2話 恋のキューピット
妖精の呼び出し方。
1、自然の中や川の近くを選ぶ。
2、満月の夜、夜明けの時間に一人で行う。
3、妖精好むお供物を捧げる。
4、清らかな気持ちで話し掛ける。
5、魔法陣やシンボルを使う。
柚子と話した日から一週間、葉月は様々な本を読み漁った。ネットでもある程度の情報を集めることはできたのだが、細かなことはあまり記載されていなかったため、国立図書館へ通い詰める日々を過ごした。意外に妖精にまつわる書物は多く、呼び出し方も国によって様々。悩んだ挙げ句、自分に出来そうな5項目に絞り込んだ。
満月の夜、自然豊かな公園の川のそば、カラフルなお菓子。魔法陣や魔法の石は難しかったために、前に露店で買ったパワーストーンが付いたネックレスを持参した。準備は完璧とまではいかないが、自分からすれば上出来だと言える。本に書かれていることが本当であるならば、これで妖精が呼び出せるはずだった。
しかし、どうだろうか。何かを呼び出すことには成功したようだが、目の前にいる小さなおじさんを見る限り、今回は失敗だと判断する他ない。確かに胴体は15センチと小さく、背中にも羽根が生え、耳は妙に尖っている。特徴は妖精だと言えよう。だが、見た目はどこをどう見ても妖精のコスプレをした小さなおじさんにしか見えないのだ。都市伝説に出てくる小さなおじさんと言われた方がしっくりくる。
「やっぱり魔法陣はちゃんとやるべきだったのかな?」
本に書かれた魔法陣はかなり複雑で書ける自信が持てなかった。それでも、妖精のために魔法陣ぐらい書けるようになるべきだったと葉月は深く反省した。
「次は必ず魔法陣を完璧に書けるようにならなきゃ。明日から特訓ね!」
「あの〜、お嬢さん?」
肌寒い中、小さなおじさんは額に滲む汗を白いハンカチで拭いながら申し訳なさそうな表情を浮かべた。我に返った葉月は慌てて目線を合わせる。
「すみません、考え事をしてました。あと、間違って呼び出してしまったようです……申し訳ありませんでした」
正座し、深々と頭を下げる葉月に対し、小さなおじさんは慌てて否定の言葉を発した。
「待って待って!君、完全に誤解してるからね!!ボク、妖怪じゃないから! だって君が呼んだのは妖精でしょ!? ボクの背中見てよ、羽根あるでしょ!?」
「それはつまり……あなたは妖精ってことなんでしょうか?」
「やっと話が通じたね」
おじさんは嬉しそうに金平糖の上でクルリと回る。そして、左手を腰に当て、どこから出したのか右手には綺麗な宝石の付いた杖が握られた状態で可愛らしいポーズを葉月に見せた。
「正真正銘、ボク妖精です。妖怪なんて、傷付いちゃうぞ」
お茶目にウインクを投げる見た目おじさんの自称妖精を葉月はまじまじ見つめる。妖精とは程遠い姿ではあるものの、羽根の生えた小さな人間が実際目の前にいるのだから否定するのは良くない。そう判断した葉月は、素直に自分の言動を謝罪した。
「傷付けてしまってごめんなさい……見た目で判断してしまったなのは良くなかったです。妖精って、小さくて可愛い女の子の姿をしていると思っていたので、勝手な決めつけで失礼なことを言ってしまいました。本当にごめんなさい」
「いやいや、頭なんて下げなくていいんだよ? そうだよね、絵本とかに出てくる妖精って可愛い女の子ばかりだもんね。ガッカリさせてこちらこそごめんね」
妖精のおじさんも丁寧に詫びる。
「実際の妖精は君が想像している通りの姿をしてるんだ……けど、ボクはまだその姿にはなれなくてね」
「それはどういう意味ですか?」
「ボクは妖精見習いなんです。一人前になれば、皆がよく知る可愛い妖精になれるんです」
「へえ〜、妖精にも見習い期間があるんですね」
葉月は素直に感心した。
「さて、雑談はここまでにして……君のお願い事は何かな?」
ガラスの器に盛られた金平糖からひとつ選び、口いっぱいに頬張りながら妖精のおじさんは尋ねる。お腹の目立ちが気になるが故に、もう少し糖分控えめのお菓子を選ぶべきだったと葉月は心の隅で反省した。
「お嬢さん?」
「あ、私は葉月です……妖精さんのお名前は?」
「そうでした。ボクとしたことが名乗るのを忘れてました」
パタパタと小さな羽根を動かし、葉月の顔の位置まで浮いた妖精のおじさんは丁寧にお辞儀をする。
「ボクはアモール……葉月さんの幸せのお手伝いをさせてもらいます。とは言っても、そんなに大それた願いは叶えられないからね。そこだけは了承してちょうだい」
テヘッと声に出し、ウインクを投げるも見た目とミスマッチすぎて可愛いという感情は残念ながら湧いてこなかった。葉月は「分かりました」と、真顔で返事をする。反応が薄い葉月にアモールも気が付いていたようだが、話を進めることを優先したかったのか会話を進めた。
「葉月ちゃんには約束して欲しいことがいくつかあるから聞いてね。ひとつ、叶えられるお願いは一つまで。ふたつ、ボクの存在は決して口外しない。難しい約束じゃないから……他に何か質問があればいくらでも聞いてね」
「はい、分かりました」
「それでそれで? ボクに叶えてほしいお願い事は何かな?」
期待に膨らんだ眼差しを向けるアモールに葉月は冷静な声で答えた。
「私、恋がしたいんです。けど、どうも私の力だけでは恋愛がうまくできそうにないので……妖精さんに恋のお手伝いをお願いしたいのですが大丈夫ですか?」
少し現実を冷めた目で見ているような面持ちをした葉月の口から飛び出した恋という言葉に、アモールは頬を赤く染めながら嬉しそうにクルクルと舞い上がる。
「それは素晴らしお願いじゃないか! 恋、いいね〜。青春って感じだね〜」
クネクネと腰を揺らすアモール。葉月は少々複雑な光景に視線を地面に向けた。
「恋のお願い事は妖精の得意な分野だ。任せてよ!」
地面に降りてきたアモールが視界に入り込む。
「君の恋のキューピットになるから、大船に乗ったつもりでいてよ!」
どこか危なっかしさが漂う妖精・アモール。葉月は戸惑いつつも、呼び出したのは自分なのだからと受け入れた。