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みずたまり。


「水たまりに入ったらいかんよ」


 Aくんは子供の頃からそう言われて育ちました。


 雨が降った日、お砂場遊びのダムづくり。


 溜まった水の中に足や手を突っ込みたくても、絶対にお母さんは許してくれませんでした。


 でもお風呂やプールには好きなだけ入らせてもらえたので、Aくんは我慢しました。


 その日は雨が降っていました。


 教室のすぐ外の下駄箱の前で、Aくんはお母さんのお迎えを待っていました。


 ほかのみんなは長靴を履いて来ていたので、傘をさして水たまりにばしゃばしゃ入りながらお母さんを待っています。


 長靴の意味もなさないほど長靴の中も制服も泥水でドロドロでしたが、こんな日ばかりは仕方ありません。先生たちも苦笑いしながら見守るしかありませんでした。


 ひとりの男の子がAくんを誘いましたが、Aくんは悲しそうに首を横に振りました。


「だっておかあさんがだめだっていうし……」


 男の子はAくんが履いている運動靴をまじまじと見ました。そして自分の長靴を脱ぐと、Aくんに差し出しました。


「はいていいよ」


 Aくんはびっくりしましたが、たちまち笑顔になりました。


「ありがとう!」


 そして借りた長靴を履きました。初めて履く長靴は、しっかり足を覆ってとても心強く、でもカポカポと変な感触で、なんだかとっても楽しい気分になりました。


 Aくんは傘をさしたまま、ゆっくりゆっくり転ばないように、カポカポ水たまりに近づきました。


 ぐちゅぐちゅに濡れた土の上に長靴を履いたAくんの足跡が残ります。


 水たまりの中は、これよりもっとぐちゅぐちゅなのでしょうか。


 両足を揃えてぴょんと飛び込もうか。それともゆっくり足を下ろそうか。Aくんはドキドキしながら水たまりに近づきます。


 水たまりの縁に立つと、傘を差したAくんの顔がうつります。ドキドキ、ワクワク、にこにこした顔です。


 Aくんはゆっくり足を入れることに決めました。


 そして、ゆっくり右足を上げて、ゆっくり水の中に下ろすと。




 Aくんは消えました。




 Aくんの傘がコロコロと転がりました。


 傘の向こうにいたはずのAくんの姿はすっかり消えていました。


 水たまりの縁には左足の長靴だけが残されていました。


 

 長靴を貸した男の子はびっくりしていました。


 お母さんを待ちながら遊んでいた子供たちは、誰もAくんのことに気づいていませんでした。



 やがてお母さんたちがお迎えにやって来ました。ひとりふたりとお母さんと手を繋いで帰って行きます。


 長靴を貸した男の子のお母さんも迎えに来ました。


 お母さんに手を引かれようとして、男の子は小さい声で言いました。


「あ、ながぐつ……」


 お母さんが見ると、男の子は上履きのままでした。


「長靴は?」


 男の子は水たまりの縁に残された左足だけの長靴を指さしました。


 先生はそれと、一緒に落ちていた傘を拾って男の子の方へ来ました。


「お天気占いしてたのかな?明日は晴れだね」


 笑いながら男の子に渡すと、先生は左の長靴を探し始めました。


「どこかな~。どこに飛ばしちゃったか覚えてる?」


 そして他の先生に傘を渡しました。


「先生。この傘、誰かの忘れ物です」


「雨降ってるのに傘忘れる!?」


 笑いながらもその先生は傘を受け取りました。


 男の子は不安になってお母さんに言いました。


「ぼく、Aくんにながぐつかしてあげたんだ……。そしたらAくんが」


「Aくん?」


 お母さんは首を傾げました。


「転入生?」


 男の子は、お母さんがAくんのことを覚えてないんだと思って、先生のところに走って行きました。


「せんせい!ながぐつはAくんといっしょに……」


「Aくん?」


 走って来た男の子を抱きとめながら、先生は首を傾げました。


「えっと、何組さんの子かな?」




 Aくんも右の長靴も、見つかりませんでした。




 男の子は水たまりがトラウマになったそうです。


 大人になった今でも、雨の日はあんまり外出したくないし、水たまりは綺麗に避けるんだそうです。


「母親にもさんざん怒られましたしね、水たまりに入るなよって」


 もういい大人になった彼は苦笑しながら話してくれました。


「今度はおまえが連れて行かれるよって」



 今でもたまに水たまりを覗いてしまうと、そこにいるんだそうですよ。


 悲しそうな顔で、こっちを見上げてくるAくんが。



              おしまい

   


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