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〜私の恋は妖精の魔法と少しのドジで始まりました〜  作者: 石田あやね
第1章【少女、妖精と出会う】
6/10

6話 理人と恭太

「葉月ちゃん、そろそろ上がっていいよ」

 午後7時、閉店作業もひと段落し、知名津が「お疲れ様」と紙袋を差し出し言った。中身は売れ残ったパンが入っていて、たまに葉月に分けてくれるのだ。

「いつもありがとうございます」

「お兄さんと一緒に食べてね」

「はい」

 葉月は帰り支度をし、店を出るとまたもアモールが突然姿を現した。

「葉月さんは働き者ですね」

 周りを一度見渡し、理人がまだ来ていないことを確認すると勢いよくアモールを手で掴んだ。

「ど、どうしたんですか!?」

「今からでも恭太くんにかけた魔法を無効にしてくれませんか。どう考えても恭太くんと私が恋愛関係になるとは到底思えないです!! 確かに見た目はすこーし王子様感はあるかもですけど、私はもっと頼り甲斐があって大人な人が好みなんです」

「ああー、そうだったの? そうか……そうなんだ」

 ショックを受けたのか肩を落とし、しょんぼりするアモールを見て慌てて掴んでいた手を解く。

「ごめんなさい、責めてるわけじゃないの。ただ恭太くんは私の理想とは違うかなーって思うんです」

「外見は悪くないんですよね?」

 俯いていたアモールがパッと顔を上げる。

「そ、そうね……外見は派手ではあるけど悪くはないと思うよ」

「なら、中身の問題ってことなんですね?」

「んー、まあ、そうなるのかな?」

「それなら直ぐに問題解決だよ! ボクに任せて!」

 またも弓矢を出したアモールに、葉月はギョッと目を見開いた。

「ちょ、アモール待って!」

 静止の声を上げるも、勢いに乗ったアモールを止めることは出来なかった。2本の矢を弓矢に(つが)え、またも呪文を叫び出す。

ペルクッスス(愛の矢に) サジッタ(打たれし)カリターティス(者よ)コルポラ(身体よ) コンムテントゥル(入れ替われ)!」

 言い終えると同時に、2本の矢は空へと飛んでいった。二手に分かれた矢はゆっくりと別々の方向へ落ちていく。

「あれ? 葉月、バイト終わったんだ」

「恭太くんっ!?」

 どこかで道草を食っていたのか再び目の前に現れた恭太の頭上に本日2回目の矢が突き刺さった。

「嘘でしょ」

 呆然とする葉月に別の声が掛かる。

「葉月!」

 振り返ると、迎えに来た理人が目に入った。

「お、お兄ちゃん」

「え? 葉月に兄貴いたんだ」

 恭太を見るなり、理人は眉を顰めた。

「葉月、そいつは誰だ?」

「えっと」

 恭太について説明しなくてはと慌てる葉月の目に、もう一本の矢が映り込む。

「え……」

 予想外な光景に身動きが取れず、その矢が理人の頭に突き刺さるまでの様子を見届けてしまった。一気に血の気が引いていく。

「チェ〜〜ンジっ」とアモールが杖をクルクルさせると、恭太と理人の身体がキラキラと光を帯び、2人は目を開けたまま意識を失くしたような状態になった。ただ、それは一瞬の出来事で、直ぐに我に返ったのかお互い瞬きをし始める。

「大丈夫? あの、私のこと分かる?」

 先に理人へ駆け寄り、声を掛けた。

「当たり前だろ、何言ってるんだよ葉月」

 まともな返答に葉月は安堵する。だが、まだ問題はあった。恭太のことをしっかり説明しなくてはいけない。

「お兄ちゃん、あの人は同じクラスの恭太くんって言って……たまたま今日、パン屋に来てくれたんだ」

「何言ってんの、葉月」

「え?」

 笑顔を絶やさない理人を葉月は不思議に思い見遣る。

「俺が恭太だろ? お前の兄貴はあっちで……」

 そっと指を上げる理人の手が途中で止まり、笑顔だった顔は驚きの表情へと一変した。葉月は恐る恐る恭太が立つ方向へと視線を移す。その視線の先には、困惑した顔で理人を凝視する恭太がいた。

「あの……恭太、くん?」

 葉月が声を掛けるも、恭太の目が動くことはない。

「え、なんで? なんで俺がいんの? 俺は恭太で……あれ?」

 パン屋のガラス窓に映る自分に気が付き、理人の顔色がみるみるうちに曇っていった。

「何言ってるの? お兄ちゃん、変な冗談はよしてよ」

「葉月さん、どうですか? うまくいきましたか?」

 頭が真っ白状態の葉月とは裏腹に、アモールは笑顔に満ち溢れている。

「後で話があります。今は話し掛けないでもらえますか?」

 怒りのまま叫びたいのを押し殺し、冷静な口調でアモールに告げた。何かを察したのか、アモールはパッと姿を消す。

「お兄ちゃん、恭太くん……あの、これは」

「葉月……この場に止まってても仕方がないから、一度家へ帰ろう」

 どう言い訳するか困っていた葉月に、恭太が落ち着いた面持ちで口を開いた。

「あと……恭太って言ったか? 俺の姿をしたまま家には帰れないだろうから、君も来なさい」

 納得いかなそうに眉を吊り上げるところは理人らしい。顔は恭太だが、仕草は理人そのものだ。本当に入れ替わってしまったのだと実感し、葉月は頭を抱える。


 恭太を先頭に自宅へと歩く道中は重い空気が漂っていた。駅から徒歩15分歩いたところに、葉月と理人の住むマンションがある。いつもよりも長い道のりを歩いてきたような疲労感に襲われながら、葉月は我が家の玄関に足を踏み入れた。

「えっと……どうぞ、入って」

 恭太が普通に家の中へ入っていき、理人が玄関に立ったままオドオドしている。なんともおかしな光景を見ていると思いつつ、葉月は理人に来客用のスリッパを差し出した。

「なんかごめんな……変なことになっちまって」

 ちっとも悪くないのに、理人が済まなそうに頭を下げる。

「いやいや……お兄、じゃなくて……恭太くんは何も悪くないから謝らなくていいよ」

「けどさ」

「おい、さっさと中へ入ってこいよ」

 理人が何かを言い掛けたが、恭太の声がリビングから届く。

「分かった。恭太くん、ひとまず中に入って」

「なら……お邪魔します」

「なんか意外」

 スリッパを履き、脱いだ靴を揃えた恭太の姿に葉月は思ったことをつい口走ってしまった。

「え?」

「あ、ごめんなさい……なんでもないの」

 慌てて誤魔化そうとするも、葉月の声はしっかり聞き取られてしまっていたようで、理人はおかしそうに笑い出した。その笑顔はやはり理人らしくない。

「いやいや、いいよ。俺ってこんな見た目だからさ……意外に親が厳しいから、外見の割にはマナーはしっかりしてると思う」

「偏見でした。反省します」

「学校とか全然サボるから、そう見られても仕方がないよ。じゃ、兄貴に怒られないうちに上らせてもらうな」

 理人と共にリビングへ行くと、恭太がテーブルに料理を準備していた。なんとも奇妙な光景だ。

「ほら、2人とも席に着きなさい。ご飯がまだだったからお腹が空いているだろう……話し合いは食べた後にしよう」

 料理を見た途端、理人のお腹が盛大に鳴った。

「おい! 俺の姿で下品な音を立てるな!」

「そんな、生理現象なんですから仕方がないじゃないですか!」

 重かった空気が一気に和む。

「てか、これって全部お兄さんの手作りなんですか!? すげー美味しそうじゃん!!」

「俺の顔でその言葉遣いはやめないか」

「俺、お兄さんの喋り方知らないから分かんないですって」

「お前にお兄さんとも呼ばれたくない!」

「ええー、注文多いですね」

 緊張で強張っていた肩から徐々に力が抜け、いつの間にか葉月の口から笑い声が漏れた。その姿を見て、恭太が安堵したように微笑んだ。

「お腹を満たせば冷静になる。ご飯ぐらいは楽しく食べよう」

「賛成です!!」

 いつも兄妹二人の静かな食卓が一人増えたことでやけに賑やかになった。

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