6.ラストバトル③
『百戦錬磨のリンドウ』。
ランクマッチの最高位、マスターランクで前人未到――どころか今になっても到達する者のいない、100連勝という記録を達成したことからつけられた異名。
その話はボルゴも耳にしていた。
だが、もはや過去の話だと――リンドウの打ち立てた偉業は、記録でしかないのだと、そう捉えていた。
(……この状況。あいつに勝ち筋なんてほとんど残ってねえはず)
リンドウ:手札7 うちダスト6
ボルゴ :手札2
猛然と向かってくるリンドウの剣を受け止めながら、ボルゴは自身の負け筋を精査していく。
【虹彩】デッキの勝ち筋は、単に五種のスキルを強化して立ち回るだけではない。
切り札となるスキルが存在する。
(《アルコ・イリス》。決戦級の威力を持つスキルだが、虹炎を消費する必要がある上、特定のスキル五種が墓地に無ければ使用できない)
リンドウの手札に残る、最後の有効札。
その正体は未確定だが、可能性の中で最も危険度が高いのは間違いなく《アルコ・イリス》だ。
だが、その切り札も発動条件を満たしていなければ紙切れ同然。
このデュエルでリンドウが使ったのは、現状四種。
《赤狼の牙》、《新緑の風》、《紺青の渦》、そして《白陽の翼》。
残りの一種……《暗黒の刃》は未だ影も形も無い。
(……っ、いや違え!)
目線を動かし、視界の端に表示されている墓石を模したアイコンを見る。
このゲームは相手の墓地ならいつでも確認できる。
リンドウの墓地リストの中には――――黒い剣のようなアイコンが表示されていた。
(落ちてやがる、《暗黒の刃》! いつだ、どのタイミング……!?)
激しい打ち合いの中、そこまで考えを持っていくことは出来ない。
だが、おそらくは――《白陽の翼》の追加効果で捨てたか、もしくは先ほどドローフェイズの際に手札から溢れたスキルだろうと予想した。
つまり、《アルコ・イリス》の条件は整っている。
(いや、焦るこたぁねえ。俺の手札には《ファジーガード》がある。あいつの残り一枚の手札が《アルコ・イリス》だろうとなんだろうと、ガードで凌げる!)
ボルゴは現状を正確に分析し、負け筋と勝ち筋を把握した。
現代のランクマッチで結果を残す彼の実力は確かなものだ。
「…………」
リンドウはわずかに目を細める。
先ほどよりもボルゴが立ち回りを守りに寄せてきている。
ならばこちらも攻め手を緩め、好機を待つべきか――そこまで考え、あえて攻めを選び取ることにした。
リンドウはバックステップで距離を取ると、手札に残った最後のスキルを発動させる。
全身から莫大な虹光が噴き出し、右手の剣へと集まっていく。
(そら来たぞ……!)
内心ほくそ笑むボルゴの前で、虹の剣が掲げられた。
リンドウは静かにその名を宣言する。
「《アルコ・イリス》」
振り下ろされる剣から、極大の虹光が放たれる。
威力・範囲ともに一級品。直撃すれば即死級ダメージ。
しかし――当然。ボルゴはガードスキルを握っている。
「バカが、《ファジーガード》だ!!」
ボルゴを覆うようにドーム状のバリアが展開される。
虹色の奔流はバリアに向かって襲い掛かるも、内部までその輝きを届かせることなく流れていく。
ダメージ軽減率・ガード範囲・ガード継続時間の全てが高水準のこのスキルは、【虹彩】デッキの切り札をも防ぎ切る。
そして、ガードが成功すれば当然、相手に硬直が生まれる。反撃するには充分すぎるほどの隙が。
リンドウは数瞬、動けない。
「ハハ、こいつで詰みだ――《ダストジャベリン》!!」
《ダストジャベリン》は【ダストロック】におけるフィニッシャー的立ち位置のスキル。
相手の手札の《ダストジャンク》の枚数に応じて威力が上昇し、その上命中後にダストを3枚相手の手札に追加する。
ボルゴが槍を大地に突き立てると、リンドウの周囲の地面から砂の槍が出現し、その身を穿つ。
HPが激しく減少し、リンドウの視界がピンチを示す赤に染まった。《ダストジャンク》が1枚手札に加わったところで上限枚数に引っ掛かり、残り2枚のダストは墓地へと送られる。
それでも生き残っているのは幸か不幸か、ダストスキルの平均威力の低さに救われた形だが…………
「リンドウさんの手札が……!」
「これで手札全てが《ダストジャンク》になったか。マズいね」
リンドウ:手札7 うちダスト7
ボルゴ :手札0
レイの言う通り、リンドウの手札はロックされた。
そして……無慈悲にも、何度目かの電子音声が降り注ぐ。
〈ドローフェイズ〉
すでに手札枚数が上限に達しているリンドウは、ドローしたスキルが墓地へと送られる。
対するボルゴがドローしたのは《スキルカット》。思わず舌打ちをした。
威力の低いこのスキルではトドメを刺すには足りない上に、ドローロックが完成したこの状況でハンデスすれば、相手に新たなスキルをドローする枠をみすみす与えてしまう結果になる。
つまり、この《スキルカット》は完全な死に札だ。だが、どちらにせよ――圧倒的優位であることに変わりはない。
「さて、リンドウさんよ。どんな気持ちだ? お前のHPは風前の灯火、新たなスキルをドローすることもできない。つまり次のドローフェイズで俺がアタックスキルを引いた瞬間、勝負は決まる」
ニヤニヤと、勝利を確信した笑みを浮かべるボルゴ。
この状態からの負けは無い。
切り札は防ぎ切り、奇跡のドローだって望めない。
勝利は確定した。間違いなく。
しかし。
「それは次のドローフェイズが来れば、だろ」
冷めた表情のまま、リンドウが立ち上がる。
ボルゴの背筋が凍った。自分は何を見落としている?
なぜこの女は諦めていない。ここから逆転する方法など無いはずだ。
だが。
リンドウは一切の躊躇いなく、高らかに宣言する。
「EXスキル――《かつて夢見た天球》」
「は……?」
リンドウの頭上に銀河が広がる。星が瞬く。
ボルゴには目の前の状況が理解できなかった。
EXスキルの可能性はボルゴもとっくに考えていた。
本来【虹彩】デッキに採用されるEXスキルは、《虹の架け橋》。
ドローフェイズの際、一度だけドローの代わりに《アルコ・イリス》を手札に加えるというもの。
しかし手札枚数上限に達した現状では役には立たない。
そもそもリンドウは《アルコ・イリス》を素引きしていたようだったから、腐ってしまったのだとばかり考えていたのだ。
だが、ボルゴの立てた予想とは全く違う光景が、目の前で展開されている。
その驚愕は同じく観客にも波及していた。
「お、お姉ちゃん、何あれ!」
「《かつて夢見た天球》……! 手札が5枚以上あるとき、その全てを墓地に送るという重いコストと引き換えに、あらかじめ指定していたスキルをデッキから直接発動するEXスキル! あんな隠し玉を組み込んでたのか!」
興奮気味のレイの解説通りの効果処理が行われる。
リンドウの手札を埋めていた《ダストジャンク》が全て墓地に送られ、頭上の銀河から流星のごとく1枚のスキルが彼女の手に宿った。
リンドウ:手札0
ボルゴ :手札0
「……あんたの顔も、もう見飽きたな。終わらせるぞ――――《ガンマレイ・バースト》」
リンドウの全身が輝く。
凝縮された光が、今にも爆発しそうに明滅を繰り返す。
「そのスキルは……ッ」
顔面蒼白の男を冷たく見据え、リンドウはぽつりと呟く。
「墓地が20枚以上あるとき、相手の最大HPと同じ数値のダメージを与える。……『EXスキルを警戒するなんて定石中の定石』。あんたが言ったことだよ」
達成困難な条件を持つ代わり、問答無用で勝利をもぎ取る力を持ったフィニッシャースキル。
現在リンドウの墓地は、発動後消滅するEXスキルを除き24枚。条件は満たされている。
ガードスキルで防げば即死を免れることも可能だが……今、ボルゴの手札はゼロ。EXスキルも使用済みだ。
「なん、だ……そんな馬鹿なことがあるかよ!!」
ボルゴの上げる叫びに、リンドウはやはり答えない。
嘆息すら吐きながら、ただ勝敗を決するために動く。
剣を地に突き刺すと、大地から膨大な光が広がり、男のアバターを飲み込み――そのHPを完全に消し飛ばした。
〈リンドウ WIN〉
リンドウの勝利を告げるホログラムが頭上に展開され、花火のようなエフェクトが弾ける。
試合は終わった。これでこの男の顔を見なくて済む――とスタジアムを出ようとした時だった。
「ま、待てよ……」
「……はぁ。まだ何かあるの?」
「もう一回だ。次こそお前に勝つ。今のは……そう、初見殺しされただけだ! 俺の引きも悪かった……次やれば絶対に負けない!」
往生際が悪い。
見苦しい。
リンドウの目に、彼はそう見えた。
だが諦めない気概は評価すべきだと考え、”真実”を伝えようと倒れた彼に歩み寄る。
「今のあんたじゃ何度やっても私に勝てないよ
「なんだと……ッ」
「あんた、私が手加減してたのに気づいてないでしょ」
「……は?」
怒りが困惑へと移るボルゴをよそに、リンドウは指折り数えていく。
「初手の《ダストスラスト》を食らってあげたのもそうだし、武器の打ち合いも適当にやってた。まあそんな細かいのはどうでもいいとして……ねえ、私があんたに掌底を食らわせた時があったでしょ」
ボルゴはただ頷く。
あの、曲芸のような動き。
あそこに何が隠されていたというのか。
「私、あの時勝てたんだよ。手札に《アルコ・イリス》を持ってて、直前の《白陽の翼》で《暗黒の刃》を捨てたことで発動条件を満たしてた。だからあんたに掌底を当ててひるませた瞬間に発動してれば勝ち確だった」
「は……? な、んなん……だよ。だったらなんで使わなかった!?」
悲痛な叫びを上げるボルゴ。
その内心では、理性がリンドウの話が正しいと結論付けていて、それがまた彼のプライドにヒビを入れた。
リンドウは、ひたすらに冷たい瞳で男を見下ろす。
「お前が弱いからだよ。長引かせれば少しは面白い勝負ができるんじゃないかと思ったんだけど……」
「……………………!」
絶句するボルゴに背を向ける。
もうリンドウの瞳は男を捉えない。
これだけプライドを折ってやれば、リンドウの前で二度と下手な発言は出来なくなっただろう。
「……遊びにもならないな。つまらない勝負だった」
* * *
元いた街中に帰ってくると、すでに日が暮れ、頭上には夜空が広がっていた。
夜でもそこかしこの建物が光を放つ未来都市にボルゴたちの姿はない。まだ試合場で打ちひしがれているのか、それともクランルームに直接帰ったのかは定かではないが、もはやリンドウにはどうでもいいことだった。
「…………」
夜空を見上げると、そこには満天の星々が瞬いている。
見つめていると胸をえぐる様な郷愁に襲われ、視界がぼやけた。
バーチャルに再現された景色といえども、宿るものは現実と変わらない。
特に、思い出が紐づいている場合には。
「リンドウさんっ」
観戦から戻ってきたルーシャが喜色満面で駆け寄ってくる。
興奮冷めやらぬといった様子で、リンドウは苦笑をこぼしそうになった。
「やっぱりリンドウさんってすごいね! あたし、まだこのゲームのことよくわかんないけど、すごいってことだけはわかった!」
「……そっか」
「それで……やっぱりあたし、リンドウさんのクランに入りたいな。これからもリンドウさんにいろいろ教わって、一緒にこのゲームで遊びたい。だめ?」
きらきらと、純粋な瞳がリンドウを見つめる。
まぶしい。思わず目を閉じた。
見ていられない。
「それは、できない」
「ど、どうして? あたしが初心者だから? それとも……あたしのこと、嫌い?」
目を開くと、捨てられた子犬のような眼差しと視線がぶつかった。
きゅっと握りしめた小さな手に胸が痛む。しかし、リンドウの心は変わらなかった。
前から決めていたことだから。
「どっちも違う。あんたが悪いわけじゃないよ」
優しい笑顔だった。
だけどそれがどうしても、何かをあきらめたようなものに、ルーシャの目には映ってしまう。
儚くて、今にも消えてしまいそうで、思わず手を伸ばす。
しかしその手が届く前に、リンドウは告白した。
「私、今日でこのゲームをやめるから」
これで1章はおしまいです。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
明日2章を投稿しますので、良ければまた覗いてもらえると嬉しいです!
あとブックマークとか評価も、できればお願いします……!