20話 アクシデント
恭太の状況など知る余地もない葉月と柚子は理人の作った手料理に舌鼓を打っていた。
「やっぱりいつ食べても理人さんの作る料理めちゃウマ〜。本当プロレベルで美味い!」
「岸谷は相変わらず元気でよく食べるな」
自分の料理を美味しそうに頬張る様子に嬉しさを感じる半面、理人と同じぐらいの量を平然とたいあげることに唖然としているのか、複雑な笑みを浮かべる。
「高校生になってからはあんまり顔を見せなくなってたから久しぶりだけど、岸谷は変わらないな」
「ええ! 変わらないの!? 私めっちゃ垢抜けたと思うんだけど!」
「いやいや、見た目じゃなくて中身の話だよ」
「中身だって成長してますって!」
小さい頃から葉月と仲が良いために、理人にとって柚子はたまに会う親戚のように扱う。自分の大切な家族と大事な友達がこうして楽しそうに会話している光景を見るのが葉月は好きだった。理人と柚子がもしも付き合って結婚することになったとしたら、大好きな親友が家族になってもっと幸せな毎日になるのになんて考えていた時期もある。ただ、それはきっと難しいだろうと成長するにつれて分かってきた。
今は学生で成人した理人と付き合うのは法律的には問題になってしまうというのが根本的な理由ではない。付き合う気があるのであれば、それまで待てば良い話だからである。
二人は家族のように仲が良いが、そこに恋愛感情がないというのは明白だった。柚子は途切れもなく恋愛をしているが決して遊び半分な気持ちで付き合うような恋愛はしてきていない。好きになれば尽くすし、ストレートに愛を伝える。ただ学生の恋愛でその一途さは重く感じる人が多く、そのために長続きしない。それでも柚子は恋に前向きだ。そんな柚子が理人を好きになれば一発で見抜ける自信が葉月にはあった。
理人に関してはよく分かっていない。今まで恋人の気配もなく、誰かと飲みに出掛けるとか合コンに参加するかという出会いの場に行くこともなかった。恋愛する気が全くないのか、葉月の気づかないところで愛を育む彼女がいるのか見当もつかない。ただ、もしも真剣に付き合っているような彼女がいれば休みの前夜にこんな風に妹の友達を手料理でもてなすなんてことはしないだろう。だとすれば、今は彼女が欲しいとは思っていないというのが葉月が出した答えだった。
そんなことを一人黙々と考えていると目の前にアモールが現れる。
「葉月さん、葉月さん……ボクもお腹ペコペコですよ〜」
「え」
思わず声に出してしまう。
「金平糖がもうないみたいなんですよ」
そういえば朝見た時にはもう僅かしかなかったのを思い出す。
「ごめん、出すの忘れてた……私の机の中にお菓子が少し入ってるはずだから、それ食べていいよ。後で金平糖買っておくから今日はそれで我慢して」
と、小声で告げる。
「分かりました〜。ボクはなんでも好きなので大丈夫ですよ!」
そう言った瞬間にまた姿を消す。
「葉月?」
ハッと顔を上げると、理人と柚子が二人でこちらを凝視していた。
「どうした? 俯いてブツブツ言ってたけど……腹でも痛いのか?」
「違う違う! ちょっと恭太くんのこと思い出して心配になって、無意識に独り言言ってたのかも」
怪しむような目で「本当か?」と言う理人に対して、柚子はパッと話を変える。
「てかさ、久々に葉月の家に泊まりに来たんだからお楽しみを用意しなきゃじゃん!! お菓子にジュースにアイス!! 葉月、ご飯食べたらコンビニにダッシュね!!」
「え? あ……う、うん」
「おいおい、岸谷の胃はどんな造りになってるんだよ」
柚子のおかげで理人の関心が移る。それを見て葉月はホッと胸を撫で下ろした。
姿が見えないとはいえ、不審を抱く行動をすれば怪しまれてしまう。一度、理人と恭太の身体が入れ替わってしまうという摩訶不思議な体験をしてしまっているからこそ、勘のいい理人に悟られてしまう危険性は高いのだ。
葉月は改めてアモールのことは誰にもバレないように気をつけようと決意するのだった。
夕食後、柚子は宣言通りコンビニへ行こうと葉月を外へと連れ出す。
「葉月は何食べたい? お風呂上がりにアイスは欠かせないよね〜」
小学生のようにはしゃぐ柚子を可愛いなと素直に思う。葉月の表情に笑顔が溢れ出る。
「甘いものにはやっぱりしょっぱいものも欲しくなるね」
「それ分かる! 絶対太るって分かっててもやめらんないよね。でも今日ぐらいはいいよね!?」
「うん、今日はなんでも許される日にしよう」
楽しさで気分が盛り上がっていた最中、柚子は笑顔のまま告げた。
「今日がなんでも許されるんなら、葉月の秘密も聞いていいかな?」
「え? 秘密?」
「さっき、夕飯の時に葉月がコソコソ話してた変な生き物って何?」
一気に血の気が引く音が脳内に響く。目の前が真っ暗になるという事を改め実感した瞬間だった。
「な、何言ってるの?」
「理人さんには見えてないみたいだったけど、私にはハッキリ見えてたよ……羽の生えた小さな……おじさん?」
嘘でも冗談でもない。柚子は確かにアモールを見ていた。
けれど、妖精は普通は見えないはずだ。アモールもそう言っていた。だが、それではなぜ柚子には見えていたのだろう。疑問と動揺で頭が混乱を起こし、思考がうまく働かなかった。
「もしかしてさ……成功してたの?」
「え?」
「ほら、前に私が妖精を呼び出したら〜みたいな話したじゃん? あれって妖精? ていうか、見た目おじさんの妖精なんてウケる」
先ほどから笑顔を崩さず、まるで何事も受け入れたように会話を進める柚子。
「なんでそんなに冷静なの? 妖精だよ? 普通は信じられないことだよ?」
「いや、信じられないも何も見えてるからさ……信じるしかなくない?」
あっさりと返された返事に力が抜ける。さっきまでの混乱が嘘のように消え、葉月は観念したように頷いた。
「そう、成功してたの……あの子は妖精見習いのアモール」
「いや、妖精に見習いとか初耳なんだけど」
柚子は驚く素振りもなく、おかしそうに笑う。
「ねぇ? 柚子?」
「ん?」
「見えてるから信じてくれたって言うのは理解できそうなんだけどさ……なんで柚子にはアモールが見えるの?」
もしかしたら柚子にも葉月には言えない大きな秘密があるのではと、内心ドキドキしていた。実は小さい頃から霊感があったとか、実は柚子も妖精を呼び出していたとか、漫画にありがちな展開が頭の中に膨らむ。
「いや、知らんし……私が聞きたいぐらいだって」
期待は簡単に砕け散った。
柚子の笑い声で、「ですよね」と呟く葉月の声は簡単にかき消されてしまった。




