番外編 - 1、賢い猿
随分前ファウストが桜馬を猿に例えたが、それはあながち間違いではなかった。
桜馬……本名"猿蟹合猿之王"は、日本昔話家の内"猿蟹の家"の次男である。猿蟹の家は長男または長女が蟹の役割を持ち、次男または次女が猿の役割を持つ。桜馬は二つの内"猿の役割"を持ったが、元は彼は長男であった。
──"日本昔話家"というのは、この天界全体を安全に保つ結界的存在であり、体内でいうところの血流だ。百年に一度天界では"張替え祭"と呼ばれる天界全体の自然・生命・食を百年間災害等から守るため結界を張り返る祭りが行われる。天界全体に自然災害が発生しないのは、日本昔話家の天使達が結界を張っているお陰なのだ。
桜馬は猿蟹の家で生まれた長男だったが、その座を弟に奪われる事になる……。
挿絵:雪野鈴竜
浄化係の殆どは怨念摘出作業をする者の補佐である。摘出作業自体が危険度が高いため、現在浄化係に居る者の中で摘出作業が許されているのは係長である桜馬と、次に浄化係歴の長い花夜のみだ。しかし、花夜は未成年削除者達の世話も任されているため、浄化係としての仕事より削除・没収係としての仕事の方が多かった。
そのため、摘出作業は桜馬が殆ど行っている。今日も彼方此方で怨念没収を終えた削除者達が甘野老の間を出入りするが、何度も注意しているのに武器をギリギリまで重くして持ってくる困り者がいると、大らかな桜馬も流石に相手の胸ぐらを掴みたくなるが怒りを抑える。
「あのねアロンザ……何度も言ってるけど、」
「助かった。また来る。」
怨念をギリギリまで溜め込む常習犯であるアロンザは、桜馬に小言を言われる前に返してもらった槍を受け取りさっさと甘野老の間を出て行った。「小言言われたくなきゃさっさと持ってこいや!!」と桜馬の怒鳴り声が部屋に響く、怒鳴ったせいで少々痛んだ喉に咳き込んだ後、オフィスチェアを引いてドサリと座りダランと天井を見上げる。
怨念摘出作業というのはかなり神経を消耗させる。アロンザのような者が持ってきた武器を浄化した後は毎度、寿命が一年縮んだ気持ちになる。一服したいところだが、花夜だけでなく桜馬も何故か子供に好かれているため、近寄ってくる子供達のためにも最近禁煙を始めた。
まだ二日しか経っていないのに吸う訳にはいかない……桜馬は眉間に皺を寄せながら目を閉じ、左手の甲で目蓋を押さえる。頭痛だけでなく、疲労感のせいか両目もずきずきと痛んだ。
「干乾びかけたミミズ化しているところ悪いんですが、浄化お願いできるかしら」
軽いノックをした後返事も待たずに入ってきて早々、桜馬に辛辣な発言をした女性は、ズカズカと入ってきては近くのオフィスチェアを引きドサリと座った。女性の声に桜馬はハッとし、両手をオフィスデスクにドンッと置き、飛び跳ねるように立ち上がった。
「テネちゃんッ!!」
「be quiet(※静かにして)!! フライパンでも落としたかのような声を響かせないで」
嬉しそうな表情を浮かべキラキラとした雰囲気で女性を見る桜馬とは真逆に、女性は騒ぐ桜馬に苛立ち両腕を組み、更に辛辣に発言した後睨み上げる。
彼女はテネシティ……、削除・没収係フラワーランク"アリウム・コワニ―(※S)"のベテラン削除者の一人である。桜馬の方が先輩だが、彼の明るく軽い振る舞いや、日頃の行いのせいでテネシティからの扱いは割と雑である。テネシティは深い溜め息を一つつき、怠そうに左足を少し上げてゆっくりと上下に揺らす。
「今回は少し溜めちゃったの、ごめんなさい。」
「しっかりした君が珍しいね」
桜馬はドアの方へ向かい、近くに置いてあるスリッパラックからスリッパを取り出すと、テネシティのところへ行き彼女の履いていた黒いピンヒールをそっと脱がし、スリッパを履かせた。
彼女の武器は普通のピンヒールだが、使い方次第では強力な武器にもなる。彼女自身が武器とも言えるくらい様々な足技を身に付けているため、武器はこれ一つで充分なのだ。蹴られた者は三途の川を一度は見る程で、脚力をコントロールし時には相手の体を貫通する事も可能なため彼女を怒らせない方がいい。表面には出ていないが、足の筋肉も凄く力を入れると硬くなる。
テネシティはアロンザと違い、武器がピンヒールなのもそうだがあまり怨念を溜め込まないようにしている。いくら脚力が良くても、足に負担をかけてはいつでも素早く足技を出すのに難しいからだ。素早く、尚且つ力強く……それが彼女の心得ている事だ。
その彼女が……ピンヒールが重くなっているにも関わらず放置していた。彼女が悩んでいる時は大体ファウストに関しての事だった。
ファウストはテネシティの"元婚約者"である。婚約破棄の理由は、ファウストへの愛する気持ちが強過ぎたせいでテネシティがストーカー行為をし始めたからだった。その件について反省はしているが、自分勝手だが彼女なりの愛情表現故、後悔はしていなかった。
現在も彼の事を諦めておらず、振り向いてもらおうと彼女なりに話しかけたり差し入れしたりとアピールはしているが、ファウストからはしつこいと言われ逆効果。テネシティはここへ来ると、怨念摘出ついでによく桜馬にその事で愚痴を漏らしている。
桜馬はそれに対し相槌を打つだけ、そういう時の女性はただ話を聞いてほしいので変に指摘しない方がいい。本当に意見を求めている時は意見を求める発言をする。しかし気を付けなければならないのは、口では意見を求めているように言ってもただ話を聞いてほしいパターンの女性もいる。この場合は逆切れする可能性もあるので注意。
テネシティの場合は、本当に意見を求めている時は意見を求める発言をするタイプなので助かる。桜馬はテネシティと話すのは苦にならない。愚痴を吐くだけなら話を聞いてほしい時、意見を求める発言等はアドバイスがほしい時、シンプルでわかりやすい。
今の彼女は何も話さなかった。という事は、落ち込んではいるが何も話したくないし触れてもほしくない。けれど励まされたい気持ちもある……というところか、なら──
「テネちゃん、期間限定の柿プリンがあるんだけどさ」
桜馬はピンヒールを左手で持って立ち上がるとそう言う。"プリン"と聞いた瞬間、テネシティが勢いよく顔を上げる。
「浄化し終わったら手合わせしない? 勝ったら君にあげるよ」
彼女の好物はワンカップのスイーツ、特に好きな物はプリン。もしセフレの誰かが拗ねた時のご機嫌取りのために買っておいたものだが、扱いが雑とはいえなんだかんだ同じ職場の天使同士彼女とは仲が良い。友人としてここは彼女に使ってしまおうと決めた。
先程まで少し元気がなかったテネシティだったが、プリンを賭けて勝負と聞くとニッと笑みを浮かべ「後悔しますよ」と言った後に立ち上がる。
余計な言葉はいらない。悩み過ぎて疲れている頭に糖分を入れるなんて最高ではないか、それに暗い気持ちを一時的に忘れさせるため汗水流し体を動かそうなんて……。
(……貴方のそういうところ、嫌いではないです。)
口には出してやらない。テネシティは意地悪そうな表情でくすりと笑った後「さっさと行きましょう」と言うと先に清掃場へ向かってしまった。テネシティが立ち上がった時思ったより顔が近かったので驚き目をぱちくりさせ固まっていた桜馬だったが、さっさと行ってしまったテネシティに我に返った桜馬は、自分も小走りで清掃場へ向かった。
(ホント、綺麗なお嬢さんだこと)
ときめいた訳ではなかったが、あまりにも綺麗すぎる西洋人形を見つけ見惚れていた……そんな気分だった。
「私でもわかります。貴方手を抜いてたでしょう」
「なんの事だか」
浄化も終わり、その後清掃場で二人は軽い手合わせをした。結果は見ての通り、甘野老間に戻りテネシティが期間限定の柿プリンを頂いている。桜馬は頬杖をつきながらパソコンを弄り知らん振り。
勝ち負けに拘りはないし、先輩としてのプライドもない。相手や周りが気分よくなれればそれでいいので、桜馬はいつでも他人になんでも譲れた。彼は相手と互角に競い合い、程よいところで譲る。悟られないようにさり気なくしているつもりだが、どうもテネシティには見破られてしまう。
本来なら手を抜かれた事に対し腹が立つテネシティだが、桜馬との手合わせはとても清々しい気持ちになれた。ただ手を抜かれただけでは馬鹿にされた気持ちにもなるだろう。しかし桜馬の場合、心がモヤモヤしているテネシティを思い切り動かさせ、渾身の一撃を避けもせず手や腕で一撃ずつ受け止める。テネシティは足技が多いので、時に桜馬は彼女の前蹴りに対し同じく前蹴りで受け止めた。
彼はテネシティをいつでも組み伏せる事もできたがそれをしなかった。何故なら、彼はあくまで彼女のストレスを発散させるために手合わせをしたからだ。全力で受け止める事によって、結果──思い切り力を込め体を動かしたので、テネシティの曇っていた心は晴れた。
(悔しいけれど……運動後のスイーツは脳に染み渡ります。)
カップの半分まで減ったプリン。プラスチックのスプーンでもう一口食べると、旬である柿の甘味がまた口の中に広がった。
「係長~、ご実家からお電話です。」
浄化係の一人が電話を取ると桜馬にそう伝える。"実家から"と聞き桜馬は面倒くさそうに一気に両肩の力が抜け、力なく右手で頭を掻くと立ち上がる。浄化係の一人のところへ行き電話を受け取ると、猿之王として電話の相手と話し始める。
「待たせたね」
『仕事お疲れ様、セルジオだ。』
──内容は今年行われる"張替え祭"についてだった。この祭りは百年に一度行われる天界全体の結界を張る大切な日、今年でそろそろ結界を張ってから百年目になるらしい。日本昔話家の継承者達は結界を張る時の"舞い"を披露するため、実家に戻っては練習しなくてはならない。
日本昔話家とは、その名の通り日本昔話を連想させる技を扱う二十以上もある家である。それぞれの家は自然を司る"自然の話"、生命を司る"動物の話"、食を司る"食の話"の三つに分けられており、この三つは"三大結界"と呼ばれている。結界を張る時の舞いでは、この順番に一つずつ家の継承者達が現れ披露する。
電話の相手は猿蟹の家に使える護衛であり、"蘇生者"の一人セルジオだった。日本昔話家の継承者達は次の継承者が決まるまで死なれては困るため、それぞれの家に必ず蘇生者という者が一人雇われる。普段は護衛として働いているが、もし事故死等で継承者に死なれた場合、蘇生者が継承者に蘇生術をかけ生き返らせるのだ。
セルジオは桜馬がいつ実家へ来るか確認するため連絡をしてきたらしい。"そういえば決めてなかったな"と呑気に考える桜馬。
(あまり帰りたくないな……)
桜馬は目を閉じ、深く溜め息を一つつく。実は、実家に帰りたくない理由が彼にはあった──
***
日本昔話家に生まれた継承者は十歳までは一般天使と同じ扱いを受け、十歳になった年はご馳走と贈り物が与えられる。桜馬は日本昔話家の内猿蟹の家の長男、猿蟹の家では長男または長女には"蟹の役目"が与えられ、次男または次女には"猿の役目"が与えられ、その名にはそれぞれ動物の漢字が入れられた。
桜馬は長男なので当然蟹の役目を与えられる。その名には"蟹"の漢字が入れられ、本名はこの時猿蟹合蟹之王だった。
「見事だ、蟹之王。」
勿論、十歳になるまで何もせず過ごしている訳ではない。役目を何れ与えられる継承者達は、自分が与えられるであろう役目の技を扱えるように日々修行する。猿蟹の技は"蟹技"、"猿技"と呼ぶ。
桜馬は……物心がつく前から割と何をやらせても器用で、十歳になる頃には蟹技は完璧に習得していた。桜馬が産まれたと同時に雇われたセルジオという白髪の男性は、いつも桜馬の傍で見守りつつ時には手合わせにも付き合った。
今は屋敷の庭で特訓中、蟹技は全部で三個。庭の中央に丸木を置き、それに向かって技を一つずつ放っていた。一つ放つ度に丸木は破壊されるので、近くには数えきれない程の破壊された丸木が地面に散らばっていた。
「次、通しで技を放て」
セルジオも容赦ない。始めてから一時間が経過……二日後には十歳になる桜馬に対し休みなく特訓させている。桜馬は顔の汗を右手の平で拭い払うと、左手で構えていた三本の大きな針の内一本を使い、右腕を軽く切る。ぷっくらと滲み出てくる血の様子は、石榴の実を連想させた。桜馬は傷口に齧り付き自らの血を吸ったが、石榴の様に甘酸っぱくはなかった。
桜馬の右腕にはいくつもの傷跡があるが、やりたくてやっている訳ではない。蟹技の一つ"栗の話"は、自らの血を飲むと体温が上昇し、相手に跳びかかり触れると火傷させる。コントロール次第で相手を燃やす事もできるのだから恐ろしい。自らの血を飲むと体温が上昇するのは、猿蟹合家の血を受け継ぐ天使にしかできない。
体温が上昇していく中、桜馬は狙いを定める。丸木に飛びかかり右手で打つと穴が空き、丸木は一秒もかからず燃えてしまった。セルジオはすぐに新たな丸木を地面に置く。
続けて"蜂の話"、桜馬は丸木を燃やした後そのまま舞うようにくるりと後ろを振り返り、地面に右手を付き#屈__かが__#む。息を潜め狙いを定めると跳びかかり、左手で構えていた三本の大きな針で丸木を貫く。位置的に人体でいうところの心臓辺りを確実に刺していた。桜馬が丸木から針を引き抜き後ろへ跳んで下がると、セルジオはまたすぐに新たな丸木を地面に置いた。
最後に"臼の話"、後ろに下がったら蜂の話の時と同じく地面に右手を付き屈む。神経を集中させ丸木に飛びかかると、人体でいうところの足首位置に向かい、蟹の魂を自らの足に込めて蹴って丸木を転ばせる。蟹の魂は猿蟹合家の血を受け継ぐ天使の身体にしか宿っていないので、他の天使には扱えない。
蟹の魂が込められた足で転ばされた相手は必ず地面に頭が打ち付けられ、プリンでも地面に落としたように飛び散った無残な姿になる。丸木は地面に打ち付けられ、頭の位置である上半分が砕けた。
「休憩にしよう。」
セルジオがそう言うと桜馬は一気に力が抜け、深く息を吸い込むと地面に尻もちをついた。セルジオは「水を持ってくる」と言った後屋敷内へ入って行ってしまう。休める時は休んだ方がいい、桜馬はポテッと大の字に寝っ転がる。雨の日なら修行が休みなのに、視界に広がる曇り一つない綺麗な水色で塗られた空が憎らしい。
遠くから足音が近づいてくる。特訓中も気づいていたが特に気にはしなかった。何故なら相手は……血の繋がった家族なのだから。
「あにうえは、じつにすばらしいおかたですね。かみはふびょうどうだ」
「うらやむなら……しゅぎょうを、おこたらなければいい……」
桜馬の元へ来て見下ろしてくるのは、黒髪長髪に桜馬と顔が瓜二つの子供だった。この子供は三つ下の家族──"猿蟹合猿之王"だった。猿之王はいつも器用な桜馬を眺めては、物覚えも悪く要領も悪い自分と比べ劣等感に苛まれていた。
休憩に入ったばかりでまだ息切れしている桜馬だが、他人を羨むだけで努力しようとしない猿之王に対して苛立つのでそう指摘したが、猿之王は癇に触ったのか声を荒げた。
「いっしょにしないでください!! あにうえが、あにうえがいるからわたしは、みじめなんだ……ッ」
(またはじまったよ)
猿之王は喉を傷めるのも構わず喚き散らし、地団駄を踏んでいた。この時桜馬は呆れて何も言えなかったという。
(まぁ、いつものことだけど)
猿之王がずっと喚き散らしている中、桜馬は目を閉じてセルジオが戻って来るまで身体を休ませた。
周りの天使達は猿之王が兄に比べ出来が悪いのをわかっていた。蟹技を全て習得した桜馬とは違い、猿之王は猿技を全然習得できておらず、そんな猿之王に対し周りは厳しく教育するどころかいっそ哀れに思い優しく……いや、甘やかしていた。
兄に比べ恵まれていない猿之王には悲しい思いをさせたくはないし、辛い思いもさせたくはない。そういった周りからの同情のせいか、一番苦労して力を付けてきた桜馬には頑張った分の見合った褒美は与えられてこなかった。寧ろその逆、何もしない猿之王には次々といろんな物が与えられる。猿之王が欲しいと言えば何でも手に入った。服も、菓子も、遊び道具も……。
しかし、桜馬は別になんとも思わなかった。新しい服も欲しくはなかったし、糖分も必要だと感じた時にしか取らないし、玩具で遊ぶよりやるべき修行に専念した方が時間も有意義に感じた。何かが欲しい訳でもないので、猿之王に対し妬む事もなかったが……逆に妬まれるのが嫌だった。
(どうしたらましらは、しあわせになれるんだろう。)
桜馬はただただ悩んでいた。猿之王が幸せになれば、猿之王も心配している周りの大人達も幸せになって、自分自身も安心して平和に過ごせるのだから……。
今日はついに桜馬の十歳記念日である。昔は個人の誕生した日を祝う習慣はなく"数え年"で年齢を数えられていたので誕生日はなかったが、日本昔話家の天使達は十歳になった年内(正月の後)の自分が誕生した日に、"役目渡し"という記念日が付けられ、十歳になったその年にだけ祝われたという。
桜馬は珍しく欲しい物ができた。外で誰かが揚げていた凧を見かけ、自分もやりたいと思ったのだ。一度きりしかない役目渡しの日くらいは良いよねと思った桜馬は、両親に強請ってから今日まで内心わくわくしていた。
豪勢な食事も終えた後、両親から凧が渡される。「ありがとうございます……!!」と輝いた目で両親に感謝を伝える。きっと、生まれて初めて心から喜んだ瞬間だったのだ。
……しかし、「それ、」と声が聞こえた途端桜馬の表情が固まる。表情だけでなく、その場の空気も氷った気がした。
「わたしも、ほしいです。」
声のする方へ顔を向ければ、猿之王が不満そうに桜馬を見て指を差していた。桜馬は今度は両親の方を見上げた。
「可哀想だから、あげなさい。」
両親は気の毒そうに猿之王を見た後、申し訳なさそうに桜馬を見ると母親がそう言った。
(また、はじまったよ……)
平気だった。慣れていた。自分が譲れば皆が平和になれるのだから、それが一番の解決策なのだから……。
その後、猿之王は桜馬から"蟹之王"の座も欲しがった。周りは勿論同情して桜馬に蟹の役目と猿の役目を交換するように言った。蟹の役目は昔から長男か長女に与えられるものなので、桜馬は蟹之王の座も、兄としての座も奪われたのだった。
けれど、本当は桜馬は気づいていた。猿之王……否、現在は蟹之王を、何故周りが同情だけであそこまで甘やかしてしまうのかだ。普通は自分の猿技さえまともに扱えない者に、桜馬から兄の座や大切な蟹の役目を奪わせる行為を見逃すはずがない。だが、蟹之王は猿技の中で唯一得意な技があった。
──"さるかに合戦"。昔々あるところに、握り飯を蟹が持ち歩いていると、狡賢い猿がその様子を見かけて「拾った柿の種と交換しようよ」と声をかけた。蟹は嫌がったが、猿はさらに「おにぎりは食べちゃったらそれっきりだけど、柿の種は植えれば成長するし、柿が沢山なってお腹いっぱい食べれるよ。」と言葉巧みに話した。
『あにうえはいいなぁ、なんでもできて。わたしなんか……あぁ、なにもいいことがない。かなしいからあれがほしいなぁ』
蟹は握り飯と柿の種を交換すると、種が成長して柿が沢山なったのだ。猿は木に登れない蟹の代わりに自分が採ると言い出したが、木に登ったまま自分ばかりが柿の実を食べ進めてしまう。
『あにうえ、わたしもそれがほしいです。』
蟹が柿を催促すると、猿はなんとまだ熟していない青く硬い柿の実を蟹に投げつけてしまった。蟹はそのショックで死んでしまいました。
『わたし、"蟹之王"になりたいです……。』
蟹之王の得意な猿技は、"猿の話"。蟹之王が脳内で願いながら話すと、相手は願い通りに操られる。しかし警戒心が強い相手等には効かない。
***
「電話、終わったようですね。」
「あれ、まだ居てくれてたんだ。」
実家に帰る日にちも決めて通話が終わり戻って来ると、とっくにプリンを食べ終えたテネシティが椅子に座っていた。何やら不満そうにこちらを見ている……自分は何かをしてしまったのだろうかと桜馬が困惑していると、テネシティは勢いよく立ち上がり、桜馬を指差した。
「前から言おうと思っていたんですが、貴方、欲が無さ過ぎです。気に食わないッ」
桜馬はキョトンとする。一体どのタイミングでそういう話になったのかさっぱりで目をぱちぱちと瞬きさせる……が、この後のテネシティの発言で納得する。
「花夜さんから先程聞きました!!」
どうやら、先程まで花夜が少しの間甘野老間に戻って来ていたらしく、数少ない桜馬の昔話を知る花夜から話を聞いたらしい。桜馬は内心"あのやろう、覚えていろよ"と一瞬イラッとしたが、苛立っても聞かれてしまったものは仕方ない。真剣な表情で見上げてくるテネシティを見て溜め息を一つつき、怠そうに右手で頭を掻きながら答える。
「周りはそれを望むし、弟に対して皆は同情があるみたいだから別にいいんだ。」
「それって本心ですか?」
桜馬はつい「ふぁ?」と気の抜けた声が口から声として出た。本心……深く考えた事もなかった。テネシティは折角の綺麗な西洋人形顔にも関わらず、思いっきり眉間に皺を寄せて両腕を組んだ。
「貴方の気持ちが見えてきません。初めから全てを諦めて、ただ逃げているだけでは? 私、そういう殿方が一番好きではありません。自分の物、欲しい物はどんな手段であろうと譲りたくはないし、奪ってみせます!!」
……これはまた、大声ではないが凄いマシンガントークだった。流石のお喋り桜馬も目を丸くして固まってしまっていた。テネシティは言いたい事は全て言い切ったのか、「以上!!」と言った後にピンヒールをカツカツと音を鳴らしながら甘野老間から出て行ってしまった。
暫く固まっていた桜馬だったが、急に笑いが込み上げてきて腹を両手で押さえ笑い出す。
「テネちゃん、おっもしろいなァ~! 好きになっちゃったかも!」
それは本心だった。自分のためでなく、桜馬のために自分の事のように苛立って叱ってくる相手は初めてだったのだ。いつも周りの天使達は自分の事ばかりで桜馬を頼ってきた。それに対し、彼はいつも譲ってばかりで全てを諦めていた。それに気づかせてくれたのは──
("自分の物、欲しい物はどんな手段であろうと譲りたくはないし、奪ってみせます。"……かァ)
桜馬は笑い疲れ、右手で開けっ放しで痛かった口を押える。ふと、テネシティの言葉を思い出した後に"じゃあ、君を何が何でも手に入れてみようかな?"と考えてみたのだった。




