22話 初対面
早朝、何やらゴソゴソと物音で葉月は目を覚ます。隣で柚子が気持ちよさそうに寝息を立てているのを確認してから、ベッドから静かに起き上がった。時計は5時を差し、カーテンからは朝日の光が溢れる。
葉月は目を擦りながら視線を物音のする方へと向けると、机の引き出しが大きく開いているのに気がついた。そして、そこで小さな羽がチラチラ見え隠れを繰り返している。
「アモール? こんな朝から一体何をしてるの?」
「ああ、葉月さん! おはようございます! 起こしてしまいましたか?」
引き出しを覗き込むと、アモールが美味しそうにお煎餅を頬張っていた。
「すみません。昨夜は葉月さんのご友人がお部屋にいたので隠れた方がいいかと思いまして……ですが、どうしてもお菓子が食べたくなってしまいまして、みんなが寝ているこの時間でしたら問題ないかと思って食べていたところです」
そういえば、まだアモールに柚子が見えていたという驚愕の事実を告げるのを忘れていたことを思い出す。恭太が突然うちへやってきたことで、アモールの話題はすっかり置いてきぼりになってしまった。就寝前に葉月から話を振ろうとしたのだが、柚子が元彼の話をし始めてしまったために潔く諦めた。これから話す機会はいくらでもあるし、別に急ぐことはないだろう。
だが、少し心配に思っていたことがあった。
初めてアモールと出会った日、このことは他言無用と言われたことだ。葉月がわざと柚子に秘密を漏らしたわけではないが、アモールのことを他人に知られてしまったのは事実だ。こう言うのは何かしらペナルティみたいなものがあったりするのだろうか。妖精界にも掟が存在しているからこそ、妖精のことは他の人には他言無用と伝えているのだろうから、それに背けば罰は必ずあるはずだ。もしかしたらアモールが妖精見習いを続けられない事態になり兼ねない。一生懸命、妖精になることを志しているアモールがそんな事態になってしまったら葉月としては申し訳ないことだ。
ーーこれはアモールに伝えるべきなのだろうか?
葉月はどうしたものかと項垂れる。
「どうしました、葉月さん。何かお悩み事ですか? もしかして、恋の予感でもありましたか!? それならボクにお任せあれ。葉月さんの恋をなんとしてでも成就させてみせますよ!」
「いや、残念なことにまだ恋の予感は感じてないかな」
「それじゃ、別に何か悩んでることがあるんですか?」
アモールは眉を下げ、心底心配した顔をした。
「あのね……その、聞きたいことがあるんだけど」
「なんでも言ってください! 葉月さんが気になることなら何でも答えちゃいますよ」
何も知らないアモールは普段通りに羽をパタパタと羽ばたかせ、くるりと宙で一回転する。
「あのね……私はアモールを呼び出したから妖精が見えるでしょ? けど、妖精を呼び出したことのない人でもアモールが見えたりすることもあったりするのかな?」
「どうでしょうね……ボクはこれまでにそんな人間に会ったことはありませんが、稀にそんな人間もいるとは思います」
「なら、稀にその人間にアモールを見られたりしたら何か問題はある?」
「うーん。それは何とも言えないですが……ボクや葉月さんが何かした訳ではないのですから、特に心配は要らないとは思いますけど〜」
あまり前例のないことのためかハッキリした回答ではなかった。葉月は考え込んだ後、もう一つだけアモールに質問する。
「あとなんだけど……初めにアモールが恭太くんやお兄ちゃんに使った魔法の効果ってまだ続いていたりするの?」
「そんなそんな、ボクの魔法にそこまでの持続性はないですよ。初めに射った矢は葉月さんに対して何かしらの感情を抱いていた恭太くんの気持ちを開花させるものであって、その後の恭太くんの行動に影響するような特別なものではありません。恭太くんと理人くんの身体を入れ替えた魔法も同じですよ……もうその魔法は解けているので二人の感情を操るような作用はありませんから」
葉月は内心かなり安堵していた。昨日柚子から言われたことを完全に間に受けていたわけではないが、二人が打ち解けるのが予想外なこともあって少々不安に思っていたからだ。アモールは頼りのない見習い妖精ではあるものの、これだけキッパリ言い切っているのだから信じて問題ないだろう。
「それなら良かった」
「何なんですか、急に……というか、それよりも今後の葉月さんの恋のお手伝いについてご相談したいとボクも思っていたんです! 恭太くんがお相手なのが嫌でしたら、次こそは葉月さんの心を射止めるようなお相手を探さなくてはいけません。だから、今度は葉月さんが理想とするような相手の理想像を事細かにお聞かせください!」
今度こそ失敗はいたしませんからと言わんばかりの気合満々な姿に葉月は思わずクスッと笑みをこぼす。
「そうだね」
「葉月さんは一体どんな恋愛がお好みですか?」
「葉月はね、絵本みたいなロマンティックな恋に憧れてるんだよ〜」
「そうなんですか! ロマンティックな……え?」
明らかに葉月ではない相手の声に気がついたアモールの目は丸く見開かれた。さっきまで熟睡していたはずの柚子が、いつの間にやらアモールと葉月の真ん中でニコニコと笑顔を振り撒いている。
「柚子……お、おはよ」
「おはよ」
挨拶もそこそこに柚子の視線は直様アモールに向けられた。
「うわー、マジで妖精じゃん。見た目おじさんとかギャップ半端ないけど、めっちゃ可愛い」
じわじわと距離を詰められていくアモールの顔は急速に青ざめていく。
「私は柚子だよ。よろしくね、妖精さん」
「ど、どどど……どうなってるんですか!!?」
早朝の静けさの中にアモールの声が葉月と柚子にだけ響き届いた。




