4.ラストバトル①
ボルゴ。
リンドウを挑発してきた金髪男の名だ。
男所帯ギルド『ラチェット』のナンバー2であり、ここ最近のランクマッチで高い勝率を誇り、名を上げてきたプレイヤー。
「リンドウさんよ、覚悟は決まったかァ? お前が負けたら俺とオフ会だ。楽しみだな?」
嘲笑混じりに問うてくるボルゴ。
リンドウはその下卑た笑みを一瞥し、薄青いメニューウィンドウを閉じた。
「ああ。もし負けたら……な。二言は無いよ」
二人が立っている舞台はコロシアムのような円形の戦場だ。
周囲には戦場を取り囲む形で観客席が設置されており、そこにはボルゴの取り巻き二人と、反対側にルーシャ、そして事情を知らない一般プレイヤーたちが数人ほど腰を落ち着けていた。
試合の観戦は誰でも行える。
ランクマッチや大会のみならず、個人同士のプライベートマッチも観戦禁止の設定をしない限り『観戦リスト』に乗り、そこから観戦に参加できるようになっている。
対戦カードの片方がボルゴということもあってか、徐々に観客の人数は増えつつあった。
「リンドウさん……」
そんな中、ルーシャは緊張を隠せない様子で両手を組んでいた。
実戦を直接見るのは初めてだ。
リンドウがどの程度の強さなのか、ルーシャは知らない。
勝てるのか。ルーシャはまだこのゲームのシステムに詳しくはないが、負ければリンドウは……。
今はただ、祈ることしかできない。
「なんかえらいことになってんね」
その声に振り向くと、客席の階段を降りてきたのはレイだった。
ルーシャの姉で、最強クラン『ヴォーパルソード』のリーダー。
「お姉ちゃん! どうしてここに」
「ミーティングが終わったから、二人はどうしてるかなと思ってログイン状況確認したら、あのリンドウちゃんが試合前だって言うじゃんか。びっくりして来ちゃった」
レイはルーシャの隣に腰を下ろす。
「リンドウさんが試合って……そんなに驚くようなことなの?」
『ライブラリ・スクエア』は対人戦を主としており、対人戦をしないプレイヤーは少数派だ。
であれば、対戦そのものが驚くようなこととは思えない。
そんなルーシャが引っかかっているのは、ボルゴの零した『引きこもり』という単語だった。
「……まあね。あの子、ここ一年くらい全くバトルしてないみたいだから」
「えっ……」
新たな疑問、そして問題が浮上した。
それはかなりのブランクになるのではないだろうか。
「だ、大丈夫なの?」
不安げな視線をよこす妹に、レイは口の端を曲げて応えた。
「ま、見てなよ」
ルーシャは「答えになってないよ」と文句を言おうとしたが、遮るようにしてコロシアム内の上空に数字を象ったカウントダウン・ホログラムが現れた。
同時に戦場に立つ二人……リンドウとボルゴの手に、それぞれ武器が生じる。リンドウが片手剣。ボルゴが槍だ。
そして彼女たちの戦いを決定づけるスキルが、それぞれのデッキから五枚ずつ手札に加わった。
ホログラムは5から始まり、4、3、とその数字を減らしていく。
レイは期待に満ちた表情でその様子を見守っていた。
「久しぶりだな。あの子の戦いを見るのは」
数字が0に変わり、花火のように弾けると――ついに試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。
「《ダストスラスト》!」
開幕した途端、ボルゴは槍の穂先に砂を纏わせ、素早い突進突きを繰り出した。
リンドウはこれをまともに受ける。
「くっ……」
「ハッ、反応が鈍いな! ガードスキルが引けてねえ……なんてこたぁ無いだろ!」
たたらを踏むリンドウのHPが減少する。
そして《ダストスラスト》の追加効果により――リンドウの手札に《ダストジャンク》が追加された。
「あれ、リンドウさんの手札が増えたよ?」
ルーシャは違和感を覚えた。
リンドウから受けた指導では、このゲームにおいて手札の枚数――つまり使えるスキルの数は何より重要な要素だと聞いていた。
手札の数はそのまま手数と選択肢に直結する。手札を増やすには、一定時間ごとに訪れるドローフェイズを待つか、手札を補充する効果を持ったスキルを使うしかない。
それだけ手札が貴重なゲームであり、考え無しに使えば攻め手も守り手も失ってしまう。
だからルーシャが抱いたのはある種当然の疑問だったのだが、隣に座る最強のプレイヤーがそこに答えを提示する。
「《ダストジャンク》は使用不可スキル。ただ手札を圧迫するだけのお邪魔カードなんだ」
「うーん? 邪魔って言っても、使えないだけなんじゃないの?」
「うん、確かに《ダストジャンク》は持っていてもそれ自体に特にデメリットは無いよ。でも、このゲームには”手札枚数制限”というものが存在する」
「持てる手札に上限があるの?」
「そーいうこと。その上限は七枚。そして七枚手札がある状態で手札を増やそうとした場合……例えばドローフェイズを迎えると、手札に加わるはずだったスキルは自動的に墓地に送られるようになってる」
「っていうことは、つまり……」
レイは頷く。
「もし手札を七枚全てダストにされたら、それ以上新しくスキルを加えることが出来なくなる。相手の手札を《ダストジャンク》で染めてまともに戦えない状況を作り出す――それがあの男が使っているデッキ、【ダストロック】だ」
【ダストロック】。
数か月前に実装された、新しいブースターパックに収録された”ダスト”カテゴリのスキルを中心に組まれたデッキである。
個々のスキルの威力は抑えめに設定されているものの、取り回しの良さとドローロック状態を作り出す能力の高さから、環境トップの一角に位置する強力なアーキタイプ。
ボルゴがランクマ上位に台頭してきたのはこのデッキを握ったからというのが大きい。
そんなデッキに対抗するリンドウは、素早く体勢を立て直すとボルゴに向かって力強く踏み込み、片手剣を振り下ろした。
「手の内は見せねえってか?」
だが、ボルゴはこれを難なく槍の柄で受け止める。
スキルはスキルでしか防げないが、通常攻撃なら別だ。
「リンドウさん、スキルを使わずに普通に攻撃したね」
「アタックスキルはガードスキルに防がれて隙を晒すリスクがある。ただ、通常攻撃はめちゃくちゃ隙が小さいから、ローリスクに攻められるんだ……まあ、威力は本当に雀の涙だから決定打にはならないんだけど」
レイの言う通り、通常攻撃の基礎威力は極めて低い。直撃したところでHPはほぼ削れない。
だがガードスキルに防がれた際のリスクの無さと、当てれば相手の体勢を崩し、アタックスキルを打ち込む隙を作れるという性質から、立ち回りでは重要な役割を担っている。
通常攻撃の撃ち合いを制し、アタックスキルを差し込んでいく――それがこのゲームにおけるセオリーのひとつ。
観客が見守る中、連続するリンドウの剣撃を、ボルゴは防ぎ続けていた。
「おいおい、手札事故かよ! そろそろ切って来いよアタックスキル!」
煽りながらも、ボルゴは内心焦りを覚えていた。
(こいつ、上手ぇ……! 聞いてた話と違うぞ、ブランクがあるんじゃなかったのかよ!)
早く、鋭く、正確な攻撃の数々。
防ぐだけでも神経を使う上に、問題はもうひとつある。
ボルゴの武器である槍は長いリーチから近~中距離で無類の強さを発揮する。
しかしリンドウはそのさらに内側、至近距離まで詰め寄っている。
これにより、槍の強みは潰されてしまっていた。
「どうした。さっきまでみたいに笑わないのか」
「てめっ……!」
逆上しかけたボルゴに隙が生まれる。
リンドウは剣を振り下ろすと見せかけ、膝蹴りで槍の柄を跳ね上げる。
一瞬、何が起きたのかわからず呆けるボルゴのみぞおちに、改めて剣の切っ先を突き入れた。
「ぐっ」
HPが微細な減りを見せる。
怯んだところに、リンドウはすかさずアタックスキルを発動させた。
「《赤狼の牙》」
赤く発光した剣が袈裟懸けに振るわれ、ボルゴに直撃する。
手札に抱えたガードスキルを発動する間もなく、男は床に転がされた。
「てめえ、そのデッキは」
「…………」
圧倒している。
その状況でも、リンドウの表情は揺らがない。
冷たく、乾いた、夜の砂漠のごとき無感動な無表情。
その左の瞳に、虹色の炎が灯った。
「……【虹彩】デッキか」
観客席で零されたレイの静かなつぶやきに、ルーシャが首を傾げる。
「虹彩?」
「うん。むかし対戦環境のトップに位置していたデッキ。そして……リンドウのクランの先代リーダーが使っていたデッキだよ」
そう告げるレイの瞳には、確かな寂寥と、わずかな憐憫が宿っていた。