詳細はメッセージアプリで送ると言われている。

 さて、ここでシルイートはある事を考える……。未だにぎこちない織鶴の緊張を解すために、今から馴染みの店に新作スイーツを食べに行こうと思っているのだ。まぁ20パーセントは織鶴のため、残りの80パーセントは自分の気分のためなのだが、織鶴は任務前にカフェなどに行って問題はないのか悩んでいた。

 ペガサスの馬車を呼ばず、そのまま店へ向かおうとする足を織鶴は止めてしまう。シルイートは後ろで足音が止んだのに気づき振り返りどうしたのか聞く。

「任務を先にしなくて大丈夫……なんでしょうか。」

 苗字で大体の天使達は察するが、実は彼女は“日本昔話家”と呼ばれる内の“鶴の家”。その名の通り、有名な日本昔話の内の“鶴の恩返し”と思われる家だ。織鶴の実家は昔から修行もそうだが規則にも厳しかった。そのため仕事を優先しない事に疑問に思っているのだ。眉をハの字にさせ不安そうな表情でシルイートを見ている。

 シルイートはそんな織鶴の両手を自分の両手で包み込み、目を細めて笑う。織鶴は不思議な気持ちになる……先程まで胸の奥がそわそわと落ち着きなかったのに、シルイートの微笑みを見ているとじわりと胸の奥が温かくなっていき、いつの間にか落ち着きなかった心が穏やかな森林の中にいるような感覚になる。冷えた体を、ぽかぽかとシルイートという名の太陽が温めていく。

「かたっくるしくしても疲れちゃうからねー。仕事前にー甘いものー! そして! 仕事終わりに甘いものー! だよー!」

 ニコッと笑顔を浮かべ、シルイートはそんな事を言う。"甘い物食べてばかりじゃないですか"と言いたくなったが、なんだか不思議な天使だと思い織鶴は笑ってしまった。シルイートは内心"やっと笑ってくれた"と嬉しく感じたが、口には出さず織鶴の手を片手で掴み引っ張って歩き出した。

……その後、スイーツも楽しみ二人は店を出る。ここでシルイートは漸くスマートフォンを取り出し、エルネストからのメッセージを確認する。今は充分に補充したので問題ないが、糖分が足りてないとどうも仕事をする気になれない。

 任務内容──場所は廃病院で自殺者のランクはC。飛び降り自殺した元女性患者の怨念没収が一件だった。エルネストの性格が出ているのか、用件だけ書いておけばいいのに"二人とも、気を付けるんだよ。"とまでメッセージが書いており、彼の優しさが滲み出ていた。


 ペガサスの馬車を使い一時間後、任務先の廃病院から少し離れた公園前で馬車は止まり二人は降りる。雪が降る程ではないが、十二月という事もあり外は寒かった。

 織鶴の制服はコートなのでまだマシだが、シルイートの服装はファスナータイプの物で肩も出ている。寒くないか心配した織鶴は、コートを貸そうと声をかけボタンを外し始めるが、シルイートがその手をそっと止める。

「寒いのはなんとかなるよーこれ以上着ちゃうと動きがねー。」

 今のスタイルだからこそ動きを阻害しないようになっているが、これでコートを着てしまうと本調子で動けないために「ごめんねー、ありがと!!」と礼を述べる。

 そこで織鶴はコートのボタンを付け直しながら考える……彼の武器が何なのかだ。小柄で細身の彼が使う武器なんて想像がつかなかった。ちなみに織鶴は(えびら)を腰に掛けているので、彼女の武器は弓だろう。弓は彼女の天使能力で自由に出す事ができるので、今は手元に無い。

──時間はまだ午前十時、肌寒い中歩いていると例の廃病院が見えてくる。そこで織鶴は何かの違和感に気づく。

(なんだろう? 通常の自殺者とは別に……何かの気配が感じられる。)

 確か任務内容はCランクの自殺者一体のはず……。しかし通常の自殺者でも、無関係の霊や地獄に行くべき罪人霊のものでもなく、それらの魂とは違った気配が廃病院から一瞬感じられた。シルイートもそれにすぐ気づいていたらしく、いや、織鶴以上に状況を理解できてしまい、嫌そうな顔を隠さず眉間に皺を寄せ舌をべッと出す。

「うぇー……エルくん、報告ミスー……いや、違うなぁ……予想外のじたいかなぁー?」

 隣を歩いていたシルイートは立ち止まると、織鶴の左手を掴んで止まらせる。なんだろうと振り返った織鶴に、シルイートは真顔で指示を出す。

「ちょーっと警戒強めてねー? それと、僕の後ろから前に出ちゃ駄目だよー」

 先輩が警戒しているという事は、自分が思っている以上に危険な相手なのかもしれないと察した織鶴は、眉をキュッとさせ「はい」と返事をする。シルイートは織鶴の返事を聞いた後、彼女を庇うように前に出てスカートを揺らす。するとガシャンと地面に何か落ちる音と共に、デューティーフラワーの半分が刻まれている形が少し特殊な刀身の長い剣が姿を現す。それを拾えば逆手に持つ。

 落ちた物を見れば織鶴は驚く、可愛らしい見た目とのギャップというやつか……かっこいいと思い少しときめいてしまった。

……あれから気配は一切無くなった。気にはなるが今は任務に集中するべきだろう。廃病院に着くと二人は正面入口の方へ向かう。

 正面入口は何度か入られたのか、ドアが開いていて簡単に入れるらしい。水辺に比べて少ないが、こういった場所……特に病院なんかには浮遊霊やらが多少住み着いているのだが、恐ろしいくらいに今はガラリとしている。暴走した自殺者は無関係の霊達を喰うので、殆ど逃げたか喰われてしまっている証拠だ。

 織鶴は張り切っていた。ミスは度々やらかすが戦うための訓練は沢山してきた方だし、実家での修行も厳しく耐えてきた。自分の実力を見せる時だ。

「よぉし! お仕事頑張りましょう! えっと、まずはカカオの法則。自殺者の出現する“場所を確認”、“姿を確認”、“時間を覚える”……ですよね!?」

 シルイートの言う通り後ろからついてきながら織鶴は声をかける。目をキラキラさせながら、右手で指を一本一本出しながらカカオの法則を言う。それにシルイートは「そうそう、偉いねー。」と軽く笑いながら褒める。

「僕なんていつも適当だよ?」

 織鶴の初々しい姿に自分にこんな時があっただろうかと年寄り臭いことを考えるが、すぐに感心したように言う。先輩に褒められると素直に嬉しい織鶴の顔は少し……いや、かなり誇らしげだった。


 廃病院に入るとまずは受付、ここから少し離れた所に階段があるが、まずはここらのエリアをザッと歩いてみる事にした。暴走した自殺者は兎に角開放されたいので気配は出しっぱなしでわかりやすいのだが、病院内は広いので気配がどうしても薄れてしまうのだ。

 手分けして探した方が効率はいいのだが、どうも先程の妙な気配が気になる。念には念を、シルイートは先輩として後輩をなるべく命の危険に晒したくはないので共に行動をする事にした。

 検査室や院内薬局等を丁寧に見て回っていく、任務自体はまだ数回程度だが、廃墟というのは独特な雰囲気に包まれているなと織鶴は思う。今はあちこち床も壊れて穴が空いていたり、家具も倒れ壁にも落書きされているが、かつては大勢の人々が利用し出入りしていたのだ。

 先程の妙な気配は無いが、微かに通常の暴走者の気配はする。一階は一通り見て回ったのでそろそろ二階に行った方が良いだろう。

「次は二階ー、うえぇ……。」

 警戒は怠らないものの嫌な予感がずっと消えず、シルイートの脳内で警鐘が鳴り響く。撤退も考えるが、撤退できるかが不透明であるため進むしかない。

 二階からは自殺者の作り出した空間が強く、二人で魂玉を飲んでから行った方がいいかもしれない。織鶴はまだ任務経験が浅く、どこまで空間が強ければ魂玉を飲まなくてはいけないのかイマイチ分からない様子、飲むか飲まないか迷っているらしい。

 アロンザが前トンネルに入った時は、トンネル内がそれ程広くなかったのでその分自殺者の力がかなり濃く体に触れ、一歩進む度に魂が削られていた。病院は広いので力が分散され魂が削られにくいが、空間の力はそこそこ強いので飲んでおいた方が良いだろう。

「あの……魂玉の素持ってきましたが、必要……ですか?」

 先輩相手という緊張は大分解けてきたが、まだ抜け切っていない様子だった。眉を八の字にさせながら恐る恐る聞いてみる。

 粉の入った布袋をポケットから取り出す。魂玉を作るには粉に血を何滴か落とし錠剤のような物を作るので、紐にはカッターが結ばれていた。

「先に今飲んでおいたほうが良いかもねぇー……この先は本能的にやばーい気がするぅー」

 シルイートはそう答えると、さり気なく織鶴の持っていた袋を手に取り、カッターの刃をカチリと出して指先を躊躇なく慣れた手つきでスパッと切る。織鶴が慌てて止めようとした時には既に切られていたので、溢れ出た血を粉へと垂らしている様子を見ている事しかできなかった。

「すみません……。」

「どーしてあやまるの? せっかくきれいなんだからー、ね?」

 二人は魂玉を水無しで飲み込むと階段を上り始めた。カツンカツンと足音が鳴り響く中、ところどころヒビが入った階段はいつ崩れてもおかしくないんじゃないかと頼りなく見える。織鶴の目の前にはシルイートが階段を上っていて、容姿は可愛らしいがその背中は頼もしく見えた。

 最後の一段を上がり、織鶴は隣を見る──

「……あれ?」

 先程まで居たはずのシルイートの姿がなかった。それに、自分の今居る場所は廊下ではなくどこかの部屋のようだ。

 一気に心細くなるが、織鶴は単独行動になると逆に冷静になれるタイプだった。彼女の場合、誰かと共に居る時は相手に気を遣い過ぎてしまい集中できず失敗してしまう。一人で行動する事態になれば自分の頭でその場の状況を見て整理できるので、仕事が全くできない訳ではなく、寧ろ削除者として有能なのかもしれない。

 勿論エルネストは織鶴のその部分に気づいているだろうが、他者との助け合いも必要な時もある。彼女が次に身に付けなくてはならないのは単独行動ではないので、エルネストは今回シルイートを同行させたのだが……どうやらはぐれてしまったようだ。

 室内を見て回る。やたら広い所に居ると思いきや、どうやら織鶴の居る場所はリハビリテーション室のようだ。ここも不良等に荒らされてしまったのか、色んな道具がゴチャゴチャと散らばっており歩きづらい。

「わ、わっ! 転びそう……何とか出口まで行かないと──きゃっ」

 ボンッと何かが飛んできてお尻にぶつかる。なんだろうと思い振り返ると、いくつかのバランスボールが宙に浮いていた。織鶴にぶつかってきたのはこの中の一つらしいが、ここで一つおかしい事に気づく。

(自殺者には考える脳がない……はず、なのに……)

 ボールはこちらを窺うように地面を何度も跳ねたり、何個かのボールが浮いていたりする。もしこのボールを操っているのが自殺者だとしても、基本考える余裕のない自殺者がこのようにからかってくるだろうか。

 確かに廃病院の女将の件では、骸骨を無数に生み出し操っていたが、ここまで意思のある操り人形ではなかった。このボールは"意思"を持っている。

「装備」

 そう言うと織鶴の手に和弓が現れる。腰に掛けていた箙から矢を取り、ボールに向かって素早く放つ。ボールは矢が刺さると破裂してしまった。すぐにまた次のバランスボールが織鶴に目掛けて飛んできてはそれを避ける。

(切りがない……なら、)

 一本一本では埒が明かない。ここは“あれを使うしかない”と判断する。

──その頃シルイートは、織鶴と同じく別の場所に飛ばされていた。一瞬にして織鶴の気配が消え、周囲の雰囲気が変わった事に俯いたかと思えば「こーいうパターンかぁぁぁぁー!!」と叫んだ。いつものシルイートには珍しい行動だった。

「追加報酬絶っっ対にもらってやるー。鶴ちゃんとまず合流だ。」

 室内を見渡す……どうやらここは診察室のようだ。器具やカルテ等が乱雑に散らばっており、それだけなら廃病院らしいが、近くに診察室には似合わない不気味な西洋人形が数体転がっていた。意図的な現象に天井を見上げながら溜め息をつく、剣を持つ手はブラブラと揺らしていたかと思えば、ダンッと容赦のない音と共に転がっている人形の一つの眉間に持っていた剣が刺さる。

 投げた剣を抜こうと柄を手にすると、刺さった人形も周囲の人形もケタケタと笑い出した。


「あのコたち来たねぇ、ンララ」

「ヲルル、本当にケハイ出しちゃってよかったのカナ!」

 ヲルルと呼ばれたふわふわショートヘアの女性が、二つの気配が自分達の住処に入ってきたのを感じ取りニヤリと笑みを浮かべる。その髪は血でも流したかのような濃い赤色で染まっている。

 ンララと呼ばれたふわふわロングヘアの女性は、不安げな表情を浮かべ慌てた様子でヲルルに聞く。その髪は毒を連想させる濃い紫色で染まっている。

 二人はパッと見、ナースのような服装をしている。ヲルルは桃色のナース服に緑のタイツ、ナースキャップとナースシューズは服に合わせた桃色。ンララは水色のナース服に緑のタイツ、ナースキャップとナースシューズは服に合わせた水色だった。

「あわわ……! どうしようどうしようボスに怒られるかな?!」

「だいじょうぶだよォ~、ボスはそんなおこりんぼじゃナイ。寧ろォ、ボスのコイビトじゃねぇ? おこりんぼ。」

 パニックになっているンララとは真逆に、ヲルルは楽しそうにくすくすと笑うのだった。

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