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スキルデッキ構築型VRMMO『ライブラリ・スクエア』  作者: 草鳥
第一章 さいごのたたかい
3/12

3.譲れないもの

 『ライブラリ・スクエア』における基本的なシステムを説明した後、リンドウとルーシャの二人は適当に街を散策していた。

 このゲームにはファストトラベル機能が実装されているのだが、一度行った場所にしか飛べない都合上、めぼしい場所には訪れておく必要があったからだ。


「そういえばデッキ見てた時に思ったんだけど、『EXスキル』って何なの?」

「ああ、それはデッキとは別枠で一つだけ装備できる特殊なスキルだよ。大きく分けて自動で効果を発揮するものと、普通のスキルみたいに発動するものがある」

「なるほどー……。私が最初から持ってるのは、たしか《不屈(ラストスタンド)》だったよね」

「うん。相手の攻撃を受けてHPがゼロになる時、一度だけHP1で踏みとどまるって効果だ」


 EXスキルは汎用性に優れたものもあれば、特定のデッキをサポートしたり、デッキの根幹を成すものなど様々だ。

 また、全種類をブースターパックから手に入れられる通常のスキルとは違い、入手方法も特殊なものが多い。


「とりあえず最低限のことは説明できたはず。あとはパックを買ってスキルを集めて、デッキを組んで……」

「対戦、だねっ! よーし、頑張るぞー!」


 しゅっしゅっ、と気合を入れているのかシャドーボクシングするルーシャ。

 リンドウはそんな様子を微笑ましく眺めながら、暗くなってきた空を見つめる。

 そろそろ夜だ。お開きにするには良い時間だろう――そう考えていると、ぱっとルーシャが何かを思いついたように向き直った。


「ね、リンドウさん。今日はとっても丁寧に教えてくれてありがとう。何にも知らなかったからすっごく助かった!」

「いや、別に……」


 このゲームのチュートリアルは冗長で有名だった。

 一度始めたら途中で止められないうえに、初心者には実用性の低い知識までまとめて詰め込んでくるからだ。

 そういう事情もあり、リンドウは解説役を引き受けた。まずは最低限のことだけ知ってもらい、あとは実際に触れていくなかで学べばいいだろうと。

 その方が長続きすることを彼女はよく知っていた。


「……私の所属してるクランは、もともと初心者が多く所属してたんだ。だから教えるのにはそれなりに慣れてた。あと……」

「あと?」


 首をかしげるルーシャに、リンドウは言おうか言うまいか何度も逡巡を繰り返したのち、そっと目を伏せて言う。


「……私の好きだったゲームを、好きになってくれたら嬉しいなって」

「今は好きじゃないの?」

「どうかな。わからないや」 


 まただ、とルーシャは思った。

 リンドウが遠い。褪せた眼で、ここではないどこか別の場所を見つめている。

 彼女のことをもっと知りたい。そう考えつつも、今はまだ触れさせてもらえないだろうとも思うので、ルーシャは話を変えることにした。


「そう言えば、クランってなに?」

「ああ、サークルとか部活みたいなものだよ。目的や趣味嗜好が同じだったり、単純に仲の良いやつらが集まって結成される団体。それぞれ専用部屋(クランルーム)を持ってて、そこを拠点に活動してる」


 そう言われて、ルーシャは周囲に意識を移す。

 この都市は近未来的な外観になっているが、そこかしこに景観と微妙に合わない建物が点在している。

 レイのクラン……『ヴォーパルソード』の専用部屋は美術館のようなデザインで、ある程度は周囲との調和がとれていたものの――よく見てみれば、酒場や日本屋敷、ツリーハウスなど、明らかに浮いた施設が見受けられた。

 おそらくあれがクランルームなのだろう、とルーシャは理解した。


「ほえー。そういえばリンドウさん、お姉ちゃんのクランが最強だって言ってたね」

「ああ。強いデッキを主に研究してる、ガチガチの戦闘民族が集まってるクランだ」


 このゲームにおいてクランに所属していない者は少ない。

 精力的に活動するにしろ、幽霊部員にしろ、クランに所属して得られる様々な恩恵のために、『ライブラリ・スクエア』を始めたらまず自分に合ったクランを探すことが推奨されている。


「ルーシャも早めにクラン入りなよ。一緒に遊ぶ仲間っていうのは得難いものだからさ」

「あっ、じゃあじゃあ、あたしリンドウさんと同じクランに入りたい!」


 無邪気な提案に、リンドウは言葉を詰まらせる。

 口の中に苦い味が広がった。

 その提案を受けられない理由が、彼女にはあった。

 どう傷つけずに断ろうか考えながら、リンドウは何とか口を開く。


「いや、それは……」 

「それはやめておいたほうがいいんじゃねえの?」


 背後から聞こえた粗野な声に振り返る。

 そこにはパイナップルのような髪型の金髪男がいた。脇には見覚えのある男二人を連れている。

 昼間ルーシャに絡んでいた二人だ。


「誰だ、あんた」

「リンドウさんよ、引きこもりのお前が外に出てるなんて珍しいじゃねえか」


 リンドウの問いには答えず、男は喧嘩を売ってくる。

 会話というよりも、どちらかと言うと――連れの二人に向けたパフォーマンスのように見受けられた。

 別クランのプレイヤーたち。いったい何を目的に、このタイミングで絡んできたのだろうか。


「なあ、聞いてるんだぜ。俺は聞いたんだよ、うちのリーダーにさァ。初心者連れて何やってるのかと思えば……もしかしてお前、罪滅ぼしのつもりか?」

「…………!」


 含み笑いを漏らす金髪男。

 どくん、と鼓動が跳ねる。

 知っている。この男は――自分の過去を。

 凍り付いたように動けないリンドウだったが、庇うようにしてルーシャが前に出た。


「ちょ、ちょっとなんなのあなた達! さっきからよくわからないことを好き勝手に……!」

「ああ、お前は聞いてないのか。そのリンドウって女は……自分のクランのメンバーを全員脱退に追い込んだ、最低のクランリーダーなんだとよ」


 警戒心をあらわにしていたルーシャの表情が、困惑に上書きされる。

 リンドウと直接関わったのは今日が初めてだ。だが、その短い時間でも、男の話とリンドウの印象が繋がらなかったからだ。

 ただの言いがかりだ。そう考え、リンドウを横目で見上げると――彼女は苦しげに口をつぐんでいた。

 それは、自白に等しい表情だった。


(……ううん、それでも)


 関係ない。小さな手を、ルーシャはぐっと握りしめる。

 リンドウが優しくしてくれたのは事実。出会った時、困っていた自分を助けてくれたのは事実。

 だからルーシャは顔を上げて、男たちを真っすぐ見据えた。


「あたしとバトルしてよ。あたしが勝ったらリンドウさんに謝って」

「はあ?」


 怪訝な表情を見せる金髪。

 それでもルーシャは怯まない。

 自分はまだこのゲームを始めたばかりだ。

 勝てる確証は無い――いや、まず間違いなく負けるだろう。

 だが、ここで退く自分を認めることは出来なかった。


「ルーシャ」

「リンドウさん……」


 食って掛かるルーシャの肩に手を置き、リンドウは首を横に振る。

 

「あんたの気持ちはすごくうれしい。でも、あんたが戦う必要なんてないよ。あいつの言ってることは……事実だから」

「でも、ならどうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの」

「…………行こう。嫌な思いをさせてごめん」


 ルーシャの問いには答えず、踵を返す。

 納得できない。しかしこの場を離れようとするリンドウの意志を無視するわけにもいかず、あとを追おうとしたのだが――――


「オイ、逃げんのか?」


 嘲弄が背中にぶつけられる。

 リンドウは反応せず、ただ歩き続ける。


「つまんねえな、そっちのガキのほうがまだ根性あるぜ。腑抜けになったのは本当だったらしいな!」


 下卑た笑い声が聞こえる。

 ルーシャは怒りに震えていた。

 彼らがなぜそこまでリンドウを目の敵にするのかわからなかった。

 それでも、当の本人は口をつぐんでいる。

 だからルーシャもそれに倣うしかなかった。


 だが。


「先代のリーダーもクソザコお飾りリーダーだったみたいだしな。ほんとくだらないクランだ」 


 リンドウの足が止まる。振り返る。

 その横顔を見上げた瞬間、ルーシャの心臓が嫌な鼓動を発した。

 決して愛想がいいとは言えなかったものの、このリンドウという人は根が優しく穏やかな人間性をしているものだと感じていたからだ。


 だが今リンドウの瞳に秘められているのは、見ているだけで火傷しそうな……これまで見てきた姿が嘘に思えるほど、冷たい炎そのものだった。

 怖い。素直にそう感じる。

 悪意を向けられている今や、男二人に絡まれていた時よりも、リンドウから伝わる怒りのほうが何倍も恐ろしかった。


「……別に私が言われる分には構わない。腑抜けなのも、クランを台無しにしたのも、仲間を全員失ったのも――全部事実で、全部私のせいだ。だけど『先代』のことについては取り消してもらう」

「ハッ、取り消す? 何が言いたいんだよ、お前は」


 金髪男は笑みを広げる。

 挑発しているのだと、誰の目にも明らかだった。


 リンドウはそれがわかっていながら乗ることにした。

 彼女にとってはそれほどに看過できない発言だったのだと、ルーシャには理解できた。


「喧嘩を売ってるんだろ? 望み通りに買ってやるよ、バトルの相手は私だ。私が勝ったら先代を侮辱した発言を取り消せ」

「俺側のメリットがねえだろ」 

「私が負けたら何でも言う事を聞くよ。望むならリアルで会ってやっても良い。そこから先どうするかも、好きにしろ」


 耳を疑う発言にルーシャは目を剥いた。

 反面、我が意を得たりとばかりに男は口の端を大きく釣り上げた。


「ハッ、あとで泣いて後悔しても知らねえぞ!」

「御託は良いからすぐ始めるぞ。お前の顔なんて一秒だって見ていたくないんだ」


 うろたえるルーシャの前で、試合の手続きが取られていく。

 どうしてこんなことに――自分が最初に食って掛からず、素直にリンドウと一緒にこの場から離れていればよかったのだろうか。

 そうすれば相手の男もムキにならず、リンドウに度を越した挑発をすることも無かったのかもしれない。

 ルーシャが後悔の念に囚われていると、頭の上に優しく手が乗せられた。

 はっと見上げると、さっきの怒りが嘘のようにリンドウは穏やかな笑みを浮かべていた。


「……あんたは悪くないよ。だから、そんな顔をしないでくれ」

「リンドウさん……」

「これは私が勝手に喧嘩を買っただけだ。今日はそろそろログアウトして、もう私とは関わらないほうがいい」


 どうしてこの人は、こんな瞳をするのだろう。

 こんな――ああ、そうだ。この人はずっと、寂しそうだったのだ。

 何か大切なものを失った目で、もはや戻ることの無い何かを見つめていた。

 

(あたしは……)


 彼女の事情は分からない。

 リンドウの悪評も、もしかしたら真実なのかもしれない。

 それでも放っておくことはできそうになかった。


「あたし、帰らないよ。リンドウさんの戦いを見てく」


 関わりたい。

 その気持ちをまっすぐにぶつける。

 リンドウは一瞬眩しそうに目を細めて、諦めたように瞑目した。


「……私に止める権利はないな」

「そろそろ良いか? 女はお喋りが好きだよな」


 金髪男の嘲る声に、リンドウの纏う空気が切り替わる。

 鋭く研ぎ澄まされた、刃のような視線を向ける。


「黙ってろ。お前は私の前で二度と口を開けないようにしてやるよ」 


 男から送られてきた対戦申請を承諾し、リンドウと男がどこかへと転送される。

 ルーシャは手元のメニューに表示された『近くで対戦が開始されます。観戦しますか?』という問いに、迷いなくYESを押した。


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