23話 柚子とアモール
「おまたせ」
まだ寝静まっている時間。葉月は物音を立てないように暖かなココアを用意し、柚子の座る側に置く。
「葉月、ありがとう」
待ってましたと柚子は即座にカップを持つと、ふうふうっと息を吹きかけながらココアに口に運ぶ。
「アモールにもココア淹れたからね」
理人がたまに日本酒を飲む時に使う陶器のお猪口をアモールの目の前に置いた。
「葉月さん、ひどいですよ。柚子さんがボクの存在に気が付いていたのなら、先にそう仰ってくれれば良かったでしょー」
「ごめんごめん。何だか言いづらくて……柚子が起きてからでもいいかなって思ちゃって」
ぷうっと頬を膨らませながら、葉月の持ってきてくれたココアを飲むアモールの姿を柚子は興味津々の表情で見つめる。その視線に気がついたアモールは少し気まずそうに口を開いた。
「えーっと……君はボクが本当に見えるんですか?」
「うん、ハッキリ見えてるよ。てか、君じゃなくて柚子って呼んでよ」
「あの、見えてしまっているので仕方がありませんが……ボクの存在は他言無用でお願いします」
「言わないって! 秘密厳守、任せてよ!」
明るく言う柚子の返事にアモールは複雑そうな様子だ。
「まあ、今のところボクに何の変化もなさそうですので……とりあえずはセーフですね。しかし、これまで本当に契約者以外の人間に姿を見られる経験がなかったので、驚きすぎてどう対応いたらいいのか困ったものです。言っておきたいのですが、ボクはあくまで葉月さんの願いを叶える手助けをするためだけに今存在してるに過ぎません……なので、姿が見えるからと言って柚子さんのお願いは聞くことが出来ないことだけは理解してくれると助かります」
どうやら、アモールの心配は契約者以外の人間から何かしらの要求をされるのを恐れてのことだったようだ。確かに妖精が存在し、魔法が使えるなんてことを聞けば悪用する人間も出てくるだろう。しかし、柚子はそんなアモールの不安を一気に掻き消した。
「そんなの当たり前じゃん! もし仮に私の恋愛にアモールみたいな妖精の力が必要なら、私自身が妖精を呼び出せばいい話でしょ? アモールは葉月の妖精なんだから、私の恋のお願いまでするとか図々しいじゃん」
「あ、ありがとうございます……とても理解のあるご友人で安心しました〜」
ようやく強張っていたアモールの表情が緩む。不安要素が無くなったからか、お猪口に残ったココアをゴクゴクと一気飲みし、葉月に向かっておかわりを催促した。いつも通りのアモールに戻ったことに安堵した葉月は、まだ口を付けていなかった自分のココアを分け与える。注ぎ終えた側からアモールはまたココアを一気に飲み干す。
「ねえねえ、アモールって何歳なの? どのぐらい妖精見習いしてるの?」
アモールのことが知りたくてウズウズしていた柚子が今だと言うばかりに質問を投げかけた。葉月はあまり他人に踏み込むことような質問は避けていたため、いきなり質問に多少驚いていたが満更ではなさそう。頬を赤くして、照れ臭そうに答えた。
「その……ボクはこう見えて100年生きているのです」
「マジで!? そんな長生きなんだ!!」
「そ、それほどでも〜」
アモールは柚子の素直な反応が嬉しいようで羽根をパタパタ羽ばたかせる。
「けど、その間ずっと妖精見習いなの?」
「え?」
しかし、次の質問でアモールの表情から笑顔が消えた。
「そ、そうですね……」
答え方も先ほどとまるで違う。何やら様子がおかしい。
「妖精になるのも大変なんだね。妖精になるための試験みたいのがあるの? たくさんの人間のお願いを叶えないとダメとか?」
「えー、まあー、そんな感じです〜」
「そうなんだ。妖精見習いも楽じゃないんだね〜」
柚子はアモールの変化には気付かず、感心したように聞いている。だが、葉月はアモールの異変に疑念を抱いていた。もしかしたら何か隠し事をしているのではないかと、そんな風に感じ取っていた。ただ、これまでドジでありながらも懸命に自分の恋を応援しようとしていた姿を見ていたため、葉月はその違和感に目を伏せることにした。
「アモールみたいな妖精見習いはたくさん居るの? 私、妖精見たのってアモールが初めてだよ?」
「それはそうです。妖精は人間に見られることは本当に稀ですが……万が一の可能性もあるので、契約者以外の人間の前には極力姿を表すことはありませんからね」
ーーアモールは結構な確率で人前でもお構いなしに姿を表していたような気がするんだが……。
葉月は心の中でそっと呟く。アモールのドジさがよく窺い知れた。
「けど、これで本当に葉月の恋がアモールのおかげで叶ったら凄いよね! よーし! 私も早く新しい彼氏見付けて、みんなでお出掛けとかしたいな〜」
「それは素敵な夢ですね〜。でしたらボクもこれまで以上に頑張らなくてはなりませんね!!」
アモールは気合い十分と言わんばかりにふんっと鼻息を吐く。
「頑張るのはいいけど、また変な魔法は使わないでよ?」
理人と恭太の身体を入れ替えてしまうという前科があるため、葉月は再度アモールに念押しする。
「葉月さん、ボクが何も学ばないヘッポコ妖精見習いだと思ってませんか!? 今度こそ葉月さんのご希望に合う殿方を見付けるために、これまでとは比べ物にならない実力を発揮してみせますから期待してください!!」
話が擦り変わったせいもあるのか、さっきまでのオドオドした様子とは大違いだ。アモールの目がキラキラと輝き、自信が漲っていると言うような面持ちをしている。逆に不安だと葉月は陰で溜息を付いた。




